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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第一章 “英雄”との出会い
33/151

第三十二話 迷い子(Alice)

 それから暫く経って、全てが終わって。


ここは、あの(ひと)の――アインザームにとっての始まりの場所。


オレはクリアさんと一緒に、森を抜けた先にある高台に来ている。

そこから、ポルスカの巨大な滝を眺めることができた。


時間帯は昼で、天気は雲が少しだけ入り混じっている普通の青空。

周囲には、オレ達以外のプレイヤーは誰もいなかった。


「“終わるんだってさ。聖十字騎士団”」


胡座をかいて座っている状態のまま、新聞紙を開いていたクリアさんがポツリと呟いた。


「……やっぱり。そうですか。随分、あっさり解散しちゃうんですね…………」


「事が公になる前に、あっさりだ。あいつの後釜になれるような能力の高い人間が他にいなかったんだと。全員が普段から、自分の最低限の役割しかこなしていなくて、主体性無く流されて、お互いがお互いに着いてくるだけのアインザーム有りきの烏合の衆だったってことだ。奴が敗北して不敗伝説は崩れて、しかも団長が悪名高いPKプレイヤーだったって事で騎士団に対する批判は未だに止まらない――食うか?」


そう言って、クリアさんが串焼きのようなものを投げる。

地面に落っことしそうになりながらも、オレはそれを両手で受け止めた。


「そして“聖十字騎士団”から被害を受けたプレイヤー達の告発も止まらなくなってる。どうやら、団長以上に、メンバーの方が“悪さ”をしてたみたいだな――」


その後、クリアさんから詳しい事情を聞いてオレは驚いた。

告発された内容はアインザームが行った悪事とは比べものにならないほど酷いものだった。

あのチームのメンバーは初心者プレイヤーに対して言葉の暴力を、チームではなく個人の利益の為に、ずーっと裏で平然と行っていたらしい。


「――それで、ゲーム内外でも叩かれまくって権威失墜した結果のチーム解散なんだと」


「そんな酷いことをしていただなんて……どうして、今まで隠し通せていたんでしょう?」


「このゲームではフザけた仕様があってな、『通報は被害を受けたプレイヤーが行わないと受理されない』んだ。だから、知識も頼れるフレンドもいない哀れな初心者プレイヤーは、今までは泣き寝入りで終わっていた。しかし、今回の事件が起きたことで、それが初めて表沙汰になったというわけさ。最終的に被害者達の“ゲーム内通報”にまで発展して、加害者達のほとんどが“処罰”されたらしい」


そこでクリアさんは新聞から顔を出して、オレの顔をじっと見つめた。



「――“お前もある意味で被害者だった”ってことさ。あのチームが裏で行っていた悪事のうちの一つ。MPK――フォルゲンス周辺のポータルゲートにモンスターを“設置”していたのは、まさかの聖十字騎士団のメンバーだったってわけだ」


クリアさんの言葉に、オレは一瞬自分の耳を疑った。

つまり、ゲームを初めて二日目。

国の外に転送された瞬間にモンスターに倒された時点で、“既にオレはこの事件に巻き込まれていた”のだ。


「お前が初めてフォルゲンス共和国の外に出たあの日も、連中は同じことをやっていたんだろうな。そうすることで、打ちのめされた初心者達を勧誘。――もしくは、自作自演でモンスターを蹴散らして恩を売って、メンバーを増やしていたというわけさ」


そこでオレは、あのチームでオレを勧誘した――洞門でオレをじっと見つめてみた銀色の装備をつけた騎士を思い出した。


(ひょっとすると、あの人もそういうことをやっていたのかな……)


「そういうことをエゲツないことをやっている連中がいるということは俺も知っていたが、まさかそれが聖十字騎士団とまでは思っていなかった。で――どうだレット、全てが終わった気分は? 少なくともフォルゲンス共和国周辺は、前より平和になりそうだよな」


「そうかもしれませんけど。オレは――なんか、悲しいです。まさか、チームのメンバーがそこまで悪い連中だったなんて。チームのリーダーが救われないっていうか……素直にあの人(アインザーム)を憎めなくなっちゃったっていうか……」


そう言ってからオレは串焼きモドキを口に入れたけど――すぐに吐き出してしまった。


「不味いですね…………コレ」


「当たり前だろ。フォルゲンス産だぞ」


『――ひょっとして美味いと思っていたのか?』と言わんばかりの表情で、クリアさんは意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「――とにかく。あのアインザームは、俺みたいなただの屑とは違ったんだと思う。能力もあったし、意気込みも立派だった。現実が冷たくてうんざりしていて、でも自分の理想を諦められなくて、流れ着いた仮想世界で一人で必死に足掻き続けて……」


そう言ってから、クリアさんは立ち上がって目の前の大きな滝を見つめる。


「でも、周囲の人間は誰もあの男を理解してやろうとしなかった。アインザームを持ち上げていたメンバー達は、体の良い“寄生先”として聖十字騎士団に所属していただけだったのだろう。本当の意味であの男を慕っていた人間など、誰一人いなかったのかもしれない」


その言葉を聞いて、あの人と洞門で出会った時のことを――オレはふと思い返した。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「あ、その。――すまない。珍しいと思ってね……。この私の自己紹介を聞くと私を知らない者には笑われて、知っている者には愛想笑いをされるのが常……なのだが……」


「へ? 何で笑う必要があるんです? “正義の体現者”! 格好いいじゃないですか。というか、実際に正義のヒーローですよ! だってオレのこと、助けてくれたじゃないですか?」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




(あの時――あの人、とっても嬉しそうに笑ってたな。あの人は最初から最後まで、ずっと“孤独”だったのかも……)


「不幸中の幸いなのは、あの男がメンバーの悪事までは知らないままこの世界から去れたということだけだな。あのチームのメンバーはあの男にとって肩を並べる仲間ではなかったのかも知れないけど。しかし、あの男にとっては最後まで“守るべき人々”だったんだろうよ」


オレは、自分の今の気持ちを素直にクリアさんに伝えた。


「……オレの中で――オレの憧れが潰れたような気がしました。やっぱり……現実はうまくいかないんだなって――」


心が折れてしまったオレを見て、かける言葉が見つからなかったのか。

クリアさんは黙って懐から新品の羊皮紙を取り出す。

その羊皮紙には、小さな紙が数枚付箋のように貼りつけられているはずだ。


どうしてそれがわかるのかというと、“その羊皮紙に何が書かれているのか、既にオレは知っていた”からだった。









『――Clear・AllとDaaku・Rettoへ。お前らには感謝しているよ。おかげさまで途轍もないスクープを掴むことが出来た。まず、何から伝えるべきか……。


騒ぎが大きくなって、聖十字騎士団の連中が情報誌社のかなり上層に食い込んでいた事が判明して、汚れた真実を洗い出すことに成功した――って所からにしよう。連中は自分達のチームにとって不都合な情報を記事に載る前にことごとく握りつぶしていたんだ。これも、おそらくアインザームの預かり知らぬところで行われていたことだ。


――話を聞けば聞くほど、哀れな男だ。


聖十字に癒着していた記者連中はまとめてクビになり、局長は今度の記事に俺のスクープと、謝罪文を掲載する羽目になった。


 俺とミズテン(俺の横にいた馬鹿っぽいネコだ)《馬鹿とは何よぉ!》は見事に職を取り戻して今は大忙し。

 それで、まあ俺も鬼じゃない。解散した騎士団のメンバーを個人的に取材していなくなった件の少女“アリス”の話をまとめてみたんだ。


ここから先は俺の“記事”だ。

読者はたった二人――もしかすると一人になるかもしれない。


 俺がこの文書をレットではなく、クリア――お前宛てにしたのには理由がある。

まず、お前が読んでアイツに見せるか判断してやれ。

お前がアイツの“お守り”として優秀かどうかっていうのはこの際関係ない。これは正直に言うと“逃げ”なんだ。

情けないと自覚はしている。

だけどこの話は俺には余りにも荷が重すぎるから、責任転嫁させてもらうぜ。

――悪いか?

 

まず彼女(アリス)が居場所を失った原因が何処にあったのか。

彼女自身にあるとすれば、『初心者だったがチームのやり方に従わなかった』ってことか。

――といってもメンバーと喧嘩したり、口論をしたというほどの物では無かったらしい。


チームメンバーの手伝いを断ってチュートリアルを受けずに一人で何でもこなせてしまっていたというだけの話だ。

要するに意志が強くて、優秀で、少しだけ、ほんの少しだけ周囲に合わせていなかったという程度の物。


俺的には本来、チームというものはそのくらい自由であるべきだと思うんだが――聖十字騎士団はその程度の事すら容認できる空気じゃなかったらしい。

当時、あのチームの中は煌びやかな外見とは裏腹に、人間関係のドロドロと無言の圧力でもう地獄だったそうだ。


彼女がそんな事を知る由も無い。

大人数のチームの中で物怖じせずに普通に混じって楽しそうに会話していた。

最初はそれで良かった。実際、彼女はチームの中で一種の清涼剤になっていたらしい。

そしてチームメンバーの“一部の男性陣”から瞬く間に気に入られた。



これが本当に良くなかった。



聖十字の古株の女性陣から恨みを買ってしまった。

彼女は何もわからぬままそこから次第に孤独になっていった。

元々一人で活動していた彼女はチームにいながら、名実ともに一人になった。

それでも彼女は全くめげない。無視されようとも明るく振る舞っていた。


アインザームはそんな彼女を滅法気にかけていたらしい。理由は不明だ。仮面を被っていた奴の事だ……下心があったのか気まぐれだったのか、そこは想像にお任せする。



そして、これがさらに良くなかった。



チームの中で祭り上げられていた団長と仲が良いと言うこともあってか――男性プレイヤーすら彼女に『チーム内の不和の原因』であると苦言を呈し始めた。

馬鹿馬鹿しい話だが、それで彼女はさらに孤立を深めていった。


で……だ――ここからが直接的な原因なんだと思う。


アリス(Alice)というのはある意味で、彼女の偽名だ。

このゲームで名前を変えるのは容易ではないが課金さえすれば不可能ではない。


彼女がチームで活動していた頃の、かつてのキャラクター名は××××××× ××××××という。

わかるだろう? このキャラクター名は――実名に近いんだ。


もちろん、これだけで全てが分かってしまうというほど、隙だらけでは無かったがな。

それを知ってか知らずか警告をして、名前の非表示を勧めて、『課金した上での改名』を彼女に提案したのも――アインザームだったらしい。


だけど遅すぎたし、何よりもアインザームは自分のチームメイトが底なしの邪悪だったってことを理解していなかった。

彼女は仲の良いメンバーに裏切られて、上手いこと現実の話を引っ張り出されてしまった。

仲良く話していたメンバーは突如彼女に牙を剥いて、その情報を周囲に流し始めた。


そこから実名が割れて、チーム内であっという間に流出したんだ。

連中は彼女の実名を使って彼女の個人情報を更に、執拗に洗い出し始めた。


ネットで彼女の“本当の名前”を入力して情報を混ぜて検索をかけてみると、そこでようやく分かってしまう事実がある。

 



 彼女には年の近い弟がいた。

勉学の成績も低くて吃音が酷くて、根暗な性格だったからか――学校では虐められており、両親にもあまり愛されていなかったようだ。

だけど彼女だけは違った。

あの娘は弟にとっての親代わりだった。

彼女が弟を庇っていじめを無くそうと一人で様々な行動を起こした。

結果的に、彼女は多くの敵を作ってしまったが、決してめげなかった。

――“彼女”は。


ここであの娘を責めるのは余りにも酷だと思う。

独りじゃ、どうにもならなかったんだ。

結果的に、イジメの標的にされていた弟に更にしわ寄せが行った。

学校、両親、教師。

それが当たり前のように誰も――何もしなかった。

弟を取り巻く環境が改善される前にその心がぶっ壊れた。











今時、よくある話だ。

山ん中での、首吊り自殺だったらしい。




学校はイジメの事実を認めないまま終わった。

親も騒ぎ立てなかったから、大事にはならなかった。

メディアは“優しいお姉さん”を取り扱ったが直ぐに撤退した。


両親の涙が無いとセンセーショナルに取り上げることが出来ずに世間の受けが良くないからなんだろうよ。(それが理解できてしまう自分に苛立ったよ。マジでな)


そして、彼女に対する執拗な特定によってこの情報が漏れてしまった。

――よりにもよって『VRMMOのプレイヤー』にだ。


ある日、連中は仲良くしたいという名目で一人ぼっちの少女(アリス)を呼び出した。

何の準備もせず、幸せそうにやって来た彼女に、連中はついにやってはいけないことをした。










彼女を取り囲んで『弟を間接的に追い詰めて自殺に追い立てた殺人者』だと集団で罵ったんだ。









 これでもかなりオブラートな表現だ。

実際に彼女を取り囲んで何を言ったのか――そこまでは調べが付かなかった。事実を知ったミズテンがその場で泣き出して、仕事にならなかったせいでもある。感情のコントロールを失敗して情報を聞きそびれるなんて全く――プロ失格だぜ。《こんな事書いて私のせいにしてるけどぉ。オロチも珍しく取材対象に激昂してたのよぉ》


いきなり心に言葉のナイフを突き刺された彼女は、そのタイミングで何も知らないアインザームの手によって、メンバーの意向でチームから追い出されてしまった。

ここからは推測だが、彼女がゲームを始めた原因も弟の自殺が関わっていたんじゃ無いかと思う。

要するに彼女は――“現実世界”に絶望して、最後に縋っていた“仮想世界”の中ですら『現実世界と全く同じように裏切られてしまった』んだ。



 俺は恐ろしいよ。

この私刑が“何となくで行われた”って事が恐ろしい。

おそらく、加害者連中は誰も何も悪びれてはいないだろう。

何よりもこういう事をやるプレイヤー達が、普段何食わぬ顔で歓談しているこの世界が、現実と何も変わりはしないのだと――改めて思った。


さっき、読者は二人だと言った。俺は全く、それで良いと思っている。

いくら俺でも公にしてはいけない情報があるのだと、今回は勉強になった。


 そうだ。認めるよ。

俺は確かに焦っていて、何も知らないレットに対して意地悪だった。

真実に固執した結果、気がついたら……俺が大嫌いな――現実のメディアと、似たようなことをやっちまってた。


贖罪にはならないだろうけど、彼女の“本当の名前”と“彼女を取り囲んだ連中”の名前を手紙に添えさせてもらった。


俺にできることはこのくらいだ。

この情報をどう使うのかは全部お前に任せる。


本当に無責任だろ? 笑ってくれよ。


…………だけど、約束はしよう。


俺の口は堅く、エールゲルムは広い。

この話は俺が死ぬまで、誰にも話さないと誓うよ。

そしてもう、アンタらに付きまとうことも、会うことも無いだろう。


ミズテンの奴が俺を五月蠅く呼ぶのでここで筆を置いて、あいつにこの手紙の投函を任せることにする【オロチより】


《クリアさん。レット君を慰めてあげて頂戴ねぇ~……。彼とはどこかでまた、ばったり会える気がするわぁ~。【ミズテンめぅ】》


ああ、そうだ。それとオロチより最後に追伸――』





クリアさんが手紙を再び読み直して、手紙の内容を思い出して俯いているオレをじっと見つめてくる。


「……これを初めて読んだ後、お前を抑えるのに苦労したよな」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「どうしてですか! 何で貰ったプレイヤーのリストを“燃やしてしまった”んですか!」


「それを見て――お前はどうするつもりなんだ?」


「正直、何回でもゲームの中で殺してやりたいです。あの娘の――アリスの敵だって叫びながらゲームを遊べなくなるまで嫌がらせしてやりたいですよ!! それでも……それでも足りないくらいだッ!」


オレは完全に怒っていた。怒っていただけじゃない。

多分、いろんな感情が混ざっていたんだと思う。


「レット。“それだけは絶対にやるな”。この一件で既に彼女は学校名まで割れている。この世には――金を払えばどんなことだってやる奴がいる。恨みを買って彼女の私生活まで暴かれてみろ! お前のせいで彼女をさらに追い詰めることになるかもしれないんだぞ!」


クリアさんの指摘を受けて、オレは言葉に詰まった。


「――それは……。そんなことって……」


「ああ――これはあくまで可能性だよ。でも少なくとも、この世界に“倒すべき敵”なんていないんだ。相手を殺したところで終わりなんてものは無い。だから、“復讐”をしちゃ駄目なんだよ。必ず破滅する。そこまでやるか? と思うかもしれないがやり返してくる奴がいるかもしれないのが――MMOだ」


「あの娘の本名まで俺に隠す必要は無いじゃないですか! オレ調べたんです! ……でも、似たような事件ばっかりで――どれがどれだか何もわからなくて……」


“似たような事件ばかり”。

オレの言葉を受けて、クリアさんは気の滅入りそうな表情をしてみせる。




そこから、オレとクリアさんは更に口論になった。

だけど――クリアさんは絶対に譲ってくれなかった。


「これ以上、お前を巻き込むわけにはいかない。この話はお前の手に負えないんだ。正直に言うよ。レット、今のお前じゃ役者不足だ。鬱陶しいだろうし、余計なお世話と思うかもしれないが、彼女のことはもうそっとしておくべきだと俺は思う」


オレは、悔しかった。

あの娘のために、何もしてあげられないことが――とても虚しくて――悔しかった。


「納得がいかないのは当たり前だ。じっとしていられない気持ちもよく分かる。でもな。“復讐の為だけにゲームを続けるっていうのはな――辛いことなんだぞ”」









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「本当に嫌になる。“どこもかしこも”嫌なことばかりだ」


クリアさんがポツリと呟く。





『“どこもかしこも”』

それは、現実世界と、仮想世界の両方を指しているのかもしれない。


現実でいじめられて命を絶った少年。

そして、ゲームの世界でいじめられてこの世界を去ったアリス。


『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』


かつて、クリアさんに投げかけられた言葉が――オレの頭の中で自然と思い返された。


「レット…………おっかしいよな。全く。何でなんだろうな? 昔から、この世界はずっとそうなんだ。俺みたいなネジ曲がった人間がいつまでたってもだらだらのさぼっててさ。純粋で真っ直ぐな人間ばかりいなくなってしまうんだ…………」


クリアさんはまるで昔を思い返すように。

目に着けたゴーグルを片手で抑えてから、天を仰いだ。


オレは気まずくなって、振り返って目の前の滝を見つめていたけれど。

沈黙に耐えきれなくなって、思っていた言葉を思わず零してしまった。










「アリス――戻って来てくれないかな……」


直後にクリアさんと目が合う。

その名前を口にしたことで辛くなってしまって、オレは耐えきれずにすぐにまた視線を逸らした。


「何となくだけどオレ、今になってわかったんです……。あの娘……いつの間にかオレに“弟を重ねていた”んだって――オレ自身のことなんてきっと全く見てくれてなんていなかったんだって。オレ、色んな意味で浮かれてただけだったんです……」


(思い返してみても……本当にオレ、馬鹿みたいだった)


「……………………レット」


「でも……そんなことはオレの問題だし……今はもう、ただ戻ってきて欲しいんです……。また一緒に――アリスと冒険がしたい……………」


自分の言葉が、段々咽び泣きみたいになってしまって、そこで途切れてしまった。


「……お前の気持ちもわかるけどな。辛い思いをしたから、彼女はこの世界からいなくなったんだ」


クリアさんの言っていることは、よくわかっている。

わかっているんだ……。

“またあの娘とがしたい”だなんて――ただのオレのワガママなんだって。






彼女はきっと、戻ってこない。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 





「えっと――そうだ! アリス。私のことはアリスって呼んでくれると嬉しい――です!」


「ふーん…………………………アリス……アリスねえ。これはまた――。あー、何でも無い」





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  


クリアさんがアリスという名前を初めて知った時に不思議そうな表情をしていた理由を、後になって教えてもらった。


アリス……Alice。

それは漫画でも小説でも、“どこにでも出てくる名前”だ。

ありきたりでどこに居てもおかしくない名前。


その名前は、このゲームでも最も多く使われる名前で、最もポピュラーで――







――“中身の無い、ありきたりの女性名”の象徴なんだとか。





後から考えてみると、あの娘のその名前は――“誰にも本心を明かさない。明かせない”

そういう思いが込められていたのかもしれない。


(畜生…………チクショウ……)


オレがもう少し頑張って、あの娘の信頼を得ることができていたら……。

せめて――せめてもう少し、オレが彼女を知る時間さえ在ったのなら……。






自分の無力さに耐えきれず。オレは拳を強く握った。




「そう――辛い思いをしたから、彼女はこの世界からいなくなった。――心配なのは……“それ”を現実世界でもやってしまわないかってことなんだが――」


(つまり――現実世界からいなくなるってことで……それは――つまり……)


クリアさんの言葉の意味を理解して胸が張り裂けそうになる。

きっと今――オレは、“世界が終わるかのような表情”をしているに違いない。


「だが、その件に関しては…………心配するなよ。きっと、大丈夫だ。ちょっと躓いただけさ。戻っては来ないかもしれないけど――彼女はきっと立ち直れるさ」









「どうして…………どうして、クリアさんがそうまで言い切れるんですか?」


「それは――」










【ポルスカ森林の獣の正体と真相】

森に潜む悍ましい獣たち。

その正体は、“悪しき存在”によって姿を変えられてしまったフォルゲンスの騎士団員や徴兵された農民達の成れの果てだった。

実際に人を襲っていたのは“悪しき存在”そのものであり、獣たちは直接的には人を殺害していない(襲われることで発生するプレイヤーの戦闘不能は“死”ではない)。


フォルゲンスのメインクエストのストーリーは、唯一無事であった騎士団長と協力して“敵”を倒して、無実の彼らの姿を戻したうえで名誉を回復するという物。

無念を晴らした少女の弟を騎士団長が団に迎え入れて大団円……というのがそのメインストーリーのエンディングだったりする。

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