第三話 いきなり、初めての死
そして、翌日。
「ちょっと早すぎたかなあ......」
昨日出会ったクリアにゲームの遊び方を教えてもらうために、19時頃に噴水の前で待ち合わせをしていたレットであったが、実際に彼がエールゲルムの世界に降り立ったのは18時頃であった。
刺激的で魅力的な新世界が体を開けているこの状況下、ゲームにログインしないで自室で我慢するという選択肢は、今の少年には無かった。
(まだ時間はあるし、ちょっと国の中を冒険してみようかな!)
かくしてプレイ二日目にしてレットは、当てもなくフォルゲンスの大国を彷徨うことを決心する。
レットがまず最初に向かったのは共和国東で開かれている商店や露店だったが、しかし彼はこれに近づくことができなかった。
商店にいるNPC――プレイヤーが操作していないキャラクターが、独特のやり取りをプレイヤーと行っており、気後れしてしまったのである。
未知の空間で他者に主導権を取られてしまっているとそこに介入するのは今のレットには難しく、現実世界で例えるなら“未開の地で、中の見えない個人経営の定食屋に一人で入る”ような妙な気まずさがあった。
そして何より、彼の手元にはこのゲーム世界の貨幣であるゴールドがほとんど全く無かった。
そこで次に彼が何をしようと決意したか――
(よーし......セクシーな装備着ている人を探そう!)
――『ひたすら欲望に忠実になる』ということであった。
しかし、この少年の野望は割と直ぐ簡単に呆気なく打ち砕かれることとなる。
フォルゲンス共和国は基本的に冒険者の始まりの地の一つであり、視界に映るのは多種多様な種族の初心者達である。
レット含め、彼らが着ているのは各々にとっての初期装備、種族ごとに定められた一般的な装束なのだが――これが全くもって性的な格好では無かった。
(うーん。皆地味な装備してるんだよなあ。どうしようかな......)
煩悩を総動員して、地の果てまで探してみようかとレットが思案し始めたその時――
「「チーム『聖十字騎士団』メンバー募集中! 社会人も学生も! 初心者さんなら大歓迎! 我々は確固たる意思を持ってゲームに挑んでいます。詳しくは――」」
――共和国の一区画全域に届く大きな声。
宮殿の近くで、白銀の鎧を身に纏い。いかにも騎士然とした格好の金髪の人間族の男が、何らかの募集をまるで演説をするかのように行っていた。
レットは募集をかけているその男の格好を見つめる。
騎士の白銀は誉れの象徴。正義の代行者であるような厳かな格好はレットにとって理想的に、魅力的に映った。
「そこの君、どうだい? 我々のチームに入らないか?」
じっと見つめていたレットの様子に気付いたのか。男はレットに向かって話しかけてきた。
「初心者さんみたいだし、一応説明しておくと。チームっていうのは、様々な目的下で集うプレイヤー同士のコミュニティのことなんだけど――」
チームの説明をしている男の前で、すでにレットは妄想の世界に浸っていた。
(聖十字騎士団っていうチーム名、かっこいいな! 『聖十字、暗黒の晴天の騎士ダークレッド』って名乗るのも、良いかも! これを好機と言わずしてなんと呼ぶ!)
そう思いレットは男の誘いに乗ろうとした、が――
「――おいおい! そこのそいつ昨日大声で叫んでいた“アレ”だろ? やめとけよ」
――別のプレイヤーが二人の間に割り込んできた。
「えっ......あっ――そうか、すみません。何でもありませんでした。それでは、失礼します!」
突然、白銀の男はよそよそしい態度になり、その場を離れて行ってしまう。
「「ああ! ちょっちょっちょっと待ってください」」
大声でレットが制止したが、これが全くの逆効果。男達は駆け足でその場を離れていく。
レットは慌てて彼らを追いかけようと駆け出す。
――しかし、結局見失ってしまった上に道に迷ってしまった。
(おいおい、ここ何処だよ――なんだあれ?)
共和国を外のフィールドと分け隔てている大壁の近くに、中空で円形のオブジェクトが立てられており、そこに色水で出来た膜のようなものが貼られていた。
それは、まるで巨大なフラフープに貼られたシャボン液のようであった。
レットはその真横に、説明のためか――古く頑丈そうな鉄製の立て看板が立っていることに気づく。
そこに書かれていた文字はレットにとって見慣れない異国のものであったが、近づくと同時に小さなウィンドウが表示されて、翻訳された内容を読むことができた。
「ええと、何々。『フォルゲンス共和国東、イントシュア帝国が親切に最果てまで【ポータルゲート】を設置。イントシュア帝国の強い希望で和平の象徴としてここに刻む事とする。GL.E 362年』」
「おや、こんな所に人が来るとは珍しい。そのポータルゲートを使えば国の中や近隣の地の指定された他のゲートにワープ出来るってわけだ。目的地を選んでから飛び込んでくれよ?」
声をかけられて、レットは慌てて振り返る。そこに立っていたのは中年男性のNPCだった。
なるほど、実にわかりやすい説明をしてくれる物だとレットは感心する。
「へえええええ......こうやって教えてくれるのかあ。えっと、初心者向けのフィールドってどこなのかわかるか――いや、わかります? なんてね、答えてくれるわけが――」
「――ああ、それならこの国に隣接する【ポルスカ森林の北部】に向かうといい。丁度いい強さのモンスターが一杯居るはずだぞ」
自分の説明にNPCが丁寧に答えてくれたことにレットは驚いた。
「凄いな、これが最新型の人工知能ってやつなのか!? そんじゃお言葉に甘えて――」
クリアとの約束の時間までまだ少し間がある。
国を巡るのは後にして、レットはこの国の中の外に出てみたいと思った。
少年の心の中には未開の地への憧れがあった。
彼の中では、現実の世界というものは全ての国や土地が明らかにされていて開拓の余地の全く無い物であった。
それに相反するように、この世界の中のことを自分は何も知らず、その全てが新しい体験となっている。
外に出ることで“何かが起きる”という期待感があった。
そして早いところ、レベルを上げて自分の望む装備を身につけたいとも思っていた。
ポータルゲートのウィンドウが開かれ、レットは転送先を決定する。
目指す目的地は共和国の隣接エリア、ポルスカ森林の北部である。
レットがゲートに飛び込んだ直後、NPCの男が悲しそうな表情をしながら呟いた。
「――はぁ......良い冒険の旅を......」
――ポルスカ森林。
ポルスカ森林は、フォルゲンス共和国に隣接する、鬱蒼とした森林地帯である。
霧の中で木々の葉は緑色に光を放ち、その光は森全体に幽玄な雰囲気を漂わせている。
自然の息吹と静寂が混ざり合い、この場所がただの森でなく、何か不思議な力に満ちているかのような感覚をプレイヤーに与えるという。
かくして、このポルスカ森林北部に降り立ったレットは――――同時に、この世界の中で初めて命を落とした。
「え――は? なん――」
視界がはっきりすると同時に、その目に映るもの全てが茶色、茶色、茶色だらけ。
見えるのは自分の体だけで、その体が乱暴に引っかかれてズタズタにされていることに気づく。そこに全くと言って良いほど痛みが無かったのでそれが逆に違和感だった。
茶色い視界がぐるぐると回り、そのまま自分の体に力が入らずレットは地面に倒れ込む。
「(え? 何だ? しゃべれている感じはするのに声が出てない!)」
レットはすでに自分の意思で話すことはできなかった。
獣たちに踏みつけられて、口から空気の出る音が鳴るだけである。
倒れたままのレットの視界に見たことの無い茶色の、蠢く“足”が何本も映った。
(なんじゃあこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
レットはようやく自分が巻き込まれた状況を理解する。
大量の獣達が転送先のゲートの周辺に、ひしめき合うように集まっていたのであった。
戦闘不能になったレットは首を動かすことすらままならず、周囲の状況を詳しく見ることすら叶わない。
その耳には“近くで誰かが獣と争っている音”だけが聞こえてくる。
「きゃっ! 何なのこれ? 戦争!?」
不意に女性の声が聞こえた。
「いけない! あんな所に人が倒れてるじゃない! えっと――なんとかして近づいて............これで、蘇生できるかしら?」
突然、レットの体に力が漲る。
光と共に不可思議な力が働き、その体が自然と起き上がった。
「やったっ! 助かった! おお、話せる!」
――とはいえ依然としてレットの居る場所は茶色い獣団子のど真ん中。
レットはもみくちゃにされながらもなんとか“獣団子”の外に出ようとする。
(団子の外側には全員おんなじ格好をしているプレイヤーがいるけど......NPCかな?)
そのさらに外側に、レットを助けてくれたプレイヤーがいた。
レットと同じ種族でありながら、外見年齢は僅かに年上のその女性キャラクターは、少年が憧れるファンタジーの魔法使いを思わせるような丈の短い、水色の縁取りがされた白いチュニックを身に纏っていた。
チュニックは彼女の健康的な体型を自然に包み込み、その豊かなシルエットが彼女の魅力的な立ち姿を形作っており、腰の後ろには小さなポーチが添えられている。
チュニックの下から彼女の活発な動きを支えるショートパンツが見え隠れしており、実用性とファッションを兼ね備えた茶色のロングブーツを履いている。
頭のフード部分は脱がれ、露わになっている水色のミドルヘアは彼女の明るく開放的な性格を表しているようで、白い肌と相まって、どこかしら神秘的でありながらも、不思議と親しみやすい雰囲気を放っていた。
煩悩にまみれたレットの目が、少女の可愛らしさに釘付けになる。
「待っててね。今、回復してあげるから!」
少女は起き上がって間もないレットに、回復の魔法を詠唱しようしていた。
レットの中にあった邪な煩悩が瞬く間に胡散する。
(いけないいけない! 自分を助けようと頑張ってくれている人に、怪しい視線を向けている場合じゃ――)
そこで、獣達が一斉にその爪を振り回した。
そのままあっさり二人はなぎ倒され、レットは再び戦闘不能になってしまう。
(――やべえ......今度は助けてくれようとした人を巻き添えにしちゃった......。どうすればいいんだろうこれ......このままじゃいつまで経っても動けないじゃないか!)
獣達の足の隙間から団子の外側が伺える。
先程助けてくれた“彼女”が自分と同じように倒れている。
(諦めちゃ駄目だ! ここで女の子一人救えないような奴に! 一体何が出来るって言うんだ!? これがアニメなら、間違いなくここは”覚醒するシーン“だ! 動け!! オレの体アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
――それでもやっぱり、どこからどこまで行ってもこれはゲーム。
動かない物はどうやっても動かない。
「グワッ!」
「オゲッエエエ!」
「キエエエエエエエエエ!!」
倒れているレットの耳に、凄まじい断末魔と共にプレイヤーが倒れる音がいくつも聞こえてくる。
(他の冒険者達だ......自分と同じように他の場所からワープしてきたんだ!)
「おいおいおいおい、レット〜! 本当に外に出てしまったのか? ニヤリ――なんてね!」
少し遠くから聞き覚えのある――クリアの声が聞こえてきた。
レットは自分が幸運であると感じた。この状況下で、まさに地獄に仏である。
(クリアさん! お願いだからこの状況をなんとかしてくださ〜い! 聞こえてないか......)
「――あー、だめだなこれは。自分も昨日で蘇生アイテムは全て使い切ってしまったし、フォルゲンス共和国に一度リスポーン――つまり、“キャラクターごとに設定されている特定の場所に戻って”ゲームを再開すれば良い。念じるだけで戻れるから、心配は要らないよ。レベルが著しく低い初心者は、死んでも何のペナルティもないから」
聞こえてきたクリアの助言に従ったのだろうか?
水色の髪の少女は、倒れ込んだ姿勢のままレットの視界から光に包まれて消滅した。
(うえー格好悪い......オレェ......情けないとけど、戻らないでずっとここにいるわけにもいかないよな......)
レットは目を瞑って強く念じた。
(”戻りたい〜帰りたい〜“......これで、いいのかな?)
同時に、レットの体が光に包まれる。
――そうして再び、フォルゲンス共和国東。
無事にゲーム開始地点に戻ってくることができたレットはその場で周囲を見回す。
「ああ......そっか......クリアさんはまだ外にいるのかな」
「――いや、もう戻ってきたよ」
「うわっ!」
二重の意味で驚くレット。
一つ目は唐突にクリアが現れたことに対して。
二つ目はその全身が赤黒いペンキのような液体に塗れていたということに対してである。
「あ、いや失礼。ちょっと狩りの用事があってね。これはリアルじゃないけど、全部返り血なんだ。今洗い流すから」
クリアはポケットから何かを取り出し頭上にばらまく。
あっという間にその体にこびりついていた“血糊”が消滅した。
「クリアさん......急に現れてびっくりしましたよ」
クリアの格好は昨日の上半身半裸の姿とは違って、軽装の皮装備だった。
暗めの様々な色――赤、緑、青、黄色――等が不規則に組み合わさったふざけているかのような色合いをしていたが、それに反してクリアの装備品自体は緻密なディテールをしている。
軽装とはいえ何の皮を使っているのか、やたら頑丈そうに見える革製のコートは細部に至るまで丁寧に作り込まれた装飾が施されていて、袖や襟元には繊細な飾り縫いがある。
多数のポケットやツールを収納するためのスペースが設けられており、腰には様々な小道具が収納されているポシェット。ベルトには、狩りのためのナイフや小さな袋などがぶら下がっている。
手を守りつつある程度緻密な動きをするためなのか、付けている黒い薄手のグローブの関節部分には穴が空いていた。
ファンタジーの世界に根差しながらも、どこかしら洗練された現実的な要素を持ち合わせているような。一言で表すなら“必要最低限のことは何でもできる”――そんな格好だった。
(この装備、割とカッコいいかもなぁ......)
そう思ったレットであったが、彼の求める理想の格好では無かったのでそこまで食いつくようなことはしなかった。
少年の好みは“様々な装飾が付いた派手な金属製の鎧”若しくは“全身黒ずくめの軽装”だった。
「驚くも何も、よく見てみなよ。さっきレットが倒れていた場所、すぐそこなんだぜ?」
クリアはレットの後方を指さした。
大壁の中に小さな門――先程の森林に繋がる門がすぐそこにあった。
「あ......あー酷い遠回りをしたのかオレ......」
「国の中を散歩していたってわけか。まあ、良いんじゃないか? 遠回り、自分は好きだけどな。ハハハハ」
「何はともあれ、ありがとうございました」
「いいよ、俺のことは気にしなくて。本当に何もしていないし」
「自分を助けようとしてくれた彼女にも一言お礼が言いたかったんですけど......」
「彼女って言うのは、あそこで一緒に倒れていたあの女の子のことか......名前は、非表示の設定になっていたからわからなかったけど」
「へぇ〜。このゲームって、名前を非表示にできるんですね」
「理由はプレイヤーによって様々だけどな。後ろめたい過去を持っていて、自らの素性を探られたくないプレイヤーとか......”名前のスペルを間違えてしまったプレイヤー”とかな!」
クリアはレットの頭上を見つめて、軽く笑って見せる。
(っていうか、クリアさんがすぐに戻って来れたってことは――)
「――これってつまり、“国を出て直ぐの場所にあんなモンスターの大群がいた”ってことですよね!?」
「それが、このゲームの常識みたいなもんだ!」
「ぶっ飛びすぎでしょ! NPCに騙されて、街の外に出たらいきなりぶっ殺されるなんて、もう無茶苦茶じゃないですか!!!!」
「仕方ないだろう。このゲームのNPCはあ――......ある程度世界観に沿ったことまでしか言えないんだから。あれは一部のプレイヤーの仕業だな」
「えぇ? プレイヤーの仕業ってどういうことです? あそこには自分とあの女の子以外、他に誰も居ませんでしたよ?」
「ポータルゲート周辺はNPCの衛兵がいる。彼らはタフだけどモンスターと同じ場所でだらだら戦闘するだけで敵を倒すまでに時間がかかるんだよ。だから、ああやって嫌がらせ目的で国の出入り口にわざと大量のモンスターを連れてきて足止めさせるプレイヤーがいたりするわけだ」
『で、例えばお前みたいな初心者プレイヤーが――』
そう言いながら、クリアがレットを指差す。
「――ゲートを通ったり、国の出入り門を無警戒に駆け抜けてあそこにやってくる。そのまま戦闘中のモンスターの攻撃に巻き込まれて死ぬ。それの繰り返しだ。よりにもよって獣が無駄に強くて範囲攻撃を繰り返すから悲劇が悲劇を呼ぶんだ。生半可な知識で蘇生させようとすると、蘇生しようと近づいた人も巻き添えで“皆死ぬ”。めでたしめでたし!」
「全然めでたくないですよォ……。“完全に嫌がらせ”だし。初心者はあのゲートを使えないじゃないですか……」
「だから“デスゲート”って呼ばれてる。外がどうなってるかわからないときは、ゲートは使わないのが基本だ」
(デスゲートって、ネーミングセンス直球すぎるだろ……)
「見てみろよ。あの大壁、国をぐるりと囲んでるだろ? 実はな、あの城壁には“梯子”がかかってるんだ。城門が詰まってたら、あそこを登って様子を見るのが冒険者の常識ってわけさ」
レットはクリアが指さす先を目で追った。確かに、城壁の一部にかかる梯子が小さく見える。
「へぇ……あんなところから外の様子を確認するんですね」
「そう。面倒だけど、ここじゃそれが“冒険”なんだよ。このゲームの制作者は“古き良きMMO”に強い思い入れがあるらしい。『不便さや理不尽』がゲームの魅力になっていた時代だ」
「えぇ……そんな時代があったんですか……?」
「昔はそうだったらしいぞ? どこへ行っても死と隣り合わせ。NPCは平気で嘘をつくし、ゲーム内で集まる情報だけじゃゲームを全然攻略できなくて、プレイヤー同士で協力し合わないとやっていけないような破茶滅茶な時代があったんだと」
「なんだか……現実の冒険みたいでワクワクするようなしないような……初心者にはハードル高すぎません? 心折れますよ」
「まぁな。きっと、今がフルダイブVRゲームの黎明期だからこそ許されることで。だからこそ、こんな仕様をあえて残していたりするんだろうな」
クリアがそう言ってから、レットの背中を軽く叩く。
「“多少の不便や理不尽さは、プレイヤー同士の絆を深める良いスパイスになる”。今日の出来事も――きっといつかいい思い出になるさ!」
「あのォ......クリアさん......さっきからやたら詳しいんですけど。もしかして、あなたも嫌がらせ目的で“アレ”をやったことあるんすか?」
二人の間に、僅かに沈黙が走る。
「いやいやいやいや! 初心者狩りなんて〜。そ〜んなこと、このゲームで俺がやるわけないじゃあないか! ダッハッハッハッハッハ!」
疑惑の視線を向けるレットに対して、クリアはどこか白々しさを感じさせる笑い声を上げて見せる。
後にレットは知ることになるが、この嫌がらせは実行時以外は自分の姿をほとんど見られないという理由も相まってか犯人の特定は困難であり、発生頻度が非常に多い物だった。
バレなければ、人はどんな悪事でも平気で行ってしまう物なのだろうか――と、後日レットは軽い人間不信に陥ることとなる。
「それと一応、救いなのがあのモンスターは国の“討伐対象”になっているということだな。レベルの高いプレイヤーがまとめて倒してくれることが割とあるから、その後に通り抜ければいい。慈善でやる奴もいたりするが......ま、そんなことは『腹黒いお人好し』共にやらせておけばいいのさ。連中もさぞ満足だろうよ」
「腹黒いお人好し......ですか?」
クリアは周囲を軽く見回した。
「あ、いや――何でも無い。気にするな。それと、他にも“解決手段”はあるぞ」
「――なんですか?」
首を傾げるレットに対して、クリアはニヤリと笑ってみせる。
「“強くなって、あのモンスターどもを全部一人で叩きのめす”だ。――それじゃあ、外に出て“レベルを上げる職業を決めようか!”」
そのクリアの言葉を受けて、レットは俄然やる気を出した。
(これだよ、これ! こういう展開を待っていたんだ! 修行して、オレは最強になってみせる!)
【デスゲート】
“出たら死ぬポータルゲート”のことをこのように呼ぶ。
ちなみに街や冒険の拠点の出入り口などにモンスターを意図的に保有し集める行為はMPK(※モンスタープレイヤーキル。モンスターを利用した他者の殺害行為)の対象となり普通のゲームならば間違いなく利用規約に違反するものである。
しかし、このゲームでは何とプレイヤーの自治行為に任せてしまっている状態である。
フィールドが切り替わった瞬間に自キャラが死ぬのはMMOの華なのであろうか?
「冒険への長いトンネルを抜けると地獄であつた」
【いい加減さが大事】
この時代のオンラインゲームは①プレイヤーの遊びそのものを厳格に管理して、②プレイヤー層の住み分けを行った上で、③極力複雑なトラブルが起きない作品が主流となっている。
しかし本作は、通常のVR技術、ひいてはフルダイブVR技術の黎明期が訪れていることを逆手にとった(悪い言い方をすると集客力頼りの)ゲーム作りをしており、それこそが本作の特徴であると開発者が公式で語っている。
実際にこのような攻撃的な発言を行ったわけではないが、開発者のインタビューを要約すると以下のような文章になる。
『我々はシステムで管理されつくした安全な遊園地のようなゲームを作るつもりも無く、定期的にプレイヤーに配給食エサを配るディストピアのようなゲームも作りたくない。行き過ぎた管理を行っている単純で応用の効かないゲームはプレイヤーにリアルな体験と鮮明な思い出を提供しない。故に、我々はこのゲームシステムを作る上で“意図的にいい加減さが発生するような穴を作っている”。そういったいい加減さは我々開発者が調整の塩梅を間違えなければ、後のプレイヤー達への貴重な思い出話の一つになるからだ』
尚、当のプレイヤー諸氏からは『きっちりとゲームバランスの調整が出来なかった時用の言い訳』にしか聞こえないという辛辣な批判もあるようだ。
実際、本作はかつてのMMO時代の黎明期を再起させるかのような珍妙な事件が多発している。
ひょっとすると、このゲームの製作者は遥か昔の“懐かしのオンラインゲーム”に何らかの思い入れがあるのかもしれない。
「『時間のない社会人の皆さんに遊んでもらえる為のシンプルなゲーム作り』? 必要ない。そんなものは熱中できる魅力的な世界を提供できない開発者のただの言い訳だ。大人になって、ゲームを遊ぶ時間が無くなっていうのはただの嘘っぱちだと僕は思っている。本当に面白いゲームを作ることが出来ればね。会社を辞めても学校を中退してでも人はゲームに熱中する物なんです」
(『それはプレイヤーの実生活に影響が出るのでは?』というインタビューアーの質問がここで投げかけられる)
「いや、大丈夫ですよ。滅多なことでは人は死なないから。むしろ思い出ってものは人生に於いて最も大事な物で、現実世界で明日に繋がる良い活力になると僕は思ってる。僕がゲームの開発を始めたのも、それが理由だからね」
【チームの自動解散】
このゲームに限った話ではなく、オンラインゲームにおいてチーム単位で活動するプレイヤーは非常に多い。
本作では『アクティブなプレイヤーが一定人数以下に達した少人数のチームは自動で解散してしまう』という独特のシステムが採用されている。
このシステムは、ゲーム外に設置されているコミュニティボード(プレイヤーの議論用の掲示板)では賛否両論である。
では何故、このようなシステムがゲームに実装されているのか?
それはオンラインゲームにおいて“チームの数が増えすぎる”と、“新しいプレイヤー同士の交流の妨げ”になってしまうからである。
例えば、ゲーム内に3~5人程度の少人数チームが多数できてしまった場合。
これはVRMMOの中期から末期において頻繁に起こりうるシチュエーションである。
このような場合でも、ほとんどのチームは解散しない。
チームを脱退し他のチームに移るプレイヤーより、“そのままチームに残ってしまうプレイヤー”の方が圧倒的多数なのである。
こうなるとそのプレイヤーにとっての“世界”はその3~5人だけの世界となってしまい、プレイヤー同士の新しい出会いが発生する機会は減っていく。
今作を販売、運営しているゲーム会社としては、プレイヤー同士のコミュニケーションの機会を減らす状況は作りたくない。そのような状況を打破するために『自動解散機能』を実装したという経緯があった。
もしも、チーム同士をそのまま合併できるようなシステムを構築してしまった場合、“新チームにリーダーが二人存在する”ということとなり、チームごとの管理権限で人間関係上でのトラブルが後を絶たなくなってしまう。
結果的にチームの自動解散機能という物は運営にとって、『たった一つの冴えないやり方』なのであった。
「そっか……無くなっちゃうんですね。このチーム」
【この日レットが冒険したポルスカ森林の解説と、クエストに関する情報】
遙か昔、戦乱の頃は用途が非常に多く不適切な環境でも育つポルッカコーンの栽培が小作人達によって行われていたが、国は反対する小作人達を様々な方法で黙らせ出自不明の樹木を植えることに決定。どのような意図があったのか――莫大な利権が絡んでいたのか――それを知るものは誰も居ない。
植えてしまった木の繁殖力は予想以上に強く土地の栄養と日光を無慈悲にも奪い続けた。これが原因でポルッカコーンの畑はついに全滅してしまい、多くの小作人達がその仕事を失うこととなる。
今ここに残されているのは鬱蒼と生い茂る森林だけである。
いずれにせよ、最適な環境とはとても言えた物では無く、手に入る収穫物もお世辞にも美味とは言えない。
フォルゲンスの悲惨すぎる食文化の一端を担ってしまっている――というのが現状である。
そして、エリアを代表する危険なモンスターがこの日レットをなぎ倒した『悍ましい獣』達である。
初心者がこのモンスターに襲われ倒されてしまう一方で、フォルゲンス共和国は正体不明の獣を討伐するように冒険者達に依頼を出しているが、プレイヤーが攻撃すると討伐する前に、何かを思い出したかのように逃げ出してしまう。(この獣たちは金策、即ちお金稼ぎが目的の鍛え抜かれたプレイヤー達によって片っ端から追い払われることもしばしば)
『森に迷い込んだ少女が獣達に襲われ、無残な姿で見つかった』――という話を、落ち込んでいる少女の弟から聞くことで、フォルゲンス共和国のメインクエスト、すなわち国ごとに設定されているメインストーリーが始まり、クリアすることでこの獣の出自や真相が明らかになるようになっている。