第五話 天使と堕天使
ターコイズビーチは、透明な海が広がる岩場に隠れたリゾート地である。
ゲームがリニューアルした直後もあってか、生まれ変わったビーチの桟橋には活気があふれている。
オーメルドへと続く冒険の旅を求める者たち、ルソニフ地方からの新たな仲間たちを迎えに来たプレイヤーたちの群れが、彩り豊かな船々と共に、この美しい海岸線を賑わせていた。
『お待たせいたしました。ターコイズビーチです』
船着き場のNPCが、表情を変えずにそう言ってから定期便のドアを開くと――船内から僅かに海水が流れ出てくる。
「ようこそ! ターコイズビーチへ! 我らがチーム『Fat Rat』へ!」
新しいチームメンバーの到着を待っていた“とある団体”が、満面の笑顔と共に新人の下船を迎え入れようとしたが――肝心の船からは誰も降りてこない。
しばらくの間、彼らは笑顔のまま誰も降りてこない定期便の前で立ち尽す(海水が流れ出た瞬間、何かを察した素振りを見せたメンバーが数人いた)。
突然、船着き場で屯する団体の背後の中空に、イベント用のポータルゲートが大量に――横並びに開いた。
そして、そこから大量のプレイヤーの死体が降り注ぎ、船着き場にプレイヤー達の悲鳴が上がる。
[それでですにゃ――]
その死体の内の一つであるネコニャンがパーティチャットで呟いた。
[――クリアさん。この大事故の落とし前は、どう取るつもりですかにゃ!]
[いやあ、本当に申し訳ないと思ってますよネコニャンさん。……そうですね――ここはどうか“水に流して”いただけると!]
[あ゛あ゛!? 喧嘩売っているんですかにゃ!?]
[皆さん……申し訳ありません。全て、タウントを入れてしまった私の責任です……]
そのタナカの全力の謝罪をフォローする“クリア”。
[気にしないでいいよタナカさん。猫なのに魚に負けるネコニャンさんが圧倒的に全面的に悪い。俺のミスは、タナカさんのタウントを見てなかったとこくらいだからな!]
[そうですにゃ。気にすること無いですにゃ。……全部クリアさんとか言うド畜生野郎のせいですにゃ]
[あれれえ? ネコニャンさんの方が、種族的には畜生じゃ無いですか?]
[あ゛あ゛!? 喧嘩売っているんですかにゃ!?]
(なんというか……。オレ達まるで、魚市場で並んでいるマグロみたいだなあ……)
売り言葉に買い言葉のやり取りをしているクリアに対して、戦闘不能状態のままレットは囁く。
「〔あのォ……クリアさん。オレ達目立っちゃいけないと思うんですけど、この後どうするんですか? オレ、リスポーン地点オーメルドなんですけど……。あんだけしみじみと旅立っておいて――何事も無かったようにまた戻るの絶ッ対嫌ですよ!〕」
「〔乗船者が全滅するのは良くあることだから大事にはならないさ。全滅の保険もちゃんとある! チームのチャットで助けを呼んでおいたんだ。ほら、もう来たぞ!〕」
レットの耳に、魔法の詠唱音と周辺のプレイヤー達の声が聞こえてきた。
「蘇生ありがとうございました~」
「どういたしましてー」
「ありがとです!」
「冒険がんばってくださいー」
それから間もなくしてレットの視界が眩い光に包まれる。どうやら、パーティメンバーごと“まとめて”蘇生魔法をかけられたらしい。
レットが蘇生を受け入れると、その体に力が漲り浮遊するように起き上がった。
「大丈夫ですかー?」
ヒューマンの女性キャラクターが心配そうな表情でレットに話しかけてくる。
その肌色はやや白く、顔立ちはやや幼く目の色はブルー。
その髪色はエメラルドグリーンで、頭の両側でまとめ上げられた髪は大きく膨らんでいて、その形状はミントアイスを連想させるような“お団子ヘアー”。
清潔さと純粋さと淑やかさを感じさせるような白色基調の法衣を纏っており、薄い布のラインは彼女の立体的な姿を控えめに強調しているが、肌の露出はほとんどない。
右手には欠けている月を模したような杖、左手には祈りを捧げる天使の横顔が描かれた白い盾を装備していた。
ヒューマンの女性は、次々と倒れていたパーティメンバーに蘇生魔法をかけていく。
「うぃ~……助かりましたにゃ……。“いつもご迷惑をおかけします”にゃ……」
蘇生しながら放たれたネコニャンの言葉に、レットは少しだけ驚いた。
(え? この人ってもしかして……チームの人? もしかして、クリアさんが呼んでくれたのか?)
そうして最後に女性は、クリアに向けて蘇生魔法を使おうとしたが――
「あれ……? なんか……クリアさんだけ蘇生魔法が入らない、みたいです~」
クリアだけが地面に転がったまま、光に包まれず、微動だにしない。
直後に――
「――おっと。すっかり忘れていた」
――蘇生したクリアが、何事もなかったかのように地面の砂を払って笑みを浮かべた。
「到着して誰からも蘇生を貰えなかったら悲惨だからな。万が一のために、『“戦闘不能時に自動蘇生するアイテム”を事前にこっそり使っていた』ってわけだな!」
「ちょっと待ってくださいよォ!? トラブルの元凶はクリアさんなのに、なんでこっそり自分だけ確実に助かる準備してるんですか!? “助けを呼んでくれてありがとう”って――一瞬でも思った自分がバカみたいじゃないですかァ!」
クリアはレットのそのツッコミを一切拾わず、何事も無かったように話を先に進めた。
「レットには紹介したくなかったんだけど。とにかく、新人二人に紹介するよ――プリースト専門のHonwasabiさんだ。自分の昔からのフレンドで皆には“ワサビさん”と呼ばれている。我らがチームの癒やしで、天使だ。――以上、紹介終わりッ!」
そのクリアの雑な紹介を聞いて、ワサビの頭部から――
「Σ」
――という本人の台詞つきのプレイヤーエモートが飛び出た。
「ご丁寧に蘇生をしていただいて、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。私、タナカマコトと申します」
「よろしくお願いしますー。ほんわさびですー。ワサビと呼んでくださいー」
「あ、えと! ……オレはレットです。よろしくお願いします。蘇生、ありがとうございました!」
「いえいえ。お気にならさないでくださいー」
二人の自己紹介を受けてからワサビは丁寧に会釈すると、残っている他のプレイヤーを蘇生するためにいそいそとその場から離れていく。
(あれ? なんだろう……。クリアさんの古くからの知り合いにしては不気味なくらい普通というか……髪型と髪色が特徴的なくらいでかなり“まともそうな人”だぞ?)
[クリアさんの知り合いってことは――あの人も、どこか変なんですよね?]
こっそりとパーティチャットで“裏会話”を始めるレット。
[レットさん。ほんま失礼すぎませんかにゃ? クリアさんの知り合いが全員変なわけじゃないですにゃ……。自分とか、まともですにゃ!]
[ネコニャンさんはまあ、ともかく……。ワサビさんはゲームじゃかなりまともな人だよ。正直、あんまり悪く言いたくないくらい“いい人”なんだけど。強いて言えば――ゲームのプレイ時間が凄いくらいかな?]
[ふむ……。“ゲームのプレイ時間”……ですか。しかし、ネコニャンさんもかなりのヘビーゲーマーである――と、お話を聞いていましたが……]
話を振られたネコニャンの顔が、そこで引き攣った。
[――ぶっちゃけ自分から見てもかなりの廃人なんですにゃ。“廃人を超えた廃神”かもしれませんにゃ。自分がゲームやっている時は100%ゲーム内にいますにゃ……。PVPは嫌いだからやらないらしいけど、PVEならチームの中で“一番強い人”ですにゃ……]
それを聞いたレットは驚いて、遠目でワサビを見つめる。
和やかな笑顔で蘇生魔法を“配る”その姿は正しく天使のように見える。
見えるが――
(――あれれ? なんか怖くなってきたぞ……)
[ク……クリアさん。ちなみにあの人――現実じゃどんな人なんです?]
[レット。世の中にはな――“わからないからこその魅力”というものもあるものさ……]
そう言ってからクリアはレットから視線を逸らす。
レットは要領を得ない回答を受けて、顔をしかめた。
[ワサビさんは結構、謎の多い人なんですにゃ。これまでも謎だったし、これからも多分ず~~~~っと謎ですにゃ。普通はゲームで自分の個人情報なんて開けっ広げにしないから、そういった意味でも“まともな人”で、“皆の癒やしで天使”なのも事実なんですにゃ。有名人で例えるなら、髪を切る前の“おーどりー・へっぷばーん”みたいな感じですかにゃ?]
[ああ、成る程。実にわかりやすい例えです]
「〔……クリアさん。それって誰なんです? 芸能人か何かです?〕」
「〔いや、さっぱりわからん。俺はテレビなんて見ないから最近の芸能人には疎いんだよ……〕」
ネコニャン達の世代差を感じる例えに、レットは困惑しクリアは首を傾げた。
「――そこの麗しき御人。宜しければ……この花束と共に、私のフレンド申請を……受けていただけないでしょうか!?」
蘇生を受けた長身の男性エルフに、突然ワサビが呼び止められる。
[うわ~お。ワサビさん、感謝のついでにナンパされてませんか⁉︎]
[いや、ナンパなんてもんじゃないぞレット。あれは前々から付きまとわれているパターンだな……]
[………………………………どちらかというと、難破しそうになったのは自分たちですにゃ]
[な――――――――――成る程。確かにそうですね……]
「あの……ごめんなさいー。他のプレイヤーさんからは、基本的に何も受け取らないようにしているのでー」
「なあっ――――――!! ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そのワサビの言葉を聞いてエルフの男性はよっぽど堪えたのか、鎧を着たまま海に飛び込んで――その場から居なくなってしまった。
「Σ」
[――はい。というわけで、俺が止めに入るまでも無く“撃沈”! あんな感じで、ワサビさんは基本的に他の人からプレゼントは一切受け取らない主義だから――アイテムを貢ぎたくなっても、貢ごうとするなよレット!]
[――貢ぎませんよ!!]
そこで全てのプレイヤー達の蘇生を終えたワサビが、再びレット達に再び近づいてきた。
「ワサビさん。申し訳ない。わざわざ最高位の蘇生魔法をかけてもらう為だけに呼び出してしまって……」
クリアが実に申し訳なさそうにワサビに頭を下げる。
(最高位の蘇生魔法……か)
その言葉に興味を持ったレットは自分自身のキャラクター情報を確認する。
付与されたデスペナルティの持続時間が通常の蘇生魔法を受けた時と比べて短く、失った経験値も非常に少なかった。
(なるほど……ちゃんと意味があるんだなあ)
「気にしないでくださいー。寝ちゃう前に時間が余って、ちょこっと暇になってしまっただけなのでー」
「“寝ちゃう前に”ですかにゃ……気がつけばけったいな時間ですにゃ……。今日はもう、自分は所持品の整理整頓してからログアウトしますにゃ……。格好つけようとして無茶な戦闘して、どっと疲れましたにゃ……」
そう言ってパーティから離脱して、とぼとぼと一人猫背で船着き場から出て行くネコニャン。
履いている長靴から、海水がボタボタと溢れて地面に足跡が残る。
(この人はいつも、哀愁漂うなあ…………)
「来てすぐなのですけど、私も今日はもう寝ますねー。おやすみですー」
「わざわざありがとうワサビさん。そろそろ俺もログアウトしないとな……。レットとタナカさんはどうするんだ?」
「オレは、もうちょっとだけビーチを見回ってから寝ます」
「私も、そうさせていただきます。何分、初めて来る場所なもので、興味がありますから」
「オッケー。だけど――レットは騒ぎを起こすなよ? ここら周辺はパッシブエリアだからPKの心配は無いけど、目立つようなことはしないようにな!」
「いやいやいやいや。クリアさんが言えたことじゃないでしょそれェ……」
自由解散の流れとなったところで――
「あ、クリアさんクリアさん」
――その場を離れようとしていたワサビが、ぱたぱたとクリアの元に戻って来た。
「えと、明日はどのくらいのお時間にログインされるご予定なのです?」
ワサビの質問を受けて、クリアは思案するような素振りを見せる。
「明日は……レットとタナカさん。何時くらいがいい?」
「オレは、ええと。明日は休みだから朝の8時くらいからログインできますよ!」
「私は、本当に何時でも大丈夫です」
「じゃあ――8時か……うーん……早いな……。じゃあ、ワサビさん。俺達8時くらいにログインするよ」
「そうなんですかー。わかりましたー」
にっこりと微笑んで、今度こそワサビは船着き場から出て行った。
[クリアさん。どういうことなんです? 明日、あのワサビさんが一緒についてきてくれるってことですか?]
[いや、そういうワケじゃ無いと思うんだけど……。まあ、明日になれば分かるさ。俺はもう寝る! 昼寝をたたき起こされて水をぶっかけられたから、眠気がもう限界だ!]
[自業自得じゃ無いですか!]
[それもそうだな! ワハハハハハ!]
そう笑って、クリアはその場でログアウトした。
残されたタナカとレットは、船着き場を出る。
二人の眼前には、NPCの出店が並んでいた。
「それでは……そうですね。レットさん。最初に、ここら周辺の地図を購入するというのはどうでしょうか? 何事も、まずは情報収集からということで」
「そうだね。アイテムとしての地図は共有できても渡したりできないみたいだから、二人で別々に買っておこうか」
タナカのアドバイスを聞き入れて、取り扱っている店からなけなしのゴールドで“ビーチの地図”を購入するレット。
ところが――その地図にはまっさらな砂浜が描かれているだけであった。
「…………なんだこの地図」
そう言ってから実際のビーチの全景を見つめるレット。
眼前に広がるビーチの背後には、巨大な岩礁がいくつもそびえ立っており、入り組んだ岩場が天然のトンネルを幾つも作っている。
その遙か彼方には緑に覆われた段丘が見えた。
「成る程。あの岩場の手前が、ここ“ターコイズビーチ”ということですか……しかし、だからと言ってこの地図は流石に……。まるでここが冒険する場所ではないと主張されているかのような……」
(肩の力を抜けってことなのかな? それにしてもいい加減すぎるだろコレ……)
「え、えーっと。とにかく明日はあの岩礁地帯を抜けて、あの段差状の斜面から上がっていく感じかな?」
「そのようですね。しかし、岩礁地帯の手前には複雑そうなトンネルがありますし……今日は、このビーチを探索してお開きにしたほうが良さそうですね」
リスポーンの設定をしてから、目立たないようにこっそりと砂浜の端に降り立つレットとタナカ。
そこには多くのプレイヤーが屯しており、水着を着用して思い思いに海水浴を楽しんでいる。
砂浜から海に出てみようと一歩踏み出すレットであったが――
(ベージュのフードを被った今の格好じゃ、目立ちすぎるかな……)
――と思いとどまった。
「――あら? もしかして――あなたレット少年!? お久しぶりじゃない?」
レットが真横を見つめると、そこに居たのは巨大なパラソルの下、“スクール水着のような物”を身につけてビーチテーブルの白い椅子に座っている――三頭身のフェアリーの女性キャラクター、ケッコであった。
「あ……ケッコさん! こんなところで何をやっているんです?」
「私もチームの権限の関係で、リーダーの復帰に伴って【スミシィフ地方】に戻ってきたのよ。最も、それだけが理由じゃないんだけど」
そう言いながら、ケッコは海産物たっぷりの冷やし中華のような料理を食べている。
その上には、かつてネコニャンがフォルゲンスで釣り上げていたジェリーフィッシュが乗っかっていた。
そのケッコに『座りなさいな♪』――と促されてレットは不審な格好のまま対面の椅子に座った。
「そういえば、今日は羽を生やしていないんですね」
「折りたたんで体の中にしまえるようになってるのよ。割と“危ない”のが好きなのね少年♪」
椅子に座ったまま思い出したように黒い堕天使の羽を生やして、セクシーポーズを取るケッコ。
(確かに色々な意味で危ないけど、なんかフェアリーって幼児体型でお腹が出てるからぴっちりした格好だと“お中元のハム”みたいなんだよな。中の人もハムみたいな体型してそうだしお似合いなのかも……)
「それで、少年は確か新人さんとハイダニア王国を目指しているんだったかしら――チームチャットで聞いたわよ?」
「はい。そうです。タナカさんと一緒にチームに入らせて貰う為に遠路はるばるやってきまして――タナカさん?」
いつの間にか、タナカは寝そべっていたエルフの美男美女カップルに何かを聞き込みしているようであった。
しかし、“ケパトゥルスだ!”と言う声と共に砂をかけられ、頭を守るようにこちらに逃げてくる。
「タナカさん……何をやってたのさ?」
「あ、いえ。すみません。私事です。お気になさらないでください」
「ふぅ~ん。あなたがもう一人の新人のタナカさんね。チームメンバーのケッコよ。よろしくね~。――ナンパしたいなら諦めた方が良いわよ? 外部のカップル募集の掲示板でも種族の指定で“ケパトゥルスお断り”って言葉はもうテンプレだもの」
(ひっでえ扱いだなオイ!)
ケッコの指摘を受けて慌てて否定するタナカ。
「な……ナンパなど。そのような軟派な行為はいたしません……。それと、あの……私、このような珍妙な見た目で……その……つまりケパトゥルス族なのですが――」
「あのカップルとは違って、私はあなたの種族なんて気になんかしないわよ。私達のチーム自体がマイノリティー集団なんだし、私自身が危険な存在なんだもの、色んな意味で――ね? ケッコちゃんの器の大きさの前では、“リニューアルしてリアルな見た目になったケパ”なんて、霞む霞む!」
そう言って冷やし中華のようなものを平らげるケッコ。
そして、間髪入れずに懐から器に乗った高級そうな氷菓子を取り出して食べ始める。
(ケッコさんがデカいのって、器じゃ無くて“中身”だと思うんだけどなあ……)
「あのォ――ケッコさん。ひょっとして今お腹減ってるんです?」
「そうなのよ! 久しぶりのお休みで、さっきログインする直前に現実世界でラーメン大盛り3つだけ頼んだら、なんだか逆にお腹減っちゃってねえ! やっぱり中途半端に食べると、逆に胃が活性化しちゃうのかしら?」
「いやいやいやいやいやいや。おかしいです、おかしいですってそれェ! 食べ過ぎですって! 死にますよマジで!」
「私にとってはラーメン三杯なんて朝飯前の前菜みたいなもんなんだから、全然足りてないわよ! ルソニフ地方の料理は食べ尽くしたんだけど、魚料理以外もう不味くて不味くて本当にしんどかったわ。他に地方に出かけても、こうしてすぐご飯の美味しいこっちの地方に戻って来ちゃうのよね〜。ハイダニア王国の郷土料理万歳ってところね!」
氷菓子をがっつくケッコの前で、レットは考え込む。
(なるほど。ケッコさんの『この地方に戻ってきた他の理由』ってそれなのか……。良かったぁ。フォルゲンス共和国の料理と違って、ハイダニアの料理はちゃんと美味いんだな)
「し……しかし、現実世界であまり食べすぎると――流石にお体に障るのではないでしょうか? このままではその……美味しくない病院食を食べることになるというか――最終的に、何も食べれない体になってしまいそうな気がするのですが……」
「そうならないように、こうやって空腹分をアスフォーの中で補給して自重してるの。そのおかげで私、10キロ痩せれたわけだから――フルダイブリニューアル様々よね~」
「な……成る程。凄い自重の仕方が、あったものですね……」
「そりゃそうよ。私、自重130キロだもの!」
(その返し方はおかしいだろ……)
ケッコの開き直った自虐を受けて、呆れ返るレットであった。
【この日レットが到着した、ターコイズビーチというフィールドの特徴】
特産品はターコイズウォーターメロン。
要するに“スイカ”であり、種までチョコのような食感でサクサク食べれてとても甘い為、ゲーム内の純粋な嗜好品としての価値が高い。
このフィールドではプレイヤーコンテンツの一環として素潜りや“ウォーターメロン割り”ができる。
このフィールドはデートスポットとしてもうってつけで、時間帯問わずゲーム内でいちゃつくカップルのプレイヤーがいたり、ナンパ行為等も非常に多かった為、無印の頃から“アスフォーの出会い系フィールド”と揶揄されている。
【ずっと欲しかった色(Turquoise blue)】
OstVol.1世界に収録。
楽器演奏の明るいテンポのBGM。
英名と和名で曲名の意味が違う曲でもある。
【プレイヤー達の“お食事事情”】
アスフォーNWのリニューアル直後に、コミュニティボードで最も多かったフォルゲンス所属のプレイヤーの要望は“世界観を無視しても良いから、ルソニフ地方発祥の料理を美味しくして欲しい”というものであった。
開発者の回答は『このプレイヤーの反応は予想の範囲内で変更の予定はない』という残酷なものであり、素材が劣悪であっても美味しく他国発祥の料理を作れる『高位の料理スキルを持ったプレイヤー』が重宝される結果となった。
元々、料理という合成分野そのものが薄利多売になりがちで纏まったゴールドを稼ぐのに時間が掛かるので、ルソニフ地方は料理のスキルを持っているプレイヤーにとっての理想郷であるとも言える。
そして、ゴールド稼ぎのために自らの足で美味しい料理をインベントリーに入れるだけ入れて船旅による輸出輸入を繰り返す通称“バイヤー”も多々存在する。
ちなみに本作のキャラクターの味覚の基準は“中の人”に準拠しているため、『個性的なフォルゲンスの料理の方が美味くて美味くて仕方が無い』――という、熱狂的なプレイヤーがたまにいる。
――――色々と注意が必要である。
「リーダーとして紹介しよう――新メンバーのKaoruちゃんだ! 特技は料理らしい! チームに入るにあたって、わざわざ全員分の料理を作ってきてくれたみたいでな!」
「よろしくお願いします! フォルゲンスのお料理が大好きで、合成の手順を踏まずに自力でオリジナリティに作るのが大好きですっ!」
「「「リーダー、今まで長い間…………お世話になりました!」」」
【外部掲示板】
コミュニティボードとは別の非公式掲示板のこと。
ニュースなどで取り沙汰される場合には『某大手掲示板』と表現されることも。
一応、ほぼアスフォーの専用のトピックスが存在しており、様々な用途で使用されている。
フルダイブのVRゲームにはゲームを遊びながら掲示板に張り付く“ながら文化”というものが存在していないため書き込みが一番多いのは朝の通勤通学時間と、夕方の帰宅時間。
とはいえ決して軽視できるものでは無く、全サーバーのプレイヤーが見ている関係で攻略情報の出回る速度はとても早い。
キャラクターの晒し行為などは当たり前のように行われているが、それ以上の余りにも“過激な内容”のスレッドは隔離されている。
「やあ、そこのニヤついてるメガネさん。……あなたちょっと次の駅で降りてもらっていいですか?」
「(で……でけえ!)な……何なんですかアンタ……。俺は……ただゲームの掲示板に書き込んでいただけで……」
「そこに晒されているのは、俺のキャラクターなんですよ」
【スミシィフ地方の天気予報】
『本日のターコイズビーチは、晴れ。ただし“通り雨”の可能性があるため雨具をお持ちください。また、近々ハイダニア周辺は例年通りの長期的な雨季に入る予定です』




