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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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最終話 夜明けの始まり

 『適材適所』。そのテツヲの言葉はレット達の次の行動の指針となり得る物だった。


 それは、ゲームであるが故の荒業。

チームの家の居間の内装が、あまりにも雰囲気にそぐわない物であるということもあってか、急遽部屋を新しく増設。

その後、そこに人質達を全員移動させた上で、聞き取りを行うメンバーを選出することにしたのである。


この部屋の増設は――


『緊急時とはいえ、細かな個人情報をメンバー全員にまで拡散する必要は無い』


――という、タナカの意見を受けてテツヲが行ったものでもあった。


結局、他に適任はいないということで、タナカが人質達に対して問いかけを行う役を真っ先に買って出る。

そして、得た情報を記録する役をクリアが担当することになった。








「大丈夫かな……。上手くいくかな……」


少年は、居間の中を行ったり来たりしながらそう呟いた。


「オイ。だらだら歩き回るな。うっとおしいぞ“劣徒”。……黙って待ってろ」


「心配しても。しゃーないで。俺らが全員で。一気に人質と接してみい。間違いなく――」


テツヲが無表情のままケッコを一瞥する。


「――色々“揉める”で。そうなったら。余計な時間が。かかるやろ」


「もう……失礼しちゃうわ。私、そこまで大人げなく無いわよ! そう言うテツヲさんこそ、外見が怖いんだもの。きっと棒立ちしてるだけで揉めるわよ!」






その後も少年は居間の中で(半ば祈りながら)心配を続けていたが、しばらくして部屋から出てきたクリアの報告を受けてそれが杞憂だったことを知る。

クリアの報告曰く、『人質の中の一人の男性が、つらつらと自らの昔のことを思い出したかのように話し始めた』とのことだった。


「ややお話の内容に乱れがあるものの、ご自身のお名前を言えるだけ僥倖と言えるでしょう」


そうタナカは結論づけた上で、捕らえられていた彼ら自身を救い出すための必要な情報が集まるのは時間の問題であると推測した。


「じゃあ……クリアさん……これで、今度こそ――」


「――ああ。……本当の本当に今度こそ、一安心しても良さそうだ! このペースで聞き取りができるのなら、万が一運営が暴挙に走ったとしても十二分に(くさび)をぶち込めるだろう」


安堵からか全身の力が抜けて、少年はその場に座り込んだ。


「そうかよ。何にせよ、上手くいって良かったぜ。ここまで来て“契約不履行”になったらたまったもんじゃねえからな!」


「ほむ。だったらベルシは。俺に。感謝せーや」


「後は……聞き取りと同時並行で、私達(ワタクシタチ)の、このチームの家の内装を一時的にリーダーさんに変えていただく必要があるでしょう。僅かな時間とはいえ、あの方々がきちんと(くつろ)げるような場所にしなければなりません……」


「構わんで。タナカ。俺に要望を言ってくれや。手伝うで」


「さすがテツヲさん。気前がいい。しかし、そうなると……参ったな。他のメンバーに、なんて説明すればいいんだろうな……」


「後で考えましょうよ。今は喜ぶだけで充分! 今日のお昼はぐっすり眠れるわ~」


安堵感からか、メンバー達は思い思いに騒ぎ始める。

もう再び緊張する必要は無い。



(良かった。これでようやく一息つけるんだ……)


そう思った時――――――――――







居間の、廊下に繋がるドアがほんの僅かに開いていたことに気づいて、レットは思わずその眼を見開いた。









「………………………………」


しかし、レットは再び緊張するようなことなかった。

ドアを開けて“覗いていた”のが誰か、少年には既にわかっていたからだった。


「〔おいレット。長時間ずーっと緊張して、大分疲れたろう。“席を外して一息ついてこい”〕」


そう囁くクリアは開いていたドアをじっと見つめている。


「〔『お前にしかできないこと』がまだある――だろ?〕」


「〔………………はい!〕」


レットは騒いでいるメンバーを尻目に一人で居間から廊下に出る。

直後に、玄関のドアが閉まった音がした。

レットは慌てて廊下を駆け出す。




『ん。レットは。どこ。行ったんや』


『……アイツも一休みしたいんですよ。気にしないでやってください。とりあえず、オレはタナカさんと聞き取りを続けます。テツヲさんは部屋の内装を変えちゃってください』


『オレとしては、やっぱりインテリアにシーリングファンは欠かせねえと思うぜ? 壁にアコースティックギターも欲しいよなあ!』


『……アンタのリア充じみた趣味なんて、誰も聞いてないわよ!』






その間も、居間の中から話し込むチームメンバー達の談笑がレットの耳に自然と聞こえてくる。

それを振り切るかのように廊下を横断して、レットは玄関のドアを躊躇なく開けた。






レットは住宅街に出て周囲を見回す。

レットの探していた人物は――便箋だろうか? 何かの封筒を住宅街の中央にあるポストのようなオブジェクトに投函し終えて、まさに今、この場を去ろうとしている所だった。












「――リュクスさん。待ってください!」








レットが引き留めると、長身の猫族の男は振り返らずに足を止める。

夜の闇と住宅街の木陰が、その姿を真っ黒に染めている。


「…………………………………………」


「…………………………………………」


しばしの沈黙の後、リュクスが闇の中で気まずそうに自らの後頭部を掻いた。


「……………………意外と、抜け目が無いのだな。吾輩の存在に気づくと――は」


「……危ないところで助けてくれたから――もしかしたら、最後まで見守ってくれているんじゃ無いかなって。オレ……そう、思ったんです」


リュクスは背を向けたまま、帽子を片手で抑えて項垂れる。


「それは、買い被りだ。そこまで吾輩は出来た人間では無い。ただ、再出現(リスポーン)地点を住宅の中に定めて……そこに戻ったら万事が万事、円満に終わっていたというだけのこと。引き返して――勝利の余韻を楽しみたまえよ」


リュクスは立ち去ろうと歩みを進める。


「あ――――――――!!」


レットは木陰から出たその姿を見て絶句した。


いつもリュクスが装備している雅のある狩の装束は傷だらけになっていた。

肩部分は小さく破けていて血まみれで真っ赤に染まっている。

全身の装備品のあちらこちらが煤けており、僅かながら、体から煙のような物が立ちこめていて焼け焦げた臭いがした。

そして、いつも携帯しているはずの豪華な装飾のされた長身の銃は――敵に奪い取られたのか、ホルスターごと無くなっていた。


「あ……あの――!」


レットの声に、困ったように自らの首筋を撫でて、リュクスが足を止める。


「その――ボロボロですね……」


「…………優美さの欠片も無い。最終的には無様に負けたよ。あそこまでの大人数相手を全て倒せるとは、最初から――思ってはいなかったが」


「それなら……それなのに……どうして、助けに来てくれたんですか?」


リュクスは暫くの間俯いて、それから小さく呟いた。


「……事件の秘密を吾輩が知ったときから、ずっと――悩んでいたのだ」


「――悩んでいた?」


「扉の隙間から聞こえてくる話はおぞましく、そしてとても醜い物だと思った。同時に、それまで自分自身がしていたことの恐ろしさをよく理解したよ。(うつ)()を通して、ようやく己を客観視することが出来たのだ。――吾輩は、軽率な人間だった。もう二度と盗撮はしないとここで誓おう」


「――リュクスさん……でも……何もそこまで……」


「貴公――いや………………………………“君”が気にする必要など無い。吾輩にも、どうやら僅かながら良心が残っていたようでね。その小さな良心に動かされて助太刀すると決めた時、既に覚悟していたことだ。吾輩自身が、吾輩自身の在り方を、変えねばならないときが来たのだろう……」


リュクスが振り返ってレットに近づいてくる。

その身が再び影に隠れた。


「丁度良い……受け取ってくれ。吾輩には、最早無用の品だ」


影からリュクスの手が伸びる。

レットに差し出されたのはおそらく、愛用していたであろう写真機だった。


「こんな立派な物。オレ……受け取れません」


「物自体は確かにそうだ。しかし、吾輩のせいで汚れた道具と成り果ててしまった。“君”がそれを、真に立派なものにしてやってくれ」


レットはゆっくりと両手を差し伸べてそれを受け取る。

長身のはずなのに、少年には目の前の男が妙に小さく感じた。

今にもその体が溶け出して、影の中に消えていってしまうような錯覚すら覚えた。


拘っていた物を捨ててしまって――きっと、もう目の前の男には何も残されていないのだと、少年はそう直感した。


リュクスが踵を返そうとする。

しかしその時――


「あの――――――オレも、リュクスさんに面と向かって言わないといけないことがあるんです」


レットはリュクスを引き留めた。

背筋を伸ばして頭を下げる。










「“ありがとうございました”」










当たり前の、単純な一言だった。

しかし、それは少年にとって今一番伝えなければならないと思っていた気持ちだった。

面と向き合って、誰に勧められることも無く、自分の意思で伝えたい言葉だった。


「………………久方ぶりだな。――この世界の中で、その言葉を聞くのは。吾輩も、君に感謝しているよ」


リュクスは再びレットに向き直って、伏せていた顔を上げる。


「何を言っているんですか。オレ、感謝されるようなことなんて、何もしていませんよ」


「今になって、白き……いや。Clear・Allが君を気に入った理由がよくわかる。――きっと、君に対してどこか懐かしさのような物を感じているのだろう」


「――“懐かしさ?”」


「昔の懐かしい思い出さ。吾輩も同じだ。……君の必死さと純朴さのおかげで久しぶりに思い出すことが出来たのだ。この世界の中で、互いに手を取り合い助け合うということの大切さをな……」


「リュクスさん……」


帽子の影のせいで、レットにその素顔を完全に見ることは出来なかった。

敗北して剥がされてしまったのか、リュクスの顔には白い仮面がつけられていない。

影の中で、レットを見つめる金色の眼だけが淡く光っていた。


「……何故だろうな――。外よりも遙かに暖かいはずのこの世界の中に居ながら、そんな当たり前で大切なことを……いつの間にか忘れてしまっていたよ」


そう呟いてリュクスはレットを見つめたまま、何かを懐かしむかのように目を細める。


「“助け合い。そして、感謝される”……かつての吾輩にも、そのような日々が――在ったはずなのだがな……」


見つめられたレットはその目にどこか――優しさのようなものを感じた。




 ハイダニアの夜が明けようとしていた。

昇りつつある朝日で、住宅街の影がより強く象られ、そして消えていく。


長身の猫が今度こそ少年から背を向ける。


「……“さらば”だ」


「はい。――“また、明日!”」


闇と共に今まさに立ち去ろうとしていたリュクスは、その言葉を聞いて一瞬立ち止まった。

その体を包む夜の闇と影が、急速に失われていく。






長身の猫は軽く笑って――僅かに差し込む太陽の光を背に浴びながら、ゆっくりと少年の前から歩き去って行った。










【Battle Result】


《到着時のメンバーの状態》

ベルシー 重傷

クリア  瀕死

レット  瀕死

テツヲ  戦闘不能

タナカ  戦闘不能

ケッコ  戦闘不能

リュクス 戦闘不能



《失ったもの》

・メンバーの装備品。多額のゴールド。


《得たアイテム、ゴールド》

・特になし。








【余談:その後のメンバーの悲喜交々】


・ケッコ

 戦いの前に店長に休む旨を伝えたところ『代わりに入るバイトを電話なり何なり自分で探してこい』と言われていたらしい。

そこで、仕方なしに本人は馬車に乗るギリギリまでバイト仲間に電話をしていたようだが、ここで全員に着信拒否をされていたことを彼は知ることとなる。

結局、代理を探すことができない状態のまま作戦参加を優先していたことが後日判明した。


結局ケッコの勤務先のコンビニは、前シフトに入っていたブラジル人が気を利かせて残業――なんてことは特にしてもらえなかったらしく、就業時間ぴったりに帰ってしまい誰もいない状態になっていた。

その状態のまま開店し続け本社にクレームが飛んだらしく、翌日くたくたになって寝ていたところを昼に店長に呼び出され他のバイト仲間達の前でドヤされることになったが、夜勤に入れる他の人員が居ないらしく結局クビには至らなかったようだ。


そして――そんな状態でも彼は即帰宅し、ゲームにログインをしている。


・ベルシー

 今回の事件とは全く関係なしに偶然――近所の焼き肉屋がガス爆発を起こした結果、『外出したら一酸化炭素中毒になるかもしれない』という滅茶苦茶な理由を思いつき、すでに乗り気では無くなっていた大手企業の役員面接をドタキャン辞退。

そしてその後普通に外出し、バーの賭博で14万勝ったとチーム内チャットで自慢した。

『今月の水道代は普通に払えそうだ』とベルシーに言われたクリアは『色んな意味で……お前は一体何をやっているんだ』と呆れた果てたという。

最終的に、稼いだ金はその晩にクラブで飲んだくれた結果、どこかに消滅したという。


・タナカ

情報の聞き出しは早い段階で完了したようだが、捕まっていた人々につきっきりの状態が続いている。

自分の置かれている多忙な状況を鑑みてベルシーが未だ自分に対して“請求”をしてこないことに感謝しているようである――が、単純にそれどころでは無い状況にベルシーが陥っているという事情を知っているクリアは彼に対してベルシーの悪性を説明するのがめんどくさくなってしまったらしく『……アイツはそこまで良いヤツじゃないぞ』としかタナカには伝えていない。


・クリア

事件終了後、タナカやテツヲ経由でゲームマスターのロクゴーとやり取りをしながら事件解決の手伝いに奔走している。

ログアウトはしているようだが、以前よりもさらに眠る時間が減ったようで、うとうとする頻度が増えた。

なぜ前々から睡眠が不足しているのかをレットが聞いても答えるつもりはないようだ。

巻き込み続けている申し訳無さからレットは彼を頻繁に気遣っているようだが、『とりあえずお前はお前できちんと学校に行け』――と、こちらもこちらでレットを気遣っている模様。


・レット


――まだ、完全に全てが終わったわけでは無い。


……だからこそ気が高ぶりすぎて眠ることが出来ず、翌日は寝坊した。

学友に何があったのか聞かれたところ「昨晩……興奮しすぎて……」と致命的な失言を行ってしまい、女子生徒に噂されることとなってしまったが――本人はそれどころではなかったらしく一日中真剣な表情で考え事をしていて全く動じていなかった。

思うところがあったのか、帰り道にホームセンターで頑丈な杖を購入して、足腰の弱くなりつつある祖父にプレゼントをしたらしい。

祖父には泣いて喜ばれたらしく、本人は相当照れくさかった模様。


本当はアルバイトなりなんなり、ちゃんと自分で稼いだお金で買いたかったようで、色々すっ飛ばして「アルバイトをしたいなあ」という発言をしてしまった。


結果、『小遣いを充分に貰っていないのか!』と祖父が激昂しレットの両親に怒りの通電。

本人としてはすぐにゲームに戻りたかったようだが、揉めに揉めてしまったという。


・テツヲ

実は晩飯をまだ食べていなかったらしく遅れに遅れた夕飯(カレー)を食べた後に即就寝。

『ニートだからこそ生活時間は正さなければいけない』らしいが、徹夜をするときは普通に徹夜をするためこれは本人の気紛れに近いようである。



そして翌日、睡眠時間を削ってまで朝一でソープに向かった。


しかもその後、普通にゲームにログイン。

ゲームマスターのロクゴーを再び呼び出した挙句『プレイの内容を仔細に報告した』結果、精神的に追い詰めてしまいクリアに怒られたらしい。

本人曰く、『硬くなりすぎているので息抜きが必要だと思った』とのことだったが、この発言を聞いたレットに『その発言そのものが下ネタではないか』とかつて無いほどの凄まじいキレで盛大に突っ込まれた。



最終的に、なんやかんや真面目に今後のことを話し合っているようである。





・リュクス

演出じみたフェードアウトをした夜のハンター。

しかし、自らの欲望を抑えるためかハイダニア城下町の路地裏で身もだえていた写真が外部掲示板で晒されることとなる。

その演舞のような悶えっぷりは匿名の人間達の嘲笑の的とされていた。



だがそれでも、少なくとも――後にその醜態っぷりを見たレットは決して笑わなかった。




【チームGoddessの悪評】


メレム平原でドンパチやっていたのを見られていたらしく当たり前のように掲示板に晒された。

しかし、普段の素行と評判が最低に近いため取り立てて大騒ぎされるようなことは無かった。


この日も多くの出会いと別れ、そして様々なゲーム体験があったに違いないが、それでもほとんどのプレイヤーにとってはごく普通の一日だった。


「そうして今日も日は沈む。しかし再び必ず登る」















Thank you for reading!(読んでくれてありがとう!)

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