第八話 三歩遅れてついてきた
そして、翌日――
「……クリアさん。これ、ヤバくないですか?」
ビーチと段丘をつなぐ先の見えないトンネルの中で、いつものようにレットが呟く。
「いや、これはもう“終わった後”だな」
――クリアは持っていた松明を、トンネルの地面の砂地に近づける。
そこには大量のコウモリ型のモンスターが、まるで敷き詰めるかのように倒されていた。
レットが目をこらすと、モンスターの死骸には焼け焦げたような痕があるのがわかった。
「此処で一体、何があったのでしょうか?」
「この先のフィールドは山の斜面の段丘だろ? 山の頂上からターコイズビーチが綺麗に見えるし、道中に案内の看板と水着販売のNPCが設置されている。だから、浮かれた初心者達が上から勢い良くビーチまで走って行ってモンスターに“絡まれる”。最終的にこのトンネルの暗闇で行き詰まって死ぬわけだ。しかもこのトンネルがモンスター達の行動範囲の限界地点だから――」
「ああ、モンスター達がトンネルの中に“溜まっちゃう”んですね?」
「――そうだ。後はそれの繰り返し。元の生息域にゆっくり戻ろうとしているモンスターに別のプレイヤーが襲われて再びビーチに避難しようとして死ぬわけだ。その死の連鎖を防ぐために、高レベルのプレイヤーが溜まっているモンスターをまとめて吹き飛ばしたんだろうな」
(なるほど。“終わった後”ってそういうことか……。モンスターが焦げ焦げになっているってことは、ケッコさんみたいなメイジがやったのかな?)
クリアが安全を確保してから、再び三人は暗いトンネルを進んでいく。
「こういうことがあるから暗闇は危険なんだ。明かりは必ずもっておけよレット。タナカさんを見習ってな!」
「……は~い」
ゲームのチュートリアルを全スキップした身である以上、レットは何も言い返せぬまま先行するタナカを見つめる。
その腰には小さなランタンがかけられており、仄に周囲を照らしていた。
「タナカさんのランタンは、フリーハンドで使えるんだね」
「はい。照明としての能力は松明に劣りますが、周囲を照らしたまま自由に行動ができるので、持っておくと便利ですよ」
「逆に、俺の持っている松明はとても明るい代わりに持っている手が塞がってしまうんだよな。一長一短だな」
(一長一短って……クリアさんは“両手で左右二本も松明持ってる”じゃん……)
「とにかく、さっさとこのトンネルを抜けてしまおう。一番強いモンスターがいるのがビーチの周辺だからな。段丘を上がりきってしまえば、今のレットのレベルでも充分に対応できるさ」
「え、進むとモンスターが弱くなっていくんですか? 普通逆じゃ無いですか、そういうのって」
「いえ、レットさん。ここはおそらく『【ハイダニア王国】でゲームをスタートのプレイヤーにとっての【オーメルド丘陵】』のようなものなんでしょう。オーメルドも、なんやかんやでアロウルの近くに生息する敵の方が強かったですからね」
「その通り! 察しが良いねタナカさん。段丘を上がった先のメレム平原は【ハイダニア王国】からゲームを始めた人のための“初心者用のフィールド”なんだ」
(なるほど。だから段丘の上から初心者がビーチに向かって降りてくるのか……)
レットはそれまでのゲーム経験から“先に進めば進むほど敵が強くなる”と思っていた節があったが、クリアから説明を受けて“MMO特有の敵配置”に納得をする。
その後一行はトンネルを進んでいく。
生息していたモンスターは全て倒されていたからか、レット達は何事も無くトンネルを抜けることができた。
そこで改めて、現在進行形で進んでいるフィールドの全景が明らかになる。
(このフィールドも広いなあ……えっと、確かフィールドの名前は――)
【ヴォラーシュ段丘】。
『入り組んだ岩場』と『段状になっている山の斜面』の二つで構成されるフィールドで、上に行けば行くほど緑が増えていく。
この時のゲーム内の時間帯は深夜ではあったが、星と月の明かりが段丘を照らしていた為、フィールドの遠景までレットははっきりと視認することができた。
「よし、次はこの岩場を抜けるぞ。一本道だったトンネルとは違って、どこから敵が襲ってくるかわからないからな。周囲を警戒して敵の気配を察知するのだ!! ――こんな風に!」
砂地に置かれている岩の一つに張り付いてから、中腰で移動を始めるクリア。
その動きを真似しつつタナカとレットはクリアに追従するが――
「飽きた。時間かかるし、やっぱり普通に移動しよう」
――突然クリアが普通に立ち上がって堂々と歩き出したため、レットは中腰の状態からずっこけるように尻餅をついた。
「何やってるんですかクリアさん! 緊張感もへったくれもないじゃないですか!」
「いや、いいんだよ俺は別に……。キャラクターのレベルが高いから、ここらへんのレベルの低いモンスターには襲われないんだ。今は先を急いでいるし、普通に進もう。二人がモンスターに絡まれたら俺が倒すからさ。二人はとにかく、“未知のフィールドでは周囲を警戒し身を隠しながら進む”。――これだけを覚えておいてくれればいい」
「了解しました。それで……その……私早速、周囲を警戒していて気がついたことがあるのですが……」
そこでタナカが言い淀んで、その先の言葉をパーティチャットで呟く。
[背後の、あそこの緑色の“ぼんぼん”は一体何なのでしょうか? 先程から私達を追従するように、定期的に岩から“にょきにょき”と生えてくるのですが……]
レットが後ろを見ると、背後の岩の影からエメラルドグリーンの球体が顔を覗かせている。
[あのォ……クリアさん。あそこで顔を覗かせているのって……いや“顔は”覗かせてはいないんですけど……ひょっとしてワサビさんの髪――]
[何も見なかった!!]
[――へ?]
[俺達は何も見ていないんだ! 例え草場の――岩の影から覗かれていたとしても、それは幻影だ! 幻覚だ!]
[クリアさんのお言葉にいまいち要領を得られないのですが。あれは要するに、ワサビさんが私達を心配してこっそり見守ってくれているということでしょうか……?]
そのタナカの言葉を聞いて、レットは昨日のワサビの別れ際の発言を思い返す。
『あ、クリアさんクリアさん。えと、明日はどのくらいのお時間にログインされるご予定なのです?』
(昨日クリアさんにログイン時間を聞いてきたのは、こういうことだったのか……。ログイン時間を合わせて初心者を見守ってくれるとか聖人かよ……)
[まあ、そういうことだな。ワサビさんはあんな風に、影で初心者を応援するのが大好きなんだよ……。前も似たようなことやってて『こっそり見守るくらいが良いと思いますー』って、言ってたなあ……。多分、俺達を心配してくれてるんだろう。最近、髪型を変えたばかりだからいまいち隠れきれてないみたいだけど――気づかないフリをしよう……]
(あれ、待てよ? ワサビさんに心配されてるってことは――)
[――それってつまり、ワサビさんが“クリアさん自体も心配している”ってことにもなりませんか?]
そのレットの言葉が相当堪えたのか、クリアは打ちのめされたかのように大きくよろめいた。
[レットさん。その言い方は良くないのではないかと……まるで――クリアさんが初心者二人を見捨てて逃げ出すような人だと言っているようなものではないでしょうか。クリアさんはそんなことをする方では――――――――ないはずです]
[タナカさん。迷わないで、もっとしっかり否定して欲しいんだが……。――まあ、正直そういうことなんだろうけどな。俺が初心者をハイダニアに連れて行くって話は以前からしていたから、心底心配だったんだろう。チキショー……]
(やっぱり、チームのメンバーから信用されていないんだな。この人は……)
かくして、隠れきれていないワサビに気づかないフリをしたまま、レット達は岩場を抜けて段丘を上がり始める。
砂地では段状の斜面は険しそうに見えていた為心配していたレットであったが、よくよく見ると地面に自然の道ができており、これに沿って進むことで然程苦もなく斜面を登ることができた。
しかし、その途中で――
「――あ。待った。風の流れが不自然なので、ちょっとそこでストップ」
――そう言って先行していたクリアが突然振り返って、レット達を制する。
「はあ? クリアさん、何ですかそのセリフ? 中二病じゃあるまい――」
レットが言い切る前に――斜面に置かれていた岩場から何者かが飛び出して、クリアの背中めがけて飛びかかってきた。
「――――うわっ……クリアさん!」
レットは咄嗟に声をかけたが、当のクリアは振り向きもせずに刺客の突き出した短剣を避ける。
そのまま刺客の手首を掴んで引っ張りその体をたぐり寄せて、足を引っかけることで刺客は無様に転倒した。
「また君か……だからこの前言ったろ? “来るなら真正面から来い”って!」
うつぶせになっている刺客を見つめて、クリアが呆れた様子で声をかける。
「ぐぅぅぅうう。屈ッ辱……。屈辱! 心底、苛々します。――屈辱ですわ!! どうして、どうして! こう、いっつもいっつも。易々といかないのかしら! せめて一撃……せめて一太刀アナタに浴びせたいのにッ!」
不意打ちをいなされたのが余程悔しかったのか、“刺客である少女”がクリアに抑え付けられつつも短剣を握る右手で地面を何度も悔しそうに叩く。
そのキャラクターの種族はヒューマンで、年齢設定はレットより高く、クリアよりやや若い。
瞳の色は濃いピンク。
髪色が亜麻色で、後ろに長くまとめており。ご多分に漏れず、他の一般的な女性キャラクターと同じように顔立ちは整っている。
動きやすいショート丈の、ドレスに近しいテイストの装備品を付けており、膝や肘、肩や腕に最低限の金具がつけられている。
両足にはハイヒールを履いていた。
「落ち着けよ、暴れるな。――力任せに肩を外しちゃうぞ? 痛くは無いけどデバフ扱いだから、自然回復するまで面倒だぞ」
「外せるものならッ――外してみなさいな! やっぱり女性に大して、軽々しく乱暴をするのがアナタの趣味なのかしら?」
そう問いかけながら、少女が抑えつけられている状態からクリアの顔を覗き込む。
「……勘弁してくれよ。離すさ。離すから落ち着いて、暴れないでくれ」
しかめっ面をしたクリアが少女を渋々と立たせて、その姿勢を整える前に――少女は容赦なく右手で短剣をクリアに突き出す。
クリアは倒れこむように攻撃を左に避ける。その刹那、右手で少女の攻撃に勢いをつけてから滑り込むように少女の軸足を軽く蹴飛ばした。
「あうっ!」
――こうして、再び少女は転倒する。
「全く――前に教えたじゃ無いか。上から装備を“被せているのか”何なのか知らないが、その格好は戦闘には不向きだ。まだ前の皮装備のほうが良かった。動きにくいし露出も派手で、下着が見えたとしても不可抗力だからハラスメントにもならないし君が損するだけだ。そんな格好でPKなんてしちゃダメだ」
クリアのその言葉を聞いて亜麻色の髪の少女は慌てた様子でショート丈のドレススカートを抑える。
「…………アナタもしかして……見ましたの? ――見てしまいましたのね!?!?」
「…………いや、そんな派手な格好をしてたら嫌でも見えるだろ。 ――悪かったよ。ゴールドを払うから、それで勘弁してくれ」
[あの、クリアさん。こちらの方が何者なのかは存じませんが、“下着を見てしまった過失に対して、お金を支払って解決する”というのは人として失礼というか……個人的には、最低だと思われますが……]
[いいんだよ別に、俺をPKしに来たんだから適当にあしらえば]
そうクリアがパーティ会話で気だるそうに言って、インベントリーから所持金を取り出そうとする。
[えっと、俺は変態じゃないから相場がわからないけど二人合わせて20000ゴールドくらいでいいか? レット、位置的にお前にも見えてた――というか絶対ずっと見てたろ。――レット? おい、どうした!?]
クリアに話しかけられていたレットは――感動のあまり“涙を流していた”。
[クリアさん。オレ……今猛烈に感動してるんです……。こんな、現実に存在しない絵に描いたようなお嬢様キャラを……生きている内にこの目で見ることができるだなんて……。そんな機会、オレ一生無いと思っていたんでっ……]
[い……いや、RPの一環だろ多分……。というか、何も泣くことは無いだろ泣くことは……]
レットの予想外の反応に、クリアは狼狽しているようだった。
「あ~。とにかく君に紹介しよう。この二人は俺のチームメンバーで――」
「そんなことは、今の私にはどうでも良いことです!」
「どうでも良いって……失礼なヤツだな!」
その言葉を聞いて少女がクリアに対して歩み寄り、追究を始めた。
「失礼なのは、アナタ自身ですわ! まず、マナーとしてアナタから自己紹介をきちんとして頂きたいし、そもそも最初に出会ったときからいっつもいっつも私のことを『アンタ』とか、『君』呼ばわり! 人に他人を紹介する前に、この私の名前をきっちり覚えてくださいませ! 私には! Mina Rougeという立ッッッ派な名前がありますの! 頭上の名前が見えていないだなんて、悠々と宣うつもりじゃないでしょうね!」
「ああ、そうだ君。これも前に言ったけど、平和にPTプレイをしたいなら、PKをするときは名前は隠したほうがいい。まず、第一に――」
「――わぁぁあかっています! アナタのアドバイスは毎回毎回、骨身に染みておりますから! 一々ご忠告して頂かなくても心配は御無用です! 私がPKを仕掛ける相手なんて、アナタくらいなものですから――報復に関してもご心配要りませんッ!」
話の腰を折って、助言を差し込もうとするクリアに対して顔を近づけてから強い口調で少女――ミナは言い放つ。
[うう……すげェ……。本当にすごいですよ……。アニメみたいにお嬢様がお嬢様の格好でお嬢様してるよォ……]
そして、背後で感動しているレットに振り返ってクリアは顔をしかめた。
[ああクソ! 前も後ろも、めんどくさいな全く!]
「アナタの隙間のないアドバイスも結構ですけれど! 私は今日もう一度、改めてアナタに堂々と果し合いを挑ませていただきます!」
そう言ってから軽やかなステップで、クリアと大きく距離を開けてから再び短剣を構えるミナ。
「君のその構えが、短剣のソレじゃないんだが……。どちらかと言えば騎士のレイピアの持ち方だろそれ……。それと、最後にもう一つアドバイスがある」
「まだ、何かありますの!?」
「俺はあまりモンスターの生息域には詳しくないんだが――」
そこまで言ったところで、ミナの背後の岩から這い出た二匹の巨大な蝶のようなモンスターがミナに対して体当たりを仕掛けた。
「――このフィールドは順路から外れると、すぐにモンスターに襲われるみたいだから注意したほうが良いらしいぞ!」
「そのアドバイスこそ、もう少々早く仰ってくださいまし!!――あうっ!」
「――よっと!」
クリアが助け舟を出そうとしたのか、咄嗟にミナに襲い掛かった蝶の一体に向かって、投げナイフを投擲する。
――が、投げたナイフは蝶に突き刺さることなく弾け飛んで、はるか遠くに飛んでいった。
HPゲージから察するに、蝶にはあまりダメージが通っていないようで、そのままクリアに向き直って攻撃をしてくる。
「……蝶の弱点ってどこだったっけか? あ~もう、うっとおしいな!」
クリアが蝶に苦戦している間にミナがもう一匹の蝶から逃れるためにどんどん段丘を下って行き、そのHPがみるみる減っていく。
[流石にこのままではいけませんね。――レットさん! ここは私達が頑張らなければ!]
[う、うん! そうだね。行こう、タナカさん!]
困っている少女を助けるべく、タナカと一緒にレットは顔を見合わせて互いに頷いてから駆け出した。
しかし直後に、レットの視界の先の岩から例の“緑のぼんぼん”が動いていることに気づいた。
(何だ? ワサビさん。岩の裏で一体何をしようとしてるんだろう?)
直後、ミナを追いかけていた蝶の頭上から――――
――――圧倒的な量の光の塊が、その体を包むように円状に降り注いで炸裂した。
視界が真っ白になり地面が激しく揺れ、レットは思わず目を瞑る。
[うわあああああ眩しっ!? 何だこれえええええええええええええ!?]
[こ、これは、一体。もしや……これは……ワサビさんの攻撃魔法ですか!?]
レットが恐る恐る目を開くと蝶は既に、焦げた死骸と成り果てていた。
そして間髪いれずに岩の裏から別の魔法が発動したようで――ぼんやりと優しい光がミナの体を包み込み、その体力が一瞬にして完全に回復する。
「――あら? 何!? 一体、何が起きたのかしら?」
ミナが周囲を見回すと同時に、岩から生えていた“緑のぼんぼん”が引っ込む。
結局、ミナは自分の身に何が起きたのか理解できていなかったようで、困惑した素振りを見せている。
「――――はぁ。いまいち要領を得ませんけど……。色々と出鼻を挫かれてしまいましたわ。今日は、このくらいでお開きにさせていただきます! 次回こそ、鍛え抜かれた私の技術と力と――そして全てを――あなたにぶつけさせていただきますから!」
そう言い捨てて、彼女は最後にクリアが暴投した投げナイフを拾い上げる。
それを“両手で抱える”と、そのままいそいそと走り去って行った。
(――ん? あれ? ――――あれれえ?)
「お~い。レットとタナカさん! こっちを手伝ってくれ! この蝶、飛び回ってなかなか攻撃が当たらないんだよな〜」
「アンタは上級者なんだから、それこそ一人で何とかしろよ!!」
協力して蝶を倒してから、再び三人は段丘を上がる。
その途中、クリアはレットとタナカに対して少女――ミナの事情を話した。
かつて、ポルスカ森林でモンスターに襲われていたところにクリアが颯爽と登場して“わざと見殺しにした挙句、馬で踏みつけた”こと。
男性プレイヤーに貢がれて担がれているのではないかと指摘したら“友人を侮辱された”と怒られたこと。
以降、“何故か”不当な恨みを買って何度も何度も個人的に襲撃を受けていること。
「あの、クリアさん。それは、私としては不当でも何でもないような気がしますが……。最初からきちんと、助けて差し上げるべきだったのでは……」
「まあ……………………俺はそうしない方が良いと思ったってだけさ。それにしても、変わったプレイヤーさんだよ全く……。どうやら後続の定期便で俺を追いかけてきたみたいだけど。こりゃ相当恨まれているな。もしくは何か特別な事情や、別の目的があったのか……」
レットは、クリアの話を聞いてからブツブツと呟きつつ両腕を組んで思案し始める。
(ひょっとしてあの娘――。いや、クリアさんの話が正しければ、“そんなこと”があるわけが……。だけど――あれ、どういうことだ? よくわからなくなってきたぞ?)
「おい、何をブツブツ呟いてるんだよレット? もう、頂上に着いたぞ!」
「なななななな何でもないです! オレの勘違いだと思うんで、多分! ――って、ここが頂上ですか!?」
レットは気がつけば、段丘の最上段に到達していた。
目の前には、次の目的地である【メレム平原】が広がっている。
「いや~。なんやかんや言って、ここに来るまで長かったな。二人とも、後ろを見てみろよ!」
言われるがままに、レットとタナカが振り返る。
ビーチの全景を改めて見たレットは、感嘆した。
煌く星の下。
ビーチ沿いの海の一面が、ターコイズグリーンの色に発光している。
それは、まるで豪華なナイトプールのようだった。
発光していることではっきりと見える潮流。
そこに含まれている大量の巨大な泡の塊が、それを遥か遠くで見ているレットに対して不思議な暖かさを錯覚させる。
「すっ――げぇ……」
「ええ、実に素晴らしいです。夜の時間になると“海底のサンゴが青や緑色に輝く”とゲーム内の文献で読みました。それ故に、あの砂浜は【ターコイズビーチ】と呼ばれているようです」
「丁度空が晴れたんだな。確か、あの緑色は“晴天で月齢が新月の時のみ見れる色”だったと思う。――俺達は運が良い。ここはまさにこのゲームの名スポットだ。フルダイブになると、こうも雰囲気が違うとは思わなかったな……」
そのタイミングで、レットの視界の隅に緑色の“ぼんぼん”が再び映った。
[……クリアさん。そういえばあの蝶、“焦げ焦げ”になっていたんですけど……。もしかして、最初のトンネルのモンスターを全滅させてたプレイヤーって――]
[うん。多分ワサビさんだな……。他の初心者や、俺達を助けるために事前に掃除しておいてくれたんだろう――後で感謝しておくよ]
(…………あの人、本当にプリーストなんだよな?)
ターコイズとエメラルド。
二つの印象深い緑色を、見つめ続けるレットであった。
【ヴォラーシュ段丘というフィールドの特徴】
入り組んだ段丘の地形に適応しやすいようにか(あるいはプレイヤーを逃さないためか)、生息モンスターはコウモリや蝶など飛行できるタイプが多い。
リゾート地としてつい最近認められるようになったターコイズビーチの影響を受けて、アトラクションの一環として頂上からワイヤーが吊るされている。
とあるクエストを終わらせると、持ち運びのできる滑車を取得でき、ワイヤーに使用することで眼下に広がるビーチの景色を楽しみつつ頂上から一気に下ることができるのである。
その他にも、グライダーやウィングスーツなどで高所からビーチに向かって滑空したりできるなど、このフィールドもビーチに負けず劣らずのレジャースポットだったりする。
【急段丘段丘段丘(Acute section mound section mound)】
やたら解放感があるリゾート地“昼用”BGM。
モンスターのトラブルやアクション性の高いアトラクション等、遊びが多いフィールドだからかBGMにも遊びが伺える。
英語翻訳者の苦悩が伺えるBGMでもある。
【LP66-2】(えるぴーだぶるしっくす・つー)
空中を浮遊するシックなデザインの古代兵器型エネミー。
段丘の頂上に登場し、プレイヤーをUFOキャッチャーのように掴んで遥か上空に上昇した後、砂地の真上まで滑るように移動する。
殴らないとモンスターとして名前が表示されず、アトラクションの一環だと勘違いした初心者プレイヤーがそのまま空中で投げ出されて転落死することが多々ある。
一方で上級者プレイヤーは自作のグライダーやウィングスーツを使うことで“滑空”する目的でわざと捕まったりすることも。
初心者にとっては厄介な敵、上級者にとってはアトラクションと在り方が変化する特異なモンスター。
故に、撃破した結果リポップ(再出現)待ちとなりプレイヤートラブルの元になることも少なくない。
「最悪だ! レベル上げのパーティを組んでいたら、初心者達がビーチを見ようとツアーを組んで上から降りてきた! 当たり前のようにモンスターの大群に追いかけられてトンネルが地獄と化した! それで、あまりにも酷すぎてPKプレイヤーが見ていられなくなったのか何故か助けに来ちまって、護衛者連中と戦闘になってる! しかも空から別勢力の初心者外国人プレイヤーが降り注いできてもう手に負えん!」
「もうめちゃくちゃじゃねえか……。解散してレイドでも行くかもう……」
【タイマツァー】
松明を極めし者達。
松明でのみ戦うことを求める生粋の松明使い。
松明は、貧弱だが一応武器として使用することもでき、二刀流のスキルがあれば松明二本での戦闘も可能。
しょうもない武器に価値やロマンを求めるプレイヤーはどのゲームにも存在するようだ。
何故かは知らないがそのほとんどが肌の露出が高くなるようなコーディネートを好む。
割と変態の中でもタイマツァーは有名なので、個のキャラクターとして認められており「タイマツァーのコスプレをするプレイヤー」も存在している。
何がなんだかよくわからない。
そして悲しいことに、無印のサービス開始時から現バージョンまで、武器に松明を装備する利点は特に何も存在していない。
「燃えるロマンで打ち砕け!」
【泡沫の幻(Emerald green)】
ターコイズビーチ&ヴォラーシュ段丘の特定天候下の時のみ流れる夜限定BGM。
両フィールドの昼BGMのはしゃぎっぷりに比べると、うってかわって落ち着く神秘的な曲調。
ぼんやりと輝く緑色の海も相俟って、幻想的な思い出が、訪れたプレイヤーの心に残るだろう。




