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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
96/151

第十三話 そしていつか、きっと湧き上がる情景

 地面に多数の足跡が残されていく。

周囲は、まるで世界が死んでいるかのように静まりかえっていた。

朝の到来が近づきつつあるが故か、先ほどまで黒一色だった夜の闇に、ほんの僅かに曇り空の濃い灰色が混ざり始める。

その視界に、地面に降り積もる雪と口から吐き出される息によって白色が(かす)んでいく。


 此処はハイゴウル山脈。

ハイダニアとフォルゲンスの間に(そび)え立つ自然要塞である。

海を経ずに二国間を移動する最短ルートであり、かつてはこの山を越えること自体が一つの(いくさ)であったようだが、遥か昔幾度もぶつかりあった二国の戦いの影響で山はさらに険しく“削れてしまった”。

その結果、現在は二国間を行き来することは叶わなくなりこの山を行き来する者は誰もおらず、凶悪なモンスターや国家の共通の敵と定められた獣人達だけが住み着いている。


「〔登山を開始して、大分経ったな〕」


遠くからの囁き声を聞いて、レットは背後を振り返る。

一行は一列になって山麓に作られている斜面――通称【死壊層】に足を踏み入れた直後であり、クリアは列の一番後ろに居た。


「〔クリアさん。ヤバい感じはしますか? オレは今のところ、危ない雰囲気は感じないんですけど〕」


「〔今のところ、問題は無さそうだ。そもそも、ここ死壊層は名前に反して襲撃に適した場所じゃない。視界が開けすぎているし、パッシブが禁止に設定されている場所自体がそれほど広くないからあっという間に通過できる。……俺も色々考えてはみたんだが、一体こんな辺鄙な場所でどうやって例のPKが上級者プレイヤー達を倒せたのかさっぱりわからない。そしてこれは、後ろから“あの二人”をずーっと見続けた上での感想なんだが――〕」


レットはごくりと音を立てて、仮想世界の唾を飲み込む。


「〔――こちらも問題は無さそうだ。ゲームを普通に遊んでいるただのプレイヤーだろう。知り合い同士というのも、嘘じゃないだろう。両方ともおそらく男性だ。トヴよりも、イートロの方が少し若いかもしれないな。イートロが魔法剣士でトヴがプリースト――いや、これは言わなくてもメンバー情報を調べればわかる話か〕」


「〔……二人が敵じゃないことがわかってホッとしましたよ。むしろ……怪しまれているのはオレ達なんじゃないですか?〕」


「〔それは無いだろう。あの二人に本当に警戒されていたら、一緒に山には登ろうとしないはずだ〕」


「〔どうだかなあ……〕」


レットは山を登る前にあったやり取りを思い返す。

デモンと距離を常時開けた状態で自己紹介を始めた不自然極まりないクリアに対して、トヴが放った一言は――


『クリアオールって、ひょっとして“あのクリア”か!? ってことはアンタらはひょっとして、“あのテツヲのチームのメンバー”なのかよ! スッゲェな!』


――という、驚き(そして僅かな呆れ)が混じった物だった。


(……台詞だけ見たら昔オレが憧れてたようなシチュエーションなんだけどさ……“悪い意味での驚き”だから、全ッ然嬉しくなかったなあ……。一体どんだけ評判悪いんだよ【GOD DEATH】!)


「〔信用されていないのに同行しようとする場合、トヴが『トラブルも含めてゲームを楽しみたい』タイプのプレイヤーである可能性がある。もしくは、あのイートロっていうプレイヤーに威圧感がありすぎて俺達以外の同行者が見つからなかったとか。少なくとも俺はトヴとは気が合いそうだけどな。ウチのチームに雰囲気が合ってる。時期が時期だから、チームに勧誘するつもりはないけどな……〕」


「〔イートロさん――イートロには、滅茶滅茶警戒されてますけどね。山を登り始めてから、トヴさん――トヴの背中にずっとピッタリ張り付いているような状態だし……。うぅ、出会ったばかりの人をいきなり呼び捨てにするのって、何か違和感あるなぁ……。そんな中で、タナカさんだけが敬語のままだし……〕」


「〔あの人はどんな時でもブレないからな。ある意味安定感があるとも言う。他人を呼び捨てにするタナカさんなんて、想像できないだろ?〕」


「〔――そりゃあそうですね〕」


他人に対してフランクに接しているタナカを想像し、そのあまりの違和感にレットは思わず苦笑する。


「〔とにかく、トヴとイートロは対モンスターに関してはクリアさんより頼りになりそうです。だからオレはホッとしていますよ〕」


「〔お、おいおいおいおい。そんな言い方は無いだろう!〕」


「〔ここに来る前も、ネコニャンさんとワサビさんにチームでこの山のこと質問されてたみたいですけど。クリアさん、モンスター関連の質問にはほとんど一つも答えられなかったじゃないですか。一番後ろに居るのも進む道に自信がないからなんじゃないです?〕」


「〔俺が一番後ろに居るのは、『デモンに唯一避けられていて』尚且つ『PKプレイヤーを警戒する目的で周囲を俯瞰する』必要がある為だ。この位置が適任なだけで、俺だって何もかもわからないわけじゃない!〕」


(“自信がないのは否定しない”んだな……)


「〔例えば、ハイゴウル山脈は――『危ないモンスターは環境的に険しい山の上にいる』! これはお前にとっても新情報だろ?」


「〔……自分で事前に調べて分かってますよォ。世界設定の項に【厳しい環境で生活できるモンスターしか上にはいない】ってちゃんと書いてました。その情報なら列の前に居るデモンにも一応伝えてます〕」


「〔……それで――あの娘は何て言ってたんだ?〕」


前方を見据えながら、レットはバツが悪そうに囁いた。


「〔『ありがとう。心配はいらない。強さが事前にわかっている敵に対して全力を出すようなことはしない』〕」









突如地面が揺れるも、レットは取り立てて驚くようなことはしなかった。

なぜなら、その現象は彼の山登りにとって始めての出来事ではなかったからである。

揺れた地面から雪を派手に吹き飛ばし、二足歩行の大型の巨人が姿を現す。

真っ白な体毛に覆われており、目は真っ赤に充血しているかのように怪しく光っている。


(へぇ~このモンスターが“生きている時”って、目が光るんだ。一人で山登りしていたら絶対にビビッて逃げてた自信あるけどなぁ……)


瞬く間に巨人の目から光が失われる。

何の前触れもなくその胴体が真っ二つに割れて、地面の上に倒れこみ再び雪を周囲にまき散らした。


「ふん……ふ……………………ふ――ふーん…………♪」


鼻歌を歌いながら、デモンが特大剣を背中に仕舞った。


「〔なあレット。彼女、妙に楽しそうというか……気合が入ってないか?〕」


「〔あれでも“手を抜いている”んだそうです。『雑魚に意識を割くのは疲れるから』って言っていましたよ〕」


「〔道中は楽そうだが……その彼女の発言がもう普通じゃないな。あれで“全力から程遠い”とはな……。気をつけろよレット。パーティを組んでいるトヴとイートロの手前、ある程度HPの高いデモンには戦ってもらわざるを得ないが、馬車の時のような破壊衝動に身を任せた戦い方はさせないようにしたい。とはいえ今回、俺は不測の事態に備えて対人特化のビルドで来たからな。モンスターはデモン任せにならざるを得ないが……〕」


「〔わかっています。その件に関しては、『一番大事なのはデモン自身だからあまり無理しないで』って、ちゃんと釘を刺してますよ。ゲームとはいえ、オレだってデモンにあんな乱暴な戦い方をしてもらいたくないし……〕」


「〔あの時の彼女の戦い方には感情らしいものを一切感じられなかったからな。……まるで、外敵を淡々と叩き潰す機械みたいだった〕」


レットは、デモンの周りで未だに驚きの表情ではしゃいでいるトヴと、縮こまりきれていないイートロを見つめる。

デモンが身に着けている装備品のおかげで、二人は彼女を『順当に強いプレイヤーである』と認識しているようだった。


[何度見ても惚れ惚れするぜ! 流石悪名高いチーム【GOD DEATH】。容赦がねぇ~。悪さには強さが備わるもんなんだな。アンタらといれば、自分達も目的を確実に達成できそうだぜ。こんな高い雪山、二度も三度も登りたくねぇからな!]


デモンの真横でメンバーをさりげなく先導していたタナカが足を止める。


[確かに、理由なく観光目的で登るような山ではありませんね。壁面をよじ登るような険しい道でないだけ良かったとはいえ、ここから先はきつい山道ですからね]


[このゲームの開発者の采配は、たまに首を捻りたくなるぜ~。コイツみたいな――]


トヴがイートロの腹部を軽く叩く。


[――初心者に、山脈の中の一番高い山の頂上付近の超~危ない場所まで行かないと達成できないような目的を課すんだからな。……そういえばアンタらの山登りの目的って何なんだい?]


良い答えが何も思いつかずにレットは一瞬焦るが、クリアがすぐにフォローを入れた。


[……DLCダウンロードコンテンツエリアの入場に必要なキーアイテムを取りに来たわけだ。俺たちのチームは外面が最悪でも、所属している初心者には優しいからな]


[な~んだ。自分たちと“同目的”じゃねえか! それなら頂上まで一緒に登らねえか?]


トヴの提案に対して、クリアが眉を顰めたのをレットは見逃さなかった。


[……いや、残念だが俺たちのメンバーには――――リアルの事情で時間的な制約があってな。いずれにせよ山の天気は不安定だし。数時間後には一旦解散になる予定だ]


[そうかぁ~残念だな――。ま、何にせよ自分達からすれば渡りに船だぜ。自分もイートロもそれなりには戦えるとはいえ、ここに出るっていう“例の二人組のPK”を何とかできる気はしねぇからなぁ……]


クリアのフォローの詳細が何なのかはわからなかったが、レットはクリアに咄嗟に話を合わせる。


[どんな目的にせよ。強いPKと戦うより――この人と一緒にいたほうが危ないかもしれないよ?]


そのレットの言葉に、タナカが顔を背けて噴き出した。


[俺が自分で言うのも何だが――確かにそうかもな! ワッハッハッハ!]


[アンタなぁ、そこは否定しろよなぁ~!]


トヴはそう言ってクリアに同調するかのようにけらけらと笑う。

それから、背後に立っているイートロの腹部を、今度は体を預けるように軽く小突いた。


[自分も、こいつと長い間フレンドやっているからわかるんだよ。アンタらそれなりに付き合い長いんだろ? 目的はどっちも『困っているプレイヤーに対する人助け』。ここは信用して同行してやるさ! それに、困難皆無の張り合いの無い旅をやっても仕方ない。人生は常に勝負! さぁ、どんどん先に進もうぜ!]


トヴの鶴の一声で、一行は再び前進を始める。


「〔なんかトヴって――器がでかいっていうか、大らかな人ですよね〕」


「〔思うがまま今この瞬間を楽しんでいるな。俺達を陥れようとしている感じもしない。――期待に応えて何か“面白いこと”をしたくなってくるな〕」


「〔……冗談でも、そういうことを言うのやめてください。そういえば、クリアさん。さっき言ってた『DLCエリアの入場』って何のことです?〕」


「〔本作はリニューアル前の段階でDLCダウンロードコンテンツが三本出ている。“拡張パッケージ”とも呼ばれているんだけどな。NWから始めたレットのパッケージには、全てDLCが同梱されていて、遊ぶ前にきちんとインストールされているはずだ。DLCの追加をした後、“特定のクエストを完了する”ことでゲーム内で新しく行ける場所が増えるわけだ〕」


「〔それは知ってます。でも普通DLCダウンロードコンテンツって、発売したらそのまま新天地にいけるようになっているんじゃないんですか? クエストをやらなきゃいけない意味がよくわかんないや……〕」


「〔簡単に行けるようにするとプレイヤーがDLC発売と同時に新フィールドに殺到するからな。人口が一斉に密集してフィールドに過剰な負荷がかからないように、プレイヤーの来訪時間をずらす目的でDLCを始めるための面倒くさいクエストが毎回必ず差し込まれているんだ〕」


レットは、『DLC発売当日に新天地になだれ込もうとするプレイヤー達の姿』を頭の中で想像する。


(確かに、沢山のプレイヤーがDLCを買ったその足で一斉に新しい冒険を始めると大変なことになりそうだな……。この前の“ユーザーイベント”の時とかと比べ物にならないくらい街の中でのゲーム処理が遅くなりそう……。現地のクエストとかも、皆が一斉に同じ物をこなすことになるわけだし……)


「〔ちなみに、この山の頂上にあるキーアイテム【滑るような赤の石】を取ることで行けるようになるフィールドは、本作二本目の追加DLCである【Curse from heaven】関連だ。内容は一応、初心者向けではある。……ちなみにこのキーアイテムをデモンが持ち歩いているということは、タナカさんがワグザスで照会済みだ〕」


「〔山の頂上のどのあたりで手に入るアイテムなんです――それ?〕」


「〔ヨォウムが登場する近くの洞窟で手に入る物だ。ちょうど良い機会だし、無事に山に登れたらレットのキーアイテム取りもついでにしていくか〕」


「〔うーん……初心者が新しい世界に行くためにこの山の頂上の危ない場所に登らされるって……酷い話だなあ。バランス滅茶苦茶じゃないですか? まあ、頂上を目指す上で大した労力にならないようなら今後の為にそのアイテムはついでに取っておきたいですね。もちろん、オレだけじゃなくてタナカさんの分も〕」


「〔………………そうだな。おい、レット。きちんと前を見ろ。次こそお前の出番だな〕」


今度はレットの前の地中から、半裸の巨人が飛び上がってくる。


(よーし、対モンスターなら。ネコニャンさんに教わったことを――)


その思考が終わる前に、巨人の上半身が倒れこんでくる。

レットはそれを咄嗟に避けたが、巨人が動く気配は既にない。

その下半身だけが地に立ったままで、“切断面”の上に受け身をとった直後の獣のようにデモンが座っていた。


[――レット。……大丈夫?]


片手で黒いバイザーを上げて、ぼーっとした表情で首を傾けてデモンがレットに対して質問をしてくる。


[う……うん。大丈夫だよ]


「〔クリアさん。敵が倒されるのが早すぎて、やっぱりオレどうやっても出番ないみたいです……〕」


「〔トヴとイートロの戦いを観察するつもりだったんだが、デモンが想像以上に強くて断念せざるを得ないな。ここまで来たらデモンにこれ以上手加減なんかさせない方が良い。逆に二人に怪しまれかねない〕」


レットは、デモンを称賛するトヴを見つめる。


[いや~しっかし、弱点でもないのに、勢いだけでコイツの胴体を切り払うのは珍しいよな。特大剣を振り回すのって、何かコツでもあるのか?]


[――――ん。敵の……弱点――違った?]


[は、はい。厳密に言えばこの巨人の弱点は首元部分です。それと横の薙ぎ払いではなく、刺突の方が楽に倒せるのではないかと。さらに言えばデモンさん――――行く道が違いますね]


[……全部――――今思い出した。覚えていないのは、――“普段意識する必要がなかった”から。大事なのは、フィーリング……]


そう言って自分の間違いを誤魔化すかのように、デモンがいそいそと一人で先を歩き始める。


[行く道はそっちでもねぇって! あ、あんた上級者で手伝う側の人間なんだから、雑魚的の弱点なんかはともかく、進む道くらいは覚えておくべきなんじゃねぇ!?]


デモンが指摘したトヴにゆっくりと振り返る。

ボーっとした表情のままゆっくりと目だけを動かし、上を見て下を見て――もう一度を上を見てから最後に地面に対して斜めに視線を反らし………………僅かに頬を膨らませた。


(あ、ちょっと拗ねてる)


その独特の反応に、レットは内心で思わず苦笑した。

デモンは先導がうまくいかないことを自覚してか、特大剣をずるずると引きずりながらレットの真横に移動する。


[まあ……間違いは誰にでもあるものさ。ところでレット――お前の背後にある巨人の下半身をどけてくれないか? 俺は下敷きになって雪の下にいる。実はさっきから全く動けない]


[クリアさんはホントにモンスターが苦手ですよね! 何をどうやったら死体の下敷きになるんですか!!]


[いや……雪の下もそれなりに冷たくて良いもんだぞ――眠気も覚めるしな!]


[オイオイ――しっかりしてくれよ? ホラ、手を貸すぜ!]


レットはトヴと二人で、死体の下にいたクリアを引っ張り出す。


[なんっつうか……アンタら四人。“不適材不適所”っつぅか……。それぞれどっちがどっちの手伝いやっているのか、よくわかんなくなってくるな]


[か……返す言葉もない]


(うぐぐぐぐ……流石に怪しまれたかな……)


トヴの怪訝な表情を見て、レットは焦るが――


[――まあしかし……自分的にはこういうのも面白いから良しだなぁ! ……誰しも、善意が空回りして上手くいかないってことはままあるもんさ!]


トヴはそう言い放ちけらけらと笑った。


(うーん。いい加減というかなんというか……天使みたいな見た目に反して、芯の太い人だよなあ……)


かくして、何ともちぐはぐなやり取りをしつつも一行は無事に死壊層を抜ける。

『何らかのトラブルに巻き込まれるのではないか』とレットは内心警戒していた為か、無事に難所を乗り越えたことで拍子抜けしたような気分に陥った。


[トヴ……死壊層ハ乗リ越エタ……ソロソロ……パーティハ解散……]


[まあまあ、そう冷たいこと言うなよイートロ! 目的は達成したが折角ここまで来たんだ。もうちょい進んで、休憩できる安全な場所でお開きとしようぜ! いいだろ?]


列の真ん中に居たレットは前後を見遣ってクリアとタナカに目配せする。

進行方向は同じ故に、特に断る理由があるわけでもない。タナカとクリアは軽く頷いた。


[じゃあ、このままこのメンバー全員でしばらく進むとしよう。タナカさん、引き続き道案内をお願いしていいかな?]


[了解です。これから(ワタクシ)達の行く道は、あの目の前にある洞窟の中です]


タナカが山の斜面を指さす。その先に、中サイズの洞窟がぽっかりと開いていた。







 一行はタナカの先導でトンネルに足を踏み入れる。


レットは冷静に周囲を観察した。

円形のトンネルの壁面は固まった氷でできており、天井から僅かに光が差し込んできている。

トンネルはどうやら、登ってきた山の斜面と対照的に山の下側に向かって斜め下に通じているようだった。

タナカが足を止めて、進路の説明を始めた。


[このトンネル自体が一種の巨大な縦穴――クレバスになっているようです。この先には天然で作られた広間があって、巨大な穴が空いているはずです。広間は暗所で、気づかずにトンネルを真っすぐ進むと山の地下まで転落してしまい遠回りになるので気を付けてください。穴の手前で一旦立ち止まって、落ちないように壁伝いの狭い道を進んで行くのが私達(ワタクシタチ)の進むべきルートですね]


[了解。“無理に進まず大穴に要注意”――だね!]


[前フリじゃないぞレット。絶対に穴に落ちるなよ?]


[……わかってますよォ。クリアさんこそ、後ろに居るからってフザけて『おおっと全身が大きく滑った~』とか叫んで、オレを穴に突き飛ばしたりしないで下さいよ?]


[流石の俺もそこまで酷いことはしないさ。せいぜい壁沿いの狭い道を進むタイミングで『突然耳元で叫ぶ』くらいだな]


[マジでそれはビビって落ちるからやめろォ!!]


[ぶっ飛んだやり取りしてるなアンタら――普段どんな遊び方してるんだよ!]


そこで、今まで無言でトヴの後ろに立っていたイートロが、突然パーティ会話で話し始めた。








[待ッテ欲シイ。トヴ――……『体ガ、滑ッタ』]


[んん? どうしたんだよイートロ? お前もついに、他人の前で悪ふざけをするようになったのか? 嬉しいっちゃうれしいけど、笑えねぇって。それに、もしもそんな悪戯をやるなら自分達が穴に行ってからじゃなきゃ――]


[違ウ……。今マサニ『足ガ……滑ッテル』]


[――言われてみりゃ、確かにそうだな。……何か――自分達全員――――――足が……滑ってるぞ?]


レットは足元を見つめる。

そしてほんの僅かに、自分のキャラクターの座標が動いていることに気づいた。


[あ――あれ?]


反射的にレットはトンネルの入り口に向かって歩き始めるが――まるで下りのエスカレーターを逆走しているかのように足だけが空回りしてしまう。

その間も、ゆっくりと――しかし不自然さを拭えぬまま、床の摩擦が加速度的に奪われていく。


[私……こんなの知らない――――――わからない! ……あ…………う――――!]


彼女にとってもこれは予想外の事態だったのだろうか。隣に立っていたデモンが姿勢を崩して倒れそうになる。

咄嗟にレットはデモンを支えようとその手を掴むも、自分の体ごと二人はトンネルの床に倒れこんでしまう。

バランスを崩した他のパーティメンバー達も一人、また一人と倒れこんでいく。

そして、全員はそのまま――トンネルの斜面を滑り台のように勢い良く滑り始めた。


(なんだこれ!? い、一体何が起きて――)


滑りながら、タナカがクリアに対して叫ぶ。


[クリアさん。こ、これは何の悪ふざけなのですか! 私達(ワタクシタチ)を一体どうするおつもりなのですか!?]


[いや違っ――というか、さりげなく酷いぞタナカさん!! 俺は何もやっていない!! これはおそらくこの洞窟の――“ダンジョンのトラップ”だ!]


加速していくレットの視界の隅で、クリアが曲剣を懐から取り出し地面に突き立てようとする。

しかし、曲剣はまるで見えない何かに阻まれるかのようにぬるりと滑ってしまう。


[これは――まずいな……。システム的に摩擦が……ブレーキが利かないようになっている! このままだと“穴の手前で止まって崖伝いに移動する”だなんて悠長なことはやってられないぞ!]


前を滑るトヴが滑りながら、中腰で立ち上がろうと試みる。

トヴは数秒間立ち上がっていたが、すぐに姿勢が崩れて隣を滑っていたイートロの巨体の上に倒れこんだ。


[こりゃ駄目みたいだぜ! 足に力を入れても、一瞬だけ立ち上がってすぐこけちまう! 止まるのは諦めるしかねぇ!]


視界の遥か先に闇が広がっている。

それが底の深い巨大な穴だと気づいたレットは声を荒げる。


[で、でもこのままじゃ全員――真っすぐ落ちちゃうよ!]


[お、落ち着いてください! 想定していた順路ではありませんが、別の道があります!]


[い、一体どこにさ!]


[“大穴を渡った対岸の先”です!]


[お、おい待てよ! つまり、滑るくせに一瞬だけ“立ち上がれる”作りになっているのは、もしかして――]


トヴがタナカの意図を汲んだのか、そこで黙り込む。

同じようにタナカの言葉の意味を理解したのか、後ろを滑るクリアの息を吸い込む声が聞こえた。


逡巡している時間的な余裕はない。目の前のどんどん闇が広がってくる。


レットは、自分の手を握るデモンの顔を見つめた。

デモンは不安そうな表情だが、レットと目を合わせて小さく頷く。

それから、身を寄せてレットの腕にしがみ付いた。


[一か八かだ。ぜ――全員、“飛べ”ッ!]


クリアの掛け声と同時に――


「そォ――れれええええええええッ!」


――レットはしがみ付いているデモンと同時に、足を滑らせないように気を付けながら傾斜に合せて力強く地面を蹴った。


(う――わ――――――!!)


レットの掛け声がぴたりと止まる。






《ハイゴウル山脈:天候【雪】》





何の前触れもなく画面にシステムメッセージと雪玉のアイコンが表示されるが、今のレットはそれどころではない。

叫び声すら上げられない――体が緊張しすぎて逆に叫べなかった。

冷たい空気が全身に当たるのを感じ、自分の体が放射線状に飛んでいく。

ジェットコースターに乗った時のように、仮想世界に存在しないはずの自分の臓器が浮き上がるような錯覚を覚える。


そのタイミングになってようやく、レットは自分達が向かうべき“先の道”を発見した。


(か、体が動かない! 飛んだ瞬間から“行く先”が決まっているんだ! こうなったら、もうなるようにしかならない――)


真黒な闇を飛び越えて、瞬く間にレットの視界に氷の道が広がっていく。

二人の身体はそこに、吸い込まれるように着地した。

着地の衝撃で腕にしがみ付いていたデモンの腕が離れそうになり、再度レットがその手を左手で強く掴む。


(嘘だろォ!? この先も滑るトンネルなのかよ!? ――ぐええええっ!)


自らの体に強烈な遠心力がかかる。視界が前と後ろに行き交っている。

レットは自分とデモンが、広いトンネルの床を握っている手を中心に回りながら滑り落ちていることに気づいた。

しかし、止まる気配がない。


[レットさん! 掴まってください!]


前に居るタナカに右手を掴まれてレットの回転していた視界が元に戻る。

姿勢が安定するとともに再びデモンがレットに体を寄せてその腕に強くしがみ付いた。


[あ、ありがとうタナカさん……]


安堵する間もない。飛んだ先のトンネルの床も全くブレーキが利かずに際限なく滑る速度が上がっていく。

高速で通り過ぎていく風景の中。

レットは回転していた時の光景を思い返してあることに気づく。


(あれ――!? “飛べ”って叫んでた、当のクリアさんが周囲のどこにもいなかったぞ!?)


パーティメンバーのHPを確認すると、クリアのHPが僅かに減少していた。


[まずったな……こういうアドリブのタイミング合わせは苦手なんだ――俺だけ穴の下に滑落してしまった! 後で必ず合流する!! タナカさん! メンバーを――先導――して――]


――集中しているが故か、クリアは黙り込んでしまいパーティ会話からその声が聞こえなくなる。

しかし今、彼の身を案じる余裕のあるメンバーはいない。


[やっべぇぞ! 自分達が“滑り続けているのがヤバイ”って! こっから先って“山の中腹に出ていくルート”じゃなくて“山の反対側に向かうルート”だろ! 一回どっかで立ち止まって、軟膏を使うなり魔法唱えるなりでモンスターの探知範囲を消さねえと――自分ら、強めのモンスターの生息地をドデカイ音立てながら突っ切ることになるぞッ!]


『こんな狭いトンネルのどこにモンスターの生息地があるのか』


――と、レットの頭の中で一瞬浮かんだ謎は、最悪の形で明らかとなる。


滑るレット達がトンネルの脇に空いていた巨大な横穴を通り過ぎた直後に――トンネルの直径と全く同じ太さの百足のようなモンスターが凄まじい速度で這い出てきたのである。


レットが背後を確認するために顔を上げると百足が、まるで大量の枯れ葉が降り注ぐかのような音を立てて背後から自分達を追走してきていることが確認できた。


(いやキモォオオオオオッ!)


そして、横穴は一つだけではないどころか――隙間なく壁面に空いていた。

レット達が通り過ぎると同時にそれぞれの横穴から、奇妙な造形の獣人達がわらわらと出てくる。

二足歩行のそれらは妙に可愛らしい見た目でありながら、半端な人語を呟いて機械的に左右に蠢いていた。


(な……なんだコイツら!? 一周回ってすっごく不気味で……なんかすっごくヤバそう!)


二足歩行のモンスターの大群は百足によって不自然に押し流され、速度を上げてレット達を追いかけてくる。

まるで、詰まった挙句に箸で纏めて無理やり押し出された流し素麺のようだった。


[……なんかモンスターたちもとんでもないことになっているよ! ど、どうしよう! このままブレーキしたらオレ達全滅するかも!?]


[多分――なるように……なる…………そんな気がする]


無表情のままレットにしがみ付きつつ、耳元でデモンがぼそりと呟く。


[アンタは冷静だなぁ! いや……その予測は間違ってはいねぇか! 自分の記憶が正しければ、この道の先には――]


仰向けで滑っているイートロの体の上に中腰で乗っているトヴが、身を乗り出して手廂(てびさし)をしながら前方を見据えた。

速度が早すぎて反応する間もなく、再び視界が開けた。

レット達の体が真っ暗な穴に――


(うわ……落ち――――――――――“ない”!)









――落ちなかった。逆に上昇している。

呼吸が苦しいと感じるほどの地下からの激しい気流がレット達の身体を“噴き上げた”。


「あ……あ~あ~あ~あぁぁあああああぁぁぁああああ!?」


意識せずパーティ会話の外に向かって叫び声を上げるレット。

その声は山の中に木霊して、自らの身体と一緒に上昇していった。







《ハイゴウル山脈:天候【吹雪】》








抑えないで放たれたシャンパンのコルクのように飛び上がったレットの身体は天井を曲線状になぞるように滑った挙句、地面にうつ伏せに激突することでようやく止まった。


「………………………………み、皆さん。ご無事ですか!?」


「う、な……なんとか無事だよタナカさん」


「そ、そうだよ……ここは昔っからこの道があるって事前に調べて知っていたんだ。【上昇気流で山の中腹に上がるルート】だな……。目的地まで、ちょっと遠回りだなこりゃ」


一瞬、デモンを見失ったことをレットは焦ったが、デモンの手はきっちりと握られていた。


(良かった……。最後まで離さないで済んだんだ……)


「トヴ……イイ加減、オ(なか)ノ上カラ降リテ欲シイ……」


そのイートロの言葉で、レットはデモンが居る場所に気づいた。


「あ……あの………………デモン?」


「ん――――――――何?」


「せ……背中から降りてくれると、助かるんだけどォ……」


デモンは、レットの背中に重なるようにうつ伏せになっていたのであった。





「………………………………ん」


「え、えーっとォ…………」


「――――――――――ぎゅっ」


自分の肩の上に、デモンの小さな顎が乗っかる感触があった。


「お~お~。見せつけてくれちゃうね~。そういう関係かお二人さん?」


トヴがレットを揶揄(からか)うように笑う。


「ち、違うよ! 俺たちは別に、そんな関係じゃなくて。えっとォ……」


「――デモンさん。レットさんを、あまり困らせてはいけませんよ?」


タナカが軽く笑いながら、穏やかな声でデモンを(いさ)める。

デモンはゆっくりとレットの上から立ち上がった。


レットは改めて周囲の状況を確認する。

まず目に映ったのは、背後の穴から天井の隙間に向かって吹き上がり続けている気流だった。


[クリアさん、聞こえますか? は全員無事です。紆余曲折あって、山の中腹にたどり着いてしまいました]


[俺も何とか無事だが、まだ山の下側に居る。そこに行くまで大分遠回りすることになりそうだ]


会話を始めた二人を他所に、レットはデモンに話しかける。


「デモン。全身雪だらけになってるよ?」


「――大丈夫。平気。……レットも酷い」


「そうだね。とにかく、顔だけでも拭わなきゃ」


レットは自分の顔についていた雪を手で払う。

それから首元のスカーフを外して、デモンの顔を丁寧に拭った。


[ここはパッシブの設定は禁止されていないようです。安全なので、私達はここでクリアさんを待ちます]


[了解……申し訳ないけれどタナカさん。Wikiを見ながら“囁き”で誘導をしてくれると助かる……]


不意に背中に冷たい風が吹き込んできて、レットが前方に向き直る。



「トヴ。今日ハ。ココデ解散?」


「そうなるだろうな。でもよ。ここには“名所”があるんだぜ? ログアウトするなら、それを味わってからだろ!」



レットの視線の先には――風の通り道だろうか?

山の外に出るトンネルが通っていて、そこから外の景色が僅かに伺えた。


[それと、今更になって思い出したことがあってな。タナカさん――さっき、“天候が変わった”ろ? ……外の様子は大丈夫かな?]


[“大丈夫”といいますと?]










レットは、不意に立ち上がった。

氷を拭ったスカーフを握る右手に、自然と力が入っていく。


「――レット。どうしたの?」


「ご……ごめん。……………………ちょっと……………………ここで……待っていて」


レットは惚けた表情で、トンネルに向かって一人でゆっくりと歩き出す。


[いや……その――つまり……予定していた登山道と“逆側”に出てしまうってことで――――予想外だった。ここまで天候が悪くなるのが早いとも思っていなくてな……。レットは、今何をしている?]


[仰る言葉の意味がいまいち理解できませんが、レットさんは私達と一緒に――――――――――レットさん?]


タナカの声は聞こえていない。トンネルの中に居るレットの歩みは段々と早くなる。





レットはついに外に出た。








黒雲の下、時間帯は夜明け。

決して見えぬ朝焼けが近づいている。

はるか遠くに映っているのはオーメルド丘陵。

強い吹雪に煽られた結晶石から、何本も見覚えのある光の柱が立っている。















そして、少年のすぐ目の前にあったのは――透き通った色の天然の温泉だった。










『秘境と言えば……例えば――ねえ、レット君。あの雪山の上ってね。天然の温泉があるみたいなの』

【見えない壁】

反対側に降りるためにはどう足掻いても高所から飛び降りる形になってしまうために『世界設定上では二国間を行き来することは不可能』とされているハイゴウル山脈。

これはあくまでゲームの世界に生きる者達の世界観に則ったルールであり、レット達のようなプレイヤーはこの限りではない(命など顧みず飛び降りることはできる)。

しかし、各方面と逆側の大陸(フォルゲンス側からワグザス方面へ、ハイダニア側からアロウル方面へ)に向かって飛び降りると、見えない壁と言わんばかりに突風によって山に吹き戻されてしまう。

開発者の定めた導線が透けて見える。プレイヤーには船に乗って大陸間を移動してもらいたいのかもしれない。

これ以外に、本作は開発者が想定していない『あり得ないルート』を経て先に進もうとすると見えない壁に阻まれることがある。


だが……もしも『見えない壁そのもの』を常人離れした飛び越えることができれば、あるいは――?


「実験成功だ。予想以上の高さになったが……この跳躍は――いつか使えるかもしれないな」



【スノウジャイアント族】

ハイゴウル山脈に生息する巨人であり、獣人の一種。

『子どもを連れ去り脳髄を生きたまま食らう化け物』というとても恐ろしい噂が立っており、ワグザスでは常に討伐対象に定められている。

しかし実際は寒さにもあまり強くないらしく地中に埋まっていることがほとんどで飛び出してくる理由はただ“喜んでいる”かららしい。

雪山以外に行く宛てが無くらしく、冬眠するかのように地中に住んでいるだけのようでこちらから攻撃しない限り襲ってこない。

プレイヤーに討伐される理由は『体積が大きくどんな対策を講じても飛び上がって反応してしまいひたすら登山の妨げになって邪魔なため』ただそれだけである。身を隠していても彼らは敏感に反応するため、死壊層で強襲じみたPKを仕掛けることが難しい一因にもなっている。

特定のクエストを進めれば分かるが、彼らは人語を理解しており、登山で迷った遭難者をワグザスまで運んでいる描写がある。

同クエストで、彼らの中で赤色は降伏・和睦のサインであることが明かされる。

果たして噂の化け物の正体が何なのか――それは定かではない。

世界設定上では常に先制攻撃をされて問答無用で倒されている結果、彼らの居る登山道で死人は出ていないらしく結果的にとても安全な道とされている。


「しかし、実際に生きているわけじゃない。さっさと山を登りたいプレイヤーからすれば関係ない話だな」


蜘蛛呑(くもの)みのワナン】

トンネルの直径と同じサイズの巨大な百足むかで

無印の頃から存在しているモンスターで、『ワナンが出す分泌物は、氷と化合すると摩擦を激減させる』という設定があった。

開発者は存在だけしていた設定を腐らせたくなかったのだろうか? NWで、出現場所と仕様が大幅に変更された。

トンネルが滑るということはこのレアモンスターの登場フラグを意味する。

さらにリニューアル後のNWで、『トンネル内部で戦わないとダメージを与えられない』という独自仕様が付与された。

このモンスターを撃破するには山の中で発生する特殊なクエストをこなすことで得られる『特殊なバフ』を手足にかける必要があるようだ。

特殊なバフは滑る速度を大きく減衰するというものであり、トンネルを滑りきるまでに倒しきれないと失敗となる――即ち、このモンスターには『天然の時間制限』がつけられている。

リニューアルで大幅に仕様が変更されたモンスターなのだが、新しく追加された滑る床も併せてwikiに記載が追い付いていない(他に更新するべき項目が多すぎて加筆が追い付いていないというのが正しい)模様。


(※ちなみに、現在のプレイヤーのwikiには公式で発売されている世界設定資料集の引用から、以下のように書かれている)


『ハイゴウル山脈には遥か昔、大小さまざまなサイズの蜘蛛が生息していた。

しかし、ワナンがハイゴウル山脈に住み着いた結果、山中を走っている氷の道での摩擦が効かなくなり、動けなくなった蜘蛛たちは次々に捕食された。蜘蛛は山での生活の道を絶たれ、フォルゲンス側に下山していったという。暗所と寒さを好む蜘蛛たちがどこに逃げていったのか、それは定かではない』


「なるほど、そういう設定があったんだなぁ。実はオレ、以前ククレトの洞門に行って酷い目に合されてから、蜘蛛がトラウマになっちゃったんだよね。この山にその蜘蛛達がいなくて、ホント助かったよォ……」


「レット……話を聞く限り……多分それ――――“手遅れ”」



【スノウグル族】

人語を発しながら二足歩行でとてとてと歩いてくるモンスター。普通に山を登っていれば、まず出会うことはない。

ハイダニア軍が定めた“安全な登山道”では決して出会わない時点でカンの良いプレイヤーなら理解できるかもしれないが、その見た目に反して非常に凶悪な設定がされている生物である。戦えば上級者でも苦戦するだろう。

かわいらしい顔をしているが、実は大きなつぶらな目の部分は二個の巨大な口であり、人間の様々なパーツを“吸い取ってくる”。(プレイヤーがそのような目にあうことは流石に無いが……)

また一切の人語を理解しておらず、自分が食した生物の知識を断片的に吸収して模倣しているだけで、本作品の獣人の定義からも完全に外れているようだ。

世界設定上では発見者は常に殺害されているため、彼らの居るルートは登山できる道として最初から認知されていないらしい。

彼らの住んでいる横穴を調べると何らかの生き物の骨のくずが大量に掘れるが、流石にこれを食材として加工することはできないようである。


これらの設定はゲーム内で直接的には明言されていない所謂(いわゆる)裏設定のような物だが、世界設定に詳しいプレイヤーからすれば大量のスノウグル族がワナンに押し出されてトンネルの中を接近してくるのは恐怖以外の何物でもない。


……果たして、誰がこのモンスターの悍ましい設定とデザインを行ったのだろうか?


海外版表記ではSnowggleとされており、これは“寄り添う”という意味のSnuggleをもじったものである。

エールゲルム世界の誰が命名したのかは定かではないが、おそらくその両目は複数の意味で節穴になっているに違いない。


(※以下、世界設定資料集にのみ載せられている、新しい登山道の開拓を志したワグザス町民の手記)


『不気味なほどに規則正しく並んでいる横穴を見て、私は嫌な予感がした。登山を諦め、町に引き返した方が良いと私は仲間に提案したが、彼らは聞く耳を持たなかった。そうして今、山の上から転がってきた彼らの残骸には耳は愚か、目も鼻も、口すらも無い』


【地獄雪崩】

調整ミスだろうか。実は山脈内部のモンスター達は凍った地面を一切滑らず等速でプレイヤー達を追走している。

そのため滑っているプレイヤーが上昇突風によって飛んでいくとプレイヤー達を見失ったモンスター達が何事もなかったように一斉に(滑るはずの)順路を走って戻って別の通り道から山の頂上に向かっていく――つまりモンスター達の追走が遠回りとなる。

その後、どこかのタイミングでプレイヤーに対するモンスターの追跡は(プレイヤーを見失ったことで)中止され、元の生息地に戻ろうと踵を返したモンスターの大群が別のトンネルを経て山の上から一斉に降りてくる。

結果として、山の別ルートを移動していた何の罪もないプレイヤーが山から降ってくるモンスターから襲撃を受ける事態が頻発することとなった。

大量の凶悪なモンスターがいきなり上から雪崩のように降りてくる様から、この現象に対して地獄雪崩という名前がつけられプレイヤーから恐れられるようになった。

ひょっとすると、今回レット達が起こした“雪崩”もどこかの知らない誰かを巻き込んでいるのかもしれない。


「何何何何何何何何何何何何よ!? なんか急に来たわよ! なんかかわいい見た目のモンスターが上から大量に急に来たキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「ぐええ強ッ! まずいっスよ! 逃げましょうリーダー!!」

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