ガチムチと届いた声
日が傾き始めた頃、ある山の奥。
周囲から明らかに浮いている白い山荘の一室に、玲音はいた。
「なぁレイ……いい加減認めてくれよ。お前はあんなヤツ好きでもなんでもねえ。俺の女だ。そうだろ?」
管原が、ベッドの上に横たわる玲音の顔を覗き込みながら、強気な口調でそう言った。
「ざけんな、カス」
玲音は力なく、しかし精一杯の抵抗を見せながらそれに返す。
手足はロープで縛られ、顔はやつれている。ここ数日、食事などは与えられていたが、用を足す時以外の自由は奪われたまま。心労は溜まっていくばかり。
それでもなお、玲音は折れなかった。
「チッ」
忌々しげに舌打ちをし、管原は顔を離す。ガリガリと髪を掻き乱しながら、仲間達の座るソファの方へと歩み寄った。
「シンゴー、もういいじゃん、とっととヤッちまおうぜ。一回犯せばその女もさ……」
声を上げた軽薄な男は、この山荘の持ち主の息子、タカナシケンジ。
「馬鹿、それじゃ意味ねえんだ」
「ええ? でも最初は普通にヤろうとしてたじゃんかー」
「あん時とはわけが違ぇんだよ」
「ほーん? わっかんねえなー」
「それより、一本寄こせ」
「ん? ああ、はいよ」
ケンジはズボンのポケットからタバコを取り出すと、その内の一本を管原へと渡した。
ソファ前に置かれたガラステーブルの上からライターを拾い上げ、管原は火をつけようとする。
「ロクに吸ったこともねえくせに、カッコつけてんじゃねえよ」
玲音は煽るように鼻で笑った。
「あぁ?」
管原達の鋭い視線が注がれる。だが、彼女は怯むことなく捲くし立てた。
「やること為すことダッセーんだよお前。こんな方法じゃねえと欲しいもん手に入れらんねえのか? そんなんじゃ、一生中には勝てねえよ」
「……あいつの名前出してんじゃねえよ」
「中はなぁ、お前みたいなハンパ野郎とは違うんだよ。悩み抱えながらでも、前向いて必死に生きてる。お前なんかより何倍もかっこいいんだよ」
「黙れ!!」
管原は手に持っていたライターを床に叩きつけ、タバコを握り潰した。玲音に詰め寄り、髪を掴んで顔を引っ張り上げる。
「てめぇに俺の何がわかんだよ。何にも知らねえだろ? あぁ?」
「ああ、知らない。わかんねえよ。なんでそうなっちまったんだよ、信悟」
「んなもん決まってんだろ! てめぇが……てめぇが……」
言いよどんだ後、管原は玲音から手を離した。結局何も言わないまま壁を殴り、ベッドから遠ざかる。そしてそのまま、部屋から出て行った。
「おーおー、荒れてんねぇシンゴクン。にしても、まだこんな減らず口叩けんのな、この女」
管原と入れ替わりに、今度はケンジがベッドへと近づく。
「ま、あと何日その威勢が持つかなーん?」
真上から玲音のことを見下ろし、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるケンジ。
「何日もこんなことが続くと思ってんのか?」
「はぁ?」
「これだけ無断で家を空ければ、親父が捜索願を出してるはず。警察が動けば、こんな場所すぐに特定されて……」
「ハッハッハ! バァーカ!」
ケンジは高笑いしながら、おもむろに窓際まで移動した。大きな出窓からは、夕陽の赤い光が差し込んでいる。その縁に腰掛けると、彼は言った。
「俺らが居場所特定されるようなヘマするかよ! サツがそんな万能だと思ったら大間違いだ! 誰もここには来ねえよ!」
「んなこと、わから……」
「わかるさ! 現に警察関係者は一回も俺らの所に訪ねてきてねえぜ?」
「っ……」
「ああ、でも――」
ケンジは、思い出したように続けた。
「変なおっさんがこの山の入り口に来たって、警備員から連絡があったっけな。まあすぐ諦めて帰ったらしいけどよ」
「っ! それって……!」
「お前の親父かもなぁ? ったく、お前の恋人や金髪野郎といい、どっから嗅ぎつけたんだか」
「中? 中も、この町に来てるのか!?」
「んー? ああ。あの野郎、俺らにビビッてすぐ逃げやがったけどなぁ? ハハハ!」
ケンジの後半の言葉は、玲音には届いていないようだった。それまで沈んでいた彼女の顔には、わずかながらに精気が戻り始めている。
希望が見えた。そんな様子だ。
「ところでよ」
ケンジは再び卑俗な笑いをその顔に浮かべ、まるで品定めでもするかのような目線を玲音に送る。
スカートから伸びる脚、ややはだけた胸元、そして顔。
本能的に嫌悪感を覚え、玲音は身震いをした。
「信悟のもんだから手ぇ出すの控えてたけど俺さー、実はお前けっこうタイプなんだよねー」
「はぁ? てめぇ、何を……」
「なぁ、お前らどう思う? ちょっとくらいいいよな?」
その問いかけに対し、仲間達は「ちょっとなら大丈夫っしょ」、「どうせ一回犯そうとしてたんだし」と頷いた。
止める者はいない。
ケンジは出窓の縁から腰を上げる。
「や、やめろ……来んな!」
「えー? なになに? ビビッてるわけ?」
距離が詰まるごとに玲音は顔を歪めていく。その表情が帯びているのは恐怖の色。
ケンジはまるでそれを楽しむかのように、ゆっくり、一歩ずつ彼女に迫っていった。
「くそっ! くそぉっ!」
玲音はそこで、監禁されてから一番の抵抗を見せる。
手足のロープを解こうとめちゃくちゃに体を跳ねさせた。しかし結び目は固く、緩む気配もない。
ギシギシというベッドの軋む音だけが虚しく部屋に響き渡る。
ケンジ達不良は、その光景を見て嗜虐的にほくそ笑んだ。
「っ……」
玲音は口の端を噛みながら、目に涙を溜める。以前は運良く助けられて事無きを得たが、今回はきっとそうは行かない。
そんなにこの世の中甘くない。
それでも期待してしまう。
「さーて、まずどっから攻めっかなぁ……ひひっ」
もう一回あの少年が来てくれるんじゃないか、と。
「助けて……中」
蚊の鳴くような声で玲音は呟いた。
実際、それはその場の誰の耳にも届かなかった。
しかし、
「決めた! まずは爪先の方からじっくりと……」
「っしゃあああああああああああああああああああああああ!!」
彼には届いたのかもしれない。
「っ!? なん……へぶっ!!」
「ん? はははは! ドロップキックの時といい、お前とことんツイてねえな!」
突如として出窓をぶち破り、登場。
その流れでケンジにフライング・ボディ・アタックを叩き込んだ、彼には。
「いやー、窓ガラス破るのにも慣れたもんだ!」




