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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第三十七話 本当に悪いヤツ

 レット達の乗っていた馬車が住宅街に、出発したときと同じ状態を維持するようにチームの家の前に転送される。

直後、破損していたことをまるで突然思い出したかのように三輪となった馬車が大きく傾いた。

立ち上がろうとしたレットは足を滑らせて、結局そのまま馬車に空いた穴から外に放り出されてしまった。


[わったたたたた――ゲウッ!!]


その目に映ったのはチームの家の玄関ドア。

そして――


「レットさん――よくぞご無事で!」


――戦闘不能になって戦線から離脱したメンバー達の姿だった。

倒れたままの少年に、ケッコが歩み寄って笑いかける。


「ほら、言ったでしょ? “もう大丈夫”だって」


今度こそ戦闘が完全に終わったという扱いとなり、レット達の減少していた体力は完全に回復する。

それから、チーム以外の一部のプレイヤーが中に入れるように設定を行った上で、岩窟から運び出した時と同じように、クリアとテツヲとレットの三人は一列に並んだ状態で人質達を家の中に運び入れた。


「必死にやっとるとこ。外野から。パーティの会話で騒ぐわけにも。いかんから。俺ら割とやきもきしとったが。無事に到着できて。よかったで」


廊下を歩きながら、テツヲがレットに話しかける。


「……それでも、まだ全てが終わったわけじゃ無いんですよね?」


「もちろんだ」


レットの疑問にクリアが答える。


「この人達の安全は未だに保障されていない。……むしろ、ここからが勝負だぞレット。当初の予定通り、個人情報を聞き出すんだ」


「“情報の抜き出し”ねえ……」


そう言って、“運搬役”達の真横を歩いていたケッコが不安そうな表情をする。


「ちょっと私達の見た目、危なくない? この年寄り達がボケていたとしても、こんな滅茶苦茶な状態の連中にズラーっと囲まれて言いたいこと言えるのかしら?」


「確かに、そうかもしれません。しかし、今の私達(ワタクシタチ)には他の選択肢はありません。それがどんなに困難なことであろうと、やるしかないでしょうね……」


タナカの発言を聞いて、後ろから早足で近づいてきたベルシーが鼻で笑う。


「ま、好きなようにやれって話だぜ。オレはもう知らねえ」


「――おいおい。お前に報酬が渡るのも、全員の無事が確保されてからなんだぞベルシー。俺がチェックした“契約書”に自分でそう書いていただろ?」


「だとしても、オレのもうやるべき仕事はもうほとんど終わっているだろーが。後はテメエらの頑張り次第だろ」


そのままメンバーは廊下を通って、居間に到着する。クリアが抱えている老人達を居間の床に下ろして灰色のゴムを外し、レットとテツヲもそれに倣って抱えていた人々を座らせる。


(なんか……色々すごいな……)


チームの家の元々の過激な内装もあってか、居間は異様な空間となりつつあった。


「いずれにせよ、今の俺達にはどのくらいの時間的な猶予があるのか全くわからないし、事態の解決のために話を聞いてみないことには始まらないわけだ。この人達の人権的な問題もあるし……いい加減。拘束を解かなきゃな。おい、ベルシー」


「わかってるっつーの。猿轡を解除するための工具は物置から取ってきた。先に、体に巻かれているしめ縄の方を解けよ」


ベルシーにそう指摘され、クリアが人質の一人の近くに座り込んで、体に巻いているロープに手を伸ばす。











そこで突然、本当に何の前触れも無く――レットの視界が暗転した。


「――――――――え?」


少年は思わず声を漏らして驚いたが、しかしそれすらも一瞬の出来事。


暗転していた視界が急速に開けていき、レットが周囲を見渡す。

景色は様変わりしていて、そこは――四方を石の壁で囲われた薄暗い大部屋だった。

壁には松明が灯されていて、背後を振り返ると少し遠くに鉄格子のような物が見えた。

松明の火に暖かさを感じれず、空気の温度は下がっている。

驚きながらもレットは、“自分達が突然別のエリアに飛ばされた”ことを理解した。


[何よこれ……一体、何が起きたの?]


[――(ワタクシ)にもわかりません。しかし、ここは住宅街とは全く別のエリアのようですね]


人質も含めて、家に居たメンバーも全員、居間の時と同じ配置のまま転送されていた。

警戒故か、メンバー達は会話のモードをパーティに切り替えていて、無表情であるテツヲ以外、全員が困惑しているようだった。

 

[……オイ、オレはぶち込まれたことがねーからわからねえけどよ。ここって“アレ”なんじゃねえのか?]


[ここは……この状況はもしや……]


クリアは何かを察していたようだったが――


[……クリアさん。何か思い当たる節とか、あるんですか?]


[………………]


――レットの質問に対して、くりは何も言わない。

ただ黙って口元に手を当てて、考え込む素振りを見せるだけであった。






[ここは……監獄。やな]


代わりにテツヲがレットの質問に答えた。


[成程、監獄ですか……。(ワタクシ)の記憶が正しければ……確か、監獄というのは“違反行為を行ったプレイヤーを隔離するエリア”だったはずですが……。しかし、これはおかしな話ですね……]


[そ……そうですよ! どうしてオレ達全員がこんなところに連れてこられなきゃいけないんですか!]


少年の疑問に答えられる者は誰にも居ない。

レットは縋るような思いで考え込んでいるクリアを見つめる。

見つめられているクリアは、ばつの悪そうな表情で呟いた。


[……今回ばかりは、参ったな。監獄に連れてこられるのは初めてのことで、一体何がどうなっているのか、俺にもわからない。これが俺個人なら、“思い当たる節”は大量にあるんだが……]


[……クリアさんってあんだけ普段からいろんな悪さしているくせに、捕まったことは無かったんですね]


[――すまない。こんなことになるのなら、予め一度捕まって監獄のことをよく知っておくべきだった……]


『それはそれでおかしいのではないか』と、内心でレットはツッコミを入れる。


[落ち着けやクリア。こっから。GMがここにきて。転送した理由の。説明をするんや。まだ焦る段階や。無いで]


そのテツヲの発言の直後――


《ゲームプレイ上における規約上の違反行為が確認されたため、あなたのキャラクターはこの場所に転送されています。ゲームマスターが来るまで、しばらくこのままお待ちください》


――レットの耳に、システムのメッセージだろうか、業務的な男性の声が響く。


[聞こえた。やろ。最近は対応が遅れると。自動で先に。メッセージが流れるんや]


テツヲが自分の右腕を見つめて、現在の時間を確認するような素振りを見せる。

――腕には何も装備品がつけられていない。


[ほむ。GMが来るのが遅れとるから。多分。重要な通報が。あったんやろな]


[え――えぇ? テツヲさんは、なんでそんなことまでわかるんです?]


[“ヤバい話”やから。急いで順番待ちを飛ばして。俺らを転送したんやろな。そこまではええが。肝心のGM本人の準備の方が。終わっとらんのやろ]


[……成程。私たちは緊急性の高い案件でここに飛ばされた――ということですか]


[“緊急性”……。このタイミングでのGMの登場……妙だな……]


そう呟いてからクリアが両腕を組んで、再び考え込む素振りをする。

先の展開を読もうとしているのか、眉間にしわが寄っていく。

レットは何か、嫌なことが起こりそうな予感がした。


[その“GMの野郎”が来る前に聞いておくがよ。ここ(パーティ)の会話って勝手に聞かれたりはしないんだよな? 盗聴はフェアじゃねえだろ?]


ベルシーの質問に、間髪入れずテツヲが再び答える。


[心配いらんで。無印の頃。パーティに割り込まれて。盗聴された外国人プレイヤが。運営に訴訟したことがあったんや。それで痛い目を見てから。盗聴はしなくなったはずや]


[“痛い目を見た”っつーことは敗訴したのかよ……。そーいや、ここの会社の法務部は雑魚かったな。……個人に負けるとか馬鹿じゃねえの?]


[会話を。聞かれることがあったとしても。それは。後からや。俺達が規約に違反して。この会話自体に事件性があって。“知る必要がある”。と判断されたときだけやま。ちな。会話内容の洗い出しは。結構時間がかかるらしいで]


[……テツヲさんは、GMさんの事情にとてもお詳しいのですね]


[そら。連れて行かれ。慣れとるからな]


レットはテツヲの話を聞きながらも、彼が博識である理由に呆れる。

心の中で、『これはヤクザやマフィアが警察に詳しいのと同じような物なのかもしれないな』――と思った。





《はい。お待たせいたしましたぁ》


その声質にはどこか機械的でサウンドエフェクトのような物が入っている。

声と共に部屋の中央に登場したキャラクターは平均的な身長で背格好の体型からしておそらく男性のヒューマン。

怪しげな蜃気楼のようなエフェクトがかかっており、どこか物々しい雰囲気。装備品はどこか物々しく機械的なデザインで、深い群青を基調としたカラーリングをしている。


フルフェイスの頭装備のせいで表情を伺うことはできない。

プレイヤーネームは【Syunin】で、頭上の名前の横に【GM】の二文字がつけたされていることから、この男がGMなのは一目瞭然であった。


《それでは。あー、この場所に皆様のキャラクターの座標転送を行った理由をご説明させていただきますんで~ハイィ》


[……フルダイブに完全移行した弊害かわかんねえけどよ。GMも随分感情豊かになったもんだな。クソむかつくぜコイツの態度]


[元々そういう性格だったのが隠しきれなくなっているわね。居るわよ、私の勤め先にも、こういう滅茶苦茶嫌みな話し方するヤツ]


レットから見ても、目の前の男は飄々としており――物々しい雰囲気に反して、へらへら笑いながら喋っているという表現がぴったりだった。

ゲームマスター、――シュニンという名前の男は、肩に手を添えながら実に気怠そうに状況を説明し始める。


《えーこの度ぃ、『アカウントを乗っ取り、外部から不正なログインを行っているプレイヤーキャラクターがいる』という通報を受けました。そのため、プレイヤーキャラクターが不正な操作を第三者から受けていないかを判断する目的で、こちらに一時的に該当する可能性のあるプレイヤーの皆様方の座標をまとめて移送させていただきましたぁ――》


気怠げながらも、ノンストップで話をまくし立ててくるGMに対して――


「……話している途中にすまないが、質問をしていいか?」


――クリアが手を挙げて割り込む。


レットは渡りに船だと思った。

このまままくし立てられては、情報がいまいち頭に入ってこない。


《はい。なぁんでございましょう?》


「その通報をしたのはどこの誰だ?」


《個人情報なので、お答えできません》


「通報したのは一人か? それとも複数人から通報があったのか?」


《お答えすることは出来ませぇん》


「……いつ頃通報を受けた?」


《同じ理由でお答えできません~》


[無駄やクリア。規約上通報した奴の。情報は教えてもらえん。当たり前のことや]


[……すみません。わかってはいたんですが、コイツの会話のペースに乗せられるといけないような気がしたんで……なんというか、話し方が――妙に急いでいる感じがするんです……。何かがおかしい……]


[そうね。それに妙だわ。『アカウントを乗っ取り、外部から不正なログインを行っているプレイヤーキャラクターがいる』って、これってひょっとして私たちが連れてきた人質達のことを指しているんじゃ無いかしら……]


《さて――そろそろ続きをお話ししますね》


質問が飛んでこないことを確認してから、再びGMはまくし立ててくる。


《これから、皆様方に一人ずつ、囁き(ウィスパー)で簡単な質問をさせていただきますので、眠っている方も起きていただいて、きちんとした受け答えをお願いします》


[おいテツヲ。これって一体どういう意図があるんだよ。わけわかんねえぜ]


[……キャラクターの“中身”の確認を。するつもりなんやろ。外部ツールで自動で動いとるアカウントを停止するときと。同じように。プレイヤーの“中身”がそこにいるかを。確認するんや]


そのテツヲの言葉を聞いて、レットは――仮想世界の中で鳥肌が立ったような錯覚を覚えた。


[あ……あのォ……クリアさん。これってかなりヤバくないですか? 確かにオレ達も、GMを最後に呼ぶつもりだったはずだけど……この流れだと――]


先にGMが登場してしまっている――“本来の予定とは意図せず順序が違ってしまった”状態。

人質達の個人情報を得られていない状態で、外部からの通報によるGMの回避不能の接触。

それはつまり――


[……ああ、まずい。かなりまずいぞレット。……俺達はまだ何の情報も掴んでいない。このままではGMに交渉することが出来ない!! なのに向こうから迫られてしまった……!]


二人のやりとりを聞いて焦ったのか、ケッコがGMに質問を投げかける。


「ね……ねぇ。もう一つ質問していいかしら? ――もしも、もしも“囁きで返事ができない人”がいたら、一体どういう処罰を受けることになるわけ!?」


《規約違反の疑いがありますからねえ。キャラクターが第三者に乗っ取られている可能性を加味して、アカウントの一時停止処分を行うことになります。本来のプレイヤーから“アカウント復旧”の申請を受けるまで、キャラクターがゲームプレイをすることはできなくなりますねぇ》


それは――このままでは“きちんと応答ができない人質(プレイヤー)はゲームから放逐される”ことを意味しており――この事件の真相が闇の中に消えていくことを意味していた。


「う……嘘でしょ……そんな……そんなことって……」


ケッコが膝を付く。


「ちょ……ちょっと待ってください!! オレ達。いや……この人達にはちょっと事情があって――」


[――――――――レット!!]


パーティでクリアが大声を挙げる。

レットはその声の大きさに驚いてその場で飛び上がった。


《……何か……“ご存じ”なんですかねえ? 心当たりがあるのなら……早急に“対応”させていただきますが?》


[早まるな!! 証拠のない状態でコイツに話すようなことはしちゃ駄目だ! 前にも言ったろ、通報されてしまった以上、行き着く先は同じだ! 今の段階でGMに対して事件の内容を伝えてしまえば、話を一方的に畳まれてしまうのがオチだ!]


余計なことを言ってしまったとレットは焦った。


[あ――いや……すみません。何でも無いです]


《……そう。ですかぁ……》


レットの弁解に対して、GMはそう呟いてから座り込んでいる状態の人質の前に立つ。

どうやら“囁き”で質問を始めたようだった。


[それにしても……なんて……なんてことだ……!]


クリアの歯ぎしりの音が監獄に鳴り響く。


[これは――――――――これは敵の最後の攻撃だ!! “善意のふりをした通報による証拠の隠滅”という攻撃!!]


クリアの発言にレットは戦慄した。

その耳に、タナカの息を吞む声が聞こえてくる。


[信じられない……そもそも俺達の襲撃自体が想定外だったはずなのに、あの増援の追加速度に加えて……今度はGMを逆に――先に利用するこんな妙手を取ってくるだなんて……敵の中に……恐ろしく頭がキレるヤツが居る!!]


[……“臭い物には蓋をする”っつーここの会社の基本スタンスを理解した上で、ここまで早く動いてくるのはかなりヤベエな。只者じゃねえと思うぜ]


[ああ……そうなると『外部から不正なログインを受けているプレイヤーを保護する』というこのGMの名目も、表向きの理由である可能性が高い! 実際は何が起きているのか、“敵から”かなり細かく説明がついた通報を受けているはずだ。だからGMが動くのも早かった。……最初からおかしいんだ……。この人質達の異常な状態を無視して話をガンガン進めている時点で、このGMはシラを切り通すつもり満々だ!!]


《ふむぅ。“何を話されているのかはよくわかりません”が――》


突然GMがこちらに振り返る。


《心配には及びませんよ。――“対応を行うこと”それ事態はお約束いたします。…………お約束いたしますので》


そして、軽く笑ってそう呟いた。


[そんな……じゃあ、全部わかっているんですかこのGMは!? わかっていて、こんなフザけた受け答えしているんですか!?]


[ああ……コイツも相当腹黒い。処罰を行う根拠の『外部から不正なログインをされているプレイヤーキャラクターがいる』という大義名分も――“不都合な真実”を切り取っているだけで、嘘にはならないからな……]


[これは――まるで、公約だけ立派な政治家のようですね……]


[トカゲの尻尾切りってヤツだよなあ。通報の内容をはぐらかしてオレ達に伝えた――要は言質(げんち)を取られて因縁つけられたくねえってことだろ? 根っこじゃ客を馬鹿にしている会社の経営体質が、こうもまざまざと見えると笑えてくるぜ。汚ねえ大人のテンプレートみたいなやり方だよな。金稼ぎする身としては参考になるぜ、マジで]


[か、感心している場合じゃないって!! クリアさん。何かいい手は無いんですか!]


[そ、そうよ! このまま放っておいたら、今までの頑張りが全部不意になっちゃうわ!]


[オレだって契約不履行になるのは嫌だっつーの……。おいクリア、お前昔無印でGMのキャラクターを戦闘不能に追い込んだことがあっただろ。そんな感じでこの部屋の主であるコイツをぶったおして、このエリアから一瞬でも抜け出して人質達の個人情報を抜く時間を作ることはできねえのか?]


相も変わらずこのClear・Allという男は何をやっているのだ――とレットはあきれ果てそうになったが、しかし今はそんな余裕すら無い。


[お前な……無理に決まっているだろ。昔やった“アレ”は事故みたいな物だ。それに、倒したところでどうにかなるものでもない。俺達はシステムによって拘束されているんだぞ!]


[じゃあどうするのよ!? だって、このままじゃ……このままじゃあの娘は……]


《こちらの方々は終わりましたので、そろそろご質問をしてもよろしいでしょうかねえ? 残るはそちらのお三方だけのようですので》


「ちょ……ちょっと待ってくださいって! どうしてその三人だけなんですか!」


「そ、そうです。(ワタクシ)共全員に対して、質問をしていただかなくては――」


《いえいえ。あなたも含めて、私に質問を飛ばしていただいたプレイヤーさんはきちんと“中の人”がいらっしゃるようなので……調査の必要はないでしょう。これで残るは――》


GMがベルシーとテツヲを見つめる。


《――お二人だけのようですね。……該当するプレイヤーキャラクター以外は元のエリアに送還させていただきますのでぇ》


その話しぶりから、GMが凄まじい勢いで話を畳んできているのだということをレットは痛感する。


力が抜けていく。

打ちのめされ、床に膝をついたレットの視界がショックで真っ暗になる。しかしこのままでは本当に視界が暗転するのも、もはや時間の問題だった。






ここまで、綱渡りのような戦いの応酬だった。

それが、ついに終わる。

全てが完全に終わってしまう。

助けた人々が、少年の目の前に居るのに、何もできない。






人質達は、今まさにこの世界からも存在を抹消されつつあった。


[……こうなったら――]


クリアが何か、覚悟を決めたかのように大きく息を吸って発言しようとしたその時――

















「――――待てや」


膝をついたレットの肩を誰かが、力強く掴んで立ち上がらせた。


[テ……テツヲさん!]


途中から――全く微塵も――微動だにもしていなかったはずのテツヲが、いつの間にか直立不動の姿勢のままレットの真横に移動していた。


GM(ジム)。お前。ええんか。このまま。完全に話を流してみい。――俺が。叫ぶで」


その声は、石造りの牢獄の中で妙に響き渡った。


《……はぁ? あなたが何を仰りたいのか、私にはいまいち理解できかねますねぇ。これで、こちらからご質問をする必要があるプレイヤーさんは、あと一人のようですね》


「お前が。何を。どこまで知っているか。そんなんは。いちいちもう聞かん。だがこのまま。この“事件”をうやむやにしてみいや。俺が。“叫ぶ”で。この事件のあらましを。国やら街ん中で全部や――全部。無限に叫んだるわ」


《はぁ……その“事件”が何を指している物なのか私にはさっぱり理解することができないんですが――――最初から存在しない物をどうのこうの叫ばれても関係の無いお話ですよねぇ。それとも、何かご存じなんですか?》


「無かったことには。できんで。俺達は。既に情報を。掴んどるんや。…………お前が。最後に質問したその年寄りの口の中を。よう見てみい」


ピタリと、GMの動きが止まる。

それから気にしていないような素振りを見せつつも、ゆっくりと顔だけを動かして人質を黙させている猿轡の中を覗き込んだ。


《……………………………………………………》


GMは黙り込んで動かなくなった。

レットはどうしても気になって、こっそりとGMの背後に大きく回り込んで様子を伺う。


[――――――――――あっ!]


思わず、パーティ会話で声を出してしまった。


その人質の口に装着された猿轡の中に貼られていたテープには――“破られた形跡”があったのである。

テープが破かれていた人質はテツヲの運搬していた二人のうちの片割れだったということを思いだし、その手癖の悪さにレットは驚嘆する。


「そのまま。黙っていて構わんで。お前の返事なんざ。最初から期待しとらん。……だが。よう考えることや。俺は。こいつらの名前も。過去の住所も。既に知っとる。……俺は叫ぶだけのことや」


《この場でご警告させていただきますが……。個人情報を公の場で公開するようなことをすれば、キャラクターの削除やアカウントそのものの停止だってあり得ますよ》


「“今の段階では”。俺はまだ何もやっとらん。俺を処罰するのなら。事が終わってからになるで。それでも良いなら。好きなようにやれや」


《そ……それ……は……どういう…………………》


「ここまで言って。まだ……。わからんのか……」


テツヲがゆっくりと歩み寄り、GMの眼前に立つ。











「俺は――。お前を――。お前の背中にいる会社まるごと。脅しとんのや!」









《………………》


「結論から言うとや。お前みたいな雑魚じゃ。話にならん。俺が“やらかしかかっとんのや”ぞ。専属の“あの女”を。呼べや」


《ぐ……ぐぐ…………》


「「はよ呼べや!!!! はよ!!」」


《ぐ…………ぐくくくくくくくくくくくくくぅ……………………》


そこで突然、GMが何かに気づいたかのようにビクリと跳ねる。


そして――何の前触れもなくその場から消滅した。

――厳密には、消滅したと同時に“別のGMと入れ替わったと”いうのが正しい。


新しく登場したGMの装備品は全く同じ物だったが、その体型から装備品を纏っているキャラクターが女性であるということは一目瞭然だった――名前は“Rockgo”。


《……失礼しました。諸事情ありまして対応する担当者を変更させていただきます》


先程の男性GMとは違って、ほとんど感情の機微を感じさせない話し方だった。


「来るのが。遅いで」


《そうですね。あなたが主となって問題行動を起こさなければ、気づかないで見過ごしていたでしょう。――通報の内容はこちらの方で確認させていただきました。あなた関連の通報のようなので、いつも通り、私が引き継がせていただきます》


「さっきまでいた“アイツ”は。今回はもう。やってこんのか?」


《はい。彼は私の“直属”ですので》


「ほむ。昇進でもしたんか」


《――……“お答えすることはできません”》










そこから、レットにとってはうれしいことであったが、不気味なくらい話がスムーズに進んだ。

ロクゴーという名のGMは通報の内容から事件の内容を既に理解していており、その冷たい態度とは裏腹にとても協力的だったのである。


《……あなた方は、GMの対応に関しておそらく信用ができないでしょう。しかし、先ほどの担当者の対応は社の体制に基づいた独断に近い物です。“GMが出る案件では無かった”という結論を出すことはやぶさかではありません》


「本当か!? 俺達全員を、解放してくれるのか!?」


クリアが驚きの声を上げる。


《はい。しかし、今のままでは通報を受けてもこちらは従来通りの“対応”をすることしかできません。通報者に関する個人情報も一切お伝えできません。なので――解決の為に必要であるという“情報”は――》


後は察してくれと言わんばかりに、ロクゴーは大きな咳をした。


「もちろん、どんどん聞き出すさ! この人達の個人情報を過分に聞き出すための、時間的な猶予をくれるってことだな!? それまでアンタは目をつぶってくれるってことなんだな!?」


「せや。情報は多いに。こしたことはないで。流石、俺の見込んだGM(ゲームマスター)や」


《私を褒めても良いことは何もありません。ともかく……………そこまで話が進めば……“現実で話が進む段階”となっても協力をさせていただくことは可能かも――しれません》


「俺たちが情報を集めて通報をしたら、“警察との間に立ってくれる”のか!? 信じられない! アンタ、本当にこの会社のGMなのか!?」


捲し立てるクリアに対して、タナカが諌めるように割り込んだ。


「あ、あの……お言葉ですが……クリアさん。通報を受けたGMという立場上、この方はお話の内容を上手く濁さざるをえないはずです。それなのに、真意を勝手に察して暴露をするような発言をされてしまうのは、かなり良くない気がするのですが……」


「あ――。あ~……」


クリアは思い出したかのように激しく咳をした。


《…………さて……それでは、調査の結果、“規約違反行為は確認できなかった”と言うことで、皆様を元のエリアに転送させていただきます》


「あのォ……それって……きちんと保障してくれるんですよね? オレ達がチームの家に戻ったら、あの人達がみんな居なくなってたなんてことにはなりませんよね!」


《…………善処いたします》


感情の機微を感じられないどこか冷たい物言い。

“眼前のGMが果たして信用に足るのか?”

判断できない故に、レットは不安を感じた。


「信用。できるで」


テツヲがレットの肩を強く叩く。


「長い付き合いや。オレは。コイツのことは。誰よりも信用してるんや。コイツは。悪いことを悪いと。きちんと判断して処罰ができる。今時珍しいGMや。理性的に。体制や。ルールにぶつかっていけるような奴や」


《私を褒めても対応が変わるようなことはありません。今回の件に関しては違反行為は確認できませんでしたが、もし今後、規約違反行為を確認できた場合、“内容に応じて対応”させていただきます。ご注意ください》


当たり障りのない一言ではあったが、レットにはそのGMの発言に僅かながら“テツヲ個人を諫めるような意図がある”ように感じられた。


「おう、頑張れや。応援。しとるで」


テツヲの言葉を無視して、ロクゴーはメンバー達を再び転送した。

















視界が再びはっきりとして、レットは周囲を見回す。


「よかった……本当によかったぁ……」


人質とされていたプレイヤーごと無事に、全員がチームの家に戻ってくることが出来たことを確認してレットは安堵する。


「テツヲさんが居てくれて、助かったな……。今度こそ、終わったかと思った……」


クリアがそう呟いて、緊張と精神的な疲労からか――尻餅をつくように床に座り込んだ。


「俺は。問題を起こしすぎとるからな。専属のGMがついとる。俺が深く関わっとる通報は。最終的に全部アイツの担当になるっぽいで」


「……信じられないわ。まさか本当に『知り合いのGMに話つけちゃう』なんてねえ……」


「一昔前のネトゲのコピペじゃねぇんだぞ……ホントにあり得ねえよ。馬鹿かよ……」


「何にせよや。これで。時間の猶予はできたやろ」


「…………本当によろしかったのでしょうか? この人達を救うのは、私達(ワタクシタチ)の悲願でもありました。しかし、何もリーダーさんが脅迫を行う必要は無かったはずです……」


タナカがテツヲに質問を投げかける。


「別にええ。結局脅迫する段階で。誰かが。泥をかぶる必要があったんや。このメンバーで動くと決めたときから。俺がやるつもりやった」


「し、しかし……手伝っていただいている身のリーダーさんに、そこまでやってもらうというのはあまりにも……」


「他の誰がなんと言おうと。俺達は“チームで動いた”。少なくとも。俺はそう思っとる。だからこそ。最初から泥の一つや二つ。かぶるつもりやったって。だけや。それに――」


テツヲがクリアに対して指を指す。


「もしも俺がやらんかったら。そいつがやっとったで」


当のクリアは、座った状態のまま深く項垂れていた。


「……すまないレット。どうにも最後の最後で、格好がつかなかったみたいだ。俺は……テツヲさんほど度胸が足りていなかったらしい」


「クリアさん……」


[ええんや。クリアには。あんな犯罪みたいな。脅しは向いとらん。……それに、お前に消えて貰っちゃ。俺もつまらんからな]


「……それにしても、俺は意外でしたよ。まさか、テツヲさんが先のことを考えて、既に捕まっていた人達から、情報を聞き出していただなんて」













[――俺がそんな器用な真似。できるわけないやろ]


ほとんどのメンバーが驚きの声を上げて、“わかっていた”とばかりにケッコだけが大きなため息をついた。


[なんとなく。面白半分にテープ破っておいただけで。あんなもんは。時間稼ぎの“ハッタリ”や。あの女もそれがわかってたから。俺達をさっさと解放。したんやろ]


[だと思ったわ……。危なっかしいことするわね……。その前の段階で脅しに失敗して話を畳まれていたらどうするつもりだったのよ!]


「心配いらんで。どんな方法を使ってでも。責任は取ってみせるわ」


「どうだかな? そもそも、ニートに取れる責任なんざあるのか――怪しいもんだぜ。ま、結果オーライってヤツだけどよ!」


「そ、そうだね。……何にせよ、テツヲさん――ありがとうございました。オレ、助かりました!」


レットはテツヲに対して深く頭を下げた。


「……気にせんでええ。俺が。このゲームを始めた理由が“これ”なんやからな」


テツヲはそう言って居間のベッドに腰掛ける。


「今の世の中。どこでも。小狡い奴だけが。組織の頭になれるような時代や。……そんな中で。これだけ堂々と悪いことやって。自分の元に集まってくれた仲間の為に意地張れて。矜持を持てる場所がある。俺は。……それだけで。満足なんや」


その言葉に、居間が静寂に包まれる。

クリアが口笛を吹いてから、テツヲに話しかける。


「――――――――認めざるをえないなあ……テツヲさん」


「なんやクリア」
















「やっぱりあなた以外、このチームのリーダーは務まらないみたいだ」


【ハイダニアのメインクエストについて】


『ハイダニアが建国されるはるか昔の時代、周辺都市から派遣された開拓者達が突然反乱を起こしてこの地に居座った』


『ハイダニアの礎となった都市からラ・サングという名をかたる若き英雄――神の加護を受けた後の初代ハイダニア国王と、その仲間である豪胆のゴユによって暴徒の大規模な討伐が行われた』


『開拓者達に囚われていた原住民の希望である“雨降らしの巫女”を救い出し、その力を持って大雨を降らせることでラ・サング湿地帯ができた』


『ならず者と化した開拓民の首謀者たる人物は湿地帯に点在する岩窟に潜んでいたゴユの策によって大きく戦力を失い、自暴自棄となって残党と共に原住民の信奉の対象であった光の神殿を破壊し全滅した』


『代表として戦いの指揮を執っていた人物“メレム”の遺した記録では巫女以外の原住民は既に開拓者達に全員殺害されていた』


『その後、残虐な開拓民の首謀者の名前は語ること自体を禁じられ、忘れられていった』



かくしてできたラ・サング湿地帯とゴユの岩窟とメレム平原であるが――実は、ハイダニアのクエストを進めるとこれらのほとんどの情報は“凄惨な過去を隠すための嘘”であることが明らかになる。


開拓者が反乱を起こした理由は、『開拓が終わり、失業率が再び低下することを憂いた』周辺都市の口減らしの陰謀であり、厳密には開拓者達は反乱など何も起こしていない。


神の加護を受けた初代国王の素質を持つ者は確かに存在していたが、それはラ・サングではない。本来の国王とは周辺都市の開拓者を守ろうとしていた――即ち『開拓民の首謀者たる人物』である。


雨降らしの巫女を救い出したというのも嘘でラ・サングとゴユが強引に誘拐したというのが正しく、さらに言うと原住民を虐殺したのもこの二人。

それ故に悲しんだ巫女の涙で湿地帯が出来た――というのが真相であり、それらの事情を全て知っていながら見て見ぬふりをして記録を捏造したのがメレムという人物である。


つまり、今ハイダニアを管理している王族は厳密には王族ですらない。ただの成金に近しい紛い物である。


現代でもゴユ、メレム、ラ・サングの名前を継ぐ者たちが居るが、彼らは善良であり真っ当そのものでプレイヤーからの人気も高い。

この三人がその先祖の過去の過ちと向き合い葛藤を乗り越えるのがこのメインクエストの見所だったりする。


水の巫女は後のハイダニア王国初代女王だが、いまだに王城の堀の上で怨霊として泣いているようで、ストーリーを進めることで暴走したその魂を倒して鎮めることができる。

最終的には真の王として認められて水の巫女の子孫を王女として娶り末永く暮らすというハッピーエンド。






ちなみにメインクエストをクリアしても唯一不透明である『自暴自棄となって残党と共に原住民の信奉の対象であった光の神殿を破壊し全滅した』というこの部分に関しては、ハイダニアのクエスト【考え始めた人々】で真実が朧気ながら明らかになるようになっている。

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