第三十五話 落伍者達のブルース
駆けつけてきてくれたクリアさんたちのおかげで、オレはパーティに復帰することができた。
それから、砕けて地面に落としてしまった石の武器の残骸を急いで回収する。
タナカさんが持っていた薬品によって、オレとクリアさんの体力は少しだけ回復した。
[自動の体力回復が始まらないんですけど……これって、戦闘がまだ終わっていないってことなんです?]
[そうよ。だって私達、相手を倒せなくて“ビビらせて逃げさせただけ”なんだもん]
ケッコさんが言うには、最初の広場で戦っていた敵の一団は、『戦闘不能になって自分の身元を知られる』ことを極端に恐れていたらしい。
そこを突いてケッコさんが話し合う空気を作った上で、テツヲさんが戦っている連中を全力で脅したら、あっさりとアイテムを使用してその場から居なくなってしまったらしい。
[結局、あの連中も金で繋がってだけだったつーわけだな]
[そうよ。アンタと同じようにね]
ベルシーに対して、ケッコさんは嫌味っぽくそう言った。
[――へっ! それにしても、ヤバかったぜテツヲの脅迫は、あれだけでGM呼ばれるスレスレの脅しだったよな――マジで]
[……凄まじかったですね。『逮捕される覚悟はあるのか。あるならこっちも全滅する気で仕掛ける』。テツヲさんに言われたら、逃げ出したくなるのは自然の理です……]
………………。
その光景を想像して、オレがその場に居合わせなくて本当に良かったと思った。
[……ほんまにしょうもない。連中やった。ヤバいことをやるなら。臭い飯食う覚悟くらい。せなあかんで]
それから、タナカさんやケッコさんと共に、捕らえられている人々の様子を見るために移動する。
先行して岩の上に乗った後、オレが背の低い二人を引っ張り上げる。
最後に、置かれている覆いとなっている布を外す。
今度は以前見たときと同じように、お年寄り達がちゃんとそこにいた。
人数は五人。
男性が2人で女性が3人。
だけど、その状態はオレが岩窟で見たときと違っていた。
思わず顔を背けたくなるくらいに酷い状態だった……。
紐のような物でがんじがらめになっていたのは相変わらずだったけど、口には複雑そうな作りの猿轡のような物が装着されていて、テープまで巻かれている。
きつそうな姿勢で眠っている人もいれば、僅かに蠢いている人もいた。
[実に惨いものですね。拘束に使われているのは、木材をまとめるときに使うしめ縄のようです……]
[……ふーん。スタック判定になって自動で解除されないように、きつくは縛っていないわけね。よく考えられてるわ~]
隣にいる女の子の様子を見ていたケッコさんが、興味なさそうに呟いた。
[口の方に装着されている物は……何かの鉄製品、でしょうか……。外すのに時間がかかりそうですね]
タナカさんの言葉を聞いて納得した。
フェザーとの戦いの途中でも、オレにはこの人達の声が聞こえてこなかった。
……口を塞がれていたからだったんだ。
[ねえ――ちょっと! この娘。何か小さく呟いているわ!]
ケッコさんが驚いた表情で口に一指し指を添えて“静かに”とジェスチャーした。
慌てて聞き耳を立てると――
「う―――あ――――――う――――――」
――蚊が飛ぶみたいな小さな声がその耳に聞こえてきた。
……思わず顔を背けそうになってしまう。
この娘は一体……一体どんな目にあってきたんだろう。
何をどうしたら、こんなことになってしまったんだろう。
女の子の首が自然と傾いて、今度は涎がこぼれ始めた。
オレは――女の子に近づいて、首に装備した水色のスカーフを外してそれを丁寧に拭った。
[………………ひどい……ひどいよ……こんなことって…………]
[レットさん……お気を確かに……]
[実際に見ると、最低最悪の状態ね]
ケッコさんは岩から飛び降りて吹き飛ばされたフェザーの死体に近づく。
「全部――コイツが――悪いのよね!!」
それから、死体の上に乗って何度か飛び跳ねる。
[ど、どうなんだろう……。オレ戦っている間にそいつが話しているのを聞いたんです。今回の事件は“誰かから『ゲーム』として持ちかけられた”って]
[そうか……やっぱり、別に主犯がいるんだな?]
クリアさんは跳ね続けているケッコさんを気にするそぶりも見せずにフェザーの死体を淡々と調べ続けていた。
[確信があるわけじゃないんですけどォ……。多分そうなんじゃないかなって……。クリアさん、死体を調べて何かわかりました?]
[……駄目だ。やっぱりコイツが持っているアイテムからは何の情報も入ってこない。首級で名前がわかったくらい……か]
オレ達が話し込んでいる間、ベルシーは死体に向かってず~っと唾を吐いていた。
多分ムカついたとかじゃなくて、煽り目的なんだろう……。
[どうでもいいけどよぉ。この男が持っているアイテムはどうするんだ? なんならオレが全部――]
[――それはコイツにトドメを刺した俺が決めることだ」
クリアさんがベルシーに対して釘を刺した。
ベルシーは舌打ちしたけれど、それ以上何も言わない。
お金に執着してそうなベルシーがあっさり引き下がったのは、ちょっと意外だった。
「そんなことよりベルシー。お前投げナイフを持っているか? 石でできたやつで良い。メレム平原で全部投げてしまってな]
[……合成スキルのレベル上げに使ったヤツならあるぜ。ほらよ]
ベルシーがインベントリーから投げナイフをまとめて取り出し上から放り投げて――死体を調べたままの状態でクリアさんがそれをキャッチした。
[――よし、ベルシーは一足先に捕まっている人達の状態を見ておいてくれ]
クリアさんの指示を受けて、ベルシーと、部屋の入り口に棒立ちしていたテツヲさんがこちらにやってくる。
[なるほどなぁ……。おい、タナカ。その年寄り共の口の猿轡は諦めろ。やり方さえわかれば簡単にゲームメニューから本人が外せるけどよォ。他人が外すとなると時間がかかるぜ。合成で作れる解除用のアイテムがあれば一発なんだが、オレは持ってきてねえ]
[し……しかし、このままではあまりにも……]
[んなこたぁ知らねぇよ。事前にわかってれば準備ができたのによぉ。ま、その様子じゃお前らも初めて見たって“口”だろどうせ]
[ほむ。口の中に。剣でも突っ込んで。テープぶち破れば。とりあえずは。喋れる可能性もあるで]
あんまりにも乱暴な解決策を提案されてしまって、オレは思わず口ごもる。
[そ……それはさすがにちょっとなあ……]
[ま、とにかくとっととここから出ちまおうぜ。オイ、クリア。いつまで死体を調べてるんだよ]
「――今、調べ終わったよ」
クリアさんは、ケッコさんを(心なしか重そうに)背負いながら岩の上に登ってきた。
リスポーン可能な時間が来たのか、いつの間にかフェザーの死体は消滅していた。
[さて、スムーズには行かなかったが、最初からこの人達を強奪する算段でいたわけだし、このまま移動するか。馬車で急いでハイダニアの家に戻れば、猿轡解除用の工具も調達できるんだろ?]
そう言って、クリアさんが人質を調べながらベルシーに目線だけ動かす。
[ああ、そもそもこの猿轡は期間限定イベント用のジョークグッズみたいなもんだ。解除に技術を要するものじゃねえし、必要なアイテムの調達なんざオレじゃなくても余裕だし、解除もソッコーで終わるぜ]
[それなら尚のこと、さっさと移動しちゃいましょ♪ こんな真っ暗な場所にずっと居させたら、この娘が可哀想だものね……]
[――了解]
そう言ってからクリアさんがお年寄り達の拘束を解かないまま、女性を二人、男性を一人を並べて、灰色のゴムのような物を取り出してその拘束の上から軽く巻きつけた。
[クリアさん。これって一体何をしているんです?]
[運びやすいようにこの人達の互いの体を寄せているんだ。拘束を解いても良いか――とも思ったんだが、自由になったらなったでバランスを崩して地面に落っこちてしまうかもしれない。心苦しいけれど緊急事態だ……もう少しだけこの人達には我慢してもらおう]
それから、三人の間にできた空間にその身体を差し込んだ。
[もしや……三人をお一人で運ばれるおつもりですか!?]
[体力回復の薬品を使ってもらったとはいえ、俺はもう瀕死で戦闘要員としてほとんど使い物にならないからな。……それにしても、まさか自分がこのゴムを使うとは……。酔ったネコニャンさんに巻き付けていろんな物を“運んでもらおう”と思って準備していた品が、こんなところで役に立つとは思わなかったよ……]
掛け声を出してから、固定させた状態でクリアさんが三人を持ち上げる。
ゴムが縮んで、お年寄り達にしがみつかれているような状態になった。
クリアさんはその姿勢のまま微動だにせず、しばらく何も言わなかった。
ただ――
「それにしても……ああ――重いな……重い……畜生……」
――とだけ呟いて、俯いた。
――重い。
一体この言葉に、どんな意味が込められているんだろう。
しばらくの間……オレはかける言葉が何も思い浮かばなかった。
――パーティのメンバー達も何も言わない。
その空気に耐えられなくて、オレはクリアさんに話しかけた。
[あのォ……クリアさん。だ、大丈夫ですか?]
[……大丈夫だ。――背負えるさ。“ここ”でなら、なんとかな…………]
そう呟きながらクリアさんがテツヲさんの補助で岩からゆっくりと降りる。
[ほむ。残りの二人は。俺が運ぶやで]
それから、有無を言わせずにテツヲさんが武器を仕舞って、残りの二人を両脇に抱え込んだ。
[こんなん親父と。お袋、みたいなもんやな。余裕や。余裕]
そう言ってから軽々と岩の上から飛び降りる。
残された人質はたった一人だ。
最後にオレが気合いを入れて、女の子を背負い込む。
だけど――予想していなかったあまりの体の軽さに、思わずゾッとしてしまった。
オレが背負っているのは『何の変哲も無い、“ゲームの一キャラクター”だってことは――わかっている。
だけど、どうしてなんだろう。
多分、この女の子の身に起きている事態が只事じゃないと感じていたせいだ。
オレには背負っているこの子の魂が――抜け落ちているような気がしてしまったんだ。
まるで、中身がない虫のサナギを背負っているみたいな――不気味な錯覚がした。
「レットさん。大丈夫ですか? 下に降りることはできますか?」
「だ……大丈夫。大丈夫。オレは大丈夫だから……」
落ち着かないとダメだ。深呼吸をしないと……。
時間をかけて、なんとかオレは岩から地面にゆっくりと降りた。
その真横に、ガムでも噛んでいるのだろうか? クチャクチャと咀嚼音を鳴らしながら、予め決まっていたかのように無言でベルシーが真横に立つ。
「さて、全員で来た道を戻るぞ。タナカさん。道案内はもう必要ないんだが、先導して“明かり役”をお願いしてもいいかい?」
「問題はございませんが、クリアさんは大丈夫ですか? 三人も背負って移動するのは……中々に厳しい物がある気がしますが……」
「あ、あの……やっぱりオレも、後一人くらいだったら……」
「……必要ないさ。これは、俺がやらなきゃならないことだ……。タナカさんにだって役割はあるし。レットもレットで――ちゃんとその娘を背負ってあげてくれよ」
そう言ってクリアさんがよろよろと歩き始める。
「重いだろうけど、ごめんなさいね」
「ええ、正直相当重いですよ。――ケッコさんも一人で良いんで、手伝ってくれませんかね?」
そう言って直後にクリアさんは『冗談です』と付け加えた。
ケッコさんに運ぶことは無理じゃないみたいだけど、背負えば以前クリアさんが自身が言ったとおり“引き摺る”ことになってしまう。
そんなことは当然、発言していたクリアさんもわかっていたはずだった。
「残念だけど、私の“職業”がどうだとか“ステータス”がどうだとか――そういう問題じゃ無いの。引き摺るつもりもないし、正直言えば、関わりたくないくらい」
「……そうですよね。やはりケッコさんなら、そう言うと思ってましたよ」
「ご明察ね。その代わり、この女の子の守りには私がつくから心配しないで」
そう言ってからケッコさんはオレの真横に立ってくれた。
そこから時間をかけて、オレ達は行きと同じ道を引き返していった。
道中、メンバーの人達はずっと無言だった。
どこから敵が再び襲ってくるか、注意深く警戒しながら時間をかけてゆっくりと歩いて行った。
今のメンバーの状況は――
体力が6割程減っているテツヲさん。
ほぼ瀕死状態で、ゾンビのような状態で歩いているクリアさんと、ボロボロのオレ。
ほぼ無傷なのはベルシーとタナカさんとケッコさんの三人だけ。
そして、今のオレ達には守らなければいけない人達がいる。
正直――“こんな状態で次に襲撃を受けたら全滅する”。
そんな風に思えてしまう。
再び戦いになったら、オレにできることなんて多分もう無い。
だから歩きながら、転ばないように気をつけながら、ずっと心の中で願っていた。
『どうか、敵に襲われませんように。オレ達が倒されてしまいませんように。この人達が連れ去られてこれ以上、もう酷い目に、辛い目に合いませんように』
ずっと念じてた。
神頼みみたいで、なんとなく情けないと思ったけどそれでも祈らずにはいられなかった。
だけど――オレの願いが通じたのか。
結局、不気味なくらい何のハプニングもなしに、オレ達は馬車にたどり着くことができた。
それからはちょっと大変だったけど、それでもどうにか人質となっていた人々を先に馬車の奥に座らせて、その後順番に、やや窮屈な馬車内にオレ達は一人ずつ乗り込んだ。
[ケッコ。安全運転かつ。素早く。たのむやで]
[あ~も~、わかっているわ。心配しないでよ。行きと同じように最速&揺れ少なめでぶっ飛ばすから♪]
皆を乗せた馬車が、ハイダニアに向かって走り始めた。
「…………フゥ~~~~~~」
オレは思わず、周囲に聞こえる声で一息ついてしまった。
クリアさんは馬車内の座席に腰を下ろして息を吐いてから、大きな声で笑って――
[いや、レットは本当によく頑張ったよ]
――そうオレを褒めてくれた。
[メンバーと。はぐれてから。ずっと一人で。戦ってたんやろ?]
[――ケッ!偶然、戦い方が噛み合っただけだろうが。オレの方が絶対役に立っているぜ]
[水を注すのやめなさいよ……。私は立派だと思うわレット少年!]
[全くもって、その通りですね。影の功労者と言っても過言ではないでしょう]
ベルシーはまあ無視するとして、こうも褒められると流石にちょっと恥ずかしいかもしれない。
[え……えへへへ。でも、慣れていないことしたからかな――オレ、かなり疲れちゃいました]
[……そうね。精神的にドッと疲れたわ~。このままじゃあ、もう一日お休み貰うことになりそうよ。この事件が一件落着したら、派手にお酒でも飲み散らかしたいわ~]
[……へぇ。いい年してコンビニ夜勤の癖に、いっちょ前に行きつけの店でもあんのかよ?]
[最近出たウルトラストロングの14%のヤツが一本168円なのよね~。それを、昼の公園で吞みながら~遊んでいる子ども達の保護者に冷めた目で噂話されるのが、最近の私のトレンドなのよ♪]
[……おまえ……本当にしょうもねえ……落ちぶれてるってレベルじゃねーぞ!! もうただの変質者じゃねーかよ!]
……あのベルシーが呆れている。
ケッコさんって、意外と大物なのかもしれない。
“文字通り”なんて言ったら流石に失礼だよな……。
[いいじゃない別に。どこに行っても私の扱いなんて同じようなものよ♪]
[歩いているだけで世間に迷惑かけてんじゃねーまずは痩せろデブ。いつか捕まるぞ、マジでよ]
[そういうお前も大概だろう?]
クリアさんがくだを巻いているベルシーに話しかけた。
[馬鹿みたいに酒を飲むじゃないか。この前“やらかした”カクテルは60%のリキュールを40%のジンで割った――グリーンアラスカって名前だったか。飲んだくれて“また”警察に連れて行かれてたとしても、俺は見捨てるからな?]
[……オレの記憶じゃ、クリアが迎えに来てくれたことなんざ一度も無かった気がするんだけどよぉ……]
前にクリアさんが『ベルシーは警察を呼ばれるのも』得意って言っていたけど、どうやらお酒関連のトラブルが多いみたいだ。
やれやれと首を振ったらどうやら感づかれたらしくベルシーに絡まれてしまった。
[けっ! 酒を飲んだこともねえ餓鬼に笑われるっていうのは心外だよな!]
全くブレずにベルシーはオレに対して嫌な感じだったけど、そのいつも通りの反応に――なんか、安心してしまった。
[イーだ! オレはどうせお子ちゃまですよ~だ。ちぇ~……]
そう言ってオレはそっぽを向く。
一番後ろ側に座っていたからか、馬車のキャビンの出入り口からメレムの平原が見えた。
星が輝いているからか、外は洞窟の中よりずっと明るかった。
(ようやく。終わったんだな……)
心底安心しているところに、タナカさんが席を立ってこっちに歩み寄ってくる。
「拗ねてはいけませんよレットさん。お酒など、そんなに素晴らしい物でもありません」
「う、う~ん。そういうもの――かなあ?」
オレ達の会話は他のメンバーには聞こえていない。
背後でベルシーのしょうもない武勇伝が始まっていたからだ。
「ええ、私にとってお酒というものは付き合いで仕方なく飲む物です。無理をして飲んで良いことなど、何一つありません。健康というものは一度失ったら二度と戻ってはきませんからね」
「じゃあ、タナカさんはあんまりお酒は飲まないんだ」
「そうですね。最近は、たんと飲まなくなりました」
「ふ~ん………………」
「酒もええが。俺は。ひとまず。朝一で“風呂屋”やな」
――気がつけば、オレの真後にテツヲさんが正座で座っていた。
怖いと思ったけど、もしかするとこの人もベルシーの自慢話がしんどかったのかもしれない。
(普段無表情のテツヲさんにすら内心でウザがられているって、相当なんだなベルシー……)
「――疲れたときには。それが。一番やで」
「成る程。テツヲさんは実に健康的なのですね」
「タナカさん……。その“風呂屋”って――オレ“絶対に銭湯じゃ無い”と思うんだけどォ……」
「どや。今度レットも。行くか?」
「行かないし、行けませんよ! オレが行ったら捕まっちゃいますって!」
「ほむ。ま。冗談や」
そう冗談を――冗談なのか怪しいけれど――言って再びテツヲさんが無表情のまま立ち上がる。
どうやらパーティ会話では、ケッコさんとベルシーがいつの間にか子どもみたいな喧嘩を始めたみたいで、テツヲさんはその仲裁に入ろうとしているみたいだ。
あ――でも、殺し合う日程とか勝手に調整し始めているし、もしかしたら仲裁するつもりは全然無いのかもしれない……。
見るに見かねて、タナカさんがテツヲさんの代わりに仲裁を始めているし……。
オレはその場から動かず、止めようともしなかった。
オレの側に座っている女の子のことが心配だったから――っていうのもあるけれど、喧嘩を止める必要も無いと思ったから。
雰囲気はちょっと殺伐としているけれど、二人は本気で喧嘩しているわけじゃない。
このチーム的に言えば、談笑しているようなものなんだろうな。
そうして、オレと話していた二人と入れ違いで――最後にクリアさんがオレの真横に座り込んだ。
その表情は、いつの間にか暗くなっていた。
「………………クリアさん。どうかしたんですか?」
[うん……俺達の体力が、いつまで経っても回復しないのが、ちょっと不安でな。まだ連中、戦闘を諦めていないんじゃないかと思ってはいたんだが――]
[もう――不吉なこと言うの、やめてくださいよォ!]
[――悪い悪い。もう済んだ話さ。道中ずっと警戒していたが、杞憂だったみたいだしな]
そう、これでもう大丈夫だ。
とっても長かった戦いが、辛くて苦しい戦いが――ようやく終わったんだ。
人質になっていた人達も、もうすぐ全員助かるんだ。
だから、オレは。
オレはもう大丈夫――
[……………………………………]
――無事に終わったんだ。
だって――皆、もう戦いが終わったと思って、思い思いに騒ぎ立てているじゃないか。
だから、この場所で聞こえてくるのは馬車が走る音と、メンバー達が騒ぐ声だけなんだ。
――別の音が聞こえてきたとしても、聞き違いなんだ。
そう思いたかったけど、現実はそうじゃなかった。
綺麗な大団円なんて、ありえなかった。
聞こえてくる沢山の馬の蹄鉄の音で、メンバー達の笑い声がぴたりと止まる。
[何!? 一体、何の音よ!]
[そんな……そんなことが……。今になって……今頃になって増援だ! ……後ろから来るぞ!!]
まだ。
まだ終わっていなかったんだ。
[ふざけんじゃねえよ! どんだけいるんだ――ありえねえだろ!]
いや……もうすぐ、すべてが終わってしまうかもしれない――
[さっきと。同じ見た目やが。さっきより多いで。……10人は。おるな]
[これは……なんという……なんということだ……]
――オレ達が、望まない結末で。
馬に乗った敵の軍勢が、弓と――矢を取り出してきた。
[ぐっ……人質達を馬車の前側に寄せるんだ! 戦力にならないメンバーや瀕死のメンバーも一緒に下がれ!]
[だったら死に体のテメーが最初に下がれクリア――お前邪魔なんだよ!]
軍勢は一斉に矢をつがえている。
弓を突きつけられたことなんて無いから、自分自身に危機が訪れているっていう実感が――いまいちわかない。
[クソッたれが! もうお終いだぜこんなもん! 戦えるヤツらのほとんどが消耗しているんだぞ!]
[……そんなこと言ったって、やるしかないじゃないかッ!]
大きな声が自然と出て、ベルシーが黙り込んだ。
[オレは――オレ達には他にできることなんて最初から何も無いんだ! ハイダニアにこの人達を届けるしかないッ!! そうでしょ! クリアさん!]
[ああそうだ。……レットの言うとおりだ。ここまで――来たらやるしかない。メンバー一人でも生き残ってこの人達を守り抜ければ、俺達の勝利になる]
オレを見つめるクリアさんは笑っていた。
それは先程までの笑顔とは違う。
――この先オレ達がどんな末路を迎えるのかわかってしまっているような、そんな悲しい笑顔だった。
「ごめんなレット――――――これはもう、全滅かもしれない……」
どこか聞き覚えのある言葉と共に、馬車に向かって大量の矢が飛んできた。




