第4話 到着と出会い
モニターの数字が100を切ると、ガクンと一度、軽い衝撃があって、微妙な揺れがどんどん細かいものになっていく。どうやら減速し始めたようだ。
そして、「96」で、ぴったりとそれは止まった。
「どうやら到着したようじゃの」
「ほんと? わあい」
勇んで外へ出ようとする玄武を引き留めるトラばあさん。
「これこれ。ここはやはり手慣れた万象が先に降りてまわりを確認するのが先決じゃ」
「そうなの? だったらバンちゃん、早く降りてよ、早く早く」
玄武に背中を押されて急かされる万象は、
「わかったよ、わかったから押すな」
と、タイムマシンのドアをギィーっとあけて、用心深くあたりを見回す。
「あれ?」
「どうしたの?」
「ここ、俺の部屋じゃん。すげえな、コイツってぴったりピンポイントで場所を特定出来るのか?」
タイムマシン出入り口の扉は、夢の中で万象が使っている部屋の壁に、新たに取り付けられたみたいにピタリと収まっていた。
「当たり前よ。じゃが、ここまで正確とは思わなんだ。大河、帰ったら皆によくよくお礼を言っといておくれよ」
トラばあさんが感心するほど、このマシンはよくできているらしい。ミスターはと言うと、自分が調整したわけでもないのに、なぜか鼻高々でご機嫌だ。
「そうだろう、そうだろう。俺の仕事仲間たちは最高さ」
で、そのあとはいつものようにタダではすまさない。
「お礼はいいからさー、それより、あの布地。あれをお土産にしてあげてよ」
「おお、そうか、なんとかするわい」
「ええ? なんとかするって、俺が、ですよね。なんでですか、嫌です!」
簡単に請け合うトラばあさんに、万象はくってかかる。
「ははは、そうしようと思ったが、ここにはわしの先祖もおるらしいから、頼んでみるさ」
ガヤガヤと皆が言いたいことを言っていると、外から声がした。
「万象さま? 何か騒がしいですが、どうかされましたか? 入っても良いですか?」
一乗寺だ。
「やべ! 皆、ちょっと隠れてて」
万象は、「万象さま。だって」とか言ってる雀の言葉は聞かなかった事にして、皆を無理矢理扉に押し込んでバタンとドアを閉め、あわててベッドの横にあった屏風をずりずりとドアの前に持ってきた。そして、自室のドアから顔だけニュッと出して、心配そうにしている一乗寺に言う。
「あー、いや、大丈夫。ちょっと、ゲームのセリフ、あ、いや違う。歌の練習してたんだ、だから心配しなくていいよ」
「そうですか、良か……」
そこまで言った一乗寺が、急に驚いたように目を見開いた。
「?」
万象は訳がわからず首をかしげる。と、下の方から声がした。
「バンちゃん、この人、だれ?」
なんと、万象の足下に玄武が座り込んで彼らを見上げている。
「「玄武!」」
2人は同時に叫んでいた。
「あ、えーっと、いやあのこれはね」
焦ってしどろもどろになる万象をほっぽって、一乗寺は玄武の顔の高さまでかがみ込む。
「玄武! どうやって万象さまの部屋へ入り込んだの! いくら万象さまがお優しいからって、こんなことしちゃダメじゃないか」
と言ったあと、万象に向き直って平謝りする。
「気がつかず、申し訳ありませんでした。すぐ連れ出しますから」
そう言って腕を取ろうとした一乗寺をスルリと交わして、玄武は部屋の中へ逃げていった。
「やーだよ」
「おいこら、玄武」
「玄武!」
そうか、こっちの玄武とそっくりだもんな。一乗寺はこいつをこっちの玄武と間違えてるんだ。
万象は追いかけながらそんな風に思う。
いやまて、もしここでこの玄武が捕まって連れて行かれて、こっちの玄武と鉢合わせしてしまったら。
まずい!
このまま逃げ切れ、玄武。でも、それもまずいか。
どうしようーーーー。
万象が、逃がすべきか捕まえるべきか迷いつつも追いかけっこをしていると、また、いきなり場面が転換した。
コンコンコン!
誰かが開け放たれたドアをノックしたので、その音に思わず3人が立ち止まる。
「早かったの」
そこには、若干若めの、と言うことはこっちのトラばあさんだ! が、にんまりと笑って立っていた。そしてつかつかと中に入ってきた彼女は、ぐるりと部屋を見回して屏風に目をとめた。
「かくれんぼは終わりじゃよ。よくお越し下さった、皆出てきて下され」
すると、カチャリと音がして、タイムマシンの扉が開く。
「やはりわかっておったか」
「当たり前よ、なめてもらっては困る。……」
「ほほう」
「ほほう」
あっちとこっちのトラばあさんは、全く同じタイミングで、感心した声を出す。
「歳をとっても、あんまり変わらんの」
「ちと、若めじゃの。何歳頃じゃ?」
2人は同時に言って顔を見合わせ、ガハハと大笑いした。
「え? なんで? こっちのトラばあさん、皆が来るの知ってたの?」
万象が驚いて言うと、若い方のトラが言う。
「さっきも言ったじゃろ。なめてもらっては困ると。ところで万象」
「はい?」
「わしはトラばあさんではなくて、コトラじゃ」
「は?」
「わしの、名前!」
「え? あ、そうだったんですか? じゃあ他の人も」
初めて気がついた。そう言えばこっちの面々の名前、きちんと確認してなかったよな。
「おい、皆も入れ」
と、コトラが部屋の外に呼びかけると、ピョンと飛んで誰かか入ってきた。
「僕は玄武だよ」
「わあ! 僕がいる」
最初に入ってきたのは玄武で。あっちとこっちの玄武は、お互いにビックリしつつも、とっても嬉しそうだ。
「私は青龍です」
「あ、よろしくお願いします」
こっちもよく似ているので、驚いているが、どちらも少し恥ずかしそう。
あ、でも、この2人は良いけど、あとの2人! ショックが大きいんじゃないか?
「ちょっと待って」
万象は先に説明しよう、と思ってそう言ったのだが、時すでに遅し。雀お姉さんがドアから顔を覗かせた。
「あら?」
雀おばさんがそれに気づく。
「あーらら、20代のわたしがいるう。どうしたのー」
「え? 貴女が朱雀? わたしこーんなオバサンになっちゃうのお」
「そりゃ誰だってそうよ」
「あらあ、じゃあもっとお手入れ頑張ろうっと、少しはましよね」
「そうかも」
2人の雀はそこでふふっと顔を見合わせて笑う。まあ、なんて言うか、雀おばさんらしいって言うか。で、こっちの雀おねえさんは朱雀って名前だそうだ。
この分なら、最後の1人も大丈夫か。
「よ! お待たせ」
「おおっ、俺も20代になってる!」
「はあ?」
「いやあ、懐かしいねえ。あの頃は俺もまだまだ青くてさ、人様に言えないあんなことやこんなことを、いっぱいやらかしちゃってたねえ」
「なんだおっさん」
「俺は白菱だよ、白菱」
ミスターは彼と肩を組んで、空いている方の手でイェイと親指を立てる。
「白菱って、ええ! おっさんが俺のなれの果て……」
ガックリと肩を落とすこっちのミスターは、白虎と言うんだそうだ。
そんななごやかな雰囲気の中、万象はなんだか違和感を感じる。なんだろ、なにか見落としている?
「あ!」
叫んだ万象に皆が不思議そうな顔をする。
「ってことは! 雀おばさんもミスターも、若いときはこんな美人でイケメンだったのかよ!」
「はあ? 当たり前でしょ? あんた私が若い頃からこんなだって思ってたの?」
「うーん、若いってだけで皆、イイ男イイ女なんだよ。勉強になったか」
「はあ」
それにしても、雀おばさんもミスターも屈託ないよな。俺だったら懐かしくてあの頃に帰りたい、とか思うんじゃないかな。そんな疑問を投げかけると、ふたりはちょっと顔を見合わせていう。
「うーん、そりゃあ体力だけ考えれば若い方がいいけど」
「あんな青くさい頃には帰りたくない! だいいち恥ずかしい!」
「はあ」
「まあ、万象もそのうちわかるさ」
ポンポンと万象の肩を叩いたミスターが、そのあと珍しく真顔になって言った。
「それじゃあ、コトラ伯母さん。そろそろ事情を説明して頂けませんか?」
場所をいつもの食堂に移して、お茶を片手に万象たちは、コトラと、本名は桜花というこっちの桜子そっくりさんが交互に語ったところによると。
あるとき、こちらの京都が、何者かによって異次元へ飛ばされてしまったという。驚いた都の人々は、手を尽くして探しているが、そこは幾重にも結界やフェイクが施された場所であるらしく、なかなか行方がつかめないでいた。
京都の名を持つ者は、その時代、その地の護り。そして、京都を護っているのが、青龍、白虎、朱雀、玄武という四神たちだ。
「じゃあ俺は? 俺もそうだっていうの」
驚いて言う万象に、トラが何を今更、と言うような口調で言う。
「あたりまえじゃろ」
「だって、だって俺ってただの人だし。なんかすごーい術とか使えるわけじゃないし」
すると今度はコトラが言う。
「あたりまえじゃろ」
さすがにそれでは説明になっていないと思ったのか、桜花が笑いながら、けれど優しい言い方で万象に語りかける。
「京都はその存在自体が護りになっているのです。そして、京都が存在することによって、四神も存在する。どちらもその時と地には、なくてはならない者なのですよ」
なんかすごいことを言われたのはわかるのだが。
「で、こっちの京都がいなくなったのと、俺がこっちへ飛ばされたのって、何か関係があるんですか?」
万象の疑問に、今度はコトラが答える。
「大ありじゃ。四神は京都がおらんと、本来持っている力を発動できんのじゃ」
「え?」
最近、桜花の治める都が栄えているのをねたましく思っている輩がいる、と言う噂が、どこからともなく聞こえていた。
「いいじゃないのよ、1つの街が栄えればまわりも潤うってものよ、ねえ」
雀があきれて言うが、コトラはそれに苦笑して答える。
「はて、時代が変わったらいなくなったのか? 自己顕示欲が行きすぎて、自分の思い通りにならないと、すねてわざと悪さするような幼稚な思考の持ち主は」
「あー、いるわねー」
すると、雀は納得したように頷いた。
続けて桜花が話しをする。
「それがイタズラのような範囲ならまだ許せていたのですが。さすがに京都を隠してしまうというのは、悪いイタズラではすまされません」
「そう、四神の力が使えないのを良いことに、ほかのヤツらまで悪さし始めてな」
「それで彼が見つかるまでの間、時代を超えて、京都の名を持つ者に協力を仰いでいたのです。幾人か候補はあったのですが、万象くんが一番適任だと」
「白羽の矢をたてたのじゃよ」
コトラと桜花が、万象を頼もしそうに見る。
「え? でも俺そんな依頼受けてないし」
「夢の中では、ノリノリじゃったが」
「ええ?! マジっすか!」
なんだよ俺。けどそんなノリノリだったんなら仕方ないか、と、万象は頷いて両手を握りしめた。
「わかりました。だったら俺は何をしたらいいんですか」
ちょっと引きつった顔で真面目に言う万象は、そんなひたむきな彼にまわりの皆が癒されているとはこれっぽっちも思っていない。ほっこりと微笑んだ桜花が、また優しく言う。
「万象は悪さする輩が出たら、この子たちの後ろに悠々と構えていればいいだけよ」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「ええー」
そんなの面白くないー、とか、俺も何かしたいー、とか、珍しく駄々をこねる万象だったが、
「貴方まで倒れてしまったら、どうするの?」
と、桜花にやんわり釘を刺されて、ガックリ肩を落とす。
そのあと。
「四神をふた組も請け負うんだから、余計なことしてたら、ほんと体力精神力もたないわよ」
と、桜花は聞き捨てならないことをつぶやいていた。もちろん万象には聞こえなかったけど。
するとトラがミスターを呼んで何やら頼んでいる。おう、と軽く返事したミスターは、食堂を出て行き、しばらくすると、見たことのあるアイテムを持ってきた。
「ほれ! 持ってきておいて良かった。これを使って、後ろからこいつらを護ってやれ」
それは、前回活躍したシューティングマシーン用の超小型ドローン。
「え? こんなのどうやって動かすんですか?」
「電気に来まっとるじゃろ」
「電気って、2000年前ですよここ!」
「万象よ、来たこともないヤツらが適当に考えた歴史と、今ここで現実に体験していること、どっちを信用する?」
「そりゃ、今現在ですけど……」
そう。よくよく考えると、ここは当たり前に電気が灯っている。あんまり自然だったのでさっきまで気がつかなかったくらい。
で、見回すとあたりは田んぼや畑ばかりではなく、都の街並みは整然としている。信じたくなかったんだけど、車? みたいなのが無人で! 走っていたりなんかする。
人々は変わった模様の織物で作られた綺麗な服を着ているし、靴もきちんと履いている。水は綺麗でちゃんとした風呂もあるし、料理もかなり手が込んでいたりする。万象のいる日常と何ら変わりがないのだ。
いや、テクノロジーはこっちの方が断然進んでいるみたいだ。
その証拠と言ってはなんだが、最初に夢でここへ来たときから、万象は屋敷をうろちょろしているカートのようなものが気になっていた。
「あれはなんですか?」
この際だと聞いてみると、いとも簡単に答えが返ってきた。
「あれはロボットよ」
「へ?」
ポカンとする万象に、桜花がひとつずつ指さして説明してくれる。
「あれはお掃除中。あっちのは依頼された荷物を運び中。それから頼めば給仕もしてくれるわね、うちはしてないけど」
「ロボットって……、ここ、2000年前」
玄武などはロボットと聞いて、嬉しそうに近くへ走り寄っている。
「あー、ホントだ。箒で床掃除して、ゴミは吸い込んでるよ、すごーい」
「へえー、どれどれ」
雀を先頭に、龍古までもがロボット見学に行くので、こちらのメンバーも面白がって後について歩き出した。ワイワイと賑やかに歩く皆は、もうすっかり旧知の仲のように打ち解けていた。
「これこれ、皆、戻ってこい」
とうとう食堂の出入り口まで行ってしまった面々を、コトラが手を叩いて呼び戻す。
「で、今後のことじゃが」
トラがこのあとに考えている予定を話し始める。
「わしは一度あちらへ帰ることにする。鞍馬も心配しておるじゃろうし、取りに帰りたいアイテムとか制作とか、色々あるからの」
そこまで話を進めたとき、
「「あ!」」
と、突然2人の玄武が声を上げた。
「どうしました?」
すると、今まで空気のように部屋の隅に控えていた飛火野が鋭く聞く。
それに答えるように。
「えっと、こっち!」
「南だよ。南野さまのお屋敷の方に、異変です!」
2人は、同時に都の南を指さしたのだった。