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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第一章 “英雄”との出会い
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第十六話 隙間風

急ぎ足故に、その顔に冷たい空気がぶつかる。

現在のゲーム内時間は深夜、オーメルドの空は曇っている為か黒く濁っていた。


「〔クリアさん……少し聞きたいことがあるんですけど……〕」


「〔ん? なんだい?〕」


「〔あの娘は怒っていましたけど。クリアさんの“やったこと”は結局のところ酷い行為(コト)なんですかね……〕」


周囲のモンスターを警戒しながらクリアに話しかけるレット。


レットはクリアのやり方は乱暴そのものであると感じていたし、アリスを泣かせたという事実に対しては確かに怒りを感じていた。

その一方でアリスがクリアの行動にあそこまで怒ったり、涙を流したりする理由もよくわかっていなかった。


両者の感性と問題に対する解決方法。


二人の衝突を隣で見ていてそのどちらが“正しい”のか、少年は自分の中で明確な答えを出せていなかった。


「〔そりゃあ。…………“鬼畜外道の所業”に決まってるさ! 俺を誰だと思っているんだよ? パーティが全滅して、何にも解決してないからな! ハハハハハハ〕」


(そりゃそうか……あやふやな内に話が終わっちゃったわけだしなあ……)


「〔オレ、あのフェアリーのことが一番理解できないです。どうしてあんな心に刺さるような酷い言葉を……初対面の人間に言えちゃうんだろ……〕」


「〔…………………………この世界が、普段自分たちが住んでいる世界よりも遥かに広大だからだ。一期一会の出会いだと、普段は我慢して言えないような言葉を言えてしまうんだろう。ああいう手合いはチームの中では表面上“お利口ちゃん”だったりする〕」


「〔何か現実で嫌なことがあったのかな……〕」


「〔……そうかもしれないな。ま、いずれにしても俺は個人的に許しはしないけどな。……とにかく、あのクソ野郎のことは忘れてしまえばいいさ。あいつの怒りの矛先はインパクト的に俺に飛んでくるだろうしな! アイツが今頃どれだけイライラしているのか考えるのが楽しいぜ!〕」


「〔自分達はそれで助かるんですけどォ……クリアさんはそれでいいんです?〕」


「〔気にするなって。ああいう手合いの恨みと喧嘩なら喜んで買ってやる。“いつでも殺しに来い”って感じだな! ワハハハハハ〕」


「〔あれ? ――――――もしかして、クリアさんはオレ達を庇うために名乗りを上げたんです?〕」


「〔…………無い無い。面白いからやっただけに決まってるだろ! ここだけの話な――――――――――モンスター連れて来た理由もインパクトと面白さ重視で、まともな理由はそれっぽく後から考えた物だったのさ! ――なんてな! ダハハハハハ!〕」


「…………………………はぁ~~~~~~~~~……」


クリアの、のらりくらりとした態度にレットは呆れかえり、とても大きな溜息をついた。


(この人は全く……何を考えているのかさっぱりわからないや。話を聞いて真面目に考えてたオレが馬鹿みたいだよ……)


「〔クリアさん……あとォ、自分のレベルが下がってしまったんですけどォ――〕」









「〔すみませんでした。――今度何らかの形で償いますのでそこは勘弁してください……〕」


(そこは素直に謝るんだな……)


素直な謝罪に内心で驚くレット。

レットの恨み言を受けて、クリアのテンションが駄々下がりしたようであった。


「〔なんか ちょっとショックでした。オレが憧れていたVRの世界は、もっと物語みたいに綺麗なものなんだって思っていたからーー〕」


「〔現実はファンタジーみたいにはいかないのかもしれないな。……ゲームがリアルに近づけば近づいていくほど、『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』。こういった問題は、今後もきっと減るどころか増えていくだろう――人が仮想世界に身を投じ続ける限りはな〕」


突然“冷たい風”が吹いてきて、レットは一瞬足を止める。











『現実はファンタジーみたいにはいかない』







その言葉が、“少年”の頭の中で何度も反響していた。


(嫌だな。もしもこの言葉が本当なら――オレが憧れるような物語のヒーローは、この“世界の中では絶対に実在できない”ってことに――)












「〔――それはそうと、好機だぞレット! 身も蓋もないことを言うと“あの娘と仲良くなるチャンス”到来だ!〕」


「〔うえっ!? いやいやいやいや……そもそも今“そういう話をする雰囲気”じゃ無いでしょこれ!〕」


「〔いや、複数の意味でお前にとってのチャンスなんじゃないのか? あの娘はリアルでも女性だろ。しかも、滅法若いみたいだが〕」


「〔……へっ? なんでそんなことまでわかるんです!?〕」


「〔初めて見たときからそんな感じはしていたんだけど、普段の仕草や歩き方とかどう見ても女子高生のそれだな。そして、おそらく現実の体の方が遥かに女性的なはずだ。動きに“ズレ”がある〕」


「〔ゲエッ……そこまでわかるもんなんですか!? 歩き方や仕草なんていくらでも誤魔化せる物じゃ無いんです?〕」


「〔動きに男性プレイヤーのようなわざとらしさやクドさがないし自然なんだよ。ポータルゲートの中から覗いていたけど、戦闘不能になる時の倒れ方なんて演じてできるような物じゃ無いな〕」















「〔ぶっちゃけ、動きで性別と年齢と現実の容姿を特定するとか……滅茶苦茶キモいですよクリアさん……〕」


「〔――仕方ないだろ! キャラクターの仕草や動きを見るのは癖になっているんだよ〕」


(この人、普段は一体何をやっているんだろう。……やっぱり怪しいな)


「〔性格も良いしお前の頑張り次第では仲良くなれるかもしれないぞ――無理だと思うけどな! お前は彼女をどう思ってんだよぉ? うりうり~!〕」


「〔無理とか言わないでくださいよ。自分年上ふんわり系がタイプなんでタイプ的にはドンピシャですけどォ……やっぱりこんなことは、今話すようなことじゃないですよ! ……というか、さっき散々ひっぱたかれた割にはあの娘の性格だけはちゃんと褒めるんですね……〕」


そこで突然、クリアの口調が真剣みを帯びた。


「〔――そりゃあそうだろ。VRMMOの中でも、特にこのゲームのこのサーバーでは滅多にいないぞ、あんなに真っ直ぐで善良な性格の女の子なんて。普通あんな風に殺されたら怒る理由は“自分が殺されたこと”に対してだ。でも、あの娘は全然違った。“レットが知人に殺されたこと”に対して怒っていたんだ。――正直、驚いたよ〕」


「〔そうですね。オレもそのォ……そういうところが――とっても素敵だなと思ってます……〕」


歩くレットの顔がみるみる真っ赤になるが、クリアは笑うことなく話を続けた。


「〔お前、いいセンスしてるな。しかし、チームに加入していてああいう真っ直ぐな性格しているのならファンの一人や二人直ぐに出来てもおかしくないと思うんだがな。一人で行動しているのは珍しい〕」


「〔VRMMOを遊ぶ全ての男性を馬鹿にしてません? ――ソレ。いくらなんでもチョロすぎでしょ……〕」


「〔いやいや、本当なんだって! チームに所属しているのなら、間違いなく男性キャラの追っかけが出来て面倒臭いことになるんだよ。……おっかしいなあ……何か“訳あり”なのか? 実は、リアルの顔がちょっと地味とか?〕」


「〔もぉ~、変な推測始めないでくださいよォ! アリスにどんな事情があろうが、そんなことオレにはどうでも良いんです! あの娘と一緒にいるとそれだけでそのォ……ちょっとだけドキドキするっていうか……今のオレは、それだけでもう幸せっていうか……〕」


そのレットの呟きに対して。しばらくの間、クリアは返事をしてこなかった。


(うわぁ、オレ何を喋っているんだろう……自分で言ってて恥ずかしいや。自分をコントロールできていないっていうか――ちょっと暴走してるかも)


「〔…………そっか。ま、とにかくあの娘はレットが見ていてあげないと駄目だ。真っ直ぐなのは良いことだけど、見ていて何かこう――“危なっかしい”。何かあったら、俺に相談してくれよな!〕」


「〔相談ねえ……――――――クリアさんに相談したら、このザマなんですけどォ〕」


レットの鋭い指摘が再びクリアに突き刺さったようで、またもやテンションの低い囁きが聞こえてくる。


「〔返す言葉も無い……〕」


「〔というかオレ、あの娘に会って何を言えばいいんですかね? 正直情けないんですけど、緊張して何も話せなくなっちゃいそうで怖いです。ぶっちゃけると――今すぐ帰りたいくらいです〕」


「〔無理に話す必要はないんじゃないか? とにかく――落ち着いた頃合いを見計らって話を聞いてあげるだけで良いと思う。他人に話をするだけで、結構心が軽くなるものさ〕」


「〔もうちょっと具体的な台詞を教えて欲しいんですけど……台本とか選択肢とか無いと女の子と話すのとかマジ無理ですよおおおおおおお〕」


「〔言うことがあるとすればそうだな――そうだ。彼女にケパトゥルスのオッサンからの伝言を頼むよ。“言えなかったから伝えて欲しい”ってさ――〕」






 そこからしばらく歩いて、レットはようやくをアリスを見つけた。

彼女が立っている場所はフィールドの最果ての岸壁であり、そこから先は空が曇っていることもあってか、黒く濁った海がどこまでも広がっている。

普段は他のプレイヤーもモンスターもいないような場所。

アリスは岸壁の上から、黙って海を見つめていた。


――波がぶつかる音だけが響く。


(うおおおおお行け! 頑張るんだオレ! 勇気を出せ!)


「アアア、アリスさん――。アリス! ええと、その…………」


「…………格好悪いところ、見せてしまったわね」


アリスがレットに振り返る。


(……ああ、なんてことだ…………)


余程悲しかったのだろうか――その顔には涙を拭いた痕が残っており、ローブの首元の部分が濡れていた。

それに気づいたレットは、彼女に対して心の中で用意していた言葉を全て失念してしまう。

泣き腫らした顔を見られたくないからだろうか――アリスは再び後ろを向いた。


「私ね。――前に“似たようなこと“をしてしまったの……」


「似――“似たようなこと”?」


「そう。目の前で起きている出来事が許せなくて……自分の考えを必死になって押し通したら……取り返しのつかないことに……なってしまって」


レットに独白するアリスの声がどんどんくぐもっていく。


「あれほど同じことはしないようにって……自分で誓っていたのに……私、馬鹿みたい」


「そ……そんなことないよ!! アリスは別に、間違ったことなんて何もしてないって! クリアさんが色々おかしいのさ!」


「いいのよ――。あのやり方はどうしても納得いかないけど……クリアさんが言ったこと自体は間違っていないわ。『現実世界で起きているような問題がゲームの中でも起こるようになってきている』って言葉にはすごく納得ができたし。私がやろうとしたことって、ありがた迷惑で――タナカさんを苦しめているだけだった……」


(違う……それは違う!)


「――――――――そんなこと無いッ! タナカさんはそんな風に思ってなんかいないッ!」


無意識に、レットの語気が上がる。





『――どうあれ、(ワタクシ)のような人間のために身を挺してくださったアリスさんに対して、深く――深く感謝をしています』




「――タナカさんは、そう言ってたよ……だから――迷惑なんかじゃないよ!!」


クリアから届いた『タナカの伝えられなかった言葉』を、レットはアリスに伝えた。

――そこまで言ってレットはある事実に気づく。


(ああ……どっちが正しいとかじゃ無くて……『オレだけが何もしていない』んだ……何も……。浮かれていて事態を軽く見ていて……肝心な時にヘタレて、怖くなってクリアさんに丸投げしてしまって――畜生! 最初からずっと隣で見ていただけじゃないか!)


「タナカさんがそんなことを――ありがとうね。レット君」


タナカの言葉を聞いて少しだけ元気を取り戻したのか、アリスの声に張りが戻ったようだった。


「いや……オレは何もやっていないよ。本当に――本当に何もやっていないや……駄目だな、ホント」


「そんなことないわ。タナカさんの言葉を私に伝えるために――ここまで来てくれたじゃない」


(逆に慰められていてどうするんだよ! ……オレが悩んだり落ち込んだりする時じゃないだろ――今は!)


「いや、本当とっても空気が悪くてさ。オレ何にも出来て無くって! それでどうしようもなくて怖くて、つまり何にも……出来ていなくて……。そんな時に代わりにアイツにぶつかってくれて――」


「…………」







「――つまりその……ありがとう、アリスのおかげで俺助かったよ!」


しどろもどろに感謝の意をアリスに伝えるレット。

何かに驚いたアリスが――レットの笑顔をぼーっとした表情で見つめる。


「…………えーっと、えー……? オレ、なんか変なこと言ったかな……?」


その言葉を聞いたアリスの目に、再び涙が滲んで零れ始めた。


(やッッッべえ! オレなんか地雷踏んだアアアアアアアアアアア!?)


「レッ――ト君っ――ごめんなさい。ちょっと……私、“よくないこと”を思い出してしまって……まだ……ちょっと戻れそうに――ない――みたい」


焦るレットのその視界に――見覚えの無いマークが表示される。

見慣れない雪玉のアイコンである。





《オーメルド兵陵:天候【雪】》





(あ――天候が変わったってことか。そういえば……少しだけ涼しくなった?)


レットの頭上からはらはらと雪が降ってきた。

泣いているアリスを前に、一瞬だけ『ロマンチックだな』と思った矢先に――





《オーメルド兵陵:天候【吹雪】》


雪玉のマークが三つに増えた。








(いや、こんなに沢山いらないって! つーか……おいおいおいおいおいおい!)


垂直に落ちてきていたはずの雪が、強風によって真横からレットの体にぶつかり始める。

レットの体感温度が僅かに下がった。


(う――現実ほどじゃないけど。ちょっとだけ寒くなってきたかも……)


レットが周囲を見回すと二人が立っている場所が様変わりしていることに気づいた。

見たことの無いような透き通った無機物がふらふらと俳諧している。


(ゲッ……【氷結の精霊】レベル26ってなんだよこれ……。そういえば、この前クリアさんが言ってたな)




『“普段はプレイヤーもモンスターもいないような場所”に限って、特定の条件下で特別なモンスターが登場したりすることがある』




吹雪も相俟(あいま)って、レットとアリスの周囲を取り囲む状況がどんどん悪くなっていく。

この状況から、“二人で死んでリスポーンポイントに戻る”というのも流石にどうなのか――とレットは悩んだ。


「〔あの、クリアさん。ちょっと聞きたいことが――〕」


「〔……吹雪でモンスターが登場して帰れなくなったんだろ? そこから南側の高台にがあるはずだ。洞窟みたいになっているからそこで二人でゆっくり話すといい〕」


「〔あ……はい〕」


クリアの言葉を聞いて、周囲を見渡すレット。

確かに、高台に洞穴のような物が空いていた。


(あそこに連れて行けば良いんだな?)


「アリス――ここはちょっと寒いし、どっちにせよ今は危なくて帰れないみたいだから……オレに付いてきて」


「…………」


レットの言葉に対して、アリスは返事をしない。

吹雪に煽られながら、海に向かって俯いたままだった。


(参ったな……)


悩むレットに今度は前から、強い海風がレットに向かって吹いてきた。


「うえっ……冷えるな……」


「――! ごめんなさい。そうさせてもらうわ……」


レットの呟きが聞こえたのか、アリスがローブのフードを被ってレットに対して振り向く。


(顔、見ないであげた方がいいかな)











 かくして、二人は移動することとなった。

レットが先導して到着した場所は【ヨヴの祠】――とある職業の習得資格を得るためのクエストに使われるだけの祠が設置された小さな洞窟だった。


(ここもまだちょっと寒いけど……外よりはマシかな)


「ごめんなさいね。取り乱してばかりで。レット君も帰れなくなってしまったし……」


「いいよ。気にしなくて。それよりその――もう大丈夫?」


「大丈夫よ。“私が泣いてる場合じゃない”もの」


(そうだよなあ……これからどうしよう。凍死するとかは無いと思うんだけど。このままじゃあ前哨基地に帰れないし。あ――そうだ)


レットがクリアから受け取った大きめの外套を取り出した。


「あら? 暖かそうなマントね」


「えへへ、備えあれば憂い無しってね!」


「〔クリアさん。この外套くれたのって……もしかして吹雪で帰れなくなることを予想していたんですか?〕」


「〔ネコニャンさんが“吹雪限定”で釣れる魚があるとかでオーメルドの天気を事前に調べて大はしゃぎで出かけて行ったから、知ってたんだよ〕」


(サンキューネコニャン! でも一枚だけかあ……まあ、現実と比べたらこのくらいの寒さはどってことないし。オレが我慢すれば良いだけの話かな!)


アリスに外套を渡そうとしたレットの手が――


「〔――さて。場所も、天候もバッチリだな。レット。そろそろ“始まる”ぞ〕」


――クリアのその“囁き”で止まった。


「〔へ? “始まる”って、どういう意味です?〕」


「〔――――――――直ぐに分かるさ!〕」

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