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ガチムチと疎外感

 翌日。

 昨日の卵の言葉が気になって、俺は教室に着くなり目を光らせた。諸々の話が本当なのか、自分の目で確かめようと思ったのだ。

 玲音はまだ来ていない。教室内には授業前のゆるやかな空気が流れている。

 ホームルームまでは残り十分程度。


「おっす中ー!」


 そうこうしているうちに、玲音がいつものような軽い調子でやって来た。手を振りながらこちらに近づいてくる。


「よう」

「一昨日は付き合ってくれてありがとな」

「ん? おう」


 会話をしながら何気なく周りの様子を窺った。クラスの皆は俺と玲音のことなんて気にする素振りもなく、それぞれの時間を過ごしている。少なくとも、玲音が入ってきた瞬間に空気が凍る、なんて露骨なことはなかった。

 そりゃそうか。浮いてるって言っても、別に嫌われてるわけじゃない。もしそうだったらさすがの俺でも気付くはず。


「それで……実は、今日さ」

「んー」


 しかしそれでも、俺の中で何かが引っ掛かった。なので、玲音の話を聞き流しながら周囲の観察を続ける。

 ……なんなんだこの違和感。


「だからさ、昼は二人で……」

「んー」


 誰も俺らのことなんて見てない。なのになんでか周りから注目を集めているような、そんな不思議な感覚に陥る。

 見てない……誰も?

 ああ、そっか。


「……なぁ、さっきからちゃんと聞いてんのか?」

「んー」

「おい、中!」


 皆、意識的に目を背けてるな。

 なんでだ? こいつそんなレベルで避けられてんのか?


「中!」

「うおっ、どうした急……にっ!?」


 肩を強く掴まれ、俺は我に返った。玲音は頬をわずかに膨らましながら、急速に顔を寄せてくる。不意打ちのそれはなかなかにインパクトが強い。

 ふくれっ面のおっさんが迫ってくる!


「うああああああ!!」


 慌てた俺は咄嗟に飛び退いてしまった。


「へ? うおっ、ちょっ! 待て中! ぎゃあああああ!!」


 結果、後ろの席の石田に突っ込んだ。机や椅子を巻き込み、二人して派手に転がる。まるでどこぞのコントグループのようなズッコケ方だ。

 それまで背けられていた他の生徒の視線が必然的に俺と石田に集まった。


「だ、大丈夫か中!?」


 机の下敷きとなっている俺に、玲音がそう声を掛けてくる。完全にスルーされた石田が少し不愉快そうに顔を歪めたのが見えた。


「ちょっと擦りむいた。保健室言って絆創膏持ってきてくれ」


 実はどこも怪我なんてしていない。しかし、玲音には少しの間だけ席を外してもらう必要があったため、俺は嘘をついた。

 思惑通り玲音は「わかった!」と一言残し、教室から走って出て行く。


「っていうわけで石田、お前に話がある」

「お前よくこの状態で切り出せるな」


 互いに床に寝転んだままだったが、俺はそんなことお構いなしに話を始める。


「玲音さ、クラスから浮いてるよな」

「直球だな。なんだ? 彼氏として気になるか?」

「彼氏じゃねえよぶっ飛ばすぞ!!」

「もうある意味ぶっ飛ばされた後なんですけど!?」

「話を戻そう。あれってなんでなんだ? 俺とばっかり話してるから、ってのはなんとなくわかるんだけど……それにしても周りの反応が冷たいような気がするんだが」


 俺が尋ねると、石田は「何を今さら?」とでも言わんばかりに首を傾げ、答えた。


「そりゃあ、お前以外から話しかけられてもほとんどシカトだし」


 あいつそこまで愛想悪かったのか。


「それにあの容姿はなぁ」


 容姿?


「ああ、ブレザーだし茶髪だしな」

「いや、それはそうだけど……」

「それ以外になんかあるか? ギャルっぽい格好してるから皆が引いてるんじゃ?」

「いくらなんでも服装と髪型だけで避けたりしないだろ。顔だよ顔。鳴海って目元がけっこうキツいじゃん? 美人なだけにそこが際立ってさ、威圧的なイメージが着いちゃってるんだよ」

「へぇー」


 見たことないから知らんけど。


「でも、だとしたらその見た目のイメージを塗り替えるくらい、あいつが柔らかい態度を皆に見せるしかないな」

「ま、頑張れよ」

「おう、サンキュー」


 石田に礼を言い、一足先に俺は立ち上がった。その瞬間、ズバン! と大きな音を立ててドアが開く。


「中! 絆創膏!!」


 入ってきたのは保健室から戻った玲音。しかも絆創膏片手に、決死の表情でこちらに走ってきた。

 急接近だ。

 鼻息の荒いおっさんが突っ込んでくる!


「うああああああああ!!」

「ちょ、またぁ!?」


 驚いた俺は、再び石田の方にダイブしていった。



 玲音が周りと馴染めない理由はわかった。しかしやはりこればかりはあいつの性格の問題が大きいように思う。

 俺は特に対策を立てることもなく、いつも通りに過ごし、やがて昼休みを迎えた。

 これから購買に向かわなければならない。これまでは卵に弁当を作ってもらっていたのだが、なぜか今日の朝「ごめん、今日からお昼は購買使って」と言われてしまった。

 パンだけじゃパワー出ないんだけどなぁ。


「中、行こう」


 中身のあまり入っていない財布を握り締めて立ち上がると、玲音がニコニコとそんなことを言ってくる。


「機嫌よさげだな、どうした?」

「機嫌が良いっていうか……自信作だからさ、感想言ってもらうのが楽しみだなーって思ってさ」

「自信作?」

「おう、だから早く行こう」


 話が全く見えないんだが。

 俺がきょとんとしていると、同様に玲音も不思議そうな顔で尋ねてくる。


「どした?」

「いや、行くってどこに? そして自信作って何?」


 尋ね返すと、一瞬間を置いた後、玲音は一気に不機嫌な面持ちに変わった。


「やっぱりお前、朝あたしの話聞いてなかったろ」

「失敬な! 二秒くらいは聞いてたぞ」

「四捨五入でゼロだよそれは! 今日はお前の分の弁当も作ってきたんだ! だから昼は二人きりになれるとこに行きたいって言ったじゃねえか!」


 かなり大きい声で玲音は言い放った。言われたこっちの方がなんだか恥ずかしくなってくる。


「ほら早く連れてけよ! 二人きりの所!」

「わかった! わかったから一回黙ろうか!」


 俺は玲音の背中を押し、慌てて教室から出た。

 こいつはよく普段からこっ恥ずかしいことを口にし、俺もそれなりに慣れてはいる。しかし、手作り弁当を二人きりで、だなんて……甘酸っぱすぎる!

 なんだこの状況! まるでリア充じゃないか! 

 ……リア充って言ってもいいのかこれ? 


「早くー早くー!」

「わかったわかった。でもそんな急かされても……二人きりになれる場所なんてこの高校内にあったかな?」


 俺は歩きながら考えを巡らせた。

 屋上は飛び降りだとか事故防止のために封鎖されている。

 中庭? ねえよそんなの。

 グラウンドは砂が舞っていて弁当なんか食べれたもんじゃない。

 体育館裏はこの時間、俺らと似たように二人きりになりたいカップルで溢れている。それ結局二人きりじゃなくないか?

 となると残るは――あそこしかないか。


「ここだな」


 学ランの右ポケットの中で、オカルト研究部の部室の鍵を転がす。

 これぞ部長――っぽい立場の権限。



「ほら、入っていいぞ」

「いひひっ! お邪魔するぜ!」


 軽い足取りで玲音は部室に入っていく。俺もその後に続いた。

 昼休みにこうしてここに来るのは俺としても初めてのことで、なんだか新鮮な気分だった。


「ほら中、ここ」


 玲音は俺の定位置――コの字に並べられている、その中央の長机――の前に、パイプ椅子を二つ並べ、座ることを促してくる。しかも椅子同士の距離はかなり近い。このまま腰掛けたら肩どころかいろんなものがぶつかってしまいそうだ。たわわなその胸筋とか。


「あいよ」

「……なんでちょっと椅子離すんだよ」

「これでも十分近いだろ」

「むぅぅー」


 むくれる玲音は放っておいて、俺は目の前に置かれていた弁当の包みを開いた。自信作と言っていたが、さてどんなものか。


「おっ?」


 一段目におかずが入っている。二段目はゴマの掛かった白米。

 見た目は……良い。

 おかずの品目は鶏のから揚げ、たまご焼き、ほうれん草のおひたし、ミートボール、ミニトマト、それと玲音が得意だと言っていた煮物。煮物の具はイカと大根だ。

 食欲をそそる香りが鼻腔をくすぐる。


「じゃあさっそく、いただきます」

「あ、ああ。召し上がれ」


 若干緊張した様子の玲音を横目に、俺はまず煮物を一口頬張ってみる。


「おおっ」


 玲音の作った煮物は普通に美味かった。リアクションが取りにくいぐらいだ。このままガツガツいきたい。

 俺の貧困なボキャブラリーではこの味を上手く表現できないのが残念だった。そもそもコクがあってどうのこうのとか、旨みが凝縮されててーとか、そんな食レポ気恥ずかしくて俺にはできそうにない。

 なので食べっぷりで玲音に示そうと思う。次はから揚げだ……これも良い味してる。


「なるほど……うん。なるほど」

「あ、あの、中? よければその、感想を……」


 最初は不安そうにそんなことを言っていた玲音も、俺の食べっぷりを見てか、次第に満足げな様子に変わっていった。

 うん、全部美味い。卵の料理と甲乙つけがたいレベルだ。


「ごちそうさま」

「ふふっ、お粗末様」


 あっという間に全部食べてしまった。これで午後からも頑張れそうだ。


「いやぁびっくりした。本当に料理上手いんだなお前」

「だろ? 本当はもっと早いうちに作って食べさせたかったんだけど……お前相手に下手なもん出せないと思って、いろいろ練習してたんだ。花嫁修業ってやつだな!」

「うん違うね。それは違う」


調子に乗りそうだったので、しっかり水を差しておく。

 さて、食事は終わった。次の授業までだいぶ時間もある。そこで俺は、例の件について切り出すことにした。


「なあ玲音、お前さ、友達とか作ろうと思わないの?」

「いらない」

「そうか」


 あっけなく終わってしまった。むしろ終わらせてしまった。本人がそう思ってるなら俺が友達作れと言うのもおかしな話だ。別に好きにすればいいと思う。


「……なんで急にそんな話したんだ? もしかして、あたしのこと心配して……」

「いや、卵がお前のこと気に掛けてやれって言うから」

「チッ」


 卵、と言った瞬間に玲音は不快そうに顔を歪めた。どんだけ嫌いなんだよ。


「……でもおかしいな。なんであの女があたしのことを気に掛けてんだ?」

「そりゃ、卵の良心ってやつだろ。単にお前のことが心配になっただけだよ」

「ねえな。あの女に限ってそれはない。むしろあたしのことは消えてほしいと思ってるはずだ」


 ホントどんだけ嫌いなんだよ。あの女て。


「それは考えすぎだって。あいつはそんなやつじゃあ……あー……」


 言葉の途中で思う。

 そんなやつかもしれない。


「いいか中、よく覚えとけ。女ってのはな、裏にイチモツ抱えてるもんなんだよ。そいつがどんなやつであってもだ。お前とあの女は幼馴染なのかもしれない。それでも、お前はあいつについて知らないことがある」

「たとえば?」

「……あたしとあいつが、ライバルってことだよ」

「はぁ? それってどういう――」

「おや? 今日は鍵が開いてるね」


 言葉の意味を尋ねようとしたその時、部室のドアが開かれ、俺の言葉は遮られた。

 玲音とともに入り口を見やると、そこには不思議そうな顔で中に入ってくる池森の姿があった。隣にはおさげの女子生徒がいる……あれっ、これうちのクラスの佐藤さんじゃねえか?

 

「ん? はっ! ハニー! 僕のハニーじゃないか!」


 池森は玲音を発見するなり、そう声を上げながら駆け寄ってきた。佐藤さんはそれを見てぎょっとした表情を浮かべる。そりゃそうだ。


「キメェ! 近寄んじゃねえよキモブロンド!」


 玲音は嫌悪感をこれでもかというほど顔に出し、そう叫んだ。池森に対しては本当に容赦がない。

 しかし罵倒された当の本人はキザッたらしい仕草で前髪を掻き分け、白い歯を見せていた。


「ふふっ、相変わらず照れ屋さんだね。でもそういうところがまた愛らしい!」


 どうなってんだよこいつのメンタル。


「あー、おい池森」

「ん? ああ千葉氏、君もいたのか」

「今気付いたのかよ……まあいいや、それよりお前、後ろの女の子は放っておいていいのか?」


 オロオロしている佐藤さんを指差しながら言う。すると池森は彼女を一瞥した後、わざとらしく首を傾げた。


「何のことだい? 僕と彼女は無関係さ。変なことを言わないでくれたまえ」


 うわぁこいつ、わりと本気でクズだ。ここまで行くと逆に清々しい。

 あーあー、佐藤さん涙目になっちゃったじゃねえか。


「中」


 玲音が俺の方にアイコンタクトを送ってきた。目が合った瞬間、思考はリンクする。

 俺は立ち上がり、池森の背後に回り込む。そして腕を取り、羽交い絞めにした。


「ん? ちょ、ちょっと、何をしてるんだい千葉氏。離したまえっ」


 抵抗する池森。しかしそれは無駄なこと。

 一見すると鍛え上げられている池森の肉体だが、それはあくまで呪いによる見かけだけの話だ。実際には俺の方が力は強い。動きを封じるのは容易だった。


「さて……おいキモブロンド。歯ぁ食いしばれ」


 池森の正面に立つ玲音。その目は完全に据わっていた。


「へ!? ちょっと待って! これどういう状況なんだい千葉氏!」

「どういう状況って……そりゃこれから殴られるんだよ」

「僕が!?」

「お前以外に誰がいるんだよ」


 途端に池森は怯え始める。その顔からは、わかりやすく血の気が引いていた。


「いくぞー。中、絶対離すなよ」

「オッケー」

「ま、待ってくれ! まだハニーが怒るのはわかる! でも千葉氏、君には僕の気持ちがわかるはずだ!」

「ほう。試しにお前の今の気持ちを語ってみろ」

「わ、わかった」


 俺は一旦、アイコンタクトで玲音を止め、話に耳を傾けた。


「例えば、野原に二輪の花が咲いていたとする」

「例えが既にうぜぇけどまあいい、続けろ」

「片方は純朴な白い花、もう片方は可憐な赤い花だ。君はどちらを選ぶ?」

「んー……どちらかと言えば白い花だな」

「ふふっ、そうだろうな。君には素朴な白い花がお似合いさ。でも僕は違うんだ。僕のような高貴な男には、それに見合う華美な花が必要なのさ。つまり――」

「よし死ね」

「なんで!?」


 俺は再びアイコンタクトを玲音に送り、制裁の続きを促した。

 玲音は足を開き、腰を落とす。右拳には力が込められている。


「くそぅ! なぜだ千葉氏! 同じ男としてわかってくれると思ったのに!」

「まああれだ。俺は別にお前のやってることについてあれこれ言うつもりはない。ただこのままだと佐藤さんが不憫だからな」


 あとなんかムカつくからだ。


「というわけで、短い間だったがこれでお別れだ。来世はゴキブリにでも生まれ変わるんだな」


 そこで、玲音の「行くぞ」という冷たい声が響いた。

 池森もとうとう覚悟を決めたのか、先ほど言われた通り歯を食いしばった。今度は一発くらい耐えられるといいな。


「おらぁあああ!!」


 猛々しい叫び声とともに放たれた正拳突きが、池森に突き刺さる。

 まああれだ……女遊びもほどほどにしようね。

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