第三十四話 Victory of Retto
「う……ううう……ううう……」
その音は、レットの口から零れていた。
極限状態で放った文字通りの決死の一撃。
もちろんレットはその一撃で相手を倒せるとは思っていなかったが、しかしそれでも目の前の結果に対して呻き声を上げざるを得なかった。
眼前に立っているフェザーには、ダメージがほとんど全く入っていなかった。
刃が通っていない。その手ごたえのあまりの無さにレットは――
「う……うう……なんで……なんでこんな――こんなことが……」
――ショックからか武器を振り下ろした状態から全く動けないでいた。
「驚いたね……。心底、驚いた」
対峙する“少年”はそれまで取っていた防御の姿勢をゆっくりと解いて、武器を構えることなくそのまま両手をだらりと下ろした。
「このダメージの低さ。キミのレベルは、ボクが思っていたよりも遥かに――『下』だったのか。なるほどね。ボクらは本当に上っ面だけならそっくりだ……。両方とも同じ者同士、“付け焼刃同士の戦い”だったみたいだね……」
(そうか……“拮抗できていたのが奇跡”だったんだ……。最初から、全然太刀打ちできないはずのキャラの性能の差を……なんとか誤魔化せていただけなんだ……)
フェザーはレットをまじまじと見つめてくる。
「実に、不思議だなあ。キミのつけている装備品は“奇妙”だ。まるで低レベルのプレイヤーが、レベルを度外視して徹底して攻撃を耐え凌ぐ為だけに作られたような……不思議なコンセプトが読み取れる。皮肉なものだね。“それほどまでに特化した装備”だったからこそ、ここまで耐え抜いて――同時にボクにダメージを与えることが出来なかった……」
レットの装備品に対する所感を述べているフェザーのその時の表情は驚いていたというよりも、むしろあきれ返っているようだった。
「そして、それらの要素を加味したとしても……さまざまな精神的な揺さぶりがかかっているこの状況下で――ボクの“口撃”によって精神が汚されているこの状況下で――失敗すれば即敗北の殴り合いを、よくもまあこんな長時間続けられたものだ。敵ながら敬意を示さずにはいられない。キミは余程心が強いのか、それとも何か――譲れないものがあったのか……」
その言葉に嘲りや皮肉は感じられない。
心からの賞賛のようだったが、しかし今のレットにとってはどうでもよいことだった。
「――――――ッ! ああアアアアッ!!」
躊躇無く再び叫び切りかかる。
それでも、やはり刃は通らない。
「……………………」
攻撃が通じないと知ってか、フェザーは最早防御をしていなかった。
攻撃の動作が終わりきっていないレットに対して、何の気なしに短剣を振り下ろす。
(しまっ――――――)
避けられずにガードしてしまったレットのナイフは“砕けなかった”。
それ故に、レットの姿勢は大きく崩れる。
フェザーの攻撃の手は休まることなく、レットの一本だけのナイフによる防御が破られそうになる。
(この黒い刀身の短剣は……結晶の武器じゃない!! 砕けないけど――だからこそ受けきれない……。ち、力が強すぎる――これが本来の実力差なのか!?)
打ち合いに耐え切れず、ついにレットの持っていた最後のナイフが弾き飛ばされる。
それは放物線を描いて、レットの背後の地面に突き刺さった。
「結晶ほど美しくはないが、この黒い短剣も格好が良い。目が慣れていても、体がついてこれないだろう?」
フェザーはそう呟いて――レットの胴体を右足で蹴っ飛ばす。
「ぐぁ……が――――」
あまりの衝撃に言葉が出ない。
その体が飛ばされて地面をひっくり返る。
吹き飛んだレットに、フェザーはゆっくりと歩み寄った。
「そうだ。もう、キミがどんな動きをしようと関係ない。“タネが割れれば”力で押すことが出来る。最初から普通の武器で、普通に戦っていればボクが武器を失うことも、ここまで苦戦することも無かったというわけだ――」
フェザーが周囲を見渡す。
「――それでもやっぱりキミは凄かった。すさまじい戦いぶりだったよ。月の光が降り注ぐ中。打ち合っていたボクらの戦いのどの瞬間を切り取っても。美術品のように輝いていただろう。それほどまでにキミが打ち壊した武器の数は多く、そして美しかった」
フェザーが、地に伏したレットを終わらせるために近づいてくる。
「しかしやはりキミが行き着く先は敗北だ。キミは負けたんだ。きっとキミはこれから苦しむことになるんだろうね。『手を差し伸べたのに、自らの力不足で少女を助けられなかった』。その事実に後悔を抱えキミはキミの日常に帰ると良い」
迫り来る敗北を目前にして――
(そうだ………………………………“許せない”)
――レットは思考する。
(やっぱり一番“許せない”んだ……。コイツが、オレを一方的に短剣で刺してくることに対してじゃない。人の心にナイフを指すような残酷な行いに対してでもない。……コイツの感情でも、生い立ちでも言葉にでもない……)
仮想の体に力が入る。
地面を強く掴んで両手から泥が溢れる。
(それはきっと、オレ自身だ……。オレは、何よりも何も出来ないまま終わるオレ自身が一番許せないんだ。オレは、あの人達を助けられないで、ただ見ているだけの無力なオレを……今、何よりも誰よりも許せない!!)
だから――
「だから……………………まだだ……」
「……なんだって?」
まだ――
「―――――――まだ終わってたまるかあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
――レットは諦めていない。
叫びながら、何の策もなく、何も残されていない状態で尚も、少年は無手で勢いよく真正面から敵に突っ込んだ。
「……何だと!?」
突然の、あまりにも突然の予想だにしなかったであろう暴挙とも取れるその行動に対して、フェザーは当たり前のように対応できなかった。
中腰のまま飛び出したレットの体がフェザーの腰に激突する。
足が引っかかり、両者の姿勢が崩れる。
そのままレットは泥の上にフェザーを押し倒した。
「キミ……見苦しいぞ!!」
「そうだよ――――――――――最初ッからそうだッッ!!」
そこから先は、“文字通り”癇癪を起こした子どもの喧嘩のようだった。
レットがフェザーの首を押さえつけて地面に叩きつける。
“少年”は激しく抵抗し、黒い短剣を持っている右手を振り回そうとする。
それを必死になって両腕でレットが押さえ込む。
「あ……ぐ……ぐ……ぎぎ……」
歯を食いしばるも、これはゲームの世界。
物には限度がある。
圧倒的なキャラクター性能の差。
到底制御できない。
しかし、完全に押し返されてしまう前に、レットはフェザーの頭めがけて、その右手を封じつつ肘打ちを叩き込んだ。
さらに僅かに、ほんの僅かに力が弱まったその隙にレットが左の平手でフェザーの顔面を平手で抑えつける。
狙うはその眼球。
ダメージにはなりえないが、泥まみれのその手で乱暴に、その顔に泥を塗りつける。
その不快感からか、フェザーが呻いた。
「ぐっ……醜いね……。そんなに泥臭い戦い方で……キミはボクらの戦いそのものにまで泥を塗るのか?」
「――知ったことかよ!!!!」
泥を拭おうとフェザーの短剣を持ったままの右手がその顔に行く。
力のかかっていた角度が変わり、レットの体が浮き上がり危うく振り回されそうになる。
しかしそれでもレットはマウントポジションを何とか維持する。
最早、その手に武器は無い。
「オォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
――だからこそ、左手でその首を鷲づかみにしてフェザーの顔面を右手で殴りつけた。
殴りつけた拳が跳ね上がる。それほどにまでに力を込めて打ち付けた。
さらにCDが上がった自身の速度が上がる“ソードマスター”のスキルを解き放つ。
「オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ダメージがほとんど全く入らずともお構いなしに“少年”の整った顔面を――殴る。
――殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
「………………………………………………」
そうして、沈黙。
レットの声が消えて、振り下ろしていた拳が止まる。
どう足掻いても少年は、眼前の敵を倒すことはできなかった。
ついに敵の短剣を押さえ込むことができなくなり――
「あ――あ――――――――――――――――――――――」
その胸に、かつての一方的な敗北を想起させる場所に――真っ黒な短剣が突き刺さっていた。
「本当に……本当に、無駄な足掻きだったね」
短剣が乱暴に引き抜かれる。
自身の体力が急激に失われ、レットの体に奇妙な倦怠感が降りかかる。
それは、少年のキャラクターが戦闘不能に瀕している何よりの証拠だった。
力の抜けたレットの体を乱暴に押しのけてフェザーが立ち上がった。
「酷い泥だ……せっかくの一張羅が台無しになったよ」
「う……ぐ…………ぐぐ………………」
(まだ……まだ全然足りない。ここまでやっても……駄目なのか……オレはまた何も……何も出来ずに負けるのかよ……ッ!)
今度こそ少年の、最初からありもしなかった万策が尽きた。
僅かに、胸から血が流れる。
最早、レットには立ち上がる気力すら残されていない。
拭うことすらできずに、滴った血はそのまま地面の泥に混ざっていく。
精神は疲弊し、消耗している。
とっくのとうに限界は超えている。
背後から、仲間が助けに駆けつけてくるような気配もなかった。
「……………………………………」
「疲れたよ――。とんだ見込み違いだった。こんなことなら――いや、もう良い……」
最早身を守るすべもない。
フェザーの容赦ないとどめの刺突の一撃がレットに振り上げられて――
――泥が跳ねる音と共に、ダメージが入った。
しかし、その時減少したのはレットの体力でもなければ――フェザーの体力でもない。
「――――――危険な賭けだった」
減っていたのは、天井の穴から転落することで落下ダメージを受けた、クリアの体力ゲージだった。
「『湿地帯から直接向かうルート』は一つだけあったんだ。お前ら自身が話していたことだ。……上の湿地帯と繋がっていたのは、まさに【H-7】――この部屋だったわけで……“上下の座標がピッタリ”だ。忘れないでアドバイスをくれたタナカさんに……感謝だ……。なんとかギリギリで……間に合った!」
「ク――――――――クリアさんっ!!」
レットは安心感からか、尻餅をついた状態から前のめりに両手を地面につけ、上半身を動かして立ちはだかるフェザーの背後に居るクリアを見つめる。
しかし――
(ひ……ひどい……)
少年の中で湧き上がった希望が吹き飛ぶほどに、クリアの格好はみすぼらしかった。
岩窟ではなく湿地帯を走ってきたからか、全身が湿っていて体中に草木が張り付いている。
様々な色合いの皮装備は何があったのか、肩や膝などの数箇所から破けて素材が捲くれてしまっており、パーティテープのように飛び出している。
いつもつけているゴーグルには皺が入っていて、右側のグラスに至っては完全に割れている。
武器は何も持っていなかったし、どこで浴びてきたのか頭には白い石灰の粉のような物までかかっていた。
何よりも、高所から落下したためかその体力が圧倒的に少なく、ゲージの残りは【僅か数ミリ】という表現がピッタリだった。
フェザーがクリアに振り返り――
「……信じられない――まさか……下したというのか? キミが、ボクの師を……」
――口元に手を遣る。
どうやら、パーティで会話をしているようだった。
「馬鹿な……妙だ……彼から何の連絡もないというのはおかしい……おかしいね……」
「アイツは、もうここには来ない……。今頃――地獄で歌って――踊り回っているさ…………」
まるで足が棒になっているかのようにゆっくりと、ゆっくりとクリアが倒すべき敵に近づいていく。
フェザーは持っていた黒い短剣を仕舞う。
そして後ろ手の状態でインベントリーから武器を切り替えてクリアに接近して斬りかかろうとした。
(いけない――!!)
「クリアさん! そいつの攻撃に触れちゃ駄目だッ!」
レットの必死の叫び。
咄嗟にクリアが背後にステップして、すんでのところで攻撃を回避することに成功した。
「な、なるほどな……よりにもよって結晶の武器か。危ない、危ない……。師弟揃って色々壊してくるのか……最悪に、嫌な戦い方を――」
フェザーはそのクリアの言葉に割り込むように再度攻撃を仕掛ける。
しかし直後に、連続で何かが破裂するような音と共に、フェザーの頭部が不自然に空中で揺らいだ。
「…………………………これは!」
驚いたような声と共に、今度はフェザーが後退する。
(な……何だ今の!? 一体、何が起きたんだ? もしかして――)
気がつけば、クリアがフェザーに向かって前進していた。
再び、今度は連続で音が鳴る。
向かい合う二人の間で突然、泥が円のように弾けフェザーがよろめいた。
「どうだ……『流浪者にしては、中々の拳』だろ?」
その言葉で、レットはクリアがフェザーにどんなアクションを行ったのかを確信する。
(――そうか……僅かに見えた! クリアさんは素手で“ぶん殴った”んだ! でも……どうしてクリアさんは何も武器を持っていないんだ!?)
そう、武器ではない素手――
「なるほど……。“安心した”よ。どうやら、ボクの師はそれなりに仕事をこなしていたようだ」
――フェザーは体勢を僅かに崩しただけで、体力はほとんど減っていない。
「キミの強さの大半を構成している装備品、“全部壊れている”んだろ? その上、体力を相当削られていた。なのにさらに無茶をして、高いところから落ちてきたからか戦闘不能になりかかっている。キミの力もとても弱い。速度も――……ただ速いだけで精彩を欠いている。そもそも流浪者は、本来拳で戦えるような職業じゃない。“痒いが痛くはない”ね」
クリアが唇を噛む。
「だからどうした? レベルの差って物がある。お前なんて、今の俺でも……2、30回ぶん殴れば倒せるさ……。短剣なんて大したことはない。小さいしリーチも……短いだろ_」
「しかし、“キミの心臓には届く”。キミが30回攻撃を放つ間に、ボクは結晶の短剣でたった一発。掠りでもすればキミは戦闘不能だ。“三十対一”だ。キミには身を守る武器もない。そこにいるレット君とは違って、受け流すこともできはしないんだろう?」
クリアは大きく息を吸って、吐く。
それからレットを見つめて――やや大きな声でフェザーに宣言した。
「あらかじめ言っておいてやる。――降参しろ。そしてこのイカレた事件の首謀者の情報を吐け。そうすれば、お前をここで倒すのは辞めておいてやるよ」
「キミのその言葉は、交渉にはなりえないんだよ。これは『ゲーム』だ。ボクは負けても何も失うものなど無いんだ」
「そうだな――。確かにこれは“交渉じゃない”」
クリアが右手の親指で地面を指し示す。
「周囲に落ちている武器で、レットがお前とどんな戦いをやっていたのかわかる。まだ結晶の武器を沢山持っているんだろ? 経済に詳しくない俺でも、今の相場の概算くらいはわかるからな。予め言っておくが――お前が負けたら、残りの結晶武器を俺は“可能な限り根こそぎ持っていく”」
それから右手を上げて、フェザーに人差し指を力強く突きつけた。
「……個人なら“死ねる額”だぜ。事件の規模からある程度推理できているからな、お前が相当無理しているのはわかっているんだ」
「…………………………なるほどね。交渉を超えた良い“脅迫”だ。きっと成立していただろうな――キミに勝機が僅かにでもあったのならね」
「そいつは、やってみなければ――わからないよな!」
クリアはそう叫び、真っ直ぐフェザーに向かって派手に泥を巻き上げながら突っ込んでいく。
それは本来、あり得ない行動。
拳の手数で押さなければならないクリアの捨て身の一撃。
「――自棄にでもなったのかい!?」
フェザーの攻撃が前から放たれて、クリアがついに倒れこむ。
しかし――クリアは“真正面から”ぶつかったが、決して“真っ向から”は勝負を決めようとはしていなかった。
クリアは、戦闘不能になって倒れ込んでいたのではない。
“屈んでいる”。
同時に――
「一本だ。一本だけ、ようやく“届いた”ぜ……!」
――――フェザーの腹部に、一本のナイフが深々と突き刺さっていた。
「なんだ……。……なんだ? こ、この武器は……い、一体……」
フェザーが驚いた様子で呻くような声を出して腹に突き立ったナイフを見つめる。
「隠し――持って……いたのか……いや、この柄のデザインは――」
クリアが握っていたナイフは――――――レットが唯一折ってしまうことなく“弾かれて地面に落っこちた”物。
「ま……まさか……い……いつのまに……!」
フェザーが瀕死の状態のまま背後のレットに振り返る。
「……へ…………へへっ」
レットは草臥れたような表情で、軽く笑う。
そして、座り込んだままフェザーを真っ直ぐに見つめ返す。
少年が座っていた場所は先ほどとは違っていて、その姿勢は“何かを投げつけた”かのようだった。
そう、その武器は――――――――咄嗟にレットが地を這って、泥だらけになりながら拾い上げて、クリアに向かって慣れた手つきで“投げ渡した”最後の一本だった。
「少年に………………してやられたというわけだね……。全く――虫も殺さないような顔をしているくせに……そら恐ろしいことを……するものだ……」
フェザーが呟く間も、クリアは一切手加減する素振りは見せない。
突き刺さった無骨なデザインのナイフに力が乗り、腹部を突き抜け、背中のマントにまで貫通する。
腐っていても、高レベルの流浪者の得意武器による致命的な一撃。
その腹部への刺突だけでフェザーの体力が7割ほど吹き飛んだ。
「……おそらく、同じくらいだ。“俺とお前のレベル差”と“お前とレットのレベル差”はな」
「なるほどね……まさか、これほどまでに……」
「理解したろ? つまり、レットにここまで食い下がられた時点で――――――――お前の負けだったってことさ!!」
フェザーの体がナイフを握っているクリアの持ち手を切り裂こうと僅かに動くが、しかしその前に、クリアが乱暴に腹部のナイフごとフェザーを蹴り飛ばした。
二人の距離が僅かに開き、脱力している両者はバランスを崩して倒れる。
「……武器を抜いたら、さらにダメージが入って終わってしまうからな。“加減はした”ぞ。だが、武器の特性でお前の体には既に毒が入っている」
泥だらけになりながら体を擡げてクリアがそう言い放つ。
“圧倒的格上”からの攻撃によって何の抵抗もなく入った毒のデバフ。
それによって、フェザーの残された僅かな体力がみるみるうちに減っていく。
「…………………………」
しかし、尚もフェザーは無言で立ち上がり、クリアにゆっくりと歩み寄ってくる。
「――これで、“一対一”になったよな……」
クリアもゆっくりと大きく息を吐きながら立ち上がる。
「お前に勝ち目はもうないが――まだ“やりたい”というのなら止めないぜ? 仕掛けたとしても分の悪い賭けだがな。お前が倒れてしまうまでもう時間がないし、最期にもう一度、お前に“同じ質問をしてやる”」
フェザーが足を止める。
死にかけの二人の距離はとても近く、互いが互いを見つめ合っていた。
「――――――これが、最後のチャンスだ。この狂った事件を立案した首謀者の情報を吐け。そうすれば、お前が倒れても持っている武器は決して奪わない……。選べ、全てを失うか、全てを話すか」
「…………そうか……そうなのか」
フェザーは――
「名実ともにボクらの――負けなのか……」
――レットを一瞥して、人質達を見つめて、最後に地面に視線を落とした。
「――フフッ。……どうすることもできない。“どうすることもできないのさ”」
呟きながら軽く笑って――
――なんの前触れもなく突然、フェザーが結晶の剣をクリアに向かって突き出した。
しかし、刃は届かない。
先に突き刺さったのは――残されたスキルを全て乗せて放たれたクリアの拳の方だった。
前進していた物同士の全力の衝突。
鈍い音が広間全体に響き渡り、その衝撃でフェザーの整った顔面が叩きつぶされたアルミ缶のように大きく歪み、その体が勢い良く吹き飛んだ。
広間の端から端まで、まるで横向きに発射された竹とんぼのように体を回転させてすっ飛んでいく。
その途中で地面に当たって何度も泥を巻き込みつつ跳ね上げて、そのまま岩窟の壁面に激突し――
――毒に蝕まれて、ついに動かなくなった。
「は――――――ああ――………………」
気が抜けたのか、クリアが膝をつく。
それからよろよろと立ち上がり、レットに向かって歩み寄って、尻餅をつくように座り込んだ。
「……………………クリアさん……あの……あの……オレ……」
レットは俯いて、そこから何も言えなくなった。
クリアは、そんなレットの顔をじっと見つめて呟いた。
「……………………………………何も言わなくていいさ。お前の酷い顔を見れば……どんな目にあったのかなんとなく――わかる」
クリアがゴーグルを外して、目元を擦ってからフェザーの死体をじっと見つめた。
「……アイツはきっとまともな人間じゃなかったはずだ。死ぬほど怖かったろうに――信じられないくらいの大健闘だ。本当に――――よく頑張ったな。レット」
「うっ……うう…………ううう…………」
レットの両目から、涙が再び流れて止まらなくなる。
そんな少年を見かねてか、クリアはレットの頭に手を伸ばそうとする。
しかし、そこで部屋の入り口から誰かが走ってくる音を聞こえてきた。
クリアは緊張した面持ちで――レットは右腕で涙を拭って――立ち上がり入り口の暗闇を見つめる。
「もう! そんなに驚かれるのって心外じゃない?」
駆けつけてきたのはケッコを初めとしたパーティメンバー達だった。
レットとクリアはお互いの顔を見つめてから、大きく息を吐いてヘナヘナと泥の上に座り込んで、それから――笑い合った。




