第九話 人形劇
「そ――と。お――そ~と――」
「慌てないで、よく落ち着いて。ここはまだ街の"外"じゃないよ」
(そして、ゲームの“外”でもない……か……)
虚ろな目で歩き出そうとするデモンの手を離さないように気を付けながら、レットは周囲を冷静に観察する。
曇り空の下、城下町を歩くプレイヤーに二人が不審がられている様子は感じられない。
「〔住宅街から外に出るっていうのは、大きな前進だな。デモンもレットも"昨日の今日"とは思えない変わりっぷりだ〕」
「〔昨日はぐっすり眠れましたからね。ログインしたまま、チームの家の中で寝たからかも〕」
その言葉で、囁かれてくるクリアの声色が怪訝そうなものになった。
「〔安眠出来て何よりだが。その――ゲームの中で寝るのはあまりいい手だとは俺は思わない。お前がゲームに入れ込みすぎているようで俺は心配だな〕」
「〔学校休んでる時点で、今更ですよ〕」
「〔確かにそうだが、フルダイブ技術で見る夢に関してはよくない噂を最近聞いたんだ。“起きなくなった”とか。時間間隔がおかしくなったとか。中には自分の望む夢を見れるようになったって言うプレイヤーもいるらしい〕」
「〔面白いじゃないですか。クリアさん風に言えば――“文字通り夢のある話”ってヤツですね! ロマンがあってわくわくするけど、流石に都市伝説でしょ? そんなことよかオレが心配しているのは――〕」
レットはデモンを連れて石工の職人連合の建物に向かってゆっくりと歩き出す。
「〔これが"本当に踏み出して良い一歩なのか"ってことです。ちゃんと安心していいんですよね? パーティに入ってくれないこの娘が万が一――〕」
「〔――はぐれたとしても大丈夫なように策は講じているさ。詳しくは後で説明するよ。俺がこの場にいる限りは大丈夫だ。今お前が気にすることはその娘をちゃんと"観る"こと。あんまりお前を心配させたくないが、その娘は『他の人質たちと明確に違う点がある』ことがわかったわけだしな〕」
「〔『他の人質たちと明確に違う点がある』――か。オレが寝ている間に、『タナカさんとクリアさんが眠っているデモンのキャラクターに対して色々試して検証した』って今朝聞きましたけど〕」
レットは起床した後にタナカから聞かされていた検証の結果を思い返して、クリアに対して伝える。
「〔『この娘だけが、パーティ外からの"プラスになる魔法やスキルの干渉”をシステムの設定で誰からも受けつけなくなっている』ってことがわかったんですよね?〕」
レットは首を傾げる。
謎が謎を呼んでいるような奇妙な状態だった。
「〔どうしてプラスになる効果をシステムで拒絶できるようになってるのか、謎なんですよね……〕」
「〔プラスの効果でも、単純な嫌がらせとして色々使うプレイヤーが居るからな。具体的には、『お前現実では絶対体臭きついだろ』っていう侮蔑の意味でプレイヤーに消臭の魔法かけてみたり、『生活が困窮している』って噂されているプレイヤーの頭上から金をばらまくエモートをしてみせたり、社会的に死んでいるプレイヤーに対して成仏を想起させるプリーストの魔法かけたりとかな。外部からの魔法はシステム的な悪さにも使えたりするんだが――話すと長くなるから、また今度な〕」
「〔聞きたくないですよォ……。どうぜその悪事も、クリアさんの知り合いかクリアさん自身が関わってるんでしょ?〕」
「〔と……とにかく、大事なのはその娘だけシステム的な設定が他の人質と比べて確実に違うってことだ。継続して調べる意味はあると判断した。お前がその娘を見て、その娘と接し続けることで、何か新しい情報が得られるかもしれない〕」
(それが、今のオレに課せられた役目か……)
未だに、レットは心の奥底で悩んでいた。果たして自分のような不純な人間が、少女の隣に居て良い物なのか――と。
しかし、他に適任がいるわけでもなく、今のレットが他にやれることなど何も無い。
何よりも、レットには“彼女を救い出すために手を差し伸べたという責任”があった。
どんな不純な理由があったとしても『自分が差し出して掴んだ手を、途中で離すことはできない』と思った。
(これは……オレがやらなきゃいけないことなんだ)
「〔そして俺が――デモンを観るお前を遠巻きに“観る”。俺みたいなのが真横にいると色々危ないからな〕」
「〔デモンに警戒されているし――クリアさんのゲーム内の日頃の行いが最悪なせいですよね? “居るだけで目立つ”〕」
「〔全く以ってその通りだ。返す言葉もない……〕」
「〔それでも――――――――オレは、頼りにしてますよ〕」
「〔ああ。――任された〕」
職人連合の石造りの扉を、レットが体重をかけて片手で力強く押す。
(よい――しょっと!)
「タナカさん。迎えに来たよ! もしかしてまだ――」
しかし、予想よりも扉は軽く、勢いよく開いたドアと壁の間に何かが挟まる感触があった。
「“劣徒”テメエ……わざとやってんのかオイコラ!」
開いた扉の反対側からキャットの尻尾が伸びて、ドアに掛かったレットの手を鞭のように叩いた。
「――作業中だったみたいだね」
「……にぃ――――にぃ~」
建物の中で作業をしている他のプレイヤーの視線を感じて、慌ててレットが扉から手を放す。
抜け出したベルシーが派手な舌打ちをして、石工職人のエプロンを付けたタナカがレットにおずおずと歩み寄った。
「申し訳ありません。レットさん。まだ少し、時間がかかりそうです」
「オイオイ! オレが悪者みたいな言い方は勘弁してもらいてえな。テメエで決めた約束だろうがよ」
タナカに対して喚くベルシーを無視して、レットは石工素材を販売するNPCに話しかける。
デモンの前に、購入可能なアイテムのメニューウィンドウが開かれた。
「いいかいデモン。よ~く見て。この中に、何か見覚えのあるアイテムとか無いかな?」
「オイ! さっきから無視してんじゃねえぞ劣徒!」
「ごめんベルシー。今日は余裕が無くて構ってられなくて……。今は可能な限りこの娘に色んな出来事や物を見せて、反応を観なきゃいけないんだ」
「テメエいつも以上に肩の力が抜けてるなオイ! さらっと煽ってんじゃねえよ! ――何を見てんだ?」
見覚えがあるアイテムを見つけたのはデモンではなく、レットであった。
「この銀色のプレートって“銘”ってやつだよね? 街の店やAHでは取り扱ってなくて、オレずっと探してたんだ。折角の機会だし……タナカさん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「お前が欲しいのはこのアイテムだろ?」
ベルシーが嫌味を感じさせる邪悪な笑みを浮かべて【Makoto・Tanaka】と刻まれた銀色のプレートをレットに見せつけた。
「こいつは当分の間オレが権利を所有する立派な“売り物”だ。雇用主であるオレの許可なしには売れねえな!」
「えぇ!? おかしいでしょ! なんでそんな――」
ベルシーは懐から羊皮紙を取り出しレットの口をふさぐように突きつけた。
「この契約書にちゃんと書いてある。何にアイツの名前を刻みたいかは知らねえが、それが何だろうとタダでやるつもりはねえってことだな。ギャハハハハハ!」
「何だよそれェ……」
「〔クリアさん。ベルシーにタナカさんの時間だけじゃなくて“名義まで”管理されちゃってるんですけどォ……。なんでこんな滅茶苦茶な契約にゴーサイン出しちゃったんですか!〕」
「〔銘の話か……。すまないレット。契約をした時は戦闘の直前だったからな。冷静に物を考える時間が無かった――色々あって、その時はそれがベストだと思ったんだ〕」
「落ち込まれないでくださいレットさん。そもそも、私の名前をあえて装備品に残す価値など、どこにもございませんよ」
目の前のタナカにそう言われても、レットは釈然としなかった。
(ちぇ~。せっかくタナカさんに作ってもらう予定の武器に、タナカさんの名前を刻んでもらおうと思ったのにぃ……)
レットが拗ねてやや頬を膨らませる。
突如、建物の外側から不意に、何かが爆発する音が聞こえてきた。
(なんだろうこの音……振動もするけど……花火かな?)
レットが扉から外に出て周囲を見やると、何人かのプレイヤー達が商会連合の建物の裏手に向かって足早に駆けていくのが確認できた。
「なんかさ、この建物の裏に人が集まってきているみたいだけど、外では一体何をやってるの?」
「クソくらだねえプレイヤーが自主的に主催している“非公式のイベント”だろ。客集めの為にいっつも花火挙げてるんだよ」
「へぇ。運営じゃなくて、プレイヤーがイベントを企画することなんてあるんだ……」
「確か……名前は忘れちまったけど今回イベントを開いたのはダンサーのチームだったな。それに加えて歌も歌う自称エールゲルムのアイドルってほざいてるノータリンプレイヤー共だぜ。リニューアルしてから急に出しゃばってきやがってムカつくことこの上ねえ」
(ダンサーって、確か職業の一つだったな……)
妙に苛立っているベルシーを見つめながら、レットは座学で知った知識を思い返す。
ダンサー。短剣を主体としたバフ&デバフと回復こなす万能タイプの職業である。
二刀流で戦うこともできるが、ソードマスターと比べるとその精度は劣る。
非常にテクニカルな職業で、踊ることによって士気を上げる為、そもそも人前で踊ることに抵抗があるプレイヤーはこなすことができないとされる。
「……る。……み……う~……」
気がつけば、デモンが伏せていた顔を上げていた。
それから自分の意思で一歩踏み出して、本当にか弱い力ながら、握っているレットの手を一瞬だけ引っ張った。
「あ、あの――タナカさん!」
「ええ、私も見ていました。デモンさんが興味を示すのはとても珍しいことです。私達も、その集まりに行ってみるべきだと思います」
「ちょっと待てよタナカコラ! まだオレが定めた今日の分の作業が終わってねえぞ!」
「申し訳ありませんベルシーさん。後で必ずノルマの残り分を完遂させますので!」
善は急げと言わんばかりに、レットとタナカはデモンを連れて商会連合の建物から外に出た。
間髪入れずにレットがクリアに報告の囁きを入れる。
「〔クリアさん。この娘に反応がありました。多分、今ここの裏でやっているプレイヤーのイベントに対してだと思います。今から行って調べてきます〕」
「〔よーし、わかった。俺は引き続きお前らを尾行する。だけど、追跡しづらい場所に行くのは極力避けてくれよ〕」
「〔――了解です〕」
レット達の背後で、石造りのドアが乱暴に開かれる音と大きな舌打ちの音が響いた。
「チッ……クソッタレが。テメエら待ちやがれ! オレも行くからな! このままタナカにとんずらこかれたらたまったもんじゃねえ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
建物の裏手の広場に集まっていたプレイヤーの、そのあまりの数にレットは思わず圧倒された。
(うわ……すごいな。こんなに沢山のプレイヤーが集まるんだ。前がよく見えないや)
中央にはステージのような物まで作られており、その上で光を浴びて複数人の女性キャラクターが踊っており、その両脇ではプレイヤーの一団が楽器を使ってオーケストラさながらの演奏をしている。
「なんか……なんだろう。身体の動きが重いような気がする」
「ゲームに負荷がかかってんだろうな」
「"負荷"?」
「ああ、狭い場所に大量のプレイヤーが集まったりエフェクト連発したりするとゲーム側の処理が追い付かなくなって、近場に居るプレイヤーの動作も重くなるんだよ。いわゆる処理落ちってヤツだな」
「成る程。ゲームの処理が追い付かないほどのプレイヤーが集まっているのですね」
「他のイベントなら大した規模にならねんだけどな。今日は運営のカス共が広報として肩入れしてっから人の集まりが多いんだよ。色々込み入った事情があってよ。“特例措置”ってやつだ。ライブさながらに声が響くのもシステム的な優遇を受けてるわけだな」
「ユーザーイベントでも、人気が出れば運営に支援をしてもらえるのですか?」
「――違えよ。このイベントに関しては完全に贔屓だ。あそこにいるプレイヤーの中に、木場田好みの女が居るから公式に拾われてゴリ押されてるってだけだっつーの」
聞きなれない名前に、レットは首を傾げた。
「ごめんベルシー。その“木場田”って誰のこと?」
ベルシーは振り返ってレットの顔をしばらく見つめていたが、突然鼻で笑った。
(あ、コイツ今オレのこと絶対馬鹿にしたな……)
「そういう名前のゲーム開発者が居るんだよ。木場田 知亜貴。このゲームの運営のトップに立っていた人間だ。そいつが未だに出しゃばるせいで、このゲームは今まさに闇の時代に突入しているっつーわけだ」
(『闇の時代』って……なんか神話みたいだな……)
「トップに立つ人が変わるだけで、そんなに色々変わるものなの?」
「当たり前だろ。ありとあらゆるゲームのバランス調整の最終決断をするんだぜ? そもそもトップに立つ前から人としてロクな話を聞かねえ。思いついただけでも――そうだな。堂々と名前を売っておきながら別のゲームプロジェクトを修正不可能なレベルでめちゃくちゃにしたり、関わったゲームバランスの調整がおかしかったり理不尽だったり、プレイヤーに対する説明責任をろくに果たさなかったり、失敗を言い訳してヘソ曲げたり、逆ギレしたり、不誠実な対応して炎上したら声優を盾にしてトンズラこいたり。声優だけじゃなく自分が考えたキャラクターをメインストーリーにゴリ押ししてゲームを私物化したり、失言も山ほどある。まさにクズの中のクズってとこだな。さっさと死なねえかなアイツ」
「うえぇ何ソレェ……。なんでそんな人がクビになってないのさ。会社は家族を人質にでも取られてるの?」
「株主やら会社の経営のトップ層に、胡麻をする能力だけは高いんじゃねえの? 結構いるだろ。性格もカスで能力が欠片もねえのに要職についちまう馬鹿ってよ」
「え――会社って、ちゃんと仕事ができる性格の良い人が評価されたり出世するんじゃないの?」
レットの質問に対して、ベルシーは可笑しそうに笑った。
「……笑えること言うじゃねえか劣徒。もしもそうなら――世の中もうちょっと幸せで平和になってるだろうな。社会人経験の長いタナカ辺りなら、よくわかってるんじゃねえの?」
ベルシーに話を振られて、レットの脇に立っているタナカはばつの悪そうな表情をした。
「ど……どうでしょうね。少なくとも実直に堅実にお仕事をこなして、正しい立ち回りをしても、良いことばかりではないのも確かかも――しれませんね……」
「あの野郎、ちょっと前のアップデートでもやらかしたんだぜ? ゲームの配信機能を試用って名目で特定のプレイヤーにだけテスト解放しやがったんだ」
「配信機能って……いつの間にか追加されていたんだ」
レットはクリアから教わったことを思い出す。
「クリアさんが前に教えてくれたんだけど。確か、滅茶苦茶揉めてたんだっけ?」
「そうだよ。フルダイブ実装の時、あんだけ批難殺到したのに無理やりねじ込みやがった。今の段階では身近な人間に対して配信できるだけみたいだが、録画して世界中に公開できるようになるのも時間の問題だな」
突然、ステージの脇から花火が上がった。
壇上に立つアイドル達が踊りに区切りをつけてポーズを決めているのがレットから僅かに確認できる。
「あ――! い――ぅい~……!」
ステージの上を見ようとしているのかデモンがほんのわずかに体を上下させる。
握られている手に僅かに力が籠る。
「オイ……なんだよ。この餓鬼ひょっとして――アイドルにでも興味があんのか?」
「あ――う。あ――うー!」
「…………テメエみたいなちんちくりんの壁みたいな体型のどこにでもいる普通の餓鬼が、アイドルなんて馬鹿馬鹿しいモンを目指そうとするじゃねえよ!」
「――ん~~むっ!」
デモンがベルシーを見つめ、無表情のまま下唇を噛む。
デモンがいつもより多く反応を示すことにレットは驚いたが――
(まずい……どう見てもベルシーのこの言葉はこの場では“地雷”になる!)
「あ? 文句でもあんのかこの餓鬼!」
――今は、それどころではない。
レットはヒートアップしはじめたベルシーを慌てて諫めようとした。
「そ、そんなに騒いじゃ駄目だよベルシー。オレ達、騒ぐ目的でここに居るわけじゃないんだって!」
自らが抱いた所感が間違いではないことをレットはすぐに知ることとなる。
既に、周囲のプレイヤー達が奇異の表情でこちらを見つめてきていた。
「「うるっせえな! 知ってるかお前? 結局現実でもここでも――アイドルなんてもんはな。どこまで行っても業界人やお偉方の食い物だぜ!!」」
「バッ――!」
信じられない暴挙に、“バカ”と思わず叫んでしまいそうになりレットは自分の口を抑えた。
システム的な大声に反応し、群衆の中から見つめていた一人のヒューマンの男性キャラクターがベルシーに歩み寄る。
「おい。そこのお前、いい加減にしろよ! 五月蠅いんだよ」
「うるせえのはテメエらだ! 女囲って無責任に祭り上げて熱に浮かされたみたいに騒ぎ立てて、馬鹿なんじゃねえの!?」
(なんだ? 何か、ベルシーの様子が変だぞ……)
目の前で暴れているキャットの青年は確かに喧嘩っ早い――それは短い付き合いながらもレットの知るところである。
しかし――
(普段より荒れている……。自分に対して何か直接都合が悪いことがあるわけでもないのに、ここまで騒ぐのは変だな……)
――そう、レットは思った。
「どなたかぁ、通報してください~! 誰かぁ! イベント妨害目的で、騒いでいるプレイヤーが居るんで!」
「こんな場所に長居するのも馬鹿馬鹿しいぜ。オイ、クソガキ!」
騒ぐプレイヤーを無視してベルシーはこちらに振り返る。
ぬいぐるみと自分を交互に指差して、聞こえやすいようにデモンに顔を近づけてゆっくりとした口調で語りかけた。
「お前の――持っている――“ソレ”。オレに――“寄越せ”よ」
レットには、何故このタイミングでそのような“命令”をしたのかは理解できなかった。
デモンは下唇を噛んだまま一瞬だけ首を傾げたが、しかし素直に“命令”を聞いてしまい渡す意思が介在してしまったが故か――ベルシーはぬいぐるみをデモンから剥ぎ取るように奪い取ってしまう。
「ちょっと――止めてよベルシー! 何をするのさ!」
周囲から湧き上がる罵詈雑言を一切気にせずベルシーは大声でレット達に捲し立てる。
「へッ――クソガキが! 悔しかったらもうちょっとシャキッとして、キチンと物考えてテメエ自身が直接取り返しに来いってことだよ!」
ベルシーは自分に絡んでくるプレイヤーを、まるで見えない綱で引っ張っていくようにその場から歩き去っていく。
「――付き纏うなキモオタ共が! こんなイカれた場所長居するつもりもねえ! こんな場所に居るよか飲み屋でくだまいて寝落ちしたほうがまだマシだぜバアアアアアアアアカ!!」
このような妨害が入ること自体稀ではないのか、ステージの上に居る女性プレイヤー達はペースを崩すことなく踊り続けている。
「〔……クリアさん。見てましたか?〕」
「〔心配するな。何が起きたのかは遠目で大体わかった。――ぬいぐるみは俺が取り返してくる。これからベルシーがどこに向かうかわかるか?〕」
「〔飲み屋に行って寝落ちするって喚いていました。そんな施設、俺は聞いたことないけど……酒場のことですか?〕」
「〔住宅街でプレイヤー個人が経営している“出張酒場”のことだな。アイツはストレスが溜まるといつもそこに行くんだ。俺が離れている間――絶対にデモンから目を離さないように頼んだぞ〕」
「〔はい――こっちは任せてください〕」
(クリアさんのことだ。きっと、どんな手段を使ってでも取り返しに行ってくれる。今は落ち着こう……)
ベルシーがプレイヤー達を引っ張り出したためだろうか、群衆が減りステージの上が先ほどよりもはっきりと見えるようになっていた。
イベントを無表情で見つめているデモンを、レットが注視する。
「ベルシーさんのおかげで結果的にですが、イベントは先ほどよりも見易くなったようですね。背の低い私にはここからでは相も変わらず何も見えませんが……」
「アイツが役に立つのか立たないのかよくわかんないや。とにかく、ベルシーがここに戻ってこないことを祈ろうよ。アイツが行った先って住宅街の出張酒場ってところらしいんだけど――タナカさんは――行ったことあるの?」
「ええ。チームメンバーの行きつけのお店があるそうで。この間、ネコニャンさんに一緒に飲まないかと誘われました。ゲームの中で酔うことはできないので“呑んでからログインする”決まりがあるそうです」
「へぇ~――――面白いねそれ」
デモンに集中しているが故か、レットは返事はややいい加減なものとなりつつあった。
「それで――二人で行ってきたの?」
「丁重にお断りしました。“何分、忙しい身ですのでまた別の機会にお誘いください”と。再びお誘いを受ける機会は……無さそうです。ネコニャンさんも今やお年寄達に私より慕われていて、お忙しい身ですからね」
「タナカさん自身もね。オレも行ってみたいけど、そこに行くのは――――全部が終わってから――――かなぁ……」
「……そう――ですね。しかし――」
そこでレットはステージ上の動きに合わせて、デモンが小刻みに動いていることに気づいた。
「あ――ごめんタナカさん。今、ちょっとだけ集中させてもらっていい?」
「は――はい!」
レットはついにタナカとの会話を止めて、そこからさらに意識を集中させる。
壇上で偶像達が踊り、デモンが小さく細かく動く。
デモンが体を揺らし、偶像達が踊る。
何分経ったろうか?
そんなやり取りを何度も見ている内に、とある事実に気づいたレットは――はっと息を呑みクリアに囁いた。
「〔クリアさん。やっぱり間違いないです――この娘を近くで見ているとわかる。この娘、このイベントを前にも“見たことがある”!〕」
「〔――何だって? 何故、そんなことがわかった!?〕」
驚いたクリアの声に、レットはすぐに返事をすることはしない。
デモンの動きを再び確認し、納得したように頷く。
「〔デモンがアイドル達を見てず~っと動いているんですけど、壇上で踊っている人達と動きが“似ているのにタイミングが一致していない”んです〕」
「〔それは――ただデモンがアイドル達を模倣しているだけじゃないのか?〕」
「〔違うんです! オレの見間違いじゃなければ“デモンの方が早い”んです! 花火の上がるタイミングもわかっている! つまり、この娘――このアイドル達が舞台で踊っていたのをどこかで見て知ってるんだと思います〕」
「〔――待て! レット。ちょっと待ってくれ。それはデカいぞ。デカい情報だぞ。落ち着け……考えろ……あ~……wikiを開こう。他に気づいたことはあるか?〕」
レットは言葉を選びながらクリアにゆっくりと気づいたことを伝えていく。
「〔このイベントにデモンが気づいてから、あからさまに動きや言動が活発になってます。デモンは――楽しそうにしてます。このユーザーイベントをこの娘が以前どこで見たのか、それさえ知ることができれば、この娘の過去をゆっくり――深く掘り下げていけるかも……心を取り戻すことができるかもしれないです……〕」
「〔なるほど。“楽しい”っていうのは重要だ。少なくとも、デモンを戦いのあったあの地獄のような岩窟の中に直接連れていくより、100倍はマシで安全そうだ〕」
「〔が……岩窟に連れていくって――――クリアさん!!〕」
「〔自分で言ってぞっとした。心配するな――そんな残酷な選択肢は俺達には最初から存在しない。落ち着いて、その娘がイベントを前に見た場所を特定してみよう。判断材料の一つ目は――デモンの装備品だな〕」
レットは安堵のため息をついた。
「〔デモンの今の装備って――レベル1で装備できる冬の季節イベントの装備品ですよね?〕」
「〔譲渡もできるし外から着せることもできる物だが地方ごとに装備品のデザインが微妙に違っていてな。それは“スミシィフ地方のデザイン”だ〕」
デモンの装備を見つめながら、レットは思考する。
(大雑把だけど“スミシィフ地方”でキャラクターが作られて……着せられたってことでいいのかな?)
「〔二つ目は“デモンズクラウンのコラボイベントのキーホルダー”。簡単に手に入る物で、開催期間も長く入手も容易。スミシィフ地方の中でも配られていた場所は結構――多いな〕」
「〔つまり、その場所の中でオレ達が観ているユーザーイベントが最近開催された場所を探せばいいってことですね〕」
「〔その通りだ。ダンサーのイベントに関しては……あ~、ご丁寧にwikiに頁が作られているぞ……ちょっと荒らされてはいるが。数は、かなり少ないな〕」
しばらくの間、クリアから返事は帰ってこなかった。
大きな花火が天に打ちあがり、壇上のアイドル達の踊りに終わりを告げる。
プレイヤー達の拍手と歓声が沸き上がり、広場全体が熱気を帯びる。
そんな中、冷静に周囲を俯瞰を続けるレットの脳内に、クリアの真剣な囁きが再び聞こえてきた。
「〔……該当する場所は一箇所だけだ。――次の目的地が決まったぞレット。馬車のメンテナンスをしておいて本当によかった。その少女の記憶を、さらに深く探るために――文字通り“冒険”することになりそうだ〕」
【“踊らされ続ける”ダンサー達】
本作のフルダイブに化に伴いダンサーにも調整が入ったが、何の調整を間違ったのか各種踊りの動作に関する『発動条件の動作』と『自動発動設定時のモーション』がかけ離れていることが判明してしまう。
つまり自分の意思で踊る「マニュアル操作」なら単純な動きで簡単に踊りが発動出来て、『自動発動』は最後まで丁寧に踊り切ってしまう。
プレイヤー達はダンサーの踊る時間を“無駄”と切り捨て、効率を突き詰めた(あるいはダンサーに突き詰めさせた)結果、ダンサーを志したプレイヤーの多くが「自動発動」を許されず、長時間の戦闘を『半ば強制された自分の意思』で踊り狂うこととなってしまったわけである。
オンラインゲームプレイヤーの生態がよくわかる逸話であるが――彼らの効率への情熱はこれだけでに終わらない。
そこから有志達が効率を突き詰め検証した結果、様々な踊りを最速かつ連続で放ち続ける「究極の踊り」が出来上がってしまった。
それは踊りとはかけ離れた動作であり『真正面を向きながら、上半身を空に向かって平泳ぎするかのように動かし、同時に下半身を電気刺激を受けた軟体生物のようにバタバタと痙攣させ続ける』というとんでもない物であった。
実際に想定していない動作なのでこの奇妙な動きは一時期重宝されたものの、ダンサー当人達は精神的疲労から真顔になっていることが多く、この踊りを見たパーティメンバーが集中力を失った結果、戦闘での事故が多発するなどの二次災害も見受けられた。
「かくして、ダンサー達は世界の決定に踊らされる」
【VRゲームのストリーム機能の歴史と技術進化に伴う対立】
①遥か昔から無印の頃まで
一昔前には録画・配信などは“最終的には”どのゲームに対しても当たり前のように行われていたという。
しかし、技術の進歩とともに規制を行うゲームが僅かながら登場してくる。
理由はゲームによりけりだが、オンラインゲームにおいてはリアリティが増してしまった結果、無許可の配信行為に対して「これは最早現実の盗撮と何も違いがない」と問題視するプレイヤーの声が上がった為である。
事実、無許可で配信をされた結果「許可なく装備品を格付けされ馬鹿にされた」「ゲームの中で出してしまった現実の“癖”を撮られて笑いものにされた」「ゲームプレイが下手であることを知られ、パーティに入れなくなった」というプレイヤーが現れ、その反動だろうか、「何の気なしに配信をしたというだけでパーティに入れなくなった」というプレイヤーも居たようである。
これに対して「ゲームのキャラクターに対して肖像権は存在しない」「配信それ自体ではなく、配信を行うプレイヤーのモラルの問題である」といったような反論が挙がった。
アスフォー無印の時期において運営会社は『規約上は禁止と定めているが率先して取り締まることはしない』というグレーのスタンスを取っていたためプレイヤー達は煮え切らずさらに議論は過熱することとなってしまう。
②無印から、フルダイブリニューアルまで
そして――その煮え切らぬ状態で本作のフルダイブリニューアルが決定されてしまった。
アスフォーNWは最先端のゲームではない。
既に他のゲームのフルダイブは実現しており、さらに向上したリアリティを知ったプレイヤー達はNWでの公式配信機能実装に対する批判を加速させる。
運営からすれば映像を確認し個別に取り締まるということは労力として到底不可能なことであったが、時代に即した対応としてフルダイブ機能と同時に「配信ができる専用のサーバーを事前に用意する」程度の対応はするべきであった未だに批判されている。
しかし、フルダイブのVR機材は外部からのアプリケーションや録画システムを一切拒絶しており、リニューアル当時はフルダイブ技術というブラックボックスから映像を抽出し保存する機能が、果たしてどのくらいで家庭用ゲーム機器の分野に降りてくるのかが定かでなかった為か、運営は専用のサーバーに予算を割かないという判断を下してしまったのであった――そうして、今に至る。
③現在
議論は平行線のまま、煮え切らない状態が続いている。
そして、この状態で開発者の一存でいきなり配信の一部機能が特定のプレイヤーに対して解放されてしまったのである。
……コミュニティボードが炎上しているのかは想像に難くないだろう。
ちなみに、このようなことが議論されるのはレット達の住む国家のみである。
他国ではそもそもゲームプレイにおいて撮られた撮られていないだで騒ぐことはなく、どんなゲームでも全面的に配信の許可が下されていたようだが――こちらもこちらで人命に関わる事件が発生してしまっているようである。
果たしてどちらが正しい在り方なのか?
リアリティ溢れるゲームの中で配信機能を是にするべきかか否にするべきか、どこまで許されるべきものなのか――議論は日々白熱している。
一昔前、“画面の前”でオンラインゲームをする人々は配信の是非でぶつかり合い、議論をしたという。
懐かしき歴史は今、再び繰り返されている。
「私が背信者なのか狂信者なのか、審判が下るまで誰にも証明はできず。そして神はもういない」




