第二十七話 強襲
メンバーを乗せた四輪の馬車がメレム平原を進んで行く。
覆いが被された荷台の中には、小さなランタンが一つだけ灯されている。
小川の橋を超えた段階で【フィールドのBGMの再生】をオフに設定したレットの耳に、馬車の床が軋む音と風が凪ぐ音だけが聞こえてきた。
[クリア。そろそろ頃合いやろ。お前の考えた。作戦の。進め方を教えてくれや]
テツヲは背筋を伸ばして礼儀正しく荷台の座席に座っている。
[わかりました。作戦手順の説明を始めましょう]
クリアは馬車の座席に座った状態で三つ折りの槍を組み立てて、それを抱え込むように前傾の姿勢を取っていた。
[んなもんどうでもいいだろうがよ。説明するほど中身のある戦いじゃねーだろ]
ベルシーは乱暴に脚を放り出した状態で装備品のチェックを行っているようであった。
[やるなら、このままパーティで会話してよね。私の場所まで聞こえてこないから――フーッ]
運転席にはケッコの小さな背中が在り、その鼻息はとても荒い。
レットはおそらくケッコが“前方の馬を見つめて興奮している”のだろうと推測して呆れた。
それと同時に、馬車内の統一性を感じられないメンバーの待機姿勢を見て、果たして無事に救出作戦を完遂できるのかと不安を感じる。
しかし、クリアは馬車内の現況を気にするそぶりも見せずに作戦の説明を始めた。
[やり方はいたってシンプルです。まず正面から地図を持っているタナカさんの道案内に追従して、全員で人質が隠されていた部屋の座標まで徒歩で移動します。ダンジョン内でマウントには乗れませんしね]
[わ……私が、皆さんを案内するのですか?]
タナカが困惑したような声を出す。
低身長であるためか、座席に座るその脚は地面に届くことなくぶらぶらと揺れていた。
[あのォ。ひょっとして他のメンバーは誰も地図を持っていないんですか?]
レットの耳にベルシーの舌打ちが聞こえてくる。
[ゴユの岩窟自体がリニューアル前のサービス開始直後に作られた“化石みたいなダンジョン”だからよ。当時のプレイヤーのプレイ時間稼ぎのためだか知らねーが地図入手のクエストがクッソめんどくさく作られてんだよ。色んな場所に無駄に行ったり来たりさせて色んなアイテム要求してくるクソみたいな内容だから、ショッパすぎて地図持っているやつが珍しいくらいだ。いつまで経っても緩和しねーしよ]
[ここにいるメンバーは全体的にガサツだものね~。タナカさんがマメで真面目な性格で、本当に助かったわ♪]
ケッコの言葉を聞いて、全くもってその通りだとレットは思った。
当のレット自身もタナカと同伴した時に言及されて購入したターコイズビーチの物以外、地図など何一つ持っていなかったのである。
[あ、そうだ。ちなみにさ。ゲーム内Wikiの地図を見るっていうのは駄目なの?]
新たに湧いたベルシーに対するレットの疑問に、今度はクリアが答える。
[駄目だな。自動で更新が反映されるゲーム内のマップとは違って、“有志のプレイヤー”によって更新されるWikiのダンジョン情報は今回の作戦では信頼性にかける。どうやら、運営がリニューアルに合わせてダンジョンにどうでもいいギミックや罠を追加したり、マップの地形変更やモンスターの再配置まで行ったらしいんだ]
その言葉でレットの脳裏にかつて冒険したククレトの洞門が浮かんだ。
新設された部屋や、知りようの無い罠に苦しめられた記憶がまざまざと蘇る。
[あ、あ~。オレも思い当たる節があります……そのハナシ]
[ゴユの岩窟は上級者達にとって何の益もないエリアだからな、リニューアル後に情報を更新するべきフィールドとエリアの数が多すぎて後回しにされているみたいなんだ。普段ならいい加減に進んでも良いんだが、事態が事態なだけに更新されていない情報を信頼するのはリスクが大きい。レアアイテムを落とすネームドモンスターでも追加されていれば、活気が出てとっくに情報が更新されていたんだろうがな……]
[あれ? でもさっき“リニューアルに合わせてモンスターの再配置をした”ってクリアさん自身が言ったじゃないですか? レアなモンスターは実装されなかったんです?]
[あくまで運営が公式サイトで告知したのは“通常のモンスターの再配置”だけだ。経緯を説明すると長くなりすぎるから今は省くけど、諸事情あってリニューアル後の色んなダンジョンに高レベルのモンスターが配置されてしまったんだ。だから、今のゴユのその区画のどこが危険でどこが安全なのかは直接調べない限り今の俺達にもわからない。そのゴユの区画には裏道もあるそうだが、あえて正面から突っ込む理由もこれだ。“レベルの高くないタナカさんとレットが一度そこまで移動できた”ってことは、ある程度の安全が保証されている道ってことなんだろう]
レットはクリアの言葉に納得する。
そして、『このような要素すらもすべて加味して実行犯たちがあの場所を選んだのではないか』とレットは考えた。
(もしも運よくオレとタナカさんが気づかなかったらこの事件自体、誰にも気づかれなかったのかな。そう考えると……怖いな)
[それじゃあ、改めて全員に作戦説明の続きを話します。岩窟に入った後、敵に遭遇しても極力知らぬ存ぜぬを押し通します。座標まで移動して人質を発見したら、周囲のプレイヤーを倒してこれを奪取します]
クリアのシンプルな説明に対して、レットは再び問いかける。
[“知らぬ存ぜぬを押し通す”って、一体何をどうするんですか?]
[何も知らなそうな体を装って、道中出会ったプレイヤーの横を堂々と通過する]
[えぇ!? 普通に通過するって……見つかったらヤバくないですか?]
クリアの発言を『ただの無為無策』だと捉えてレットは驚きの声を上げる。
[いや。もし感づかれたとしても、向こうには動かしにくい人質がいるからな。無知で無関係なフリをすれば怪しまれさえしても、敵のフットワークは遅いままだ]
[要するに、敵は“下手には動けない”ってことよね。連中は、入ってきた私達が“自分達の目的を知っている敵対者だ”って断定が即座にできないんだもの。だからもし鉢合わせになったら、敵は極力人質を“隠し通す方向”にシフトしていくはずよ]
なるほど――と納得し、レットは認識を改めた。
[ケッコさんの言う通りだ。隠密系のスキルや軟膏も今回はあえて一切使わない。結局明かりが必要になる上に、モンスターには気づかれずともプレイヤーの視界の上ではせいぜい半透明になるだけだ。逆に怪しまれる]
[成る程……。私達に対して襲い掛かってきた場合のみ、応戦をするということですか……]
[そういうことだ。いかにもな連中が居たとしても間違って先に攻撃したりしないように気をつけてくれ。敵意を持って武器を振った瞬間に“襲う者”と“襲われる者”の立場が決まってしまうからな]
[残念やが。当分は我慢やな。でも、襲われたら即。皆殺しにするで]
チームメンバーのやり取りを聞いて、レットがかつて何度行ったかわからない闘技場での訓練でクリアに教わった仕様を思い出した。
今作のPKは原則、仕掛ける側のプレイヤーが不利になるように設定されている。
それの最たるものがPK側の“人数制限”。
PKサーバーのサービス開始直後、多人数に粘着されるプレイヤーが多かった故に追加されたこの仕様は、いくらでも増援が可能な襲撃を受けたプレイヤー側に対して、『常に最大二倍の人数までしかPKに加勢できない』というものであった。
この話を最初に聞いたときレットは「二倍の人数など、制限としてあってないようなものではないか」とクリアに問いかけた。
しかし、PK側には追い風になるシステムが一切無いことや、仕様を理解したうえで適当に攻撃を仕掛けたPKプレイヤーが「待ち伏せしていた10人以上の増援に大義名分の下リンチされる」ような事態が頻繁に発生しているという事実を教わり、その他PKに対する数々の不利な仕様を教えてもらうにつれて、レットは『どちらが有利なのか甲乙つけがたい』という結論を出したのを覚えていた。
[えっと……つまり、もしも道中でオレ達が先に襲われたら最大で12人に襲われるってことですかね?]
[いいや、こっちが戦闘可能なメンバーは四名。つまり、レットとタナカさんが“やり返さなければ人数としてカウントされない”から、襲われた時に敵対するプレイヤーは最大八人までだ]
[大変失礼な質問になるやもしれませんが、それは“どうにかなる人数”なのでしょうか?]
[そうだな。確かに俺達の個々の強さは五人、十人相手に大暴れできるほど超人レベルじゃないけれど――]
クリアの丁寧な返答に苛立っているのか、ベルシーが会話に乱暴に割り込んでくる。
[――心配いらねーよタナカ。正直、そんじょそこらの対人に慣れた程度のNoobと比べたら間違いなく強いぜ。一人に対して二人程度の敵だったら余裕過ぎて欠伸が出るっつーの。つっても、こっちから刺激するようなことがなければ向こうから仕掛けてくることも無えだろうけどな]
[……まあ、そういうことだな。四人って言うのが本当に丁度良い。敵がどのくらいの人数かはわからないが、もし部屋にレット達が見つけた“実行犯の二人”しかいなかった場合。こっちからPKを仕掛けて制限ギリギリの四人でタコ殴りにすれば良い。きっと楽しいぞ!]
そう言って軽く笑うクリアを見て、レットは呆れつつも“らしい発言”だと感じた。
こんな襲撃作戦を思いついて即座に行えてしまうのは、普段からやや問題のあるプレイヤーであるが所以。
まずまともなプレイヤーならチーム単位で堂々とPKをしたりリンチ行為をするという考えになど行き着かないであろうが、失敗を許されない作戦である以上、正々堂々と戦われたり悪事に対して躊躇されては意味が無い。
[クリアさん。四人で戦うってことは、出しゃばるつもりは無いんですけどォ……オレのやることって、一体なんなんです?]
[レットは人質を“運搬する役”だ。俺達ももちろん手伝うけど、物には限度って言うものがある。一人では精々2~3人のプレイヤーを抱えるのが限界だし、極力戦えるメンバーの手は塞ぎたくない。一人でも多く面子が欲しかった理由がこれだな。それに、タナカさんとケッコさんに至ってはキャラクターの身長が低い。運べないことも無いが、人質を地面に引きずるのは――流石にちょっとな]
[な、なるほど。運搬役かぁ……]
レットは内心で安堵する。
戦いの練習自体はしていたものの、それはあくまで自衛のためのもの。
自分自身の力不足は自覚していたし、戦わずに済むのならそれに越したことは無い。
情けないと思ったが、同時に分相応だとも思えた。
[どちらかといえば――]
ケッコが不安そうな声色でチームメンバーに語りかける。
[――役割がはっきりしている初心者二人よりも、戦闘する私達の方が不安よね。ここにいるメンバーの構成がソーマス、ウォー、ノマ、パラ、ブラナイ、メイジでしょ? タナカさんと少年は戦力外だとすると、死ぬほどバランス悪いわよ。このパーティ]
その指摘を受けて、ベルシーはさも可笑しそうに笑った。
[オレが該当メンバーの参加を拒否しておいて言うのもなんだけどよ。“回復役がいねえ”のがやべえな。ぶっちゃけクソ構成だろこれ。このチームの個人主義の賜物だぜ]
[それでも、お前は職業の変更をしなかった。ブラッドナイトはスキルの入れ替えや装備品で“吸収ヒーラー”もできるけどそれもしていない。要するに、今の【ビルド】に自信があるんだろ?]
ビルドという単語を聞いて、レットは闘技場でクリアに教わった言葉を思い返す。
(ビルドか……クリアさんは『スキル・ステータス・職業なども含めたキャラクター能力を構成する要素の総称のことだ』って言ってたよな……。ビルドを変えるだけで、全然違う立ち回りができるらしいけど……)
[……そりゃクリア、お前だって同じことだろうが。ノマドならアイテム強化の装備とスキルでビルドを組めば回復薬まわして“道具ヒーラー”ができるじゃねえか。“自信があるんだよな?”]
クリアとベルシーは無表情のまま互いに視線を合わせた後、顔をそむけた。
[……ま。お互い。好きにやればええやろ。余計な協力は。首を絞めるで]
レットが不安を感じる間もなく、周囲は瞬く間に霧に包まれていく。
程なくして馬車はラ・サング湿地帯からゴユの岩窟の入り口に到着し、メンバー達は馬車から湿地帯の濡れた草地に降り立った。
先刻とは違い岩窟の入り口は夜の闇を吸い込んでいて、レットにはそれが巨大な魔物の口のように見えた。
[よし、じゃあ。中に入る前に、俺が先行して様子を見てきます]
組んでいた槍を畳んでインベントリーに仕舞った後、クリアが堂々と口笛を吹きながら入り口に近づいて行く。
その後、松明を一瞬だけ灯して洞窟の中を照らした。
[………………大丈夫そうだ。警戒はされていない]
中の様子を軽く確認してクリアの身振り手振りに従って、パーティメンバーが移動する。
[想定していた以上に暗いな。中に入る前にレットにも俺の松明を一本渡しておくか。 万が一の事態に備えて、いつでも使える状態にしておいてくれ。難しい操作は必要ない。掲げれば火がつくから。――どうせまだ買っていないんだろ?]
[うぐ……すみません]
レットはクリアから松明を受け取って、インベントリーに収納する。
[できれば敵を刺激したくない。大所帯だとバレないように、道中明かりをつけるのは先頭のタナカさん一人だ。発光するタイプのシステムウィンドウも、緊急時以外には極力出さないように頼む]
[え? あれって他のプレイヤーにも光っているのが見えるんですか?]
[中身を覗ける時点でそりゃあ――な。しかも光るくせに周囲を照らしてくれるほどじゃない。つまり、百害あって一利無しだから気をつけてくれ。特に、サイズが大きくて消しづらい“フレンド登録”なんて絶対に飛ばすなよレット!]
[飛ばしませんよこんな状況で……それをやったのってむしろクリアさんじゃないですか!]
レットは、ゲーム開始直後にクリアにフレンド申請での“オープニング妨害”を受けたことを思い出した。
あの時は、まさかこんな良くない意味でとんでもない事件に首をつっこむことになるとは夢にも思っていなかったものだ――とついつい感慨に耽りそうになったが、しかし今はまだその時ではないと思い直す。
[オイ。いつまで駄弁っているつもりだよ。さっさと行って、ちゃっちゃと殺そうぜ]
[せやな。いい頃合やろ。タナカ。案内頼むで]
[わかりました。皆さん、私についてきてください]
レット達はゴユの岩窟に入って行く。
岩窟の内部の気温はとても低く、空気も湿って冷え切っており、湿気からか水が垂れる音だけがレットの耳に聞こえてくる。
先頭を歩くタナカの腰のランタンを頼りに、メンバーは一列に少しずつ、少しずつ進んで行く。
先刻、エルフの少年を尾行していたその道程は、改めて見直してみるとと想像以上に複雑なものだった。
[ゴユには何度か素材取りに来たことがあるけどよ。こんな裏手の区画に来たことは無かったぜ。――本当にこの道で合ってんのか?]
[ご心配には及びません。迷ってしまっては大変だと思いまして。私、行き帰りの道は完全に記憶しておりますので]
[……オメーは本当に細っけえヤツだな。そんなに生真面目に生きてると、終いには馬鹿見るぞオイ]
[そんな言い方は無いんじゃない? 話を聞く限りじゃ、タナカさんがいなかったら実行より前の立案の段階で詰んでいたんじゃないかしら、この作戦]
レットは『もし最初に少女を見つけた時、タナカが同伴してくれていなかったらどうなっていたのか』を想像する。
平静さを失っていた自分一人では道を記憶することもできず、再度ここまで辿り着ける自信など到底あるわけも無い。
そして、それ以前に衝撃的な光景を前にして冷静さを欠いた岩窟を脱出する前の段階で実行犯達に見つかっていたかもしれない。
レットは内心でタナカに感謝した。
[――ん? タナカさんすまない。ちょっと止まって、近くに寄って明かりをくれ。本はシステムのウィンドウと違って、明かりがないといまいち視認できないからな……〕
クリアはタナカの明かりを頼りに取り出していたWikiを見つめてから呟いた。
[……間違いない。不思議なことにこの道、逆に以前より安全になっている]
[――マジかよ。モンスター再配置の影響ってヤツか?]
[ああ、こんなところまで考慮して敵が動いているとするのならば。尚更警戒しておくべきだな。この通路、ひいては“隠し場所”そのものに全幅の信頼を置いている可能性は高いから、少しでも怪しまれないように見張りを置いていない可能性も高いが……]
クリアの言葉を聞いて――
『ここは“まっとうなゲームプレイ上の死角”となった。だから、知識のあるやつならここにはこねえだろうし、無いやつはここまで深い場所にはたどり着かない。つ~まり~ここは身を隠すのにうってつけなわ~け~♪』
――とレットは実行犯のヒューマンの男の言葉を思い出し、敵ながら感心してしまう。
それからの間、レット達は歩き続けた、クリアの推理の通り道中には見張りなどいなかった。
そうして、ついにその先に僅かな星の光が見えてくる。
これは、一行が“件の広場”に間もなく到着することを意味していた。
[例の。広間の手前に到着。したみたいやな。どないするんや。全員で一気に。中に突っ込むんか?]
[いえ……入り口の時と同じように、俺が先行して様子見をしてきます]
クリアが松明を消して細長い通路を進む。広間の手前から中の様子を見て、メンバーに語りかける。
[……大丈夫です。ここまで来ても心配は要りません。その代わり、照明を消して、静かにお願いします]
洞窟に入った時と違い、メンバー達は照明を消し、音を殺して広間に近づいて中を覗き込む。
レットはあっ――と声を上げそうになるのを、口を押さえて自制した。
部屋の隅に鎮座しているのはエルフの少年だった。
依然変わりなく少女を抱き抱えており、広間の隅には連中にとっての“荷物”が置かれていて、重めの分厚い布が先刻と同じように被されている。
こちらに背を向けている姿は、素人目に見ても隙だらけだと感じた。
クリアが視線を動かさずに、パーティ会話で呟く。
[あれを“殺る”以上は、確実に先手を取りたい……。ケッコさん。あの位置の敵に対して、魔法は届きませんよね?]
[あそこまでの遠距離は私の使える魔法の射程範囲外よ。当たる距離まで近づいたら、多分詠唱のモーションと音でバレるわね。戦闘で発生する武器や魔法の音は軟膏でもカバーできないから、私じゃ無理]
遠距離という言葉にレットが反応して、クリアに提案した。
[そうだ……クリアさん。組み立て式の槍持ってましたよね。あれを投げつけるのは駄目なんですか?]
[……スマン。あれは対人では“槍だと思わせないことをアドバンテージとして運用している”武器だから、いつも組み立てていない状態で収納しているんだ。取り出して組んだりしたら最悪音でバレる可能性もあるし、割と速攻で出せる遠距離攻撃だから威力も低くて即死させられる保証も無い]
そこまで言ってから、クリアはレットに“囁いた”。
「〔そして、ここの岩窟の壁面に突き刺さることも無いだろうし当てても外しても“その先”に繋がらない〕」
「〔あー。そうなんですか……〕」
返事をしてから、クリアが囁いた理由を察するレット。
どうやら、クリアの“秘密兵器”はパーティメンバーにも知られたくない情報のようであった。
[それでもよ。結局、ハメ殺しの汚えビルド組んでいるクリアが、多分一番瞬間火力出るだろ。さっさと行って殺してくるっていうのはどうなんだよ?]
[まあ、確かにそうだな。ノマドは暗殺に長けた職業じゃないから一撃では不可能だろうが、接近してレイピアを使っての背後の一撃が決まれば、速度半減で隙だらけのプレイヤーを曲剣で確実に倒せる。それが“余程の化け物”でもない限りな]
[そうね……。私もクリアさんが最初に仕掛けるのが一番だと思うわ]
[私は対人戦には詳しくないので、判断を委ねます]
[オレも同じです]
[よし……わかった]
そう呟いてクリアが懐から捻じれた形の豪華な装飾のレイピアを取り出した。
[ほむ。なんか。どっかで見たことのある武器。やな]
クリアはテツヲの言葉に反応せず、足音を出さないようにか消音の軟膏を使用する。
それからゆっくり腰を下ろしてレイピアを逆手で持ち直し、空いた左手だけを地面に添えてクラウチングスタートのような姿勢を取った。
[それじゃあ、行ってきます。俺がもしやり損ねたら――ケッコさん]
[――わかっているわ。やりあっている最中に近づいて、詠唱の早い魔法を位置指定してジャストで直撃させてやるから心配しないで]
メンバーに見送られながら、クリアが走り出す。
軟膏の効果もあってか、音を殺しながら、エルフの少年の背中に向かって、勢いよく突っ込んでいく。
レットが“決まった”と思った矢先に――
――エルフの少年を中心に青い魔方陣のようなエフェクトが広がった。
クリアの突き出した剣先が魔方陣に触れて、その体全体の速度がコマ送りになったかのように急激に遅くなる。
〔――しまった! まさか、こんな……“こんなこと”が!!〕
そう呟いてから、クリアは突然目の前の地面を蹴った。
どうやら突撃に対するブレーキを試みようとしているようだった。
一瞬、何を慌てることがあるのかとレットは疑問を抱いた。
エルフの少年が反撃に転ずるにはもう手遅れだと思った。
突然出た魔方陣も、淡い色のエフェクトであり見た瞬時に危険を想起させるものではない。
クリアが反撃を受けて、吹き飛ばされたならまだしも、相手は未だに背中を向けたままの状態。
だから、速度が遅くなった程度でクリアが攻撃を中止する理由が理解できなかった。
しかし、レットはその認識が間違っていたということをすぐに思い知ることとなる。
なぜなら、魔方陣の中に豪華な転送用のゲートが一つ開いて――地面から何者かが突如顕現したためであった。
「……弱き者の窮地! 這い出でるのは~正義の使者。そして、天から舞い降りるのは~俺様の出番~♪」
結局、クリアは後退することができなかった。
突き出していたレイピアの剣先が――派手なエフェクトと同時に登場した人物の、二本の指でがっちりと受け止められていた”。
その状態のまま不適に笑っていたのは、筋肉質のヒューマンの男性キャラクター。
茶色の髪は結っておらず、しかし明るく派手な色合いの青い燕尾服が18世紀の貴族を思わせる。
レットが以前この場所で見た――実行犯の男だった。
そう――最初から襲われたエルフの少年が、クリアに対して何らかのアクションを起こしたわけではなかった。
[おい――どういうことだよ糞が! “護衛者”が出てくるなんて聞いてねえぞ!]
ベルシーの悪態で、クリアに教わっていた護衛者の仕様をレットは思い返す。
それは、レベルの低い中級者未満のプレイヤー一人に対して最大二人までのプレイヤーが救援に駆けつけてくるという救済措置。
戦闘の人数にカウントされない為、考え無しに初心者に対してPKを行うと逆に痛い目を見るという嫌がらせのようなシステム。
[なんてことだ……どうして、護衛者が――]
レットは、クリアが驚きの声を上げるのも無理は無いことだと感じた。
つまり、この大掛かりな作戦を実行しているあのエルフの少年のキャラクターが未だに“初心者以上、中級者未満”であるということを意味していたためである。
パーティ会話で現況を零すことすらままならず、クリアの言葉は途切れる。
護衛者の男は二本の指で掴んだ剣先を軸に、地面に向かってクリアの体を投げ飛ばした。
おそらくそれは咄嗟の判断――クリアは自分から剣を軸にその体を空中で一回転させて、地面に叩きつけられないように着地する。
そこで――
「ああ、そうか……本当に後ろから来ていたんだね」
――そう呟いて、エルフの少年が老人達を隠していた汚れた布を外した。
[そ、そんな――――――――――]
レットはその下に広がっていた光景に今度は別の意味で、再び驚愕した。
その中にいたプレイヤー達は年老いてなどいない。
そこにいたのは、種族もバラバラ、全員フルフェイスで抜刀状態を維持していたプレイヤー達。
それが“実行犯の仲間達”であるということは、遠くに居たレットにも一目瞭然であった。
[しまった――罠だ! 人質達は“最初からここにはいなかった”。一体どうして俺達の強襲が気づかれたんだ!?]
焦るクリアに猶予は微塵もなく、敵に躊躇は無い。
受け身をとった直後のクリアに対して扇状に広がった敵達による鋭い攻撃の雨霰が降り注ぐ。
その罠に一番早く反応したのは既に走り出していたテツヲだった。
間一髪のところでクリアの目の前に割り込んでその攻撃を持っていた大盾で可能な限り受け止める。
[なに。やっとんのや……話が。違うで!]
「オイオイオイオイオイオイオイオイオイ! こりゃ“大物”だぜェ~~ッ!! 俺様ビッ~~~クリ!」
突然、“実行犯の男”が叫んで、テツヲを飛び越えてクリアに向かって突進し、“素手”でクリアに対して凄まじい速度のラッシュを仕掛ける。
クリアはレイピアで防御をするが、その勢いをろくに殺すことができずにレット達の隠れている場所に向かって後退を始める。
[クソッタレ……! どうすりゃいいんだよ!]
[どうもこうも。もう、出るしかないわよ。二人とも、私の後ろについてきて!]
広間に飛び出したベルシーとケッコに、レットとタナカが追従する。
レットは改めて広間を見渡す。
戦いの火蓋が気って落とされた時から――エルフの少年は少女を抱きかかえたまま奥の通路に向けて退却を始めていた。
見逃さざるを得ないのか――と、レットは唇を噛んで思わず一歩踏み出してしまう。
そこで、振り返った少年とレットの視線が交差した。
エルフの少年は笑って、何かを呟いた。
その直後――。
テツヲを攻撃していた敵の数名が突如ケッコとベルシーに向かって走り出し――燕尾服の男が、吹き飛ばされるクリアの体ごと、レットとタナカに急接近した。
[ふ……二人とも離れろオオオオッ!!]
クリアが叫んで、背後を振り向きもせずに両手でレットとタナカを左右に突き飛ばして先程までいた通路に後退する。
その直後、三人が居たはずの位置に空気を圧縮したかのような男の片足による強烈なストンプが炸裂した。
すさまじい衝撃と暴風に、レットとタナカの体が吹き飛ばされる。
転がるタナカの体を戦闘状態のままベルシーが片足で受け止める。
しかし、一歩踏み出していたためか、広場の中央に向かって勢い良く飛んで行くレットを止めるものは誰もいない。
[ベルシーさん。レットさんが――!]
[馬鹿野郎が……。何しょうもねえことやってんだよ! 放っとけタナカ――お前はこっちに来い!]
受身すらろくに取れず、吹き飛ばされたレットは逆側の壁にぶつかり、斜めから地面に激突して広間の地面を転げまわる。
起き上がった後に急激に動く視界に軽く酔ってから、慌てて自分のHPを確認しようとする。
回転している状態から止まりつつあるその視界に自分のHPの表示と、“何者かの両足”が映る。
派手に吹き飛ばされただけでダメージがあるわけではなかったが――レットは安堵することはできなかった。
「“お願い”があるんだ。キミには、今組んでいるパーティを抜けてもらおうかな?」
目の前に立っていたエルフの少年の、突然の提案にレットは困惑する。
「どういうことだ――い、一体「それ以上、喋らないほうがいい」
「もし喋ったら、ボクが抱えている彼女の首筋に短剣を突き立てる。キミが口を動かしてパーティに対して何か伝えようとしても同じことをするし、黙って何もしなくても、同じことをする。偽っても無駄だよ? ボクがキミをパーティに誘えなかったらわかることだ。彼女は起き上がれないし、どこにリスポーンするかキミにはわからない。――だからキミに選択肢は無いんだ」
レットは必死になって考える。
目の前の敵は、自分を孤立させて殺害するつもりなのだと考えた。
自分がパーティから抜けることで、メンバーは驚くかもしれないとも思ったが、しかし同時に今の自分がパーティに居残ることでメンバーに対して貢献できるようなことがある気がしない。
むしろ、強襲作戦が失敗したと言えるこの状況下で時間を稼げるなら他に選択肢はないとさえ思えてくる。
「………………」
喧騒の最中、レットは唇を噛んでクリア達のパーティから脱退した。
直後に、パーティの誘いのウィンドウがレットの視界にほんの一瞬だけ表示される。
――ギリギリだった。
「言うことを聞いてくれたんだね? ああ、そのボクの誘いには乗らなくていいから……ついてきなよ」
エルフの少年は少女を抱きかかえて通路に消えて行く。
その背中を見ながら、レットはエルフの少年の真意を図りかねて、背後を見つめて自分の取るべき行動を考えた。
クリアは実行犯の男に押されるように広間から居なくなってしまった。
テツヲ、ケッコ、ベルシーの三人は目下戦闘中で、その後ろにタナカが縮こまっており、離れた場所から心配そうにレットを見つめてくる。
……しかし、レットに選択肢などあるわけが無かった。
強襲は失敗し、ここで目の前の少年を見逃せば、おそらく真実は闇の中となってしまう。
少しでも時間を稼ぐことが自分の役割だと判断し、自分自身を必死に落ち着かせてから、レットは少年を追いかけて暗い通路に足を踏み入れる。
それは、レットが知る由も無いことだった。
道を知らぬが故に、レットは“坂となっていた”通路の途中に、あっさり躓いてしまう。
通路に高低差が合ったことを知り、松明をつければよかったと思うも、時既に遅し――
「う――ワアアアアアアアアアアア!!」
段差から無様に転がり落ちて、その視界が――暗闇に囚われていく。
【時間稼ぎ】
オンラインゲームにおいてキャラクターの強化に対して繰り返しの作業を要求したり、手間のかかるクエスト等をあえて実装することでプレイ時間の引き延ばしを図る行為のこと。
何でもさくさくこなせて全てのコンテンツを遊びつくしてしまえば、そのゲームはもう“遊びつくされた遊園地”、プレイヤーはやることを失いゲームから去ってしまうため必要悪であると言える。
【緩和策】
後追いでゲームを始めたプレイヤーが先行しているプレイヤーに対して追いつきやすいように難易度の高いコンテンツやクエストを緩和する行為全般。
難易度の緩和は受け入れられやすいが、やりすぎたらやりすぎたで先行しているプレイヤーのやる気を大きく削ぐことになるため安易な緩和策はゲームを崩壊させる要因となる。
尚、以下の会話は調整の按配を極端にしてしまった別のゲームのプレイヤーの会話である。
「はい緩和来ました俺が頑張って作った武器が三日で作れるようになった~。そのくせ次のキャラ強化にまた時間使うし週ごとの制限とストレスがかかるし馬鹿らしいので引退します」
「これ究極さ。……10年放置してから半年全力で遊んだ方がよくね?」
【モンスター再配置の理由】
本作はリニューアル前の段階で拡張パッケージが三本出ている。(リニューアル版パッケージには最初から全て同梱されている。ダウンロードと店頭販売両対応)
リニューアルディスクの普及に併せて「無印の頃から拡張パッケージを購入していないプレイヤーでも高レベルのレベリングができる場所を増やすべき」というよくわからない名目で行われたのがこの再配置である。
しかし、新しいエリアを作るということはせず、結果として既存の初心者が行くようなダンジョンの脇道に何故かアクティブな高レベルモンスターを大量に配置するという暴挙を披露。
しかも、それらのモンスターはレべリングに不適切な種類の(倒すのが色々面倒くさい)物ばかりであり効率の点で拡張パッケージ導入で行くことのできる新エリアの狩場に劣っていた。
そもそも、長時間プレイをしているプレイヤー達が拡張パッケージを買っていないわけが無く、しかも既存のエリアの中にあったそれまでの狩場を潰すことになってしまい何がしたいのかもうさっぱりわからないということで、レット達がゴユに向かっていたこの段階で既に公式のコミュニティボードは炎上してしまっているようである。
上級者に対しても益が無く、初心者に対して謎の洗礼を行ったこの再配置はアスフォーの長い歴史の中でも20本の指に入る迷采配であると語り継がれることになった。
救いが在るとすれば、再配置されたモンスターはレベルが周辺のモンスターと離れすぎてしまっているため見つかった初心者が即死することになり被害が広がることは少ない――というネガティブな一点のみ。
「おお~なんか他より強そうなモンスターいるじゃ~ん!」
「8人で殴れば余裕っしょ。いけいけー」




