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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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プロローグ “監視者達”

挿絵(By みてみん)










 アスフォーNWというゲームには一般のプレイヤーが立ち入ることのできない特殊なエリアがいくつか存在している。


その一つがエリア345、プレイヤーの間では『監獄』と呼ばれている。

地下深くに広がる巨大なドーム状の空間の壁面にそれぞれ牢獄が設置されている。

そして、その中央には、監視員が移動しながら周囲を見渡せるように、螺旋状に巡る階段が配置されていた。




とはいえ、監視者たるゲームマスターのキャラクターは宙に浮くことができる上に操作キャラクターの位置情報を直接動かすことができる為、階段自体が無用の賜物。


懲罰を受けているプレイヤー達も、脱獄できる可能性はシステム上ゼロであり、ゲームを遊ぶことができない“見せしめの罰”を受けている状態では、ログアウトしている場合がほとんど。

要するに、監視する者も監視される者も普段はここには存在していなかった。


しかし、この日は珍しいことに地下へ続く螺旋階段をわざわざ足を使って下りていく人影が二つあった。

片方のキャラクターは女性で、もう片方は男性だった。


「〔珍しいこともあるものですね。シュニンが貴方が自ら、牢獄に赴こうとするとは〕」


「〔GM(ゲームマスター)の一人として、部下の業務の監査をするのも俺の仕事のうちだ。それに、他にやることがあったわけでも無いし。うちの部署のメンバーは全員が完璧にプレイヤーのトラブルを対処してくれているみたいだしね〕」


「〔……完璧に、ですか〕」


「〔ああ、そうだとも。現場はあまり見ないけど、皆の仕事は間違いなく完璧さ。何か異論でも?〕」


「〔…………いえ〕」


その二人のゲームマスターの装備品はゲーム全体の世界観を尊重しつつも、どこか物々しく機械的なデザインだった。

深い青と薄い金色で飾られた重厚な甲冑を装備していて、頭部を覆う兜は顔の全てを隠している。

全体的に周囲に落ち着きと権力を印象付けるデザインとなっており、彼らがこの仮想世界の秩序を保つ存在であることが伺えた。


「〔ところでロクゴーくん。“彼”は今ログインしているかい?〕」


先頭を歩く“シュニン”と呼ばれた男性キャラのGMの問いかけに対して、背後を歩くロクゴーという奇妙な名前の女性キャラのGMは淡々と事実だけを伝えた。


「〔しているからこそ、収監されている牢屋にこうして歩いて向かっているわけです。可能ならば、直接自キャラクターの座標をそちらに移動してしまいたいのですが〕」


「〔そう言いなさるな。俺も結構暇でね。良いじゃないか、彼の解放の時刻まで、まだ時間はあるし、二人でゆっくり話しながら歩いてもさ。――それにしても、対象がログインしてるとゲームの中で通知を宣告する必要があるから面倒だよねえ〕」


「〔全くです。できれば事後報告の場合と同じように、プレイヤーメッセージで“アカウント停止解除”の通知を送っていただければと思うのですが……〕」


「〔それに関しては“気が向いたら”上に報告しよう。――ところで最近どうだい? 何か悩みごととか無い?〕」


「〔“彼”以外には…………特にありません〕」


そう言ってロクゴーはシュニンからそっぽを向く。


「〔あ~……そう、ご愁傷様。すまないけど君以外の人間が応対すると対応した他の担当者曰く“彼”はすごく面倒臭いらしいんだよ。だから君が担当みたいになってるわけなんだが、全く、下心丸出しだよねえ。厭らしい男だよ。――――ところで――〕」


シュニンが急に足を止めてロクゴーに対して振り返る。


「〔ロクゴーくん、今日時間空いてるかな? “よかったらこの後、食事とかどう?”〕」


「〔……いえ……申し訳ありませんが、遠慮させていただきます〕」


「〔それは残念〕」


そう言って再びシュニンが歩き始める。


「〔何か理由があるのなら、是非とも教えていただきたいのだけれど〕」


「〔“訳あって”仕事が山積みになっています〕」


――“訳あって”、そう強調してからロクゴーは前を歩くシュニンの背中をヘルムの中から睨みつけた。


「〔君は、お堅いんだから。いいじゃないか、君だけだぜ? プレイヤー同士の問題が起きたら、率先して頭を突っ込みたがるGMなんて。冷徹ながら、別に間違った対応をしているわけじゃないから俺も認めてるけどさ。部下の君の判断で勝手に動かれても困るっちゃ困る。だからさ、埋め合わせとして“食事”しようよ。いいバーを知ってるんだよ。本社のビルの近くにある〕」


「〔すみませんが、最近起きているゲーム内のユーザー間の問題をもう一度しっかりまとめておきたいので――また、別の機会にお願いします〕」


「〔そうかい? でもそんなもんは――〕」


誘いを断られて尚もシュニンは食い下がろうとしていたが、ロクゴーが突然足を止めた為、二人の話はそこで中断となった。

螺旋階段から、壁面に配置された牢の中をロクゴ―が見つめる。


「………………時間、やな」


その牢屋の中から、恐ろしく野太い声が響いた。


牢屋の最奥に拘束され座っていたのは、高身長で筋肉隆々のヒューマンの男性だった。

装備品は下半身を覆う白いパンツ以外、何もつけていない。

肌の色はやや薄めで、白髪。瞳に色はついておらず、眼球ごと真っ白。

対照的に、目の周りを取り囲むように深い色の隈がついており、真っ白な口ひげがびっしり生えてためか、その男の表情はロクゴーには読み取れなかった。


「はい。本日の21:06分をもちまして、剥奪されていたあなたのキャラクターにゲームプレイの権限を復旧させて頂きます。今後は同じようなことを繰り返されないよう、よろしくお願いいたします」


ロクゴーが決まり切った台詞を一字一句、間違えの無いように牢の中の男に伝える。


「〔それにしてもロクゴーくんさあ、何をどうしたら自分の分身である自キャラの見た目を、こんな風に弄っちゃうんだろうねぇ? 本当に気持ちが悪い。後、一週間くらいぶち込んでいたくならないかい?〕」


「〔……お言葉ですがシュニン。どのような見た目のプレイヤーでも、規約の内容に即して公平に処罰をするのが我々の仕事だと考えます〕」


そう答えてから、ロクゴーはGMの権限で拘束されていた男の体を自由にする。


「あなたのキャラクター操作の拘束を解除させていただきました。これからあなたのキャラクターを、処罰を受ける直前のフィールドまで転送させていただきます」


ロクゴーのその言葉と同時に鉄格子が上がり、牢屋が開かれる。


本来、男がそこから徒歩で牢屋の外に出る必要は無い。

これは解放を意味する、一種の演出のような物だった。


しかし突然、自由を得た男は立ち上がった。


男は牢から歩いて出るや否や、外に立っていたロクゴーの尻を流れるような手つきで触った。

それと同時に、男の座標が牢の中に戻され、鉄格子が再び落下する。


「お気をつけくださぁい? そのような行為はしないでください。規約違反ですのでえ」


シュニンがねっとりとしたトーンの敬語で、牢の中の男に話し掛ける。


「……そか? こんなん。規約の違反でも、何でもないやろ」


「〔……シュニン。彼はフザけているわけではなく“我々を試しています”。彼の言う通り、ゲームマスターはプレイヤーではありません。故に、ハラスメントは適用されません。加えて――厳密には彼の手は透過しています。私は触られていません。その対応はGMとして論外です〕」


「〔相変わらず硬いことばっかり言うねえ。単にムカつかないか? この男はここに閉じ込められるの一体何回目なんだ。いい加減、わからせてやった方が良いんじゃない?〕」


「〔他のGMが同じような目にあって、それが不快であるというのなら協議の必要はあると思います。しかし、いずれにせよ私個人は全く気にしていません〕」


「〔何言っているのさ。協議するつもりなんて、あるわけないよ。こんなもんは俺の気分の問題さ。気分気分〕」


シュニンの言葉に返事をせず。ロクゴーは男の座標を干渉前の状態に戻す。


「え~……失礼いたしましたあ。何分普段から、ゲーム内の治安に目を光らせている物でしてえ」


牢屋から出た男に、“丁寧な口調”でシュニンが男に対して軽く謝罪した。


「そか。……俺が捕まるのは別にええが、もっとやばい奴らを平然と野放しにしとるのは。納得できんな」


「〔……オメー以上にヤバいヤツが、このゲームにいてたまるかってんだよ!〕」


そう内心で“囁いて”、首に手を当てて軽くならすシュニン。


「〔………………………………〕」


ロクゴーは黙したまま、何かを考え込むように目線を地面に落とす。


こうして、男は処罰を受け終えて、エールゲルムに転送される。

牢屋からその体が消える直前――まるでロクゴーの内心を見透かしたかのように男がゆっくりと呟いた。











「――やれやれや。俺より、悪い奴なんか。“この世界にいくらでもおるやろ”」

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