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ガチムチと幼馴染

 俺はなぜか、神社の境内の片隅に立ち尽くしていた。見覚えのある光景に、俺の心臓はドクンと跳ねる。

 目の前には二組の家族連れ。こちらもまた見覚えがある。というか、うちの家族と卵の家族だ。そこには幼き日の俺と卵がいた。

 これは……俺が呪いに掛かる前日の夢だ。

 明晰夢ってやつか。


「ふざけんなよ! なんで俺がこいつと!」


 ボケッと辺りを見回していると、幼き頃の俺が怒鳴り始めた。怒っているというよりはムキになっているような様子だ。それを大人達が笑いながら、なだめている。

 そうだ。小学校二年生の時だ。

 この時の俺達は千葉家と卯月家の合同家族旅行に来ていたんだ。それで観光ガイドに紹介されていた神社に立ち寄ったら、実はそこが縁結びで有名な所で、俺と卵は互いの親に冷やかされた。

 卵はこの時何も言わなかったが、まだまだ精神的に子どもだった俺は照れ臭さから猛反発。卵なんかと結ばれてたまるか! と、神社裏の石碑に勢い任せで小便をぶちまけてしまったんだ。


「笑うなー! ちくしょー!」


 あれこれ思い出しているうちに、幼き頃の俺は神社の裏手に向かって走っていってしまった。慌てて止めようとしても声は出ない。第一、止めたところでこれは夢。現実世界の俺には何の関係もないことだった。


『中……』


 遠ざかっていく自分の後ろ姿を眺めた後、俺は卵に視線を移した。

 最後に見た、卵の本当の姿。

 パッチリした二重が特徴の、可愛らしい女の子だ。短い髪を、今と同じように後ろで一つに括っている。

 ……天使!


『中……!』


 この時点でこのレベルだったら、今の卵はどれだけかわいくなっているのか。まあかわいくなくなってるかも知れないが……それでも、本当の姿を見てみたい。

 あー、くそ! さっさと解きてえよ、こんな呪い。


『中! 起きろって――』


 ところで、うるっせえな。

 さっきからなんなんだよこの声。なんかどっかで聞いたことがあるような……。


「言ってんでしょうが!」

「いぇああお!!」


 腹に強い衝撃を受けて俺は飛び起きた。思わず奇声を上げてしまったじゃないか。

 慌てて周りを見回してみる。自分の部屋だ。神社じゃない。

 そして目の前には――


「ったく、相変わらず寝起き悪いわね、あんた」


 成長してすっかりムキムキになった卵がいた。

 現実はいつだって厳しい。


「……卵、なんでお前ここいんの? だいたい今日は日曜だろ。なんで叩き起こされなきゃならない」


 壁に掛けた時計を確認する。


「ほら、まだ七時じゃねえか。なんで起こしに来た?」

「暇だったからよ」


 なんつうシンプルな理由だ。


「おやすみ」


 俺は再び床に就こうと、掛け布団に手を伸ばした。


「待って」


 その手を卵が掴む。


「……なんだよ」

「ゲームしよ」

「断ったら?」

「まずこうする」


 卵はそう言うと、俺をベッドに押し倒した。


「次にこうする」


 俺の腕を挟むようにして足を伸ばした。


「最後にこうする」


 そのまま俺の腕を曲がってはいけない方向に思い切り倒した。


「いでででででででで!!」


 しまった! 腕ひしぎ十字だ!


「ストップ! ストォォォップ!!」

「ゲームやる?」

「やるやるやる!」

「今すぐ?」

「今すぐ今すぐ!」


 遊ぶことを約束し、必死にタップすると、卵はやがて手を離した。

 へし折られるかと思った……。



「なあ卵、ところでさ」

「ん? なに?」


 二人で格闘ゲームの対戦をすること数十分。最初は互いに集中していたため、ほとんど会話がなかった。

 少しずつ勝負に飽き始めてきたところで、俺はふと思い出したことを口に出してみる。


「管原達に噂流したの、お前だろ」

「噂? えー? 何のことかしら?」

「露骨にとぼけんなよ……俺と玲音のことだ。さらに言えば昨日俺達がどこでデートしてるかってことも流したな?」


 昨日行ったあの街は、ここから少しばかり電車に揺られなければ行くことができない。偶然管原達と出会うような場所じゃなかった。つまり意図的に俺と玲音の居場所をバラしたやつがいるということだ。

 そして昨日の俺達の所在を知っていたのは、卵と池森だけだ。


「……池森君よ。嫉妬に駆られて話しちゃったみたい」

「それはないな。あいつは悪い意味で目立つしバカだしバカだから、さりげなく情報を流したりとかそういう繊細な作戦には向かない」

「ひどい言い方するわねあんた。いやまあ確かにそうなんだけど」


 認められちゃったよ。ドンマイ池森。


「まあ俺らが付き合ってるって噂を流したまではいいんだよ。昨日のデート場所を教えたのは下策だったな。ここから離れた所だったし、あいつらの顔を知ってるやつも周りにはそういないだろ? なんとか無事に済んだからよかったけど、あのまま暴れられたら危なかったぞ」

「……ふーん」


 卵は興味なさげに相槌を打った。

 そこで俺は違和感を覚える。

 卵は賢い。それこそ俺や池森とは比べ物にならないくらいに。基本脳筋のうちの部における唯一のブレインと言っても過言ではない。

 そのこいつがこんなうっかりミスをするだろうか?


「あれ? 卵……もしかしてお前怒ってる?」

「私が? なんで?」

「いや、よくよく考えたらさっきの腕ひしぎの辺りからおかしかったんだ。そりゃあお前は野蛮だ。ガサツで粗暴だ。気に入らないことがあったらすぐに技を掛けてくる。でも……それにしても、いつもはもう少し加減がしっかりしてる。さっきのは全力だった。腕どころか肩の関節までイカれるかと思った」

「とりあえずアレね……よっぽど殺されたいようね?」

「すいません」


 なんでやられた側なのに謝ってんだろ俺。

 気持ちを切り替え、話題を元に戻す。


「ともかく、お前怒ってるだろ」

「怒ってない。理由がないもの」

「……うーん」


 確かに理由がない。俺は怒られるようなことした覚えないし。


「じゃあ俺の勘違いか」

「そう、私は怒ってなんかない。ただちょっとムカついてるだけよ」

「怒ってるじゃん! それ怒ってるじゃん!」


 ちょっと言い換えただけじゃないか。

 改めて俺は理由を尋ねた。


「ちなみにそれはなぜ?」

「……人が裏で動いてる間、ずいぶんあんたが楽しそうだったから」

「えええ? んなこと言われても俺の立場上しょうがないだろ」

「そうね、そうかも知れない。でもね……あんまり長いこと見せつけられると、わかってても嫌になるもんなのよ」

「……ああ、そっか」


 恋人ごっこが始まってからまだ一週間も経っていない。でもそれは卵にとっては違った。


「お前の呪いっていつからだっけか?」

「中二の時。近所の空手道場にある祭壇を勢い余って壊しちゃった時から」

「由緒正しい道場だったんだっけ?」

「そう。おかげで呪いに掛かるわ破門になるわ……超災難」


 うんざり、といった様子でため息を吐く卵。


「でもまあ私の呪いはいざって時、使えるっちゃあ使えるからね。あんたのロクでもない呪いと違って」

「おいやめろ! 俺のだってめちゃくちゃポジティブに捉えればメリットあるんだぞ!」

「どうポジティブに考えても、あんたの呪いはデメリットしかないわよ。……周りのこととか一切見えてないみたいだし」


 その最後の一言にはやたら棘があった。


「周りのこと?」

「そ。具体的に言えばあんたの恋人役のことよ」

「玲音がどうしたんだ?」

「明らかにクラスから浮いてるじゃない、あの子。このままじゃ友達一人もできないんじゃないの?」

「え? そんなことねえだろ。いつか馴染むよ。ってか他のクラスのお前がなんでうちのクラスの事情知ってんの?」

「あの子うちのクラスでもけっこうな評判なの。噂なんていくらでも耳に入ってくるし、はたからなんとなく見てるだけでもそういうのってすぐわかるもんなのよ」

「へえ……」


 知らなかった。

 まあかわいいらしいし、周りセーラー服の中で一人だけブレザー着てるような型破りなやつだ。いろんな意味で目立ってるんだろう。


「で、どうすんの? 放っておくの?」

「放っておくもなにも、俺にできることなんかないだろ。友達作る作らないはあいつのサジ加減だし」

「ずいぶん冷たいんじゃない? あんたにも一応原因はあるのよ?」

「は?」

「あの子があんた以外の誰かと話してるとこ、見たことないでしょ?」


 思い返してみるが、確かにない。オカルト部で卵や池森とドンパチやった時以外は。


「じゃあ質問を変えるわ。あの子があんた以外に話しかけてるとこ、見たことある?」


 もう一度思い返してみる。

 ……ないな。


「男にばっかりかまけてれば、そりゃ友達なんかできないでしょ」

「あー」

「で? あんたはこれを放置するわけ? 仮にも恋人役でしょ?」

「んー」


 俺の煮え切らない態度に苛立ちを覚えたのか、次第に卵の語気は強くなっていった。


「あんたはね、周りから目を背けすぎなのよ。人の外面をきちんと見れなくなったのは呪いのせい。それはわかる。けどね、それをいつまでも言い訳にして逃げ続けるのはどうなの? いい加減立ち向かってみようとは思わないの?」

「お、おう……どうしたんだお前」


 なぜこいつがこんなに熱くなっているのか、俺には理解できなかった。卵と玲音は特に仲良くもないはずだし、怒る理由が見当たらない。


「……だけよ」

「ん?」

「私はあんたに、気付いてほしいだけよ」


 卵はそう言うと、コントローラーを投げ出した。


「……飽きちゃった。私もう帰るわね」


 返事も待たずに卵は立ち上がり、部屋を出ていく。俺はそれを呆然と眺めていた。去り際に別れの挨拶を交わすこともなかった。

 一人残され、ゲームのBGMが鳴り響く中、呟く。


「なんだあいつ」

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