6
アヤメは射撃訓練場で通常弾と特殊弾の切り替えを手に馴染ませていた。3発通常弾を撃ち、マガジンを外し、特殊弾マガジンを入れ替える。そして2回引き鉄を引き、通常弾と特殊弾を発砲する。そうしてマガジンを外し、銃の内部にある弾丸を取り出してマガジンに戻し、再び通常弾のマガジンへと入れ替える。そのパターンを7回繰り返すと銃の安全装置を付けて、マガジンを外し、厚紙のケースに入っている弾丸をマガジンに入れる。
「よし! 準備オーケー! 行こう!」
5分間ほどの練習であったが、彼女自身手応えを感じていたようで、俺はそれに頷き、パトカーへと乗り込む。サイレンを鳴らし走行を始める。
「アヤメはすごいな。初めてUSPを使ったのに、弾丸装填や反動軽減を容易く熟すんだから」
するとアヤメははにかんだ。
「ナノリモデリングだからかな?」
「いや、体の使い方は関係ない。ナノリモデリングになったからって、いきなり器用にはならないだろう? アヤメは何事も丁寧に出来るから羨ましいよ」
「ありがとう」
彼女は褒められ慣れてないのか、顔を赤らめる。その様子は子供っぽくて可愛らしいと思った。
「ところで、話しは変わるけど、ナオさんってジャズ好きなの?」
「ああ。好きだよ」
「私も好きなんだ。ギターで初めて弾いた曲、ジャズなんだよ」
「そうなんだ。習っていたの?」
「習ってないよ。拾ったギターにお小遣いで買った弦を張り替えて、インターネットを見て覚えたの」
彼女は嬉しそうに自分の事を話した。――アヤメは人を見て言葉を選ぶ子だ。俺は話しをするときは基本的に受け身に回る事が多い。そこを感じ取り、自分のことを説明したのだろう。それでも俺は嬉しかった。
――
現場に着くと、隊員がライオットシールドでパラサイトを囲んでいた。
「山川、到着しました!」
俺は付近の隊員に言うと、了解と声が聞こえた。
「作戦開始! マニュアル4!」
俺とアヤメの近くにいた隊員の1人が後ろに下がり、道を作る。俺はUSPを構える。内側には3人の人間が居て、それらは作業服を着て、ヘルメットを被っている。口からはパラサイトエイル共通の吻が出ていた。俺は1体のパラサイトへと通常弾を撃ち放つ。
パラサイトの喉元に弾丸が当たるのだが、ダメージには至らないようだ。そして3体とも、銃声の下方向へと足を進める。
「アヤメ。走るぞ」
「逃げるの?」
「作戦通り1体をおびき寄せる。彼らから離れたら倒すぞ」
隊員は通常弾を使い、俺が撃った敵以外を集中砲火する。そして、本命は俺めがけて走り出してくる。俺達はそれを逃げるが、断然エイルの方が速い。俺は一瞬振り返り、敵の足へと実包を飛ばす。薬莢が地面に落ち、カランコロンと音を慣らす。敵の姿を確認せずに一気に駆け抜ける。
「ナオさんって、運動神経良くて射撃上手いね」
「鍛えているからね」
俺は右折と言うと、彼女はそれを聞きつけ、十字路を右に曲がる。俺もそれに続き、カーブミラーを見つめる。エイルは先程より遅いが、しっかりと距離を保ってついてきている。
俺はカーブのすれすれにたどり着くなり、回れ右をして止まり、体制を低くする。エイルがこちらへと曲がってきて、姿が見えると、吻に向けて通常弾を撃ち放った。敵は一瞬足を止め、俺は背中を敵の胸に押し当て右手で腰のベルトを掴んで投げ飛ばした。
「ナオさん! 私は車と同様、急には止まれないの!」
彼女は回れ右をしてこちらへと走って近づいてきた。その際彼女は、マガジンを入れ替えている。
「特殊弾、撃つよ」
「了解!」
俺はアヤメをコンパスの針の様に支点として見て、それから弧を描いて左側に走る。
「発砲よし!」
「発砲!」
彼女は2回引き鉄を引く。通常弾が畝る吻に当たり、特殊弾はそれを避けて口内へと入る。カンマ数秒で鈍色の煙が出て、ヘルメットが跳んで、肉片や血液が散った。俺はその死体に近づき、銃を構える。頭が吹っ飛び、首の断面と背骨が見える。そして断面から蛇のような、蛞蝓のような畝る物体が這い出てくる。それに向けて通常弾を撃つと、もがくように再び畝る。俺はそれを何度も何度も撃ち抜くとようやく動かなくなる。
「撃破!」
彼女は不満そうにこちらへと近づく。
「なんで、あの人達はパラサイトを討伐しなかったの?」
「アヤメは複数体のパラサイトと戦ったことはある?」
俺は質疑に質問で返した。
「無いけど…」
「そうか。奴らは音で会話する。複数だと、連携を取り始める。だから撃破は容易じゃない。分散させて一体ずつだとこうして簡単に倒せるが、中からはうねうねした物体が出て来るだろう? さっき見たと思う。これは首から上に新たな吻を作り出して人間を含む動物を食べる為に彷徨う。だから、1体を丁寧に撃破しないといけない」
「――そうなんだ」
「まぁ、連携を取るパラサイトエイルに対してはああやって囲むと足止めが出来る。しかし、倒すことは不可能に近い。特に今の対エの装備ではね」
彼女は納得したようで俺は一度深呼吸をする。
「よし、もう1体」
「判った」
――
2体目も同じように撃破したその間に、3体目を別の隊員が討伐してくれたとスマートフォンにメールが入っていた。パラサイトエイルの死体は化学班が回収したとのことも補足で書かれている。
俺は事務所のような本部に戻るなり、パソコンの電源を付けて、討伐の記録を書いていた。
「ナオさん。ちょっといい?」
アヤメは武装解除せず、闘争心を残したままパソコンを覗く。
「どうした?」
俺は彼女の右手に持っているUSPの重心を掴む。すると彼女は手を離す。
「マガジン」
俺は左掌を突き出して彼女に見せる。すると彼女は返事をしてブレザーのような服の上着のポケットからそれらを出す。
「銃の返却場所は教えただろう?」
「うん。あのさあ、化学班と調査班の持ち場に行きたいんだけど、良いかな?」
彼女は落ち着きのない様子でチェック柄のスカートを左右の手で掴みひらひらさせた。
「つまり?」
「許可を取って欲しいでございます」
彼女は上目遣いで掌を合わせ、丁寧語を述べる。
「まぁ、良いけど」
俺はそう言うと、彼女は嬉しそうにやったと呟いた。
「ただ、俺も君も新参者だから過度な期待はしない事。いいね?」
「はーい!」
彼女の口角を上げる仕草を見て、俺は危うさを感じた。俺自身、何故この姿に危機感を得たのか不気味だった。その危機感を背負ったまま所長室へと足を運ぶ。
「失礼します」
部屋の中で所長はカジュアルファッションの雑誌を開いていた。
「ああ、山川と赤坂か。どうした?」
雑誌の表紙は吉野可がにっこりとした笑顔で映っている。俺は話しの本題を忘れ、その雑誌に釘付けになる。
「や、山川?」
「その雑誌って、コンビニに売っていますか?」
「さあ? わからない。もしよければ君にあげようか?」
「いえ結構です。自分で購入します。切り取ったりするので!」
「そうか…。これはうちの部署の細田から渡されたものだ。なんとかというモデルが好きらしいのだが、どれも同じ顔に見える俺に取っては宝の持ち腐れだと思ったのだがな」
俺は頭を抱えた。
「あー!どうして気づけなかったのだ。吉野可の雑誌を見た瞬間購入しようと思っていたのに!」
「ごめん、私のせいだ」
アヤメは突然謝罪を入れてくる。
「なんで?」
「昨日、ナオさんがコンビニに行くって言っていたのを無理やりスーパーに変えたから購入できなかったんだね」
「ああ。そうか、今日こそはコンビニに行こう」
俺は所長室から出ようとした瞬間に、アヤメに手を掴まれた。
「ナオさん。本題忘れているよ!」
「ああ、本当だ。ごめんごめん」
俺は所長の前に戻る。
「あの、自分とアヤメは捜査班と化学班の本部へと行きたいと考えておりますが、許可をもらいたく参った次第です。」
「理由は?」
所長の問いかけに俺はアヤメを見る。
「えっと、化学班に赴き、パラサイト用の新武装の開発に協力を申し出たいです。それから、捜査班ではパラサイトの警戒レベルの把握をしたいと思っています」
「なるほど…。では連絡をつけよう」
所長はパソコンを開き、タイピングをしている。
「内容はこれでいいか?」
彼はパソコンを回転させ、アヤメに見えるようにする。
『討伐班の班員をそちらへ見学させたいと思います。パラサイトエイルの対策について意見があるようですので、現実的なものでしたら開発などの協力をして頂けると幸いです。日程、時間帯はそちらがご指定下さい』
「はい。お願いします!」
アヤメは敬礼をして承諾した。
「わかった」
所長はパソコンを自分の元に戻し、ノートパソコンのキーボードの間にあるタッチパネルを操作して送信をしたようだ。
「返信が来たら追って伝える。それまで射撃訓練をしていてくれ。あ、実弾はもう使ったら駄目だからな」
――
訓練場でアヤメは的を撃つようせがんできた。俺は狙いを定めて円形の的の真ん中を撃ち抜く。
「やっぱり上手だよね」
「ありがとう。でも、君だって的確に当てられるだろう?」
彼女は首を横に振った。
「私は目を強化しているから出来て当然なんだよ」
「そうなんだ。でもまぁ、パラサイトには性格な射撃が必須だからね。多分うちの署は皆出来るよ」
彼女も同様にゴム弾を的の真ん中に撃つ。何度も引くのだが、1つの弾痕を作り、それ以外を刻むこと無く全弾撃ち切った。
「大道芸みたいに熟したな…」
「私の師匠の可さんはハンドガンのリコイルにはビクともしないくせに、全然当たらないんだよね。多分引き鉄の引き方が悪いんだろうけど、本人は全然気にしていないの」
「え!? 討伐数が多く、討伐時間は最短記録を叩き出しているのに?」
アヤメはケタケタと笑いだした。
「それ、学校で武勇伝になってた。でも、あの人はエイルと殴り合いが出来るくらい強いから銃が扱えなくても造作無いんだろうね」
「俺はエイルとは近づきたくないな」
「パラサイト相手に柔道技をかました人が何言っているの」
「あれは人の形をしているから怖くないんだよ」
俺は彼女の真似をして連続射撃をするが、リコイルのせいでブレて僅かに軌道がずれたり、的にすら当たらなかったりと散々な結果に終わった。
「向いてないな。俺」
「闇雲に撃ったって出来ないよ」
俺は弾切れになってホールドオープンした銃を引っ張り、形を戻した。
「山川!」
所長の声が聞こえたと思い振り返ると、彼は手を振っていた。
「両班とも返信が来た」
「なんと言っていましたか?」
「化学班は明日以降なら良いと言っていたが、調査班は今すぐ来るように言っていた」
「今すぐですか? わかりました!」
俺はアヤメから銃を預かり、武器庫に返却する。
――
俺とアヤメは捜査班の拠点である事務所に歩いて向かう。そこの扉のインターホンを押す。
「どうも、こんにちは。捜査班の所長兼班長の田辺です」
30代から40代ほどの男性が扉を開けて応接をしてくれ、隙間から中を覗くと、スーツ姿の人達がカリカリと仕事をしていた。討伐班である俺に取って、場違い感が湧き出てきた。
「こんにちは。討伐班の山川です」
俺は挨拶を返す。
「中へどうぞ」
俺はお辞儀をして室内へと入る。
「まずは所長室へ」
彼の案内で、所長室に足を運び、俺とアヤメはソファーに座った。討伐班の所長室よりも柔らかく感じられた。
「こちらに来た詳しい要件は如何程なものですか?」
俺はアヤメへと視線を映すと彼女は単刀直入にパラサイトエイルはどのように見つけているのかと質問した。
「えっと…」
田辺さんは眉をハの字にして困った様子を見せる。
「すみません。つまり、私達はパライトエイルのことで、訊きたいことがいくつも在ったのでこちらへと参らせて頂きました」
「ああ、そうですか」
「討伐班の目線では気づけ無い事や、先程彼女の言葉にも有りましたが、発見の方法なども教えていただけると幸いです」
田辺さんは頷き、わかりましたと言葉する。
「まず、初めの質問に答えましょう。我々捜査班は化学班から提供された機器を使い、パラサイトエイルの捜索に尽力しています。その機器は、赤外線カメラを改造したもので、防犯カメラに接続したり、ドローンに取り付けて飛ばしたりと活用しています。自分たちが足を運ぶこともありますが、先程見て頂いた様に、我々は忙しいですので、回数は少ないですね」
田辺さんは引き出しからビデオカメラのようなものを取り出した。
「これがそうですが、寄生エイルを見分けられると言っても、体が乗っ取られる1時間以内。やはり、寄生エイルの卵や感染経路を調べるしか無いと思うんですが、首がまわらない。全く、本末転倒ですよ」
そして、それ以外の捜査の仕方を訊いてみたのだが、あくまでも警察なので、聞き込みや防犯カメラの確認程度のものであり、これと言って新たな知識はなかった。質疑応答はこれ以上進まず、俺達は帰ることとした。
「ナオさん、あの人すごいね」
彼女は歩きながらスキップをしていた。
「何が?」
「私の姿って子供っぽいのに、それを指摘しなかったよ」
「ああ、言われてみれば…。言動も子供っぽかったのにね」
俺は冗談のつもりで言うが、彼女は深刻に目を見開いた。
「じょ、冗談だよ?」
そういった瞬間、彼女は晴れやかな表情へと変わる。
「ところでナオさん。明日、化学班の見学に行ってみてから決めたいんだけど、パラサイトの卵や感染経路…だっけ? それらを私達で調べてみない?」
「え? でも、それは俺達の管轄じゃないから厳しいと思うよ」
「所長に許可取ったら?」
「まぁ、討伐班の外出は自由だからな…。パラサイトが出た時に現場に直行することが条件だけど」
「好都合じゃん。今日出てきた工場も調べたいし」
「確かにな」
1日。彼女と話しをして1日しか経っていないのに、相当懐かれたように感じる。
「寄生虫が空気感染をすることはないと思うが、経路を知らないと怖いだろうからなぁ」
「じゃあ今から」
「いや、一旦帰ってから。報告してから行くよ」
「わかった」
彼女はどこか面倒くさそうだった。
「ナオさんって、真面目だねって言われない?」
「言われたことは何度かあるよ」
「だよね。もう少し砕けてもいいんじゃないかな?」
「なんというか、学生時代からこんなんだから定着しちゃってね。中途半端にだらける事が出来ないんだよ」
彼女は首を伸ばした。
「ナオさんの学生時代って、どんなんだった?」
話しに食いついてきたようで、俺は笑顔になってしまった。
「アイドルオタクだったよ」
「アイドル? 可さんはアイドルなの?」
「あ、いや、4,5年前に流行した『赤とんぼ。。。』ってアイドルユニットね」
「へぇ。ミーハーなんだね」
彼女はどことなく嫌そうだった。
「部活は何をやっていたの?」
「小学校から柔道教室に通って。中学高校では部活に入ったよ」
「だからエイルを投げ飛ばしたんだ」
彼女は手をぽんと打った。
「体を鍛えることが好きだったから、授業中とか、握力を鍛えるハンドグリップをずっと握ってたり、空気椅子をしたりして遊んでいたときも在ったな」
「え? 全然真面目じゃない」
「それは君が勝手に植え付けた幻想だよ。それと、ノートやワークシートはしっかり板書したり、先生の話しも抜かり無く聴いていたからね。成績は悪くなかったよ」
彼女は眼光を鋭くして顎をしゃくらせる。
「日本人の悪い癖だぜ全く。良かった事を『悪くない』と言って濁す」
「誰のモノマネだよ」
「対エ学校の英語の先生のマネ」
「誰だかわからないよ」
「良かったんだ?」
俺は首を横に振った。
「偏差値40程の学校で、テストの点数がクラス内順位が5位から9位の間が平均だったよ」
「偏差値って単語、いまいち理解できてないんだよね…。良いのか悪いのか判らないよ」
「平均の学力が50だとしたときの比率だよ」
彼女は首を傾げて考え込んだ。
「平均より悪い学校で平均より良い結果を残したと思えばいいよ」
「ああ、わかりやすい。初めからそう言ってくれればよかったのに」
アヤメはブンブンと手首を動かす。それにしても、よく表情が動く子だ。18歳だと自己紹介をされたときは驚いた。しかし料理を作ったり、射撃の腕を見せつけたりとしっかりした点を向けられて納得してしまった。だが、今度は表情の変化で見た目通りの年齢だと思わせられる。掴みどころのない彼女に、俺は惹かれてしまったようだ。