表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
70/151

第三十二話 “歌劇”の幕切れ。悲劇の幕開け。

エルフのNuruho(ヌルホ)という――周囲からパッとしない名前だとよく言われている男性キャラクターは、その日メレム平原で狩りをしていた。


「次の狩場は北東に行けばいいのか…………ハァ」


そのレベリングは、ゲームを始めたばかりのプレイヤーにしては効率的。

彼は他作のVRゲームに慣れきったプレイヤーでありゲームに対する適応力がとても高かった。


「だるいな……だるぅい………………」


口癖となっているその言葉を呟いて機械的に、しかし死んだような目で歩き始める。

血の気の多い現実世界の友人に誘われてこのサーバーでフリートライアル――期間限定で無料でプレイするサービスを使い冒険を始めたものの、月額課金制の今作を続けるかどうかヌルホは悩んでいた。

彼は他作含むVRゲームをはじめとした現代におけるありとあらゆる娯楽の刺激に触れ続けていた若者で――何をやってもどこかしら飽きのような物を抱えてしまうようになっていたのである。

自棄からか、彼は初心者の恰好のままパッシブの設定など行わずに、その場を彷徨っていた。


「――でも他に……やりたいことがあるわけでもないしな……」


ぼやきながら、平原を歩いていたヌルホの足元の地面が、不意に揺れ、遠くで巨大な何かがぶつかり合うような音がその耳に聞こえてきた。





最初に、彼は妙だと思った。


VRMMOを何作かこなした彼自身が狩りを始める前に調べた限りでは、巨大なユニークモンスターがこのフィールドに生息しているという情報は無かった。

知人にそのようなことを教わった記憶も無いし、期間限定のイベントがやっているわけでもない。

疑問に思ったヌルホが暗闇の中、目を凝らして西側の方角を見つめる。


――“遠くで、何かが光っている”。



ヌルホが光を認識した直後に、暗闇からヌルホに向かって突然、何かが飛び込んできた。

まるで、ホラー系のドッキリ映像で背景から化け物が真っ直ぐ急激に画面に近づいてくるような――そんな不自然な速度だった。

実際に、接近してきたその“人物”のカラフルな見た目は恐ろしく、未開のジャングルの長が付けていそうな厳めしい木の面と半壊している皮装備はヌルホを驚かせるのに充分だった。


「えっ――」


飛び込んできた謎の人物の、不気味な見た目に対する所感を、ヌルホは自分の中でまとめることができない。

そのまま“不気味な何か”は流れるようにヌルホの背後に回りこんだ。


直後に同じ方向から、光の正体が突っ込んできた。

こちらは例えるならば、遠くできらめいていた流れ星が、突然方向転換をしてこちらに隕石として突っ込んでくるような――そんな滅茶苦茶な速度。

ヌルホには光の正体がヒューマンの男性キャラクターであることと。スキルのエフェクトが凄まじく、その全身が光っているという程度の認識しか出来ない。


そこで突然、背後に周っていた謎の人物が、ヌルホの装備品の襟元をつかんで――飛び込んできた眼前の男に対して盾のようにその体を振り回した。


「ぐえっ!!」


“光の男”が呻くヌルホの眼前で急ブレーキし、平原の地面が草木ごと跳ねる。

凄まじい衝撃にヌルホの全身に土や草がぶつかる。

そのエフェクトが切れても、装備品が派手だったからか、尚も眼前のヒューマンの男は金色に光っていた。


同時に襟元の拘束を解かれ、背後で平原の草が踏まれる音が聞こえた。

仮面の“化け物”が後退したことを直感して、ヌルホは無事に解放された――



――という認識が間違いであったことを理解する。

突然、自分の耳元で何かが風を切る音がした。

首のすぐ真横から緑色の何かが突き出され、それを眼前の黄金の男が拳で叩き落とす。

金属音と火花が出たことで、ヌルホは思わず目を瞑るも、自分の背後から突き出されている物体が何らかの武器であるということだけは辛うじて理解できた。


直後――まるで鉄でできた地面に対して道路工事を行っているかのようなド派手な音が鳴り響く。

その音はヌルホの耳にまるで“トンネルの中にいる”かのようにくぐもって聞こえてきた。

全身を包む風も相俟(あいま)って――まるでドアや窓が全部開いてしまった状態のまま走り始めた地下鉄に乗ってしまっているような錯覚を覚える。


(なんだよおい……なんなんだよ……俺を挟んで何が起きているんだ!?)


恐る恐る目を開けたヌルホは道路工事のような激しい音が篭っていた理由を知り驚愕する。

自分の体が背後から連続して繰り出される緑色の武器の剣撃によって文字通り“包まれていた”。

音が篭っていたということはつまり、それだけヌルホの頭部周辺を仮面の化け物の剣が高速で通過していたということだった。


「ウオワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


ゲームに慣れていたはずの、VR世界の刺激に晒され続けて多少のことでは驚かないヌルホの口から久しぶりに大きな声が出る。

武器がぶつかり合う音が隙間無く重なりあい、その視界が火花で埋まっていく。


ヌルホの頭に浮かんだのは、ファイブフィンガーフィレという古典的なゲームだった。

『テーブルの上に広げられた自分の手の指の間をナイフでどれだけ速く行き交いさせるかを競うゲーム』


今の彼の心情はまさに――異常な速度でテーブルを行き交うナイフが当たらないことを祈る手のひらのよう。

初心者ながらパッシブの設定をろくにしていなかったヌルホは直感した。


『これに当たれば――掠れば即、戦闘不能になる』


ゲーム慣れしている彼ですら、ここまで五感に訴えかけてくる凄まじい戦闘に立ち会ったことなど無い。

思わず叫んでしゃがみたいが、しゃがめばおそらく拳か武器か、どちらかが直撃する。

だからこそ叫ぶことしか出来ない。ついにヌルホの前髪が弾け飛ぶ。


拳と武器の最後のぶつかり合いで、ついに何かが砕けるようなけたたましい音とともに、ヌルホの聴覚は“激闘という名のトンネル”の外に出た。

砕けた武器だろうか、緑色の金属片が眼前スレスレを飛び交う。

同時に目の前の男の体からおびただしい量の血が弾け飛んでヌルホの顔を汚す。

金色の男の視線が、ヌルホの真後ろから遠くに飛ぶ。

背後で平原の草を踏む音と風を切る音が遠ざかっていく。


仮面の化け物が去ったことを今度こそ理解してヌルホはヘナヘナとその場に座り込んだ。


「大丈夫かい、兄ちゃん。初期装備のままだと、今みたいに危ない連中に人質として利用されるぜ。パッシブもちゃんと設定しておけよ」


黄金の男がヌルホの両脇を掴んで立ち上がらせ、力強く肩を叩いた。


「心配はいらねえ。アイツは俺様が倒す――“迷惑かけちまったな”」


男はニヤリと笑って血だらけのまま再び、仮面の化け物を追いかけて、光を纏って闇の中に消えていった。

それから暫くの内、ヌルホは呆然とした様子で男が去っていった方向を見つめて、その場に座り込んでいた。





それから果たして、どのくらい経っただろうか?

自分をこのゲームに誘った知人がログインしてヌルホに“囁いて”くる。


「〔仕事終わってようやく帰ってこれたよ。ヌルホ。今どこにいる? やっぱり、もう飽きちゃったか?〕


「〔いや……いやいや……とんでもない。ぶっ飛んだような気持ちさ。――続けるよこのゲーム……。俺、追加のパッケージも全部買って……とりあえず12か月分課金するわ……もう決めたよ〕」


「〔はあ!? どういう風の吹き回しだよ!〕」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(あの野郎……初心者を盾にするとは、許せねえよなあ!)


ジョーはクリアを追従しながら、その時、内心では怒り狂っていた。

それでも彼がクリアに対してすぐにトドメを刺さなかったのは、クリアの妙に演出めいた予告をしてみせた件の“大技”を見てみたいという欲求があったからである。


彼の感性の中では、クリアという男の取った『初心者プレイヤーを盾にする』という行動は許し難い物で――だからこそ、そこにさらに“悪役”としての存在価値を見出したのである。


その時抱いていたジョーの怒りというものも、自分という正義の味方としての価値観を高めるための義憤に過ぎない。

結局のところ、ゴールデンセルフィストのジョーはこの世界の中で、どこまでも手前勝手な男であった。


「いつまで逃げ回っているんだぁ!? そろそろ予告どおり、俺様を窮地に追いやってくれよ!」


そう叫んでも相手は無手のままで逃げていくだけ。

敵の――クリアの持っている獲物が完全に壊れてしまったことを認識して、ジョーはやりすぎたと後悔した。

生殺与奪を握っている状態では、クリアの“大技”というものもきっとたかが知れている。

そうなってしまってはそれを乗り越えた“正義の護衛者としてのカタルシス”が微塵も存在しなくなってしまう。

しかし、それでもジョーはクリアに万策出させた上で潰すことを完全に決め込んでいた。


(あいつが着けている“あの大会で貰った仮面”を見つめると思い出すぜ。……俺様を下した“銀色のアイツ”のことを。お前の動きは俺様に敗北をもたらしたあの時のアイツにそっくりだ……。雑念と、迷いの無い動き。だからこそ許せねえ。俺様を上から見下ろすヤツは何人たりとも許せねえ……。お前には俺様のストレス発散の正義のたたき台になってもらうぜ!!)


「オオオオオラアアアアアアアア!!」


ジョーの拳がクリアの胴体部分に突き刺さる。

後退したクリアが姿勢を崩して、“大きく吹き飛びながら”地面に激突する。

その纏っていた皮装備の見た目がさらにボロボロに劣化して、ジョーはクリアの防具が完全に砕けたことを直感した。


「おいおい――こんなわけのわからないところで……お宅さん、詰んじまったみたいだぜ?」


(土壇場での装備変更はさせねえ。もしもクリア――お前が取る策がそんなつまらない物だったら、即仕留めてやるからな……)


ところが、この状況下でクリアが放つ言葉は――






「……弱いな」


「――あぁ?」


――挑発だった。


「……“押しが弱い”のさ。そんなんじゃ全然、盛り上がらないぜ。俺を瀕死にするくらいまで派手に追い込んでみろよ。そのくらいでようやく俺の大技とイーブンだ。コイツは嘘じゃあない」


倒れ込んで足を伸ばしたまま、こちらを見つめてクリアはそう言い放つ。

その姿勢はまるでソファーの背もたれに片腕を回しているような格好で――どこか余裕を感じさせるものだった。


「面白ェ……そんなに言うなら、望み通りやってやるよ!」


気は依然変わりなく溜まりきっている。

ジョーはくつろいでいるクリアに対して【宙砲拳】を叩き込む。


防具が意味を成さない状態での気の塊の直撃。

周囲を巻き込んで、クリアのその体力が派手に吹き飛ぶ。


「ぐ……む………………………………」


「へっ。“残り二割だ”。手加減はしてやったぜ? ちょうどいい塩梅のピンチだろ? いい加減、俺様に本気を――」


そこでジョーは、クリアのつけている木の面の下から、液体が滴りだしていることに気づいた。


(おいおいおいおいおいおい! コイツ“泣いてやがる”じゃねえか……。まさかここまで煽っておいて何の策も無かったのかよ!?)


「――心底がっかりだぜ……Clear・All。散々俺様を悪役として煽っておいて、ベソかくっていうのは期待外れだよなあ……」







「……策は――全部で三つあった」


クリアのその声は震えていた。


「一つ目はアンタと“有利に戦うため”に……岩窟の中から距離を開けることだ……。二つ目がアンタとの“戦いを有耶無耶にするため”に岩窟から距離を開けること。そして、土壇場で思いついた三つ目の策も岩窟から距離を開けることだった。“アンタを破滅させるため”にな」


「おお!? なんだなんだ!? 面白くなってきたじゃねーか!」


クリアの言い回しが、単純に面白いとジョーは感じた。

如何にもこれから逆転を仕掛けるヒールのような発言にジョーは血沸き肉踊る気分だった。


「湿地帯があるのは北西……。そしてここは北東。距離としてはおそらく、ハイダニアとは比べ物にならないほど近い場所なんだ。だから――だからここにたどり着いた。なあアンタ…………………………今夜は星空と――月が綺麗だと思わないか?」


「なんだぁ? 俺様に対して、遥か昔の愛の告白でもしてえのか?」


「……………………“ここ”はいつもそうだ。光が強く射し込むんだ――」


クリアが、“天井”を見上げる。





















「――ここ。【光の神殿跡】にはな」


その一言が“どういう意味”を持っているのか、ジョーには何も理解できていなかった。

いつの間にか、クリアは“石段”に乗せていた腕を降ろしている。

片膝をついて立ち上がるその格好は最早くつろいでいるとはいえない。

まるで――周囲にある何かに全力で警戒しているような体勢だった。


「俺が仮面をつけたのにも三つ……理由がある。一つ目はブチ切れて余裕の無くなった俺の表情を見られたくなかった。アンタには油断して“派手に遊んでもらう”必要があったから。……二つ目は少しでも自分の身を守るためだ。脆い“自衛手段”でプレイヤーネームも割れるかもしれないが……それでも何もしないよりはマシだ。お前に怪しまれずに自分の顔を自然な流れで隠すのには、これしかなかった」


ジョーはなぜか嫌な予感がしたが、その正体が何なのか理解できない。


(コイツは何をするつもりだ? これから仕掛けてくる技はコイツ自身にも被害が及ぶようなスキルなのか?)


しかし対人戦を知り尽くしたジョーには、目の前の瀕死の流浪者(ノマド)にそんなスキルが無いということなど、わかりきっていることだった。






「三つ目は――俺の“死ぬほどビビッている表情”を……アンタに見られて警戒…………されない…………ように………………」


そこまで言われてようやくジョーは気づいた。

――クリアの仮面から滴り落ちているのは、涙ではなく“冷や汗だった”ということに。


「――以上で説明は終わり…………“時間稼ぎは終了”になる」


そう言って、クリアが自分の背後を振り向きもせず親指で指した。


ジョーの視線が動く。

そこに映っていたのは石でできた神殿の扉。

そして――扉の奥の暗闇に、プレイヤーキャラクターの死体が映っていた。


ジョーは、最初に『しまった』と思った。

護衛者で名が通っている自分が意図せず【宙撃砲】で無関係のプレイヤーを巻き添えにしてしまったのである。


そのアイテム欄にプレイヤーを撃破したことの証明である首級が入ってくる。

後で何らかのフォローをしなければ自分の名前に傷がつくと考え――謝罪が必要だと、罪の無い一般プレイヤーの名前を知るためにジョーはそれを取り出して、見つめた。









『プレイヤー名:“■■■■” プレイヤー撃破数:0(ゼロ)』








(――待てよ? これは、どこかで……どこかで聞いたことがある名前だぞ?)


目の前の死体が消える。

そして、ジョーの体に背後から何かが纏わりついた。










突然、耳元で何かがぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。


「何だ!? おい……離れろ! 離しやがれッ!!」


自らの体に絡み付いてくるそのキャラクターの挙動を見て、ジョーは何かしらとんでもないことをしてしまったのだと直感的に理解した。

しかし、それが何なのかは理解に至らない。


「結論から言うとだ……俺は勝てないんだよ。ゲームの中の戦いじゃ俺はお前に勝てない。だがな――“お前を地獄に突き落とすことなら出来る”」


もがくジョーの前でクリアが立ち上がり、淡々と話し続ける。


「――そのために“必要な情報”は揃っていたんだぜ? 『海外の掲示板しか見ない』――アンタ自身が言っていたことだ。だからこそ、ここまで無警戒だったわけだ。そして、この事件に加担した動機をべらべらしゃべるせいで――お前が『救いようの無いサイコ野郎』ってことがわかっていたんだ。お前を潰すのに――手段を選ぶ必要が無くなってしまったわけだ」


既にクリアの言葉はジョーには聞こえていない。


「おい! 離れろ! このッ……テメエ……いい加減にしねえと!」


「※※※※※※※※※※※※※※※※※※」


呟かれる背後の“ソレ”の罵倒の言葉。

それは――出会って間もないジョーの逆鱗に、たった一言で触れてしまう凄まじい言葉だった。


「この野郎……ふざけやがって――オイ! 今の言葉はどういうことだ!! 俺様を馬鹿にしているのか!?」


ジョーが背後の物体を殴りつけてしまう。こうして“泥沼に嵌る”。

“ソレ”は一撃で戦闘不能になり、その場に再び倒れる――


――しかし、ここは“復活地点として設定できる”ようになっている。

何も奪い取れるようなアイテムを持っていなかったからか、ソレは間髪いれずに同じ場所にリスポーンして、地面を這ってから再び不気味な動きでジョーの背中におぶさってきた。


「む……ムカつくぜ……クリア……お前は……俺様に何をした! コイツは一体“何なんだ”!?」


「……これから先、嫌でも理解するさ。……愚かだったな。結局アンタは“護衛者”に徹していればよかったのさ。そうすればシステム上、無関係なプレイヤーを間違っても巻き込むことはなかったんだ。こんな途方もなく恐ろしい地獄に……足を踏み入れることは無かったんだ」


クリアが歩き始め、ジョーの真横を大きく回り込むように通り過ぎる。

ジョーがクリアに追撃しようと、背後からしがみついて来る何かをダメージを与えないように引きはがした。

しかし、その“何か”は流れるような速度で“何かを自分から飲んで”戦闘不能になり、再びリスポーンしてあっという間にジョーしがみ付いてくる。


「じ……毒を飲んで自殺して――リスポーンしやがったぞコイツ! い、意味がわからねえぞ! こいつも人形なのか!? あの“荷物共”と同じように、考えの無いぶっ壊れた人形なんだな!? 俺様のことをこっ……コケにしやがって!」


「いいや――人間さ」


――そこでクリアは足を止めて、振り返ってジョーに言い放った。


「お前はゲームの外の、“現実の領域”にまで深く深く踏み込んで罪の無い人々を物扱いして苦しめたんだ。しかも自分が絶対的な正義だと堂々と言い張りやがる――救いようのない馬鹿野郎だ。だからこそ、ゲームの中の勝ち負けだけで終わらせない。……これから暗い意志を持った本当の“人間の恐ろしさ”って物をじっくりと味わうと良い。――お前の幸運とやらも、今日で終わりだ」


クリアは顔を伏せその場から立ち去ろうとする。

その面から、さらにぼたぼたと液体が流れ出て、ジョーの中にある正体不明の危機感が爆発する。

最早形振り構っていられない。

何かを背負ったままクリアに近づこうとした――


「ま……待て! 逃げるんじゃ――」


――ジョーの言葉はそこで止まった。

鍛え抜かれた戦闘での直感故か――何かに、見られていることに気づいてしまったからである。


しつこく体に絡みついてくる意味不明な存在でも、クリアからでもない――全く、別方向からの視線。


一瞬にして、神殿の中を、ジョーを取り囲むように、正体不明の“多数の視線”が現れた。

まるで――何の気なしに玄関のドアの覗き穴を覗いたら、びっしりと敷き詰めるように小さな人間の眼球がそこに並んでいたかのような――“覗いてはいけないものを覗いてしまったかのような”おぞましい生理的嫌悪感がジョーに襲い掛かる。

何よりも不気味なのが――視線を感じるだけでキャラクターがどこにいるのかわからないことだった。


「な、なんだこいつらは!? お、俺様を見るんじゃねえ! なんだ……なんなんだこいつらはあああああああアアアアアアアァ! 」


クリアは息を呑んで――逃げるように走り出す。


「クソ……待ちやがれ……待ちやがれクリア……」







「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※」


「テんメェ………………通報してやる! この世界から追い出してやる!! 俺様に対して……よくも、そんな暴言を――侮辱を……ふざけるな――ふざけんじゃねえええええええええええェェェェェェエエエエエエエ離せエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


絶叫の直後――光の神殿の跡地に、地獄への道程を祝福する【鐘】が鳴り響いた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





自分の顔を覆っていた、木の面を外して平原を駆ける。

汗を拭う余裕は無い。


「恐ろしい……相手だった」


戦闘力が普通ではなかった。真っ向から圧倒的な火力で突っ込んでくる一点特化型。

自分とは、あまりにも相性が悪すぎた。普通に戦えば、おそらく敗北していたに違いない。

初心者を盾にしたのも、単純に余裕がなかったからだ。

パッシブの有無に関わらず、躊躇なく初心者ごと殴られていれば神殿跡にまでたどり着けなかった可能性が高い。


あいつの“正義の護衛者様”というRP(ロールプレイ)に救われた。


それにしてもあの異常なまでの狂った精神性。

ひょっとすると現実世界で何かがあって人格がぶっ壊れがのかもしれない。


あの男は、この世界に過剰に依存していた。

飄々としていて、それが当たり前であるかのようにこの世界の中でやりたい放題していた。


……上辺だけは、どこかしら自分と似ていた気がする。


違いが有るとすれば、人としての倫理観をかなぐり捨てて“自ら率先して他者を傷つけた”ということ。

人として超えてはいけない一線を、平気で超えてしまえる様な男だった。


――そして、おそらくこれから先。

あの男は本当に超えてはいけない一線を超えることになってしまうのだろう。







(……“自分だけに都合の良い理想の世界”か)


何にせよ、咄嗟の判断にしては――我ながら、“最悪に良い策”を取れたという自負がある。

何より、あの男の予定調和(ぶたい)を全てぶっ壊して、戦いを強制的に終わらせたからか、時間をあまり使わずに済んだのが良かった。


同時に、短時間で休む暇もなく苛烈なやり取りを繰り返していたからか脳が疲労しているようだ。

そして、メンバーの戦闘自体は終わっていないからか、キャラクターの体力も自動で回復することはなく減ったまま。

痛みは当然全く無いが、体に力が入らない。

武器は全て壊れて、防具はボロボロでコンディションは最悪だ。


それでも、まだ諦めるわけにはいかない。

急がなければならない。


岩窟に向かいながら――


[誰でも良いんで、余裕がある人は答えてください。今、戦闘はどうなっています?]


――パーティメンバーに現況を確認する。

ワンテンポ遅れて、返事が返ってきた。


[……クリアさん。聞こえています……聞こえています! (ワタクシ)です。タナカです。今の状況は――]


[ああ――皆が絶賛戦闘中なのはわかっている]


俺がジョーと戦っていたときにメンバーから何の音沙汰も無かったことから推測はしていたことだった。


現在もメンバーは戦闘中。

状況は拮抗している――今からならおそらく間に合うだろう。


[それで、その――お伝えしたいことが……つい先程です。連絡の取れなかったレットさんの、助けを求める叫び声が聞こえてきたんです。現在のレットさんの居る座標は【H-7】だそうで……]


(アイツ……戦っているのか!? なんてことだ……たった一人でずっと――)


[……タナカさん。メンバーが戦闘を終えて、レットを助けに行くことはできそうかい?]


[難しいかもしれません。色々その――こちらは混み合っておりまして……。レットさんの居る座標に駆けつけることは当分不可能だと思われます……]


含みのあるタナカさんの物言いにピンと来た。

間違いなく他のメンバーは“メンバー同士で揉めている”。

走りながら頭を抱えたくなったが――しかし物は考えようだ。

むしろ、ろくに連携が取れていないのにあの人数相手に拮抗しているあたり、即席のパーティにしてはよくやっているといえる。


(それにしても――)


プレイヤーのWikiを取り出して、未編集のゴユの岩窟の地図を見つめる。


(――【H-7】……【H-7】か……遠いぞ!)


敵とファーストコンタクトをした(おそらくメンバーが今戦っているであろう)広間と、単純な距離自体は然程さほど開いていない。

しかし、移動する距離自体がネックだ。

万が一、ゴユのそこから先の地形が“全く変更されていなかった場合”、その先の道は入り組んでいて到達までに時間がかかる。

それどころか、このままレットの居る場所に向かうにはメンバー達の戦闘を終わらせなければならない。

レットの身に何が起きているのかわからない現状、一刻も早くアイツの元に駆けつけてやりたい。


いや、駆けつけなければならない理由がある。


(何か……何か無いのか……メンバーとの戦闘を避けて……直接レットの元に駆けつける方法が……何か……!!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ