第二十一話 “理想の体現者”
「さてと。無駄だと理解した上でだ……――我が名は聖十字騎士団長、アインザーム。我が前に立つ者として正々堂々、名乗りを上げたまえ」
アインザームが言い終わると同時にPKは跳躍、海老反りに後転する。
着地すると同時に再び跳躍し、空中で体を曲芸のようにうねらせて銀の剣をアインザームの頭上に叩き込む。
縦の一閃をその体ごとを大盾で弾き飛ばし、真横に飛ぶアインザーム。
黒いフードのPKが横に回るように受け身を取って、砂の上に奇妙な軌跡が出来上がる。
一連のやり取りで、お互いの距離が大きく離れた。
(……………………??)
レットは両者の間――壁面の真下で蹲っていたが、二人の動作が速すぎたためか、レットには何が起きたのか理解が追いついていなかった。
「舌打ちもしなければ悪態も、冗句の一つもつかないとはな……それほどまでに自分の正体を探られたくないのか?」
アインザームは無言のPKに再び語りかける。
「…………」
徹底して守られる沈黙――アインザームは深い溜息をつこうとする。
ソレを見計らったかのように、PKはアインザームの頭部目掛けて銀の剣を投擲した。
(危な――――)
しかし、レットが思考を終える前にアインザームは溜息をきっちりついて、片手を軽く振るう。
風圧で音が鳴り、地面の砂が一斉に巻き上がる。
飛んできた銀の剣は“真っ二つに折れた”。
間髪入れずにPKの両腕が靡く黒いフードの中に引っ込められる。
そこから取り出された両手の指の間には針のように細い投げナイフが握られていた。左右で合計六本。
PKは振り子のように腕を交差してソレを射出する――今度はレットに向けてである。
(え? 今度は何――――)
やはり思考が追いつかない。
次の瞬間には耳が遠くなる程の轟音が響いた。
投げナイフから起きたのは“爆発”だった。
ダンジョンの壁が剥がれて砂と共にレットの頭に降り注いだ。
(ああ! 結局オレ死んだよおおおおおおおお! なんなんだよチクショウッ――とんでもない爆発だ! キャラクターの肉体吹っ飛んだりしたんじゃないかコレェ!?)
バラバラになった自分の体を想像してレットは恐る恐る目を開ける。
しかし、レットの前には護るようにアインザームが立っていた。
今度は盾すら構えていない。
緑色のHPのゲージが数ミリ程減っていたが、不思議なことに、ゲージ自体の長さは“増えていた”。
理にかなっていない現象を前にレットは唖然とする。
「今の攻撃で見切りを付けるとは――逃げ足だけは一流か……」
アインザームが呟く。
既に黒いPKは、その場から消滅していた。
「やれやれ、鎧が汚れてしまったよ。盾を投げて横から打ち落としても良かったのだが……」
アインザームは独り言ちてから、剣を鞘に納めてレットに向き直った。
「君、大丈夫かい? ――血だらけでは無いか。いや、これは……この血の出方は、ここの蜘蛛に襲われたのだな?」
レットは、自分の目の前で起きた出来事を未だに理解し切れていない。
その場に座り込んだままである。
「どうしたんだね? 呆けてしまって――ほら」
アインザームがレットの前で“光る輝花”に手を翳した。
「君の求める物が、此処にあるではないか?」
騎士の取った仕草は輝花が出す妖しげな光も相俟って、まるで一枚の絵画のようであると――レットは感じた。
――――――――――――――――――――――
「えと――あの。改めて、ありがとうございました!」
無事に輝花を手に入れたレットは、アインザームに対して深々と頭を下げた。
「気にしないでくれ。むしろ、助けに来るのが遅すぎたくらいだ。君は一人で此処まで来たのかい?」
「いえ、フレンドと一緒に――20人くらいの“ツアー”で来たんですけど。他のメンバーはほとんどやられてしまって……」
「団長――ようやく見つけましたよ! 一人で先に行かないでくださいよ!」
話し込む二人の元に人間族の男が駆け付ける。
それは、初日にレットのチーム入団を拒否した白銀の騎士であった。
アインザームはPKの落とした折れた銀の剣を拾い上げながら白銀の騎士に語りかける。
「ラントユンカー。情報通り例の奴が居た。“屑塵”だ。そちらに逃げたが――鉢合わせはしなかったか?」
「いえ――――――見かけませんでした。見つけていたらクソッ……俺が倒していたのに!」
銀色の騎士は、悔しそうに両手の拳を打ち付ける。
「気を落とすな。他の団員達も連れて来てくれているのだろう? 先ず、この洞門をくまなく調べて欲しい。戦闘不能にされた犠牲者達がいる。この場にいた彼と同じように蒸気船のクエストをこなしていたのだろう。蘇生して安全な場所まで先導してあげてくれ」
苛立つ騎士――ラントユンカーをアインザームが諫め、指示を出す。
「それと例の“緘口令”を頼む。屑塵が現れたと知られたら、ここら辺一帯がヤツを狙うプレイヤー達によって火の海になる。そうなったら、初心者のプレイヤー達が困ってしまうからな」
「わかりました。団長はこれからどうされるおつもりで?」
「私は一足先に、彼を安全なところまで送るよ」
「は……はぁ――しかしその男は……」
ラントユンカーは怪訝な表情でレットを一瞥した。
「彼がどうかしたのか? 心配は無用だ。ここのダンジョンの入り口まで送るだけだ」
「……団長がそこまで仰られるのなら……」
「うむ。――というわけでだ」
アインザームはレットに向き直る。
「君の友人と仲間達の捜索は団員――私のチームのメンバーに任せてくれ。リニューアルしてから、ダンジョンの作りが大きく変わって危険になったというのに、開発者達は「実際に自らの手で変更点を探してみてください」と言うだけでね。全く以て……呆れてしまうばかりだよ」
「えっと、つまり。誰も何もわからないくらい危険だってことですか?」
「そうだ。このゲームを検証する人々は上級者向けのダンジョンの調査にご執心でね。初心者向けのダンジョンは未だ情報が出回っていない。だから今、初心者が独断で動くのは危険だ。君の身に何か起きても私は責任を持てない」
それまで自力でアリス達を探そうと考えていたレットであったが、アインザームの指摘を受けてトラップに引っかかったという事実――“自分が既にやらかしている身”であることを思い出す。
(ここはこの人の言うことに従っておこう。――――――また穴に落ちて足手まといになったら、目も当てられないし……)
「…………分かりました。じゃあすみません――お世話になります。オレのフレンドのこと。本当に、本当によろしくお願いします」
レットは二人の騎士に頭を下げる。
「ああ、任せてくれ。心配は要らないさ。ラントユンカー、君はこのダンジョンに詳しいのだろう?」
「詳しいと言えばまあ――詳しいですよ。このダンジョンはなんという――“居心地が良い”ですからね……」
「面白い感性だな。なら――後の指揮は任せたぞ。それでは行こうか」
歩き出すアインザームに追従するレット。
部屋を出る瞬間に背後を振り返って――
(――ッ!?)
――その背中に悪寒が走った。
銀色の騎士、ラントユンカーは無表情で、じっ……レットのことを見つめていた。
その視線には喜怒哀楽、何の感情も籠められていないようで、レットは不気味に感じた。
(何だよあの眼……怖ええ……この前も逃げられたし。やっぱ嫌われてるのかなオレェ……)
部屋を出た後も、アインザームはレットに語りかける。
「……今更ながら、自己紹介がまだだったね。私の名はアインザーム。このエールゲルムの地で“正義の体現者”を目指している者だ」
「あ、はい! 短い間ですが、よろしくお願いします!」
その返事を受けて突然。アインザームは立ち止まってレットに振り返った。
「………………」
(あれ? オレなんか変なこと言ったかな……やっぱり名前か!? それとも、自己紹介は派手にやった方がよかったか!?)
レットにはアインザームが“驚いている”ように見えた。
「あ、その。――すまない。珍しいと思ってね……。この私の自己紹介を聞くと私を知らない者には笑われて、知っている者には愛想笑いをされるのが常……なのだが……」
「へ? 何で笑う必要があるんです? “正義の体現者”! 格好いいじゃないですか。というか、実際に正義のヒーローですよ! だってオレのこと、助けてくれたじゃないですか?」
レットのその言葉を受けてアインザームは真顔で立ち尽くしたままだったが、再び前を向いて――
「ああ、そうだね。そういえば確かに……そうだった」
――と一言呟く。
「ああ、えっと……それで、オレのことは――」
「君の名は……。…………“ダーク・レッド”君でいいのかな?」
予想だにしない名前の呼ばれ方をして、レットは驚いた。
「実は、私も旧シリーズから、新作まで毎週欠かさずアニメを見ている。劇場版も見に行ったし、原作の小説も全部買っている。君と同じで、主人公が一番好きなキャラクターなんだよ」
「えっ……ウソでしょォ!?」
レットのリアクションが面白かったのか。
軽く噴き出してから、大きな声で笑うアインザーム。
思わぬ共通点に、レットの肩の力が抜けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから、二人の道中は二人の大好きな『物語の話』で大きく盛り上がった。
話の途中にはトカゲに亀、さらには巨大な蜘蛛が何度もレットに対して襲いかかって来たが――それらはアインザームが長大な片手剣を“軽く振る”とあっという間に動かなくなった。
(20人で殴ってた時よりも敵が消滅する速度が早いってのが凄いよな……)
その圧倒的な強さに、レットは感嘆を通り越して半ば呆れていた程であった。
「アインザームさんは、滅茶苦茶お強いんすね」
「それ程でも無いさ。普段の癖で蜘蛛にだけは剣を振ってしまう辺り、私もまだまだだ」
(どういう意味だろう? こんな上級者でも、蜘蛛の見た目が気持ち悪いのかな?)
「君も冒険を続けていれば直ぐに強くなれる。強さを求めていないのなら話は別だがね。それも決して悪いことではない」
「ええ? そんなプレイヤーがいるんですか?」
「キャラクターのレベルを上げないまま国や街から外に出ないというプレイヤーもいる。合成のスキルでお金を稼ぐことそのものに執着していたり、“人と話をしているだけで満足”だったりと理由は――様々だがね」
「オレは……やっぱり強くなりたいなあ。あのPKもトンデモない強さだったのに全く動じないんだもん。いやあ。凄いな~憧れちゃうな~ホント!」
「いやいや、大したことでは無いよ。あんなものは紛い物の強さだ。真の強者は武器に細工を施すような外道に遅れを取ったりはしないものさ」
(武器に細工っていうのはええっと……)
レットは、先程自分を襲ったPKが使っていた武器を思い浮かべる。
「武器に細工って、アイツの持っていた“投げナイフ”のことです?」
「ああ、“改造武器”というやつだな。高い鍛冶のスキルとゴールドを要するが、武器に様々なアイテムを仕込むすることができるのさ。武器や道具を融合させて、複数の機能を使えるようにしてある訳だ。あのPKはおそらく、投げナイフに火薬を塗布してあったのだろう。手癖の悪い連中が考えそうなことだ」
(あのナイフ。どっかで見たことあったような……どこだったっけ?)
「私がさっさとあの男を既に倒していれば、君――レッド君がこんな恐ろしい思いをすることもなかったかもしれないのに――申し訳ないことをしたね」
「いやあ、そんなこと。気にしないでくださいよ。……というか、PKって倒したら反省したりするものなんですかね?」
「プレイヤーを倒せば倒すほどペナルティは大きくなる。その上、首級が上がってしまえば名前が割れて行動を起こしづらくなる。非公式の“指名手配”がされるような物だな」
(なるほど……)
「君を襲ったヤツは巷では“屑塵”と呼ばれているらしい。その罪に相応しい。罰せられるべき悪しき存在だ」
レットは先程のPKの姿を、鮮明に思い出していた。
「酷い名前だなぁ……。いかにもって格好してましたけど……でも、PKに通り名があるなんて。なんかちょっとワクワクしちゃうかも!」
レットの言葉に、アインザームは頷いてから軽く笑った。
「PKの通り名というものは、物語ならばワクワクする要素だからね。黒いフードを被っていて顔はわからなかったが……噂では、怪しい“お面”をつけているらしい。君、何か心当たりは無いかな?」
聞かれて、再び記憶を辿るレット。
当のアインザームは巨大な剣を振るうのが面倒になったのか、片手で巨大なトカゲを掴んで軽く放り投げている。
(お面……お面……フォルゲンスでも沢山見かけたし、クリアさんも持っていたし。――あ)
その時、レットの脳裏に真っ先に浮かんだのが『下水道のゲスい男』であった。
(いやあ。あれはどう見ても違うよなあ……)
「――仮面とかお面とかはこのゲームを始めてから、色んな場所で沢山見すぎて、何が何だかって感じなんですけどォ……」
「まあ、そうだろうな。フルフェイスの頭装備と同じように、お面は一般的な装備として普及しているからな。やはり、倒してみないことにはその正体は分かるまい。――いつか必ず、奴の首級を表沙汰にしてやるさ。それまで、初心者の君には迷惑をかけてしまうかもしれないが――許してくれ」
「いやあ。許すも何も無いと思うんですけど……」
(困っている人間は自分が助けて当たり前っていう発想がもうなんかこう……絵に書いたような聖騎士って感じだなあ……)
「そして、君には頼みがある――“屑塵”の名前を極力外に漏らさないでもらいたいんだ」
「べつにそれは構わないんですけど……一体どうして? 一般人が怖がってダンジョンに入らなくなってしまうからとかですかね?」
「逆だ。多くのPKプレイヤーがヤツの首目当てで、集まって来る。今、オーメルドの前哨基地が戦争状態で出入りできない理由がまさにソレなのだ。屑塵が現れて、パーティに対して“モンスターを使ってプレイヤーを殺害する”MPKをしたという噂が立っている」
(うへぇ……屑塵っていうのは、クリアさんみたいなことやってるんだな。しかもそれが原因で戦争が起きるとか、どこの世紀末だよ……)
「とにかく、何か困ったことがあったら我々『聖十字騎士団』を頼ってくれ。エールゲルムの地で慎ましく活動させてもらっているチームだ。私はそこのリーダーをやらせてもらっている。いや――待てよ?」
再び立ち止まって考え込みながら飛びかかってくる大蜥蜴を手刀で真っ二つに両断するアインザーム。
際限の無い強さに思わず怯むレット。
(『慎ましく活動させてもらっている』だって? またまたご謙遜を……たしか、フォルゲンスの最大手チームだったよな?)
その余裕っぷりに冷や汗をかきながら、心の中でツッコミを入れる。
アインザームは振り返って、レットに提案をした。
「レット君。君は、聖十字騎士団に入団する気は無いかい? 公募は締め切ってしまったのだが、希望があれば私が直々に推薦させてもらうよ」
「うえっ!?」
最大手の名高い聖騎士団。
しかも、こちらから希望を出したというわけでは無く、団長から直々に勧誘を受けたのである。
レットが仰天するのも当然のことであった。
「いいいいいいいや、凄く嬉しいんですけど。一体どうしてわざわざオレなんかを……」
「気恥ずかしいが――痛く君を気に入ってしまったんでね」
(オレ、なんか気に入られるようなことしたか!? 悲鳴を上げてただけだった気がするんだけど……)
レットは、普段全く受けない賞賛に歓喜すると同時に困惑していた。
「PKに襲われたら、初心者は追い詰められてもどうにかして逃げ出そうとするものだ。しかし私があの場に駆け付けた時、君は遙か格上の相手に武器を抜いて立ち向かおうとした。君には我等が騎士団員たる素質がある――と。そう思った」
「あれはただ、オレがぶっ壊れちゃってただけだと思うんですけど……速攻で負けたし」
「いや。騎士に大切な物は勇気だ。同時に一番失ってはいけない物も勇気だと――私は思う。失うことを恐れてしまうと人は前に進めなくなる物だからな。なによりも――」
アインザームは、優しく穏やかな表情を浮かべていた。
レットは不思議と男の表情に、遠い記憶を思い出しているかのような――淡い郷愁を感じた。
「――君のようなプレイヤーを見ていると、他人事のように思えなくてね。昔を思い出すんだ。“英雄に憧れてゲームを始めた頃”のことを」
アインザームはしみじみとそう語って、レットに顔を近づける。
「それに、パラディンとソードマスターは“戦闘の相性も良い”。君のような真っ直ぐな心根のプレイヤーが力をつけて、私の隣に立ってくれればとても助かる。――どうだい? 私と一緒にエールゲルムの平和を守らないか?」
(うう……是が非でも無いお誘いだけど…………いざこういうことを言われると、今のオレの身の丈に全然合ってない気がしてくるなあ……)
「その…………お誘いしてもらって申し訳ないんですけど。できません。自分は既に他のチームに誘われてしまっているし、その――まだそんなに勇気が無い――と思うんで…………割とマジで」
レットの即答にアインザームは肩を落とす。
「なるほど。既に誘われている……か。残念だが、君を誘ったプレイヤーは中々目利きのようだな。君にはなんというべきか――“何か”がある。気が変わったら、よろしく頼むよ」
(そんなまたいい加減な……もしかして、本気で言ってるのかな?)
冷やかされているのではないかと、疑心暗鬼に陥るレットであった。




