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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第四話 魔王に会いに行こう・その2

 プレイヤーの住宅街は、地区によってフィールドの雰囲気がまるで違ってくる。

ハイダニアの西地区の住宅街は、レットのチームの家が設置されている北地区とは違って、密林のように木々が生い茂っていた。

レットの目の前に建っている真っ黒な外装の“仲介人”の邸宅は、大きな木々の影と同化している。


だから、レットはここに到着した当初、目の前に家が建っていると気づくのに時間がかかった。

邸宅のデザインは時代を感じさせる古めかしいもので、人の気配は全く感じられない。


クリアがアンティークな玄関扉を乱暴に叩く。

するとどこからともなく蝙蝠のような生き物が扉の隙間から飛び出し、レットは驚いて腰を抜かしそうになった。


「落ち着けレット。そのギミックは家主の趣味だろう。……おかしいな――反応が無い」


そう言いながらクリアは顔をしかめる。それまで扉を叩いていたクリアの手には蜘蛛の巣がべっとりと引っ付いていた。


「留守……なんですかね?」


レットはおそるおそる庭に回り込んで外から家の中の様子を探ろうとしたのだが、邸宅の窓は汚れていて中の状態はほとんど何も見えない。


「おそらく中にいるはずだ。風の噂じゃ、失意のまま引きこもってしまったみたいだからな――仕方ない」


そう言ってクリアが懐から火炎瓶を取り出すのと同時に、玄関ドアが不気味な音を立てて勝手に開いた。

舌打ちしながらクリアが家の中に入り――


(何がどう仕方ないんだよ……)


――そんなクリアに呆れながらもレットがおずおずとそれに続く。


外の天候が悪いからか、それとも家自体が木々に囲まれているからか――家の中は真っ暗、外から差し込んでくる光も無い。

家主の姿は見えず、二人はそのままゆっくりと暗闇の中を進み始める。

その直後――


主様(あるじさま)の安息の場所に、ようこそいらっしゃいました……』


――地面から小さな明かりが灯り、目の前にメイド服を着た高身長の女性キャラクターが突如亡霊のように現れた。

レットは驚き飛び上がり、クリアの背中に張り付くように隠れる。


「ビビるなって、よーく見てみろよ」


クリアはメイド服のキャラクター――エルフの美女の眼前で手を翳す。

そのキャラクターの顔はクリアの方を向いていたが、二つの銀色の目は微動だにしていない。


「な……なんだ。これってNPCだったのか。びっくりしましたよォ」


「家には家主の世話をするためのNPCを任意で設置できるんだ。――といっても、そんなに大層なことはやってくれないけどな。アイテムを売ったり、ちょっとした素材を購入したり、口調を設定して伝言を残したりとかその程度だ」


「それってショップのNPCと同じじゃないですか。見た目はしっかりしているんだから、もっと色んな機能があればいいのに……」


『主様より伝言です。「吾輩が常日頃狙い狩る撮るのは、美しき下腹部の肌とそれを覆いし布である」とのことです。来訪者様へ――あなたの冒険が、有意なものでありますように……』


(この伝言は、誰に対して何を伝えたいんだろう……)


伝言を受けて困惑しながらも、レットは立っているNPCを見つめる。

その顔は整いすぎて、まるで西洋の人形のようだった。


「綺麗だけど、ちょっと不気味ですね。家に置けるNPCって全部こんな感じなんですか?」


「いや、このデザインも家主のアイツの趣味だ。NPCの顔はランダムで更新される複数の候補の中から一つを選ぶ感じだからな。頑張ってこの見た目を引き当てたんじゃないか?」


「へぇ~。自分のキャラクターと違って自由に作れないですね」


「完全に自由にすると、実在するプレイヤーと同じ見た目にして“いかがわしいこと”をしようとするハラスメントプレイヤーが出てくるからな」


レットがなるほどと納得している間に、クリアが高身長のNPCの顔を、下から見上げながら語りかけた。


「あ~、その……“照明”をつけてくれ。――つけてください。……つけてくれたまえよ? “灯り”。“電気”。“ライト”。駄目か……外部の人間には部屋の明かりをつけるっていう最低限の権限もないみたいだな。どんな単語にも反応してくれない」


(灯りを意味する単語か……うーん。家主のあの人のセンスなら――)















「じゃあ、えーっと。『無垢なる星の小爆発』――とか!」













レットは自信ありげにそう言い放つも、部屋の中は依然変わりなく真っ暗なままだった。


「――――――――――レット」


「あああああ~~~~~もう! わかってます! 恥ずかしいこと言ったのはオレでもわかってますから。それ以上何も言わないでください!」


「……とにかく、二人で灯りを探すぞ」


二人は手探りで部屋の壁を探り始める。

その間も、NPCは下から光が当たるその顔だけを動かして機械的にレットとクリアを交互に見つめていた。


(なんか、監視されているみたいで気味悪いな……)


「こういうNPCって、チームの家とかクリアさんの家にはいませんでしたよね」


「俺の家には居るっちゃ居るんだが……今は設定で非表示になっている。チームの家の方は、テツヲさんが100時間くらいかけてテツヲさんと同じ見た目のキャラを“引き当てた”んだが、メイド服着た筋肉質の白眼のオッサンが『ご主人様』って擦り寄ってくるのがメンバーに不評すぎてな。当時のチームメンバーがNPCの座標を動かして、住宅街を流れている川に投棄したんだ。そしたら、『公共の福祉に反する』っていう理由で周囲に住むプレイヤーに通報されて、駆け付けたGMの心証を著しく害して、その後――」


「――もういいですだいたいわかりました。色々酷過ぎてオレから言うことは特に何もないです」


「要するに俺達のチームはいつも通りだったってことだ。よし、ランプのスイッチ……というよりレバーがあったぞ。これで部屋全体が明るくなるはずだ」


レットの耳に錆ついたような機械音が聞こえてくると同時に、魔法でできた白い灯りが部屋を照らした。


「あんまり明るくならないですね――ってうおおおおおおおおおおオオオオオオオ!?」


突如顕れた異様な光景にレットは叫び声を上げる。




家主であるリュクスは、最初からレット達の近くに居たのである。

それがなぜクリア達に見つからなかったのかというと、NPCの丈の長いスカートの中に“後ろ側から頭だけを突っ込んだ状態で仰向けに地面に寝転がっていた”ためであった。


「何故だ……吾輩……禁忌として全てを投げ捨てた……。ただ今は、心だけでも青空で居たいだけなのに……見えるのは闇だ……真っ暗だ……存在しえないものは見えもしないのだ……ウウッ……うううぅぅううう……」


「こいつは相も変わらず何を言っているのかがわかりづらいな……。レット――」


「前みたいに翻訳すればいいんですよね? オレもこの状態のリュクスさんが何を言っているのか詳しくはわからないんですけど、『他人の下着を見ないようにNPCで我慢していたんだけど、一番見たいドロワーズの下着がきちんと描画されていなくて暗黒空間になっているみたいで見れなくてとても苦しいです』って感じのニュアンスだと思います」


「お前、詳しくわかりすぎてるだろ! じゃあコイツは下着が見えないのにこんな意味不明なことをやっているのか!?」


「よくわからないんですけどォ、見れないのがわかっていても見たくなっちゃうものなんじゃないですか? 自分の家の3Dテレビでアイドルが踊っているときに、無駄とわかっていても液晶画面の下側から覗いてみたりするじゃないですか? あれと同じ感じで――」


「レット……お……お前…………」


「あうっ――! も、物の例えですよ物の例え! 流石にオレでもそんなこと――――今はもうやってませんって! あーもう! オレから距離あけるのやめてくださいよォ~~。結構傷つくんですよソレェ…………」


二人が駄弁っている間に、リュクスはスカートの中から抜け出して幽鬼のように立ち上がった。


「アア――白き妖精《Clear・All》に駆け出す者《Daaku・Retto》……ふむ」


リュクスがレットを見つめる。


「貴公とは、こんなにも早く再会するとは思ってもみなかったよ」


その見た目はほとんどいつも通りであったが、顔の装備だけが違っていた。

顔全体を覆っていたピエロのような面は装備されておらず、代わりに中世の舞踏会で使われていたようなマスクを装備しており顔の下半分が露出している。

そして、どういう仕組みなのかレットには理解できなかったが、マスクの眼の部分は真っ暗になっていてその瞳を見ることは叶わなかった。


「はい。その節もお世話になりました……。それで、いきなりなんですけどこの部屋は一体何なんですか?」


引き攣った表情で問いかけつつ、レットは明かりのついた部屋の中を改めて見回す。

その視線の先には人がすっぽり入れるであろうサイズの大量の棺桶が縦横、規則正しく並んでいた。


「貴公はあの箱に、何が入っていると思うかね?」


レットは棺桶の中身を想像する。

物騒な回答が複数思い浮かび、果たしてそれをリュクスに言ってしまっても良いものかと悩み始めた直後にクリアが答えを出した。


「ケッコさんが言っていたぞ。中に入っているのは有名なNPCの等身大のフィギュアだろ? ゲームのメインストーリーに関わってくるような重要なNPCはプレイヤーに人気だからな。フィギュアを調度品として飾るプレイヤーは割と居る。お前の場合、“楽しみ方”がちょっと違うみたいだが……」


「その通りだ。吾輩が真理《下着》に到達することは最早永遠に無くなってしまった。故に、吾輩の安寧の場所はここにしか残されていない」


「お前がプレイヤーに対する盗撮を辞めたっていうのは本当だったみたいだな。仮面のデザインを変えたみたいだが、もう――いっそつけなくて良いんじゃないか? 実在するプレイヤーに対して、後ろめたいことをしなくなったわけだしな」


「吾輩が面の装飾を変えたことに、大層な理由があるわけでは無い。かつて吾輩の顔を覆っていた仮面は戦いに敗れ――地に伏した時に剥ぎ取られたに過ぎない」


「……その戦いもお前なりに思うことがあって臨んだことだろう。お前がレットと話しをした時にどんな表情をしていたのかはわからないが、その――少なくとも、俺の嫌いな表情ではない……と思う」


リュクスに対して顔をそむけているクリアのその物言いは、ややぎこちなかった。

レットは、クリアがクリアなりに、リュクスに対して労をねぎらっているのだろうと推測した。


「ふむ――白き妖精《Clear・All》なりに感謝の意があるというのなら、欲求を抑えるために“吾輩が接写したい唯一の男性”として是非とも被写体になってもらいたいところなのだが……」


「だからなんでそうなる! 駄目に決まっているだろ気持ち悪い!」


「それでは――駆け出す者《Daaku・Retto》に女装をお願いでもするかな。きっと似合うはずだ」


「うぇえ…………勘弁してくださいよォ!」


距離を開けたレットとクリアを見てリュクスはくっくっと笑い声をあげた。


「心配は無用だ。被写体に無理強いはしない。これは吾輩が新たに定めた戒めだからな。だが、物事というものはそう単純にはいかないものだ。どう足掻いても面は外せん。吾輩が顔を隠しているのは素行だけが理由ではない。後ろめたい過去があると人は前を向けなくなり……人に正面から向き合わなくなるようになるものだよ」


「……確かに、そうかもしれないな」


クリアは黙り込んで、スモークのかかっているゴーグルを手で抑えた。


「それで、貴公らは今宵どのような理由でこの場所に足を踏み入れたのかね」


「単刀直入に言おう。実に頼みづらいことなんだが――」


クリアの言葉は玄関ドアを叩く小さな音で遮られた。


「――参ったな。このタイミングで来客か。こっちもこっちで大事な用事で来たんだが……」


「心配はいらんよ。吾輩の見立てが正しければ、数刻で終わる逢瀬だ。貴公らは部屋の奥にいてくれたまえよ」


クリアとレットはお互い顔を見合わせ首を傾げたが、しかしリュクスの言葉に従って部屋の中央に移動する。

直後にリュクスが照明のレバーを上げて、再び部屋は暗闇に包まれた。


「〔なんで照明を落とす必要があるんですかね?〕」


「〔よくわからないが、俺達の姿を隠したかったのかもしれない〕」


リュクスが玄関ドアを開けると、そこには――否、“そこにも”メイド服を着たエルフ族の女性キャラクターが立っていた。

こちらは美女と言うより、愛嬌のある可愛らしいといった感じの顔立ちだった。


「ふむ――君か。吾輩の願いを叶えに来てくれたのかね」


「は、はい……」


彼女がリュクスから顔をそらして赤面していたので、レットはこれがNPCではなく人の操作しているプレイヤーなのだと判断した。


「私――覚悟を決めました…………」


エルフの女性は――突如自らのメイド服のスカートを躊躇無くまくった。


「〔ブッフゥウウウウウウウウウ!!!!〕」


レットが“吹き出すような囁き”を発するのと、クリアの両手によってその視界が覆われたのはほぼ同時だった。


「〔おい! 見るなレット――お前にはまだ早い!〕」


「〔この光景自体が全人類にとって早いですよォ!! 一体何が起きたんです!? 新手の愛の告白ですか!?〕」


「〔違うだろ! いや――俺にもよくわからないが多分違う!!〕」










「――違うのだよ」


「――え?」


(――えぇ!?)


女性の声と、暗闇の中でバタついているレットの心の声が重なった。


「それは吾輩の望みでは無い。“隠し見ている”と言えないのだよ。君はただ、街中をその姿のまま歩いてくれれば良い。そうすれば、吾輩は地の底から君を見つめ続けられる。これが吾輩の望みなのだ――改めて君に願いたい!」


レットは、自分の目を塞いでいるクリアの指の隙間から確かに見た――かつて無いほどにリュクスが取り乱し、エルフの女性の両肩に手を置きながら叫んでいるのを。


「うえっ……ひぐっ……ごめんなさい。わ……私……これ以上あなたにはついていけませええええええええええん!」


扉が乱暴に閉められ、再び部屋は真っ暗になる。

レットが唖然としているとレバーが降ろす音が再び聞こえてきて、部屋は明るくなる。

レバーを降ろしたリュクスは流れるようにずるりと前のめりに地面に倒れ込んだ。


「……………………」


床に伏したリュクスをレットとクリアが見つめ、なんとも言えない空気が部屋に流れた。


「あの、リュクスさん。今のは一体――」


リュクスは倒れ込んだまま、振り向きもせず呪詛のように呟いた。


「…………つまり下着を撮影するにあたって、“同意を行えば問題がない”と吾輩考えてな。ハイダニアで知り合った女性と親しい関係になってから“お互い二度と顔合わせしないと約束したうえで日常生活を送ってもらう”ようにお願いをし続けているのだよ……」


(“同意を得て盗撮させてもらう”ってことか……うぅ……やっていることは前より遥かに誠実なハズだし、実害も減ってるけど――なんかこの人、前より“上位の変態”になっている気がする……)


「だがしかし、どう足掻いても吾輩に向けられる羨望の眼差しは一瞬にして侮蔑の表情に変わり、そして変態であると罵られる。ここに至り断られた女神は20人を超えている。吾輩にとってまさしく醒めぬ悪夢のような日々が続いているのだよ……。悪夢は巡り――そして終わらないものだろう? アア――――――UAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


頭を抱え、無駄に良い声で絶望を抱えて叫ぶリュクスに対して――


「……もう一生その悪夢から醒めないでいてくれ」


――“ついていけなくなった”のかクリアは両手で頭を抱えた。


「うえぇ……。好かれているところから一転して冷たい目で嫌われたり罵倒されたりするんですか――――――」











「〔――『それはそれで結構良くないです?』 とか言おうとしているんじゃないだろうなレット……〕」


「〔おおおおおおおお思思おもももおも思ってないですよォ! ……………………スミマセンほんとはちょっと『そういうのもアリかも』って思っちゃいました〕」


「〔――――――正直でよろしい。いや、“良く”はないんだけどな……まずいな、俺も混乱してきた〕」


改めて話をするためか、クリアはわざとらしく咳をする。


「とにかく、そろそろ本題に入らせてくれ。割と長い話になるんだ」


「ふむ――――それならば吾輩、作業をしながら話を聞いても構わないかね?」


「ああ、それで良い。俺達もアポも無しに来たわけだからな」


「それならば、ついてきたまえよ……。この場所では、積もった話もできまい」


這った姿勢のまま、リュクスは“四足歩行”でゆっくりと地面を移動する。


「“この有様”だよ。断られ続けたが故に吾輩、精神を体現するこの肉体に禁断症状が出始めている。自らの中の獣を抑えるので精一杯だ。ふむ――これが“獣”か……なるほど」


自らの言葉に納得するかのように頷きながら、リュクスは体を捩らせながら両手両足を使って玄関の脇に設置されていた階段を登っていく。

それに追従しながら、レット達は囁きで会話を始めた。


「〔リュクスさんって、結構モテるんですね。ちゃんとした女性プレイヤー20人と仲良くなるって相当ですよ〕」


「〔本性を明かして全部台無しになっているがな……。自称仲良しのケッコさん曰く『女心ってものを良くわかっている』らしい。それに、“外側だけ見れば”完璧な佇まいをしているからな。キャラを完璧に演じているせいで現実の癖が全く出ないのがミステリアスなんだろう。俺もこの男の現実での素性は何一つわからない――知りたくもないが〕」


「〔改心して盗撮しなくなったとはいえ、どう足掻いてもこの人はただの変態なのかなあ……〕」


「〔それは『新発見の昆虫の正体が虫でした』って言っているようなものだぞ。俺からすればコイツが変態なのは“前提条件”だ。大事なのはあの事件を経て、コイツがどんな“生態”の“変態”になったのかってことだ。――馬鹿馬鹿しい話だけどな〕」


(う、うーん……………………)


レットは、自らの性癖に苦しみうめき声を上げながら四足歩行で階段を登っていくリュクスをじっと見つめて考え込んだ。













「〔今の状態だと――やっぱり“下方痴漢”の“不完全変態”なんじゃないですか?〕」


「〔お前たまに凄いこと言うよなレット!〕」





リュクスに追従しレット達が階段を上りきると、そこには執務室のような空間が広がっていた。

部屋の奥に設置されている高価そうな木製の机の上には、小さな天球儀や何かの鑑定に使いそうな金属製のルーペ、それと何故か“写真立てが一つだけ伏せられた状態”で置かれている。

地面にはワインレッドのカーペットが敷かれており、黒い本棚の中には学術書のような――古く分厚く、しかし埃をかぶっていない状態の本が規則正しく並んでいた。


「……掛けたまえよ」


レットとクリアを座椅子に案内してから、リュクスはその対面にあるアンティークな事務机の椅子に、這っている状態から何とか身体を持ち上げて座り混む。


「申し訳ない。来客用の茶葉を切らしていた。最近、“招かれざる客”ばかりなものでね」


「必要ない。現実でもゲーム内でも紅茶は間に合ってる。それに――俺達こそがまさに“招かれざる客”かもしれないしな。まず先に、今の俺達のチームの近況を聞いて欲しい。これは俺達の“頼み事”に通じる話だからな」


「フム――」


リュクスは金属製の箱を机の上に置いてから開いた。

そこには小サイズの女性キャラクターのフィギュアが入っている。

首級のようなホログラムのフィギュアではなく、家具として触ることの出来る一種の調度品のようだった。


(これもNPCのフィギュアみたいだな……あ、箱庭のエインルルゥのフィギュアもちゃんとある!)


かくしてクリアによってチームの近況に関する説明が始まった。

説明を聞いている間、リュクスは無言でこれまたアンティークなルーペを取り上げる。

それから丁寧な手つきで並んでいたフィギュアを一つ一つ“逆さま”にしては慎重に覗き込み、多数のフィギュアをチェスの駒のように設置し二つのグループに分けていく。


分別(ふんべつ)の無い分別(ぶんべつ)”。

“丁寧で気品溢れる下品極まりない行為”にレットは唖然とした。


その一連の動作があまりにも様になっていたため、レットは違和感を感じた自分自身の感性を思わず疑ってしまったほどである。

クリアの説明が終わった後、静寂を破ったのはレットの質問だった。


「あ、あの…………そのフィギュア――どういった分け方してるんですか?」


「今宵は“雨”だ。密かなる聖体が――雨の潤いだけが吾輩を満たし、また彼女らを高める……。祝福を望み、よく祈るのなら、拝領は与えられん……」


リュクスの意味不明な、祈りのような呟きを聞いて、隣に座っているクリアが無言のまま不安そうな表情でレットを見つめてきた。


「ひ……引かないでくださいよ? 多分……雨の湿度でフィギュアの下着に独特の美しさが出てくるって言いたいんだと思います……」


「お前――――――――――――」


クリアは何かを言おうとして一瞬口を開けたが、結局何も言わず、実に残念そうな表情でレットとリュクスを交互に見つめて――顔をそらすだけだった。


「それにしてもかの少女、まるで――――赤子のような有様だな。赤子……赤子か……フム……」


赤子という言葉に納得するようにリュクスは頷く。


「ずっとそんな状態が続いているんです。オレが――オレが、何かあの娘にしてあげられればいいんですけど……」


「残念ながら、俺達ができることはほとんど無いんでな。別口として、業者を叩き潰すために“魔王”を俺達に紹介して欲しくて、ここに来たわけだ」


クリアの発言でリュクスの手が止まる。

それから一度深呼吸をして、まるで納得するかのように深く頷いた。


「……意外と、驚いていないんだな」


「心のどこかで理解していたことだ。貴公らの方から、ここに来る理由が他にあるとも思えん。同時に、到底理解出来得ぬことだ。魔王に駆け出す者《Daaku・Retto》を会わせるなど――“野蛮な戦場(いくさば)最中(さなか)に淑女を放り込むような愚行”だ。魔王を面白半分に利用しようとした人間は少数だが、その全てがどのような凄惨な末路を辿っているのか知らぬわけでもあるまい」


「あんな危険なヤツに面白半分で会いに行くわけがないだろう。あくまで一時的な相互協力を結ぶだけだ。どう転んでも“業者再誕”の情報は魔王にとって価値のある物だから、俺達が魔王の逆鱗には触れることにはならないはずだ。説得力を増させるために“嘘偽りのない本物の初心者”が必要なんだよ。それに、何かあっても俺が責任を取る。魔王には、お前からその旨を伝えておいて欲しいんだが……それも難しいんだよな?」


「良く知っているではないか。残念だが、依頼人の要望を伝える役目は吾輩一切担っていない。来客が、“いつ来るのか”を魔王に伝えるという――それだけの話だ。仲介人には依頼人を送り出すにあたって、その選別を含む全ての権限が与えられているのだよ」


「なんだか、その魔王って――結構いい加減なんですね」


「そうじゃない。おそらく業者以外の全てのプレイヤーに等しく興味が無いってだけだ。誰が来て、誰がちょっかいを出そうと“その全てを無差別に破滅させれば良い”と考えているのかもしれない。業者殲滅の“ついで”にな」


「その通り。吾輩が仲介人を行っている理由も、吾輩の“個人の能力”を気に入られたから――というだけの話だ。魔王にとっては業者を滅することだけが全て。他の善悪は一切気にも掛けぬ存在故に、吾輩のような異端の者が仲介人を任せられる。そして吾輩が仲介人を続けている理由は、一人でも多く魔王に関わる人々を減らすためだ。この邸宅は、多くの来訪者にとって“醒めぬ悪夢の入り口”となっているが、そのほとんどが、悪夢を見ずに済んでいるのだよ」


(魔王の怖さを知らない人を、いたずらに巻き込ませないようにしているってことか……)


レットはその言葉を聞いて安心した。

仲介人の話を聞いた時、群を抜く異常者であるとされている魔王とリュクスが仲の良い間柄なのでは無いかと心配していたためである。


「改めて問うが、白き妖精《Clear・All》よ。貴公の覚悟は本物かね? 駆け出す者《Daaku・Retto》を危険に晒さぬと――改めて、吾輩に誓えるか?」


「誓うさ。それにレットなら心配ない。敵意を持たれたとしても標的になるのは間違いなく普段の素行からして、俺の方だからな。そして俺の現実の身元は、ちょっとやそっとではわからないようになっている」


クリアの言葉を聞いてリュクスは沈黙した。

持っているフィギュアを掌で軽く動かしながら、深く考え込んでいるようであった。


「致し方あるまい。ならば……これを持って行くが良い」


リュクスが本棚から一冊の本を取り出し、クリアに手渡す。

その本の表紙には『黒星の書』と印字されていた。


「中身そのものに意味は無い。(しおり)に書いてある住所に向かい、当該地区の郵便受けにこの本を投函してから来訪したまえ。それが出会いの“合図”になる」


「――わかった」


「それと――貴公に頼みたいことが一つ。吾輩の方から出向く予定だったのだが、丁度良いのでな」


そう言ってリュクスはコートの内ポケットから銀色のプレートを取り出した。

レットがクリアに“囁いて”質問した。


「〔なんですか、アレ〕」


「〔“銘”だな。特定のアイテムに、名前を刻み込むアイテムのことだ。あのプレートを使えば指定したアイテムに、銘に登録された名前がつくようになる〕」





「吾輩は多数の仕事を受け持っている。その内の一つが、希少な物品アイテムの収集だ」


「アイテムハンターをしているってことですか?」


「そういうことだ。リュクスは職業としてのハンターとは別に、『何かをねらってあさり歩く』という広義の意味での“ハンター”としての活動も行っているんだとさ」


(なるほど。この人は二重の意味でハンターなんだな……。その割には、この部屋は結構整理整頓されているような気がするけど……もしかして普段から色んなアイテムを持ち歩いているのかな?)


「実は吾輩、匿名で物品収集の依頼をされたのだ。明日(みょうにち)に白き妖精《Clear・All》の名前の刻まれた銘を持ってくるように――と。最近何か、思い当たる節は無いかね? 貴公を害を成そうとしている人間に、心当たりはないかね?」


クリアは暫く考え込む素振りをして、眉を潜めて首を傾げたまま話し始めた。


「害を成そうとしている――といえば……実は、俺はあの事件の後から…………新しく誰かの視線を感じるようになった。城下町を歩いているときや自宅に居るときに、誰かに見られているような気がするんだ。今はそんな気配がしないが……」


「そ、それって――ひょってして、例の事件の関係者なんじゃないですか!? クリアさんのことを付け狙っているってことじゃあ……」


「あるいは、俺の古い知り合いか……。いや、それはあり得ない……な」


頭頂部を撫でながら、クリアがため息を漏らす。


「とにかく、その不気味な視線に関しては――現段階ではただ“不気味なだけ”だ。悪意のある人間に執拗に監視されたところでどうってことはないし、そこから俺に対して悪さが出来るような気はしない。それに、この視線は銘の話とは無関係の可能性だってある。“俺をつけ狙っている人間が俺の銘を欲しがっている”っていうのは妙な話だしな」


「確かに変ですね。それってすごく単純に考えると“クリアさんに付きまとっている人間がクリアさんの名前をアイテムに刻みたがっている”ってことだし――オレも色々考えてみたけど意味がよく分からないや……。そのプレート――銘って、何か悪用とかできたりとかする物なんです?」


「いやあ……不可能だな。せいぜい武器や装備品に名前を付けて悪行をすることでそのプレイヤーの悪名を轟かせる程度だ。他のプレイヤーならまだしも、俺やチームメンバーに対してそんな悪さをしても意味がない。闇の精霊に闇の魔法叩きこむくらい無意味な行為だ」


「例えがまんますぎるけど……元から世間評価最悪ですもんね」


クリアは腕を組んで考え込んでいたようであったが、やはり答えは出なかったのか、黙ってリュクスから銀のプレートを受け取った。


「駄目だな。リュクスに舞い込んだ依頼に関しては、やっぱり思い当たる節がない。最近は例の事件の時以外、目立った悪事はしていないからPKではないと思うんだが――とにかく貴重な情報を貰った。リュクスの依頼主を誘い出すために俺が銘を準備しておこう。俺達が無事なら、明日にでも用意できるはずだ。魔王の件も兼ねて、お前には素直に感謝するよ」


「この仕事には“依頼人の依頼内容を外部に絶対に漏らさない”という制約(ルール)があったのだが――破らざるを得ないと判断したのでな。これで、この仕事も信用を失い最悪終わりとなってしまうが、致し方有るまい」


「リュクスさん。……なんかスミマセン」


「気にするな、駆け出す者《Daaku・Retto》よ。今大事なのは目の前の話だ。魔王の元から、無事に戻ってきてくれたまえよ。それが吾輩にとっての何よりの報酬となるだろう。吾輩も同伴したいが、仲介人が依頼人と共に行動することはできない決まりとなっている。この場所で、貴公らと明日を過ごせることを祈らせてもらおう」


「そうだな。いずれにせよ“銘を欲しがる付き纏い”の件は後回し。今は魔王の方が優先だ――。行くぞレット。もうすぐ深夜だからな」


クリアが椅子から立ち上がり、踵を返して階段を降りていく。

レットがそれを追いかけようとしたところで――


「貴公、無理はしていないかね?」


――リュクスに不意に呼び止められた。


「だ……大丈夫ですよ。ケッコさんにも似たような感じで心配されたけど、オレはちゃんと元気です」


「そうか……。しかし少年、気をつけたまえよ。自分が何もできていないなどと――決して自惚れぬことだ」


「あの、それってどういう意味――」


『おいレット! どうしたんだ?』


階下に降りたクリアから呼び出され、レットは慌てながらもリュクスに頭を下げて、足早に階段を降りていく。

闇の中、階段を降りていくレットの背後から再び木霊のような声が鳴り響いた。








『自惚れぬことだ――少年よ』

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