第十一話 悪魔達のたまり場
レットはタナカと共に、ハイダニア王国の城下町の中を人ごみを掻き分けながら進んでいく。
目的地はプレイヤー達の【住宅街】である。
二人が歩く王国の内観は、かつてレットが居たフォルゲンス共和国とはまるで違う――どこか歴史を感じさせるものだった。
しかし、今のレットには周囲に気を掛ける余裕はなく。その足取りもどこか重い。
「――レットさん。気になさらないことです。クリアさんも仰っていました。今回は運が悪かったのです」
「……気が滅入っちゃうよ……。ゲームで何をどうやったらあそこまで人を憎めるんだろう……」
メレム平原でクリアに語られた“■■■■”という名前の不気味な存在を思い返して、レットはため息をついた。
「私にも理解することはできませんが、しかし世の中には様々な性格気質の人が居ますからね。周囲に危険を振りまくプレイヤーがいたとしても、何もおかしくは無い……」
「――あのフェアリーの女の子さ。どこいっちゃったんだろうね?」
「…………心配は要りません。クリアさんが必ず見つけてくれます。あの子の容姿はきっちり伝えましたので」
レットは“少女”のことが心配だったが、タナカの言葉に納得せざるを得ない。
ゲーム経験が豊富であろうクリアが、あそこまで取り乱していたのを思い出して――
(これ以上、オレなんかが関わってどうにかなる話じゃないか……)
――そう、自分自身を納得させる。
(……思い返してみても、あの娘のお兄さんを見つけられなかっただけじゃなくて。段丘でもクリアさんを追っかけてきたミナって人がモンスターに襲われた時。結局オレは何もできなかった。船のトラブルは――どちらかと言えばクリアさんに原因があったと思ってるけど――)
レットは前を歩くタナカの小さな背中を見つめる。
(船から落ちそうになって、タナカさんに引っ張り上げてもらっちゃったし。ここまでずーっと他の人に助けてもらってばっかりで、何やっても上手くいかないっていうか……)
無意識のうちにレットの右手が首元に伸びて、水色のスカーフに触れていた。
(駄目だな。やっぱりオレには――“誰か”を助けることなんて、できないのかも)
「レットさん。どうかされましたか? 表情が翳っていますが……」
「――ううん。何でもない。気にしないで」
レットの返答を受けてタナカは一瞬首を傾げたが――
「……そうですか」
――再び前を見つめて歩き出す。
「――む、見えてきましたね。あそこがこの国の“住宅街”の入り口のようです」
立ち止まってタナカが指をさすと、その先には確かに住宅が並び立つ区画が見える。
レットはそのまま歩みを止めることなく眼前の区画に入ろうとしたが――なぜか、それ以上前に進むことができなくなってしまう。
その様はまるで、一定のラインから見えない壁に阻まれたかのようだった。
「あれ? 目の前に住宅が見えてるのに、これ以上前に進めないんだけど!?」
「どうやら、ここから先はきっちりと番地を指定しないと、住宅街に移動することはできないようですね」
そう言ってからタナカが区画の手前に設置されている“浮遊している本”を弄りはじめる。
「クリアさんに教えてもらったチームの家が建っている場所は【北エリアの666丁目】です。本を触ってウィンドウから丁目を入力をすれば大丈夫みたいです」
(――なんだろう。方角と数字の時点で既に何か、嫌な予感がしてきたぞ……)
タナカも同じことを考えていたのか、本の前でやや躊躇していたようだったが、今の二人に他に行く宛てがあるわけでもない。
「――っていうか、666って。そんなに細かく番地が分かれているの!?」
「一つの番地に配置可能な住宅の数は八つ程が限界のようです。個人宅を建てるプレイヤーさんもいらっしゃるでしょうから。細かく番地を分けておかないと“家を建てる土地の面積”が足りなくなるのでしょう」
(あ〜。ってことは“同じ見た目のエリアが同時にたくさん存在している”ってことか。考えてみれば当たり前か。プレイヤーが何千人もいるのに、その人数に合わせてそのまま土地をゲーム内に作っちゃったら、とんでもない広さになっちゃうもんな……)
レットは、タナカに倣って浮遊している本を調べる。
眼前に表示された小さなゲームウィンドウに住宅街の方角と番地を入力すると、その体が光に包まれて二人のキャラクターが転送された。
その先に広がっていた光景に、思わずレットは感嘆した。
「おおーっ! すげェ。……豪邸ばっかりじゃないか!」
転送した先のエリアは、まるで高額納税者がバカンスに利用する避暑地のようだった。
二階建てやコテージタイプの一軒屋等、数々の立派な邸宅が建てられており、それぞれの家屋に印象的な建築様式が採用されている。
(城下町と違って、他のプレイヤーの気配がないけど……いや、当たり前の話か。この“666丁目の住宅を使うプレイヤー”しかこの場所を利用しないんだもんな……)
「――とても素晴らしい。このゲームの住宅のインテリアは実に凝っているのですね。庭具や街灯のデザインも多種多様とは、驚きました」
「ここ、どう見ても一等地だよ。やった! ホラ! この家、見てよタナカさん!」
レットがいかにもな白い豪邸の庭に走り寄る。
そこには花壇が設置されていて、細かく手入れがされている。
小さな噴水も設置してあり、そこには虹が掛かっていた。
庭で来客と談笑する為か、アーチやテーブルまで設置されている。
「う~ん。王女様がティータイムとかやってそうな感じだよね!」
レットが豪邸の前に立っている看板を調べると、そこには――
『ここはシルフィの個人宅ですっ! 最近引っ越してきました! 仲良くしてね!』
――と、丸みを帯びた文字フォントで書かれていた。
(これは【家の紹介文】か……。個人でこんな立派な家を持てるんだなあ。オレも、自分の家が欲しいなあ!)
感心すると同時に、レットの視線は別の住宅に釘付けになる。
「おお~ッ! こっちの赤い豪邸は――門番みたいなドラゴンの彫像が飾ってある! 凄ッげェ!! これ、ちょっとしたお城みたいだよタナカさん!」
「ま――待ってください。レットさん。その邸宅の奥を見てください!」
タナカの指摘で、レットは生垣に隠されていた庭の奥を覗き込む。
そこに立っているヒューマンの男性キャラクターの風体を見て、レットは“異様である”と感じた。
高身長で全身筋骨粒々で白髪、白目を剥いている――否、『瞳が無かった』。
その真っ白な目を周囲には真っ黒な隈がついている。
真っ黒な女物のゴスロリのドレス一式を着用しており、スカートから筋肉質で真っ白な生足が剥き出しになっている。
そして、その見た目のまま、男性はロボットのような直立不動を維持している。
その男から、凄まじい威圧感のようなものを受けて、レットが思わず後ずさる。
「お前が。レット。か」
男は、地底から響くかのようなドスの効いた声を発する。
その男の突然の名指しにレットは震え上がった。
「えっ!? あ――! こ……こここ“殺さないでください!!”」
本能的な身の危険を感じたのか、思わず根拠の無い命乞いを始めるレット。
目の前のヒューマンの男は一切動じることなく話を続けた。
「心配せんで。ええ。お前らがチームの新メンバー。なんやろ。クリアから、話は聞いとる。それに、ここでPKは。できんしな」
(え……まさか――もしかして“これ”がクリアさんのチームのリーダーなの!? マジでェ!?)
「――あ、あなたが件のチームのリーダーさんですか。よろしくお願いいたします。私タナカマコトと申します」
「よ……よろしくお願いします。オレ、レットです……」
二人の自己紹介を受けても尚、男は無表情のままだった。
「うむ。俺の名は。Tetswo・Goddess。テツヲはまんまテツヲっていう意味や。んで、ゴッデスっていうのは。アメリカ語で、最上級の神って。意味や」
男――テツヲの自己紹介にレットは首を傾げる。
(『テツヲはテツヲっていう意味』っていう、言葉の意味が全然わからないんだけど……。まあ、最上級の神っていうのは中々カッコいいかな……)
「……リーダーさん。一つ、質問をしても宜しいでしょうか?」
「おう、どしたタナカ。呼び方はテツヲでええで」
「ではテツヲさん。アメリカ語というは……英語ということですよね? それですと、Goddessというのは……確か『女神』という意味だったはずなのですが……」
そのタナカのツッコミに、当のテツヲは少し黙り込んでから――
「まあ、似たような。もんやろ」
――無表情のままそう呟いた。
(全然似てねえし!! ――オレもオレで間違いに気づけてないし……)
レットが自身の英語力の低さに内省し、頭を抱えようとしたまさにその時。
眼前の赤い邸宅の玄関の扉が開いて、二人のエルフの男性プレイヤーが出て来た。
二人組みの見た目はテツヲと比較すると、天と地ほどの差。どこにでも居そうな、とても普通の格好をしている。
(――よかった。ここのチームの人は結構普通みたいだぞ……)
「あ、えっと。はじめま――」
しかし、挨拶をしようとしたレットを無視して二人は駆け足で邸宅から離れていく。
二人組みは少し離れたところで足を止めて――
「お、おいおい勘弁してくれよ。また例の“裏手のアレ”だぞ……」
「お前さ。いい加減、もう引っ越した方が良いぜ? 絶対危ないって!」
――テツヲの方をチラチラ見つめながらひそひそと話し合いをはじめた。
「何。ジロジロ見てんだ、オドレら。みせもんじゃ、ねえぞ!」
テツヲが直立不動の姿勢のまま、二人に向き直ってドスの利いた声で凄む。
二人組みは息を呑んで、そのまま足早にその場から立ち去った。
「え? あのォ。――え? ――あれ? は? えっと。あの二人って、チームのメンバーなんですよね?」
「……何、いってんのや。あんな連中。俺は全く知らんで。“無関係”や」
「つまりそれは――テツヲさん。この立派なお家も、ご自身のチームとは一切無関係ということでしょうか?」
「せやで。俺らのアジトは。ここの裏や」
「え……えぇ…………じゃあ、なんでこんな所に立っていたんですか⁉」
「前は。“家の中”に堂々と居座っとったんやが。なぜか最近。ここら周辺の家は。権限きつくなって。ほとんど他人が入れんようになってな。仕方なく。庭に立っとったんや。最近。物騒になったのかも。しれんな」
(えっとォ……つまり、この人は前は“他人の家の敷地に立って家に住んでいる人を威圧していた”ってことだよな? で、最近このエリア周辺の家は、住人と無関係のプレイヤーが入れなくなったと……つまり――)
「〔このお話――どう思われますか、レットさん?〕」
「〔いや、どう見ても“この人自身が原因”でしょ! かなり危ない人だよォ……〕」
「ま、ついて。こいや」
そうテツヲに言われてレットとタナカは恐る恐る移動する。
つれてこられた先に建っていたレットの“本来のチームの家”は――
「――ウィヒエッ!」
――思わずレットが奇声を上げてしまったほどに異様な外見をしていた。
ぐにゃぐにゃの造形で色合いも滅茶苦茶、まるで家全体が前衛芸術のアートのよう。
チームの家の前には朽ちた枯れ木が左右、門のように設置されているが、高さの低い松明がめり込むように設置されている関係でまるで“家の前で木が激しく燃え上がっている”かのように見える。
そして、チームの家の周辺を刺々しい有刺鉄線がびっしりと囲んでおり、庭には草が一本も生えておらず何故か砂利ですらない“釘”が侵入者を拒む撒菱のように隙間なく地面に敷き詰められていた。
その釘だらけの地面の上に、6台の“大砲”が不安定に並べられており、それらは全て両隣の豪邸を、まるで威嚇するかのように設置されている。
(な……何なんだ!? この“現在進行形で見えない誰かと戦争やってます”みたいな家は……!)
「い……一体何なのだこれは……。最早、人が住む家ではない……」
隣からタナカの独り言が聞こえてきて、レットは思わず内心で共感した。
「えっとォ……。そのォ……これは……その。え~っとォ。中々。その。なんか――す、“凄い家”ですね」
「うむ。この外見のおかげで。両隣の家の持ち主は。それぞれ三回。引っ越してるからな。最高の人避けやで」
(だ、だめだ。“何から何まで何もかもが何かおかしい”……)
タナカがその家の立て看板に歩み寄る。
そして、看板に記載されている紹介文を読んでから何かを察したのか――
「あっ……こ……こここここ、これは……」
――そう呟いて一歩後ろに下がった。
その反応が気になり、レット自ら看板を調べて“しまった”。
そこには――
『悪質ナ勧誘。立チ小便。妨害電波ノ流布ハ、コレノ全て禁ズル。泥棒ヤ、透明人間ノ存在ヲ許サナイ。投石ヲ辞メロ。イワレノナイ視線ノ被害ヲ受ケテイル。我々ハ周囲の異常者共ニ対シテ抗議ヲスル物也』
――そう書かれていた。
文字のフォントは歪みきっており、色は“真っ赤”だった。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい。意味がよくわからないけど、これ絶対“やばいやつ”だ……)
「あのォ……。テツヲさん。この家の前の立て看板って、一体何なんですか?」
「それはうちのチームの家の紹介文や。俺の“リアルのお隣さんの家”を参考に。したんや。ただ。クリアに激怒されたから、もしかすると消すことになるかも。しれんな。怒る理由くらい。ちゃんと教えてもらっても。ええと思ったんやが」
「〔これは、クリアさんの方が正しいと思われます。このチーム。私が思っていた以上に危険なチームなのかもしれません……〕」
「〔いや、ひょっとしなくても危険だよ!〕」
「とにかく。二人とも。よろしく頼むやで。俺は、365日。いつもチームにおるから。わからんことがあったら。何でも聞けや」
「は、はい。……年中無休なのですね」
「何なら。今すぐ聞いてもええで。俺は。リーダーやからな」
テツヲがまるで“催促するか”のようにレットたちの前に直立不動で立ち塞がる。
(し、質問なんて急に思いつかないって! 聞いちゃいけないこと聞いちゃいそう!)
レットが縋るようにタナカに目配せする。
タナカは(当たり障りの無い質問をするためか)しばらくの間思案してからテツヲに対して質問をした。
「そ、それでは――まるで推測がつかないので、一つお聞きしたいことがあるのですが、リーダーさんの【職業】は何なのでしょうか?」
「俺は無職や。つまり、ニートや」
沈黙が空間を支配する。
堂々と放たれたそのテツヲの言葉に、レットは衝撃を受けた。
「いえ……その――私……げ、“現実の職業”を聞いたわけでは………………失礼いたしました……」
「気にすんなや」
(……“365日年中無休”って、そういう意味かよ!)
「〔凄い人がリーダーやっているんだね。流石にクリアさんが入っているチームなだけはあるよ……〕」
「〔ここまで自分を堂々と無職であると公言する方を、私初めて見ました……〕」
質問に答えて満足したのか、テツヲは二人の反応に動じることなくチームの家の玄関ドアの前に歩み寄る。
かくして、レット達の目の前で――地獄の扉が開かれるのであった。
(オレ――これからどうなっちゃうんだろう……)
【レット達の今後の拠点となるハイダニア王国についての解説】
この石造りの国は並び立つ城下町と巨大な王宮の二つの区画に分かれている。
王制の名に違わず古くから続いている国家であるが、時代の変化には割りと寛容で古きを温め新しきを知りたがる。土地も豊かで、伝統ある食文化は他国民からの評価も高い。
国家元首たる王には国民の上に立つ者としての厳しい試練とルールが課されており、暴君はここ数百年間存在していない。
奴隷制を未だに採択しているのだが、奴隷の人権が法律で手厚く保護されており「これはもう奴隷とはいわないのでは」とゲーム内外からツッコミを入れられている程で、身分がはっきりしておらず暗黙の内に使い捨てられている他国の貧困労働者達の方がよっぽど奴隷だとも評されている。
国家としての問題点として、王族たちは裏表が無い良くも悪くも善良すぎる性格の為か、クエストの中では他国の悪い権力者に騙されて利用されてしまう描写がしばしばある。
また、自国民を優先するという主義を徹底している為、他国民には当たりがやや強い。
そして、ゲームのストーリーにありがちな“世界の危機”が訪れても第一に自国民の保身に走るので、全国家の中で一番日和ってしまうという弱点も。住んでいる国民としては楽園なのだが、世界単位で見れば無責任な国。
ちなみに平和であるというのはあくまでゲーム設定上でのお話。
PK、およびPVP関連のフィールドへのアクセスが地理的に最も良い為、殺気立っているプレイヤーの多くがハイダニアを活動の拠点にしてしまっており、どのサーバーにおいても、ここを拠点とするプレイヤーのモラルは全国家の中でも最底辺であると言われている。
プレイヤーにはプレイヤーの都合があるのだろう。
この国がクリアが在籍するチームの拠点となっているのは、そういった理由があるのかもしれない。
【住宅街の仕様】
このゲームの住宅街は丁目ごとにエリアチャンネルが設定されている。
プレイヤーの実態数にあわせてゲーム内の土地を全て可視化してしまうと、国内のほとんどがプレイヤーの住宅で埋まってしまう。
プレイヤーの実態数とゲーム内の住宅の数が一致しないが故のゲーム的な調整であり、こうすることで土地を多く供給し、プレイヤー達が公平に均等に住宅を建てる機会を得ることができるのである。
実は莫大なゴールドを払うことで国の私有地以外の場所に住宅を建てることも可能なのだが――詳しくは、また後ほど。
「うぃ~酔ってる酔ってる酔っているにゃり~。ただいまですにゃ~」
「アンタ、番地が違うよ。これでもう四回目だぜ……」
【装備品の性別問題】
本作は無印の頃から、性差によって装備可能な防具が不公平であると言う問題があった。女性キャラクターの方が全体的に装備できる装備品が多くこれでは不公平言うことで男性でも女性用の装備をつけられるようになって“しまった”。
トランスジェンダーに対する配慮を行っていると海外では好意的な解釈がなされたが、男性が装備できる装備品を増やすのが面倒だったのではないかという辛辣な批判もある。
「やっぱり。ドレス着ての。マッスルポーズは。最高やな」
【ニート】
“Not in Employment, Education or Training”。
その定義は、『職に就いておらず、学校などの教育機関にも属しておらず、職業訓練も受けていない15~34歳の未婚者』とされている。
「失うものを失い続けて初めて知る早朝のコバルトブルーの空の美しさ。そして、時たま聞こえる新聞屋のバイク音」
【チーム会話の補足】
ゲームプレイに集中する関係で、チーム会話のチャンネルに参加していないプレイヤーもいたりする。
個別ミュートも全体ミュートも可能だが、第三者を交えると会話がぎこちなくなってしまうので注意が必要。
「反目しあっている二人がお互いをミュートしているときのチーム会話は、背筋が凍る程恐ろしい」




