5
2年前である2222年。アメリカ合衆国で人間に寄生する生物が発見された。遺伝子構造上、人工物だったのだが、それより以前に発見されていた無染色体生物、Another Life Enemy、通称ALEを模って作られたことは明確だった。
そのエイルは染色体を持つ全生物を捕食し、さらなる進化を遂げる傾向に在る。それらを討伐する団体が居たのだが、流石に寄生生物にまでは首が回らなかった為、日本での駆除は警察に部署を作って行うように指示を出してきた。そのような経緯で出来た対エイル部隊と呼び、通称対エ部と呼ばれる様になった。
今年の春から、俺事、山川直樹は対エ部に入署している。現在は7月になり、カンカン照りが迫ってきて、部署内は必要以上に熱い。エアコンが無く、窓を開けて扇風機を付けるが、所詮熱風をかき回しているだけだ。
約3ヶ月の中で、寄生体と対面し、戦ったのは2回しか無いのだが、尋常ではない程怖かったし、気持ちが悪かった。
奴らは頭蓋骨内の組織を食い荒らし、より良い遺伝子を取り込むために、宿主の体を操作して捕食をし続ける。奴らは自分好みに人間の頭部を改造する。俺が見たやつは眼球を持ち上げた、蝸牛のような触覚が現れ、舌を蚊のような吻と呼ばれるストローのような器官へと作り変えている。。そんなグロテスクな姿に圧倒されながらも我々はH&K USPというハンドガンで戦い続けていた。
何故ハンドガンかというと、対エイル用の銃弾が、このサイズしか無いからだ。機銃やアンチマテリアルライフルを使えば、パラサイトエイルなら簡単に倒せるのだが、持ち運びが不便な為、手頃な大きさであるUSPを使っている。特殊弾の先端にはスイッチが有り、指で押しても反応しないが、強い衝撃で、実包の中にある火薬が炸裂して破壊する。それは貫通しにくく跳弾しづらいホローポイント弾とは違い、全方位に飛び散る為、周囲の安全性は期待できない。通常は普通の弾で対応し、動きを止めた所で特殊弾を使う。
今日、討伐のスペシャリストである女性が此処の部署に来るらしい。その女性はまだパートナーのいない俺と組まされる予定となっている。
Nano Remodelingと呼ばれていただろうか?血中にナノマシンを入れて身体能力を増加させるらしい。
スペシャリストと言っても、うちの事務所は、人が多いわけでも少ないわけでもなく、1ヶ月に1度出現すればいい寄生エイルに対しては充分間に合っている。この部署は戦う事が専門なので、捜査をする必要がなく、明確に場所が知られた場所に足を運べばいいだけ。それ以外は、オフィスの様に配置されたパソコンや、各自持っているスマートフォンでゲームをしたり、趣味や内職をしている者がほとんどだ。他の部署や、国民から言わせれば此処は穀潰しと言われてもおかしくないだろう。しかし、1ヶ月に1度とは言え、その1度に出現するエイルは驚異的で、我々がいないと討伐に時間を掛ける。その間、何人もの被害者が出る。
――
俺は学生時代からの趣味である筋トレを部署内でいつも行っている。全身を抜かり無く鍛えているおかげか判らないが、拳銃を撃っても反動が気にならない程になった。
いつもの通り、ハンドグリップを握りながら、耳とパソコンをイヤホンでつなぎ、ジャズを聴いていた。ジャズというのには特に理由はなく、音楽ならばなんでもいいと思っている。ただ、歌詞が無いから余計なことを考えなくて済むし、リラックスできる。時計の時針は1と2の間を指していて、丁度空腹で胃が痛みを訴える時間帯になると、俺はコンビニで買ってきた弁当を取り出して、食べる。空腹時は弁当の量が足りないのだが、末期になると、食べることが苦になる。そうやって節約しているのだ。
俺がお弁当を開いた瞬間、所長に名前を呼ばれる。
「山川!」
「はい!」
俺は弁当の箱を閉じて足を運ぶ。
「もうすぐ到着するとのことだから、所長室で待っていてくれ」
「わかりました」
俺は弁当を持ち運び、所長室へと向かうことにした。
近年、男女関係なくナノリモデリングが増えている。それは恐らく吉野可と言う女性のおかげだろう。彼女は無染色体生物エイルの討伐を行っていて、討伐数が尋常じゃない数なのは当然。討伐時間も瞬く間と呼ばれるほどの実力者だ。そんな彼女は戦い方を教えたり、全くその仕事に関係があるのかわからないが、モデルとして活躍している。実を言うと、俺も彼女のファンで、吉野可が載っている雑誌は食費を削って購入しているほどだ。この仕事を選んだのも、彼女に憧れたからだ。
俺は所長室でコンビニ弁当を食べ終え、トレイを綺麗にしまった。
「失礼します」
扉が開く音とともに、女の人の声が聞こえたと思い、目を向けると中学生くらいの少女が立っていた。彼女はキャリーバッグを持っていて背中にはギターの形状をしたハードケースが乗っていた。
「こ、こんにちは…」
俺は少女に恐る恐ると挨拶をした。すると彼女は返答をして付け加える。
「恐らく、あなたは私の事を子供と思っているでしょう」
まるで英文を和訳したような日本語で説明を始めた。
「18歳です。これでも」
彼女は俺の向かいのソファーに座り、名刺を渡してきた。
「赤坂アヤメさん」
「はい。アヤメと読んでください。それから、私、敬語が苦手なので、崩しても良いですか?」
翻訳アプリのような口ぶりだった理由は、敬語が苦手だから、全て丁寧語にしたのだろう。
「いいよ。俺も言われ慣れてないから、タメ口で」
「ありがとう」
彼女は流暢にお礼を言う。
「私はナノリモデリングの2世代型だからなの」
「2世代?」
「詳しくは判らないけど、項に差込口が無いの」
彼女はセミロングな髪の毛を掻き揚げて後ろを向き、項を見せる。確かにナノリモデリング特有の、モジュラーコンセントのような穴は無い。
「副作用で身長が13歳の頃から変わってないの」
「今、18歳って言っていたっけ?」
「うん?」
「手術を受けたのは5年前って事か?」
「そうだけど…」
「まだ、寄生虫が発見されていない時期からじゃないか?」
「うん。私はもともと、エイル本体を討伐するために改造されたからね」
明るく発言するが、少し儚げだった。次の瞬間、彼女は思い出した様に手を打った。
「ごめん、住む場所がない…」
「住む場所?俺の家、1LDKだけど…まぁ、こんなおっさんと一緒に住むのは嫌だよね」
彼女は首を振った。
「そんなことはないよ。後、おっさんというのは否定しておくね」
「あ、なんか気を使わせちゃった?」
「いやぁ、気を遣うのは日本人の性だからね」
「え? 俺老け顔?」
「冗談だよ。取り敢えず、私が本部に戻されるまで、住まわせてね」
彼女は笑顔を作り出した。
――
勤務時間が終わり、俺はアヤメを連れて家に帰る。荷物を置いたら、コンビニに行き、彼女と俺の分の食事を買おうと考えていたのだが、彼女はコンビニではなくスーパーに行くといい出した。
「コンビニだと少し高いでしょう? だから私が作るよ」
「本当? 料理できるんだ?」
「うん。ひまわり園では一番のお姉ちゃんだからね」
「ひまわり園?」
「私が、小学校を卒業するまで暮らしていた所」
ひまわり園というありがちの名前を聴いてまず最初に浮かんだのは児童養護施設だ。彼女は13歳でナノリモデリングの手術を受けたと言っていたが、つまりそれは身寄りがなく、非人道的に実験台にされたのだろう。俺は反応に困り、黙っているとアヤメは笑顔を作る。
「気にしなくていいよ。隠すつもりなかったし」
「そう?」
彼女の楽観的な顔を見て、俺は少し安心した。
「私は親の顔を見たことがないんだ」
「そっか…。大変だったね」
彼女は可愛らしく「うん」と答えた。俺はスーパーに彼女を連れていく。現時刻は19時半で、遅い時間帯という事も有り、あまり混んでいなかった。
アヤメはカートとカゴをとり、子供のように足を踏み込む。
「ナオさんは何食べたい?」
彼女はいきなりアダ名で俺を呼び始める。一瞬困惑したが、長いこと施設で暮らしていた彼女の生きる術の1つなのだろうと自己解釈をしてそのことには深く触れなかった。
「もしかして、明日も作ってくれる?」
質問に質問で返す言葉であったが、どうせ作るなら明日の分もまとめられるような物がいいと思い、そう聞き返したのだ。
「そうだね…。明日の分も買っておこうかな?」
彼女は首を傾げながら言った。
「余った分を明日の朝食や昼食に出来るようなものを作ってみたら?」
「ペンネかな?」
「ペンネ?」
「パスタだよ。ペンの形がしているからそんな名前が付いたみたい」
彼女は野菜が並んでいるところから、玉ネギとピーマンをかごに入れる。
「玉ネギは風味に、ピーマンは色合いに使うの。本当は玉ネギよりもにんにくのほうが断然良いけど、匂いが気になるからこっちにしたよ」
「気遣いが上手だね。俺のほうが年上なのに見習わないと」
「褒めないで。うふふふ」
彼女は冗談気に笑った。
「トマトケチャップってある?」
「ああ、俺はケチャップあんまり好きじゃないからなぁ」
「トマトは食べれるの?」
「うん。寧ろ、好きな食べ物だよ」
彼女はトレイに2つ入れられているトマトもかごに入れる。
「これもソースにするからね」
足を進めると、精肉コーナーが見え、彼女は20パーセントオフのシールが貼られているひき肉を手に取る。
「アヤメ…」
俺はそのひき肉を見て、自然とパラサイトの姿を思い出してしまった。
「何?」
「肉は…やめよう」
「どうして?」
「いや…。なんとなく…」
「それ、私も何回かなった事があるよ。エイルを討伐するのは、単純に怖いだけで、それ以外何にもなかった。でも、寄生虫に殺された死体を銃で撃った後、半年くらい肉を食べられなくなった」
俺は溜息を吐いた。
「俺、実はずっとコンビニの弁当を買っていたのはそれが原因なんだ。生肉を見ると、パラサイトエイルの姿を思い出すんだ」
「これを機に克服してみようよ」
彼女はひき肉をカゴに入れる。
そのまま彼女はオリーブオイルや卵を購入した。
家に帰る道、俺とアヤメは無言だった。そして、家に着く頃に、彼女は食器や調味料の場所などを訊くだけで終わった。
彼女は短時間でペンネを作り終え、食事にすることとした。
――
俺は自分が普段使っている敷布団にアヤメを寝かせた。その間、日課である飲酒を行っている。焼酎の炭酸水割りはそれぞれはとてつもなく安いのだが、組み合わせと割合が良いと、中途半端に高い酒よりも美味しくなる。
そんな酒のうんちくよりも、今はアヤメという未成年の少女と同居していることに目を向けるか…。現実逃避している場合じゃない。第一に、犯罪ではないのかという疑問が浮かんできた。このアパートに住んでいる人や近隣住民が起訴すれば俺の両手はお縄にかけられ首は飛ばされる。それから、彼女は俺のことをどう思っているのだろうか? 家族でも何でもない人と一緒に暮らす事が日常になってしまっている彼女にとって、山川直樹と言う人間は施設の職員とほぼ変わらない人種なのだろうか? 彼女は愛嬌のある姿で俺に接してくれていたように思えたが、それは関係を長続きさせるための“配慮”で在って決して、俺に対しての“興味”ではない。
キャバクラ嬢と同じく、利益のための行動。女という生物が先天的に優れているのか、将又、後天的に手に入れた能力なのか。
何れにせよ、俺は赤坂アヤメに女性としての認識が向かってしまっている。駄目だとわかっているから。理性で押さえつけると、欲求は却って強くなる。そんなジレンマを持っているのは人間の性なのだろう。
俺は自分の感情を押し殺すために、コップ1杯の割った焼酎を飲み、リビングのソファーに体を叩きつける。
目を覚ましたのは5時。俺は片付け忘れたコップを流しへと持っていき、ゆすいでから水を汲んで、喉に流し込んだ。すると、パチンパチンと弾いた音が綺麗に鳴り響く。それは寝床の方からで、俺はそこへとノックをしてみた。
「あ、ごめん。起こしちゃったね」
アヤメの声が聞こえたと思いきや、彼女は扉を開いて、俺を見つめてきた。片手にはアコースティックギターが有るようだ。
「いや、その前から起きていたよ」
「近所迷惑かな?」
「綺麗な音だから、不快感はないだろう」
俺は笑顔をつくり、再びリビングのソファーに足を運ぶ。今度は寝るためではなく、テレビを見るためだ。
彼女はキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。
「朝ごはんとお弁当を作るね」
「手伝うよ」
「いいよ、座ってて」
彼女は残り物や昨日仕入れていた食品を手際よく調理している。やらせているということで落ち着かなかった。
「作らせてごめん」
「良いよ。寝床を使わせてもらっているんだから。持ちつ持たれつだよ」
「ああ。ありがとう」
俺はアヤメにお礼を言った瞬間、彼女は眉を八の字にした。
「もしかして、口に合わなかった?」
俺は全力で首を横に振った。
「違うよ。違うからね!?」
「そう? 嫌がっている用に見えたんだけど」
彼女は泣きそうな目で俺を見つめてくる。俺は風車の如く首を左右に振る。すると彼女はケタケタと笑いだした。
「楽しい。ナオさんって誂い甲斐があるよね」
俺は溜息を吐いた。
「そうかい」
彼女の作ったハンバークと卵焼き、それからペンネを食べ、それらを弁当にするべく、トマトのトレイとタッパを使い、中に積めてサランラップをした。
「ナオさんがタッパで私がトレイね」
「良いのか?育ち盛りなんだからちゃんと食べないと」
「もう育たないから」
彼女は白い前歯を見せて笑顔を作る。
――
職場に着くなり、騒然とした空気と緊張感が押し寄せてきた。
「全員揃ったな」
所長は、全員の前に立って口を開いた。この空気は間違いなくパラサイトエイルだ。
「奴が現れた。場所は此処から西3キロの汐見工場。社員3人の頭部から吻が出てきたらしい」
恐らく、捜査班が通報を受け取り、こちらへと送ってくれたのだろう。
「複数体ということで、マニュアル4で対応だ」
マニュアル4と言うのは3体以上の敵がいた場合に適応される作戦。1体のエイルを2人で誘導し、引き離し撃破する。その間、残りの隊員は足止めを行い、倒したら、また班員が誘導する。1から3までの説明は後に行おうと思う。2体以上と相手すると、奴らは連携をするので大人数でも手こずる程だ。
「今回の誘導は山川と赤坂だ」
所長は俺とアヤメを指名する。俺はそれに対し、返事をする。
作戦開始前、アヤメにマニュアル4の説明をし、ハンドガンUSPを渡した。
「いくらパラサイトとは言え、ハンドガンで倒すには頭部へと的確に当てないと無理だよ?」
アヤメは不機嫌そうに受け取る。
「もしかして、私だけハンドガンとか無いよね? ナノリモデリングだから、無理して働けとか?」
「いや、俺もUSPだよ」
「今までどうやって撃破してきたの?」
「特殊弾があるんだ。弾丸が的に触れると爆発する仕組みのね。それが在ったからパラサイトを倒せるんだ」
「なるほどね…。それって危なくないの」
彼女は初めて持つであろう武器に狼狽しながら俺に質問をしてくる。口調は穏やかなのだが、言葉の一つ一つが攻撃的に感じられる。
「一般的なバラベラム弾を使って足止めをしてから確実に当たると見計らってから弾を切り替える」
「なるほどね…」
「今まで君はどうやって対応してきたの」
「ショットガンを顔面に押し当ててた。それはパラサイトだけじゃなく、普通のエイルにも」
「俺は近距離で戦えるほど度胸も実力もないな」
彼女はぼそっと可さんと口ずさむ。
「私の先生も、私も、身体能力を底上げするタイプのナノリモデリングだから、そういう戦い方なんだ」
「今、可さんって言わなかったか?」
「うん。言ったけど…それがどうかした?」
「吉野可さん?」
「よしの…、確かそんな苗字だったかな」
俺は彼女の手を握る。
「近々連絡取れる?」
「え? 可さんと?」
俺は首を縦に振る。
「知り合い?」
「俺が一方的に知っているだけだよ」
「え?」
「彼女はモデルなんだ。よく雑誌に出ている。俺はその人のファンなんだ!」
「ほぇ!?」
彼女は驚きのあまり、日本語の発音にはないような音を出した。
「知らなかった。まあ、忙しくなかったら、いつでも会えるよ。可さん、近所に住んでいるはずだから」
「それは驚きだ!」
俺はアヤメの手を離した。
「出動までどれくらい時間がある?」
彼女は離した瞬間に話した。
「20分あるかないか」
「5分だけ射撃訓練の時間をちょうだい。すぐにこの銃に腕を慣らすから」
彼女はそう言いうと、所長が近くに寄ってきた。
「時間を取れなくて申し訳ないな。君らの出動は少し遅らせよう」
「敵はどうするんですか?」
俺はそう問いかけると、所長は、その間は任せろと言って、30分の猶予をくれた。
「ありがとうございます」
「いいや。彼女のための武器の輸送を遅らせたこちらの過失だ。その尻拭いくらい自分でやるよ」
所長は少しほくそ笑んだ。
「ただ、尻拭いは全員で行うけどな…」