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ガチムチと捕らわれのオカルト部

 いいねえ、皆面食らってるよ。頑張ってここまで走ってきたかいがあった。 


「おい、なんだよ今の音!」


 慌てた様子で、管原が部屋に入ってくる。俺の顔を見るなり、目を見開いて固まった。


「……なんで、てめぇがここに……」

「お邪魔してまーす」

「中!」

「よお、助けに来たぜ」


 さて、かっこよく乗り込んできたは良いものの、相手は十人以上いる。残念ながらこっちは異能をその身に宿したヒーローでもなければ、口八丁手八丁でこの場を乗り切れるほどの策士でもない。

 じゃあどうするか。

 ……こうするんだ。


「おいお前ら動くんじゃねえ!」


 俺はそばに落ちていたガラスの破片を手に取り、それを倒れていたケンジの首筋に突きつけた。


「ひぃいいい!?」

「ケ、ケンジィ!」

「はっはっは! どうだ! ケンジの命が惜しければ俺の言うことを聞くんだな!」


 まるで俺が悪役のようだが、この際手段は選んでいられない。先ほどまでキラキラ輝いていた玲音の瞳が若干雲っているような気がするが、まあたぶん気のせいだ。


「よし、じゃあまずお前に質問するぞ、タカナシケンジ」

「な、なんで俺の名前を……? ってかどうやってここまで来たんだよ!? 入り口には警備員が立ってたはずだろ!?」

「いやぁ、実は前にたまたまこの山のことを調べてて……龍穴のあるパワースポットなんだってね、ここ。そんで抜け道とかも知ってたからさ、普通に入ってきちゃったぜ」


 詩音さんの資料に載ってた航空写真、見覚えがあると思ってた。それもそのはず。

 ……前にネット掲示板で見てたんだ。

 事前に経路を調べてたおかげで、楽に潜入することができた。この山小屋探すのと、単純な移動でだいぶ時間は掛かっちまったが。


「それより、昼間、俺と一緒にいた金髪をどうした?」

「あ、あいつなら、軽くボコッた後でここに連れて来た」


 あー、やっぱり捕まってたか。


「なら、この部屋に連れて来てもらおうか」


 俺は視線を管原に移し、言った。


「てめぇ、何指図してんだ?」

「あれ? そんなこと言っていいのかなー? サクッといっちゃうよサクッと」


 手に持ったガラス片をケンジに近づけてみる。

 脅す側は慣れていても、その逆は慣れていないのだろう。場に緊張が走る。


「……おい」


 管原のその合図で、集団のうちの二人が部屋から出て行った。

 いいぞ。上手く事が運んでいる。ヤツら、きっと後悔するだろう。池森をこの場所まで連れ込んできてしまったことを。


「その間に質問しておきたいことがある。一斉に喋られると面倒だから……ケンジ、お前が代表して答えろ」

「わ、わかった」

「まあ管原にはあとで個別に聞くとして、お前らに聞きたいのは一つだけだ。お前らなんでこんな馬鹿げたことに付き合ってんの?」


 これがどうも気になってたんだ。

 いわば今回のこれは管原が玲音を自分のものにするための計画だ。こいつらにメリットらしいメリットがない。力関係で管原が上なのはわかるが、一歩間違えば捕まるような、こんな大それたことに協力している意味がわからなかった。

俺が率直な疑問をぶつけると、ケンジはフンと鼻を鳴らし、どこか誇らしげな顔で答えた。


「決まってんだろ。俺らとシンゴは、ダチだからさ」

「…………」

「ん? 何黙って――いででででで!!」


 とりあえず俺はガラス片を軽く突き刺しておいた。首筋じゃなく頬に、だけども。


「何すんだよ!?」

「いや、なんかウザかったから」

「なんだその理由!?」


 周りの連中からも「てめぇケンジに手ぇ出してんじゃねえよ!」と抗議の声が飛んでくる。

 でもこればっかりはしょうがない。だってあんだけ臭いセリフ吐かれたら思わず殺りたくなっちゃうじゃないか。

 というか――


「本当にそれだけなのか?」


 個人的には全く理解できないんだが。


「それ以上に何が必要だってんだよ?」


 当たり前、と言わんばかりにケンジは尋ね返してくる。他の連中にも目を向けてみると、皆一様にその言葉に頷いていた。


「うわぁ、気持ち悪っ」


 俺は思わず心の声を漏らす。

 これだから不良は嫌いなんだ。他人に迷惑掛けまくるロクでもねえ集団のくせに、仲間意識だけは人一倍高い。絆、とか臭い言葉を使って馴れ合う。

 どうせ一人じゃ何にもできないくせに。

 ……周りの苦労も知らねえくせに。


「反吐が出るぜ、まったく」


 俺の言葉に対する周囲の反応は、予想通りのものだった。


「なんだとてめぇ!」


 だとか、


「調子乗ってんじゃねえぞ!」


 だとか、単調な罵声が浴びせられる。仮にも進学校通ってるくせに語彙の少ないこと少ないこと。

 ほとほとこの軍団にはうんざりだ。

 ただそんな中で気になるヤツがいた。


「お前らうっせえ黙れ」

「え? で、でもよシンゴ……」

「いいから黙れ」


 管原だけは、顔色一つ変えていなかった。やはりこいつだけはどこか異質だ。というか……浮いてる気がする。


「連れて来たぜ」


 その時、先ほど部屋を出て行った二人が戻ってきた。

 一人目が連れてきたのは池森。右肩に担ぎ上げられている。玲音と同じように手足を拘束されているのだが――こいつの場合、なぜか全裸だった。

 え? 何があったの?

 しかもボソボソと「汚された……汚された……」と呟いている。目も完全に光を失っていた。レイプ目ってやつだあれ。


「……あ?」


 池森の身に何が起こったのか気になって仕方が無かったが、次に部屋に運び込まれてきた人物を見て、そんなことは綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「卵……?」


 池森と同じく担がれながらこの場にやってきたのは、行方がわからなくなっていた俺の幼馴染だった。

 なんでこんなところにこいつが? 

 まさか、玲音みたいに攫われてたってことだろうか?

 何があったのかはよくわからないが、とりあえず卵は全裸じゃない。手足は縛られているが、きちんと制服を着ていた。乱暴されてたわけじゃなさそうで一安心だ。

 二人はそのまま床に転がされた。


「卵、お前なんでここに?」

「…………」


 問いかけるも、卵は顔を背けるばかり。反応は返ってこない。


「仕方ねえ、おいケンジ。なんであいつがここにいるんだよ?」

「……昨日連れてきたんだよ」

「なんでだ? 卵はお前らのこと嗅ぎ回ってたわけでもねえし、関係ないだろ」

「それはシンゴに聞いてくれ。俺らは連れて来いって言われたからそうしただけだ」


 完全に良いように使われてんじゃねえか。なにがダチだ。


「てめぇとこの女が深い仲ってのは知ってたからな」


 視線を送ると、こちらが何も言わずとも管原は喋り始めた。

 深い仲、と口にした辺りで玲音が露骨に舌打ちをしたが、聞かなかったことにしておく。

 そうか、つまり卵を攫ったのは玲音を奪われたことに対する報復で……ん?


「なんで俺と卵の関係知ってんだよ」

「んなもん、てめぇのことを調べてたからに決まってんだろ」

「えええ……怖っ」


 こいつの粘着気質なんなんだよマジで。ストーカーかよ。


「にしても、なかなかタイミングが良かったじゃねえか。これからこの女もひん剥くとこだったんだ。そこの金髪みてぇにな」

「いやいやいや、そうだよ。ずっと気になってたんだ。逆になんで池森の方から剥いたんだよ。男の裸見て楽しいか?」

「…………」

「なぜ黙る? あぁ、あれか? 写真でも撮っておいて弱みを握ろうとしたんだろ。万が一逃げ出された時のために」

「こいつの趣味だ」


 管原が指差したのは、先ほど池森を担いで連れて来た男。

 あれだ。

 今の今まで気付かなかったけどその男、池森の方をジッと見つめながらなにやらハァハァしている。そして池森はそれに対して異常なほどに怯えていた。

 うん……これ一、二回はヤられちゃってるね。


「なんでそんなやつ仲間にしてんだよ! 身の危険とか感じないのか?」

「こいつは仲間には手ぇ出さないからな。実害はねぇんだよ」

「いや、だとしてもだな……」

「それより――」


 管原はそこで、ニッと邪悪な笑みを浮かべた。


「これで形勢逆転だな?」

「はぁ?」

「今度はてめぇが俺らの言うことを聞く番だ」

「いやいや、おたく何言っちゃってんの? 人質の数が多けりゃ有利とかそんな風に考えてんなら大間違いで……」

「数じゃねえよ。価値の問題だ」


 価値? ……どういうことだ?

 俺は試しに再度脅しを掛けてみることに。


「こ、こいつがどうなってもいいってのか?」


 言いながら、ガラスの破片を喉元にグッと近づける。これで少しは態度を改めるだろう。


「いいぜ、別に」


 いいのかよ!


「いいのかよ!」


 同じことを思ったらしく、ケンジが吼える。なんともまあ、憐れだ。


「聞いたかお前? ダチだのなんだの言ってたけど現実はこんなもんだぜ?」

「い、いや……きっとこれはシンゴの作戦なんだ。そうに違いない!」

「んなわけねえだろ! どんだけ都合良い解釈してんだ!?」

「そんなことねえ! シンゴは俺を裏切らねえ!」


 くそ! あわよくばこっちサイドに引き込めないかと思ったが、やっぱりこいつはダメだ。


「そういうことだからよ」


 俺とケンジが言い争っている間に、管原は卵のそばへ。

 そしてポケットからバタフライナイフを取り出し、卵の首筋に当てる。


「おとなしくしとけ。な?」


 目を見る限り、管原は本気だ。本気でケンジのことはどうでもいいと思ってやがる。

 もはやこいつは人質としての役割を成さない。


「はぁ……しょうがねえか」


 俺はガラス片を投げ捨て、頭の上に――


「おらぁ!」

「っ! ぐっ……」


 両手を上げようとした。

 しかしその瞬間に、腹に思い切り蹴りが入った。立ち上がったケンジによるものだ。


「おま、いきなり調子に……」

「うらぁっ!」

「……っ!」


 続いて、今度は鳩尾に右拳が突き刺さった。その衝撃に声も出せず、息だけが口から漏れた。


「中!」


 玲音の悲鳴のような声が聞こえる。

 にっこり笑って安心させてやりたいとこだが……あいにくとそんな余裕は俺にはなかった。


「いいか! お前ら絶対手ぇ出すなよ! こいつは俺がボッコボコにしてやる! 何度も何度もコケにしやがって!」


 ケンジの野郎が休む間もなく殴りつけてくる。

 一方的にやられる中、俺は卵の様子を窺った。


「くそっ……!」


 俯いたままだ。いつもの覇気がまるでない。

 何してんだよ――卵。


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