プロローグ
「先輩、好きです。私と付き合ってください!」
それは初秋のある日のことだった。
部活を終え、帰ろうと下駄箱から靴を取り出しているその最中に、俺はある生徒からそんなドストレートな告白を受けていた。
「えええ……今?」
思わず引き気味に言葉をこぼしてしまう。
いやいいんだけども、もっと良いタイミングなかったのか? 体育館裏に手紙で呼び出してからとか、そういう甘酸っぱい感じの。
すると相手も間の悪さに気付いたのか、ハッとした表情で声を上げた。
「あわわ! 事を急いた!」
「なんだよその言い回し」
俺は慌てふためくその子の首元に目をやった。セーラー服の襟に付いている校章の色は赤だ。
校章の色は学年によって異なる。一年は赤、二年は青、三年は緑。
ということでこの子は一年生。まあ俺は二年生なので、さっき先輩って呼ばれた時点で確定してたわけだが。
……うん。セーラー服も着てるし、髪型も黒のロングだし、ほぼ間違いなく一年生の《女子》だ。
「そ、そそそ、それで、あの! 先輩っ」
「ああ」
その子はもじもじしながら、こちらの返事を待っているようだった。あんまり待たせてもアレなので俺は、
「ごめんなさい」
きっぱりとお断りする。軽く頭を下げ、靴を履き変えた。
さあて帰るか。
「なんでですかぁ!?」
「うおっ!?」
ぷるぷる震えてたかと思えば、その子は俺の肩を力強く掴み、迫ってきた。
ちょ、顔近い! 勘弁して!
「理由を! 理由を教えてください! ホワイ! ホワッツ! なんで私が振られなきゃいけんのだ!」
「いやそんなこと言われても! というか俺はさっきから君のキャラがさっぱりわかんねえんだけど!」
口調がブレッブレである。
「そんなことはどうでもええねん! はよ理由を教えんかい! 他に好きなヤツでもおんのか!?」
「言うから! 言うから揺さぶるのやめて! あと顔近い!」
なおも揺さぶられたまま、俺は思考を巡らせる。
どう理由付けしようか。そもそも俺はこの子が誰なのか全く知らない。
お前誰やねん。
「ガルルルル!」
お前誰やねん、とは言えない雰囲気だ。ガルルルってなんだよ。自然と俺の口から深いため息が漏れた。
こうなったら、あの作戦でいこう。
「俺さ」
「はい!」
「呪われてんの」
「はい! ……はい?」
呆気に取られたのか、良い感じに手の力が弱まった。チャンスだ。
「だから誰も幸せにできないの。んじゃさいなら」
相手の一瞬の隙を突き、俺は玄関から外へ飛び出した。
全力で駆けつつチラリと背後を窺うと、キャラブレブレのあの子は、こちらを見ながら呆然と立ち尽くしていた。追ってくる気配はない。
突拍子のない発言で相手の思考回路をストップさせる作戦、成功。
……それにしても、呪われてるからムリって。我ながら意味のわからない理由だった。
「ま、事実なんだけど」
自嘲気味に笑いながら呟くと、風が強めに吹いた。俺の言葉は茜色に染まる秋の空に消えた。なんて、柄にもなく知的な表現をしてみる。全然知的じゃないと言われたらそれまでだ。
――俺、千葉中は呪われている。
それは比喩表現でもなんでもない。紛れもない事実だ。そのせいで俺は、苦しみながらこれまで生きてきた。
きっとこれからも。
「俺は誰も幸せにできない。そして幸せになれないんだ」