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私はテントの外に出て宗次郎さんを探した。砂漠の夕焼けは砂を赤く反射させて綺麗だったが、そんなことより、彼に話を付けたかった。
「宗次郎さん!」
するとトレナーを着る黒人の男性がこちらへと歩いてきて英語らしき言葉をべらべらと並べる。仕草が有ったのだが、日本とは全然違う使い方をしていると思える物が多く、何を言っているのか分からない。私は取り敢えず「スロー、スロースピーク」と言葉の速度を落とすようにお願いしたが、そんな拙い片言の英語は通用するはず無く、早口のまま英語が耳に入る。
すると宗次郎さんがこちらへと寄ってきて、その男性に英語で話しかける。すると何かが和解したようで、男性は笑顔になって帰っていった。
「ねえ、あの人はなんて言っていたの?」
「『Can we really get this weapons?』この武器をもらっていいのか?って言っていたよ」
彼は眩しそうに夕日を見つめて言う。
「あげちゃうの?」
「ああ」
「どの武器?」
「H&K USPって言うハンドガンを3丁」
私は辛辣にそれだけ?と答えた。
「今回の作戦ではそれだけで充分だからな」
彼はそう言いつつ、すぐに話を切り替えた。
「どうして外に出ているんだ?」
「宗次郎さんを探してて…」
「なんで?」
彼は優しい口調であるが、私の心情のせいで怒っているのではと少し怖かった。それは私の思い過ごしなのに…。
「これ…」
私は馬鹿正直に手帳を渡した。すると彼はお礼を言ってポケットに仕舞うものだから私は俯き口を開く。
「見ちゃった。――ごめんなさい」
それを言うと彼はそうかと返し、間を置いた。
「見られて困るものではないのだが、見られたくなかった」
「本当にごめん」
私が俯いているのに彼は頭を撫でてくれない。これはつまり私に怒りを覚えているという証拠だ。
「私、宗次郎さんが悩んでいるって知らなかった。それでいて、おんぶにだっこで…。言って欲しかった。黙り込んでいた理由がわかると、すごく苦しかった」
すると、頭に一瞬重みが入ったと思うと彼の掌が私の後頭部に触れていた。そしてすぐに渡しの目からは大粒の涙が溢れ出た。
「だから見せたくなかったんだ。可は他人の痛みも背負ってしまう。そうなると、君は崩れ落ちる事を知っていた。今みたいにね」
「私が苦しいのは宗次郎さんが辛い事を隠していたことにあるんだよ!」
「苦しんでいる可を見るのは辛いよ」
「それじゃ鶏が先か卵が先かって問題みたいじゃない!」
彼が乗せている手を掴み、ぐっと握る。
「私は宗次郎さんの生き甲斐になる。カーラさんの変わりになる。その人がどんな人かしらないけど。私じゃ役不足かもしれないけど、宗次郎さんを死なせないから!」
「代わりとか役不足とかで解決できる問題じゃない。カーラはカーラだ、同じように君は君だ。俺の痛みを背負わないでくれ。俺の傷を舐めないでくれ。今はその優しさが沁みるんだ」
私は身長が高い彼の手を引っ張り体制を崩させてから柔道のように足を払い、膝をつかせた。そして宗次郎さんの頭に手を乗せた。
「いつもは私が甘えてばかりだから…たまには甘えていいんだよ?」
彼は私の手を退かし、お腹に手を回して抱きついた。と言うよりレスリングのタックルのような気がして、私は押し倒されてしまった。日中、日差しに依って暖められた砂が熱く、私の後頭部にある髪の毛をヒリヒリとつける。
――
『Three years month has passed since the death of Carla.Dream to be killed by her every night.She comes biting been me in imminent in the figure of the left dead.I was able to withstand I think to be forgiven her for that every time there is a pain.I might regret that you did not protect her maybe.
Would the nor resemble natural extent 可 overlaid with her.
Adorable.Adorable.Adorable.
Want to mention in Carla. Want stroking Carla. Want to embrace the Carla. Want to kiss in Carla. Want to be killed in Carla.
Tempted depriving the pure heart every time you touch the 可's head. I want you to kill whether yourself think so. No, I just want you to forgive to you.』
以上のことが手帳に書かれていた。英語で書かれているのに、律儀にも私の名前は漢字で表記されいた。スマートフォンの通訳アプリと、私なりの解釈も加えて、和訳するとこうなった。
『カーラが亡くなってから3年の月日が経った。毎晩彼女に殺される夢を見る。彼女が死んだままの姿で俺に迫ってきて、食らいついてくる。その都度痛みはあるのに彼女に赦されると思うと耐える事ができた。もしかしたら俺は彼女を守れなかった事を後悔しているのかもしれない。
然程似ているわけでもない可を彼女と重ねてしまう。
愛おしい、愛おしい、愛おしい。
カーラに触れたい。カーラを撫でたい。カーラを抱きしめたい。カーラにキスをしたい。カーラに殺されたい。
可の頭に触れる度、その純情を奪ってしまいたくなる。そう思っている自分をどうか殺して欲しい。
いいや、俺は君に赦して欲しいだけだ』
――
連携訓練はおもったよりスムーズに終わり、これからは元民家であった街に向かう。私は対エイル装備であるヘルメットやブーツを装備し、肩にショットガン用のベルトを掛けた。
私はスマートフォンのUSB充電器のところに1立方センチメートルのキューブ型の機械をコードで繋いだ。そして外気の温度や彩度を測り、そのコードを外した。そのキューブをUSB差込口のあるシャーペンの芯のケースほどの機械、通称ナノ端末にくっつけた。またそれを私の首の裏にある穴に差し込む。
すると外が昼間のようにくっきりと見える。これは桿体細胞と言う感度の強い視細胞にロドプシンという色素を溜めているらしい。
調整を終えると、私は車の助手席に、アフリカ支部の7人は朝まで武器を乗せていたトランクに詰め込んだ。
――
宗次郎さんが車を運転してすぐに後ろから、大型バイクほどの速さの何かが差し迫ってくるのをサイドミラーから確認できた。それは二足歩行で、手と思わる部分が2つあることからエイルである事が伺える。
「足の速い個体だな。可、右側に回らせるから撃ってくれ」
「わかった」
私は扉に付いているハンドルを回し窓を開けた。同時に宗次郎さんは左にハンドルを切りエイルを誘導した。私は窓へと銃口を突き出し、うねうねと動く眼球に照準を合わせた。するとエイルは口を破裂させるように広げ、口を出してきた。私はタイミングを合わせて引き金を引く。すると銃声が鳴り、敵は顔を弾け飛ばしながら後ろへと転がっていった。銃を外に出し、レバーを引いて排莢し、すぐに装填をした。
「今ので気づかれたかもしれない。ソナーを」
私は体をもとに戻し、脹脛のポケットのジッパーを開けてスマートフォンを取り出し、ツールのソナーをタップした。このソナーというツールは私の耳を媒介として、画面に半径800メートル圏内にいる移動中の生体反応を詳しく映す。私の場合は800メートルだが、索敵に特化させているともっと長いし、別のツールに力を入れている人はもっと短かかったりする。因みに私は、全体的にバランス良く複数のツールを設定しているのだが、少しだけ筋肉増強のパラメーターが高い。
「エイルは何体?」
「進行方向左前に2体」
「距離は?」
「700メートルを切った」
「車を停める。俺が銃を撃ったら外に出て寄ってきた敵を倒してくれ」
彼はすぐにゆっくりとブレーキをかけて止まり、外に出る。その際、アフリカ支部の男性に長ゼリフを聞かされていたようだが、彼は一言、「No」と言ってトラックの上に乗った。
「I shot the gun.It signals to begin operation.」
彼は車の上で言っているが、窓を開けていても篭って聞こえた。その為、私は銃声を確認するために車のドアを開けて、外に出る準備をした。するとすぐに破裂音が聞こえ、私は足を踏み出し外へと出た。
「予想通り寄ってきた」
宗次郎さんは素早く排莢と装填を繰り返し、再び引き金を引く。
「距離は200メートル。手短に、あと2分以内で7体が来る」
「7体?残り装弾数4発」
「平気だ。走れ!」
彼は珍しく声を張る為、私はびっくりして足を動かす。
すぐに敵の姿が見えたと思ったら、4体もいて、そいつらは口を弾丸のように出してくる。タイミングを合わせて散弾を放つと、正面にいる敵の顔面はなくなり。それ意外は倒れ込み、手足をバタバタとさせて地面に倒れ込む。私の後ろにいるアフリカ支部の人達は扇形に並び、奴らの柔らかそうな頭部にアサルトライフルやハンドガンから出る鉛弾を複数当ててとどめを刺す。その間に私は排莢、装填をしながら走った。
「あれ?」
暗くても私はしっかりとものを見えているはずだ。しかし、100メートルまで近づいてやっと気がついたのは、そこには大きな建物があるということだ。
私は寄ってくる複数のエイルに向けて淡白に散弾を打ち出す。手足を削ぎ落とし、省エネで倒す。とどめはアフリカの人達がやってくれる。
淡白に済ませ、私は建物へと近づく。その建物は黒板や机が置いてあり、学校と判断できる。
一瞬、人影が見え、私はそれを追う。
「待って!」
私は声を掛けると、その人影は動きを止めてこちらを見る。私はスマートフォンのライト機能を使い、地面を照らす。すると向かいにいる人らしきものは眩しそうに目を細める。
「日本語、判る?」
私は訊きながら近づく。その正体は10歳くらいの少年で小麦色の肌をしているが、黒人と言えるほど黒いわけではない。
「すこし…だけ」
その少年は片言だった。
「お名前は?」
「森本 Gus雄也…」
日本人のような苗字と名前にどこの国かわからないミドルネーム。
「お父さんとお母さんは?」
それを言うと少年は泣きそうになった。
「いいたくなかったら言わなくていいよ」
彼は首を横に降った。
「ううん。いう」
彼は接続しがバラバラな言葉で頑張って説明してくれた。簡潔に略すと訳すと、彼は捨てられてしまったらしい。
「ぼく、これを…たべる。たべるものを、なかったから」
彼は黒板の下に複数転がっているバスケットボールほどの大きさの球体を拾う。それを照らすと…エイルの卵だった。
「マジで…」
私は結構引いてしまった。彼は口をつけて、吸い上げる。すると水分が抜けたと思いきやうねうねと動く目が殻の隙間から見えてしまった。
嫌悪感で卵を撃ちそうになってしまったが、堪える。
彼はそのうねうねと動く目玉に噛みつき引きちぎる。
「うぇ!」
私は嗚咽を漏らし、胃液を吐き出してしまった。
「ど、どうしたの?」
「――ごめんね。何でもないから…それ美味しいの?」
「おいし、クない。でもいまは、カイブツいないから、いましか、たべられない」
私はそっかと相槌をうち、スマートフォンの電話を開く。私の項に端末を付けている間は通話を押せば耳を当てなくても声が届くし、聞こえる。
「もしもし」
『どうした?』
「エイルの卵とハーフの男の子を見つけた」
『男の子? まぁ、いい。その少年と1つ卵を持って戻ってきてくれ』
「ごめんね。戦闘中に抜け出しちゃって」
『いいさ。それと、持ち帰る卵以外は壊してくれ』
彼は通話を切った。
私は彼に、今食べている卵を捨てさせ、ポケットから携帯食料を取り出し、開けて口に入れる。そして彼に卵をもたせた。
「この丸いのは、今は食べちゃ駄目だからね」
「うん」
彼は咀嚼しながら返答する。私はここの卵を、マガジンに入っている残弾で全て壊した。リロードとコッキングをして少年を背中に乗せた。
私は目の前の光景に思わず息を呑んだ。周りに3体のエイルがいる。
そのエイル達は私を囲って口を飛ばしてきた。私はReflexで前にいる1体へとショットガンを撃ち、顔面を潰し、右隣にいる奴の目を潰し、口を封じた。しかし、脳天に強い衝撃が走り、引っ張られる。私は足を踏ん張ると、ヘルメットの上層が抜けてそのエイルは後方へと吹き飛ばされた。私はすぐにコッキングをしてから齧ってきた奴の頭を撃ち抜く。そして最後にコッキングをして薬莢を取り外し、再び撃つ。
「た、助かった」
「あゆおーけー!?」
後ろからライトの光が見え、私はアフリカ支部の男性2人に少年と卵を預けた。
――
テントに戻り、宗次郎さんはクーラボックスの中に卵を入れ、眠った少年を横にした。
「はぁ、ほんの5時間前に知り合った人間でも、死なれると辛いなぁ」
「え?死者が出たんですか?」
彼は頷いた。
「今から埋葬する。俺は日本人で仏教徒らしいから、冥福を祈るつもりだが、彼らはキリストらしいからそういうのは無いらしい」
彼は少し眠そうにクリスチャンと呟いた。
「死んだ後に名前を覚えてしまうのは薄情なのかな?」
「そんなことはないと思うよ。でも、宗次郎さんが悔やむ必要はないと思うよ?」
「いや、悔やんではいない。ただ、酒に詳しかったから、一緒に飲みたかったんだ」
「お酒持ってきてる?」
私は彼に訊くと安酒ならと答えた。
「飲ませてあげたら?」
「安酒で申し訳ないな」
埋葬が終わると、彼はタカラップと書かれた小さい瓶の蓋を開け、その土の上に流した。
「宗次郎さん。これからどうするの?」
私は彼に問いかけると、少し考え込むように唸り、立ち上がってからゆっくりと口を開いた。
「ヘリを呼ぼう」
彼はスマートフォンを出して私に見せてきた。
そして衛生写真から現在地を割り出し、それを本部の連絡先へと送信した。私はその際、ここにある荷物をどうするのか訊くと置いていくのだと答える。
「なんで?」
「必要最低限の武器があればアフリカ支部の人達は全員戦えるだろう?だから置いていくことにした。あと一晩くらい滞在することになるが問題はないだろう?」
私は少し間を置いてから已む無く首を縦に振った。
私がテントに戻ると、何故か宗次郎さんは雄也という少年に基礎的な学習を施している。それはうちの団体に引き入れるつもりであるからだと言っていた。ちらっとその内容を見てみたが、日本語を教えていたようだった。
その間私は太陽光充電器でスマートフォンを充電しながら、ナノマシンの原理を調べていた。
『ナノマシン(英語nanomachine)は0.1から100ナノメートルサイズの機械を意味する概念。ナノとは10のマイナス9乗を意味する接頭辞であるため、原理では細菌や細胞よりも一回り小さいウイルス(10ナノメートルから100ナノメートル)サイズの機械得る。広義ではもう少し大きなサイズの、目に見えないほどの微生物サイズの機械装置も含む。
2192年からは対エイルように開発が促進されている。当時はエイルから直接採取した細胞の組織を人工的に調節し、人間に無害なように開発を進めたのだが維持が大変であった。2198年には維持の為に、エイル細胞(英語ALE cell)を維持するために、ヘモシアニン誘導体を血液に直接取り組む為の技術が実現した』
私はその文章を見て、エイルの細胞が私の体の中にある事に驚いた。
対して、大きい疑問であるわけでもない言葉をコピーペーストし、検索した。
『ヘモシアニン(hemocyanin)は、呼吸色素のひとつ。エビ・カニ等の軟体動物に見られる。正し、軟体動物の赤貝や環形動物のゴカイは、ヘモシアニンではなくヘモグロビンとよく似た鉄由来のエリトロ来るおりんという呼吸色素を持っている為、赤い血液を持っている。2190年代から既に、エイルがヘモシアニンであるということは知られていた。ヘモシアニン本体は無色透明だが、酸素と結びつくことで銅イオン由来の青色になる。ヘモシアニンの名称中に含まれている「シアン」は、しばしば誤解されているような青酸ではなく、銅イオン由来の青色を意味する』
エイルの関する情報を学んだつもりが生物の勉強になってしまい、私は頭がこんがらがった。今日はまともに糖分を取っていないので尚更頭が働いていないのだろう。
――
夜になり、少年を寝付かせてから私達はアフリカ支部の人達と宴をした。と言っても適当にキャンプファイアをして酒を飲んでいるだけだが…。
宗次郎さんはコップのような瓶に入った酒に口をつけていた。
「宗次郎さん!」
私は彼の名前を呼び近づいた。
「勉強を教えるの上手だよね?」
「伊達に教員免許を取っていないよ」
私は彼に気になっている質問をすることができなかった。
「話を変えるけど…」
彼は口を開く。宗次郎さんは酒に強く、結構飲んでも馬鹿みたいに酔うことはない。その為、ムードが真面目だった。
「偶にスコープを除くと、カーラが見えるんだ。見えるというより、亡くした日の姿を鮮明に思い出す。その都度、トリガーをためらってしまってね。もし今回の戦闘でカーラが見えなかったら…クリスチャンを助けられたかもしれない」
彼は酒瓶に口をつける。
「カーラが死んだ原因は、多分俺のコッキングが遅れたことだ。それで俺はコッキングを速める努力をした。それなのに…」
楽しいはずの宴なのに、彼は悔しさ哀しみで酒を煽っている。カーラという女性の存在は心の支えだったのだろうが、今ではもう枷でしかない。彼女の死によって出来たトラウマが無情に宗次郎さんを蝕んでいる。
「宗次郎さんって女々しいよね。もう終わったことなんだから気にしなくていいのに」
私は敢えて傷つけるような言葉を選んだ。そうすることで、彼の感情を引き出させ、今まで溜めていた鬱憤を晴らすことが出来るなら本望だ。しかし、残念なことに彼は冷静に私を見つめた。
「可にしては辛辣だな」
穏やかな目でコップに入った酒を見つめる宗次郎さん。人間として出来すぎていると感じた反面、力の逃し方が下手くそだと思った。
「どうすればこの檻から逃れられるかな?」
彼は問いかけをするものだが、それは答えを求めていないものだ。
「私がなんとかする」
すると彼は溜息混じりに笑いだした。
「期待している」
この調子だと、彼はトラウマを克服することが出来ないだろう。自分の感情を押し殺し処理しきれていない。その上、私に愚痴を言うものの、具体的に何をしてほしいのかを言ってくれないし分からない部分がある。それ以前に自分を見直す事をして欲しいのだが、彼にそんな余裕も視野も残されていない。
私は何も出来ない無力な少女に成り下がった気がしてならない。