第十話 圧倒
黒雲の下、メレム平原を走る馬車の荷台の中で、レットの話を聞き終えたタナカが納得するかのように深く頷いた。
[成る程。突然出かけられると聞いたときは驚いたものですが、込み入った事情があったわけですね]
[確認だけ取っていきなり連れ去るような出発の仕方しちゃってごめん。タナカさんは大丈夫なの? お年寄り達のお世話をしないといけないんじゃ……]
[ご心配には及びません。チームの家にはワサビさんがいらっしゃいますし。ネコニャンさんもつきっきりです。お年寄り達に余程、気に入られたのでしょう。レットさんがデモンさんの為に外出されるのなら、私はどこへでもお付き合いします]
[それなら良いんだけどね。長旅にはならないみたいだし。……今の問題はさ――]
《いっつもこうだ! ちょ~っと気分良くなってオレが素材集めに行った途端に即襲撃してくるんだ! 死ねあの××××野郎! オレの“ぬいぐるみちゃん”を奪いやがって! いつもオレに粘着しやがってふざけやがってよぉ!! 絶対特定してぶっ殺してやるPKのカスが!!》
チームチャットで怒鳴り散らしているベルシーの大声に、レットは両耳を思わず塞ぎそうになる。
(――これだよ……。なんなんだよ“ぬいぐるみちゃん”って……)
「というわけで、酒場から人気のない場所にベルシーを誘導してPKを仕掛けた今回の旅の発案者兼『××××野郎』ことクリア・オールだ。二人ともよろしく頼む。レット、これをお前からあの娘に渡しておいてくれ」
馬車の前側から改まったわざとらしい自己紹介と共にクリアが顔を出し、ぬいぐるみをレットに差し出した。
(クリアさん。ベルシーを襲って奪い取って来たのか……やり方が穏便じゃないなあ……)
「あの~――クリアさん。そのぬいぐるみ……」
言葉に詰まったレットのしかめ面を見て、クリアはぬいぐるみが血だらけであることにようやく気づいたのか、慌てた様子で懐から薬品の瓶を取り出して中身の液剤を乱暴にぶちまけた。
「……これでオーケー。アイツの返り血は全部消えた。いや、俺から吸った血だから厳密には俺の血か? 二人とも俺がPKを仕掛けたってことはベルシーには黙っておいてくれよ」
「当たり前じゃないですか。PKしたのがクリアさんだってバレたらベルシーきっとマジギレしますよ」
「別にアイツがキレてもどうでも良いんだけどな。黙っておけば後で“俺がPKから取り返した”と伝えることで恩を売るチャンスができるからな!」
(想像以上に鬼畜な理由だった……クリアさんもクリアさんで相当外道だぞ……。――相手がベルシーだからどうでもいいけど)
[そんなことよりクリアさん。チームチャットのベルシーを黙らせられないですか? チームチャットの音声はオフにしておきたくないし、タナカさんに至ってはアイツとの“労働契約”のせいでブロックもミュートもやらない方が良さそうだし……]
[ああ、そっちも心配ない]
《死ねマジでくぁswでfrgtyふじこlp!!》
《Σ》
《あ――ごめんワサビちゃん。チームチャットに顔出すと思ってなかったわ……何でもねえから………………クソ……》
「ほら――静かになったろ?」
[これってクリアさんの差し金でしょ? 手慣れたものよね~]
[その通り。俺からすれば、いつもの流れです]
運転席に居るケッコの声に返事を返してからニヤリと笑って、クリアが荷台の中で地図を広げる。
[ここに居る三人に改めて再度説明します。目的地はこの場所【ワグザスの町】。ケッコさんは知っていると思いますが、ハイダニア王国管轄の観光地で豊かな町です。ハイダニアからはやや遠いですが、日帰りできない程の距離じゃありません。件の少女――デモンはここで踊り子達のイベントを見た可能性が高いことがわかりました]
[さっきクリアさんから聞いたけど、要は“他の条件”にも合致する場所はユーザーイベントが開かれた場所の中でも【ワグザスの町】だけだったってことよね?]
ケッコの質問にクリアが答える。
[ご明察です。そもそも直近であのユーザーイベントが開かれたのはここだけで、他の町は場所や時期がちょっと離れすぎている。デモンが居たのはここである可能性が高い。この【ワグザスの町】で、僅かでもデモンの心の琴線に触れる要素を探すのが俺達の今回の旅の目的ってことです。タナカさん。デモンの定時ログアウトまで、まだ時間はあるんだっけ?]
[はい。半日以上はあります。デモンさんが眠る時間はいつも決まっていますから、その時間になる前にチームの家に戻ってしまいたいですね]
[長丁場にならないのなら、私も手伝えるわ。だけど正直、意味があるように感じないどころか不安なのよね。その娘の記憶っていうか心っていうか――そういうものって勝手に取り戻しちゃって大丈夫なのかしら……。何か変な地雷踏んだりしないわよね? 隣にずっといた少年的にはどうなのよ?]
ケッコに話を振られて、レットは腕を組み何秒か思考してから発言する。
[オレは――このまま何もしないより良いと思います。実際、踊り子のイベントを知ってからデモンは何というか――楽しそうでした。そのワグザスに行くだけなら大丈夫だと思います。ゲームの中で――少なくとも他プレイヤーが行き交いする町の中で何か酷い目にあったとは考えづらいし。この娘のキャラクターのレベルは1でゲームにいた時間も長くないだろうから、得られる収穫は少ないかもだけど……]
[レットの言う通り、深掘りはできないでしょうが比較的安全なやり方だと思います。人質達の中でもこの娘だけ未だに現実での情報が何も無いのは不安だし、捜査が難航している噂もあったわけで。運営に泳がされている間、あくまで保険として最低限の情報集めはやっておくべきだと思います]
[……それもそうね。でも、もしもこの娘の現実の身元がいつまで経っても全く明らかにならずに運営が事態を解決してくれないなら、深掘りしていくことになるわよ……。あの“少年”に何をされたのか思い出させる――とか]
[“深刻な話し合い”をするのはその段階まで事態が進んだらで良いと思います。今は運営に期待するしかないでしょう]
[『運営に期待するしかない』か……普段のクリアさんなら絶対に聞かない言葉だけど……そうね。そうならないことを祈りましょ]
[私としては、デモンさんが外出することそれ自体が不安です。もちろん目を離すつもりはございませんが、何者かに攫われない保証はありません]
[それに関しては心配ないさ。万が一その娘が攫われたり、パニックになってどこかに居なくなっても、はぐれないようにはなっている]
そう言って、クリアは懐から赤いスイッチを取り出した。
[あの娘が肌身離さず持ってくれているぬいぐるみの中にはスイッチ式の爆弾を仕掛けてあって、いつでも起爆できるからな。その娘が気に入ってくれて助かったよ]
[なっ――!]
タナカとレットの声が被さり、慌ててクリアがフォローに入る。
[落ち着けって。そんなに派手なものじゃない。線香花火みたいな小さな爆発だ。流浪者のスキルの一つなんだ。前は強すぎて、いろんな悪さに使えたんだがナーフを食らってしまって威力も低く衝撃も少なくなってしまってな。しかし、この状況では逆にそれが良い。レベル1のプレイヤーなら驚かせることもなくあっけないほど簡単に確実に戦闘不能にできる]
[うへぇ……デモンとはぐれても大丈夫な保険ってそれのことだったんですね]
[クリアさんのことだもの、そのくらいの小細工は仕掛けていると思ったわ。良いんじゃない? 私は安心できるかな]
[な、成る程…………]
クリアのいつも通りの滅茶苦茶なやり方にレットは辟易したが、しかし納得した。
こちらの意思でデモンを戦闘不能にできれば、誰かに攫われたりその場から動くことはない。
しかも、彼女は第三者からの魔法やアイテムの干渉を拒絶する設定になっているのである。蘇生される心配もない。
クリアが“起爆“するということはつまり、彼女がハイダニアの住宅街に確実に戻れるということを意味していた。
(もちろん。起爆させるような状況を作らないのがベストだけど……)
[それとレット、ちょっと馬車内のメンバーの座る位置を考えておきたい。多少警戒は薄れたとはいえ、俺はデモンに嫌われてるしな。それにこの先、僅かだがパッシブ禁止になるエリアがある]
クリアが地図を指さした。
そこには既にインクで赤い円が描かれている。
[フィールドとフィールドの間にある嫌がらせのような“スキマ空間”だな。この危険地帯だけはどうしても通らないと駄目だ]
[また、あの時みたいな戦いをしないといけないんですね……]
[心配いらないわよ少年。この場所ってPKにはあまり向いていないの。すぐにパッシブエリアに入れてしまうから、ここで襲ってくるのはよくわかっていない初心者だけなの。多分逃げる必要すらないわ。徒党を組んで襲われても落ち着いて馬車を止めれば、私とクリアさんだけでボコボコにできちゃうわよ]
[その通り。有事の際にはデモンを連れてタナカさんと三人で運転席側に隠れていてくれ。いざとなったら彼女を守るための時間稼ぎを頼む]
呟いて、クリアは床に広げられた地図を仕舞った。
[いわゆる適材適所ってヤツですね! 了解です]
それからしばらくの間、何ごともなく馬車は走り続けた。
真っすぐ北上しているが故か、段々と気温が下がっていく。
荷台の出入り口から雪を積もらせた針葉樹林がぽつぽつと見えるようになって馬車の荷台の出入り口から流れていく緑色の地面に雪が半分ほど混ざり始めた頃、不意に馬車が止まった。
[クリアさん。私たちの進路の先に馬車で陣取られているわよ。運転席からだと積もった雪と木が邪魔で敵の細かい情報まではわからない。上から見てみる?]
不意に運転席のケッコから、金属製の筒のような物が差し出される。
それを受け取って荷台の後方から外に出ていこうとするクリアと、言われたとおりに少女の手を引いて前方の運転席側に隠れようとするレット達が馬車の中で入れ違いになる。
レットが振り返ると同時にクリアは馬車の縁から軽く跳躍して、屋根を片手で掴む。
クリアが自らの体を回転させて屋根の上に消えると同時に、荷台の屋根の一部が凹んだ。
[数2。剣、戦。片耳、片人。両方男、罠伏兵無し。前後左右、他の勢力が強襲してくる気配もなし]
[ひぇ~。ちょっと見ただけで、よくそこまで細かくわかりますね……]
[一瞬見ただけで、細かくわかるくらい隙だらけの素人ってことさ。ガチガチのPKなら立地的にこんな場所は選ばないし待ち伏せなんかもしない。これなら俺一人で充分だ。木を伝って接近して驚かせて攻撃を誘発させて、"正当防衛"で倒してくる。ほら、レット。ケッコさんに返しておいてくれ]
荷台の出入り口の上から金色の筒が投げられて、レットはそれを受け取る。
レンズがついた古めかしいデザインのそれは、片目で覗き込むタイプの望遠鏡だった。
同時に屋根の凹みが消えて、レットの耳に高所から雪が落ちる音が連続で聞こえてきた。
(クリアさんが木に飛びついている音か……)
木から落ちる雪の音は、あっという間に遠のいて――やがて聞こえなくなった。
クリアの集中を乱さないように、パーティ会話を使わずにレットは運転席に直接話しかける。
「ケッコさん。この筒って望遠鏡ですよね。ちょっと使ってみてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。そこから覗けば多分そのうち、面白いものが見れるわよ♪」
レットは望遠鏡を構えて、デモンと繋いでいる手を離さないように気を付けて荷台の隙間から運転席の先の景色を見つめる。
同時に、猛獣の咆哮のような不気味な声が周囲一帯に鳴り響く。
突然のことにレットは望遠鏡を構えたまま軽い緊張状態に陥った。
「なっ……ケッコさん。今の不気味な咆哮は一体……。もしや、大型のモンスターか何かではないでしょうか!?」
「違うわよ。今のは多分――」
[あ――すまん。もしかして驚かせてしまったかもしれない。今は俺の声だ。声真似ができると結構便利なんだよ]
[なんでそんなに芸コマなんですかもう……びっくりさせないでくださいよォ!]
[クリアさん。自覚したほうがいいわ。あなたの声真似って、おそらくあなたが思っている以上に周囲には響くし。しかも本物と聞き間違えるのよ……。使いどころを考えて欲しいわね。特に――もう二度とコンビニの入店音とかやらないでほしいかも……]
[……あ~すみません。善処します……]
「――パ……パ? ――う?」
握っている手から不安が伝わってしまったのか、どこか心配そうにデモンがレットの顔を覗き込んでくる。
「だ……大丈夫。怖くないよ。何かあったらオレがちゃんとデモンを守るから!」
「まも――る。る――う?」
「そう、“守る“!」
デモンの手を握りなおして再びレットは前方を注視する。
クリアがその姿を現したのか、積もった雪と木々の隙間から一人のプレイヤーが斧を振り回しているのが確認できた。
「……んだぁ……てめ……!」
「「ウワ…………ウワーッ!!」」
男達が混乱しているのが見て取れるが、クリアの姿は一向に確認できない。
派手な金属音やら爆発音やらが聞こえてきて、男が一人、逃げるように走り出しレットの視界からフェードアウトした。
[ね、ねぇ。クリアさん。私には敵がこっちに逃げてきているように見えるんだけど?]
[すみません。片方仕留め損ねました。死に体なんで心配はいらないと思いますが、一応注意しておいてください。何で逆方向に逃げないんだよ素人か!? ……素人だったな]
レットが望遠鏡を下ろして振り返る。
突然その視界にPKの片割れだろうか? ヒューマンの男性プレイヤーの姿が映り、レットは思わず身構える。
――しかし、男はレットの方など見ていない。
地面にひっくり返り、尻もちをついたまま一方向を見つめて後ずさりしている。
「わああッ。ひぃッェェェ!」
男が迫真の恐怖の声を挙げる。
その視線の先に立っているのはクリアだった。
彼が片手で持っているのは“瀕死になったエルフの男性プレイヤー”だった。
“未開のジャングルの長が付けていそうな厳めしいカラフルな木の面”を装備し、敵の首根っこを引きずってもう片方のヒューマンの男性に対してゾンビのようにゆっくり歩み寄ってくるその姿を見て、レットは味方ながら恐ろしいと思った。
[いやはや――凄いビビりようだな! ワハハハハ!]
[いやいやいやいや味方から見ても怖いですよ! なんで必要以上にPKの人をビビらせてるんですか!]
[すまんすまん。最近戦闘ではボコボコにされっぱなしだったからな! ここらでお前に師匠として、“自分の強さ”をアピールしたいと思ってな。よりにもよって、俺達の馬車の方に逃げるのは想定外だったが……]
[アピールになってませんって――弱い人相手に無双しても、全然恰好良くないですよォ!]
しかし、倒れているプレイヤーの装備を見てレットは彼らが中級者以上のプレイヤーであるということに気づく。
それに加えてパーティメンバーのリストからクリアのHPが全く減ってないことを確認し、その強さを“不本意ながら”レットは再認識することとなった。
(やっぱりこの人“普通のプレイヤーが相手”なら滅茶苦茶強いんだな。オーメルドでオレを助けてくれた時とか、この前の戦いの時とかはボロッボロになっていたけど――ひょっとするとこの人を正攻法で追い詰めるプレイヤーが“規格外”なだけなのかも……)
ホラー映画で異常者に追いかけられて窮地に陥っている登場人物の如く――追い詰められた男は周囲を必死に見回した。
そして、馬車の中に居るレットと目が合ってしまう。
(うわ……気まずい………………)
もう間もなく戦闘不能が近づいているが故の破れかぶれか――それともクリアの注意を引き付ける意図があるのか――男はおもむろにレットに向かってナイフを放り投げてきた。
[おっと――いや、必要ないな]
クリアの呟きが聞こえる。
慌ててレットが飛び出し、その言葉の意味を理解する。
(この速度と軌道なら馬車の奥までは届かない……。このナイフを止める“必要はなかった”ってことかぁ……。というか――遅い!?)
飛んでくるナイフがはっきり見える。弾く必要性も感じられない。
レットは遠くからスローボールのように飛んでくるナイフを挟むように受け止めようと、二本の剣を冷静に構えた。
(やっぱりそうだ。ガチガチにステータスをブーストしていた岩窟の時ほどじゃないけど、これくらいなら簡単に対処できる。オレでも戦える! クリアさんとずっと特訓して、スキルを要所で使いこなせるようになったからだ! ちょっとずつだけど――――――――――)
「――――る。――――――“守る”」
目の前のナイフが突如消滅し、不意に、馬車が大きく跳ねた。
(――――――――え?)
その視界に木屑が舞って、レットは馬車が跳ねた原因を即座に理解した。
何かが、馬車の床を破壊し剥がすほどの勢いで“外に向かって”連続で飛び跳ねたからだった。
「な……な、ななななな何だテメエ、急に――――――」
いきなり突き出された巨大な何かが、ナイフを投げた姿勢のままになっている男の喉笛を貫いた。
それは、レットの背丈とほとんど同じサイズの特大剣。
現実なら首が切り飛ばされ跳ね飛んでいてもおかしくない勢いで男の喉に突き刺さり、鉄塊が乱暴に振り回される。
黒色と赤色の羽根で作られたドレスと、バイザーのように顔だけを隠すデザインの頭冠。
その巨大な剣を力任せに振り回すデモンの装備品は――別人のように様変わりしていた。
[おい――。一体、これはどういう――]
クリアが呟いた直後、その手に持っていた“もう一人の敵”がナイフと同じように消滅した。
同時にクリアの目線が僅かに動いて、首根っこを掴まれていたはずの敵が、一瞬にして吹き飛ばされたことをレットは遅れて理解した。
レットは転がり落ちるように馬車の荷台から飛び出して、クリアの視線の先を見つめる。
敵が突き刺さったままの鉄塊のような剣が、もう片方の敵に向かって振り下ろされた。
地面が揺れ、周囲の木々から一斉に積もった雪が降り注ぐ。
敵)の腹部が潰されて、空気が漏れるような音が鳴る。
二つの死体があっという間に地面に横並びになり動けなくなる。
戦闘は終わったが、闘いが終わらない。
[馬車が大きく揺れたわ! 後ろから新手でも沸いたの!?]
[ち、違います――デモンさんが! ありえません……こ、こんな――――こんなことが――――! ――――――――]
パーティメンバーが騒ぐ声は呆然としていたレットの耳に届かず、ただのノイズとなる。
戦いが終わっても、デモンは巨大な剣を餅を搗くように大降りに構えて振り下ろす。
戦闘不能になって尚攻撃を受け続けて、倒れた二人のプレイヤー達から血しぶきが上がる。
振り下ろされる度に地面が揺れる。肉が潰れるような生々しい音が響く。
デモンは特大剣の刃を躊躇なく掴んで、そのまま切っ先を頭に向かって何度も突き刺し始める。
少年は止めなければいけないと思った。
倒すというよりも明確な殺意を持って行われる眼前の暴力は、まるで少女が本当に殺人を行っているように見えた。
デモンは何も言わない。
ただ無言で、しかし狂ったかのように巨大な剣を振り下ろし続けている。
いつまで経っても止まる気配がない。
クリアがデモンに駆け寄って止めに入ろうとしたが――近づいた瞬間に、縦横に振り回される剣が頭部ギリギリを掠め、オレンジとブルーの髪が弾け飛ぶ。直後に剣から放たれた風圧と雪と土がクリアの体を乱暴に吹き飛ばした。
レットがふらふらとデモンに歩み寄っていく。
「デモン……止まって――止まってよ! もういいんだ!」
パーティメンバーではない彼女の攻撃はレットに通じうる。
しかし、巻き添えになって戦闘不能になることなど少年は恐れていなかった。
少女が隠していた異常な強さと機械のような冷徹さを見て、少年は何か――途轍もない事態が少女の身に降りかかっていたのだということを理解した。
今の少年にとっては、そちらの方が大事だった。
「止まって――!」
レットは少女の背中に、さらに近づいていく。
吹き飛ばされたクリアが、レットに向かって何かを捲し立てている。
デモンが何かに気づいて、剣を振ったまま顔を上げた。
地面の揺れが収まる。
周囲は静寂に包まれる。
少女を力づくで抑えつけることは到底できない。
少年は背後から、剣を振り上げる彼女を抱きしめていた。
「もういいんだ。――もういいんだよ……。大丈夫……大丈夫だよ……」
血まみれで呆けて、動かなくなった少女の髪が少年の涙で湿った。
「――どうして?」
少年の耳に初めて聞こえてくる。少女のはっきりとした疑問の言葉。
「――どうして泣いているの? “レット”」




