第二十六話 孤独な決意
「う、嘘だ……嘘ですよ! 何で――よりにもよって――どうしてあの人があんなことをするんですか!」
クリアの出した結論を聞いた途端。レットのヤツが叫んだ。
“あの人が”、か。
接点なんぞ欠片も無さそうだが、ひょっとして知り合いなのか?
「それは――わからない。わからないことだらけなんだ。あのタイミングでレットの持っていた聖十字騎士団のエンブレムのスカーフを奪いに来たというのが――何よりもわからない」
「〔ねぇ……オロチぃ……。そのエンブレム、“別のチームのモノ”だっていう可能性はないのぉ?〕」
「〔まず、ねえな。このゲームは自由にエンブレムを作ることはできねえが、それでも色の組み合わせを真似しただけで、確実にそのチームはパクりってことで第三者に解散に追い込まれる。そのくらいあのチームの威光は凄いんだよ。ヤバすぎて、銘が入ったままだとどんなアイテムも買い手が付かねえんだ。だから、レットを襲ってスカーフを奪ったPKの目的は、少なくとも金銭じゃねえ〕」
チームのエンブレムを完全自作できない理由――馬鹿馬鹿しいが“卑猥なエンブレム”を作るプレイヤーが登場したりすると面倒なのだ。
運営からすると、いちいち検閲などやっていられない。
故に選べるデザインはほぼ固定で、被りやすい。
それでも過去、聖十字騎士団と全く同じデザインと色合いを真似した馬鹿なチームは、“1チーム”だけで、そのチームは既に解散している。
考え込む俺と同じように、クリアが首を傾げる。
「ここから先はもうさっぱりだ……。あの娘が“消滅”したことと、何か関係があるのか……何よりも――あの娘が聖十字騎士団所属だったということが驚きだが……――で、どうだ? この推理は」
「却下だな」
即答してやった。
クリアは落ち込んだ素振りを見せたが、それよりもレットの様子が気になった。
目を見開いて地面を見つめているが、目線のピントが少しズレていやがる。
「――――――――――――――わかりました。オレ、“問いただしてみます”よ」
信じられない程落ち着いた声のトーンで、レットが突然言い放つ。
その突然の豹変っぷりに、ミズテンの尻尾が再び立ち上がった。
「おいお前。問いただしてみるって――さっきから気にはなっていたんだが。もしかして、アインザームと知り合いなのかよ?」
「あの人は……ククルトでPKに襲われているオレを助けてくれたんです」
「レット。その時のことについて、詳しく聞かせてくれないか?」
クリアから質問を受けて、レットは洞門で出会った時のことをこの場にいる全員に詳しく話した。
クリアの奴が、“アインザームがどのモンスターに対してどんな攻撃をしていたのか”――とか、割とどうでも良いことを聞いて話の腰を何度か折ってきたのが気になった。
アインザームの情報を引き出して、屑塵であるということをどうしてもこじつけたいのだろうか?
(それにしても――そういう経緯があったのなら、最初から全部話せよ……)
どうやら俺達はコイツから本当に大事な部分を聞き損ねていたようだ。
まぁ、いずれにせよその話を聞いたとしても“あの”アインザームが黒だと推理するようなことは俺は絶対にしないがな。
聖十字騎士団の活動を知るものなら皆がそう思うだろう。
「先走るなよ。……クリアの言っていることは本当に怪しいぜ? ちょっと考えてみろよ。アインザームとコイツなら、お前はどっちを信じるんだ? それにもしも――もしもだ。屑塵の正体が明らかになったとして、お前は一体どうするつもりなんだよ?」
「――その正体に確信を持てたら……オレが奴を……“屑塵”を倒します。簡単な話でしょ? 倒して『首級』を上げればその正体がはっきりする訳だから……」
思わず笑みが零れちまった。
少し安心した。
やっぱりコイツは考え無しの――底なしの馬鹿だった。
「噂に違わずビッグマウスだなお前! ――できるわけねえだろそのレベルで! クリアの野郎には攻撃一つ当たっていなかったじゃねえか。それに、アインザームの異名を知っているのか? 対モンスターと対プレイヤー最強と謳われる『不敗のアインザーム』だ!」
「そんなことわかってます!!」
「いや。お前は何もわかっちゃいない」
クリアが諭すようにレットに語り掛ける。
「基本的にオンラインゲームでつけられる異名というものは“嘲笑の対象”であることが多い。しかし、アインザームという男は匿名掲示板上で妬まれながらも『不敗である』と周囲の有象無象にきちんと認められている。要するに『最強の廃人兼超人』なんだ。真正面からやって倒せるようなプレイヤーじゃない。知識もレベルも足りていないお前じゃ、絶対に勝てない――それでも、本気で立ち向かうつもりなのか?」
クリアの問いかけを受けて、レットは俯いて拳を握った。
「――逃げたくないんです」
その時、俺が気になったのはクリアの表情だった。
まるでありもしないようなものを見てしまったかのように、雷に打たれたかのように驚いていた。
「だ……だって……だって、“オレの憧れるヒーローはここで絶対に逃げたりしない”……」
そう呟いて、レットが顔を上げて訴えかけるように叫ぶ。
「オレ、知りたいんです! オレに優しくしてくれたアリスが、どうして突然いなくなってしまったのか知りたいし。誰が正しくて、誰が間違っているのかも知りたいんです! クリアさんの話を聞いて、やっぱりクリアさんを信じたい――とも思うし。でも、あの人が――アインザームさんがあんなことを行っているなんてオレは――信じたくないし……。もしかしたら他に犯人がいるかも知れない。ただの格好つけなのかもしれないけど……オレはこの世界でちゃんと“倒すべき敵を見つけたい”んです!」
そう言って、レットがクリアを睨み付ける。
その目つきには不思議と敵意――いや、違う。覚悟のようなものが伺える。
「オレが……弱いってことはわかってます。――負けるってことは当たり前だってわかってます。でも、いくら時間が掛かってもいいんです。とりあえず戦いを挑む前に“誰が敵なのか”白黒つけたいんです。だから、オレ。あの人に会う方法を探さないと――」
「――できるぜ? 方法ならあると言えばある。とっておきのヤツがな」
レットの覚悟を、利用しているという自覚があった。
これは、きっと悪魔の提案だ。
「俺達は新聞社からは追い出された身だが、俺の名前はまだ使える。ソレっぽいネタを手紙でチラつかせてインタビューっていう名目でアインザームを呼び出すのさ」
要するに俺がレットを使ってクリアぶつけたのと同じように、今度はレットをアインザームをぶつけてやろうというわけだ。
揉めるのはレットだけ、ぶつけるだけぶつけて、後からやってきて美味しいところを貰えば良い。
「それならお願いします。オレ。もう、すぐにでも――」
「そうやって“また”初心者を、ラジコンみたいに誘導してぶつけるのか! それがアンタらのやり方なのか!?」
レットの言葉をクリアが怒りの声で遮った。
――知ったことか。
「クリア。お前みたいなヤツにどうこう言われる筋合いはねえが………………何とでも言えよ。おいレット。場所は前哨基地のポータルゲート付近でどうだ。向こうは直ぐこれて、こっちも直ぐ行ける」
話を進める俺に対してクリアが再び割って入ってくる。
「なあ、レット――推理して、焚き付けておいて申し訳ないとは思う。だけどこんなことはよせ! きっとロクでも無いことになる。言わせてもらうが、アインザームをPKだと“疑う”だけで、巨大勢力の聖十字騎士団全体に喧嘩を売っているような物だ! 正気じゃあ無い。お前がこれからやろうとしていることが一体どれだけ無謀で無策で恐ろしいことか――」
そうだろうな。流石にクリアにはそのヤバさが理解できているようだ。
匿名ならまだしも大手チームのリーダーをゲーム内で“邪悪なPKだという疑い”をかけただけで、きっととんでもないことになる。
全うにゲームを遊べなくなるどころか、ましい恨みを買うかも知れない。
「〔ね……ねぇ……。オロチぃ~……本当に“これで良い”のかな……。流石にもうやめたほうがぁ~……〕」
「〔それはお前の勘ってやつか?〕」
「〔違うけどぉ~……いくらなんでもこんなやり方は――〕」
「〔じゃあ黙ってろ! 俺は今必死なんだ! 俺達が他に行き着く場所なんて他にはもうねえんだよ!〕」
ミズテンは目に涙を浮かべている。
自分でも流石にやりすぎだと思い始めたが、今更止められない。
「――わかってますよ」
クリアは息を呑む。その言葉が途中で止まる。
当のレットは全く怯んでいなかった。
ただ真っ直ぐクリアを見つめている。
「オレ、本気です。たしかにいつもヘタレて……逃げてばっかりかもだけど。ここで“何も解らないまま”全部忘れてあの娘を見捨てて逃げ出すなんてことは――絶対にしてはいけないんだッ!」
クリアはレットに歩み寄って、その表情をじっと見つめる。
クリアの目線はゴーグルに覆われていて、俺には何を考えているかさっぱりだった。
「――そうか。じゃあ、俺は止めない。お前のやりたいように……………………好きにしろ。それと、身の潔白を証明できなくて申し訳ないと思う。俺を疑って、やっぱり殺したいと思ったのなら……いつでも言ってくれ。“協力する”から」
何とも奇妙なこと言うクリア。
俺としてはクリアにはとりあえず戦闘不能になってもらいたかった。
――だが、レットはどうやらクリアを倒して首級を得てまで、黒だと確信させようとは思っていなかったようだ。
「ありがとうございますクリアさん。いえ――“ありがとうございました”」
「……………………………………………………」
レットの謝辞に当のクリアは何も言わない。
レットは背を向けてその場から立ち去り、クリアはその背中を黙ってずっと――――不自然なくらいずっと見つめていた。




