第七話 ボーイミーツガール
「例えば――焚き火をつければこんな風に初心者を狙う不届き者が――――――おかしいな。一番弱い投げナイフなんだけど――、一発で決まるか? 普通……」
ぶつぶつと呟きながらクリアが断末魔の主に近づいていく。
クリアの後に追従して襲撃者の正体を確認しようとしつつ、レットは内心で興奮していた。
(どこか変な人だけど、クリアさんはやっぱり強いプレイヤーなんだ! 面目躍如っていうか、ちょっとだけ見直しちゃったかも――)
そして、正体不明の怪しい存在とのコンタクト。
少年の中で、これから何かが始まる予感があった。
果たして、そこに居たのは――
木に倒れこむような姿勢のままナイフでその体を固定され瀕死になっているプレイヤーは白いチュニックに水色の髪。
――数時間前に“獣団子”からレットを助けようと身を挺してくれたあの女性キャラクターであった。
「うおおおおおおおおおおい! 何やってくれてるんだこの人ォ!?」
レットの追及に対して――
「…………………………やべえ、間違えちゃった♪」
――とは言っているものの、クリアに悪びれているような素振りは微塵も見られない。
「いやね、癖で――つい手がね」
「つい手がね……じゃねえよ!」
怒りを顕にするレットを適当に宥めつつ、クリアは女性キャラクターに近づいて刺さったナイフを丁寧に抜く。
「大丈夫大丈夫、俺はもう戦う意思はないし心配は要らないさ。ハハハノハ。ナイフを抜いて――そら、もう回復したぞ」
“戦闘不能でなければ自動で体力が最大まで回復する”というゲームの仕様に従って、少女のHPを示すバーは迅速に回復していった。
「――ご丁寧にありがとう――ございます」
少女は起き上がってぎこちなく礼を言い、クリアに頭を下げた。
「いや、君にナイフを刺したのは俺なんだし、感謝もへったくれも無いと思うのだけど……、えーっと。君の名前は――非表示か」
「〔どうやって調べたんです?〕」
「〔直感だよ直感! モンスター調べた時と同じように、意識すればそれだけで見えるようになるから!〕」
実際は、意識を集中するまでも無かった。
少女の名前は表示されず。
チーム名に関しても、【unknown】という表示がレットの視界に映るのみだった。
(ほとんど無意識で切り替えが出来るんだな……手を動かそうとしたり、瞬きしようとするのと同じくらいの気軽さか)
「ご、ごめんなさいね。私、チームのリーダーに自分も情報は非表示にしておくべきだと言われたの」
「ふむ……チーム情報非表示に名前も非表示か。いや、賢いリーダーだな。このゲームで身元を明かすのは正気じゃあ無いからな! ワハハハハハハ!」
「……え? なにそれ〔どういうことですかクリアさん!〕」
「〔いいだろ別に! 実際正気じゃ無いんだから!〕」
(いやいやいやいや、オレとクリアさんの名前は、昨日から誰に対しても堂々と表示されっぱなしじゃん!)
クリアは慌てるレットを適当にあしらって、少女に問いかけた。
「それで、俺達は君をなんて呼べばいいのかな。髪が水色だからミズイロちゃんとか?」
「〔クリアさん、酷いネーミングセンスですね……〕」
そう言われたクリアは、黙って数秒間ほどレットの頭上を見つめる。
レットにはその意図が理解できていなかった。
「えっと――そうだ! アリス。私のことはアリスって呼んでくれると嬉しい――です!」
「ふーん…………………………アリス……アリスねえ。これはまた――。あー、何でも無い。よろしく頼む! ほら……レット!」
「あ、はいぃ! よろしくお願いしままますです!」
彼女――アリスを入れた三人は、焚き火の前で再度休憩することとなった。
「――んでだ。君もレットと同じ初心者なんだろ? 二人に注意しておかないといけないことがあるんだ。【パッシブモード設定】を見てみてくれ、今度はゲームシステムのコンフィグだ」
クリアの指示でシステムコンフィグを開くレットとアリス。
該当項目は『パッシブモード オフ』と表示されている。
「これがオフになっているとPKをされる。つまり、プレイヤーに殺害されてしまう。そうなると事前に保護していないアイテムは持って行かれてしまうから、許可エリア外で迂闊にオフにしないことだ。意識するだけで簡単に見抜かれる……非常に危ないぞ」
説明するクリアにレットが異議を申し立てた。
「あのォ~自分、これも一日中オフにしていたんですけど……もっと早く教えてくださいよ!」
「心配はいらない! 俺が付きっきりだったからな! ケッコさんもいたしな! ハハハハハ」
憤慨するレットの真横で少女――アリスがコンフィグの設定を変更する。
「もう、これで他のプレイヤーに襲われることは無いのかしら?」
「場所によるよ。PKが拒否できるフィールドとそうでないフィールドがあるんでね。ポルスカ森林の北側はまだ安全な土地さ……新天地に行くと――そうはいかないけど」
含みのあるクリアの物言いに、レットが疑問をぶつける。
「それ、PKを拒否できない場所ではどうすればいいんですか? 初心者は、黙って殺されるだけな気がするんですけど」
「規模が大きなチームだと仲間や一般のプレイヤーを守ってくれることが多々ある。所謂、PKK――“護衛者”という存在だ。PKを倒す見返りはとても大きい。聖人RPとして楽しんでいる奴もいるくらいだからな」
(あ~そういうの憧れるな――)
突如、レットの妄想が始まった。
『うっへっへっへ。俺の名はClear・All! お嬢ちゃん。死にたくなければ俺に金を払いな!』
『いやあ! 誰か……助けてください! 変な頭の、頭の変な人に襲われています!』
『――待ちな。女の子に投げナイフを投げつけようとするだなんて、いい年した男のやることじゃあないな』
『なんだァテメエは! ――ギャアアアアアアアアアア!!』
『助けていただいて、ありがとうございました。私の名前はアリスです! あなたのお名前を聞かせてください!』
『名乗るほどの名はねえ。オレの名はレッド。ダーク・レッドさ』
(――な~んて! な~~んて!! ウッシッシッシッシッシッシ)
ニヤケ面になっているレットの思考を察したのか、呆れた表情のままクリアは話を続けた。
「まあ、人助けをするからと言ってそいつが善人とは限らないんだが……。他にも救済策がある。例えば、敵対行為を受けたプレイヤーが連続して殺されると、一定時間アイテムを落とさなくなったりとか。他にも、プレイヤーキャラクターごとに『総合レアリティ』というものがあって、死亡時に落とすアイテムの価値が決まるわけだ。だから、“強くて悪いプレイヤー”ほど多くアイテムを落とす。他にも、PKをしすぎると、ゲーム内で悪名が上がって他プレイヤーに狙われやすくなる。ちょっとでもヤンチャすると、まず名前は表示できなくなるくらいにな」
(なるほどね。“PKにはデメリットが多い”ってことか。無法地帯のように見えて、やりたい放題ってわけじゃないんだな)
「ちなみにゲーム開始時点ではパッシブモードがデフォルトでオフになっているから、割と無知な初心者がふらふらしていることが多いのだ!」
「なんでそんなことを知っているんですかね……まさかクリアさん……」
「勘弁してくれよ。俺は本当に初心者狩りなんてしてないってば。ナハハハ」
クリアの発言を聞いて、レットは少女――アリスの表情が少しだけ曇っていることに気づいた。
「〔ほらぁ! クリアさん……彼女に怪しい人だと思われてますよ! どう見てもいきなりナイフ投げて女の子を殺そうとした蝋燭みたいな色合いのサイコパス扱いされてますって!〕」
ここぞとばかりにレットはクリアをボロクソに責め立てる。
クリアはゆっくりとレットの方に首だけ動かして、それからポツリと呟く。
「〔お前の言っていることは滅茶苦茶だが、内容自体は実際何一つ間違っていなくて、本当に滅茶苦茶なことを俺がやっているせいで、何も言い返せない……〕」
「……あ~、悪い悪い! 俺みたいな不審者を怖がるのは当たり前だよな! 後は、お二人でごゆっくり!」
それだけ言って、不意にクリアが立ち上がった。
「え、いや! 一人で急に何処に行くんですか!!」
「ちょっくら散歩だよ! ダハハハハハ!」
再び森の奥に消えていこうとするクリア。アリスの表情がみるみる穏やかになっていく。
しかし――
「〔クリアさん。行かないでくださァーーーーーい!〕」
レットは体育座りをしたまま、クリアに内心で縋り付いていた。
その表情は平静を保っているものの、顔汗がじっとりと流れ始めている。
「〔えぇ!? ここは邪魔者が空気を読む流れだろ!〕」
ぴたり――とクリアが不自然に止まってしまった為か、アリスが再び訝しげな表情でクリアの背中を見つめる。
「〔いやいやいや、この人がリアル女子だったらやばいっすよ! 行かないでください! オレは一体何を話せば良いんですか!?〕」
「〔そもそもこの状況は、お前が望んでたような展開だろう! 何で肝心なところでヘタレてるんだよ!?〕」
「〔そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか! 普段から女の子と話す機会なんてこれっぽっちも無いのに、いきなり二人きりにされて急に話せるわけないでしょ!〕」
「〔そんなこと俺に聞かれてもわからん! あ、いや。丁度いいや――――――ちょっと待ってろ! ――これでよし! こいつを受け取れ!〕」
アイテムのインベントリーを弄った後にクリアが差し出してきた装備品は、どこにでもありそうなパーティ用のお面であった。
「〔こんなもん何に使うんですか――ふざけないでくださいよ! まだそういうプレイとかやるような段階じゃ無いですって!〕」
「〔コラァア! ……ふざけているのはお前だろうが! いいから受け取れって! それを顔に装備すれば落ち着いて話せるから!〕」
余裕があるのか、それとも無さ過ぎるのか――低俗なボケをかますレットに、クリアがツッコミを入れた。
「あ――ああゴホン……失礼! 忘れてたよレット。この装備、返しておくからちゃんと“元通り”付けとけよ! 何、直ぐ戻るから!」
気を遣ったのか、レットがお面を装備するための自然な口実を作りながら、クリアは今度こそ森の奥に消えていった。
(えーっとアイテムインベントリ――あ、このお面直接装備しても大丈夫なのか!)
こうして、“体育座りをしている淑やかな乙女”と、正座をしているパーティ用の“お面を付けた少年”が焚き火の前に残された。
(……意味不明なシチュエーションだ。何も知らない人が見たら、オレ絶対不審者だろ……)
「ええっと……その、そうだ! さっきはオレを助けようとしてくれて、ありがとうございました!」
レットはアリスに真っ先に感謝の意を伝える。
(でも、凄ェ! 本当に緊張しないで話せてる! ありがとうクリア様、神様、仏様!!)
「ああ――さっきの門の近くのアレね? 気にしなくていいわ。困っている人がいたら助けるのは当たり前のことじゃない? ……ちょっとドジをしてしまって、助けられなかったけれど」
アリスはペロッと舌を出して照れているような素振りを見せる。
(うわあお、可愛いし、凄ェ善い人じゃねーか!)
レットはささくれ立っていた気持ちが瞬く間に癒やされていくのを感じていた。
(ゲームを始めた昨日から、クリアさんとネコニャンさんとかケッコさんとか、変な人に巻き込まれ続けて散々だったもんな。でも――この空間には、変な格好も変なRPも変な性癖も無いッ! 変な格好しているのは……この場では――“オレだけだ”……うん)
「そ、そうですかね? オレ、こんなに優しくて、いい意味で普通の人とこのゲームでちゃんと話すのは初めてなんですけど……」
誉めているわけでも、口説いているわけでも無く、それは少年にとって紛れもない事実であった。
「フフッ……おかしなことを言うわ。VRに限らず、MMOって基本的にはそういうものでしょ? かしこまらなくてもいいのよ? ……敬語はいらないから。初心者同士、対等に話しましょ?」
髪をかき上げながら、アリスはレットをじっと見つめてくる。
「え、ああうん。わかりまし――わかったよ」
(本当に……お面をつけていてよかった)
――そう、レットは痛感する。
顔がニヤついていており、装着しているお面よりも遙かに不気味な形相となっていたからだった。
レットの顔のお面をまじまじと見つめて、アリスが感想を言う。
「――面白いわね。そのお面」
「そう? オレの自慢の装備なんだよ! これ!」
「それを貸していたってことは――さっきのあの人はあなたのお友達なのかしら?」
「いいや、全然違う。全然違う。あれは、昨日出会ったばかりのただの変質者だよ」
レットのクリアに対する容赦ない切り捨て方に、アリスが笑みを零した。
「いやだわ、あなた言い過ぎよ。でも、フフッ。たしかに笑ってはいけないのだけれど、可笑しな人よね」
「出会ったときからそうなんだよ。最初に会った時なんて――」
レットはできるだけ丁寧に、クリアにどういう目に逢わされたのかをアリスに説明した。
オープニング中にフレンド登録を押し付けられたこと――。
胸に松明を当てられたこと――。
高レベルのモンスターをぶつけられたこと――。
アリスは自分のゲームプレイとかけ離れた体験が新鮮だったのか、話の合間によく笑っていた。
(あれ? 結構話せているぞ? これはひょっとして、“いける”のでは!?)
「あの、さっきの今でこういうことを言うのは――おかしいのかもしれないけど……。ここで会ったのも何かの縁だし……………………よかったら、オレとフレンドになってくれませんか!?」
レットはついに、己の勇気を振り絞ってその意を伝えた。
「――――ごめんなさい。それはできないの」
(死んだああああああああああああああああああ)
その視界が歪み、レットは必死で断られた理由を考えようとする。
モンスターの群れに巻き込んでしまったからだろうか――。
それとも、やはり付き添いのクリアが彼女を殺害されてしまったからだろうか。
(く、Clear・All……こ、この――悪党めがああああああああ!)
レットは“心の中の手のひら”を高速で回転させる。
「気を悪くしないで欲しいのだけれども、私個人としては――とっても嬉しいのよ? だけど、私のチームのリーダーにね。強く言われているの。“このゲームでは、知り合ったばかりの人とフレンドになってはいけない”って」
体育座りで俯き、寂しげな表情で焚き火をじっと見つめるアリス。
レットはついつい見惚れてしまった――がジロジロと見つめるのは不自然だと思い、無理矢理視線を逆方向に向けて呟いた。
「そ……そっか、そうだよね」
(チームのことを考えてる。ちゃんとしたリーダーさんなんだなあ……。普通の人は、そういうもんだよなあ……。クリアさんみたいに、いきなりフレンドの登録をけしかけてくる方がどうかしてるよ……)
「あっ! それでも、私と同じチームに入ればきっとフレンドになることを許してくれるはずだわ。私、チーム勧誘の権限を持っている人に掛け合ってみようかしら!?」
名案を思いついたことに喜び、姿勢を変えてレットの近くまで身を乗り出してくるアリス。
(ほわあ……顔ちけえ……ゲームなのに、なんかいい匂いしてくる気がする――――――――――じゃない! これは絶好のチャンスだ! 同じチームに入ってフレンドになれれば“ひょっとしてひょっとする”んじゃあないか!?)
棚からぼた餅ここに有り。レットの中の“思春期の少年の煩悩”が暴走する。
レットは彼女の誘いに心の底から喜び、応える。
「本当!? それならオレ是非――」
『――――――お前、俺のチームに入れ!』
「――――――――ああ、駄目だ。オレ、もう入るチーム決まっていたんだ。だから………………“ごめん”」
「そう……それなら――仕方ないわ。残念だけど……」
「…………」
――声は消え、焚き火が燃える音だけが響いた。
「…………ごめんなさい。折角ペナルティの解除を待ってもらっていたのに、チームメンバーから呼び出しを受けてしまって……私、そろそろ帰らなくてはいけないみたい」
そう言って、アリスがおもむろに立ち上がる。
「ああ――うん。さようなら……」
突然の別れの到来を悲しむレットだが、今の彼に、気の利いた言葉は何一つ言えなかった。
「――ということで、お帰りはあっちだ。あそこを真っ直ぐ進んでいけば、安全に国に戻れるよ。足下にお気を付けて、お嬢さん!」
気がつけばクリアが木を背に腕を組んで突っ立っている。
「ありがとう、感謝するわ。えっと――クリアさん」
レットから話を聞いたからか、彼女のクリアに対す警戒心は幾分か解けているようだった。
項垂れてるレットを見てクリアはかける言葉がみつからないのか。
それとも何かを察したのか、口笛を吹きながら森の暗闇をじっと見つめていた。
「あ、そうだ。レット君――」
アリスの声に、レットが慌てて顔を上げて振り返る。
レットとアリスの視線がぴたりと合った。
「――また今度出会ったら、一緒に遊びましょ?」
アリスは笑顔でそう言って、森の中に消えて行く。
「……」
レットは何も言わずに放心している。
最後に彼女が見せた眩しい笑顔が、余りにも強烈だったから――なのかもしれない。
「随分とあっさり帰ったな。はい、というわけで返してくれよ。そのお面!」
クリアがレットに話しかけたが――
「…………………………はえぇぇぇ????」
――彼の意識は視線の先に飛んでいってしまっているようである。
「おーい! ほら! しっかりしろよ!」
レットは放心したまま黙ってお面を外す。
その手元に、奇妙なウィンドウが出た。
「んあ? ――コーディネート……解除?」
ぼーっとした表情のまま、何も考えずにレットが解除のボタンに手を伸ばす。
「あ、おいおい! 余計なことはしなくて良いんだ!!」
その瞬間――パーティ用のお面が剥がれ落ち、下から不気味な仮面が顔を覗かせた。
「うわぁッ! なんだこれ!」
上の空だったレットの意識が一瞬で戻ってくる。
それは、現実世界で例えるならば“未開のジャングルの長が付けていそうな厳めしいカラフルな木の面”――といった感じで、非情なまでに邪悪な表情をしていた。
「ホラホラ! 返した返した!」
クリアはレットから半ば奪い取るように仮面とお面の二つの装備品をインベントリーにしまった。
「あの……その不気味な装備。何なんです?」
「これは、お気に入りの装備を上からかぶせてたんだよ。装備品の上に装備品をかぶせる。“コーディネート機能”ってやつさ。コーディネート機能っていうのは――」
コーディネート機能とは、装備品の上に同じジャンルタイプの装備品を“被せる”機能のことである。
歴が長いゲームであればあるほど、装備品の種類は増えていく。
そこで起こりうる“特定の装備品同士の見た目の相性がどうやっても合わない”問題に対して後から実装された機能であり、プレイヤーはある程度自分の個性に合った装備品のコーディネートを楽しむことができるのである。
とはいえ、なんでもかんでも自由に被せられるというわけではない。
装備には重装備、軽装備には軽装備のみ――といった感じで、基本的に元の装備品と逸脱したデザインの物は対象外となる。
「――なるほど。じゃあ、この不気味な仮面の正体は“心が落ち着く効果”が付与されたレア装備だった――ってことなんですね」
レットは装備品の効果に一瞬納得したが――
「このゲームで、プレイヤーの精神に影響が出るような装備品は存在しない!」
――直後にあっさり否定されて驚愕した。
「ハァ!? でもオレ実際にスラスラ話せましたよ! 人生初ですよ! 初! 女の子相手に、未来永劫そんな機会ないと思ってたくらいだもん!」
「いや……いやさ。そういう悲しいことを何度もサラッと言うなよ……。とにかくゲーム上でのアドバンテージがあるわけじゃない。人間っていうのは“自分の本当の姿を隠していた方が本音で語り合える”ってことなんだろうよ」
(そういうものなのかなぁ?)
「俺も最後の方は会話を聞いていたけど、彼女のチームへの誘いを断るだなんて。お前――意外と義理堅いんだな」
「……本当だったら、入っていたんだろうけど――クリアさんとの先約を無視してチームに入ることなんてできないっていうか……」
レットは、目を背けながらボソリと呟く。
「――少なくとも、“オレが憧れる物語のヒーロー”なら、きちんと断ります」
「なるほどね。憧れの模倣をしたってことか。少しだけ、見直したぞ」
「そう思ってくれるのなら、もうちょっと――ちゃんとしたサポートっていうか、真面目なレクチャをしてくださいよォ……」
「そうだな――」
クリアは片手を首元に添えて思案するような素振りを見せる。
「――お前がこの世界の中で、どんな状況でもそのまま意地張って“馬鹿正直”でいられるのなら――それなりの手助けはしてやるよ」
そう言ってからレットに対して、『どうせ出来はしないだろう』と言わんばかりに、クリアは意地悪く笑ってみせる。
「おっと、言いましたね? じゃあ、今ここでちゃんと約束してください!」
「――約束だって?」
約束という言葉と一緒に、クリアは眉を顰めてどこか浮かない表情をした。
「そうです。約束してください! これから先、オレがピンチの時に、オレがヒーローになることから逃げ出さなかったら――クリアさんは困っているオレを必ず助けること!」
「……おいおい。俺がヒーローのヒーローをやれってことか? また、随分と――」
クリアの言葉が、頬を膨らませているレットの睨みつけるような表情を受けて止まった。
クリアは頭を軽く掻いてからため息をつく。
「わかったよ。その約束――乗ってやる」
根負けしたクリアの前で、レットは意気込んだ。
「よーし、オレの憧れの強さを見せつけてやりますよ!」
(相変わらずこの人は胡散臭いっていうか、何考えているかよくわからないから別に信用なんかしてないけど……。ここだけは譲れないもんな! ――ま、カッコつけてたところで。……現実は今日も、オレが期待しているような展開にはならなかったけど。それでも――――――今日はあの娘と知り合えただけ、良しとしようかな!)
かくしてこの日の“彼の冒険”は終わりとなった。
――しかし、この日彼が冒険していた時間帯。
彼の預かり知らぬとても近い場所で、まさに【大事件】が起きていたのである。
【非戦闘時の体力自動回復と累積ペナルティ】
このゲームでは、敵を倒したり、敵から逃走する等の理由で戦闘が終了し次第、HP、MPが高速に自動回復する仕組みになっている。
――それは何故なのか?
結論から言うと、利便性の問題である。
宿、回復アイテム、魔法を使った治癒は総じて手間と時間がかかる。
一日に一度や二度ならまだしも、長時間のレベリングを続けた場合、プレイヤーが何もしていない時間も比例して増加してしまう。
現実の世界で“ながら”で遊べる旧世代ゲームならまだしも、世界そのものがゲームとなるVRMMOでは操作をしていない時間は直接的にプレイヤーのフラストレーションに繋がってしまう。
そのため、本ゲームでは戦闘が終了した直後に自動で体力が最大まで回復する仕様となっている。
――余談ではあるが、“戦闘不能になると経験値がロストする”というペナルティ以外にも、“ステータスと最大HP、MPが一時的に低下していく”というペナルティが発生するようになっている。(戦闘不能回数が累積されると、ペナルティも累積される)
ペナルティ状態の時間も鰻登りに累積していくため、乱暴なプレイは御法度、ということであり。「“戦闘不能からの回復時間は、死んでしまった自分を見つめ直すために設けられた反省の時間”として開発者が設定しているのではないか――?」と、プレイヤーには分析されている。
【キャラクターのお面】
ゲーム内イベントの装備。
どうやらこのゲームのマスコットキャラクターのようで、底抜けて明るい表情をしている。
イベントの内容は“お面を装着したプレイヤーを参加者全員が松明を掲げて追い回す”というやや物騒なもの。
この装備に限らず、フルフェイスの装備品を好むプレイヤーは多い。
「仮想の世界で仮装したら火葬されたんだけどぉーー……何このイベントぉーー」
【PKシステムについて】
基本的に、PKというものは不利を背負わなければならない存在である。
PK一人当たりに殺されるプレイヤーが多くなってしまえばゲームを楽しめるプレイヤーの数は減り、運営の不利益に繋がってしまうためである。
MMO世界におけるPKシステムの導入はハイリスクハイリターンであると言われており、別の項で紹介した通り、PKがオンラインゲームで可能であること自体、近年では稀である。
アスフォーにおいてPK行為がごく少数のサーバーでのみ容認されているのは、とある一人の有能な開発者がPKに対して並々ならぬ熱意を持っているから……らしい。