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レベル塵(ナノ)  作者: 堕罪 勝愚
枷と牢
4/8

 劣悪な物は排斥し、優良なものを取り入れるAnotherアナザー lifeライフ cellセル通称ALCと呼ばれる遺伝子を持たない細胞は宗次郎さんの体内で、遺伝物質を壊し始めている。

 何故それが侵入したのか、推測ではあるが、私が撃った弾がやつの口に当たった。その際に出血した。その状態で宗次郎さんに噛みつき、切り傷を与えた。そして流れ込んだ血液が彼の血管へと流れ、体の中に細胞を入れてしまった。と言うもの。


「助かるの?」


 私は身を乗り出して聞いた。


「無理でしょうね」


 満花さんの言葉に私の心臓は強い拍動をしていた。その鼓動で自身の体が震えるほどに…。


「考えても見なさいよ。あんたらが日本に戻ってきたのはもう既に、宗次郎の体内に侵入した細胞が彼の遺伝子を食い散らかしていたのよ。末期癌とほぼ変わらないわ」


「末期癌…」


「ただね、今の段階では無理でも、将来的には助かるかもしれないのよ」


 私は痛みを忘れて立ち上がっていた。冷静なうちに空になったコップを流しに持って行きたかった。


「その前に死んだら元も子もない」


 自分ではなった一文に、私自身も傷ついてしまった。


「ALCが正常に働くのは摂氏25度以上。反対に、完全に止まってしまうのは10度前後。その意味判る?」


 私はソファーに戻り全体重を乗せて座り直した。


「コールドスリープ?」


「近いわね。宗次郎を、9度に設定した無菌室に幽閉して食事や排泄を全て管理している」


「今?」


「ええ」


 私は満花さんに飛びついた。


「連れてって!」


「午後3時からならいいわよ」


「わかった!」


 彼女は私を持ち上げて立ち上がる。


「少し早いけど、食事にしましょう」


 この部屋においている置き時計を見ると、11時になる寸前でだった。そして、満花さんは冷蔵庫の引き出しから野菜を取り出し、扉からは青じそドレッシングを出した。そして、料理だなからは鍋とマカロニを出す。


「サラダ?」


「ええ。野菜嫌い?」


「いや、サラダだけ?」


「マカロニで炭水化物取っているから」


「ダイエット?」


 私はソファーから立ち上がり、テーブルの下に潜り込んでいる椅子を引っ張り出して座った。

 そして、盛り付けられた物を見た時、パブロフの犬が涎を垂らすのと同じ感覚で、彼女へと文句が出てきた。


「なんだこの女子力がドロドロ溢れ出る食卓は!?」


 私の知っている彼女はレトルト食品を手際良く作れるも、料理が出来ない女性だった。しかし、今は華道の如く盛り付けられた皿に嫌悪感がこみ上げてきた。


「あなた、私に対しての悪口はポンポン浮かんでくるよね?」


「そりゃね…」


 私はフォークでサラダの野菜を持ち上げ、口に入れる。


「恋でもしたの?」


 彼女ははぐらかすようにどう思う?と聞き返してきた。


「満花さんの色恋に興味ない」


「そう?」


 適当に受け流すように言葉を込め、不敵な笑みを見せてくる。


「これからすぐに研究所に行くのだけど、来てくれる?」


「あ、行く」



――


 3分程、車の助手席に揺られ、大学のような建物に着いた。満花さんは個人で持った研究所と言っていたので、てっきり雑居ビル程の建物を想像していたのだが、都道府県が管理するほど大きな施設な為、虚偽を感じてしまった。

 彼女は白衣とゴム手袋を付けていて、私にも着衣するように指示を出す。私はそれに従い、彼女の担当している部屋へ行く。そこにはシャーレや試験管が並んでいて、実験途中だったかのように思える。


「これは何?」


 液体が入っているシャーレに指差した。


「雄也の細胞よ」


 彼女が答えた時にこちらへと男性が寄ってきた。


「赤坂さん。休暇ではありませんでしたか?」


 すると満花さんは突然私の肩に手を置いた。


「この子のために雄也の状態を見せに来たの」


 すると、男性は「ではこちらへ」と言って私達を誘導した。病院の様にだだっ広い廊下を私達は横列して歩いている。


「どこにいるの?」


 私は満花さんに問いかけたつもりだが、男性は率先して答える。


「研究員の仮眠室にいます」


 そして彼は続けるように口を開く。


「あの少年、左右の耳の裏に小型化したナノ端末が埋め込まれていました」


 満花さんは男性の持っているバインダーを奪い取り、眺め始める。


「遺伝子捕食を可能とするプログラムが構築されているわね。なんでこんなものが今になって見つかったのかしら?」


 彼女の攻撃的とも思える質問に男性は慄きながらも誠実に答える。


「すみません。頭部ということも有り、発見が遅れてしまいました」


「そう」


 満花さんは吐き捨てるように対応した。


「で、この子は人間?それとも…」


「人間ですよ。ナノリモデリングと同じ改造が施された上、エイルの卵を捕食し、良質な遺伝子を取り入れたことで、細胞には幾つもの染色体があるのです」


 満花さんは私を見つめた。


「非人道的ね」


 彼女の言葉に、不自然さを感じた私だったが、それは自分に言い聞かせているようにも感じられて、不可解だった。


「角を立てる真似してごめんなさいね」


 誠実な男性の態度に満花さんも誠実に返答すると、男性は笑顔を向けた。


「自分は全然問題ありません」


 階段を登った当たりで満花さんは口を開く。私は筋肉痛を庇いながらゆったりと上の階を目指す。


「試験管ベイビーって知っている?」


 私は彼女の顔色を除いた。


「と言うと?」


「人工的に作り上げた胎児の事を指すのだけど、クローンがほとんどね。2170年代まではクローンは国際法で禁止されていたのだけど、一時期、過度な人口減少により、それが解除されたの。100年以上経った今でも、それを疎む姿勢は残っているわ」


 彼女の声からクローン技術に対して余程の嫌悪感を示しているのだと伝わってくると同時に、やはり不自然さが垣間見える。


「此処です」


「案内ありがとう」


 満花さんはここを個人で持っているのに、どうして案内されているのだろうという素朴な疑問も過ぎったが、これだけ広いと、1人で管理出来ないこともある故だと自己解釈した。


 扉を開けると、二段ベッドが左右に2つ備えられた殺風景な部屋があった。


「雄也!」


 満花さんが名前を呼んだ瞬間、扉方向から見て右側のベッドからゴンと音がなってモソモソと少年が出てきた。


「なんでベッドの下にいるの!?」


 私はつい、大きな声を上げてしまった。


「おねえちゃん!」


 そんな私にキラキラと輝く目を見せてくれる雄也。


「単刀直入に言うわね。雄也をあなたが引き取って欲しいの」


 私は目を丸くし、今言われた言葉を理解するために整理した。


「私の家、狭いから無理」


「引っ越しなさいよ」


「いや、無理。この仕事をしているわけだから、外泊がどうしても多くなるんだよ。今暮らしている所は家賃がとてもつもなく安いから嫌だ」


「1DKなのだから安いに決まっているでしょう」


「そりゃそうだけど」


 私達の口論を見て、雄也はしょんぼりしてみせた。それを機に、満花さんは見計らったかのように口を開いた。


「ごめんね雄也。カナリお姉ちゃまは雄也とは暮らしたくないみたいなの」


「うわ! 汚い大人! 情に訴えかけるのか!」


「一緒に暮らしたくないの?」


 私は首を目一杯横に振る。


「そんなわけない! ただ、狭いから雄也が不自由しないかって心配なの」


「そうね…ちょっとまって」


 彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、何かを確認している。


「3LDKのマンションを買ってあげるわ」


「え?」


 私はそれを聞いた瞬間、二つ返事で了承した。


「わかったわ。引っ越しの準備をしておいてね。雄也は検査が終わったら連れて行くからね」


「雄也の着替えや荷物は?」


「一緒に暮らした時に買い揃えればいいじゃないの?」



――


 スマートフォンを見ると、15時をとっくに過ぎていた。しかし、彼女は20分だけ時間を頂戴と言うもんだから、それに従った。

 満花さんが連れていった部屋には椅子が3つだけ置いてあって、中央には人がすっぽり入れそうな透明な円柱のガラスが部屋の中央に有る。その中は液体で埋め尽くされているようだ。


「え?」


 驚いたことに真ん中には胎児のようなものが複数のチューブに繋げられていて丸まっていた。


「これがその試験管ベイビー」


「なんで満花さんが扱っているの!?」


 私は目の前の状況と、先までの彼女の言動を揃えてみたのだが道理にかなっていない。


「頼まれたのよ。宗次郎に」


 私は胸の奥から何かが出てきそうで、嗚咽を漏らし、口を抑えた。まだ物は出てきていない。


「落ち着いて」


「落ち着いた! でもなんで!? 宗次郎さが!?」


「3年程前から、この胎児を作り始めたんだ」


「――私が宗次郎さんと出会う前から?」


「そう。私とあなたが出会って間もないころね」


 彼女は再び口を開いた。


「カーラ・モンタニーって名前は聞いたことある?」


「ファーストネームは」


「宗次郎の彼女よ」


「知ってる」


 彼女はガラスへ右掌を当てる。


「じゃあ、カーラが死んでいることは?」


「少しだけ訊き出した」


「なら話は早いわね。これは宗次郎とカーラの子供」


 そう言って満花さんは椅子へと腰を下ろした。


「と言っても、カーラの細胞から卵細胞を無理やり作り出して、宗次郎の精細胞と人工授精させて、養水と同じ成分の液体の中に入れただけ」


「――それを宗次郎さんが頼んだの?」


「ええ。クローン技術であれば同じ細胞をコピーさせればいいのだけれど、この細胞はあくまで受精卵から…。3年経っても、これ以上の成長は望めないわ」


 彼女は、1つだけ成長しているのならば私の背徳感だけよと呟いた。


「ただ、成長させる方法は無いわけではないの」


「どうするの?」


「ALCを注入する。そうすれば卵と同じ容量で、この子も母体なしで成長することが出来るわ」


 彼女が嫌がっているのは一目瞭然だった。


「宗次郎とカーラの子供が兵器として利用されるのだと考えるとやるせない。それに…私はこういったテクノロジーは嫌いなの!」


 虚空を睨みつけ、歯を食いしばる。


「この研究所は宗次郎の支援で作られたの。これを育てるために。だけど、疎まれているクローン技術を公には出来ないことで、細胞全体の研究も建前で行っているの…。全く、自分が熟嫌いになるわ!」


「成長したら…私が引き取るよ」


 私の言葉に彼女は穏やかな表情になった。


「兵器じゃなく、兵士として、私が育てるよ。宗次郎さんと一緒に」


「――あんた…。うん! 私はカナリアンのそういう所が大好き」


「そういう所って?」


「机上の空論を本気の顔で言葉にする所。まるで本当に成し遂げそうな雰囲気よ。実際、あんたの突拍子もない言葉に、何度助けられたことか」


――


 私と満花さんは宗次郎さんがいるとされる病院へ行った。病院は建物としては大きわけではないが、専門的なものの分野わけがされていて、研究所と何ら変わりない内観だ。

 宗次郎さんがいる無菌室は通常のものよりも大きく、刑務所の牢の様に感じられる程だった。彼はベッドの上で何かの本を眺めていて、私達には気づいていないようだ。


「宗次郎さん…」


 私が彼に呼びかけると、ゆっくりと立ち上がり青くなった唇を開いた。


「か…なり」


 相当驚いているようで、満花さんを睨みつけた。


「可を連れてくるなとあれほど言っただろう!?」


「――ごめん」


 満花さんは宗次郎さんに怒鳴られながらも、全く反省している様子はなかった。


「可に余計な心配をかけたくない」


「私は宗次郎さんに心配はしてないよ」


 無理に笑顔を作って彼へと呼びかけるが、宗次郎さんの窶れた顔を見て、涙が出てきそうだった。


「調子はどう?」


「寒い」


 彼はベッドへ座り直し、私へと口を開く。


「可。俺はお前に言いたいことがあるだが、心して聴いて欲しい」


「嫌だ」


「なんで!?」


「退院してから話して」


 泣きそうな声を押し殺して彼へと伝える。


「いや、俺が病院にいる間に頼みたい事があるんだ」


「遺言みたいだね」


 それを私の口から言った瞬間、もう涙が溢れ出てしまった。


「あれ?」


 私は必死に涙を隠そうとするが、量が多いため、それどころではない。


「どうして!?」



「いいから聴いてくれ。遺言でもなんでもいい。俺が病院にいる間…」


「嫌だよ!」


 隠すことを諦め、子供らしく駄々をこねる。


「頼むよ可」


 彼は笑顔を向けてきて、私は額をガラスにつけて目をそらした。


「可の泣いた顔は不細工だから見るに堪えないよ」


「こっちだって! 窶れた宗次郎さんの顔なんて見るに耐えないよ!」


「いいから、そんなに重要なお願いじゃない。ただ、俺の家にある銃をしばらくの間、預かって欲しい」


「不細工って言ったから断る!」


「笑った顔は可愛いしタイプだよ」


 私は必死に泣くのを抑えて笑顔を作り出した。


「お願い」


「わかった…。その代わり、私からも」


「何?」


「好きです! 退院したら、私と籍を入れて下さい!」


 彼は少し間を置き口を開いた。


「割りに合っていない気がするが?」


「結婚してから好きにしていいから!」


「じゃあ、そうしようかな?」


 どことなく、嬉しそうな彼の表情を見て、期待と不安が降り注いできた。


「あ、それと。研究所の…宗次郎さんとカーラさんの子供。私が育てるから」


「あ? ああ。満花、お前!」


「これから結婚するんだから隠し事は無しでしょうが」


 私はガラスへと掌を置いた。するとそれに合わせて宗次郎さんも重ねた。


――


 2221年。2年の月日が経った。その間、宗次郎さんは闘病の末亡くなった。泣いても彼は帰ってこない。だけど私は泣いた。だから私は泣いた。

 ただ、思ったより心の傷は少なかった。恐らく、彼が死ぬことを私は心の何処かで悟っていたんだ。

 丸々2年間、私は満花さんが買ってくれた部屋で雄也と共に暮らしていたわけだが、これからもこの子と一緒の家で生活を送ることになるだろう。

 しばらく、私がやっていた仕事は、ナノリモデリングの人達への教育である。その生徒は年齢も国籍もバラバラで中には雄也も含まれていた。たくさんの生徒の教師をしていたわけだが、給料はエイル討伐に比べて下がってしまった。まぁ、3ヶ月に一度は海外へ行き、進化する新型エイルを倒すことも有り、そこで帳尻合わせをしているので、生活出来ないわけではない。

 そして、雄也の肌はだいぶ白くなった。恐らく、アフリカにいる時に日焼けしていたのだろう。

 それから、料理も覚えた。以前までは宗次郎さんからおすそ分けをもらったり、コンビニで買ったりとしていたが、宗次郎さんもいなくなり、雄也に栄養のあるものを食べさせたいと思い初めたのだ。お陰で節約できた。

 今日も、仕事に行く前に朝食を作り、お弁当を詰めた所だ。雄也を起こし、一緒に教育機関へと行こう。

 そう思い、彼の部屋をノックしようとした瞬間、インターホンがなりはじめた。


「誰だろう?」


 私は扉へと近づき、返事をしてからドアノブのレバーを倒し、扉を押した。


「おはようございます!」


 そこに立っていたのは小学校高学年から中学生ほどの身長をした男の子とも女の子とも捉えられるような感じの子が立っていた。右手にはキャリーバッグが有り、なんとなく嫌な予感がした。


「はじめまして。自分、赤坂ナツキともうします。養母である赤坂満花がアメリカへ栄転してしまったので、此処に来るように言われました。迷ってしまい、朝になってしまいました。すみません」


 私は驚きながらも、彼を通し、スマートフォンを使い満花さんに電話した。


「もしもし!」


「ああ、カナリアン?ごめん、今空港だから切るね」


 せめて前もって説明してほしかったよ。きっと後で電話してもこういうのだろう。「成長したら預かるといったでしょ?」と。


                   終わり

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