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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
87/151

第五話 魔王に――――――

 科学が多少進歩したところで、死後の世界、心霊という概念は未だに無くなってはいない。

時たま、死者の霊魂が怨念と共に残留しているという呪われた土地の話が、人々の間でまことしやかに囁かれることがある。

そういった場所(スポット)には、未練を残して死んだ人間の逸話や凄惨な事件に関する伝承などがつきものである。

また、周囲の場所と違って妙に気温が低かったり、何も知らない人間がその場に立ってみたり、撮られた土地の写真をただ見るだけで、形容できないような嫌な感じが沸き上がってくるという。


 少年はこの場所に辿り着いたとき、幼年期の出来事を自然と思い返していた。


それは心霊に関する映像番組を家族で視聴していた時の記憶。

少年は恐怖に駆られると、ソファーの隣に座っていた父親に頻繁に抱きついていた。


(同じだ……。この場所で感じるのは……その時に感じた物と“同じ雰囲気の怖さ”だ)


この作られた世界の中で、そのような形容しがたい嫌な感じがするのは少年にとって初めてのことであり、科学の象徴たるVRゲームにおいて本来あり得ない現象だった。


――だからこそ尚更不気味だった。


ゲーム内の時間帯は夜。

雨は止んでいたが依然として雲が空を覆っており、星の光は一切届かない。周囲に明かりは一切灯っておらず、真っ暗だった。


しかしこの地区特有の設定なのか、来訪者であるレットの夜目が勝手に利いてしまっていて、闇の中でも建っている家がはっきりと見えてしまう。


この地区の住宅街は山の中を再現しているのか、緩やかな斜面に木が生い茂っていた。

そこに建っている古びた九つの家はどれも朽ちていて、住宅街というより小さな廃村のようであった。

人の気配を感じられず、ただ虫が鳴く声だけがレットの耳に聞こえてくる。


(おかしいな……。雨が止んだばかりで蒸し暑いのに、寒気も一緒に感じるだなんて……)


直後に奇妙な悪寒の原因をレットは理解した。

よくよく見ると、建っている廃墟の一つ一つが明らかにおかしい。

それらの外観は“全て同じ”だったのである。

向いている角度こそ違えど、掠れている場所も傷がついている場所も、窓の位置もそこに入っている(ひび)の場所も全く同じ。まるでそのまま複製されたかのようだった。


レットにはそれらの傷ついた家々がまるで人の顔のように見えた。

全ての家に顔が張り付いていて、こちらを見つめてくるようで、なんとも言えない気味の悪さがあった。


[クリアさん……ここ……この場所変なんです。なんかヤバい……。なんかよくわからないんですけど、明らかにヤバいんです。オレ、ビビりだから過剰反応だって思われるかもだけど……オレ達のチームの家なんかと明らかに違う意味でのヤバさなんです。ここ……本当の本当の意味で、来ちゃ行けない場所って感じがする……]


その場から動けなくなってしまったレットに、クリアが落ち着いた声で話しかけた。


[お前が何を感じているのかは俺にもよく分かる。家の外観が同じなのは、“特定の個人に、一区画が丸々占拠されている”からだ。そして家が顔に見えるのは、人間の脳の機能の誤作動による物だ。この場所が曰く付きの場所だとか、祟られていたりするわけじゃない。とにかくまだ冷静でいてくれよ]


クリアは住宅街の中心に置かれている赤錆びた郵便ポストに近づいていく。


[……極限まで集中しているからわかることだが、今の段階では周囲に人の気配はない。リュクスから貰った本をポストにぶち込む前に、もう一度だけルールの確認をするぞレット。ここに来る前に、俺がお前に教えたことを復唱してくれ]


レットは腕を組んで、クリアに教わったことを思い出す。


[えっとォ……魔王に会った後に守るルールは一つだけ。『絶対に嘘をついてはいけない』。確か、“解釈を変えた表現”とか“わざと情報を伏せて”事実をはぐらかしてもいいけれど。伝える事実そのものが嘘なのはアウトなんですよね?]


[そうだ、それだけで良い。情報を必要以上に知りすぎると“策を弄したくなる”からな。お前が冷静になるのは今だけで良いんだ。中に入ったら無理に自分を偽らずに思うがままに行動しろ。もしも怖かったら怖がればいいし、叫びたくなったら叫べ。俺としてもそちらの方がありがたい。魔王に対してご機嫌取りをしようともするな。嘘をつく原因になりかねない。上部だけのマナーにも、頓着しない方が良い]


[やめてください! 今そういうことを言われると、もう冷静でいられなくなっちゃいますって!!]


[……だったらさっさと行動しよう]


クリアが送り先を設定し、躊躇無く『黒星の書』を郵便ポストに投函する。

まだ何の覚悟も出来ていないとレットは慌てたが、その焦燥感は何かが不気味に軋む音でどこかに吹き飛んでしまった。


レットが恐る恐る周囲を見渡す。

左から三つ目の住宅の、木製の玄関扉が僅かに開いていた。


気がつけばクリアと組んでいたパーティが解散されている。

レットはクリアとの会話を再び思い出していた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




『それとレット。投函と同時に俺達のパーティは解散する。一時的にお前とのフレンド登録も切っておく』


『え――どうしてですか?』


『これはルールでは無いが、魔王の前で二人だけで話そうとしてはいけない。裏があると怪しまれたり、不興を買うかもしれない。そうなっては、話している内容を“嘘”だと誤解される可能性もある』


『裏で会話しているだなんて、分かるものなんですかね』


『普通の人間にはわからない。だけどこれから先俺達が会う人間は最早普通じゃない。魔王に策を弄する人間が発するような“無意識の不自然さ”を読み取られたらアウトだ』


『わ……わかりました』





『それに――どう転んでも、裏で会話している余裕は無いだろうしな』






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 







ここに来て、クリアのその案に同意してしまったことをレットは後悔していた。


(要するにあの家の中じゃ……。どんなに怖くてもクリアさんに助言は求められないってことか……)


身体が緊張して手足が一緒になって動いてしまいそうになりながらも、レットは先に進むクリアの背中に追従して、廃屋のような住宅に足を踏み入れた。

直後、クリアが息を吐いてすぐに動かなくなった。


(どうしたんだろう? これじゃあ前が見えないし……うーん……)


いつまでも背中に張り付いているわけにはいかないと、レットは恐る恐るクリアの真横に並び立つ。


廃屋の内装は和風で、外装と同じように古くささを感じられる意匠だった。

家具を動かしたような傷跡が畳の床に残っていて、四方の壁の何カ所かは新しく塗り替えられている。

座布団が敷かれているが、傷だらけで中央を毟られたようになっている。

文机に置かれた赤い提灯の光が家の中に滲むように広がっていて、その周囲を羽音を立てながら虫が集っていた。


そして、部屋の左奥には大きめの箪笥が飾られていて、その上には面をつけた五体ほどの“人間”が乗せられていた。


(――――――――うわっ!! あ、いや。大丈夫だ。大丈夫! 全く動いていないってことは、あれがリュクスさんの言っていたNPCを再現したフィギュアなのか。ああいう置き方されると不気味だなあ……)


それらのフィギュアには、民族衣装のような"現実世界の国家をイメージさせる服"がそれぞれ別々に装備させられている。

真横に立っているクリアは、部屋の右奥をじっと見つめていた。

その先には、雰囲気にそぐわない真っ黒な椅子が一つだけ置いてあった。


「『やあや――! これは、これは――ようこそ、おいでなすって!』」


左側にあった階段から急に女物の着物を着た人物が降りてきた。

しかしやや高いトーンの声やがっしりとした体格は男性の物である。


その男の顔には面が貼り付けられていたが、身長から察するに人間族だろうとレットは推察した。

その面は真っ白で丸顔で鼻は低く丸く、頭が小さく、ほおが丸く豊かに張り出した女性を模した物だった。


「『仲介人から、呼び出し――があったのは、久しぶりだ。今日は――“東洋の和の雰囲気”――なんだよ』」


レットは妙だと思った。

男の話し方の抑揚の付け方が早かったり遅かったりと不規則でおかしいのだ。

授業中に眠っていたら急に教師に起こされて、いきなり教科書の知らない場所を読むように指示された学生のような不安定なちぐはぐさを感じた。


「『和だから……そうだな。“うどん”でもどう? 食べる?』」


男は、急に脇から食材の生麺をレットに差し出してきた。


「あ……いえ、いいです。オレその……お腹すいてないんで」


「『残念。それで……用件は何? いや言わなくて良いよ。知っているよ業者のことだ、他に自分に用件も無いし、自分も他に興味は無いし、業者はこの世に居ない。…………今ここで言ってみてくれ“業者が現れた”って。どうせ嘘だ。何しろ――――あなたたちは胡散臭いね』」


クリアは男から顔を背けていて――依然変わらず右奥を向いたまま、ゆっくりと言葉を選ぶように呟いた。


「嘘は……ついていない。本当に、業者が現れたんだ。先に……仕掛けたのは……間違いなく俺達なんだが……業者にキャラクターを倒されそうになった。ここに証人もいる」


クリアがレットの肩を軽く叩く。


「ゲームを始めたばかりの初心者で、俺達のチームに所属している。もうすぐ中級者ってところだが、実害を被ったのは事実だ。俺と違って、真っ直ぐな少年だ。アンタの……信用に足ると思って証人として連れてきた」


男がレットに顔を近づけてくる。

それからじっくりとなめ回すように全身を見回した。


「『……キミそれって本当?』」


「ほ……本当です! 嘘じゃ無いです!」


「『ん~~~――』」


うなりながら、男の声がどんどん低くなっていく。


「『んん…………んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん? んん、んんんんんんんんんんんんんん――――――んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん………………んん!!』」


突然、男は納得したように両手を叩いた。


「『なるほど、嘘はついていない。“中級者だったらとっくに逃げ出している”からね。それにしても驚いた本当に業者が復活したなんて嬉しいと心底正直に嬉しさを嬉しい!』」


奇妙な物言いに飲まれそうになりながらも、レットは絞り出すように質問を目の前の男に投げかける。


「わ……わかるんですか? オレが本当に初心者で、嘘をついていないって……」


男は再び“止まりつつ、捲し立てる”ようにレットに語りかける。


「『……わかるとも、何を、考えているか、キミがどんな人間か、当ててみよう。……………………………………………………“魔王って意外と怖くなさそーうだけどちょっと気味悪い”とか思っている。本当に、中身も、少年だね。うん。あどけない――10代中――盤――……いや、もっとちょっと若いかもしれない。チームに――入ったばかりで、先月の段階ではこの子は、今のチームには、いなかったはずだ。…………業者にPK仕掛けるだなんてキミが入ったチームならやりそうなことだうん。そこも信じれる』」


「“やりそうなこと”って……ひょっとしてクリアさんのチームを『知って、いるよ』」


「『興味は、微塵も、無いがね。未だに自分は全ての勢力の情報を定期的に集めている。二度と叶いもしないと思っていた――業者の特定と撲滅という目的のためだけに。とても辛かった辛かった辛かった。もう一度言わせて貰うと辛かった辛かった辛かった』」


男は落ち込む素振りを見せていきなり動かなくなった。

反応に困ってしまい、レットは男の言葉をそのまま繰り返した。


「そうですか……あの――つ、辛かったんですね……」


男は急にガタガタと震え始め、そして動かなくなった。

不審に感じてレットが顔を覗き込んだ瞬間男は急に顔を上げ、突然流暢にしゃべり始めた。









「『朝六時にコーヒー淹れてトースターにぶち込んだパンが小麦色に焼き上がるのを期待しながらアプリケーションで今日のニュースを読んでいるところにだ目覚めの良い朝から今日一日の幸せを手に入れるために脳みそ動かしたいって思ったとしようその瞬間この世のどこにもクロスワードパズルが存在しないって実感してしまうフラストレーションってところだよそんなものが毎日毎日続いたらどう思う!?』」











「え!? ――あ、えっと……その……ど……どう思うんですか?」







男は急に背を伸ばして棒立ちになった。

それから感情らしい感情を全く感じられない抑揚の無い声で――





「『最終的に、何も思わなくなった』」





――そう呟いた。


「あ………………………………」


時間が止まったように、部屋が静寂に包まれる。

どう反応すれば良いのかわからなくなったレットは、苦し紛れに横にいるクリアに目線を飛ばす。


「あー………………それでだ。その……この初心者を初めとして、俺達は復活した業者によって……多大な迷惑を被った。アンタには……そいつらを潰して貰いたいんだ。俺達は……業者と疑わしき連中の名前をとある手段で控えている。この名前から、アンタがその業者の身元を調べて、そのまま好きに潰して欲しい。さっきアンタが言った例えの通り……文字通り“朝飯前”なんだろう?」


(写真……そうだ。クリアさんにカメラを返されて、今はオレが預かっているんだった)


レットが写真をインベントリーから取り出した腕を、突然クリアが掴んだ。


「え……? どうかしたんですかクリアさん?」


思わず男に聞こえるような声でクリアに疑問を飛ばしてしまう。

クリアが思わず呟いた。


「……いや………………まずいな。まだ見せるのは……早いと思っていたんだが、興奮させてしまった。……これは“手遅れ”だ……」












「『――気に入ったもう我慢できない“直接自分が貰おう”』」













男がいきなりその場に崩れ落ちるように倒れ込んで、動かなくなった。


「ど、どうしたんですか――」


レットは一歩前に踏み出したが、クリアは掴んだ腕を決して離そうとしない。信じられないくらい強い力に、レットが何事かと思って背後を振り向く。


そこでようやく少年は気づいた。

後ろに立っているクリアの視線は家に入ったときから全く動いていない。








(クリアさんはさっきからこの人の顔を一度も見ていない。右だ……。話しているときも、部屋の右の奥をずっと見ている。なんで――)








突然、振り返っているレットの後方――クリアの視線の先で、何かが激しく折れるような音が鳴った。





(――――――――――――――――え?)





レットが再び前を向くと同時に、奥に置いてあった真っ黒な椅子の塗装がゆっくりと“剥がれた”。









(もしかして……あれは……黒い椅子なんかじゃない!? 椅子に、黒い何かがただ張り付いているだけで――)





そして――その何かの正体に気づいた瞬間、レットは恐怖で動けなくなる。

固まった状態のレットとクリアの前で、椅子から剥がれた巨大な塊のような何かがぼとりと地面に倒れ込み、それからゆっくりと立ち上がった。


レットはその何かが永遠に立ち上がり続けるのでは無いかと思った。

それほどにその物体の“身長”は長く――立ち上がった身体は天井まで伸びていた。

頭部から、光沢の無い髪の毛が際限なく伸びていて――顔が全く見えない。


それには、手足がついているのでプレイヤーだと仮定することはできる。しかし、細すぎる手足が長すぎてプレイヤーだと断定することは難しい。

何より、今まさにレット達に近づいてくる――ストップモーションのような――激しいコマ送りが混じっているような不気味な動きは、人間に出来るような物では無い。

種族は分からない。装備品も、そもそも装備をしているのかすらわからない。身体全体に真っ黒な色をした鉄やら石やら布やら縄やらテープのような多数の物体が、衣服の代わりにびっちりと全身に貼り付けられている。


(もしかして、これが……魔王…………)


恐怖からか、レットは言葉を出せない。

その場から動くことも叶わず、ただ取り出した写真を両手で持って、身を守る盾のように反射的に自分の胸の前に掲げるだけだった。


魔王は、大きく手を広げている姿勢のままレットの目前で足を止め、おじぎをするように上半身を折り曲げて、長髪に覆われた顔だけをゆっくりと近づけてくる。









目の前の長髪が突然掻き分けられて、そこから二本の手が飛び出し、摘まむようにレットの持っている写真を掴んだ。


「ワアッ――――――――――――!」


しかしそれは怪現象でも何でも無く、レットの気がつかないうちに魔王が両手を引っ込めて、その髪の間から伸ばしただけであった。


レットが写真から手を離すと、魔王は突然その場に(まゆ)のように丸まった。

縮こまっている状態のまま、写真を貪り食っているかのように震え始める。床の振動が、不気味さと共にレットの足に伝わってきた。


そして突如、今度は倒れていた男が上半身だけを暴れさせるように起き上がらせて叫んだ。















「『嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!! ………………“ダーリン”! 僕の愛しい人達よ!! 久しぶりに出会えた! 生きているという心地がする!』」


叫んで、宙に両手を伸ばして藻掻いている男を見て、レットは今すぐにでも逃げ出したいという思いに駆られる。


「『よし、信じよう。ずっと奥で見ていたが、この初心者には年相応の怯えがある。しかぁし――』」


叫ぶ男の声と共に、屈んでいる魔王――黒い塊はピタリと動かなくなる。

突然、壁を背に座り込んでいた男の“姿勢だけ”が立ち状態になった。

しかし立ち上がったわけでは無い。伸びきった足は床に接することは無く、身体だけが乱暴に伸びて壁と地面に間に、挟まれるかのように引っかかった。


「『恐怖で逃げ出さないというのはねえ、逆に妙なんだよねえ。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――何か隠していないかアア!!!!!!!!!!!?』」


レットは痙攣しながら大声で天井に向かって叫んでいる男に、最早人間としての自由意志を感じられなかった。

クリアが動いて、レットと魔王の間に割り込みつつ口を開こうとしたが――


「『そっちの君は喋らない!! 恐怖で泣きそうになっている小さな君個人にだけ質問だ! 大切な質問! 大切な!! “何か隠していないかアア!!!!!!!!!!!?”』」



真正面を向いていたレットの視界の下から――黒が浸食してくる。

ゆっくりと目の前の黒い何かが立ち上がって、中腰でその顔をレットに再び近づけてくる。


(嫌だ……怖い……怖い。見ていたくない……! 目を逸らさなきゃ……)


しかしその恐怖は身体が硬直する程のもので、レットは顔を傾けることすらできず、魔王の顔を直視することとなった。


異常な長さの髪によるものかその顔は真っ暗で見えない。


しかし、その中で魔王の片目だけがはっきり見えた。

白目の多く、血走ったその四白眼の角度は明らかにおかしく“顔の角度と縦横が正反対”となっており、縦長となった目が真っ直ぐレットを見つめてくる。

見下す(まぶた)が“左右”から、何度か閉じていた。


「『何か隠していないかな? 業者以外で、何か重要な秘密を隠していないかな?』」


レットは思わず目を瞑った。

もしも他の顔のパーツがどうなっているのか見えてしまったら――正気を保っていられる気がしない。


「か……隠しごとは……隠しごとは…………」


目を瞑り真っ暗になった視界の中、唾液が鳴る音が聞こえてきた。

レットは魔王が“口を開いた音”だと思った。

暖かい吐息がレットの顔に掛かってくる。目の前の“何か”の顔面がゆっくりと近づいてくるのを感じる。


ごりごりと、何かを無理矢理こじ開けるような音が聞こえてくる。


(これは……顎が外れる音だ)


レットは、自分自身の想像が勝手に働いてしまったことを恨み、そして理解した。

目の前のこの“よくわからない何か”を操作している存在は、顎が外れる程の強い脳の命令を現実から、キャラクターに躊躇無く出せてしまうのだと。


「か……か……隠している――ことは――――――――――」


真横から、クリアが唾を飲み込む音がした。。

レットの耳に、現実世界の自分の身体の心臓が鳴り響く音が聞こえてくる。











「ある――――――けど、言いたくない……です」














そのレットの言葉で、クリアが大きく息を吐く。

その吐息の音でレットは飛び上がったが――


「『――正直だな。“嘘はついていない”。よし、気に――入った』」


――しかし男の言葉でそれが安堵の吐息なのだということがわかった。

魔王の気配が離れていくのを感じて、レットがゆっくりと目を開ける。

黒い塊はレットから背を向けて、前のめりに椅子に倒れ込んだ。


「『そう。いいんだ別にそんなことは。何か隠しているということは最初から――わかっていた。しかし――実際興味が全くないし自分とは関係なさそうだ。嘘をついていないならそれで良い。ずっとここから見ていたが、自分にちょっかい出すつもりもなさそうだ。それと今後――一人でも多く業者を潰せるというのならば追って情報を持ってきてくれると助かる。それなりの対価を払おう』」


床で跳ね回っていた男が立ち上がって、レット達の背後の扉を指さした。

レットとクリアの二人が振り返ると同時に扉の隙間から何者かの手によって、紙のようなものが外側から差し込まれた。


「これは、一体何だ?」


「『見て分からないかな“(しおり)”だ。用途は“読み終わっていない本に差し込む為のもの”だ。追って業者の情報を手に入れたらそれを送ってくれればいつでも会おう。誰とでも会おう。君たち以外の信用できる人間に渡しておいてくれれば良いよ』」


「――誰とでも良いのか? いや、そもそも……俺達が常に持つべきなんじゃないのか?」


「『ここに来るのは大体愚者か、もしくは死にたがりだからね。次に自分と会うまでに君達が何かやらかした結果、ログインできなくなってしまうという可能性がある。それはこっちも困る。現実で突然リンチされて死んだり、両親を出刃包丁とかで刺し殺して警察に捕まったりされたら――業者の情報が手に入らないじゃ無いか、なあ?』」


クリアは魔王を警戒しているのか、身体を前を向けたまま、しゃがんで手探りで床を調べて栞を拾った。


「あ……あのォ……質問をしても良い……ですか?」


「“一つだけ”だ」


「じょ……情報の特定って、最高でどのくらいのことができるんです?」







「『自分の力の限界は最高で――そうだな。当該業者と契約している人間に成りすましさえできれば――取引サイトの内部に侵入して、業者に依頼した全顧客の個人情報をスッポ抜くくらいのことはできるよ』」


「そ……そんなことが本当にできるんですか!? 嘘――」


突然釣ったばかりの魚のように黒い椅子の塗装が剥がれそうになって、レットは慌てて自分の口を抑えた。


「な、なんでも無いです! 信じます! 信用してます!! 本当です!」


「『……キミみたいな子どもが自分自身を大きく見せようとするためにつく嘘じゃ無い。自分にその力があるわけでは無いが、足りない知識や能力は外からちょっと借りれば良いというのが自分のモットー。別に世界的なネットワーク犯罪をやっているような大物と仲良くなる必要は無い。執念で、窓口の、人間と、仲良くなっただけ』」


「え……でも……それって…………そのォ……」


「『犯罪だ。証明できないから――“半分くらい”ね。用件は済んだ帰ってくれ。…………君達は嘘をつかず有益だ手を出さないで居てあげよう』」


レット達の背後にある玄関扉が、今度は一切軋まずに開いた。













「レット――立てるか」


外に出た途端に腰を抜かしてしまったレットの耳に、来た時には聞こえなかった虫の鳴き声が届いてくる。


「だ……駄目そうです……。スミマセン、オレ……腰抜かしちゃって……」


「大丈夫だ。俺に任せろ」


しゃがんだクリアの肩にレットは片腕を乗せる。

クリアが立ち上がり、レットの身体は引っ張られるように廃屋からどんどん離れていく。

クリアがレットの耳元で小声で呟いた。


「(……済まなかった。信憑性を増させるために、お前に写真を渡していたのが良くなかった。結果的に、必要以上に怖い思いをさせてしまった。――よく嘘をつかないで正直で居られたな。お前が役に立ってくれたお陰で、魔王が動いた。俺も、ヤツの標的にされないで済んだ)」


「(役に立てましたかね……今オレ、ろくに役に立つどころか立ち上がれてすらいないけど……)」


「(あんな目にあってそれだけ言えれば元気な方だ。お前と同じ目にあったら、俺でも立っていられる自信がない。噂には聞いていたが、まさかあそこまでこちらを凝視しているとはな……。恐怖をチラつかせれば人の表情を良く読める。魔王め……“和の雰囲気”とはよく言ったものだ)」


「(――え? どういうことです?)」


「(おそらくあれで、“装っているつもり”なんだ。住宅街全体とあの家の内装で、見せかけだけの狂気を意図的に作っている――つもりなんだろうな。用意周到だ。素で単独行動している“例のアイツ”とは真逆のタイプだろう)」


「(あれで……わざとやっていたってことですか……?)」


「(『狂人の真似とて大路を走らば、即ちそれ狂人なり』。情報を引き出すっていう目的のためだけに、狂人のフリをしようとしているなんてそれこそ狂っている。俺からすれば、あるがままで居る“例のアイツ”と“演じている魔王”どっちもどっち。両方イカれていると思うよ)」


「(確かに、二人がかりで連携取ってあそこまでやるのって普通じゃ無いですよね)」


レットの言葉を聞いて、不意にクリアが足を止めた。


「(魔王の“中級者だったらとっくに逃げ出している”って言葉を思い出すな……)」


「(――――――――――――――――――――――――え?)」



















「(レット……家具として設定されているNPCのフィギュアは――――――全部ポーズが固定されているんだ。装備は着せられないし、家具の上に自由に座らせたりはできないんだよ)」


(まさか……まさかそれって…………)


その言葉を聞いた瞬間。

レットの頭の中で、箪笥の上に飾られていた色とりどりの五体の人形と、家の中にいた男の姿が浮かび上がった。














『“今日は”――東洋の和の雰囲気――なんだよ』







「(おそらく、日によって魔王を取り巻く雰囲気の全てが違うんだろう。――あの部屋の中には、魔王も含めて“七人いた”。俺達と会話していたあの男と“箪笥の上にいたプレイヤー”は、魔王の信奉者。全員人間が捜査しているプレイヤーだったのさ)」


「(――――――――――――う゛う゛ッ!!)」


レットは地面に両膝をつきそうになって、湧き上がる吐き気を咄嗟に抑え込んだ。

もしも現実で吐いてしまえば、ゲームから離脱することになってしまいかねない。

少年はもう絶対に、こんな場所でログアウトしたくはなかった。


「(い……一体それって…………どういうことなんです……。まさか、あの時の連中みたいに、意思のない人たちを――!!)」


「(いや、違う。噂では、奴らは既にゲーム外で問題を起こし、何度か警察が介入しているらしいが、本人たちは『自由意志で従っている』と言っている。あれは一種の洗脳、“異端的宗教(カルト)”みたいなものだな)」


「(でも、“この世界はゲームですよ!?”)」


「(場所は関係ない。頭の悪い人間たちには、日常のフラストレーションをぶつける対象となる“共通の敵(パブリックエネミー)”が必要なんだよ。あの魔王は業者こそが憎むべき悪だと思い込んで行動をし続けた。その結果、世の中にたくさんいる短絡的で頭の悪い人間を洗脳して、自分の考えを植え付けて仲間同士で行動するようになったってわけだ。敵対している人間諸共、蟲毒の壺みたいに無差別に暴走して周囲に悪意を振りまく“アイツ”が『混沌』だとすれば、あの魔王は関わった人間をコントロールして自分本位に業者を排除する『秩序』と言えるかもしれない。――どちらも悪だがな)」


「…………………………………………」


再びクリアに引っ張られて、レットの体が住宅街の転送用の本にゆっくりと近づいていく。

少年は何も言えないし。何も言えなかった。

何も言いたくなかった。


「(それで良いんだレット。あそこに座っていた連中は掃きだめの集まり、救いようのない異常者共なのさ。それに、あの狂気によって守られている秩序もある。あのイカれた空間は、時間が解決してくれることを祈ろう。あの連中は正義感とか善意とか、法律でどうにかできる存在じゃないし。これ以上、俺達が関わるようなことじゃない――放っておけ)」


嫌な悪寒がした。

レットの足にわずかに力が入る。

クリアから安全だといわれても、可及的速やかにこの場から立ち去りたかった。


「(何にせよ。俺達のやることは終わった。ヤツはルールは絶対に守るから、自分達から敵対したり、不興を買わなければ安全だ。もう安心していいさ)」


「(一体――――――あの魔王ってどんな人間なんでしょうかね……。知りたくもないけど…………)」


レットは項垂れた。

背後から視線は感じなかったが、最早振り向く気力も起きなかった。


「(ほとんどの情報はわからない。業者に憎悪する理由も、あそこまでイカれてしまった理由もな。確実にわかっていることは――)」


転送が始まり、二人は光に包まれる。






















「(――――あれだけ人数がいて、通報を行っているのは魔王一人。そしてヤツの現実の性別は“女”だそうだ………………………………50代のな)」

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