第十三話 強くなる為に
「レット、コンフィグの設定と装備品の確認は済んだか?」
クリアに問いかけられて、レットは目の前に置いてある巨大な鏡に向き直り、鏡の中に映る自分の姿を確認する。
「はい。装備品のチェックは問題ないです。この格好でやってみます」
「よし、それじゃあ始めるぞ」
クリアが手元のウィンドウを弄ると、目の前に置かれた“外見確認用の大きな鏡”は消滅した。
この日、レットはクリアに連れられてハイダニアの闘技場にやって来ていた。
(見れば見るほど――この場所。オレの中の闘技場のイメージ通りというか……。歴史の授業で出てくる古代のコロシアムにそっくりだよなあ……)
闘技場とは、ルールを決めたプレイヤー同士の『果し合い』に使われることが主の占有型フィールドの一種である。
その他、トレーニングやリスク無しの戦闘の特訓の為にも使われる。
パスワードを設定することで、一つの闘技場を住宅街の区画と同じように個別に占有をすることができる仕組みだった。
「――というわけで、今日は二刀流ができるようになったばかりのレットに、現段階である程度強くなれる“対人戦”のノウハウを教える!」
「よし、気合入れていきますよ!」
大声を上げるレットを見て、クリアは訝し気に首を傾げた。
「どうしたんだレット……そのテンションは何だ?」
「強くならないとテツヲさんにカツアゲとかされそうだし。さっさと強くなってあのベルシーって奴をボコボコにしなきゃならないんで!」
そう言ってからレットは銅と銀の、二種類の剣を取り出した。
「ああ……昨日、あの二人に会ったのか。――テツヲさんは怖い人じゃないぞ? リーダーだからメンバーに“だけ”は優しいし」
「……本当ですかそれェ? あの人、殺気が凄すぎますよ。監獄行きになってたってだけのことはあるなって思いましたけどォ」
「いやいや、本当にメンバーには寛容なんだぞ。そもそも、今回監獄行きになった原因は俺が面白半分にテツヲさんをGMに通報したからなんだ。 ――だけど昨日、普通に許してくれたし」
「アンタが通報してたのかよ!! 仲間だろ一応!!」
「おかげで“通報の練習”になったよ。それと――持っている武器をしまって、これを受け取れ」
クリアはこれから行う特訓のためだろうか? 何らかのウィンドウを片手で設定を弄りながら、もう片方の手でインベントリーから石の剣を一つずつ取り出してレットに放り投げる。
「俺達が特訓で使うのはその【石の剣】だ」
「ありがたいですけど、オレは自分用の武器がちゃんと二本ありますよ。クリアさんも普段使っている武器じゃだめなんですか?」
「闘技場での戦闘でもプレイヤーと戦う場合は“模擬戦闘”って扱いになって武器が普通に消耗する。いちいち修行が終わってから修理のためにNPCにゴールドを払うのも面倒だろ? この【石の剣】は安いから、折れたらそのまま修理しないでショップのNPCに売却すればいいってわけだ」
レットはクリアに持たされた剣を見つめる。
それは石でできているとはいえ、金属製の剣と遜色ない重さだった。
「――まあ、そんなにポキポキ折れたりするわけじゃないけどな。タナカさんが合成の“石工”で作った物を買い取らせてもらったんだ。後でお礼を言っておくようにな」
「この武器ってタナカさんが作ったんですか? タナカさんが練習していた合成のスキルって石工じゃなくて鍛冶じゃなかったでしたっけ?」
レットの質問を受けて、クリアはばつの悪そうな表情をした。
「――どうやら、石工の達人のベルシーに合成の中間素材の作成を押し付けられてたみたいでな。中間素材っていうのは――」
中間素材とは、高位の合成品を作るのに必要とされる『素材を合成して作る素材』のことである。
本作は合成スキルのレベルアップのために何度も合成を行う必要があり、スキルのレベルが上がれば上がるほど一回に行う合成の手間が増えていく傾向にある。
その中でも中間素材のゼロからの作成は手間が掛かる故か、AHでも需要がある。
合成スキルのレベルを上げるのを辞めて職人向けに中間素材を作ることを生業とするプレイヤーも居るほどだった。
「――で、タナカさんはベルシーが使う中間素材作成の為に、石工の合成のスキルレベルをゼロから上げないといけなくなって。価値がほとんどない石の武器を大量に作ったみたいなんだよ」
「あの――それって、要するにタナカさんがベルシーにとって体の良いパシリにされてるってことじゃ……」
「うん……まあ、そうだな……。石工なんてタナカさんのやりたい合成じゃないだろうし、嫌なら無理しないで良いって言ったんだけど『石工は鍛冶の中間素材を作るときにも必要になりますし、この程度の雑用はどうということはありません』ってさ」
(大丈夫かなタナカさん……。人が良すぎるからベルシーに乱暴な扱いされなきゃいいけど)
タナカの身を案じてレットは眉を顰める。
「ベルシーの奴、ムカつくな~。オレ、この前アイツに殴られたんですよ? リアルで出会ったらあんな奴。ボコボコなんですよ!? ボッコボコ! オレならワンパンで余裕なのにな~。ちぇ~……」
そう憤るレットをクリアがゴーグル越しにじっと見つめる。
少年の年相応の虚勢を、無言で咎めているかのようだった。
「うぅ……スミマセン嘘です。本当は余裕どころか喧嘩したことなんて一度もないです……」
「――正直でよろしい。人畜無害が一番だ」
レットの返事が予想通りだったのが面白かったのかもしれない。
クリアはニヤリと笑う。
「ベルシーについては心配はしなくていいさ。あんまりにも酷い扱いをタナカさんが受けていたら、俺がアイツをリアルでぶん殴ってやるからさ!」
「リアルって――クリアさんってベルシーと現実で知り合いなんですか? あんなのと? マジでェ!?」
(あ、でも。クリアさんには失礼だけど、なんか妙にしっくり来るな……)
「ま、一応友人って扱いではあるな。ゲームの中じゃ、割とむかつく奴だけど――――ベルシーはあれでも結構いいところ無いんだよな」
「――無いのかよ! そこはフォローしてやれよ友達だろォ!!」
「アイツに多少噛み付かれることがあっても勘弁してやってくれ。……最近は特に苛立ってるんだよ。肝心の石工の素材が一部売り切れてるとかで、取りに行ったらPKの粘着を何回も受けてしまって『何もできねえふざけんな』って苛立ってたんだよ」
(ああ、なるほど。そのイライラがオレ達に飛んできた結果が、昨日のチームの家でのいざこざなんだな……)
「でもォ……。いくら酷い目に合っているからって八つ当たりじゃあないですか……。オレ、ぶん殴られて風呂に頭から突っ込んだんですよ?」
「“本当にすまないと思っている”よ。ベルシーを追跡してPK仕掛けてるのも実は全部俺だからな。人徳が無いから、誰も護衛に来ないし、獲物として延々付け狙ってブチ切れさせるのが楽しくて――ついついやっちゃうんだよな!」
「――やっぱり結局のところアンタがぶっちぎりで一番悪いよ!! 最ッッッ悪だよ! 本当に友達の間柄なのかよ!?」
「よせやい。照れるぜ~」
「最初ッから一度も褒めてねえよ!!」
レットの冴え渡るツッコミを受けても、クリアはどこ吹く風といった様子。
そのままエリアの設定を終えると、クリアは自分のインベントリーを覗き込む。
「ああ、しまった。【石の剣】を全部お前に渡してしまった。折角だし一本こっちに投げてくれ。パスパース!」
――と言いながら、クリアはレットから離れていく。
「何がどう折角なんですか!? 距離を自分から開けないで、直接受け取りに来てくださいよォ~」
「そう言うなって、戦いの中で“咄嗟に味方に武器を投げ渡す”って動作は結構大事なんだぞ?」
「投げ渡すなんて――簡単ですよッ!」
そう言ってレットが剣をクリアに向かって放り投げる。
しかし放たれた剣は、クリア立っている場所の手前の地面に落っこちてしまった。
(う……思っていたより、結構難しいかも……)
「ほら、もう一回だ!」
クリアは地面に落ちた剣に歩み寄り、拾い上げる。
レットはクリアから投げ渡された剣を再び、投げ返す。
そんなやり取りを何度かして、ようやく綺麗にクリアの手に石の剣が収まった。
(なんか野球の練習前にやるキャッチボールみたいだな……)
「よし、ウォーミングアップも終わったし。それじゃ、改めて始めるぞ。クリア式対人心得その1! 『楽しめるときはとことん楽しむ!』 これは仕事や勉強じゃない。ゲームなんだから極力楽しむこと!」
「楽しくですか? なんかちょっと予想と違ったなあ。トレーニングをするって言うから、てっきり血の滲むような努力をさせられるんじゃあないかと思ってたんですけどォ……」
「確かに、オンラインゲームには苦しい負の面が存在する。人によっては遊びを超えて仕事みたいな苦行をしてたりするわけだが――レットには可能な限り楽しんで強くなってもらう。何事も楽しいって事は大事だしな!」
(“クリアさんが考えてるゲームの楽しさ”と“オレが考えてるゲームの楽しさ”って根本から違うような気がするんだけど――大丈夫かな?)
「というわけで、まずレットが楽しく覚えることは“一発芸よりも一芸”だ。お前には俺の秘伝の“ある戦法”をこれから最小限の労力で習得してもらう!」
「ビルド…………って何です?」
「ゲームプレイヤーの戦法のことだ。これに併せてプレイヤーはスキルや装備品の選別を行う必要があるわけだ」
そのクリアの言葉を聞いて、レットは目を輝かせる。
「お……おお~。なんかカッコいいですね! オレのビルドって何です? やっぱり二刀を使った伝説の流派とか隠しスキルを連発するとかそんな感じのものなんですか!?」
「それはズバリ、“剣による防御ビルド”だ。とにかくレットには守る動作を覚えてもらう。不動の状態で弱い攻撃は打ち落として、圧倒的なパワーや高性能の武器は受け流し続けるのだッ! スキルの設定や装備もそれに合わせる!」
「…………………………えー。防御ですか?」
クリアの話す戦法の概要がありきたりすぎた為、レットはひどく落胆した。
――というのも、レットが憧れている戦いというものは、クリアの提案した戦い方とはまるで逆の“速度を使っての有無を言わせぬ流れるような攻撃主体の剣戟”だったからである。
「せっかく二本の剣があるんだからスピード重視でガンガン自分から攻めたいんですけどォ……」
「無理だ無理無理。今のレットのキャラ性能じゃ、レベル差がありすぎて格上のPKには攻撃なんかほとんど通らないんだよ」
「まあ、それはわかってますけどォ……」
プレイヤーのレベルの差は大きな壁であるという事実。
それは、圧倒的な格上のプレイヤーに何度か切りかかったレット自身が痛感していることであった。
「自分からPKするつもりも無いだろうし、この守りの戦法はずばり最強だから心配するな! ――で、ここからが本番だ。防御の状態からお前は“究極の秘儀”を行う! その秘儀によって相手を斃すのだ!」
「き……“究極の秘儀”!?」
石の剣を両手で握り構えて、クリアが大きく息を吸う。
レットはゴクリと唾を飲み込んだ。
「「タスケテー! 襲ワレテマース!! 誰カタスケテー!!」」
――クリアはとてつもない大声でそう叫んでから、ぜえぜえと苦しそうに喘ぐ。
どうやら吸った息の全てを、その叫びに費やしたようであった。
「………………………………………………あの。えっと」
「――いいからレットもやるんだよ!」
「は? ……えぇ!?」
「はい! ――せーの!!」
「「タスケテー! 襲ワレテマース!! 誰カタスケテー!!」」
今度は重なった声が、闘技場に鳴り響いた。
「コラコラ! 声が小さいぞレット!」
「……クリアさん。一体……何なんですかこれ? ひょっとしなくても、馬鹿なんじゃないですか? オレ――今から急用を思い出してもいいですか?」
「何を言う! 困っていたら助けを求めるのはVR問わずMMOの基本の基だ! 下手すると人生の基本だ!!」
――レットは黙って溜息をついた。
「……嫌そうな顔をするなってレット。実際、効果覿面なんだから。PKを受けているってだけで、正義感溢れるプレイヤーがすっ飛んできてくれるんだ。特に有効なのが初心者であると思わせるために『自分の弱さをアピールする』ことだな」
「弱さをアピールするのか……なんか嫌だなぁ……」
「ちなみに俺は『救援に来たプレイヤーにPKを丸投げしてしまおう』と思って“か弱い女の子のフリをして助けを求めたことがある”んだけど。声でバレバレで、やってきたプレイヤーから助けられるどころか逆に石をぶつけられたことがある」
「――もう何もかもがおかしいですよねソレ。オレも今からクリアさんに、石とか投げていいですか?」
「勘弁してくれよ! ナハハハハハ!!」
(“困ったときには助けを求める”……か……。流石にちょっと格好がつかないなあ)
「あとは――」
クリアは羊皮紙を背中から取り出してぺらぺらと捲り始める。
レットはそこに何が書いてあるのか気になった。
(なんだろう? 戦闘の教本かな?)
「――他にレットがやることは、キャラクターの基礎能力を上げることだな。このゲームは低いうちはレベルが上がりやすいようになっているからしっかりレベルを上げることだ」
「やっぱり、そうなりますよね~。実力次第でレベル差を覆して圧倒できたら良いのに……」
「焦らなくて良いさ。レベリングの方はゆっくりやればいい。ゲームを楽しむってことは過程を楽しむってことだ」
そう言ってからクリアは羊皮紙をしまって、距離を開けてレットに向き直った。
「とりあえず、試しに一度、戦ってみるとしよう。――戦いの前にお辞儀だ! レット、エモートでお辞儀をしてみるのだ!」
(エモートか。あんまり使ったこと無いなあ……)
クリアがレットに提案したエモート。
これはダンスや挨拶など、特別な動きを練習無しに自動でキャラクターが行える機能のこと。
本作ではクエストやダンジョンの踏破をすることによって、新しいエモートを獲得することもできる。
「えっと……じゃあ、よろしくおねがいしま ――「隙あり死ねえいッッッッ!!」
エモートを使用してお辞儀を始めたレットの腹部に、クリアが取り出した“槍”が深々と突き刺さる。
レットはあっさりと戦闘不能になり、頭を下げた姿勢のまま前のめりに倒れた。
直後、コロシアムの仕様であるペナルティ無しの蘇生で即座に立ち上がる。
「――やると思ってたよォ! チクショウ!!」
「かのミヤモトムサシは、御前試合でお辞儀をした相手に“隙があったから”という理由で刀を振り下ろして頭を叩き割ったと言う逸話がある! 怪しいプレイヤーを見かけたら信用しないことだ!! よく覚えて――わかった! わかった! 殴るな、殴るなって! よっと、ほいほいっと」
レットの怒りに基づく無言の剣撃を何度か避けてから、クリアが石の剣を取り出し、二刀流のレットに対して逆に攻撃を仕掛ける。
「よーしいいぞレット。良い感じだ。ワンツー。ワンツー!」
レットはクリアの反撃にやや怯んだが、手も足も出ないほどに圧倒されているわけでは無かった。
どうやらクリアは、レットのキャラクターの性能に合わせて攻撃の速度を調整してくれているようだった。
(おんのれクリアァ……日頃の恨みをここでぶつけてやるっ!)
レットが新しくに覚えた直剣の武器スキルを発動させる。
「フラッシィ……スタブッ!!」
その体が勝手に動いて、クリアの胴体目掛けて強烈な突きを放った。
――が、腰を落としたクリアはレットの渾身の突きを、側頭部と左手の平で挟み込むように受け止めた。
「えっ、何ソレ!? うおわったったったったったッ!!」
力を込めた一撃を予想外の方法で止められてしまい、レットは石の剣から手を離してしまう。
そのまま姿勢を崩して腰を落としている状態のクリアに対して倒れ込んだ。
「あー駄目だな。“これ”は直さないと」
そう言ってレットを支えつつ、剣を側頭部と手では挟むように押さえつけた状態のまま、人差し指で自分の頭をトントンと叩いて考え込む素振りを見せるクリア。
「レット。お前の武器スキルの設定、常に“オート発動”になってないか?」
「ええと、“自動で体が動いて技を出す設定”ですよね? なってますけどォ……」
「クイック設定があるから、プレイヤーと状況に陥った時は手動操作に戻しておいてくれ。オートは動きが決まり切っているから人間相手だと動きを読まれやすいんだよ」
(そういえば普通に自動でスキル撃ってたけど……スキル撃つときだけ決まった動作になるのって、体を動かすのが売りのVRゲームとしてはおかしいよな……)
レットの疑問は最な話だった。
事実、フルダイブ以前の“VRMMO黎明期”は全てのスキルが完全に手動で発動する物だった。
しかし、実際にやってみれば分かる話なのだがオンラインゲームというものはプレイ時間が長くなる傾向にあり、繰り返しの同じ作業――長時間の作業が増える傾向にある。
フルダイブ化している本作では体の疲労は無いものの、武器スキルをいちいち自分の詳細な意志の元で発動させるのは割と億劫なのである。
その結果、オート発動という仕様が追加されてしまったという経緯があった。
この仕様はアスフォー問わず、VRMMOというジャンルのありとあらゆるゲームで賛否両論となっている――ということをレットは後にクリアから教わることとなる。
「それとレットがゲージを消耗して使う武器スキルに関してなんだが、派手なスキルは対人戦では基本的に撃たなくて良いぞ。最初に覚えたVの字を描けば成立する“Vスラッシュ”で充分だ。もう当分は“Vスラ”使い続けろ」
「え……ええ~……。オレ、派手な技を使いたいですよォ!」
「そういう技はPVEでモンスター相手にやってくれよ。武器スキルにはモーションの“完遂ボーナス”があるからな。基本的に“モーションに優れていて隙なく叩き込める技”の方がPVPで好まれる傾向にあるってわけ。これはPVPコンテンツの敷居を上げている要因でもある。実際、派手な技を対人で使えるのは上級者だけだ」
放棄の意志をもって手放したわけではなかった為、時間経過によりクリアの手にあったレットの石剣が消滅して、レットの手元に戻ってくる。
「ゲージを貯めたら全部Vスラッシュに注ぎ込むのかあ……」
その剣を再び軽く振り回してレットは呟いた。
「そういえばオレのこの“ゲージ”って武器のスキルにしか消費しないようになってるんですかね?」
「わからないで戦っていたのか……説明書をちゃんと読んでおけよ……」
「いやあスミマセン。オンラインマニュアルって読む気起きなくなるんですよね~」
(――どうせクリアさんに聞けば全部説明してくれるし)
レットの返答に呆れた様子で、クリアがゲージについての説明を始めた。
「ええと、ゲージの用途は職業によるな。たとえばソードマスターのゲージの【ソードスピリット】は武器を振り回すスキル使用時のみ消費されるだろ? ウォーリアは【レイジ】、これは職業スキルにも反映される。メイジやプリーストの【マナ】は魔法を使用するために使われるゲージだな」
「ああ、なるほど。“職業によって使い道が違う”んですね」
「ゲージ管理はそのまま戦闘の難易度にも直結するんだ。ソードマスターは楽な方だぞ。例えば、魔法剣士は【ソードスタンス】と【マジックスタンス】で二個のゲージがあってそれぞれ取り扱いが異なって滅茶苦茶面倒臭い。んで、一番ゲージ管理がすさまじいのが【マントラ】のモンクだな」
「格闘武器で殴りまくるお馴染みのアレですよね? なんか禿げたむさいオッサンとかがやってそうなイメージあるけど……そんなに難しいんです?」
「移動と武器で殴る以外の全ての行動にゲージを使うんだ。マントラは“気”って呼ばれることがあるから“気を使うのに気を遣う”とか冗談交じりにいわれていたりする。そのかわりマントラの管理を完璧にこなすことで放たれるモンクのスキルラッシュの火力はこのゲームで最も高い。とにかくピーキーなんだよ」
「なんだかなあ、聞けば聞くほどソードマスターが地味に感じてくるなあ……」
「別にゲージを使うスキルが全てじゃあないさ。ソードマスターはスキルより普通の攻撃にウェイトが行くからな。きっちり武器を使いこなせたら華麗に舞えるぞ! 何より、レットには才能がある。ひょっとすると受け流しの防御を極められるかもしれないしな」
『才能がある』
その言葉を聞いてレットは“待ってました”とばかりに歓喜した。
「しゃおらあああああああああ! はい来た! ついにきましたよついに! オレにも隠された才能があったんですね!」
「そうだな。レットには“普通にゲームをこなせる才能”がある。――脳味噌と体がちゃんと繋がっている」
「………………ソレって、才能でもなんでもなくないですか? ゲームやる人なら、誰だってできて当たり前ですよォ……」
「――その“当たり前ができない人”が結構居るんだよ。旧世代のゲームとかでわかりやすく例えるなら、“ボタンを意味もなく連打”してしまったり、“画面が動くと自分の体ごとコントローラーを動かしてしまう”ような。圧倒的にゲームセンスのない人がな」
そう言ってから、誰かしら思い当たる節があるのか――クリアは深く溜息をついた。
「なるほど。確かにオレ。ゲームは人並みですけど、昔からちまちまやってますからね」
「それが意外と大切なことなのさ。それとお前にはもう一つ、明確な強みがある。――ずばり“年齢の若さ”だ。ゲームの反射神経は経験に基づくものも多いんだが、それでも年をとると人間的な基本的な反射神経はどうしても劣るからな。そこもレットの明確な長所だな」
「そんなこと言われても、しっくりきませんよ」
「経験が同じもの同士がぶつかったなら“若さ”でレットが優位を取れるってことさ。まあ、年齢行ってるプレイヤーはその分経験がある場合が多いから一方的に有利にはならないだろうけど」
「うーん…………」
クリアの語るレットの長所は、当のレットにとって特別な物ではなく当たり前のことばかり。
単純に喜ぶことができず、レットは両腕を組んで考え込む。
「人並みの素質があるだけマシだろ? 順当に楽しく練習していれば強くなれるって素晴らしいことだぞ?」
レットは軽くため息をついてから、零すように呟く。
「あの……やっぱりオリジナルの型破りな戦法とか勝手に編み出しちゃ駄目ですかね?」
「……別にやっても良いけどさ。型破りな戦法っていうのは最低限、『多大な時間を費やして基本的な型を理解した人間が実行するもの』だからな。基本を知らない人間が編み出す戦法は型破りじゃなくて“形無し”だ。多分上手くいかないぞ?」
(うぐぐ……秘技の伝授とか一子相伝の特訓とかやっぱり無いかあ……。薄々わかっていたけど、地味だなあ……)
「言っていることはわかるけど、大丈夫なんですかね? そんなんでオレ、最強になれるのかな……」
「――結論から言うとレットは“一流にはなれない”よ」
「ぐええええええええええええええええええええええここまで長々語っておいて!?」
身も蓋もないクリアの発言。
いつものようにレットは打ちのめされた。
「そりゃあ――そうだよ。今作は課金しても直接的な強さには繋がらないんだ。“時間かけて練習した奴”が最強なんだからレットは絶対にトップには立てないよ。まあ、心配しなくて良い。最上位にはなれないだろうけど。効率よくやれば“上の中”くらいにはなれる。このゲームには“プロ”っていう概念はないしな。全体のレベルは他のゲームに比べるとそこまで高くないんだ」
「あの……ちなみに、このゲームで本気で最強になりたい場合はどうすればいいんですかね?」
「うーん。まず、学校通うの辞めるところからだな! もしくは対人以外のコンテンツを遊ぶのを完全に諦めるとか!」
「――スミマセンでした。調子乗ってました。それなりの強さを目指します……」
すんなり折れたレットを見て、クリアはまるで安心したかのように軽く笑った。
「まあ落ち込むなって! 現実捨ててまで最強になんか、ならなくても良いんだよ。オンラインゲームで大事なのは人徳だ人徳! ナハハハハハ!」
(ただ強いだけで人徳の欠片も無いような人に言われると、重みがあるような……無いような……)
「さて。時間的にもう一、二回戦って今日は終わりだな。レットの動きを見て、明日以降の指導方針を決めさせて貰うから本気でかかってこい!」
そういって再び石の剣を取り出すクリア。
「今更なんですけど、こういう武術の指導って、第三者的な視点で見ないとできなくないですか? よく映画とかであるじゃないですか。弟子と弟子が戦っているのをこう――横で師匠が正座して見るような……」
「ああ、それは問題ない。今のレットはキャラの性能も低いし、戦術も何も無いんだから、戦いながらでも落ち着いて指導はできるさ」
その言葉を聞いて、僅かに苛立つレット。
「ちょ~っと聞き捨てならないですね。――クリアさん。本気でやってもらっていいですか? オレの真の底力ってものをここできちんと見せつけてやりますよ!」
そう言って石の剣を構えるレット。
「……別に、悪意があって言ったわけじゃない。今の段階ではレットが弱いのは当たり前だし。最初のうちは俺のキャラクターのステータスをレットのステータスに合わせて戦った方が――」
「はい“隙有り!”――ちょあああ! クリア覚悟ォオオオオオ!!」
そう叫んでから二本の剣で問答無用でクリアに再び斬りかかるレット。
レットはクリアに勝てるとは思っていなかった。
しかし、自分に下された辛辣な評価を少しでも覆えせれば――と、クリアの肩目掛けて右手に持っていた剣を振り下ろす。
次の瞬間。
レットは、クリアの持っていた剣の数が“6~8本”に増えたように感じた。
(え……なっ――――――)
そうレットが思ったときには既に手遅れ。
気がつけば戦闘不能状態でレット体は宙を舞っており、その視界が闘技場の真上に広がる空を見据えていた。
「――咄嗟にやり返してしまったけどあまり落ち込むなよ。 現実に支障が出ないように気をつけてスケジューリングをして、明日から可能な限りここで特訓をする。色んな遮蔽物を置いたり、足場を変えたりして、実際の戦いの雰囲気に慣れるところから…………おーい、レット。聞こえてるか? ……大丈夫か?」
クリアの言葉は、起き上がったレットの頭に全く入ってこなかった。
ただただ呆然としていた為である。
(せ……世界が違う……。大丈夫なのかな……オレ、本当に強くなれるのかな……)
【ゲーム性の高いトレーニングモード】
本作はPVPに関しては、普通に遊ぶだけで直感的にゲームの操作を覚えられるようになっている。(PVPコンテンツの参戦敷居も低い)
なので、本来わざわざ進んで訓練場に籠る必要性はあまりないのだが、訓練場のトレーニングメニューはかなり豊富であり、トレーニングというよりも“一人用のゲームモード”という扱い。
各種アイテムやゴールドなどの報酬などもあるため一通りこなそうとするプレイヤーも多い。(一人で遊ぶ場合、装備品や武器は一切消耗しない)
他にも、やる気に満ち溢れた上級者がさらに高みを目指す目的で籠ることもあるようだ。
「今時、トレーニングに“ゲーム性”がないゲームは人気が出ません。この国では『ゲームはスポーツではありません』からね。自分から進んで地道な練習をしたいと思うユーザーさんはそんなにいないでしょう。上手い人のプレイングを見て、同じようなプレイがしてみたいと思った時に真似事すら実行できないなら、ほとんどのユーザーさんは簡単にゲームを辞めてしまう。だから、このゲームにおいて操作自体は難しくなく、直感的で誰にでもある程度操作ができるようにして、楽しく上達できるようになっているわけです」
【ピカピカ問題】
一人称視点が初導入された無印の頃に問題になった話。
従来の三人称視点のMMOに従ってプレイヤーを派手に発光させてしまったところ――眩しすぎて何も見えなくなってしまった。
現在はキャラクターの肉体が僅かに光るようになっており、どちらかと言うとモンスターにかかるエフェクトで戦況を把握するシステムに移行している模様。
「あの頃は懐かしかった。禿げ頭のキャラクター使っているだけで、意味も無く弄られたものさ……」
【エモートについて】
VRMMOにおけるエモートの歴史は古く『自由自在に動けるVRMMOにおいて特定の動きを強制させる旧世代のエモートシステムを実装する意味は無いのではないか』という意見もあったようだが、エモートはプレイヤーコミュニケーションのアイスブレイク(※緊張ほぐし)を担っている他、プレイヤーの個性を表現する重要な因子になり得る――ということでアスフォー問わず、様々なゲームに実装されているのが現状である。
日常的にエモートが行われる環境ならば、お互い肩の力を抜いてやり取りができるようになる――というわけである。
ちなみに、このエモート関連のノウハウはアスフォーの運営が独自に培った物では無い。
海外のVRMMOのゲーム会社が発祥で、アスフォーの運営会社はこれを模倣しているだけである。
「Σってエモートが欲しいのですよねー」
「え……台詞じゃなくてポーズで? そりゃあ無理だよワサビさん」
【エモハラ問題】
以前から問題視されていた部分がフルダイブの普及によりさらに深刻化した。
エモートはどんなプレイヤーも全く同じ動作をすることができるので罰ゲーム的なノリで使われるようになってしまった。
現実では強要罪に該当するが、当然ゲームなので暴力的な言葉を発さない限りお咎め無し。
改善には、まだまだ時間が掛かりそうである。
「はい! な~んで立ってんの? な~んで立ってんの? エモートするから立ってんの! は~い! 踊って踊って踊って踊って~!」
「うええ……ゲームの中に入ってまでこんなことやりたくないよぉ……。折角の金曜日の定時退社なのに…………」
【体格問題】
長く議論されている話題。
旧世代のMMOは三人称による俯瞰視点が基本なので攻撃の判定は大きなキャラクターも小さなキャラクターも同じだったのだが主観でリアリティを重視したVRMMOではとにかくこれが問題となった。
種族のステータス差が撤回された環境下で、身長の低いキャラクターの当たり判定の少なさが不公平だとして度々問題となっている。
体積の小さいキャラクターはPVPを行うプレイヤーにとって鬱陶しいと嫌われる要因になっていたりするが戦闘時に持つ武器のサイズがキャラクターのサイズに比例して自動で変わるようになっているので一概に有利というわけでは無い。
結局 武器リーチとは無縁の魔法職に落ち着きやすい傾向がある。
武器、戦法によっては戦い方そのものを変えないといけなかったりする。結果的に妖精は不意打ちが得意で飛び跳ねてインファイトを仕掛けるという一番殺意のある戦い方となる。
しかし、小さいので『戦っていてつまらない。うざい』という評価が絶えずプレイヤー同士の口論の原因になったりすることも。
「――問題だらけじゃねえか!」




