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第一話 学長との面談

感想、誤字脱字報告などよろしくお願いします

 静馬は橘に案内されて校舎の一角、管理事務所でデータベースに登録する情報や一部の書類の確認をしていた。


「では、事前にお伺いした通りに今後は居住区に移住するという事ですね」


 静馬はそう言って差し出された鍵を受け取り、契約書にサインする。

 それを確認した事務員は一緒に机の上に出されていたデータベース用の書類も含めて回収すると直ぐにバックヤードに持っていき、パソコンでデータを入力し始める。

 それにより暇になった静馬はキョロキョロと辺りを見渡し始めるも直ぐに橘に話しかけられる。


「こんな事言うのも変だけど大変だったんじゃない?」


 書類の確認に立ち会った事も有って今まで以上に親身になってくれているのが分かる。


「まぁ、もう終わった事なんで……」


 そんな心遣いに感謝しながら気にしてないと言う静馬に困った事が有ったら直ぐに言うのよと笑いかけながら事務員が近づいてきた事に気が付いて静馬に教える。


「では、これで書類の確認も終わりました。次に学校説明ですが大丈夫ですか?」


 事務員の視線の先には橘の姿。

 内心、ここまで付き添ってくれてるのは助かっているが仕事に影響がないかと心配になっていた静馬としては事務員に聞いてもらえただけでもありがたかった。

 ここにいても大丈夫なのかと言いたげな視線に気が付いた橘は事務員に軽く今後の予定を話して問題ない事を告げた。

 それを聞いて視線を静馬に戻したので、同じく聞いた静馬も同意するように頷くことで問題ない事をアピールする。


「わかりました」


 そして、簡単な学校についての話に静馬は耳を向けた。




 事務員が話す内容を橘が補足や教師や生徒視点での注意事項を言ってくれたお陰で比較的に疑問は少なく済んだように静馬は感じた。


「これで説明は終わりますが、何か気になった事は有りますか?」


「特に無いです」


 静馬はそんなやり取りを事務員と交わし、最後に「入学、おめでとう」と告げて席を立つ事務員を見送るとそれを確認した橘に促されて席を立つ。

 そして、時間を確認しながら歩き出した橘に続いて廊下に出ると声を掛けられる。

 

「じゃあ、これから学長の所に案内するわ」


 歩き始めた橘の後に続いて静馬も歩き出した。

 

「先生、学長ってどんな人なんですか?」


 ふと静馬は橘にそんな事を聞いてみた。

 静馬にしてみれば普通に転入の手続きをしただけなのに学長との面談する事になるのに疑問が湧いたようだった。

 橘もその事を不思議に思いながら自分の知っている学長について話し出す。


「そうね。凄い人っていうのが一番かな」


「たぶん、知ってるとは思うけど、学長は元エスペランサーだったから授業内容もその頃に感じたことを元にしてるのよ」


 そう言って話を続ける橘の言葉の端々には何処か尊敬しているようなところを感じさせる。


「まぁ、エスペランサー関係の教育なんて始まったばかりで何が正解かなんて分からないんだけどね」


「そうそう学長についてだけど、綺麗だからって惚れちゃだめよ?」


 橘はそういうと振り返って笑いながら面白そうに話す。

 その様子に静馬は少し引きながらも学長についてもう少しでも知ろうと誤魔化すように橘に聞く。


「えっと、エスペランサーだったって事は“大襲来”にも?」


「らしいわ。それも最前線まで行ったとか」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった静馬は冗談だろうと思って橘を見るとそこには予想とは違って真顔で続きを話す橘の姿が有った。

 直ぐに前を向いて歩く姿と変わらない声色の橘に本当の事なんだろうと思いながら話を聞く。


 世界的にはそこまで珍しい事ではないが日本に限った話では“大襲来”の時に現場に行ったのは他国に比べると少ない人数しかおらず、それも数人のエスペランサーとその上官にあたる人のみ。

 話を聞く限りではその時に派遣されたエスペランサーの一人で、当時の状況で唯一日本から派遣されたエスペランサーとしては珍しく最前線に居た事のある人物。

 普通ならそんな人物が高専の学長になる事なんて出来ず、何処かの部隊長待遇で飼い殺しや最前線に行けるほどの実力の持ち主なのに容姿端麗となれば国家代表としてデュアロ・フェスティバロに出ててもおかしくない。

 それが偶に戦闘訓練に交じってくるとはいえ、高専の学長になっていると聞くと何かしらの話し合いが有ったのだと静馬は思った。


「さて、話はこの辺でお終い」


 そう言って立ち止まった橘の前には今までとは違うデザインの扉が有った。


「ここが学長室よ」


「あっ、はい」


 橘はそう言うと扉に近づき、何かを呟いた後に扉の一部を叩いて入室の了承を取っている。

 許可が出たようで扉の持ち手に手をかけながら静馬に視線を送ってきている。意味は私に続いて入ってきてってところだろう。

 静馬が頷くと橘は扉を開けて中に入っていく。




 静馬が続いて部屋に入るとそこは如何にも執務室という内装になっていて赤い絨毯が敷かれた上に黒い革張りのソファーセットが中心に置かれ、壁際には大きな書棚にぎっしりと本が詰まっていた。

 学長はその奥の窓を背にして置いてある執務机に向かって書類を書いていたが、扉が開いて中に待ち人が入ってきたのに気が付くと顔を上げてにこやかな笑顔と共に立ち上がって出迎えてくれた。

 促されるようにソファーに案内され、腰かけると学長も反対側のソファーに腰かけて話しかけてくる。


「御苦労さま、橘先生。そして、貴方が神居君ね」


「初めまして、私がこの学校の学長をやっている森沢弥生(もりさわやよい)です」


「は、はい。初めまして」


 静馬は森沢に返事を返しながらもマジマジとその顔や姿を見てしまう。

 話に聞いていた通りに笑顔で静馬を見る森沢の見た目は大学生と言っても通じそうなぐらい若く見える。


「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 一言言った後に何も言わない静馬に緊張していると思った森沢は直ぐに緊張を解こうと話しかけて漸く静馬は我に返る。


「純粋な編入試験で好成績って聞いたから会ってみたいのは有ったの」


「そうなんですか?」


 先ほどまでの静馬の様子を思い出しながらかクスクスと口元に手を当てながら笑う森沢の姿と恥ずかしくなって俯く静馬を見ながら橘は驚きでつい口をはさむ。

 そんな姿に森沢は一回顔を向けて頷き、直ぐに静馬に顔を向ける。


「えぇ、そうよ。まだ開校から一年しか経ってないのに我が校の編入試験はボーダーラインが高いって有名で編入するの学生はほぼいないし、我が校では神居君が初めてなのよ」


 落ち着いてきてまだ少し赤い顔を上げた静馬に視線を合わせながら森沢は今までの姿が嘘のように真剣な顔で力強く言った。


「だから、会ってみたいと思ったの」


 その言葉にどう答えたらいいのかと静馬が戸惑っていると目を細めながらも何か言うかと興味深々といった姿の森沢とやっと納得いったと言わんばかりに頷く姿の橘が目に入った。

 そんな両者の姿に一つため息をしながらも言われたことを思い出して面談の理由に納得する。


「ふふふ、少し編入試験の事も含めて我が校や他の高専の事を話しましょうか」


「はぁ」


 森沢は静馬の反応を気にせずに話を続ける。


「インターネットを含め世間で噂されている通りに高専への編入はエスペランサーとしての進路の事も有ってかなり難しいものになっているわ」


 森沢は視線を橘に向けると橘は頷き、入ってきた扉とは違う扉を開けて隣の部屋に姿を消す。


「知っての通り、エスペランサーになると強大な力を持つ事になるわ」


 エスペランサーになる為には他の国は知らないが、大襲来の影響も有って日本では高専に通う事を義務付け、高専の卒業者のみにエスペランサーの証明としてライセンスカードを配布する事を決めた。

 国としても因牙武装という強大な力を持つエスペランサーの把握や管理の為に制度を定め、現状では研究機関に所属していたエスペランサーと高専に入学した学生を除いてエスペランサーはいないものとして厳しく取り締まっている。

 勿論、偶然にクリスタルを生成してしまった例は何件か有って、その場合は対象の年齢に合わせて研究所行きか高専に入学させる事になっていた。

 その為、静馬みたいに高専に編入試験を受けるのは物好きか一部の特例者のみで特例者を除くとたった一年という期間ながら合格率が異様に低いのが高専の特徴と言われている。

 今後、高専の卒業者の中からデュアロ・フェスティバロの国家代表を務める事、エスペランサーとしての待遇や義務の事を考えるとその厳しさは当たり前のものとして世間でも受け入れられた。


 そして、そんな話を聞いていると橘が戻ってきて、手に持っていたお盆から森沢と静馬の前にお茶を置いた。

 森沢はそんな橘にありがとうと言いながらも話を続け、静馬も頭を軽く下げて感謝を示した。


「そして、今年は神居君。貴方が初めて編入試験に合格したのよ」


 だからこそ特例者ではなく、一条高専での初の編入試験の合格者として学校関係者からは噂になっていたし、今も静馬の目の前で微笑む森沢を含む一部の関係者の中では興味を持たれていた。

 森沢の視線には期待していていると訴えているのが分かるほど強かった。


「去年の我が校は初開催だった国技選で探索競技(エスプロリ)二種目で優勝するという結果を残せたわ。ただ、戦闘競技(バトロ)射撃競技(ツェーロ)では散々な結果になって総合順位も悔しい思いをしました」


 去年、初めて開催された国立高等専門学校対抗技能技術選手権大会――通称国技選は初開催、エスペランサーの力が実際に見えるという事でテレビ中継されるなど世間からも注目されており、静馬もそのテレビ中継を見た一人だった。


「今年から国技選に新人戦として入学一年目の生徒のみで行う部門を作ってそれ以外の上級生と別に競い合う事が決まりました」


 更に今年からは新たに開校された三校の高専が参加する事も決まっている為に新人戦での苦戦を考えて頭を抱えたくなる森沢で有ったが、そんな事をおくびにも出さずに静馬と話続ける。


「我が校も含めて全ての高専が開校して間もない状況ですが、それでも各校で知恵を絞って神居君含め全生徒をエスペランサーとして活躍できるよう教えます」


 真剣な顔で話しかけてくる森沢の姿に静馬は自然と背筋が伸び、話を聞き漏らさないように意識してしまう。

 そして、力強く訴える話の内容とその姿、傍に立って頷きながら森沢の言葉を聞く橘の姿は心の底から学生たちの事を考えているのが分かる。

 話したかった事を話せたのか森沢は知らないうちに前のめりになっていた姿勢を正してお茶を飲んで気持ちを落ち着かせたのか少し間を開けてから言う。


「さて、神居君。今日から我が校の学生になる訳なんですが、所属するクラスに関しては橘先生の担当するクラスとなります」


 ニコニコ笑みを浮かべながら話す森沢の視線の先には橘の姿が有った。

 たまに時間を気にして時計を確認していた橘は話しかけられた事に驚きながらも返事をする。


「私のクラスですか?」


「えぇ、なので今後の詳しい事は橘先生に聞いてもらう事になります」 


 聞き返してきた橘に頷き、そう答えながら静馬に顔を向けながら話を続ける森沢。


「5月には校外学習が有るのでクラスに馴染めないという事は無いと思うので学業に励んでください」


 そう告げた森沢に静馬は頷きながらも視線を橘に向けると時計を見て頷いたのが見えた。 そして、それに合わせるように森沢も一度時計を確認して言う。


「あらあら、余り長く引き留めておくのも可哀想なので」


「では、失礼します」


 静馬はその言葉と共に向けられた森沢の笑顔に見惚れつつも橘の後に続いて席を立ち、部屋から退室する。

 部屋から出ると少しにやけた笑顔の橘に話しかけられた。


「で、最初と最後にぼーっとしてたけど、もしかして学長に見惚れてた?」


「なっ、そんな事ないです」


「その反応は図星だわ。まぁ、学長と会う人は高確率でその反応なんだけどね」


 焦る自分を見ながらもニヤニヤと笑って歩く橘に静馬は焦りながら何とか誤魔化そうと考えるがうまく思いつかない。

 必死に何かないかと考えていた静馬は一つ聞きたかった事を思い出す。


「ん、何々? 何か言いたいことでも有るの?」


 そんな静馬に気が付いた橘は未だにニヤニヤしながらも問いかける。

 変わらない橘の様子を見て、逆に落ち着いてきた静馬は言った。


「そ、それよりさっき学長の言っていたの校外学習ってなんですか?」


「誤魔化そうとしちゃって。校外学習ってのは新入生同士の交流を増やす為に毎年二泊三日のスケジュールで行っている自然教室の事よ」


 クスクスと楽しそうに笑う橘が言うには、新入生同士の交流と管理されているよはいえ、本物の迷宮を体験する事を目的とした最初の行事として二泊三日で約一ヵ月後に行われるらしい。

 そんな話を聞いた静馬は二泊三日というスケジュールにげんなりしながらも続きを聞くことにする。


「基本は大半の学校に良くある行事と同じだからね」


 そう言って話を続ける橘が案内した場所は職員室の隣に設けられた応接室だった。

 扉を開いて入っていく姿に疑問を感じながら続いて静馬も部屋に入り、促されるように机を挟んで椅子に腰掛ける。


「校外学習についてはもう少し話さないとダメな事も有るからちょっと待っててね」


 橘はそう告げると部屋から出ていき、一人になった静馬は手持ち無沙汰で部屋の中を見回して何かないかと探し始めた。

 そうしている内に扉が開いて手にお盆を持って橘が戻ってきた。


「待たせちゃってごめんなさいね」


 そう言って手に持ったお盆からお茶と資料と思われる神の束を机の上に置いて静馬の体面に座る。


「これ、入学式とその前に配布したプリントね」


 差し出されたそれを受け取った静馬は書かれている内容に目を通していく。


「見ればわかると思うけど、一番上が今期の簡単な予定表でその下が校外学習関係よ」


「あれ? なんか期限が……」


 目を通していたプリントの中に期限付きで提出を求めている物が有る事に気が付いて声に出す。


「あぁ、それは入学前の説明会で配った物よ。参考程度に見てくれればいいわ」


「参考ですか?」


 もう一度、視線をプリントに戻すと書いてあるのは校外学習に必要な物の一覧と各自で用意できる場合は無理に購入しなくてもいいという文字。


「それなんだけど書いてある物を持っているなら買わなくても良いし、買い集めるのが手間な場合はそれで申し込めば楽ですよってだけなのよ」


「で、神居君の場合だともしなんだったら学校指定の洋品店を教えるからそこで買えばいいわ」


 プリントの隅に書いてある洋品店のある場所を分かり易いように教えてくれる橘に頷きながらもルートをメモしていく。

 どうやら商業区にあるらしく、この後に顔を出す事ができそうだと予定を思い出しながら静馬は考えていく。


「といった感じね。じゃあ、校外学習についての続きだけど、どこまで話したっけ?」


「えっと、他の学校であるような行事っていうところまでです」


「そうだったわね。まぁ、だから特に違う事が有るわけでもなく、短時間ながらも共同生活と団体行動を行う事で交流を図ることになるわね」


 手元にあるプリントに視線を戻した静馬を気にせずに思い出した事があったのか橘が口を開く。


「あっ、他ではやらない事として迷宮探索が有ったわ。」


「え?」


「授業でも探索は有るけど、この時に潜るのは国で管理してる未攻略の迷宮よ」


 静馬は今聞いた言葉に驚きが隠せずに橘の顔を凝視してしまう。

 そして、そんな静馬を無視して橘は話を進める。


「ふふ、そんなに心配しなくても攻略だけしていないだけで国の調査が済んだ迷宮だからある程度の安全は確保されているし、学校に有る簡易迷宮と同じぐらいのものよ」


 じゃないと学生に潜らすなんてできないしと言いながら笑う姿に一瞬考えた事が馬鹿みたいに思えてきた。

 

「そうね、あと変わった事と言えば教師同士の模擬戦を見学する事かしらね?」


「教師同士の模擬戦の見学ですか……」


「えぇ、毎年白熱した試合になる事が多いから勉強になるわね。ぶっちゃけ、自分たちの使う力がどういう物かと教師の実力を見せるって意味が有るのよ」


 わざわざ郊外学習の時にやらなくてもと思った静馬に橘は乾いた笑いを見せながら学校でやらない理由を教えてくれる。


「仕方ないわよ。去年は授業の時にやったんだけど、学長が乱入してきてね……」


 なんでもその後はかなり大変だったらしく、それならいっそ学長がいない所でやればと話し合った結果だとかなり凹んだ様子の橘に静馬は同情していいのか悩んでしまった。


「ま、まぁ、そんな事よりも校外学習についてはそのプリントと近づいてきたら全体でまた話すことになるから今日はこれぐらいにしておこう」


 何よりこれから生活する部屋に行って荷物の整理とか有るでしょと先ほどまでとは打って変わって話しかけてくる橘に頷き、手元のプリントをまとめて席を立つ。


「じゃ、明日は遅刻しない様にね」


 そう言って玄関まで送ってくれた橘に見送られながら静馬は学校を後にした。

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