第三十三話 惨憺たる面子
来た道をパーティメンバー全員で後退する。
いつになったらこの戦闘が終わるのか定かじゃない。
先頭に立っているのはパラディンのテツヲさん。次にベルシー。三番目が私。
そして、私の背後でうずくまっているタナカさんは目の前で起きている戦いを目にしてただただ震えているだけ――初心者だから仕方ないんだけど。
「な……なんという凄まじい戦いだ……」
対人戦の経験がないタナカさんが驚くのも無理もない話だ。
目の前で起きている戦闘は、初心者の彼が普段から身を置いている世界からすれば別次元の物なのだろう。
だけど、実際は――
「オイ、いつになったらこの戦闘終わんだよ!」
――パーティメンバーはうまく戦えていない。
そのベルシーの大声には明らかな怒気が混じっているけれど、怒りたいのはこっちなんだってば。
「そんなこと言ったって仕方ないでしょ……。盾役はテツヲさん一人で充分なのに、アンタがアタッカーの役目を放棄して産廃みたいなビルドで最前線に出張ろうとするからよ……」
「うるっせえな! テメエみたいな脳死(※1)野郎とは訳が違えんだよ! オレはオリジナリティを大切にしているんだっつーの!」
こんな風にキレているコイツのビルドは、魔導書による吸血を主体にしている。
相手から吸い取った体力をそのまま自分の物にするのが一般的なブラッドナイトだ。
だけど、ベルシーの吸血は一般的なブラッドナイトのそれとまるで違う。
吸い取った相手の体力を何倍にも増幅させて回復ができる代わりに、そのリソースを仲間に一切受け渡せない。
つまり、自分の身だけを守る――という極めて自分勝手なもの。
……そもそも、ブラッドナイトで魔導書を持っているのが理解できないわ。
置物としては役に立つかもしれないけれど、きちんと火力さえ出してくれれば今戦っている連中に遅れを取ることもなかったはずなのよね。
それでも誰もベルシーの戦い方を矯正しようとしないのは『諦めてしまっている』から。
普段軽薄なくせに、自分の思いついたアイデアが正しいと信じきっている。つまりベルシーは自分の意見を曲げないでそれに固執する極度の頑固者なのだ。
付き合いの長いクリアさん曰く『いくら口論になろうと誰が説得しようと一向に自分の戦い方を変えない』んだそうで、ネコニャンさんはコイツと以前(運悪く)連続クエストの固定パーティに参加することになって地獄を見たらしい。……流石にちょっと同情しちゃうわ。
「……自分の戦い方が盛大に間違っているってことを、いつになったら自覚できるのかしら?」
「そういう既存の考え方に縛られてっから、テメーはいつまでたってもいい年してコンビニ店員やってんだよ!! 糖尿のリアル顔面ブルーカラーがよ!」
「べ……ベルシーさん。流石にそこまでの物言いは――いささかというか、かなり問題が有るような気がするのですが……。そもそもコンビニの店員さんは厳密にはブルーカラーではないような……」
「いいのよタナカさん。気にしないで♪ このネコは前々から他人に対する当たりとこだわりが強いのよ。バイト先でもっと酷いこと普段から言われているし、このくらいならもう気にならないのよね~。器の小さいケッコちゃんではないのよ♪」
「普段どんな劣悪な労働環境に身を置いているんだテメーは……」
「それに、私知っているんだから。飲み会を『十次会』まで開いてアルコール血中濃度0.39%まで行って救急車で運ばれたのはどこの誰だったかしら? 私がブルーなら、アンタは顔面ホワイトカラーってとこよね~」
「おい! クソ妖精! テメーどこでその話を――」
クリアさんに教えてもらったというのは、黙っておこう。
喚くベルシーを無視して、涼しい顔で体をくねらせて魔法を詠唱する。
魔法が発動して前方に向かって自分の体が炎の塊を放出する。
火の玉は前に居るテツヲさんの体を透過して敵に真っ直ぐに飛んでいく。
「どっ……どーん♪」
派手な音と共に岩窟全体が大きく揺れて、前方に明かりがついた。
「ふふん♪ まあこだわりに関しては否定しないけどね。私にだってちゃんとオリジナルはあるわけだし~。カリスマモデルのエクササイズを参考に作り上げた“ケッコちゃん式魔法詠唱法”♪」
「……リアルで太っているんだからよぉ……そういう動きは現実でやれ、現実でェ……。むしろテメーは詠唱中に相撲取りみたいに塩でも撒いてろよ。お似合いだぜ?」
「はぁ? なんでアンタ、私が実家で勘当されてから相撲部屋にブチ込まれそうになった話を知っているわけ?」
「知らねえよ! 今知ったっつーの!! 一体全体どういう状況だよ――お前ホント色々終わってんだろ!」
「そうかもね~。相撲部屋から逃げ出して、私は答えを出したのよ。“可愛がりされるならゲームの中が一番”ってね♪」
「……あぁクソッ……もうわかったよ。わかったから黙ってろ! 俺が悪かったっつーの……」
何故だかわからないんだけど、私と話しているとコイツはいっつもトーンダウンしていくのよね。
空気が悪くてたまったものじゃない。まるで私が何か悪いことしたみたいじゃない。
「ごめんなさいねえタナカさん。ベルシーが色々うるさくて集中できないでしょ?」
「は……はい……いえ……はい……。その……ケッコさんは“お強い”のですね……」
「そりゃあそうよ。年がら年中外部掲示板でレスバトルしているんだから、そもそも中身の無い言い争いで私が負けるわけないのよ」
「お、お前……普段からそういうことばっかやってっから底辺なんじゃねえのか?」
[お前ら、真面目にやれや。揉めて。殺しあうなら。後でやれ]
一番前で戦っているテツヲさんの言葉がパーティ会話で鳴り響く。
台詞の中身だけなら威圧感はたっぷり。
だけど――
(側から見れば当のテツヲさんが一番ふざけているように見えちゃうのよね~)
――整った直立姿勢で自分の円盾の上に乗り物のように乗っかり、大型の片手剣をあえて両手に持ったまま。一番前で無表情で駒のように高速回転している我らがチームリーダーの姿を見ていると思わずため息が出てしまう。
格好もビキニアーマーっぽくて筋肉ムキムキなせいで古代のスパルタの戦士のような出で立ちで、本当に不気味。
メンバーの中で唯一広間に居残って動き“回っている”訳だけれど。相手からすれば腐っても耐え抜くことに特化しているはずパラディンが防御を捨てて特攻を仕掛け続けているのだから意味不明だろう。
しかも、テツヲさんの使う防御のスキルは『総じて効果時間が短時間ながらタイミングさえ合えばほとんどの攻撃を耐え抜ける』物ばかり。だから守りも堅い。
敵からすればテツヲさんを殴ると硬いし、防御しながら接近しても回転するテツヲさんに巻き込まれて体力がドロドロに溶けるしたまったものじゃないはずだ。
だからか知らないけれど、敵はもうテツヲさんをまともに相手するのが面倒になったのか。テツヲさんは速度低下をはじめとしたありとあらゆるデバフをかけられている。
実質、半分敵から放置されている状態だった。
(このメンバーは、なんでこう変なビルドばっかりなのかしら……)
他にもウォーリアとか、発動するだけでキャラクターが回転するスキルを持っている職業はあるのだけれどそういう職業の回転はあくまで『スキル発動による回転』。
一方でこのテツヲさんはスキルの補助があるとはいえ『自力で回転』しているらしい。
その関係でいかつくて重い装備は着られないからかパラディンらしさのかけらもないし。回転が速くなりすぎて酔うし。個人のバランス感覚に依存するから誰もこんな戦い方をやりたがらない。
しかしそれでも、もちろん回転しているリーダーも含めて――
「私達全員、真面目にやっているわよテツヲさん。やっているから、膠着状態になっているというか…………」
[ほむ。それも。そうやな]
そう、全員が真面目にやろうとした結果、戦闘が長引いてしまっている。
広間と通路の境界線にいるテツヲさんには誰も近寄れないから敵が前に出れない。
そのすぐ後ろにいるベルシーにロングレンジの攻撃が届いても吸血の射程範囲内にいると速攻で回復するし――
「ケッコさん――危ない!」
前方から空間の隙間を縫うように投げナイフが飛んできたけど、それが自分の体に突き刺さることはない。
飛んで来たナイフは青白く分厚い半透明の壁に阻まれて、火花を散らしながら地面に落っこちた。
「マ~ナーシールド~。残念だったわね♪」
自分のキャラクターのビルドは“マナガン振り”。
他のステータスをおざなりにしてまでマナに振り続けて体力の代わりに攻撃を受けるマナシールドで自分の身を守る戦法。
……ひょっとすると、メンバーの中で一番タフなのは自分なのかもしれない。
――と、まあこんな感じで、自分に遠距離攻撃を当てたところでマナで耐えれてしまうからこちら側の戦闘可能なメンバーは全員タフ。誰も無理ができず、だからこそ戦闘不能になる気配が無い。
でも、いざこちらが勝負を決めるほどの魔法を唱えようとすると、ガッチリとスクラム組んだ敵の一員が遠距離から矢やらナイフやら放り投げてくるせいで詠唱が妨害されるしでこちらが相手を倒せる気配もない。
そもそも間延びした戦闘になっているから、こうやって会話できる余裕があるわけで。
これがもっと大混戦になって広間で戦っていたのなら、こちらの勝利で決着がついていたに違いない。
それなのに無駄に知恵を働かせてベルシーがタナカさんと二人で通路に逃げ込んでしまった結果、ベルシーの吸血ビルドお得意の超長期戦が始まってしまったというワケだ。
内心ブチ切れそうになるけれど、今ここで平生を失ってしまえば元も子もないから我慢しなくちゃいけない。
ベルシーも真面目といえば真面目なんだもの。
別の場所で単独行動をしているであろうクリアさんを気遣っているからか、ベルシーは必要以上にパーティで無駄な会話をすることは(ベルシーの割には)避けている。
テツヲさんだって膠着状態になってからは無理な突っ込みを控えている。
ただ――メンバー同士の協調性が絶望的に無いというだけの話。
テツヲさんが回転を継続したまま通路の入り口に蓋をするように立ちふさがり、その隙にベルシーが下がってこちらに小声で囁いてきた。
「(おい、デブ。気づいたか?)」
「(……そうね。“どこかの頑固なプレイヤー”が耐久重視のビルドに固執していることを抜きにしても変ね)」
ベルシーが舌打ちをしてくるけれど、それでもそれ以上ゴチャゴチャ言い返してこないのは最低限のラインは“弁えている”ということなんだろう。
魔導書を掲げて隙間から再び敵の血を抜き取ってベルシーの体力は再び全回復した。
「(こいつら、かなり“セーフ”に戦っているだろ。無茶すればこっちを倒せる可能性もあるっつーのにそれをやりたがらねえ)」
ムカつくけれど、ベルシーは自分と全く同じことを考えていたみたい。
いくらこちらが守りに長けているとはいえ、敵の人数は7人――向こうに分がある。
なのに無理に仕掛けてこないということは――
(まるで、戦闘不能になることを恐れているかのような気さえしてくるわね……)
あくまで戦闘を第一に意識しつつ、少しだけ考え込んでから私はパーティ会話で発言した。
[クリアさん。聞こえているかしら。そっちの戦闘は終わったのよね? 今、話しかけても大丈夫?]
[走りながらちょっと考え中だったんですが、大丈夫ですよ――何でしょう?]
[この状況を打破する方法を思いついたんだけれど、こちらはどうやっても時間がかかっちゃう。少年を助けに行きたいなら、さっきタナカさんが考え付いた“アレ”をやるしかないと思うわ]
[……了解です。必ず後から来てくださいよ。信じてますからね]
[らしくないこと言わないでよ。もう!]
[ほむ。何か、思いついたんか?]
仲間と話し合っている時間が勿体ない。
一か八か。マナシールドは当然全開のまま、私はベルシーの脇を抜けて戦いの最前線に躍り出た。
今話し合うべき相手は、仲間じゃない――
「――ねえあなた達。“ちょっと話をしても良いかしら!?”」
【マナ特化ビルド 通称:マナ壁マン】
極振りと聞くとロマンを感じるかもしれないが、弱点が多々ある。
まず第一に、マナを上昇させてもほとんどの魔法の威力は上がらないようになっている。
故に、このビルドで火力を出すには『詠唱が長くマナ燃費がとても悪い曲芸のような魔法』を『一発当てること』だけを主として運用することとなる。
しかし費用対効果は悪くDPS自体も低いのでPVEではろくに運用できたものではない。
結果的にマナに依存するごく一部の魔法だけが輝くビルドであり、今回ケッコがこの戦い方を選択した理由は『不意打ちや近接戦闘を警戒してメイジの数少ない自衛手段であるマナシールドを徹底的に活用せざるをえない』という判断を下したためだったりする。
味方が自分を守ってくれるとは全く想定しておらず、しかも味方が苦しんでいるタイミングで威力の高い魔法を被せようとする算段でいる辺り、仲間をこれっぽっちも信用していないのか――あるいは、馬鹿やって目立ってくれるだろうと悪い意味で味方を信用しているかもしれない。
テツヲもベルシーも好き放題やっているため、結果的にこの判断は正解だったといえる。
「なんかね。このビルドでマナがザーッと無くなっていく感じがなんともいえなくてね。体の中の脂肪が抜けていくような錯覚がしてちょっと気分良いのよね~♪」
「言ってて虚しくなんねえのかよ!」
【ブラッドナイト吸血オンリー自己回復特化ビルド 通称:無し】
本文で言及されている通り、非常に自分勝手なビルド。
回復に特化しているくせに、そもそもベルシーは味方の体力を回復させるスキルは全くセットしていない。
ほとんどの相手に対して長期戦が始まるため、置物だのフィールドギミックだのチームメンバーから堂々と馬鹿にされている。
ただし、付き合いの長いクリアだけは本人のトキシック(攻撃的)な性格が敵のヘイトを集める関係で、優秀な捨て駒になりうると評しているようである。
「ほぉ~らほぉ~ら! お前のリソースを吸い続けてやるよ!! イニチアチブ握りっぱなしだぜ!」
「……寄生虫っていうか、卑しい血吸いコウモリって感じよね。ホント」
【パラディン独力回転ビルド 自称:大回天】
下着以外ほとんど全裸の状態で筋肉隆々のむさ苦しい中年が無言で突っ込んでくる視界的な破壊力は抜群の一言。
本文で言及されている通り、自力で回転しているビルドで軽装備で無いと意味がなく、やる意味があまり感じられないビルド。
全体的にデザインの良い本作のパラディンの盾を足蹴にして一般的ではない大型の片手剣を持って回り続けるその戦い方を運用することに価値を見出せないプレイヤーは多い。
テツヲがこの戦い方を好む理由は大暴れしている感が強いことと、パラディンの職業のコンセプトそのものに泥を塗り、打ち砕くことに意味を見出しているため。
また、こんなふざけたなりでも維持することができるのならばパラディンの他のビルドと比べて圧倒的なDPSが出る。
防御面に関しても回転しながら状況を把握しているらしく、本人の反射神経でカバーしている様子。
おそらく徹底的に装備品を集めてキャラクターを普通に鍛えた場合の方が強いのだろうが、彼のキャラクターは頻繁にアカウントごと削除される。
なので、余程キャラ性能が高くない限り防御だけ秀でて長期戦になりがちな従来のパラディンの戦い方と比べ、荒削りの状態でありながらも本人のバランス感覚と反射神経に依ることで即戦力になりえるこの戦い方は彼の性に合っているのかもしれない。
「ダンジョンでも。凍った空気の流れを。一発で変えられるで。まさに台風の目。やな」
「色んな意味で“自己中心的”な戦い方よね……」
※1 『脳死』 医学的な状態を指すものではなく、脳みそが死んでいるほどに自己判断能力が欠如している状態。考えなし。頭空っぽ。




