第十四話 言い争い
「あ、ああああああ。アリスさん!」
「もう! レット君ったら。私、“前”にも言ったじゃない。『敬語は無し! 私のことは、呼び捨ててもらって構わない』って」
「わかり、わかった! えええと、そのっ! ぐぐ偶然だね! 助けてもらってありがとう! アリスさ――アリス!」
緊張で、レットの声が上擦る。
「偶然なんかじゃないわ。『こっちにレット君がいるな』ってわかったの。だってあなたの声。すっごく大きいんだもの。気になって私――見に来ちゃった」
舌を出して悪戯っぽく笑うアリス。
(……うわあ……悲鳴とか聞かれてたのかオレェ……格好悪いとこばっかり……)
「それで……私もパーティに入れてもらってもいいかしら――リーダーさん?」
「あ……ああ! 喜んで!!」
「〔おいクリアァ! パーティメンバーの誘い方教えろやゴラァ!〕」
「〔いやいやいやいや、落ち着けよ。何があった!?〕」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「〔ああ……ウサギ。そこのウサギかあ……もしかして、黒いウサギに攻撃当てたりとか――してないよな?〕」
「〔え? どれも同じウサギじゃないんです?〕」
「〔その『ブラックラビット』はレベル18とかだぞ! お前のレベルの倍はある! 『敵の強さを調べてから戦闘を始めろ』って――この前ケッコさんに言われていたじゃないか!〕」
「〔ウワアアアアアアアアアアアアアやっちまったああああああ!〕」
頭を抱えるレット。
死亡していたタナカを蘇生させてアリスがパーティメンバーに自己紹介をする。
[初めまして、よろしくお願いします。私、アリスって言います。このリーダーさんの知り合いです]
レットは改めて、パーティメンバーとして加入した彼女の名前を今日初めて確認する。
(なあんだ。普通に名前は【Alice】じゃないか)
レットは、目の前の少女と初めて話をしたときのことを思い返した。
(前に出会った時は、アリスって名前を”頑なに隠していた"んだよな? 一体、どうしてあの時は名前を隠していたんだろう?)
[助けて頂いてありがとうございます。私、タナカマコトと――]
[ちょっと……いいですかね?]
挨拶を遮って、不機嫌そうな表情のフェアリーが会話に割り込んできた。
(あ……やべェ!? ……オレのミスでパーティが壊滅したんだ。……怒られる!)
[狩り場を提案したのはあなたでしたよね。釣ってはいけないモンスターがいるなら……釣り役に事前にきちんと説明とかしたらどうなんです?]
フェアリーがパーティメンバーを糾弾する。
その相手はレット……ではなく、タナカであった。
[――失礼しました。私のミスです。黒いウサギが強いのだということを説明するのを忘れていました……]
フェアリーの言葉にタナカが深々と頭を下げる。
[ゲーム内のデータベースなんて紙媒体でいつでも読めるんだから、盾役やるならフィールドにいるモンスターの予習くらいやったらどうなんです?]
[……仰るとおりです]
“一体どうしたのか?”そう聞きたそうな怪訝な表情でアリスはレットを見つめてくる。
レットはアリスの無言の問いかけに首を小さく横に振って答えた。
(おかしいな。オレが怒られるところじゃないのか――これ?)
その後、タナカのデスペナルティ回復と同時に狩りが再開。
レットは今度こそ間違えの無いように敵を釣る。
そうして釣ってきた敵を三人で攻撃し、アリスがバックアップを行う。
しかし、アリスとパーティを組めたレットの内心は――決して穏やかな物では無かった。
何故なら、戦闘中もフェアリーのタナカに対する追求が止まらなかった為である。
[――なんで敵の攻撃にちゃんとスキルを合わせないんです?]
[――ダメージを受けすぎているのわかりますよね?]
[――あなた攻撃のタイミングがおかしくないですか?]
(何で……何でこんなにタナカさんだけボロクソに言われてるんだ……。……空気悪ぅい……誰かなんとかしてくれぇ……。――待てよ? これはアリスに良いところを見せるチャンスなんじゃないか? オレがこの喧嘩を止めれば彼女の内部評価は二階級特進間違いなしだ!)
勇気を振り絞ってレットがフェアリーに話しかける。
[すすす、すみませんが[ちょっと――アナタ、その言い方はないんじゃないかしら?]ハイなんでもないです]
割り込むように口火を切ったのはレットではなくアリスであった。
[私は初心者だから、そんなに細かい事はわからないけれど。傍から見ていて、タナカさんがそんなにおかしな事をしているようには見えないわ]
(全然分からないけど、むしろタナカさんオレより遙かに上手いんじゃ無いかな……格上のモンスター相手の攻撃を耐え抜くなんて……)
心の中でアリスに便乗するレット。
[……それなら、黙っていればいいのでは? 少なくとも、私はあなたよりこのゲーム長くやっていますが]
[それは――たしかにそうかもしれないけれど……]
突如剥き出された敵意にアリスが思わず口ごもる。
(怖っわ! この人怖っわ!)
[それと、最初から気になっていたんですが盾役が“装備品を着ていない”のはどういうことなんです? ふざけているならこのゲーム辞めて欲しいんですが]
[すみません。ちょっとこれには理由が御座いまして……]
[どういう理由なんです? 納得できるように、ここで説明してみてくださいね]
[それは――すみません。理由をお伝えする事は出来ないのですが……]
タナカの歯切れの悪い返答を受けてフェアリーの罵倒が加熱する。
[別にさ、いいんですよ。自分としてはね。最低限の仕事をしてくれるのならそれで。あなた今最低限の仕事もできてないですよね。ケパトゥルスってこんな人ばっかり]
[――――――そんな言い方って!]
アリスはフェアリーの言葉に怒りを通り越して呆れているようだった。
「〔あああ。ヤバい! クリアさん。なんかパーティの物凄く空気が悪いんですよ。実は――〕」
藁にも縋るような思いで、可能な限り現状を説明するレット。
「〔なるほど――なあレット。ひょっとしてそのケパの人。“レベルがダウンした”んじゃないか?〕」
レットはタナカを倒したときに『Lv.Down』という表示が出たことを思い出す。
「〔そういえば――さっきオレがタナカさんを倒したときにレベルが下がっていたような……〕」
「〔それが原因だな……。死んで経験値を失ってレベルが下がって、今まで着れていた装備品がいきなり全部着れなくなってしまったんだ。だからその盾の人はずーっと裸なわけだ。だからと言ってそんな物言いを――されてもおかしくないな“ケパトゥルス”なら〕」
「〔よくわからないんですけど、今喧嘩が起きてる原因ってもしかして――もしかしなくてもオレのせいだったりします?〕」
「〔ぶっちゃけると、PKの件もウサギの件も全部レットに原因がある〕」
(うわぁ……やっぱりそうだよなぁ……)
『それは――すみません。理由をお伝えする事は出来ないのですが……』
タナカの発言を思い出すレット。
(タナカさんは、装備品が着れなくなった原因――レベルダウンの理由を話さなかった……。もしかしてオレの事を……庇ってくれたのか!?)
フェアリーの怒りの矛先が、再びタナカに向けられる。
[ハァ……。裸で必要以上にダメージを受けて。回復役にまでずーっと負担を掛けていて、あなた恥ずかしくないんです?]
[はい……ご迷惑をおかけしています]
タナカがその禿げた頭を深々と下げる。
[気にしなくて良いのよタナカさん。私、これっぽっちも迷惑だなんて思っていないから!]
(怖いけど……でもオレが原因なんだから、流石に何も言わないわけにはいかないよな)
[いいいいや! そのっ…………ですね。こここここの人が装備を着ていないのはオレが間違ってその――ええと、かかかか彼を攻撃して倒してしまってレレレレレベルを下げてしまったからでございましてでございまして、でですね! 悪いのは全部オレなんです。すみませんでしたあああ!]
レットが咄嗟にフォローに入り深々と頭を下げた。
“自分が原因である”という事に加えて、フェアリーの剣幕が恐ろしいのとアリスの前ということもあってかその声は上擦っている。
[そうだったのね。正直に教えてくれて、ありがとうレット君。ほら、タナカさんだって好きで裸でいるわけじゃなかったのよ!]
(やった!! 褒めてもらったー! 死ぬほど情けないけど……)
しかし、フェアリーはレットの言葉を聞いて動揺すること無く続ける。
[そのくらいの事態は、想定しておくのが当たり前なのでは?]
[――――えっ?]
アリスが間の抜けた声を上げる。
(ええ!? なにそれェ!?)
[だってこの人ケパですよ? モンスターみたいなものじゃないですか。見た目キモいし何も知らない初心者からすれば敵だと勘違いされるのが当たり前なんだから、そのくらい想定して立ち回ったらどうなんです?]
(そんな滅茶苦茶な!)
「〔駄目ですクリアさん! どう言っても丸く収まる気がしないです! 限界です助けてくださぁぁぁい!〕」
「〔実は既に様子を見にオーメルドまで来ているんだけど、そんなに酷いのか?〕」
「〔見た目が可愛いのに言い回しが怖くてどうすればいいかわからないですオレェ! コンビニで店員にネチネチ絡むクレーマーみたいです!〕」
それを聞いて、クリアの声のトーンが下がる。
「〔あー、――――――――――――要するに"フェアリーのプレイヤーが暴れてる"のか。それは確かに怖い。わかったわかった。レット。俺に現在の座標を教えてくれ!〕」
「〔【O-17】でパーティをやってますけど……何をするつもりなんです?〕」
「〔俺が近づいて来たらパーティを解散させてくれれば良い。任せろって! 俺がその場を丸く収めてやるよ! 解散のやり方はわかるか?〕」
「〔さっき間違って一回解散させちゃったから、やり方はわかりますけどォ……〕」
レットがクリアに助けを求めている間にも、アリスとフェアリーの口論は続いている。
[アナタ……ケパトゥルスのプレイヤーに何か恨みでもあるの?]
[――別に何も? 浮かれていたのか、何なのか理解できませんが。死んで経験値を失ったら装備品が剥がれるのなんて当たり前でしょ? どう見ても準備不足のケパの責任だと思うのですが、如何でしょうかね]
[それは……事実です。私、新しい装備一式が欲しくてつい前の装備を売り払って資金の足しにしてしまったんです。考えが及ばず、申し訳ありませんでした]
(装備を買うために前の装備を売ったって――オレと同じじゃないか……)
レットは自分がゴミ拾いを始めることになった理由を思い返す。
お金稼ぎをすることになってしまった原因とは単純なもので――『装備品を“一つ買うため”だけに店に全身装備品を売っぱらってしまったため』であった。
(一式揃えてきたタナカさんよりも、一つ買うためだけに破産したオレの方が遥かに無計画だよなあ……)
[それでも――ねえ。私、さっきからアナタの言っている事さっぱり理解できないのだけれど。そもそも、そんなに強くタナカさんを責める必要が一体どこにあるのかしら?]
[実際に迷惑を被っているという事が見てわからないのでしょうか? 迷惑をかけられたらきちんと謝罪を行うのは社会の常識ですよ]
(ああもう! この人の話し方、気分悪いなあ……)
[アナタ……アナタ間違ってるわ! 自分の中の苛立ちを目の前のタナカさんにただぶつけているだけよ。少し冷静になりなさい!]
[ああ、そういうのもういいですから。こんな謂われの無いような噛み付かれ方される為にパーティ入ったわけじゃ無いんで。自分このパーティ――]
「「ちょっと待ったアアアアアアアア! そこの初心者パーティ! お届け物だぜエエエエエエアアアアアアアアアアアアアア!」」
(クリアさんが来た!! ……もうどうにでもなれ! ここで解散だ!)
地平線の彼方から突然馬に乗ってクリアがこちらにやって来る。
今回はその体に何も装備を付けておらず短パン一丁。
突然の乱入者にレット含む四人の視線は釘付けになった――クリアではなく、背後の“ソレ”に。
(なんだあのモンスター!? さっきの亀よりもデカい! クリアさんは、一体何を連れて来たんだ!?)
筋肉質で半裸の巨人がクリアを追いかけるように走ってきている。
レットは近づいてくるそのモンスターの詳細を調べて、驚愕し、そしてクリアの凶行に対して絶叫した。
「《大剛力のアルバトロス》。レベル……86ゥウウウウウウウウウウウウウ!?」
【非表示設定】
キャラクターの名前や所属チームの名前はチーム、パーティ、フレンドに対してすら非表示にすることができるが、様々な情報を非公開にしていると『このプレイヤーには何か後ろめたい過去があったのではないか』と他のプレイヤーに怪しまれて、もめ事の原因になったりする。
一般的なプレイヤーなら、名前と所属チームの両方は“表示してあるのが当たり前”。
表示していて正気じゃ無いと言われるのは『後ろめたい事や、問題のある名前をしている』プレイヤーから見た場合の話だったりする。
とはいえ、キャラクターの情報を隠せばどのような悪事も隠し通せるかというと決してそういうわけではない。
他ゲームとは違って声と顔の認証が現実と同じようにできてしまい色々痕跡の残る本作では、ノウハウが無ければ他人に成り済ましたり、生半可な技術で悪事を隠し通すのは困難である。
「「大型モンスター討伐用の責任感あるパーティメンバー募集中です。“名前非表示×、フルフェイス装備×、チーム非表示×”」」
【地形破壊】
破壊された地形はサーバーがリセットされるタイミングメンテナンスやアップデート時等)で復旧される。
ただし、『ゲームバランスに関わるようなオブジェクト』を破壊ことは基本的には不可能(ポータルゲート等)。(しかし、ごくごく稀に仕様の穴をついて破壊できてしまうこともあるようだ)
また、ゲーム内でプレイヤーの記憶に残るような事件が起こり、それが“運営会社にとって肯定的な内容”であった場合に限り、事件に関連する地形破壊が復旧されないことがある。
「ここの岩。壊れていますけど。何があったんですか?」
「――うん。昔の懐かしい思い出の一つかな」