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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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エピローグ2 傍観のち諦観

 雨の日は憂鬱だ。


今日は出掛けたら、台風で帰れなくなるだろうと思った。


そんな簡単な事実を予想できない人間はいないはずなのに、自分は早朝から出勤させられることになってしまった。

店長に対して電話越しに懇願をしてみても、休みなど貰えなかった。


だからこの日、自分は大雨の中。コンビニに独りぼっちだった。


唯一嬉しいことは、口やかましい年寄り共がこの場に絶対に訪れないということだ。

近隣に住むあいつらは、いつも徒歩や自転車で移動している。

この大雨の中。わざわざコンビニにまで来て怒鳴り込んでくるような老害は流石にいなかった。


「この前一人、川に流されてたっけな。そういえば……」


自分で呟いておいて、心底どうでも良いと思った。

興味が無い。


……だけど、その事実を喜べるほど、自分はまだ非道な人間じゃないんだな――と感じた。




そういえば、ここは海抜2.5mだったか。

最悪雨量が増え続けたら、この店ごと流されてしまうかもしれない。






『あんな風に気持ち悪く太ってたら、流されないでしょ』






休憩室で聞こえてきた陰口が、頭の中で再生される。

今日もきっと自分の居ないところで、陰口が叩かれるのだ。


……なぜ、誰も彼もが堂々と面と向かってを言ってくれないのだろう。影で笑うだけなんだろう?


苛立ちと共に、その同僚たちの悪口は言い得て妙だとも思った。





自分は、“流されていくこと”が出来なかった。

他の人達の生き方とやり方に、いつまで経っても適応することができなかった。

ついて行くことができなかった。


“流れに乗れなかった”自分は、立派な社会不適合者だ。

だからこんなところで、気がつけばずっとひとりぼっちだ。


そんな状態は、どこに行こうと変わらない。

そして、一度貼られたレッテルはもう決して剥がれない。

どんなに開き直って、自分から会話のネタにしてみても、どこでもひたすらに気持ち悪がられるだけだった。






自分の太った身体を見つめる。


……食生活を改められるのならば、改めたい。


でも、不可能だと思った。


食い意地が張っているのは生まれつきだったし、貯金がほとんどない。

そんな状況下で、自分が食べる物といえば安い米やパスタみたいな糖分だらけ。

だから、ストレスと貧困と肥満の負のループに陥っている。



ふと外を見つめると、段々と雨足が強くなってきていた。

流れる雨を見ていると、近所の精米所のことを思い出してしまう。

最近は、金に困って。精米所の入り口の近くに落ちている米粒を集めて炊いていた。

だから、この雨でそれが全部流れていってしまうのだと思うとちょっと憂鬱だったし。そんな些細なことを気がかりにしている自分がただひたすらに惨めだった。


これでも昔はまだ希望を持っていたと思う。

革新的な技術が、自分の息苦しい日常を変えてくれると信じていた。

だけど、時代が変わった、技術が進歩した――なんて言ったところで、それで世の中が劇的に変わることも無ければ、自分の生活が豊かになるようなこともなかった。


誰かが――自分のような底辺が――割を食うのはいつの時代だって同じなんだろう。

当たり前だ。昔からずーっとそうなんだから。


散々期待されていたAIの技術も、結局は夢物語のような物だった。

これも当たり前だ。AIを運用するのだって、沢山の人の力が必要なのだ。

その人の力が国に足りていないのだから、どうにもならない。

運用に金と時間だってかかるし、それを怠ったら最悪事故が起きる。


だから未だに……自分のような人間が、こんな時間にこんな場所に居て。

機械ができるような単純な仕事ばかりを何とかこなすことで生きながらえている。

働き詰めで心は摩耗して、自分が何のために生きているのかなんて最早わかりもしない。

心が苦しいくて辛いのは、仕方の無いことなのかもしれない。


だから――皆そんな辛い日々が続くから、VRの技術だけが――頭一つ抜けて進化していったのかもしれない。

心の傷を癒やすために――先の無い現実世界の未来を見たくないから、仮想現実で夢を見たいと思ったが故の今なのかもしれない。







 いつまで経っても、店に客は来ない。


「……暇だな」


呟いて、事務所に移動して、眼鏡を机の上に置く。

できるのならば、ここでずーっと携帯端末を見ていたいと思う。


……何か、建設的なことをやっているわけじゃない。

ネットの掲示板をまとめたサイトをだらーっと見つめて、芸能人の誰彼が炎上したとか――あの政治家が国民を馬鹿にした発言をしたとか――あそこの会社が労働者を死なせて炎上しただとか。

そんなニュースをだらだらと見続けるだけだった。


そのうち世の中が良くならないかな、なんて思いながら。

明日には、この国がどっかに綺麗さっぱり吹き飛んでいってしまわないかな――なんて。

そんなニュースが流れてくることを、いつもどこかで期待しているだけだった。







――その時、不意に客の入店音が鳴った。





事務所に入ったばかりで間が悪いけれど、舌打ちはしないように努める。

された側が傷つくのを、自分はよく知っているからだ。


……だけど、ため息はどうしても出てしまう。

音が出ないように口を結んで、隙間から空気を吐き出す。







「――シャーラッセー……」


そう呟いて、レジに戻ると誰も居なかった。

いや、客はいるのかもしれない。自分の位置から死角に立っているだけで。


……ひどく、疲れている。眼鏡をかけてくるのも忘れてしまった。

昼夜逆転の生活がずっと続いていて、集中力や判断力が間違いなく落ちている。


しばらくして、買い物カゴを持ってふらふらと陳列棚から出てきたのは、年端も行かない少女だった。

ずぶ濡れで、妙に汚らしくて、冷えているのか体がどこかしら青く見えた。

持ってきたも乾き物というか、酒のつまみになるような物ばかりだった。


「……………………………………」


嫌な予感がした。

だけど濡れた5000円札を受け取って、淡々とバーコードを読み取った。

精算が終わっても、少女はその場から動こうとしなかった。





……困った。

一体どうしたんだろう。

冷静になれば、夜の三時に、こんな小さな女の子がコンビニに入ってくること自体変なのだ。


「…………………………………」


少女は何も言わないで、ただ黙って地面を見つめていた。

沈黙が痛かった。


「……えっと……参ったな……」


沈黙が苦しくて、思わずつぶやいてしまう。

雨の音と、店内に流れているラジオの音だけが聞こえてきた。


「あ……の……私……」


突然少女が話し始めた。

絞り出すような声だった。


「私………………家に………………帰れないんです………………」


“帰りたくても帰れないのは自分も一緒だよ”なんて、思わず目の前の少女に対して反射的に愚痴りそうになってしまった。

……自分はひょっとしなくても、馬鹿なのかもしれない。


「帰ったら…………お母さんに……叩かれるんです………………………………」


だからってこの大雨の中、よりにもよってこんな場所に居るより、家に居た方がずっとマシだと思った。

どこで生活していても色んな人間から後ろ指を指されている自分のような人間なら、少なくとも気にせず家で寝ているに違いない。


「……すみません。ええっと。参ったなどうしよう……どう……しましょうかね」


口を開いても……不器用な言葉しか出てこない。

子どもに対してどう接していいのかなんてわからなくて、思わず敬語が出てしまう。

少女どころか自分は実在する女性自体に興味なんてこれっぽっちもなかったけれど、“事案”という嫌な単語が脳裏に浮かんだ。

これ以上、自分のような人間が、年端もいかない少女に関わってはいると不利益を被りそうだと思った。


「よくわからないんですが――――帰った方が良いんじゃ無いですかね? ここにずっと居られてもなあ………………」


少女が顔を上げる。

近視だからか……その表情はよく見えない。




『だけど、だけど何か――』



嫌な予感がさらに大きくなる。

少女はただ両手を組んで、自分の胸を強く抑えつけている。




『何か――自分は何かとんでもないことをしているような――』



ここでこの娘を帰したら、きっと自分は後悔する。

少女は目をそらして、再び床を見つめた。








『――まずい。このままでは何か良くないことが起こる!』



「あ……あの……!」


咄嗟に声が出た――







入店音と共に鳴り響く雨の音。


――――自分の声は届かなかった。


少女はがくりと肩を落としたまま、ふらふらと店を出て行った。

店を出る直前――その体が、小さく震えていたような気がした。


「あー…………………………」


いつもそうだった。

こうやって何かトラブルが起きたり、困っている人間がいたりすると“いつも終わってから”だ。

全て終わってから自分自身に言い訳するのだ。


『俺に一体何が出来るんだ』って。


『きっと他の誰かがどうにかするさ』ってぶつぶつぶつぶつずーっとずーっと呟くのだ。


――自分から率先して、何もしようとしないくせに。















結局、その娘の名前を知ることは無かったけれど――その娘がその後どうなったのかは知ることが出来た。

翌日、コンビニに警察が来て色々事情聴取をされて、運ばれてきた朝刊の記事が自分の目に入ってしまったから。













あの娘はただ、冷えて青くなっているわけじゃなかった。


もうちょっと自分がまともな人間だったら――まともな状態だったのなら――できることがあったはずだと思った。

冷静になれば……少し考えればわかるはずなんだ。


大人の自分でさえ、逃げ出したくなるような毎日を過ごしているのに、あの年端もいかない少女に、一体どんな逃げ場所があったんだろう?


居場所が無いと、人は“死にたくなる”。

そんなことは今ここに居る自分自身がわかっていたことだったのに……もう何もかも、手遅れだった。








わからない。何もかもがわからなくなっていく。

自分の立っているこの場所は、誰の為の物なんだろう。

一体、誰の為に自分は生きているんだろう……。


きっと怖いんだ。自分はきっと。

この腐りきった今の日常すら、壊れてしまうのが怖いのだ。









――――――――――――――――――――――――――――――――





「こんなくだらない理由よ。納得してくれたかしら?」


そうして自分――“私”は、目の前に立っているいけ好かない猫に、約束通り話すべきことを全て話した。

間取りが変わったばかりの廊下に立っているのは、自分とその猫の二人だけだ。


「心底、情けない話よね。私自身がつまはじきになっていたからって、拗ねて捻くれて……気がつけば、私も他人に対して無関心な、冷たい人間に成り果ててたってわけ」


背が低いという理由で椅子の上に立っていた私は、目を背けて新しく作られたばかりのピカピカの窓を見つめる。

プライバシーの設定をしているからか、外から中を見ることはできないようになっているらしい。


「――少年は私に、感謝したがっていたけれどね。そもそも、今の私にそんな資格最初からありはしないのよ」


要は、罪滅ぼしのつもりだった。

それもただの自己満足に近いもの。


ただ運よく偶然、目の前に自己満足の―― ――贖罪のチャンスが降ってきたから、自分の都合良いように解釈して……それを利用させてもらっただけ。

私が少年に便乗して戦ったからって、既に失われたものは戻ってこないのはよくわかっていることだった。


「……お前は、マジモンの馬鹿だな」


それまで無言だった猫にいきなり毒を吐かれた。

……コイツにこういう風な返事をされるのはわかっていたことだった。


「ええ、馬鹿よ。助けられるはずの人間を助けられなくて、それで失態のやり直しを求めて――縋りつくようにただ戦いに“ついて行っただけ”の大馬鹿。リスクを負うっていうのも結局口だけだけ。本当は自分の日常が壊れるのが怖くて、自分の意志で誰かを助けようともしない無能」


猫はため息を吐いた。

“息を吐き捨てたといった方が正しいかもしれない。


「テメエはいつもそうだ。オレがお前をコケにしているときは“そんなわかりやすくじゃねえ”んだよ」


「……どういう意味よ」


「例えば、お前の職業を馬鹿にする時とかそうだな。オレはコンビニ店員という職業を無碍にしているわけじゃねえ。オレは“いい年していつまで経っても分不相応な場所に引きこもっているお前の精神性”を馬鹿にしてるっつーだけだ」


いつも罵倒されている身としては、とてもそうは聞こえないけれど……。

それでもコイツは、少なくとも今回の件に対して、私を“もっと別の部分で馬鹿にしている”つもりらしい。


「オレが今回馬鹿にしているのはな……お前が昔、その餓鬼を“助けようと思ったこと自体に対して”だ」


一瞬、目の前の猫の言葉の意味がよくわからなかった。


「例えばだ――それでそいつを助けてお前はどうなるんだ? お前自身の明日がそれで良くなるのか? ならねえだろ? ならそれは……時間の無駄ってヤツだぜ。今回の件だってそうだ。垢の他人に尽くすかどうかうじうじ迷っている暇があったら、テメエの利益の為に動けばいいだけの話じゃねーか」


「それ――本気で言っているの?」


「ああ。マジの大マジだ。お前はくだらない馬鹿野郎なのさ。今回だってそうだ。やらなくてもいいようなことをして、損をしたっていうだけの馬鹿だ!」


なんというか……怒りを通り越して、呆れてしまった。


「………………アンタには、人の心って物がないわけ?」


「全く無いわけじゃあねえよ。オレは今回、戦うことでクリアの顔を立ててやる意図があった。ただ――今の世の中、“人の心”なんて物は、持ちすぎていても邪魔なだけだぜ」


自分自身の放った言葉に納得するかのように、小柄な猫は何度も頷く。


「実際見てろよ。オレは“勝った”つもりだ。オレ個人は捕まっていた連中に対して何の感慨もねえし、なんとも思っちゃいねえが――何も失うこと無く、実利で動いてデカい報酬を得てみせた。これで、オレはこの世界でもっとビッグになれる!」


「アンタらしい物言いね」


「……実際、“これ”が一番正しいんだよ。お前も信用できる人間以外、ガンガン他人を踏み潰せばいいのさ。そうすりゃ明日から、幸せに生きられるに違えねえんだ」


その顔には、いつもの嘲りの笑みが浮かんでいなかった。

まるで、本当に真剣にそう思っているかのようだった。


「……ベルシー」


「んだよ」









「やっぱり私。アンタのことが心底嫌いだわ」


「………………そうかよ。肥満を拗らせて、さっさと死んじまえよデブ」


ベルシーは堂々と言い放って、振り向くこと無く外に出ていく。



玄関ドアが開くと同時に、雨の音が聞こえてくる。


「………………………………」


椅子の上で再び背中を向けて、窓から外を覗き込むように見つめた。





こっちの世界は、昼を過ぎたらすぐに雨が降り始めた。

ゲーム内の天気予報じゃ、ここから先の天気はしばらく雨が続くらしい。

スミシィフ地方のハイダニア周辺は、サービス開始時からずっとそうだ。


普段は晴れ晴れとしているのに特定の時期に雨が降り続ける。

『建国に関わった雨降らしの巫女がメインクエストに絡んでいるから、天気に補正がかかっている』っていう噂もある。


ここは食べ物が美味しいのに、本当の本当にそれだけは残念。

それがわかっていたから、ハイダニアには長居するつもりはなかったんだけど……。





久しぶりにぐっすり眠れたはずなのに――嫌だなあ。

嫌になっちゃうな。











誰にも聞こえていないのに、気がつけば一人で呟いていた。


「……雨の日って、憂鬱よね」

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