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ガチムチとデート

玲音との恋人ごっこが始まってから三日が過ぎる。

 管原達からの襲撃は今のところ無く、無事に迎えた週末の昼下がり。俺はごった返す人混みの中、とある忠犬の銅像の前で、もうすぐやってくるであろう玲音を待っていた。

 今日は街でデートをする、らしい。「作戦の一環だから!」と言われてなんとなく了承したが、これ完全にあいつがデートしたいだけじゃないか?

 なんというか、ここのところ俺は玲音に上手いことしてやられている。

 学校でのあいつの言動には確実に変化が見られていた。声のトーンは常に甘えるような感じだし、話す時はやたら顔を近づけてくる。そのおかげでうちのクラスでは、俺らはすっかりカップル扱いだ。

 あいつにその気があるのかないのか知らないが、既に外堀は埋められていた。これでは問題が解決した後も関係性をリセットしにくい。


「くそ……あいつ、意外と策士か?」

「お待たせー!」


 思わず独りごちたその時、玲音が手を振りながら待ち合わせ場所にやってきた。


「ごめん、待った?」

「十分くらい」

「むー……そこは『俺も今来たとこだよ』って言うところだろー?」

「なんてベタな」


 言いながら俺は今日の玲音の姿を眺めた。薄いピンク色のミニスカートに、白いレースのブラウス。羽織っているのはクリーム色のジャケット。

 なんともまあガーリーなファッションだった。もっとギャルギャルしい感じか男っぽい格好で来ると思ってただけに、意外だ。


「な、なあ中、似合う、かな?」


 俺の視線に気付いたのか、玲音はスカートの端を少しばかり持ち上げながら尋ねてくる。不安と照れ臭さが混じったような表情。

 きっと精一杯のオシャレをしてきたんだろう。それは感じる。普通にジーパンとパーカーで来た俺とは大違いだ。 

 だからこそ――


「おう。思わずタイガースープレックスを掛けたくなる可愛さ」

「絶対褒めてないだろそれ!」


 憎い! 今のこいつの容姿が憎い! 俺の呪いが憎い!

 可愛らしい格好が完全に裏目に出ていた。正直な話、もうホントに気持ち悪い。これからデートすることを思うと尚更だ。

 通常時なら絶対かわいいはずなのに。どこまで俺を苦しめるんだこの呪い。


「ええ? あの、似合って、ないかな?」


 妙なことを言ったために、玲音の不安の色が濃くなり始めた。

 ……仕方ない。


「似合ってるよ」

「ほ、ホントかっ?」


 嘘も方便、だ。俺は微笑みながら首を縦に振った。


「おう」

「……かわいい、か?」

「調子乗んなよ」

「いてっ!」


 玲音の額を指で弾き、俺は一人でその場から歩き出す。


「あ! ま、待てよ中ー!」


 慌てて玲音は追いかけてきた。一応褒めたのが功を奏したのか、既にその表情には曇ったところはなかった。



 適当な道を歩き、適当な店を見て、たわいのない会話をする。そんなゆるい空気のまま、デートは進んでいった。

 もっと慌ただしい一日になると思っていたが、意外にもゆったりとした時間が流れる。

 やがて、緑のある場所に行きたいと言い出した玲音。街の方を十分に回った俺達は通りを下り、徒歩十数分の所にあった公園に入る。


「よっと」


 噴水の前にあったベンチに二人で腰掛けた。

 スローペースとは言え、しばらく人混みに揉まれて俺は疲れ始めていた。ちょうどいい休憩時間だ。


「で、この後はどうするんだ?」


 俺は何気なく尋ねた。すると、玲音はクスッと笑ってから尋ね返してくる。


「おー? この後も付き合ってくれんのか?」

「は? いや、別にお前の気が済んだんならいいけどさ。まだ――」


 そんなに時間経ってないだろ。

 そう言おうとしたが、途中で口を噤んだ。気付けば、日がだいぶ傾いている。


「もうこんな時間か」


 携帯電話をポケットから取り出し、時刻を確認。夕飯時を過ぎようとしている。ちょこちょこ買い食いを挟んだせいで腹は減っていないが。


「その反応……思ったより時間の流れが早かったってことだよな? さてはあたしとのデート、楽しかったんだなー?」


 にやにやしながら顔を近づけてくる玲音。

 くそっ、なんかイラッとする。なので俺はその言葉を無視し、話を元に戻す。


「にしてもまだ夕方だぞ? 高校生の門限にはちょっと早いんじゃねえの?」

「ああ、いや、そろそろ親父が仕事から帰ってくるんだよ。だからもう少ししたら帰って夕飯作ってやらないと」

「へえー、なるほど……え? お前、料理できんの?」

「どこに驚いてんだよ失礼な! ってか前、煮物が得意って言ったじゃねえか!」


 確かに告白断った時、そんなこと言ってたような……。


「いやいやいや。でもお前キッチン爆発させてそうじゃん? あらゆる物を木炭に変えてそうじゃん」

「ねえよ! そんなやつこの世にいねえよ!」


 前者はともかく後者はここにいるよ! 

 そうツッコミたくなったが、バカにされそうなのでやめておいた。


「……なんつうか、意外だな」

「なんせ家事は全部あたしが担当してるからな。そりゃ上手くもなるよ」


 玲音はさらりと言った。

 俺はこの段階でいろいろと引っかかりを覚えていたが、そっけなく「そうか」とだけ相槌を打った。

 恋人ごっこのお相手は、深いところに首を突っ込んじゃいけない。きっと。

 そんなことを考えていると、


「まーたその目だ」


 玲音が俺の顔を覗き込みながら、そうポツリとこぼした。


「その目? 何のことだよ?」

「……ま、自分じゃ気付かないよな」

「はぁ?」

「なんでもない。それよりさ、気になってたことがあるんだ。なんでお前オカルト研究部入ったわけ?」

「なんで、っていうと?」


 俺から顔を離し、ベンチの背にもたれ掛かると、玲音は言った。


「最初は霊とか超常現象が好きなのかと思ってたんだけどさ、よくよく考えてみればお前の口からそんな話題出てきたこと一回もないし、不思議だったんだよ」


 まあむしろ忌み嫌ってる方だからな。


「……オカルト部ってのは既存の部じゃなかったんだ。去年、俺と卵の二人で立ち上げた。まあ部として活動するためには部員が三人必要だったから、去年は同好会扱いだったんだけどな」

「ふーん。ならなおさら、なんでオカルト部なんて作ったんだ?」

「…………」


 あの部の説明をするには、俺らが掛かっている呪いについても話す必要がある。信じてもらえるとも思えないし長くなるので、それは面倒だ。

 普段なら適当にはぐらかして終えるところ。

 だが、


「ん? ど、どうしたんだよ急に見つめ出して。あたしの顔になんかついてるか?」


 なんでか、今は話してみたい気分だった。

 相手がこいつだから? それとも俺の単なる気まぐれか? わからない。

 ただ、少しだけ心を開いてみたくなった。


「実はな――」


 俺は真剣な表情で口火を切る。



結果、


「アハハハハハ! ハハッハハ、ゲホ、アハハハハハハハハ!!」


 すげえ笑われてるわけだが。


「や、ヤバイ! なんだよそれ面白ぇ! アハハハ!」

「それでな、男だと思ってたそいつが実は声の低い女でさ。勢いでカンチョーしたら担任の教師からボコボコにされて……」

「ハハハハハ!」


 玲音は俺の呪いの内容を聞いてからずっとこの調子だった。おかげでまだ全体の二割程度しか進んでないというのに、話はストップしてしまった。現在は《呪いのせいで俺の身に起こったトラウマな出来事》という話題に移行している。

 あんまりに気持ち良い笑いっぷりなので、俺も途中からまあいっか、となってしまったのだ。

 まるで先ほどまでの真面目な空気が、全て前振りだったかのようだ。まあオカルト部が各々の呪いを解くための集団、ということだけはちゃんと話せたので良しとする。


「ハハハ……そっかぁ、呪いかぁ。ずいぶん面白い呪いもあるんだな」

「言っとくけど全部ホントのことだからな? けっこう毎日大変なんだぞ?」


 一通りエピソードを紹介し終えた俺は、そこで一息つく。

 きっと玲音は信じてくれていない。ちょっとユニークな作り話、とでも思っているだろう。まあ、ネタのように喋ってしまったので、それはそれで仕方ない。

 笑ってくれただけでも俺は――


「でも、良かった。それじゃあ中があたしのこと頑なに拒むのってそういう理由だったんだな」


 嬉し、い……ん? あれ?


「ちょっと不安になってたんだ。ここまでアタックして受け入れられないんだったら、もうダメなんじゃないかって。でも外見がムキムキのおっさんに変化してるんならそりゃ抵抗あるよなぁ。女でもそういうのは好き嫌いあるのに」


 待て待て。


「信じるのか? 今の話」

「え? おう」

「またまたご冗談を」

「いや、ホントだぞ?」

「……なぜ?」


 本当なのか芝居なのかはわからないが、これで玲音が本気で俺の話を信じているのだとしたら、逆に神経を疑うレベルだ。

 だって俺だったら絶対信じねえもん。

 信じてもらう側の俺が、信じる側の玲音に対してなぜか懐疑心を抱き始めていた。

 その時、玲音が呟く。


「あたしがお前を信じたいからだ」

「なにその臭いセリフ」

「う、うっせえ!」


 やっぱりこいつは変わってるようだ。

 信じたいから信じる? なんだよそれ。将来詐欺に遭うタイプだなこれは。

 ……まあ、悪い気はしないけど。


「レイ」


 俺が再度口を開こうとした瞬間、少し離れた所からこちらに向けて声が掛けられた。聞き覚えがある、どこか気だるそうな声。

 その声の主は、ぞろぞろと集団を引き連れてやって来た。


「信悟……」


 玲音が自らの体をキュッと抱き締め、忌々しげに呟く。なにせ一度レイプされかけた相手だ。そりゃあ警戒もするか。

 俺は俺で、努めて冷静を装いながら声を上げた。

 やはり内心はガクブルである。


「よう管原信悟」


 すると、管原はそのギョロりとした目で俺を見る。


「あん? ……てめぇ、こないだの……」

「千葉中だ」

「名前なんかどうでもいい。それより……レイ」


 管原は興味なさげに俺から視線を外すと、玲音に近寄った。


「な、なんだよ」

「お前が男と付き合ってるって噂を聞いて確かめに来たんだけどよ、間違いだよな?」

「……間違ってない。あたしはこいつと付き合ってるんだ」


 そう言うと、玲音は腕を絡めてくる。管原の顔が憎悪に歪むのがわかった。


「ふざけんなよてめぇ! なんでよりにもよってそんな冴えねえヤツ選んでんだよ! 俺が付き合ってやるって言ってんだろうが!」


 ずいぶんと傲慢な言い草だ。あと冴えないって言うな。


「あ、あたしは……」


 玲音の抱き着く力が強くなっていく。しかもわずかに震えていた。いくら気が強くてもこいつは女だ。管原に対する恐怖が見える。

 そんな中で俺は先ほどの管原の発言が気になっていた。

 俺も玲音も特別有名人というわけではない。なのに他校まで交際の話が伝わってるのはなぜだろうか? 


「なあおい管原よ」

「てめぇは黙ってろ! 気安く呼んでんじゃねえよダサ男!」


 確かめようと思ったが、取り付く島はないようだ。あとダサ男って言うな。


「あたしは……!」


 と、そこで、震えていた玲音が勢い良く立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。そして叫ぶように言い放つ。


「お前なんか大っ嫌いだ! いい年こいてチャラチャラしやがって! 気持ち悪いんだよ! お前も取り巻きの連中も!」


 途端、管原の目がカッと見開かれる。後ろに控えている不良達も殺気立っていた。


「あたしは中と付き合ってるんだ! 言っとくけど中はお前の百倍良い男なんだからな!」


 ちょ、玲音さん、煽るのやめてもらっていいっすかね……。


「わかったら金輪際あたしに近寄るな三下ども!」

「ストップストップ!」


 俺は慌てて玲音を止めた。

 さっきまでビビッてたのになんでそんな急に強気なんだよお前! いざって時困るの俺なんですけど!

 ああああ、まずい! 後ろの連中が続々と凶器取り出してるよ! どっから調達してんだそんなもん!


「……クソッ!」


 俺の焦りが一瞬にしてマックスに達しようとしていた、その時だった。

 管原が苛立ったように地面を蹴りつけ、踵を返したのだ。他の不良達はそれをポカンと見つめていた。


「行くぞ」

「は? でもよシンゴ、こいつら……」

「黙れ! いいから行くぞ!」


 再び集団を引き連れ、管原は去っていく。

 疑り深い俺は、何かの作戦か? と最後まで気を張ったままだったが、どうやら本当に帰っていったらしい。

 あのまま襲い掛かられたらひとたまりもなかった。

 一気に体中の力が抜けていく。


「ご、ごめん中! あたし、調子に乗っちまって!」

「ああ、いや、いいんだけどさ……なんで急にあんな強気になったんだよお前」

「……だって、中のこと、冴えないとかダサ男とか言いやがって、聞き捨てならなかったっていうか……」

「お、おう、そうか」


 なんだよそれ。なんか背中がムズ痒いんですけど。


「なぁ、中」


 俺が人知れず悶えていると、玲音は真面目な表情になって言った。その視線は管原達が歩き去った方へと向けられている。


「これであいつら、おとなしく諦めてくれるかな?」

「……どうかな」


 管原のあの様子を見るに、そうは思えなかった。

 なぜあいつが玲音を襲っていたのか――あいつが単に女に飢えていて、手を出しやすそうな幼馴染の玲音がたまたま戻ってきたから。

 このパターンだったら比較的簡単に諦めさせることができたんだが、どうやら違うらしい。


「お前さ、管原に告白されてたのか?」


 先ほど管原は玲音に対して言っていた。『俺が付き合ってやるって言ってんだろうが』と。だいぶ上から目線ではあるが、これはとどのつまり告白した、ということだ。


「……そういえば、された」

「おいおい、そんなの初耳だぞ。どうして今まで言わなかったんだよ」

「黙ってたわけじゃない! 今まで忘れてたんだ。なんせ、言われたのは襲われてる最中で、こっちも抵抗するのに必死だったから……ほとんど聞き流しててさ」

「なるほどね」


 管原は玲音に対して恋心を抱いている。それも、どこか歪んだタイプの。

 一番面倒なパターンのやつだ。


「どうなんのかなぁこれから」


 俺はベンチから腰を上げ、玲音とともに帰路に就いた。

 ……果てしない嫌な予感を抱え続けたまま。

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