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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第三十話 誰がために鐘は鳴る

 再び周囲を包み始めた暗闇の中で、クリアは苦戦し、明かりをつけるべきか逡巡する。


ランタンの小さな光源では、暗闇の中から襲いかかってくる敵の動きを捉えられないどころか、こちらの居場所だけが明らかになってしまう。


そして、松明を取り出せば敵の位置を把握することはできるだろうが、剣戟の際に自分の動きは確実に鈍る。

しかし、目の前のジョーという男はそんなハンデを抱えた状態で、戦えるような敵ではない。


 「オイオイオイ待てよ待てよ待ぁ~てぇ~よォオオオオオオ!!!!」


再び敵の声が洞窟の中を“反響”した。


(まずいぞ! この瞬間、“敵だけがこちらの位置を把握している!”)


一瞬の判断。

クリアは咄嗟に松明を取り出して、宙に向かって投げつける。


(こうすることで、“ここら一帯をデメリットなし(フリーハンド)で、しばらくの間明るくすることができる”――)


投げつけた松明の灯で、敵の正確な位置と距離を咄嗟に把握する。

既に敵はこちらに向かって接近しつつあった。


クリアは槍を取り出し組み立てて、突進してくる敵に対して後退を開始する。

襲いかかる敵の攻撃に対して槍を振り回し牽制しつつ、“岩窟の通路の面積を考慮しながら”、敵の拳の先端に自身の武器が決して触れないように真横から叩き落す。


しかし、そのすべてを受けきれるわけではない。

だんだんと槍の刃先が敵の拳にぶつかり合い、欠け始めて木製の持ち手から木屑が零れ出す。

攻撃を数発くらって、纏っている全身の皮装備に小さな穴が開き始める。


(早いな……装備破壊の効果で、武器と防具が死に始めている)


“装備が完全に壊れた状態”。

それは段階的なものではなく、いきなり訪れる“死”だった。

完全に破壊されてしまった武器はダメージを一切与えられなくなり、壊れきった防具はステータスのブーストをしなくなる。

“装備が破壊され尽くした状態”というのは、クリアにとっての完全敗北を意味していた。


だからこそ――


(武器と防具の完全破壊だけは……なんとしても避けなければ……‼︎ こんなことなら、20本くらい松明を持ってくるべきだったか……!)


しかし、即座にそんなことは関係のない話だとクリアは思った。

松明を大量にばら撒きながら戦おうとしても、この敵なら“松明を取り出す瞬間を狙って攻撃をしてくるようになる”。

結局、どう足掻いてもこの暗闇の中で正面からやり合えば不利になると判断し、クリアは武器の損耗を避けるように攻撃を受け流す。

敵の攻撃に対して、火花を散らしながら――しかし同時に“火花(あかり)を決して絶やさぬように意識しつつ”眼前の敵に対して後退を続ける。


クリアは受けて、ジョーが追う。

ジョーが攻めて、クリアは逃げる。


そういった(少なくともクリアにとっては)死力を尽くしたやり取りを短時間で何度も繰り返している内に、二人は岩窟の外に飛び出していた。


「ほっほぉ~。寸分間違えることなく、この変わり果てたダンジョンの道を覚えていたとはなあ。お宅さん、やるじゃあねえか」


「……まあな。それが対人戦闘に必要なことなら覚えるのさ。必要のないことは全部、忘れるけどな」


この会話すら、今のクリアにとって戦いを有利に進めるために必要な時間稼ぎの一環だった。

ジョーの話に応じながら、頭の中で今後の策を練り上げる。


(さて、ここからだ。闇から抜け出すことになんとか成功して、相手の(マントラ)は切れかけている。気の切れたモンクなら、俺の編み出した戦い方でいけるはずだ)


クリアは現環境下のモンクの強みというものを熟知していた。


『気を使うのに気を遣う』


モンクというその職業は殴っている間――攻め続けている間は最強とされており、PVEでは理論上最上級のDPS(時間対火力)を叩きだせる覇権職であるとユーザーの間では認定されていた。


しかし、生命線である気を貯蓄するために“殴り続けている状態を維持しなければならない”のが現環境のモンクの逃れられぬ使命。

相手を殴れない状況が長時間続けば、あっという間に息切れをする。

即ち、気が切れた状態で距離を一度取られてしまえば対処は容易であり、PVP――対人におけるモンクにはPVEとは間逆の“冬の時代”が到来していたのである。


もちろんモンクには(マントラ)に依存しない――インファイトに寄らないビルドが他にも存在していたが、“接近して殴ってきている”という時点で、目の前の男の戦闘スタイルはそれらの例外的なビルドと関係は無いとクリアは断定した。

そして、だからこそ真正面から長時間ぶつかり合わないように、常に距離を取り続けていたのである。


(あと少しで完全に(マントラ)が切れる。そうなったら、後はいつも通り戦えば良い)




そのクリアの“戦い方”は第三者から頻繁に卑劣であると隠喩されていた。


様々なデバフで相手の強みを一方的に潰し、時間を延々稼ぎながら搦め手で大きなリターンを稼いで何もさせないまま勝利をするという戦闘方法は、仕掛けられた側に勝ち負け以前に強烈な不快感をもたらす。

そのため、外部の掲示板では使っただけでキャラクターの名前を晒し上げられ個人攻撃を受ける『厨戦法』と忌み嫌われている程の物だった。


事実、既にジョーにはクリアの槍による毒のデバフが入っており、そしてインファイトのモンクの回復手段は僅か。

クリアに、勝ちのビジョンが見えてくる。


(……しかし――間に合うのか? そんな悠長なことをしていて……)


クリアのその戦い方は背後からの決定的な一撃――速度半減のデバフを打ち込むことが理想とされている。

目の前の敵に対してその不意打ちを決めることは不可能であり、全力のモンクに対して戦いが終わるまで時間がかかることは明白だった。

考え込むクリアに焦りが生じる。

そして――拭えない違和感があった。


(俺の想定よりも敵の気の溜まりが“圧倒的に早い”。岩窟を出るつもりは無かったのに……息切れまでにかなり時間がかかっている……これは一体――)


「お宅さんさ。Alan kalmっていうプレイヤーをご存知かい?」


「……………………」


全く関係の無い話題を振られて、クリアは眉を顰める。


「Alan kalmっていうプレイヤーをご存知かい?」


男から同じ質問が再び繰り返される。


(考えろ。この質問が今の戦いにどう影響するのかを……)


クリアとしては、目の前の男の雑談に付き合っている暇は無い。







――しかし、これが何らかの前口上だったとしたら?


今の状況は、以前の“聖なる騎士”との戦いとは状況が違っており、クリアには目の前の男の前情報というものが全く無い。


『自分の得意な戦法を取る前に、敵の情報を僅かにでも知ることができるかもしれない』


そう判断を下して、クリアは男に返事をする。


「――いいや、知らないな。聞いたことも無い」


「知らねえよな。そりゃあそうだろうあ。俺様ですら“それ”を知ったのはただの偶然だった」


嫌な予感がした。

何か良くないことが――始まろうとしている。


「俺様は自分が生まれた国の外部掲示板は興味ないんで見ないんだが、海外は別腹でさぁ~。“それ”の初出は、米国最大級のソーシャルニュースサイトだったわけだ。そこで小さなスレッドを立ち上げたプレイヤーの名前が“Alan kalm”だ。その男は外国人のプレイヤーで、対人戦の戦果は芳しくないような地味な初心者プレイヤーだった」


「……何が言いたい?」


「――俺様のニュービルドの起源について話しているんだよ。掲示板に居た他の外人共は気づかぬまま、無反応のままそのトピックスは埋もれていった。……だが、“俺様だけは見逃さなかった”のさ」


ジョーが天に向かって指を鳴らす。

同時に“それ”が男の背後に落下し、鳴り響く。


発動したスキルは【天鐘】。

それは、空から気で出来た半透明の金色の鐘を落とすモンクの職業スキル。

PVEでは敵を透過し、PVPではプレイヤーを押しつぶす、あるいは閉じ込めるが――取り回しが悪くあまり使われることのないスキル。


クリアはジョーのアクションに対する理解が追いつかなかった。

自ら気を遣う技を自身の背後に空撃ちすることに何のアドバンテージがあるのか全く理解できない。


「……ギリギリだぜ。(マントラ)が切れるギリギリでこいつはまだ一個出せるわけだな……――そしてェ!!」



そこから先は一瞬の出来事だった。



ジョーはクリアに背を向けて、眼前にある鐘を――何度も――何度も――何度も――何度も殴りつける。

激しい鐘の音が夜のメレム平原に鳴り響いた。


「漲る力~♪ 鳴り響く鐘は祝福~♪ 戦の門出に立つ~俺様に向けられる祝福の音~♪」




ジョーの体を纏っていた青いエフェクトが瞬く間に復活する。

それを見て、クリアは――自身に対して赤信号が灯ってしまったことを理解する。


“気が溜まっている”


「ば……馬鹿な……ふざけている!! 自分で生み出したオブジェクトから、消費した以上の気を回収するだなんて……!!」


【天鐘】はオブジェクトの一種。

もちろんクリアはそれを殴って気が溜まるということは知っていた。

しかし、“得られる気よりも消費する気の方が多い”という認識があった。


「普通の装備で殴ったらもちろん欠片も気は回復しないんだがな。気のチャージに最高まで特化した装備品の組み合わせなら、消費を超える量の気が溜まっちまうんだよ。仕様だかバグだかわからねーがよ。永久機関だぜ……コイツはさァ……」


クリアの時間が止まる。思考が加速する。

“推測するための情報”は持っている。

(おぼろ)げながら、クリアは装備制限のない対人戦で運用される装備品の一覧を思い返し、ジョーの戦法が成立しうる組み合わせを高速でシミュレーションする。

そして気づいてしまった。


眼前のジョーのビルドが普及していない理由。他のプレイヤーに誰にも相手にされず埋もれていった理由。


(13部位すべて……装備品の入手難易度が“ぶっ飛んでいる”! この組み合わせを実現するだなんて……不可能だ! そんな与太話を検証しようとするのが馬鹿らしいと感じるほどに!!)


「……驚くよな~。実用的な装備もあるが、ほとんどが単体で見たら火力が不足する“レアなだけの装備”。一部位のドロップが32分の1で、入手に挑戦する機会はどれだけ早くても大体8時間に一回程度――。だが、俺様はこの世界に愛されているからな。あっさり“揃いきっちまった”わけだ。さらにワンアイデア入れれば完成よ。足りない火力は“補わずに捨てればいい”」


そう言って、ジョーは両の拳の――唯一実用性のある装備破壊武器、【ゴールデンセルフィスト】を打ち付ける。


「いやあ、本当に感謝するぜ~。ゲームに精通しているからって、新しい戦い方をぽんぽん編み出せるわけがねえ。意外だが、そういう有象無象の微妙な強さの凡人がよ、こういう重箱の隅を突くような画期的なすげえ戦法を思いついたりする。それを俺様のような頂点に立つプレイヤーが使いこなせば、たちまちその戦法は“俺様が編み出した物として噂される”って訳だ。命名してやると“天国の鐘(ヘブンリーベルズ)”ってところかね」


 そう豪語するジョー。

しかし、クリアにはその台詞がむしろ謙遜のように聞こえた。


現状に甘んじることなく――自らの戦い方に固執せず、常に新しい戦術を模索する姿勢。

海外でしか話題になっていないような未翻訳の戦法にも自発的に目を通し、実践を重ねていく姿は、まさしく“本物の強者”のそれだ。

そして何より、凡百のプレイヤーが生み出すアイデアを決して侮らず、 「面白い」と思えば即座に考察し、試してみせる柔軟さと貪欲さを備えている。


まず、現状に満足せずに――自分の戦い方に凝り固まらず、新しい戦術を常に模索して。海外から翻訳されてもいない情報を自発的に拾い上げる姿勢は、ほんまもんの強者なんすよ。

そして、凡百のプレイヤーのアイデアを決して馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばさずに、考証し躊躇無く実践してみせる貪欲さを持っている。


そも、ゲームで初心者ができることなどせいぜいアイデアを思いついて浅瀬で振り回すことくらいなのだ。


(それを、“トップレベルのプレイヤー間で運用できる戦術”として実戦に落とし込む判断力と技術を持っているということは即ち――)


――ただの変人でもなく。

――ただの逆張りでもなく。

――ただの我流でもない。



(――……噂に違わず……いや、コイツは噂以上の――“基礎が徹底されている歴とした強者”だ!)





「というわけでだ……行くぜ行くぜ行くぜ……行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜエエエエエエェェェェェッェェェァァァァッッ!!!!」


叫びながら、溜めた気を一気に放出してジョーが――最強状態のモンクが一瞬で距離を詰めてくる。


(ま……まずい!!)


「グ…………ク………………うぉおおおおおおおおおおお!!!!」


窮地に追いやられたクリアが叫び声を上げる。


真正面からぶつかってくるのは、モンクという職業による(リソース)を使いきっての全力殴打。

武器が敵の拳に触れているかどうかなど、今のクリアには考えている余裕は微塵も無い。

視界に拳の残像の塊が広がる。

迫り来るそれに対して、クリアは持っている槍をまるでヌンチャクのように左右に振り回して辛うじて凌ぐ。





否――凌げてなどいなかった。


その衝撃は弱く、腹部に拳が突き刺さっても口から息が零れることは無い。

しかし、上半身の装備品が僅かに破ける音が鳴る。


そして――ついに。


持っていた槍が、中に入っていた釣竿ごと、粉々に砕けた。


「まだまだ行くぜエェェェェエエ!!」


ジョーは突進してくる。


「……………………………………」


クリアは新しく武器を取り出す素振りも見せず、その突進に真正面から激突する――








――ようなことは起こらなかった。

ジョーの体が、空中で“見えない何か”に引っかかった。


「ああ――なんてこったァ!! すっかり“忘れてた”ぜ――――――」


そう言い残して、ジョーはその場からあっさりと消滅した。







(プランBだ……。なんとか“出る”ことができた……“護衛者としての戦闘範囲外”まで……。とりあえず、いなすことはできた。アイツ、調子に乗って深追いしすぎたな……)


そう――クリアの打ち立てていた第二の策も“距離を開けること”だった。


『護衛者の“戦闘可能範囲外”まで距離を開ける』


“護衛者として召喚されたプレイヤーが護衛の任を放り投げる”ことを制限する為に実装された距離による【強制送還】を利用する策。


(できれば、これはやりたくなかったんだが……)


そして、その策によってもたらされたのは、クリアにとって不本意な状況。

結局、強大な敵から一時的に逃げただけで、当のジョーは護衛者として召喚される前のエリアに送還されてしまっただけなのである。

これは問題の先延ばしに近く――戦闘不能にならなければ、再度“第三者”としてすぐに岩窟で起きている戦闘に介入することも出来てしまう。


(今度アイツが介入してきたらどうすれば良いんだ? はっきり言って勝てるビジョンが思い浮かばない。…………いや、悩んでいる場合じゃないか。今から戻ればメンバーの戦闘にも余裕で間に合う……。急いで戻らなきゃな――)


対抗策は走りながらでも思いつくと考えて、クリアはメレムの平原を走り出した――




















「な~んちゃって♪」


――そこに突然。反応する暇も無く、再び。

毒のデバフが切れ“体力が全回復した状態”のジョーが平原の茂みから突っ込んできた。


クリアの心臓が止まりそうになる。


考えている時間は無い。

その結果、咄嗟に取り出したレイピアでその殴打を“受けてしまった”。


(し……しまった――!)


豪華な装飾が成されたレイピアは見た目どおりの脆弱さで、持ち手まで一瞬で粉々になる。

しかし、ラッシュは飛んでこない――


「さぁて……どうだ――驚いたろう?」


――ジョーは得意気にクリアに笑いかけてきた。


「ど……どうして……」


「よぉおおっし来た! 来たぞ“窮地に追いやられた悪役の台詞”が! よぉ~っし、答えるぜ!」


ジョーはわざとらしく咳をしてからクリアに説明を始める。


「俺様は“何となく”外に出て。ここでず~~~っと寝そべって、星を眺めることにしていたのさ。そしたらハイダニアから奇妙な荷馬車が岩窟に走っていくじゃあねえか!? ありゃ~怪しいぜぇ。ゲームを長くやっていればわかる。そいつらの目的が全く見えてこねえんだよ」


「そうか……既に感づかれていたのか……。俺達の襲撃は……」


「まあな! 俺様は“幸運”だからなぁ~。そして護衛として呼ばれて、戦って、また最初に居たここに戻ってきた。それだけの話だぜ? 護衛者やっていた時のダメージも全部リセットってわけだ!」


(違う……この男は幸運なんかじゃない……やはり“裏づけされた実力がある!” おそらく長いゲーム経験から直感的にわかっていたんだ……この場所がハイダニアからの襲撃を察知する最も適した場所だということを……。その上で“自分の身に降りかかる出来事をすべて幸運と捉えている”んだ! 心の底から自分の強さを信じきっている……それがさらなる幸運――“必然”を呼び寄せている!!)


『目の前の男は、ゲームの理念(ルール)に裏打ちされた強者である』


どう思考を走らせても、それ以外の感想が今のクリアには思い浮かばなかった。


「そして、お前さんのお仲間の戦闘は終わっていない。お前さんは町や国にも逃げきれていない。つまりClear・Allは未だに部外者からの攻撃対象――排除されるべき“悪しき存在”なんだよ。――ラウンド2だ! そろそろ本気出してくれると嬉しいんだが――ナァァァァァアアアアアアアア!!」


新たに降ってくる鐘は決して――鳴り止んではくれない。

そうして再び全力のまま男は突っ込んでくる。

クリアに残された武器は緑色の曲剣だけ。


――星空の下、メレム平原に火花が咲き乱れる。

曲剣の刃が零れて落ちていく。


「本当に最高だぜこのビルドは~♪ 俺様は大好きだぜ! 攻めれば攻めるほどこちらの有利は大きくなる! 北国で地面を転がる雪玉(スノーボール)のよう~にィイイイイイイイイ!!」


圧倒的なジョーのパワーに対して、クリアが出した答えは――













(駄目だ……か……か……………………“勝てない”ッ!)


――相も変わらず、絶望的な事実のみ。


(つ、強すぎる!! 戦闘が始まった状況が悪いだけじゃない――“戦い方の相性が極端に悪い”!)


「“明確に差がある”よなぁ〜? 俺様とお宅さんじゃ。情報の量に差がある。俺はそっちの職業や闘い方を朧げには知っているが――そっちは俺様のことをほとんど何も知らなかった。俺様のことを知らないとお宅さんに言われた時は心底残念だったが――そのガッカリ感は“情報量の差という幸運”という形で埋め合わせさせてもらうぜ!!」


(まともにやり合ったら今の俺なんかじゃ到底勝てない!! ――手も足も出ない!)


隙の無い革新的なビルドとその地力によって戦いは常に相手のペース。

次々と落下してくる鐘を、凄まじい速度で乱打しながら、ジョーはクリアに距離を詰め続けてくる。


(何でも良い……コイツを倒す策を考えなければ――)


追い詰められながら――後退を繰り返しながら、そこで――クリアが打ち立てる逆転の発想。


それは拳を一切受けずに、曲剣の出血デバフを利用して真正面からの殴り合いを仕掛けるというものだった。

防具を生贄に、武器までも完全に破壊されつくす前に――勝負を決める捨て身の戦法。


(分の悪い賭けだ……成功する可能性は……どんなに高く見積もっても30%程度。しかし……それでも他に策は無い!!)


失敗すれば敗北。だからこそ、クリアは持っているリソースを全て使い切る。

クリアは敵に向かって踏み込み、左手で所持していた――全ての投げナイフを一度に投げつける。


ジョーは両手の拳でそれを綺麗に打ち落とす。粉々に砕けた投げナイフが空中にばら撒かれる。

クリアが曲剣を両手で握り、振り回す前準備する。


――ジョーはニヤリと笑って、“指を鳴らして”後退する。

空振りとなった曲剣に乗せた自らの力に振り回されて、クリアの体勢が一瞬揺らぐ。

そこにジョーの発現させた天鐘が降ってくる。


(なっ……!)


それにより、クリアは鐘に『閉じ込められた』状態に陥ってしまった。


「へへ……ようやく――“(ハマ)ってくれたぜ”」


ジョーは、両手をボキボキと鳴らしながら鐘に閉じ込められたクリアの前を徘徊する。

それから、拳を強く握り、地表を掠めるような軌道でクリアに向かって拳を突き出した。







僅かなタイムラグの後――クリアの眼前が光る。

それは気の塊。

虚空から発生した光の奔流が天鐘ごとクリアの体を貫いた。



「があッ………………………………」


それは、モンクのスキルの中でも数少ない“威力が気の残量に依存する”――依存してしまう技。


――【宙砲拳】。


気の大半を拳から一気に放出し、しかもタイムラグがある故に『当たることは無く、放てば次は無い現環境では調整対象の産業廃棄物』と呼ばれていたはずのスキル。


しかし、その一撃は見事に当たり、クリアの体力が、その体ごと――四割ほど吹き飛んだ。


(ぐ……この技すらも……こんな技すらも連発できてしまうのか……!? クソ……足りない火力は“補わずに捨てればいい”だって? 冗談きついぜ……)


「しくじったぜ~。気を直接ぶつける技だからよ~。捕まえたはずの【天鐘】がお宅さん自身を守っちまった。産廃スキルって呼ばれているだけのことはあるぜ。……いけねえよなあ。天鐘が消えるのは発動してから【2.33秒後】っていうのは計算して何千時間も練習したはずなのに……タイミングを合わせるのを間違えたみたいだなぁ~」


ジョーは吹き飛んだクリアにゆっくりと歩み寄る。


「それにしても、お宅さんの戦い方はパッとしねえな。チョイスを間違えているぜ。動きはすっとろいし攻撃を右から左へ流しているだけだ。ただの時間稼ぎだな。まるで“ゲームの才能が無いヤツの動き”しているみたいじゃねえか、そろそろ本番頼むぜ?」


「……本番だって? ……何が言いたい?」


「だからさあ、そろそろ頃合なんだよ。わかるだろ? “悪役”のお宅さんがバァーっと大技を披露して一瞬逆転してみせて、そっから正義の味方である俺様がそれをカッコ良く凌駕して見せるんだよ~。だから、そろそろ“新技”を見せてくれよ」


「言っている意味が……よくわからない……」


しかし、逆転しなければならないのは事実。

クリアは今まさに追い詰められている。

敗北は間近。

なんとしても、隙を見出さなければならない。

考える時間を、生み出さなければならない。


だからこそ――


「……俺から一つ、アンタに聞きたいことがある」


「あぁん? 何だ? 最強幸運たる俺様の偉大なる過去の栄光でも知りたいのかい?」


――このタイミングで、時間稼ぎのために、クリアは抱いていた疑問をジョーにぶつけることにした。


「アンタは立派な護衛者なんだろ? 護衛者というのは――つまり、ゲームの中では弱者を護る立場に居る人間だ。そういうスタンスで名を上げているはずのアンタが、どうしてこんな凶悪な事件に加担しているんだ?」


「――ハァ? “凶悪”? 一体、何がだよ?」


呆けた表情で返事をしてくるジョーを見て、クリアはひょっとすると、自分たちがひどい勘違いをしているのではないかと思った。


「もしかして……俺達のただの思い違いだったのか? 子どもや年寄りを人形扱いして監禁しているっていうのは――」










「オイオイ……監禁っていうのはおかしいだろ。あれは“物”だぜ。“物”。俺様はこの世界の為に、邪魔な物をゴミ捨て場に運んでいるだけだぜ」


ジョーは、心底興味がわかないといったような、つまらなそうな表情をして再び戦闘態勢を取る。

対して、クリアはあまりにも乱暴で非人間的な返答に放心しかかるほどに呆れていた。


「――お前……それは、本気で言っているのか?」


まだ話を続けようとするクリアに対して、肩透かしを食らったのか、ジョーは戦闘態勢を再び解除して肩を(すく)める。


「この世界は俺様を主人公に回る一つの巨大な舞台だからな! 幸運な俺様が称賛され活躍する世界の中にはな、意思を表明できない存在なんていらねえんだよ。そんなのが居て何になる? ただただ邪魔なだけだ。俺様の指示で動く傭兵以下だ。裏方にもなりゃしねえ――黒子にもなりゃしねえ! ゲームだろうが、現実だろうが、そこは変わらねえ! 自分の意思を主張できなくなった時点で、そいつはもう人間(モブ)じゃねえんだよ!!」


「そんな……そんな笑えない冗談のような……狂った理由で…………お前はこの事件に加担……したのか……」


「違う違う! 俺様はぶっ壊れた人形が壊れようが捨てられようがどうでもいいんだよ。無関心ってヤツだ。だけど俺様に新しく出来た弟子は俺様を持ち上げてくれるし金回りも良いしよ~。まるで落ちぶれた王族を救う騎士のように護衛者として盛大に活躍できる! 要は気分がいいわけだ!」


クリアは、ここでようやく目の前の敵の正体を理解した。


(レットや、進むべき道を間違えてしまった『あの騎士』と“同じようなタイプ”かと思ったが全く違う――“別物”だ。コイツは自分の憧れのために他者に手を差し伸べるような理想主義者でもなければ悩んだり苦悩するような精神構造の人間じゃない!)


異常なまでの思い込みによる自己中心的な思考回路。

他人に対する共感性の欠如と、徹底的なまでの無関心。

悪役を求め――自分が世界の中心であると本気で思い込んで、思うがままに正義という名の邪悪を振り撒く強靭な精神を持った真性の狂人(人格破綻者)


(――加えて、この飄々とした態度。良心の呵責や苦悩というものが全く欠けらもない! 今の状況を“心の底から楽しんでいる!自分がちやほやされるのならば、それこそ戦争で大量殺戮すら笑顔でやれてしまうような破綻した英雄のような――“時代にそぐわぬ異常性”を持った危険なヤツだ!)










「そう……だな……。確かに、人形かもしれないな……」


クリアが搾り出したその言葉に、ジョーは楽しそうに笑う。


「お宅さんもそう思うか? ようやく俺様の考えを理解してくれたかよ~」


「ああ……よくわかったよ。――――――――俺の目の前に立つこの男が……情の欠片も無いような人形だってことがな!!!!」


クリアが懐から仮面を取り出す。

それは、未開のジャングルの長が付けていそうな厳めしいカラフルな木の面。

非情なまでに邪悪な表情をしているソレを顔に丁寧に装備し幽鬼のように立ち上がる。


「おおっと~!? 面白い装備じゃねえか!! ついに本性を表しやがったなClear・All!! 悪役としての新技が出るのか? いいぞ! 俺様をもっともっと追い詰めて、逆転されて俺様の活躍の踏み台になってくれよ! 頼むぜ! 早く早く早く早くゥ~♪」


(精神的にも実力的にも壊れすぎていて、他のメンバーでは手に余る! ビルドの相性は最悪だがやるしかない――“コイツはここで完全に排除する!”)


「……アンタのそのくだらない遊戯(ロールプレイ)は心底笑えない。アンタは俺が“最も嫌いな笑えないタイプの馬鹿”だが、付き合ってやるよ! 悪役として――“悪質で性悪なプレイヤーの代表格”として――俺の最高の隠し技をこれからお前に見せてやる!!」


【マントラチャージ特化天鐘連打ビルド】

 作中のこの段階では普及していないビルド。

ジョーは天国の鐘(ヘブンリ―ベルズ)と称したが、後に広まった通称は地獄の鐘(ヘルズベルズ)である。

殴り合えば最強だが、殴り合いそのものを拒否されがちなモンクはかなりの期間、対人での地位が低かった。

それを補うために米国最大級のソーシャルニュースサイトでAlan kalmというプレイヤーが考案した“気を湯水のように使い続けられる”戦闘方法がこのビルドである。

しかし実現には気を限界までチャージする装備――通称“理論値装備”が必要であり、実現するための敷居がとてつもなく高い。

革新的なビルドでは有るが、同時に大きなデメリットも抱えており、(マントラ)のチャージに特化した装備品を着るということはつまり通常の殴打による火力を著しく損なってしまうことに繋がってしまうようである。

即ち、殴打のダメージには依らずに防具や武器の破壊するゴールデンセルフィストを装備し、天鐘で相手を閉じ込めたところに気の残量に依存しその多くを消耗する【宙砲拳】を重ねて相手を追い詰めるこのジョーの戦術は一対一の戦闘においてとても理に適っているといえる。

このまま何の調整も無ければ、現在のモンクの対人における不遇な環境に対して革命をもたらすことは間違いない。

総合的に見れば、それほどに隙の無いビルドである。


「気を使うのは演出だけで充分だ! 俺様のような人間にはな――他人に対する気遣いなんて必要がねえんだよ!」

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