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第2話 それならどうする?


 万象は混乱しまくっていた。

「ええ?! ちょっと、じゃああれは夢じゃない? てか? じゃあ、あんとき俺、無茶したら死んでたのか? ええーーー?!」


 あの夢を見た次の日は、当然ながら、おしごと。

 あまりの混乱で結局一睡も出来ず、万象の寝不足はピークに達していた。だが根が真面目な万象のこと、目の下に隈を作って朦朧としながら仕事に出かけてはみたものの。

「バンちゃん、オーダー!」

「バンちゃん、手が止まってる」

「うわおー、なにこの味? 万象らしくない」

 仲間のフォローで何時間かは乗り切ってきたが、

「休憩行って来ます~」

 と、フラフラと冷蔵庫に入ろうとする万象を見た途端、とうとう料理長に、

「万象! しばらく自宅待機!」

 と、引導を渡されたのだった。



「おやおや。情けないねえ」

 落ち込んでない! と言いつつも、自室ではなく、皆の気を引こうと? 1階の和室で布団にくるまる情けない万象に、文字通りの言葉を掛けてトラばあさんがちゃぶ台に座る。

「で? ゲームのやり過ぎで一睡もしてなくて、気が引けたのかい?」

「ち、違いますよ!」

 ガバッと飛び起きて反論する万象に、トラばあさんは笑って言う。

「ここのヤツらだれもそんなこと思ってないよ。お前さんはそんな事するヤツじゃないだろう?」

「う」

 グッとつまる万象に、あらぬ方を見ながらお茶をすすって、トラが言った。

「話してみな」


 そこで万象はこれまでのいきさつを順々にトラばあさんに話していった。

「へえー、で、その敵さんの切れ端ってのは?」

「あ、待ってて下さい」

 勢いよく布団を抜け出て2階へ上がると、万象は手に服の切れ端を持ってきた。

「これが、その時につかんでちぎれた服の一部です」

 トラばあさんはそれをまじまじと眺めていたが、残りのお茶を飲み干すと、やおら和室のパソコンテレビを立ち上げた。

「どーしたんだ伯母さん、珍しいな。あれ? 万象も一緒?」

 画面の向こうには、ミスターが映っている。

「別にテレビ電話でなくとも良かったんじゃが、ここにあったんでな。頼みがあるんじゃ」

「頼み?」

 怪訝な顔をして聞くミスターに、トラばあさんはさっきの服の切れ端を見せる。

「これがどのくらい昔のものか知りたいんじゃよ。そこいらにいるお前さんの変わった知り合いなら、あっという間じゃろ?」

「わー言ってやろー」

 変わった知り合いと言うのは、ミスターと共に、龍古たちのような特別な子どもの幸せのため、日々研究を続けるチームメンバーの事だ。

 ミスターのような細胞遺伝子研究の他、物理学、生物学、気象学、宇宙工学、考古学などにいたるあらゆる部門のエキスパートが集まっている。

「で?」

 そのあと、ミスターは訳も聞かずに先を促した。

「いまからこれをスキャンして、データをそっちへ送るから、考古学者などその道の専門家に聞いとくれ」

「ふうーん。何だかわからんけど、オッケー」

「助かる」

 けれどさすがはタダでは起きないミスター。

「じゃあさ、じゃあさー。協力するからさー、鞍馬の遺伝子」

「却下」

「ええーひでぇー」

 ひでえ、とか言いながら少しも堪えていないミスターは、笑いながら通話を切った。


「あの、鞍馬の遺伝子って?」

「ああ、バンちゃんは知らんで良い良い」

「はあ……」

 情けない返事に豪快に笑いながら、トラばあさんは万象にも来いと言って、離れの研究室へ入っていく。

「まあ、何はともあれ、お前さんが毎晩見るのが夢でないことが判明して、その時代がわかったら、またあとの事はそこで考えよう」

 あとの事って、どうするんだよー、と、思いつつも万象はいつものごとく色んな道具や機械がごっちゃりと並んだ研究室を見回す。

 トラばあさんは1つの機械のテーブルに切れ端を置くと、ボウン、と蓋をした。それはまるで大きなアイロンのようだった。すると、テーブルの縁から光が漏れ出して、それが横に走っていく。いや、これはアイロンではなくて。

「コピー機?」

「スキャンじゃと言っただろう?」

 出てきたデータを、トラばあさんはすかさずどこかへメールで送っているようだった。

「これで良し。あとは分析を待つのみじゃな」

「はあ」

「ところでバンちゃん。お前さんしばらく自宅待機! なんだって?」

 なんだろう、トラばあさんはやけに嬉しそうだ。

「はい、そうですが」

「そうかー。だったら今日の夕食、とびきり美味しいものを作っとくれ。それがこのお礼」

 ガハハ、と笑って万象の背中をバンバン叩く。

「お礼って、請求しますかまったく。自分は却下したくせに」

 万象はブツブツ言いながらも、なぜか嬉しくなって、よおーし腕をふるうぞおー、と、勇んでキッチンへ向かうのだった。


 夕食の用意をしていると、パソコンテレビから何やら音がし始めた。さっきトラばあさんが電源を落とすのを忘れたのかな、と、軽く考えて万象は和室へ上がった。

「万象!!!」

 カメラに写り込む場所まで来ると、急に大声がして、万象は飛び上がった。

「おわっ。ミスター? なんだよもう」

 ホッとして答えると、ミスターは何やらとっても興奮していらっしゃるらしい。

「万象、伯母さんは? 伯母さんを呼んできておくれぇ」

「なんだよ、どうしちゃったんだよ」

「どうもこうも、さっきのあれ! あれどこで見つけたんだ?」

「どこでって」

「あの織物、西暦90年~100年前後のもの」

 ミスターの言葉に、ああ、と万象はなぜか納得する。けれど、どうやら問題はそこではなかったらしい。

「でもね、なぜか新しいんだよ!」

「新しい?」

「そ、まるでさっきまで人が着てたみたいに新鮮~。なんで? なんでーもう! あの織物って、現代では再現できない複雑さと奇妙さだったはずなんだよおん。誰が再現したのー、もうこっちの学者さん興奮しててさあ、現物見せろってうるさいから、俺が代表で貸してもらいに行く事になりそう」

 万象は本当の事を言おうかどうしようか迷ったが、とりあえずここはトラばあさんが先だ、と、研究室の離れへと急いだのだった。




「おじゃましまぁ~す!」

 元気よく入ってきたのは、もちろんミスターこと白菱大河。

 あれから一刻も早く行け、と言う、同僚たちを抑えに抑えて、何とか目の前の仕事だけ片付けて遠路はるばるやって来たのだった。

「あ! ミスター」

「ミスター、お帰りなさい」

 急いでいるからと言って、お迎えに出た玄武と龍古を無碍にすることはない。玄武を腕にぶら下げて、龍古の頭をヨシヨシとなでながら、ミスターは縁側から和室へと入る。

 ちょうどそこへ、冷たい飲み物をトレーに乗せた鞍馬がやって来た。

「いらっしゃい、ではなくて、お帰りなさい、ですね。どうぞ」

「おおー、鞍馬はやっぱり気が利くねえ。ありがとう」

 置かれたグラスを手に取ると、ミスターは美味しそうにそれを口に運んだ。

「よう、早かったの」

 そこへトラばあさんがやって来る。

「あったりまえさ。あれ? 肝心の万象は?」

「自宅待機が解けたのよ」

 またまたそこへ雀がやって来る。

「おお、そうか、良かったじゃねえか」


 今日は日曜日で、鞍馬が料理を作りに来る日だ。

 めでたく仕事復帰した万象を除く東西南北荘の住人5人は、本日の鞍馬のディナー、そうめん懐石に暑さを完全に忘れていた。

「あれ? クーラーいつの間に切ったの?」

「わあ、ホントだ。でも、ちっとも暑くない」

「うーむ、これは魔法か手品か」

「ミスター、手品で涼しくはならないよ。あれ、じゃあ、魔法?」

 好きなことを言いながら、ごちそうさまをして、おのおの食器をキッチンへ運ぶ。

 最初は「後片付けも私がやりますから」と、皆を制していた鞍馬だが、キラキラした目で「僕も片付けしたい」と頼んでくる玄武には勝てず、今では皆で洗い物を分担することになっている。

 そこで鞍馬は、初めて万象の夢の話を聞いた。

「時空間移動?」

「うん! 別名タイムトベラベリル、……えっと」

「タイムトラベル!」

 きちんと覚えていない玄武に、横から笑って龍古が言った。

「そう、それなんだって」



 あのあと、万象がもたらした切れ端が本物だとの報告を受けて、トラばあさんが考えるに、万象は夢ではなく、本当に2000年前へ行っているのだろうと言うことになった。

「な、なんで?!」

 驚く万象に、

「理由はわからん」

 と、無碍なく答えるトラ。

「そんなあ。あ、じゃあ、寝なきゃ良いんだ」

「出来るわけないのお」

「じゃあ、どうすればいいんだよおー」

 フム。と、考え込んていたトラばあさんは、思い立ったように万象に聞いた。

「その夢に、桜子が出てくると言っておったの」

 頭を抱えていた万象が、手を離して頷く。

「え? はい、だって舞台からして、陽ノ下家の大豪邸なんですから」

「そうか……。ちょっと、桜子の所へ行ってくるわい」

「はあ?」

「その間、夕食が出来たらお前さんはちょっと寝ていろ」

「ええ? だって寝たらまた」

 ちょっと怖そうに言う万象に、トラばあさんは太鼓判を押すように言った。

「大丈夫じゃ、察するにしばらく夢は見ん」

「何でわかるんですか?」

 そのあとニイッと笑ってトラばあさんがひと言。

「科学者の勘じゃ!」

 ポカンとしたあと、「勘って……、何だってんだよもう!」と憤慨した万象は、ガシガシと夕食を作り、バシバシとちゃぶ台をセッティングして、疲れてそこで大の字になり。

 なんと、翌朝まで大いびきで寝ていましたとさ。



「そんなことがあったのですか」

「そう、それでの、桜子に話しを聞きに行ったんじゃが」


 片付けを終えた後、ほどよくクーラーを効かせた部屋で熱いお茶を飲みながら、鞍馬はトラに話を聞いていた。

 陽ノ下家には大きな蔵がいくつもある。年代順にきちんと整理されたそれのうち、最近になって、万象が飛んで行く2000年前の保存品に、亀裂が走っていたり、破られていたりすることが判明した。蔵とは言え、もちろん最新の防犯設備を備えている。誰かが出入りした痕跡もない。

「陽ノ下家の歴史は、おおよそ2500年。それで2000年前に何かなかったか、と、聞きたいところじゃが、聞けるわけないの。わしらは千年さえも生きられんからの」

 カラカラ笑うトラばあさんに、微妙な表情の鞍馬。

 だが、2000年前というのは、今で言う西暦が出来た頃だ。その時に暦がいちどゼロになったのだから、世界各地で何らかの混乱が起こっていたとしても不思議ではない。

 そう話しながら蔵を見回っていた矢先に、また、ビシッと音がして、陶器の1つに亀裂が走ったのだった。誰も触っていない。と言うか、なんと、その陶器はガラスケースにしまわれていたのだ。

「いや、あれにはさすがのわしも驚いた」

「そうですか」

「そこでじゃ」

 トラばあさんは一度ゴホンと咳払いすると、おもむろにちゃぶ台の横に置いてあった紙の筒を広げ出す。

「ん?なんの図面だい?」

 ミスターが聞くと、トラばあさんはちょっとだけふんぞり返りながらニイーと笑って言う。

「これは長年の研究努力の末、つい先日実用化に耐えうることになった、わしの作ったタイムマシンの設計図じゃ。大河よ、お前さんの知り合いの宇宙工学と、時空間研究者と、あと物理学者じゃったかの、とか、色んなのに太鼓判をもらったから、性能はお墨付きじゃ」


「え?」

 そこにいた全員が、このあと鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする羽目になる。

「これで、皆で2000年前を調査しに行くんじゃよ」


「え?」「え?」「え?」

「「「ええーーーーーーーーーーーーー!」」」

 このうち、1人の少年が発した「ええー!」は、大喜びの「ええー!」だった。



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