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ノロイの終わり……?

「終わったな、いろいろと」

「……ああ」


 諸々の後始末を卵と池森に任せ、俺と卵は山を下り始める。どことなく気まずい雰囲気の流れる中、俺は明るく振舞うように努めた。

 が、


「いやぁ腹減った。思えば今日何も食ってないじゃん。ファミレスで食いそびれたからなぁ、あははは」

「……ごめん」

「あ……おう」


 やはりこいつはこんな調子だ。まああんなことがあった後でテンション上げるっていうのも無理な話かもしれないが。


「あいつさ、やっぱり捕まっちまうのかな?」

「そりゃあな。俺はこのこと黙っておくつもりはないし。いろいろ面倒だけど警察にはしっかり届け出るつもり」

「そっか……」

「やっぱ気掛かりか?」


 尋ねると、玲音は自嘲気味に微笑みながら頷いた。


「だってさ、さっきの中の話が本当なら、あいつを狂わせたのはあたしなわけだし。……姉御気分であいつを助けてたあの時のこととか、楽しかった思い出とか、全部間違いだったのかなって思うと、さ」

「狂っちまったのは管原自身の問題だ。お前のせいじゃない」

「……そう、かな」

「あー、もう!」


 俺はうじうじする玲音の背中を叩き、活を入れる。


「らしくねえぞバカ! どうせバカなんだから難しいこと考えんなバカ!」

「なっ! ……中間テスト赤点五つのやつには言われたくねえよ」

「貴様それをどこで!?」


 俺言ったことなかったよね!?


「はははっ」


 俺のオーバーリアクションが効いたのか、ようやく玲音はいつものように笑った。


「……詩音さん、心配してたぞ」

「うん……そっか」

「興信所にけっこうな額払ったらしいから当面の家計のやりくり頑張れよ」

「親父! 何してんだよ!」


 一転してプンプンと怒り出す玲音。

 なんでかわからないが、笑っているよりもこっちの方がこいつらしい気がする。


「ちなみに俺もすげえ心配した」

「え! ホントか?」

「ああ。お前がいない間、心配してご飯のおかわりが三杯までしかできなかった」

「全然心配してないじゃねえか!」


 良いツッコミだ。こうじゃなきゃ。


「なんとなくお前なら無事そうな気がしたんだよ」

「むぅ……なんだよそれぇ」


 玲音は頬を膨らませ、口を尖らせた。

 まあやっぱり見た目のせいでかわいくはない。どう見てもおっさんだし。かわいくはない、のだが……なんでか愛しく思えてしまう。

 まずいまずい。とうとう俺は目覚めてしまったのか?


「そ、それより今回の依頼の報酬だけど!」


 ごまかすように俺は話題を切り替えた。本来なら報酬は部員全員で話し合って決めるので、今の話すことなど何も無いのだが。

 ……いや、今回は独断で決めさせてもらおう。


「無しで」

「へ?」

「報酬、今回はいらない」

「な、なんでだよ? 散々迷惑掛けたんだ。何かお礼しないとあたしの気が……」

「いらない。大事にしないで欲しいって条件を俺達は満たしてない。依頼不達成だ。だからいい」

「うー……そういうとこけっこう頑固だよなお前。わかったよ、オカルト部への報酬は無しだ。ただし」


 玲音はイタズラに笑った後、俺の前に回り込んで来て目を瞑った。


「何してんの?」

「んー? お前個人への報酬だよ」

「いや、だからいらないって」

「これは依頼とか関係なく、あたしがあげたいからあげるんだよ。個人的ご褒美!」


 唇を突き出してくる玲音。

 いわゆるチューしてってやつだ。それもうお前へのご褒美じゃねえか! 


「お前初めてなんじゃねえの? もっと大切にした方が……」

「大切にしてるから、今渡すんだよ」

「いいから目ぇ開けろ。さっさと山下りるぞ」

「…………」

「玲音?」

「……………………」


 この野郎、だんまりを決め込む気だ。たくましい精神してやがる。さっきまでのしおらしい態度はどこに行ったのか。


「ほらほらどうした? 男だろ? さっさと奪ってみろよ」


 おまけに挑発し始めた。


「やっぱりムリか? そっか、そうだよなー。中って案外ヘタレだもんなー。それじゃしょうがない! 早く帰って――」

「ジッとしてろ」

「へ? あ、中!?」


 俺は玲音の肩を掴み、身を寄せた。

 本当にこういう展開になるとは思っていなかったのだろう。玲音はひどく慌て始める。


「へぁ、あ、あの……ほ、本気じゃ、ないよな?」


 もちろん本気じゃない。当たり前だ。

 生意気にも煽ってきたから少し焦らせてやろうと思っただけ。


「あ、え? 顔、近い……」


 それと、そうだな。

 また少しだけ信じてみたくなったんだ。


 ――人は見た目じゃないって。


「んっ」 


 触れ合った唇が熱を帯びる。瞬く間に上気した顔を、夜の風がそっと撫でた。


「ぷはぁ!」


 気恥ずかしくなった俺は、そうやって大げさなリアクションを取りながら離れる。

 なんだこれ……これがキスか。めちゃくちゃ柔らかかった。


「ど、どうよ玲音。俺は」


 ヘタレなんかじゃない。

 そう口にしようとしたが、俺はそこで驚きのあまり固まってしまった。


「キ、キス……あたし、中と……えへへ……」


 そこに、はにかんでいる美少女の姿があったから。

 ツリ目がちだがクリッとした大きな目に、女性らしい小ぶりの鼻。白く透き通った肌と華奢な体。ってか顔ちっちゃ!

 間違いなく女だ。ムキムキでもないしおっさんでもない。


「お前、玲音か?」

「んー? 何いきなりわけわかんないこと言ってんだよ中ー。へへへ」


 この声は、確かに玲音のものだ。


「……は? え? はぁ!?」


 頭の中がごちゃごちゃになった。パニックだ。

 え、なに? 呪い解けたの? こんなあっさり? 何のエフェクトもなく? 現実ってこんなもん? ってか俺今までこんな美女に言い寄られてたわけ?

 え? えええ?


「う、うう」

「中?」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「中!?」


 処理能力を超え、俺の脳はオーバーヒート寸前。

 考えることを放棄し、全てから逃げ出すように、俺は山の斜面を前転で下り始めたのだった。



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