第三十一話 非現実的実在少女が見た景色
レットは――焦っている。唖然としている。
握っていたはずの、長身のナイフが――
クリアから渡され、願をかけて、勢いよく振り下ろしたはずのその刃が――
――一瞬にして、粉々に砕け飛んでしまっていた。
何をされたのか――何が起きたのかよくわからず、レットは持ち手と柄だけになったナイフを唖然と見つめる。
握っていた持ち手にもヒビが広がっていき、握っている自身の力だけであっさりと粉砕して地面に零れ落ちていく。
飛びかかったレットの勢いに押されて後退した“少年”が満足そうな笑みを浮かべた。
「やっぱりね……今のキミの反応を見て確信した。やはりキミは新しい時代の初心者プレイヤー……昔のことなど何も知らないようだ」
そう言ってインベントリーから、なぜか再び――光る短剣を取り出して、武器の無いレットの右側から迫ってくる。
(“速い”!)
レットのキャラクター性能では絶対に出せない速度で敵が突進してくる。
その速度のまま、レットの上半身に向けて斬撃が放たれた。
敵の攻撃を姿勢を大きく崩して回避した結果――レットは危うく、その場に転倒してしまいそうになる。
「こ――のッ!!」
バランスを崩す前に、レットは自分からしゃがみこむ。
尻餅をつきそうになるが辛うじて耐え抜き、派手な転倒を回避して、残された左手のナイフで敵の足を斬ろうとする。
しかし、相手はレットが攻撃を当てる前に、後退し、再び距離を開けてしまう。
僅かなやり取りでレットは確信した――
“相手の方が明らかに格上”だと。
しかし、その事実を再認識しても尚、レットは絶望しない。
(……湿地帯でグリフィンを倒していた時点で、わかりきっていたことじゃないか……。余計なことを考えちゃ駄目だ……このままじゃ当たり前のように負ける。なら、一体オレはどうすればいいんだろう……どうすれば……)
フェザーが身を屈める。それは、こちらに飛びかかる為の前動作。
しゃがんでいる状態からレットに立ち上がる時間は残されていない。
追い詰められた状況下で少年が思い出していたのは――――――――――とある日の、闘技場でのクリアとの特訓のやり取りだった。
『いいかレット。お前の今の専守防衛の戦い方において、相手の出方――武器や職業などの戦い方を推測することは何よりも大事なことなわけだな』
――“大事なこと”。それをすっかり忘れて、自分から攻撃を仕掛けてしまったことをレットは後悔した。
ならばこそ、今からでも、泥を跳ね上げ迫り来るフェザーを前にして必死になって考える。
――理不尽に蹂躙され、地に伏してしまう前に。
『つまり、相手の戦い方を知る為に多くの知識を入れる必要があるわけだ。特訓が終わった後も、Wikiをちゃーんと読んでおくことが大事なわけだな』
そう――そのように教わった。
そのときは、しっくりこなかった。
ゲームにおいて、先行しているプレイヤー達が蓄積した情報を詰め込むことの大切さをレットは理解していなかった。
(座学――そうだ……座学……)
あと少しで、何かが思い出せそうだった。
対する“少年”は、武器を両手に抱えて突っ込んでくる。
その時、追い詰められて“しゃがんでいた”ことはレットにとって幸運だった。
視界に写っていたのは、目の前の地面。
泥の中に落ちていたのは――粉々になった“武器”。
(砕けている……。オレの持っていた武器だけじゃない……“アイツの持っていた武器も、砕けて光っている!!!!”)
実に意外なことに――最後に思い出したのは、あのいけ好かない男の言葉だった。
『当時はその武器を振り回すことが“最高火力を出す方法”だったわけだ。どんな武器や盾があろうと一撃で粉砕する。その代わり一振りで粉々になるし修理もできねえ』
下を向いていたレットの顔が上がる。
回避行動は決して取らない。
レットはとっさに使い慣れていた銅の剣を“その手に取り出す”。
そして――右側から飛び込んでくる“敵の攻撃そのものに対して”掬い上げるように打ち付けた。
けたたましい音が鳴り響く。
レットの持っていた銅剣と、相手の武器が“同時に砕ける”。
「なあんだ――ボクの持っている武器が何なのか、ちゃんとわかっているじゃないか」
レットには確信があったわけではない。
ギリギリで予測し、あくまで感覚的に対処しただけだった。
「ひょっとして……本当に……結晶の武器なのか……?」
「その反応、偶然気づいただけみたいだね。……その通りだよ。避けようとしていれば攻撃は当たっていたんだけどなあ……」
そう言ってから、フェザーは何事もなかったかのように武器を取り出す。
新しい短剣を、その右手に顕現させる。
「な……なんで――その武器は、もう売っていないはずだ! どうやって集めたのさ!?」
「使われていないものが、僅かながらこの世界に残っていたのさ。ボクの師がPKから奪い手に入れた物もあるし、“とある伝手”で手に入れたものもある。蒐集していた彼らに対してボクが“お金”を積んだ結果だ」
「お金って……それは……」
「現実のお金だよ。高い代償だった。ボク自身の体から血が出そうな程にね。だけど、拘る価値は十二分にあった。この世界の中なら、世間知らずの若き王子様の無駄遣いって感じがして雰囲気が出ているだろ? 短剣というのも、ボクの拘りなんだ。“周囲の全て”を――自分自身すら巻き込み砕け壊してしまう姿は、その短さも相俟って、まるで――普段、決して使われることのない少年の陰茎のような禁じられた美しさをボクに感じさせてくれる……」
(ぐっ……)
目の前の男の歪な過去が想起されるような言葉を受けて、再び動揺しながら、レットは自分なりに戦いに必要な情報を何とか頭の中でまとめようとしていた。
「かわいそうに。気づく前に斃れてしまえば、楽だったのにね」
そう、“少年”の戦い方に気づいてしまったからこそレットはさらに精神的にさらに追い詰められることとなってしまう。
(つまり……あれが体のどこかにかすりでもすれば……一発で終わりなのか!)
敵は、直撃すれば一撃で決着がつく攻撃を、持っている武器の数だけ放ってくる。
その事実に気づいて、レットの表情が真っ青になる。
「さて、キミのような初心者が一体何ができるんだろうね? ――ほら、もう終わりだよ」
再びレットに向かって突き出される“トドメの一撃”。
(――――――わかっている……)
記憶がフラッシュバックする。
頭の中で再生されるのは、苦い敗北の、戦いにすらならなかったかつての思い出。
レットは、立ち上がる。
(前と同じように、オレは無力なんだ。そんなこと、オレ自身が一番わかっている……)
突っ込んでくる敵を見据える。
体の震えが消える。
(意地張ってこんなところまで来たけれど……現実でもゲームでも――――――“同じ”なんだ。オレには特別な力なんて何も無くて……他人に誇れる事なんて一つも無くて……。無力で苦しくて――惨めで――情けない――――――――――――――――――だけど……“だからどうした!!!!”)
「あの時とは違う! オレにはまだ――――――できることがあるッ!!!!」
結晶が再び派手に弾けて、そして砕け散る。
“少年”が驚いたような表情を見せて、背後に飛び退く。
「……………………実はね……この戦法で驕ったプレイヤーは、一人や二人じゃないんだよ」
砕けた結晶の残骸を捨てながら、フェザーはレットを見つめて呟く。
「相対した上級者であろうプレイヤーの多くが、ボクのこの武器を見て、避けようとするか……戦いそのものから逃げ出そうとしたわけなんだけど――」
「…………………………………………」
フェザーの武器と同じように、“再び”新しい武器がレットの手の平に顕現する。
両手にそれぞれ握られて、レットが鬼気迫る表情で構えているその刀身は、月の光を浴びても微塵も輝きはしない。
それは――個性の感じられないデザインの、タナカが作りレットが大量に抱えていた練習用の石の剣だった。
「――びっくりしたな。真正面から“そんな奇怪な方法で”ぶつかり返してくるようなプレイヤーは――キミが初めてだよ」
それは、極限まで諦めなかった少年の咄嗟に考えた拙い戦術。
もう――迷ってなどいられない。
これから先は僅かな動揺が敗北を齎すことは明白。
だからこそ、レットは何も言わずに深く息を吸って、そして吐き出す。
そして、それがまるで合図かのように、フェザーが飛び込んで来る。
(そうだ……“速い”!!)
前方から放たれる鋭い結晶に――“石”をぶつける。
ヒットアンドウェイの連撃に対して、武器をその都度取り出して必死に対応する。
四方八方に――互いの剣が、砕けて、砕けて、砕けて、砕ける。
高価な結晶と、安価な石材が等しく平等に――地にばら撒かれて泥に沈んでいく。
(だけど――速いんだ!! “速いってことがちゃんとわかる”!!)
レット自身の認識が決定的に変わっていく。
少年がかつて味わい恐れていた『何の前触れも無い敗北』は未だに訪れていなかった。
敵が速いと――“理解できていた”。
最初に攻撃を仕掛けられた時から――敵の攻撃を避けて反撃できていた。
敵の出方に対して、少なくとも反応できている。
その事実に、レットは気づいていたのである。
敵の苛烈な攻撃は続く。
角度を変え――速度を変え――軌道を変えて。
一太刀振り下ろされるごとに、刺し込まれるごとにレットの額から汗が流れ、存在しない心臓に締め付けられるような感覚が迫る。
しかし、それでも。
その攻撃のいずれもがレットの肉体には決して到達しない。
「……これは――、一体……どういうことだい? 拮抗することなどありはしないはずなんだけど――ね……。師から教わったこの戦法で……これほど戦いが長引いたのは、初めてだ。おかしいな。キミのその焦りようと初心な反応は、確かに初心者プレイヤーのそれなんだけれどな……。――偽っていたのか」
フェザーがレットの体を舐めるように見つめてくる。
その様は、相対する敵の正体を分析しているようでもあった。
しかし、この結果に驚いていたのは、他でもなくレット自身。
(一体、どうして耐えられるんだ? 相手の方が確実に格上なはずなんだ……それは絶対に揺るがないはずなのに……)
それでも。
普段少年が戦っている――特訓している相手と“比べれば”どうなのか?
(そうだ……全力のときのクリアさんとは比べ物にならない。何をされているのかわからないほど一方的な差じゃない!)
レットはここ数日、毎日作業のように繰り返されていたクリアとの特訓を思い出す。
クリアは頼まれでもしない時以外は、いつもレットに対して明らかに力を抜いていた。
しかし、それでもギリギリで、ギリギリのところで、いつもレットはクリアに勝てなかった。
手加減された攻撃を受けようにも、刀身の軸を次々に崩され受け流しきれずに攻撃を浴びせられて負けてしまっていたのである。
そこでさらに、レットは気づく。
普段行っていたそんなやり取りと、今の戦いで決定的に違う点。
(……今求められていることは相手の攻撃を受け流して完全にいなしきることじゃない。ただ“当てればいいだけ”……こっちの武器を当てるだけで砕けてしまうなら……防御を連撃で崩されたり、力押しされることも決して無いんだ!)
実のところ、レットは“攻撃を受け流す”という動作を未だに習得できていなかった。
だから、特訓ではクリアの打ち立てた“当てること”を第一の目標にしていた。
即ち、今のレットには『敵の攻撃に自分の武器を使ってガードする』のが精一杯。
だからこそクリアが手加減をしても、力と技術でレットの防御はあっという間に崩れてしまっていたのである。
しかし、今目の前に経っている敵の攻撃には、そもそも“二の太刀が無い”。
ぶつかれば即、砕けてしまう武器の一撃がそこにあるだけ。
相手は連続で攻撃しているとはいえ、厳密には新しく武器を持ち替えて攻撃を仕掛けるまでの確実なタイムラグがあった。
加えてレットの武器は使い慣れた練習用の二本の石剣であり、飛び込んでくる短剣という一つの獲物に対して、受けられる面積は圧倒的に大きい。
対人に慣れたクリアが編み出したということもあってか、地味ながら“二刀での受け流し”という戦術に対してのアドバンテージをレットは感じずにはいられなかった。
そして、何より――
(相手と同じような速度が出ている気はしないけれど……。反応できるのは――やっぱり、この装備品が関係しているんだ)
相手がいつでも繰り出せる“トドメの一撃”。
短剣という小さな武器に武器を当てる――という失敗の許されない精密な動作を寸分も間違えずに反応できているのは、クリアから借り受けたこの不気味な見た目の装備のおかげだとレットは推測した。
事実、自らの力が上昇しているわけでも、速度が上がっているわけでもないが――しかし、敵の攻撃にいつも以上に目が追いついていることを実感していた。
かくして、レットとフェザーの間に存在している多数の要素は不気味なほどに噛み合う。
二人の戦いは決して、『少年が憧れる物語の中で行われるような恰好良い決戦』とは程遠い。
それは――泥沼の様相を呈し始めていた。
(戦闘が長引くのなら――もう一つ……オレにはやれることがある!)
そして、この戦いの本質に真っ先に気づいたレットは、かつて教わったことを即座に実行する。
「「オレは――――――オレの居る場所は【H-7】です!! だから――」」
そこまで叫んで、そして――飛び込んでくる短剣の光の軌道にすぐに武器を構え対応した。
「……嫌なことをするね。キミ。今、助けを求めたのか? なるほどね……このまま時間を稼ぐつもりかい? 残念だけど、ここにやってくるのはきっとボクの仲間達だ。キミじゃない」
「そんなこと……お前が断言できるものかよ!!」
再び剣と剣が何度もぶつかり合う。
弾けた結晶は、月の光を反射する。
砕けた石は地に落ちて、泥を撒き散らす。
そんな苛烈なやり取りを何度も何度も何度もくりかえしてから、少年と“少年”はお互いを睨みつける。
時間だけが悪戯に過ぎていく――いつまで経っても決着はつかない。
フェザーの声に苛立ちが混ざり始める。
「……師から僅かに聞いたことがある。かつてこの世界に出回っていた結晶武器をPKサーバーで潰したのは……石の剣を使った文字通り“化石のような戦法”だったと……キミはわかっていてそれをやっているのか?」
しかし、そのような戦法を今のレットが知る由も無い――
「わかってなんかいないさ。オレは――オレ自身にできることを考えているだけだ。お前なんかに決して負けない方法を必死になって考えているだけだ!!」
――この結果はレットの知識とアイデアが齎した、ただの偶然に過ぎなかった。
「……心底不快だね。大金を出して手に入れたボクの武器が、よりにもよってそんな安物の石剣と相殺してしまうだなんて……」
「オレだって――不快だよ。……フレンドから貰った大切な武器を――お前みたいなヤツのために粉々に砕かなきゃいけないんだ!!!!」
再びフェザーがレットに攻撃を仕掛ける。
(――――――――――――――――――――)
レットの動きが突然変わる。
石剣が、フェザーが振る短剣の軌道の上にすでに“設置されていた”のである。
少年が無意識に呟く。
「遅い……“慣れてきた”…………」
「……何だって?」
「わかってきたんだ……アンタの戦い方が…………パターンが……読めてきている……」
最後に――レット自身が自覚していなかった要素。
様々な武器を受け流すことのみに特化し、淡々と続けていたクリアとの特訓が――レット本人の与り知らぬところで、当たり前のように実を結んでいたという事実。
「逆に――アンタは戦いそのものに慣れていないんだ。アンタの戦い方は……“対応されたら次が無い”。強いだけの武器を当てれば勝ちなんだから、きっと“当てることしか教わっていない”んだ。だから、守ることしかだけしか考えていない格下のオレなんかと、いつまで経ってもぶつかり合っているんだ!」
さらにレットは、限界まで耐え抜いたことで――キャラクターを直に購入したであろうフェザーの、武器頼りの戦術の弱点をフェザーに対して叩きつける。
「………………言うじゃないか」
「言うさ。踏み込みだって甘い――タネが割れたらもう対応できる! ゲームをろくに遊びもせずに金を積んだだけの、アンタのその強さには中身なんてない……上っ面だけだ!」
「なるほど……確かに……ボクの戦い方は“付け焼刃”だ……だからこそ――」
そう言ってフェザーが自身のインベントリーの中身をレットに対して公開してくる。
「なっ――!」
レットは驚愕の声を上げる。
そのインベントリーは、ほぼ全てが大量の結晶短剣で埋め尽くされていた。
「――ボクも覚悟を決めて、最後の攻撃を仕掛けよう。この大量の武器は……先ほど言ったとおり――ボクの全てがかかった。命のかかった金で手に入れたものだ。ボクも生半可な覚悟でこの“ゲーム”に身を投じたわけじゃないってことを教えてあげるよ」
「まさか……このままぶつかり続ける気か!? ――正気じゃないッ!」
「うん――――――――――最初からね」
フェザーの突進と、攻撃の速度がさらに――上がる。
覚悟を決めて、全てのスキルを吐き出したのだとレットは直感した。
だが、理解したところでどうにかなるものではない。
真正面から、泥沼の殴り合いに再び応じざるを得ない。
結局のところ、レットにもそれしかできない。
そうして、最後の攻撃を受けているうちに、フェザーの取った“我武者羅な選択”の有用性にレットは感づく。
(そうか……本当の意味で“最後の攻撃”なんだ。オレの持っている武器が……もう残り少ない!)
偶然持ち合わせていた者と、事前に準備していた者の差。
レットの持っていた石剣の本数は、少なくともインベントリーを完全に埋め尽くすほどの数ではない。
このまま力で押されてしまえばこちらの武器がなくなってしまう。
そうなれば、成すすべも無く一撃でレットは敗北してしまう。
(だからって……ここで――――――ここで負けるわけにはいかないッ!!)
相手は自らの“血”を流してまで殴りかかってきた。
だからこそ、レットも覚悟を決める。
(どのくらいの威力が出るか分からないけれど……もうこれをやるしかない……! 今のオレならいけるはずだ――さらに一歩前に――進めるはずだ! 防御じゃなくて、まだ教わっていない“攻撃”にも、手が届くはずだ!!)
ついに、その時がやってくる。
レットの持っていた石剣が全て砕け散る。
同時に――
――レットの左手に突然、銀の剣が取り出される。
突然現れた銀は、月の光を強く反射した。
フェザーが驚きの表情を見せて、その反応が一瞬遅れる。
振り下ろされた銀の剣に対して、初めてフェザーが防御に回る。
顕現した結晶の短剣にぶち当たり、銀の剣が砕ける――
「これは……本命は――右手か…………!」
フェザーが声を張り上げる。
――レットは、二刀流の利点を生かして“同時に仕掛けた”。
最後までインベントリーに残り、取り出した右手の武器は、おそらく最も火力が出るであろうクリアから借り受け最初に装備していたファイティングロングナイフ。
武器の打ち合いで限界まで溜まっていたソードスピリットを消費して、敵の右外側から内側にかけて、レットが叫び――それを振り下ろす。
「うおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
フェザーが上からの攻撃を防御しようと、右手を掲げて武器を顕現する。
それをギリギリですり抜けて――Vの字のエフェクトが――縦に“くの字”の形で――
――劈く雷のようにフェザーの胴体に炸裂し……地の泥が跳ね上がった。
【石剣受け結晶潰し】
当時のビルド名は“石回し”。
クリアがレットに教えた“武器受け”戦法の原型となった戦い方である。
スキルも装備も、すべて“受け”に特化させ、最高価の武器に対して、最安値の石剣をぶつけ続けて消耗させるという当時としては異色のスタイル。
トランプで例えるなら、“ジョーカーに対してスペードの3を叩きつけている”かのような、しかしゲーム的には“ほとんど敵意のない”この戦術は、当時RMTという不正行為に手を染め、大量の結晶武器を保有していた規約違反プレイヤーたちを――地獄の底へと叩き落とした。
「外から見れば滑稽で面白いが、やられる側からすれば恐怖でしかない」
プレイヤーからそんなふうに称されたこの戦術によって、中には現実世界で破産してネットニュースに取り上げられた者すらいた。
運営が長らく見て見ぬふりをしていたRMT問題に対して、初めて対応に動いたのは、この戦術による一連の騒動がきっかけだったとも言われている。
発案者は『名も無きどこかの冒険者』とされている。
信じがたいことに、彼はただの市井の初心者だったという。
『RMT頼りのプレイヤーにゲームプレイを蹂躙され、仲間との絆を壊されてゲームを去っていった知人達を呼び戻すために――』
そんな純粋すぎる動機から、彼は独力でこの戦法を編み出したと噂されている。
しかし実際のところ、発案者は最後まで“ただの初心者”に過ぎず、上級者にはまったく通じなかった。
結局そのアイデアを拾い上げて、“本当に勝てる戦術”へと昇華させたのは、全く別の上級者プレイヤーであり、“自分の名前を去っていった仲間達に轟かせる”ことは終ぞ叶わず、発案者は無念のまま引退してしまったという。
今となっては――結晶武器も、とうに過去の遺物。
石回しから派生した“受け流し”の戦術だけが、形を変えて今日まで生き残っており、このビルドは既に歴史の一頁に埋もれていた――
――今日の今日までは。
「人の、純粋な善意でできたビルド。だからこそ、きっと俺は今でも……この戦い方に、憧れているんだろう」




