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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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エピローグ 先を“観る者”、前を“見つめる者”

 朝日が差したのは、仮想空間の中だけだ。

終わりが見えないようなとても長い夜を超えてログアウトをした先の現実世界は、未だに夜の闇に包まれていた。





ゲームにログインしている間に横たわっていた布団は汗びっしょりで、まるで自分自身が悪夢にうなされていたかのようだった。


それまで装着していたVRのゴーグルを非アクティブ状態にして、本体から接続を外す。

それから重い体を起こして、ふらつきながら机の上に手を伸ばす。

ログイン前にタンブラーに入れていた温かい紅茶は、気がつけばもうすっかり冷めている。

それを一気に口の中に流し込んでから、ゴーグルを握った状態のまま立ち上がり、よろよろとベランダに向かって歩き始めた。



……戦いの結果、事態は収束に向かいつつある。

GMを通じて、運営が警察につなげてくれるというのなら、不測の事態が起こらない限り、この事件は穏便に幕を閉じるだろう。


そう、今回の事件は決して世界の危機を揺るがすような話ではない。

ゲームの中の……小さな小さな事件として“終わってしまう”ことになる。










しかし、全てが丸く収まったわけではない。

事件が起きた原因は無くならない。


レットから敵についての話を聞いて、気づいたことがあった。

『多すぎる年寄りと希少な少女の“交換レート”』。

そして件のフェザータッチが話していた『社会問題』という言葉。











俺の中で、『少子高齢化』というありきたりな――しかし“本来ありきたりになってはいけない単語”が自然と思い浮かんだ。


レットが今回の事件を通じてその言葉に行きついたのか――それは定かではない。

だが、少なくとも俺からレットに対して詳しく話す必要はないと思った。


あの“少年”はレットにこうも言っていたらしい。


『これは責ある大人達が頭を抱えながら、意味有りげに進展も無く大袈裟に話すべき社会問題の一つにすぎない。――キミには関係の無い話だ』――と。


その言葉に引きずられて、俺は今まさに頭を抱えていた。


……今回の事件だけでは無い。

フォルゲンスでレットが巻き込まれた“あの事件”だって、広義的には今回の事件と似たような物だろう。



「“ゲームと現実は繋がっている”……か」



世の中の見え方という物は、人によって違ってくる。

それでも……もしも……もしも社会が問題だらけで、その行く末が、本当に暗いのならば――人々の心が冷たいのならば――ああいった事件は美しい仮想世界の中で再び起きるかもしれない。


そうなると……俺達は、果たして一体何の為に戦ったのだろうか?

現実の社会で起きている問題が――まるでグラスに注がれ続けて溢れ出た水のように――少しずつ少しずつ――しかし続々と、仮想世界に零れ始めている。

巨大な社会から漏れ出た形の無い無意識の悪意の前では、個人の存在などあまりにも非力で無力だ。





「このままで良いのか? 果たして……このままで……」


――ゲームの機材がスリープ状態に入った音が聞こえてくる。

俺は振り返って、布団の真横に置かれている機材を見つめた。


「……………………」


VRの技術は、死にかかっていたMMOというゲームジャンルを半ば強引に復権することに成功した。

その結果、個人個人が幻想的な世界の中で、いろんな考えや様々な主張を持った普段出会わないような人々と、現実と遜色ないレベルで交流できるようになった――ように感じる。









――その一方で、隣の家に住んでいる人間のことを知っている者が、今の世の中に果たしてどれだけいるのだろうか。


「少なくとも、俺にはわからない……」


カーテンを開けると、ベランダのガラスの先には閑静な住宅街が映っている。


俺は(おもむろ)に、目の前に広がる景色に対して――持っていたゴーグルを掲げてみた。

しかし、仮想世界の入り口が反対側の世界を見渡せるわけもない。







VRゴーグルを通した俺の視界は、真っ暗なままだ。








……そうだ。目の前の、あの家々の中で誰が住んでいようが、その中で何が起きていようが、今の俺には何もわかりはしないのだ。


いや……もしも何かトラブルや事件が目の前で起きたとして、果たして俺は何か行動をするのだろうか? 他者に協力を求めるのだろうか?


――きっと、俺にはできないだろう。

現実世界ではおろか、ゲームの中ですらできないだろう。

今回のレットやタナカさんのように……到底できないだろう。


忙しいだとか、他の誰かがやるだとか、何か理由をつけて、見捨てるに違いない。


今回の事件も、自分が第一発見者になったのなら――そういう理由で見逃していたんじゃ無いだろうか?





できるものなら、問題の先送りをしてしまいたい。

今置かれている状況からも、逃げ出してしまいたい。


謎に(まみ)れたあの少女だって……ひょっとすると何か――俺個人では測りきれない程の、大きな社会の闇に翻弄されているかもしれない。


(……こんな俺に、一体何ができる?)


そこまで考えて……自分自身の気分が酷く落ち込んでいることに気づいた。

きっとここ最近、きちんとした睡眠をほとんど全く、取っていないからだ。

ひょっとすると、疲労が蓄積しているのかもしれない。


そうだ――だから。

休憩に入る直前――ログアウトの前に、レットに対して泣き言をこぼしてしまったんだ。

こんな陰鬱な独白を、零してしまったんだ。


アイツは俺の言葉を聞いて、なんと言っていただろうか――









――――――――――――――――――――――――――――――――






「そんなに、難しいことかなあ? 複雑に考え込む必要は無いと思うんですけどォ……。クリアさんって、普段飄々としているくせに、結構先までいろんなこと考えていたりしますよね」


俺の質問に対して、レットが部屋の中でそう呟いた。

家のサイズ全体を大きくしてまで増設した部屋の中には、急場故にほとんど何の家具も置かれていない。


部屋にはベッドが一つだけ設置してあって、そこに“件の少女”が寝かされていた。


横になっているのに開いたままのその真っ暗な瞳は、この少女が陥っている事態の重さを如実に表していた。


「そう――だな……すまない。ちょっと気が滅入っていたんだ。最近色々、気分が落ち込むような良くないニュースを見過ぎたり――良くない出来事に触れすぎていたのかもしれない。お前は大丈夫なのか、レット」


「大丈夫って……どういう意味です?」


「……お前が戦ったあの男のことさ」


ゴーグルを外して、眠気とは関係なしに両目を擦る。


「お前から話を聞けば聞くほどに、まともじゃないのがよくわかるんだ。お前は、あんな恐ろしい目にあって、怖くなかったのか?」


レットは俺の隣で、並ぶように部屋の壁に寄りかかっていた。


「………………凄く、怖かったです」


こちらを見つめるようなことはせず、レットは目を細める。


「怖くて、頭がおかしくなりそうでした……」


「……よく、逃げなかったな」


「……逃げていたら――多分もっと、もっともっと怖い思いをするって思ったんです。あれを見過ごして、何事も無かったようにゲームを続けるなんて、オレにはとても無理だったから……」


その間も、レットはずっと少女を見つめている。


「そうか……」


「それに――勇気を貰えたんです」


そう言って、レットは俺の腰に刺さっていた“最後の一本”を指さした。


「オレがなんやかんや最後まで戦えたのは、クリアさんの貸してくれた武器と装備のおかげです」


俺は壁に寄りかかった状態のまま剣を抜いて、眼前に掲げてその刀身をじっと見つめた。













――違う。





『………………こんな武器、勇気とは程遠い物だ。立派なものじゃないんだ』





そう言いたかったが、俺はレットの気持ちに水を差したくなかった。

だけど、これ以上見ていられなくて。

俺は剣をインベントリーに仕舞って、ゴーグルを強く押さえた。


「……確かに、クリアさんの言うとおりです。オレも今回の事件で気は滅入りました。気分も落ち込みましたよ。……でも――――――悪いことや怖いことや、辛いことばかりじゃ無いんじゃないかなって」


俺はレットの言葉の意味が理解できず、思わず首を傾げた。

それを横目で見たレットは、ややふてくされながら話を続ける。


「だって、そうじゃないですか! 少なくともあの人達やこの娘がここにこうして居られるのは、チームの皆が思い思いの理由で一緒に戦ってくれて、協力してくれたからなんですよ!? クリアさんにケッコさんに……テツヲさんに、リュクスさんだって。それこそ、ベルシーだって――」


「………………ベルシーもか?」


「あ、あ~……」


俺の質問に、レットは腕を組んで考え込む。


「流石にちょっと――ベルシーは駄目かも……」


「だよな!」


自然と笑みが零れた。

二人でひとしきり笑った後、再びレットが少女を見つめる。


「それでもオレ、メンバー全員に感謝しているんですよ。本当に……最低最悪だけど――もしかすると、最高のチームなんじゃないかなって思えてきました」


「――それは良かった。誘った身としては、嬉しい感想だな。正直俺も、他のチームじゃ絶対に不可能な作戦だったと思う」


「……はい。そしてそんな人達と、ギリギリの戦いを乗り越えて、やっぱり気づきました。……オレは、やっぱり全然強くもなんともないんだなって。――他人より秀でた物なんてこれっぽっちも無いし。だから、やれることなんて限られてるんだなって……」


「……………………………………」


「でも……だからこそ、オレは今、オレの手の届く範囲のことを、やれるしかないんじゃないかなって……。上手く言えないけれど、自分の目の前にある――やらなきゃいけないことを――やれることを――一つずつ……丁寧にやるしかないんじゃないかって、そう思うんです。だって――結局“それしかできない”んだから、悩んだって辛いだけじゃないですか! それに――」


レットが顔を上げる。


「――救われたんですよね? この娘も、あの人達も……助かったんですよね?」


「……まだ断言はできないけど、多分。もう大丈夫だろう」


「だったら、まずはそのことを喜ぶべきなんじゃないかなって思うんです。先のことを考えたら不安なことだらけだしキリがないけれど――今だけはオレ……素直に喜んで良いと思っています!」


「そうか……………………そうだな!」









「――ん……。う――――――――――――」


少女が、突然声を出した。

俺はレットと二人で顔を見合わせる――それから慌てて、少女の元に駆け寄った。

気がつけば、少女の開きっぱなしのその目が閉じている。

それは憑きものが落ちたような安らかな寝顔で、規則正しい小さな寝息が聞こえてきた。


「安心――できたんですよ。――きっと、そうだ」


レットがそう呟いてゆっくりと頷く。

その目には、涙が浮かんでいた。






――――――――――――――――――――――――――――――――








そして、それから時間が経って。

少女がついに目覚めて……俺達は――







「俺達は……………………」





――いや、違う。

今、思い出すのは“ここまで”で良いはずだ。




とにかく、レットは落ち込んでいた俺にそう言ってみせた。


……そう言ったのだ。


レットの言う通りだ。

何もかもが最悪なわけじゃない。


アイツの目に映る物は、世の中に対する絶望的な未来視なんかじゃない。

後ろ向きでもなければ、悲観的でもなかった。


レットは、誰よりも“今”を見ていた。


「『他人より秀でた物なんてこれっぽっちも無い』か――――――――――俺はそうは思わないけどな……」


部屋の中でそう呟く自分の表情が、いつの間にか穏やかになってきていることを実感した。


……少しだけ、アイツに元気をもらえた気がした。


「――よし!」


……深く考え込んで、落ち込んでいる場合じゃ無い。

今はとにかく、自分にできることをしなければいけない。

俺にしか出来ないことだって何かしらあるかもしれない。

“やりきらなければいけない理由”だってある。






――だけど、その前に。


せっかく出来た久しぶりの休息の時間だ。

これから先も徹夜は続くに違いないから、一先(ひとま)ず、気分転換をしようと思い留まった。


「さて――最初に、何をすればいいか……」


そうだ。……まず、部屋の換気から始めよう。

澱みきった重い空気を、入れ替えるべきだろう。


そう思い立って、俺は目の前の硝子戸に片手を添えた。

――そうだ。片手でだ。

……持っているゴーグルを、“まだ手放すつもりはない”。


「…………………………」


それでも――少なくとも…………目の前の窓を開けるくらいのことはしよう。





今よりも少しだけ、“外の景色に目を向ける”くらいのことはしよう。






吹き込んでくる夜の風は、まだ……きっと冷たいに違いないけれど、真っ先に入ってくるであろう新鮮な空気の清々しさという“当たり前”に……気づけるかもしれないから――










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本当に情けない話ですが、正直に言ってしまうと作者はモチベーションの維持が苦しい状態が長期的に続いております。


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