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ガチムチと彼女の家

「いやぁ、しかしあいつもアホだよなぁ」

「あんな女の敵、死ねばいいんだよ」


 放課後、帰り道で俺と玲音は昼休みのことを振り返っていた。

 玲音の重い一撃を喰らった池森は結局気を失い、当分目を覚ましそうになかった。なのでその身柄を佐藤さんに託し、俺達は部室を去ったのだった。

 ……なんか佐藤さんやたら嬉しそうというか、ぶっちゃけハァハァしてたけどたぶん大丈夫だったんじゃないかな、うん。その後教室には戻ってこなかったけども。


「しっかしあの女……うちのクラスの佐藤、だっけ? あいつ、なんであんなキモブロンドにお熱なのかね?」

「ああいうおとなしい感じの子ほど、池森みたいな派手なタイプに惹かれるもんなんじゃねえの?」

「おとなしい、ね……キモブロンドを引き渡す時、肉食獣みたいな目してたけどな」


 やっぱりこいつにもそう見えてたか。


「池森の童貞もとうとう散ったか」


 俺が何気なくそう言うと、玲音は驚いた顔をして「えっ!?」と声を漏らした。


「あいつ、経験なかったのか?」

「ああ。でもまああいつもまだ高校一年だしおかしくはないだろ」

「いや年齢的にはおかしくないけどあいつのあの感じで……その、童、貞っていうのがピンと来ないというか……バカな女の一人や二人引っ掛けてヤッてそうなのに」


 お前が童貞の辺りで言いよどむのもピンと来ないけどな。

 けっこうピュアなんだろうか?


「これも呪いが関係してるんだ」

「ああそっか。内容は聞かなかったけど、キモブロもあの女も呪われてるんだっけ」

「キモブロって……まあそうなんだよ。ちなみ池森は夜になると、ある特定の生物に変身しちまうんだ。だから女を抱くことができないんだとか」

「へぇ、お前のと違ってけっこうありがちな感じだな。でもそれさ……夜はダメだとしても、休みの日の昼とかに済ませればいいんじゃねえの?」

「それはあいつの性格の問題。あいつはバカでキザでクズだけどロマンチストなんだ。なんでも、『女性は月の光に照らされている時が一番美しい。だから僕は暗くならないと行為には及ばない』だそうだ」


 俺が池森の言葉を思い出しながら説明すると、玲音は「うわぁ、言いそう」と顔をしかめた。

 と、そこで、俺の家と玲音の家との分岐点に差し掛かる。


「まあ卵の呪いについては話さなくてもいいだろ」


 玲音の家はここからそれなりに歩く。送って帰るというのもそれなりの手間だ。

 暗くなっているならともかく、今はそれなりに日も高い。こういう時は気をつけろよ、と念を押し、一人で帰ってもらっている。


「それじゃ、また明日な」


 例に漏れず、今日も軽く手を振って別れようとした。

 すると、


「ま、待て!」


 その手を玲音が掴む。やたら緊張したような面持ちで、だ。

 嫌な予感がする。


「今日さ、親父、会社の飲み会があって遅くまで帰ってこないんだって」

「家には行かんぞ」

「な、なんであたしの言おうとしてることがわかった!? そしてなんで来ないんだよ!」

「すげえ嫌な予感するもの! お前絶対なんかする気だろ!」

「しないしない! ちょっとお茶するだけ! それだけだから!」

「なんだよそのナンパの常套句は!」


 男女逆じゃないか? これ。


「ともかく行かねえからな!」



「さ、入ってくれ」

「お邪魔します」


 来ちゃった。夕飯で牛肉たっぷりのビーフシチューをご馳走してくれるって言うからつい。卵には『今日晩飯いいわ』とメールしておいた。


「実は仕込みは朝のうちに済ましてあるんだ。あとは仕上げるだけだからちょっと待っててくれ。テレビとか勝手につけちゃっていいから」

「おう」


 俺は通されるままにリビングに向かい、中央付近に置かれている白いソファに腰掛けた。そしておもむろに周囲を見回してみる。

 玲音の家はマンションの三階の一室。玲音によると間取りは二LDKなのだそうだ。物がきちんと整理整頓されていることもあってか、なかなか広々としている。

 全体的な色調はモノトーンでうまくまとめられており、センスが感じられた。コーディネートは全て玲音がやっているのだろうか?


「よっ、と」


 俺は次いで、目の前のガラステーブル上にある黒いリモコンに手を伸ばした。電源ボタンを押し、テレビをつける。

 いろいろとチャンネルを変えてみたが、面白そうな番組はなかった。結局、適当な局のニュースを垂れ流しながら、俺はボケッと料理の出来上がりを待つことに。


「中ー、隣いいか?」

 程なくして玲音がリビングにやってきた。

「あれ? お前料理は?」

「あとはじっくり煮込むだけだよ。その間、暇だからさ」


 玲音が俺の隣に腰を落とす。その距離は十センチもない。せっかく広々としたソファだというのに、狭苦しい。


「玲音、これちょっと近くないか?」

「あー、中、きょ、今日は良い天気だなー」

「なんだよそのへったくそなごまかし方! お前さてはさっそく何かするつもりだな?」

「さ、さあ? 何のことだかさっぱりだなー。あたしはただ、夕飯をいただく前に中をちょこっといただこうかなって思ってるだけで……」

「言ってる! 全部言っちゃってるよそれ! ちょこっとってなんだよ!」


 俺が慌てて立ち上がろうとすると、もはや取り繕う気もなくなったのか、玲音が横から抱き着いてくる。


「お、おい苦しい。とりあえず離せ」

「中の匂いだ……あの学ランより、もっとずっと濃い……」

「おいやめろ変態! クンクンするんじゃない!」


 そう言えばこいつには学ランを預けたままだった。後で回収しなければ。


「……さっきさ、キモブロは呪いのせいでど、童、貞だって言ってたじゃん」


 俺の渋い顔もお構いなしに、玲音は話し始めた。


「って、ことはさ、お前も……そうなんだよな?」

「はい?」

「お前も、ずっと呪いに掛かってるんだよな? それで周りの人間が皆ボディビルダーみたいなおっさんに見えてるわけだ。ってことはさ……経験、ないだろ? それこそ男が好きじゃない限りは」

「……あるって言ったら?」

「悔しい。だから襲う」

「ないって言ったら?」

「嬉しい。だから襲う」

「どっちにしても襲ってんじゃねえか! 離れろこの痴女が!」

「つれねえこと言うなよー!」


 無理やり引き剥がそうとするが、玲音の抱き着く力は強い。意地でも離れないつもりか。

 ……これはまずい。

 俺の呪いは見た目を変えるだけ。つまり今俺の腕に当たっている、一見胸筋に見えるこれも実際にはおっぱいなわけだ。柔らかい。意外とこいつ、でけぇ……!

 俺は焦りを感じていた。この姿のこいつに欲情してしまったらいろいろ後戻りできないような気がしたから。

 必死に考えた。この場を丸く収める方法は――そうだ。


「調子に……乗んなよ!」

「あっ! え? 中……?」


 俺は逆に玲音を押し倒した。

 攻撃は最大の防御、ってやつだ。

 押し切られて最後まてヤッてしまうよりは、こちらから攻めてある程度のところで妥協してもらおう。そんな考えに基づいた行動だった。


「あれ?」

「ど、どうした中。しない、のか……?」


 しまった、俺経験ねえじゃん。

 え? こっからどうすりゃいいのこれ。AVとかもほとんど見たことないからわからないぞ。


「えっ、とー……」


 とりあえずブレザーを脱がせてみる。

 ボタンは最初から留めていなかったため、肩から滑らせるだけだ。

 次に、その下に着ていた白いカーディガンのボタンを外していく。


「なあ、中」

「なんだ? 今集中してるから手短に頼む」

「好きだ。大好き」

「……うっさい」


 調子が狂う。

 俺は目の前のボタンを外すことだけに専念した。これで十一個目、十二個目……あれ、多くない?


「あ」


 気付けば、さらに下のYシャツのボタンまでも外していた。もう全開だ。いつか見た豹柄のブラが顔を出していた。


「中……恥ずかしい……」


 熱っぽい声で玲音は言う。

 まずい。感覚が麻痺してるのか知らないが、なんだかドキドキしてきた。早めに事を済ませなければ。

 俺は勢い任せで、玲音の双丘に手を伸ばす。


「んっ、あっ」

「ただいまー」


 その瞬間耳に届いたのはかわいらしい喘ぎ声と、ただいまという渋い声……ただいま?


「いやー、悪いなレイ」


 入ってきたのは白髪の目立つスーツ姿の男。口振りからして、玲音の親父さんだろう。背丈はそれほど高くないのだが、このシチュエーションのせいか見た目の威圧感は三割増だ。三割増でムキムキだ。


「急に会社の飲み会が無くなったもんでな」


 こちらの状況にまだ気付いていないのか、にこやかな笑みを浮かべている。対して、玲音の顔色は真っ青だ。自分じゃわからないがおそらく俺も蒼白になっていることだろう。


「いらないって言ってたけど夕、飯を……?」


 あ、気付いた。

 親父さんの手から鞄が滑り落ちる。さあ、どうすればいいだろうか。残念ながら俺の脳内データバンクに、こういう時の対処法は存在しない。

 困り果てた俺は――


「お、おやっさん! 今日はシチューらしいっすよ! 牛肉たっぷりですよ! やりましたね!」


 もう勢いでごまかすことにした。

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