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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
149/151

B面 第七話 笑み曲ぐ狂女

「いやー、楽しいパーティでした!」


とある一人のプレイヤーの、潑剌(はつらつ)とした声が洞窟の中に響き渡った。


「また、この四人でレベリングしたいですね! 皆さんは何歳くらいなんですか? 僕は14歳です」


「俺は16」


「わたし14!」














「――自分はXX歳ですにゃ」


その気の抜けるようなトーンの一言の後、パーティの中に僅かな沈黙が走った。








「とっても楽しかったから、メンバーにフレンドの申請送りますね。また遊びましょう!」


「ありがとう」


「ありがとうございます!」







「あ、あの……自分にフレンドの申請届いてないですにゃ」


「お疲れ様でした~」


「自分にだけ申請来てないですにゃ」


「バイバイ~。またね」


メンバーが拠点にワープして行き、キャットの女性キャラクターが一人洞窟に取り残された。


「……ま、わかっていたことですにゃ。……もう慣れっこにゃ。むしろ、事前に世代の違いを知れてラッキーですにゃ。仲良くなってからオフ会で歳の差発覚して、『学校の引率の先生』と勘違いされたりするよりずっとマシですにゃ……」


独り言と深いため息が洞窟の中を反響する。

キャットのキャラクターはしばらくの間真顔で固まっていたが、拠点への帰還を優先せずにおもむろにフレンドリストを開いた。


「……チームも解散しちゃったしー。仲の良いフレンドさんは皆ログインしていないしー。若い人はおっさんが嫌いだしー。おっさんも見知らぬおっさんが薄っすら嫌ってくるしー。最近は誰とも一緒に遊べんですにゃ……。寂しいですにゃあ……」








「〔――ネコニャンさん。聞こえますか? ちょっと聞きたいことがあるんですが〕」


「〔はいはいはいはいなんでしょうにゃなんでしょうにゃ!〕」


ジャストタイミングでフレンドのクリアから囁きが飛んできて、キャットの女性キャラクター――ネコニャンはゴワゴワの尻尾をバタつかせた。


「〔ちょっと経緯は省くんですけど。ネコニャンさんは【会者定離の塔】っていうダンジョンはご存じですか?〕」


「〔……ゲームを遊んでいる上級者なら、“存じない”わけないわけがないですにゃ。登ったこともありますにゃ〕」


即座に尻尾がだらりと垂れ下がり、ネコニャンはため息をついた。

“知らないプレイヤーがいるかもしれない”などと思っている時点で、フレンドのPVEコンテンツに対する無知っぷりを理解できたからであった。


「〔そういうものなんですか。とにかく、聞きたいことがあって。この塔に、初心者じゃないプレイヤーが今更挑む理由があるとしたら――それってどんな報酬が目的だと思います?〕」


「〔んん……報酬の話ですかにゃ? 初回だと……塔のストーリーを見れるとかですかにゃ? 進行度に合わせて勝手に進むし、ドラマティックと言うよりもメッセージ性が強くて自分はあんま好きじゃないから全部スキップしてましたけどぉ……〕」


「〔他には何かありますか?〕」


「〔ぬ゛ぬ゛ぬ゛ぬ゛……〕」


だらりと前傾姿勢になりつつ首を傾げながら目を細めてネコニャンは思案した。


「〔――頂上の景色は綺麗だったけど。それだけでわざわざ時間かけて登るようなもんでもないですしにゃ。強いていえば少人数で“レベルの上がっていない職業”のレベルを効率よく上げるんだったら、経験値重視の報酬を選択するのもありだと思いますけどにゃ?〕」


「〔【登り切らないで塔を降りる選択肢】を選ぶことで、レベルの上がっていない職業を効率よく上げる――ってことですか〕」


(ははぁ。わかりましたにゃ! 『クリアさんは流浪者(ノマド)以外の職業のレベル上げを効率良くしたい』けど、それが言い出せないんですにゃ! クリアさんらしくないですにゃ“素直にレベル上げを手伝って!”って台詞が言えんのですにゃ!)


「〔――しょおおおおおおおがないですにゃ~。しょおおおおおがないですにゃ~! レベル上げを手伝って欲しいならそう言って欲しいですにゃ! 今回だけは手伝いますにゃ。クリアさんとは進行度が違うから、最初の層から上り直しになるけど、別に大した労力じゃないですしー。今なら攻略なんて二人でもちょちょいのちょいですしー。自分もレベルの上がっていない職業で向かいますにゃ!〕」







「〔――いや、別に塔を登る気はないんで。その情報だけ知れればそれで良いです。ありがとうございました〕」


一方的に会話を打ち切られ――


「〔――え゛っ〕」


――体幹が崩れるほどの衝撃(ショック)を受けて、思わずネコニャンがよろめく。

キャラクターの体力が減ったことを確認して、自分が受けたダメージが“精神的なものだけではない”ということを理解して背後を振り返る。







72時間に一度しか沸かないはずの巨大な獅子面のモンスターが、ネコニャンの頭上から大きな口を開けていた。


――モンスターの本能(プログラム)に基づく、理不尽と感じるほどの威力の電撃が、ネコニャンを襲う。





「〔グェーッ!!〕」






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 (よし、ネコニャンさんは“無事に襲われた”な)

 

 狙い通りにフレンドがモンスター襲われたことを確認してから、俺は改めて会話を打ち切る。

おそらく、戦闘不能は免れないだろう。

……といっても、ただ単に嫌がらせをした――というわけではない。


ゲームメニューから“現実の時間”を確認して、俺は頷いた。


(時間通りにユニークモンスターが湧いた。これはつまり、“アップデートがきちんと終わった”ってことだ)


 以前、ここの運営は『メンテナンスをしたつもりだけどできていなかった』というとんでもない理由で、再度“即座に”緊急メンテナンスを実施したことがあった。


“城の攻略中に緊急メンテナンスでログアウトされるのは避けたい”と思っていた矢先に、フレンドリストからネコニャンさんが長時間ダンジョンにいることがわかり、“アップデートがきちんと適用されているかの確認”のため、“ダンジョン全体を徘徊するレアモンスターが沸くタイミングで引き留めた”というわけだ。


(ネコニャンさんが無事に襲われてくれて、助かった)


アップデート後に緊急メンテナンスが発生することもあるが、致命的な不具合は稀でゲームから突発的に締め出されることは滅多にない。

つまり、これで安心してゲームを続けられる。


(そして――なるほど。ネコニャンさんの話を聞いた限り、会者定離の塔は“単なるコンプリート的な達成感を満たす”のと“レベルの低い職業のレベリング”以外に、現状大して挑む意味はないってことか……)


聞いた情報を思い返しながら思案する。

件の少女、ルリーカのプリーストの“本来のレベル”はレットの1.5倍程の高さだと聞く。レベルだけで言ったら、決して低いわけではない。


(あとは――違うベクトルから。塔の攻略の協力者を“野良で集める労力”について調べてみるか。何かおかしな点――綻びが見つかるかもしれない)


 塔の報酬についてはネコニャンさんに聞くのが確実だった。

あの人はなんやかんやガメツイので、情報に間違いはないだろう。


逆にこれから、俺が質問を飛ばすフレンドは“報酬度外視で他人を手伝ってくれるような人”だ。

手伝うことで貰えるリプレイ報酬などいちいち覚えていないだろうが、“初心者プレイヤーのお手伝い“に関する情報はその人に聞いた方が良い。





「〔――ワサビさん。こんばんは〕」


俺は、いつもの挨拶を済ませる。


「〔こんばんはですー〕」


即座にのほほんとした声が聞こえてきて、不思議と肩の力が抜けたような気がした。


「〔今大丈夫かな? ちょっと、【会者定離の塔】について聞きたことがあるんだけど〕」


「〔はい。もちろんお手伝いしますよー。一緒に頑張りましょー!〕」


ノータイムで“手伝いをする”という旨の返事が返ってきて俺は慌てて否定する。


「〔あ、いや。そういうわけじゃなくて――。その、個人的な用事があって聞きたいことがあってね。このコンテンツって、野良の人と気軽に行くようなものなの?〕」


「〔えと、身内の人と一緒じゃないと基本的にあえて行くような場所じゃない感じですねー。野良の人と冒険するのは二人でも時間がかかるし、ちょこっと大変かもですー〕」


ワサビさんがこう(のたま)っているのだ。

つまり、“野良のプレイヤーと一緒に登るのは珍しい”と言うことだ。


「〔じゃあ、何も知らない野良のプレイヤーを誘って登ろうとするプレイヤーはほとんどいないってこと?〕」


「〔はい。野良の人を誘って登ろうとする人はあんまり居ないかもですねー。何か理由があって、ひとりぼっちになったとかですかねー。チームが解散しちゃったとかー――〕」


「〔後はちょっと意地悪だったり、トラブルを起こしたり、トラブルに巻き込まれた結果。周囲から孤立してしまった迷惑プレイヤーってことか……。そんなヤバいヤツは、滅多にいないだろうけど〕」


「〔そ……そんな感じですー〕」


こうやってゲームに詳しい人間に話を聞いてみると。

ルリーカという少女の“塔を一度ちゃんと登ってみたいというだけで野良の初心者と行き当たりばったりで登ろうとする”という行為は、あえて疑ってみれば不自然ということになる。


――“あえて露骨に疑えば”の話だが。


何か、他に理由があるのかもしれないが――しかし、今の段階ではそれしかわからないか。

これじゃあレットの言うところの、“嫌な予感と大差ない”な。


(まずいなこれは――。どれもこれも、レットにとって役に立つ情報とは言えないぞ)


「〔――あの、クリアさん?〕」


俺はハッとして我に帰る。


「〔ああ、ごめん。ちょっと、考え事していて――ボーッとしていた〕」


「〔はい。また……何かあったら、頼って欲しいですー〕」


冗談じゃない。

あんな危ない事件を手伝ってもらうのは最初で最後だ。


「〔いや、心配しないでよワサビさん。何か危ないことが起こるわけじゃないし。大したことじゃないから〕」


誤魔化すようにそう言って、フレンドとの会話を終わらせる。




直後に――


『――それと、あまり気負わない方が良い。全て終わったんだ。どうせ杞憂で済むさ』


――レットに対してアドバイスした自分の言葉が頭の中で反響した。

この言葉はひょっとして、俺が自分自身に言い聞かせるために吐いた言葉なのかもしれない。

何かが起きることを一番恐れているのは、他ならぬ俺自身なのだから。


(それにしてもレットは――説明が上手くなったな)


前よりも簡潔でわかりやすくなったし、情報の精度が高くなっていた。

ひょっとすると勉強とか、練習でもしたのかもしれない。











しかし、その成長が良いことなのか、俺にはわからない……。





――一体、“誰”に似たのやら。





果たして……アイツは本当に今、ゲームを楽しめているのだろうか?







 改めて休憩用のフロアを見回す。

後は【会者定離の塔】に関する“プレイヤーにまつわる逸話や噂話”に詳しい人間の話を聞かなければいけない。

詳しい人間というのは、まさに俺と同行している人物で、昨日の段階で既に調査依頼を行ったばかりなのだが……周囲を見渡す限り、まだログインはしていないようだ。

俺は仕方なく、何の気無しにゲームのアップデート情報を羊皮紙に転記したものを取り出した。


このゲームにアップデートがあったのが“今日の早朝”のことだ。

ログイン前の時間にアップデートに関する情報を調べてはいたが、どうやらこの城やレットが攻略中の塔に関して直接的に何か新しい調整がされたわけではないようだった。


一応念の為、再度羊皮紙の内容を確認しつつ手元のウィンドウを弄りながら俺は休憩用のフロアを進んでいく。


今回のアップデート内容で気になることといえば、ただの一点――


【その他、特定エリアのNPCの挙動に関する軽微な調整を施しました】という一文だけだ。


――アップデートの中のこういう文言にはいつも頭を抱える。


「『軽微な調整』って一体なんだよ――不具合とかバグの修正か? ゲームを作っている側として、ユーザーに余計なことで追究をされたくないっていう気持ちはわからんでもないが。きちんと細かい部分まで表記してくれないと、ゲームの隙間をついて好き勝手やる身としては困るんだよな……」


「……随分と、独善的な目線でのクレームですわね」


先程からログインして、俺を追いかけるように黙って付き纏っていたミナが(俺が一切反応せずに羊皮紙を見つめていたためか)ここでようやく口を開いた。


俺に対して呆れ果てているような表情と同時に、軽く目元を擦っている。

上品に振る舞いたいのかなんなのか定かではないが、眠気をこちらに悟られないようにしているのがバレバレだ。


「――おい。昨日はちゃんと寝れたんじゃないのか?」


「あ~ら。その質問はセクハラではありません~?」


ニヤリと笑って調子に乗り始めたミナを再び無視して、再び羊皮紙のアップデート情報を読み始める。

そんな俺の雑な対応を見て、ミナが呆れ果てながら(呆れているのはこちらなのだが)ため息をついて俺の質問に答えた。


「世の中の全ての人間が暇を持て余しているわけではありません。それに……女には、女の準備というものがあります」


「ゲームにログインするのに身だしなみを整える必要なんてないだろ?」


ミナは信じられないというような表情で、俺に対して懐疑的な目線を送ってくる。


「――世の人々は貴公のようにいい加減でもないのだよ。自覚したまえ」


こちらはこちらで、一体いつログインしたのだろうか?

全く気付かぬうちにリュクスが俺の背後に立っていた。

そんな俺の驚きの表情を読み取ったのか、リュクスは帽子の鍔に手を当ててポツリと呟く。


「夢を見始めて《ログインして》から、貴公に気付かれずに背後を取れる位置を探していたというだけの話だ」


ミナに聞かれないような声で、俺はリュクスに対して小声で呟いた。


「(――おい。お前に“そんな暇を持て余されたら困るぞ”)」


まさに俺がレットの件を既に話した上で【会者定離の塔】に関連する“怪しい噂話”を独自の伝手で調べてもらうように依頼したのはこの男なのだから。


「(貴公から頼まれた件については、吾輩から方々の情報筋に対して調査の依頼をしたところだ。今は“返事待ち”……と、言ったところか)」


リュクスは俺から距離を置いて、ミナに対して誤魔化すように嘯いた。


「――何事も、プライベートをきちんとこなした上での仮想世界だよ。貴公」


「ほ~ら、一般的にはきちんと身だしなみを整えたり、自分の用事をきっちり終えてからからログインされるのが正しいんですわ! クリア様はズボラすぎます!」


「――リュクス。ちなみにお前、昨日何時間寝て、いつからゲームをやっているんだ?」


「何時間寝た――か。それは吾輩に対する性的なハラスメントかなにかかね?」


「……冗談はよせよ」


「昨日は10000秒近く眠れた。長すぎず短すぎず。おかげで悪夢を見ないで済んだ。加えて、溜まっていたプライベートの雑務を片付けることができた。完璧パーフェクト)だ」


その言葉を聞いてから、俺はミナに向き直る。


「これが、この城の“一般的”だ。プライベートの時間を省いてゲームをやるか、睡眠時間を潰してリアルの用事を補うかのどっちか。つまり、俺とリュクスの方が多数派ってことだな」


「……ん。――んんんん………????」


自分の中の常識が相当揺らいでいるのだろうか?

ミナは混乱する素振りを隠そうと両手の人差し指で口の端を引っ張り上げて無理やり笑みを作りながら――――しかし結局混乱してしまっている。


「とにかく。今日このフロアでやることは買い物だな。ここから下の階はプレイヤーの強さのレベルも一段階上がるし、出発前に食事を取る必要もありそうだ。だから、各自の判断で自由行動――」


「嗚呼あゝ~ッ!」


ミナが素っ頓狂な声をあげて、それまで口元を引っ張っていた両指の人差し指をこちらに向けてくる。


「そういえば、あたくし。クリア様に“頑張った報酬が欲しい”って、昨日お伝えしましたわよね?」


「ああ――確かに言ったが」


「“話は変わるんですけれど”」


俺の言葉を遮りながら、ミナは強調するかのようにそう言い放つ。


「“あたくしお買い物がしたいな~”と思っていまして。クリア様って何か御入用の装備品とかは、この近場だと普段“どこで購入されているのです?”」


「ここじゃAH(オークションハウス)に決まってるだろ。他にどの候補があるっていうんだ?」


「……そうですわよね」


俺の言葉が不満だったのか、ミナは一旦膨れっ面になった後。

体をゆっくりと左右に揺らしながら、再び言い放った。






「――“あたくし、お買い物がしたいな~”と思っていまして~」


「あ~あ~わかったよ。わかった。つまり、お前は俺と一緒に買い物がしたいんだな?」


ベぇっつにぃ、そ~んなことは仰ってませんわ! でも、まあクリア様がどうしても望まれるようなら。それを以ってして、あたくしのお願いを叶えたというふうに解釈してもらっても構いませんけどぉ?」


ミナがチラチラとこちらを見つめてくる。

俺は非常に巨大なため息をついてから、半ば誘導される形で彼女が望むセリフを吐き出した。


「――ミナ。“良かったら俺と一緒に買い物に行かないか?”」


言質を引き出せて余程嬉しいのか、ミナの顔は瞬時に明るい笑顔に変わる。


「仕方ありませんわね~。ま、どうしてもというのなら、ご同伴に預かります!」


そう言いながら、ミナは笑顔のまま軽く跳ねる。

両目を覆うドミノマスクが、僅かに上下した。











――というわけで、AH(オークション)の前に俺とミナは二人で立っていた。

もう少し凶悪なお願いをされると思っていた身として、買い物に付き合わされる程度で済むのなら願ったり叶ったりだ。

他のプレイヤーも多くはないし。この女が訳のわからない凶行に走ったりしない限りは、大した注目は浴びないだろう。

手元のウィンドウを弄っている俺の横で、ミナがAH(オークション)の商品一覧を覗き始める。


「棘付きのスパイクと、釘のついたバットと~。火炎瓶に~。猛毒薬に~」


「――あのな。一体、ここで何を買おうとしているんだ!?」


やたらと残虐性の高い物騒なアイテムばかりを品定めし始めたミナに対して俺はツッコミを入れる。


「クリア様って、こういうのはお好きじゃありませんの?」


「別に今欲しいわけじゃない。前から気になっていたんだが、お前――俺のことを何か勘違いしてないか? ――というか、二度手間になるから自分が好きなものを自分で選んで買ったらどうだ?」


「え、ええ……そう――ですわね」


なぜかミナは俺の返事に困惑の様相を示している。

――困惑したいのはこっちの方なのだが。


「では――それなら……あたくしこの機会に、胴体部分の装備品を新調しようと思うのですけれど――どちらにしようか迷っていますの。この二つの装備なら、どちらが良いと思います?」


俺はミナが提示した『装備品の情報が掲載されたウィンドウ』を見つめる。

ミナが提示した二つの候補はどちらも、露出が大きい割に装飾が物々しくてフットワークが悪いように感じられた。


「戦闘の観点で言うのなら――この二つより。こっちの赤い装束をオススメする。ステータスもアサシン向けだしデザイン的にも無駄がない。それと、今腰と頭につけてるクソデカいリボンは、外すか外見を変更した方が良い」


 ほとんどの装備品はプレイヤーの足を引っ張らないようなサイズになっているが、ミナのつけているリボンはあまりにもデカすぎる。

そのまま地面に寝ころんだら、頭のリボンは枕代わりになりそうだし、腰のリボンはキャラクターの背中のS字曲線にフィットしそうなくらいデカい。

大きすぎて、キャラクターのヒット判定までデカくなってしまっているレベルだ。

これでは戦闘の際に壁に擦ったり、共闘する他プレイヤーの視界の邪魔になりかねない。


「――随分と実践的な選択をされていますけど。違います。“オシャレの観点”から意見が欲しいんですの。どちらの候補も、可愛いと思いません?」


ミナが並べている二つの装備品は、どちらも性能に関してはそれなりのもので最適なものではない。


――とはいえ、思い返してみれば“城を降りる上でのアドバイスはもうしない”と言ったばかりだった。


 性能が足りていないからといって、装備の性能について自分があれこれアドバイスする義理はないし、彼女自身がオシャレを求めているのならそれに即した意見を提示すれば良い。


(――その結果、この女が戦闘不能になろうと俺の知ったことではない……か)


「具体的にどう可愛いのか説明してもらわないとわからないが……正直言って、俺には違いがわからない……。そもそも、俺の意見を聞く必要があるのか? オシャレをするなら、自分で心の底から着たいと思うものを着るべきだと思うが。――お前は俺の着せ替え人形じゃないだろ?」


その俺の言葉を聞いて、なぜか驚いた表情でミナが俺を見つめた。

ふっ――息を吐いて僅かに笑みを浮かべながら、俺に対して質問してくる。


唯唯諾諾(いいだくだく)な女はお嫌いなのですね」


なぜか俺は、彼女が普段纏っているよこしまな雰囲気を――その瞬間だけ感じなかった。





「――じゃあ、自分で“最終決定”しますから、どっちが良いか理由も含めてご意見を聞きたいです」


「そう――だな。最近のプレイヤー事情で言うと、この世界(ゲーム)で人気なのは『他者に対して印象付けをしやすい装備品』だ。全く違うテイストや雰囲気の装備品を、頻繁に着替えるのはおすすめしない。普段から全体のカラーやテイストを統一するとキャラがはっきりして他のプレイヤーに親しまれやすいからな。加えて、コミュニティの中で自分の性格を強調するためのトレードマークにするのなら“色合いがはっきりした装備”を着た方が良いだろうな。だから、今のドレスと同じカラーリングの――左のやつの方が良いと思うぞ。下品じゃない程度に派手だしな」


「そうですのね。じゃあこちらにしますわ」


そう言って、ミナは笑顔で“俺の選んだ方と逆のドレス”を即座に選択した。


「……即答できるくらい最初から答えが決まっているのなら、俺の意見を聞く必要は無かったんじゃないか?」


「いいえ。選んでいる間はとっても楽しかったです。ひょっとすると――買いたいものって最初から決まっていたのかもしれないけれど」


目の前の女にものすごく振り回されていることを改めて実感して、急に肩が凝ったような――嫌な疲労感が降り注いだ気がした。


「それで――ねっぇえ〜んクリアさまぁ〜ん。このドレスなんですけれどぉ~。とっても素敵ですわよねぇ~。あたくしの友人も、最近伴侶にこれと同じものをプレゼントしてもらったらしくてぇ~。そういえば――」


ミナが突然媚びるような猫撫で声をあげて、俺に対して体を擦り付けてきた。


「――クリア様って上級者でお金持ちですからぁ。“このくらいの装備品なら余裕で買えてしまいますのよね~?”」








(なんだこいつ気持ち悪いな)


周囲に目立たない程度に、俺は軽い肘鉄でミナの腹部を小突いてその体を引き剥がす。


「買うなら“自分の金で買え”」


「もう……つれないんだから。――余所余所よそよそしい態度に、げんなりですわ~」


ミナは涼しい顔で代金を支払ってから、違う部位の装備品を物色し始めた。


 こんな感じでミナとのチグハグな買い物がしばらくの間続いた。

形式上誘ったのは俺だが、“誘うのを強制されただけであって”、俺個人はほとんど買うものはない。

なので、気がつけばミナの買い物に俺が引っ張られるようになっていた。


やたら時間がかかるくせに、その場で色々な物を選ぼうとする。

次に買うものを決めたかと思えば、全然違う部位の装備品に興味を示して試着してみたり。

意見を求めてくるくせに、自分の中ですでに答えが決まっていたり――


(ま、まさか……ただ“買い物に付き合う”のがこんなにしんどいことだとは――)


――これはきつい。はっきり言って拷問だ。

なぜこの女はこんな意味のない時間ばかりを浪費する無駄な買い物をしたがるのだろうか?

ひょっとすると、気でも狂っているのかもしれない。


「う、うーん……」


俺はすっかり参ってしまって、気がつけばAH(オークションハウス)の横に置いてある椅子の上で伸びていた。

頭上から、リュクスの声が聞こえてくる。


「――貴公。このような場所で両足を伸ばしながら悩ましげな声を挙げるとは……これは逢引(デート)の誘いか何かかね?」


「頼む……今は本当に冗談はよしてくれ……“付き合いきれない”……。他人と一緒に買い物をするのが、こんなに苦痛だと思ったのは生まれて初めてだ……」


「貴公は女心に疎すぎる。“あれはそういうもの”だ――多少は割り切りたまえよ」


リュクスはそう言いながら、AHオークションハウスの横に設置してある人型の木製のオブジェクトに向けて銃の試射をしていた。


「何なら、吾輩も一緒に同行したいくらいだった」


「――それこそ、冗談だろ!?」


リュクスは黙って撃ったばかりの銃を掲げる。


「その場で“選び取る”というのなら、貴公もこういう物なら面白いと感じるだろう。一緒にどうかね? 新しい武器を試した上で、購入してみるというのも悪くはあるまい?」


「確かに自分の得物を選ぶのは楽しいとは思うけどな。他人を連れて行きたいと思ったことはないぞ?」


リュクスも俺と少し感性がズレている気がする。

買う前と買った後に他者に意見を求めることはあるが、“他人の買い物に率先して同行する”という感覚自体、ピンとこない。


「これで、一旦お買い物は終了です」


買い物を終えたミナがこちらに向かって歩いてくる。


「『何が楽しいのかわからない』そんなふうに仰っているのがこちらにも聞こえてきましたけど――あたくしにとっては、何よりも“あの場でクリア様に意見を聞くことそのものが重要”でしたのよ?」


そう言ってミナは目を僅かに細めつつ、こちらを流し見しながらくすくすと笑った。

気がつけば、俺の周囲のプレイヤー達が自分達を見つめている。


そこでようやく気づいた。

なるほど――この女、“俺に買い物の候補を選ばせる”ことで“俺たちの関係を誤認させようとしていた”わけだ。

俺はお面でも被っておけばよかったと内心で後悔したが今更遅い。


 さっきの買い物は思い返すと本当に碌なものじゃなかった。

はしゃぐミナに、ずっと振り回されてばっかりで――










“誰か”の視線を受けたような気がして、俺は周囲を見回す。

見知った顔は、どこにもない。


(ああ。そうか――)


「――女性との買い物っていうのはこういうものなのかな? 初めて知ることができた――感謝する」


ふと、そんな言葉が自然と口から溢れた。


「あ、あの――クリア様に感謝をされるのって初めてな気がするのですけれど。一体どこに感謝される要素があったのか――あたくしにはよくわかりませんでした」


「……自覚があるのなら、ちょっとは自重しろ」


「まあ確かに……選ぶのが面白くてつい――調子に乗ってしまった節はありましたわね。……お買い物、他の女性とは行ったことがありませんの? 例えばその――いつも一緒にいらっしゃるヒューマンの女性キャラクターの……」


「――ワサビさんな」


「そうです。ワサビ“お姉様”です」


……なんともまあ。

面識もないくせに、誤解を呼びそうな呼び方をするものだ。


「あの人は違うな。候補があったら“両方買ってきた上でどちらが良いのかと聞いてくる”ことが多い。合わない装備は別のコーデを構築するときに使ったり、購入した時と同額の値段で再出品したりしている。決めるときは、俺の意見をちゃんと聞いてくれるし。いつも偶然なんだが、俺の選択とワサビさんのチョイスはよく合うみたいでな」


「……あ~らそうですか。“偶然よく合う”のですね。“そういうこと”なんですか。へ~……」


ギリギリ聞き取れる声でミナは何かを察したかのように呟いた。

一体、何を納得しているのか俺にはさっぱりわからない。


「とにかく買いたいものは全部買ったんだな? 安く済んだろ?」


「おかげ様で。特に城の攻略に必要なアイテムは全て格安で購入できました。アップデート明けから暴落しているみたいで。助かりまし――」


そこまで呟いて、ミナが首をかしげた。


「『安く済んだろ』――って、買い物の一部始終を見ていたわけでもないのに、どうしてわかったのかしら? クリア様は何もお買い物をされていませんのに――まるで、事前に先々のことまで全部見通していたみたいに……」


「昨日のアップデートで『新しい職人向けの新レイド』が追加されたんだ。必要条件を満たしていれば参加希望を出してレイドにワープできるタイプのコンテンツでな。毎度毎度ワープした先のレイドで、“新規追加の合成素材をノーマナーな廃人連中が最大64人で奪い合う”」


「……品のないコンテンツですわね」


「全く持ってその通り。しかしこのサーバーでは、実に平和なことに、“アップデート明けからほとんど誰もこの新しいレイドに参加できていない”。だから、新素材を使ったアイテムも市場に出回っていない。レイドに参加者する連中は新コンテンツに関連する素材を大量に買い占めていたけど、アテが外れた。だから、損切りのために買い占めていた素材を一斉に売り出して、その結果城攻略に必要なアイテムの素材の価格が一時的に暴落したってわけだ」


「自業自得ですわね。自由な経済とは名ばかりで、無関係のプレイヤーからすればいい迷惑ですわ」


「き、貴公。もしや……」


リュクスが俺の手元を見て、息を呑んだ。











「貴公が今まさに“一人で無差別に止めているのかね?” そのコンテンツへのプレイヤーの参加の全てを……」


「正解だ。合成関連の開発担当者が扱うコンテンツだけ、たまにこういう仕様になるんだよ。①一人がレイドの参加をキャンセルすると全員が並び直しになる上に、②キャンセルをしても当事者に再参加のための時間的なペナルティが発生しないんだ。今日は攻略に必要な物品を大量に買うことになるわけだからな。『アップデート明けからコンテンツに参加申請を出し続けて、マッチングしたら参加を取り下げる』っていうのを、一人でずっと続けていたんだ。――役に立てて良かった。“安く済んだろ?”」


「あっ……えっと――その……」


ミナの表情が、ぐにゃぐにゃになっていた。

どんな感情を表せば良いのか自分でもよくわかっていないみたいだった。


「とっ…………とっても――その…………素敵ですわ! 無頓着無遠慮な振る舞いが、す、素敵というか……その――えっと……」


俺は、しどろもどろになってフォローしきれていないミナを尻目にAHに歩み寄って、システムウィンドウから“最高級の石で出来たナイフ”の出品者の履歴を見つめた。


「……俺のフレンドは、いつもこんな時。必ずといって良いほど悪巧みをして、事前に素材を全部買い占めていては、俺が原因で発生する不利益の数々にブチギレていたものだ――懐かしい話だが」











『今はその性悪なフレンドの名前をAHで見かけることはなくなった』


何の気無しにそこまで呟いてしまいそうになったその瞬間に、リュクスが軽く咳払いをして俺の言葉を制した。

余計なことを話しそうになってしまったことを俺は内心で反省する。











“いなくなってしまった人間のことを話すのは気まずい”。


「さて――次は食事だな」


「それに関しては、事前に調べて情報を得てます。焚き火台を使うのでしょう?」


AH(オークションハウス)で職人が作った料理を直接購入しても良いんだが、“パーティで自炊した食事”は短時間限定で追加のステータスボーナスが付くからな」


――と言っても、今回調理する食材セットは決して安くはない。

上質な食材を素人が料理しやすく下拵えしたりまとめたりすることができるのも、料理のスキルを高めた職人だけだからだ。


「――代金はリュクスが持つ。そして、料理と食事が終わったらパーティを即座に解散して次のフロアに挑む」


「“追加の料理効果を得るためだけに一時的にパーティを組む”……実に、悪辣ですわね。参考までに伺いたいのですけれど。クリア様って、普段何を作って食べていらっしゃるのかしら?」


「俺は料理なんかしないぞ。PVP目的の流浪者なら食べるものなんて決まっているだろ」


「いえ、現実(リアル)でのお話です。現実では普段から、お二方はご自身で料理を作られているのかしら? 確かにパーティでの料理は雑多な操作で誰でもできますけど、味の塩梅に関しては現実で料理の知識がある人間が携わった方が美味しく作れますから。――美味しい方がモチベーションは高まるでしょう?」


なるほど。この女は『俺たちの中で、誰が一番現実世界で料理に詳しいか』を知りたいようだ。


「俺は――いつもは水の水炊きとか作って食べてるぞ」


俺の返答に対して、ミナの表情が僅かに引き攣った。


「――それ、要約するにただの水ですわよね?」


「吾輩は煮込み料理が得意だが」


「――意外だな。俺はてっきり、女性の下着とか鳥の生の腿肉(ももにく)みたいなものを食べて生活してるんじゃないかと思っていたが」


「思い込みにも程がありますわね。世間の方々は、日々の生活のために、ちゃんとしたお食事を作って召し上がっているんです……」









「――吾輩が煮込み料理に情熱を注ぐ理由は“無駄な作業を要さず時短になるが故”だ」


「なるほど。発想がちゃんとオンラインゲーマーだな」


“何を頭のおかしいこと言ってるんだろうこの人たち”。

ミナはそう言わんばかりの表情をしつつ蔑むような視線でこちらを見つめてくる。





 焚き火台に移動してから、食材をリュクスから受け取ったミナが料理の準備を始める。


「お二方が非常識な思想で食生活を過ごしていることはよーくわかりました。今回は、あたくしが音頭をとって味付けをさせていただきます」


「料理の光景は俺が凝視しているからな。何かの体液とか、毒物とか、怪しいものを入れるなよ」


「わかってますわよ!」


ミナに警告する俺に対して、リュクスが呟いた。


「――その言葉は、貴公が言えたものなのかね?」










「出~来出来出来出来出来ました~。お料理、完成です!」


かくして、ミナが主導で調理された料理は塩梅が良いというか――実にしっかりした見た目をしている。


俺は匂いを嗅いでから、スプーンで料理を解きほぐして内容物を確認し、スプーンで掬った米を手のひらの上に置いて、何も起きないことを確認する。

再び米粒を摘まんで匂いを嗅いで、リュクスが同じ料理を口に運んだのを確認した後、舌の上に乗せて、再度何も起きないことを確認してからゆっくりと咀嚼した。


「その野生のキノコを選別するような振る舞いは――作った身としては流石に傷つきますわね……」


「“前科があるからな”。とはいえ、この料理はステータスに何か違いがあるわけじゃないが、よくできてる。そこのところは認める」


そのことを渋々指摘すると、ミナはドヤ顔をした。


「料理と家事に関しては――色々修行をしましたので。それで……クリア様が最近食べた料理の中で、一番おいしかった料理って何かしら?」


そう言いながら、ミナが目を輝かせる。

どうやら、“自分の料理が一番だ”と言ってほしいみたいだ。


「一番うまいっていうのなら、最近じゃ『フレンドの誕生日パーティで食べた飯』が一番美味かった。“忘れられない味”ってやつだ」


「その話を聞くと。(くど)いようだが。尚のこと、吾輩も同席をしたかったと思う。今になって思い返してみれば――」


そう言いつつ手元の料理を見つめるリュクスの表情は、帽子の鍔で隠れて見えない。











「――あれは、実に貴重な機会だった」


「――そうだな」


俺とリュクスの間に、神妙な空気が流れる。

ミナは満足できるような返事をもらえず不満なのか。

それとも俺たちの会話の意味が理解できていないのか、僅かに眉をひそめて首を傾げるだけだった。

気まずい空気を変えるかのように、リュクスが俺に対して語り掛ける。


「貴公と合流する前の時間に、この城の、曰く《噂話》を個人で調べていたが――吾輩の探し人の話は確認できなかった。もっと下層にいるのやもしれん」


「この城を深くまで降りて行って、未だに地上で見つかっていないってことは――それなりに実力があるか、金を持っていて回復のリソースに余裕があるかのどちらかだろうな」


「なるほど。戦闘を避けてお金の力でリソースを確保して下のフロアに降りるということもできるのですね。お金で回復を買い続けて戦闘を避けて隠れながら下に降りていくようなプレイヤーも存在を許されていると」


そう、そんな作りだからビギナーズラックで下層まで降りて来れるような初心者のプレイヤーは確実にいない。

下に降りれば降りるほどプレイヤーには“実力か、財力が要求される“。


「この城の中でリソースを回復するアイテムは奪うことができても、他のプレイヤーに直接売ることはできない。だから、未熟なプレイヤーはシステムからゴールドで高額で購入することになる。デフレ解消に最適だな」


「このお城――相当な捻くれ者が作っていますのね。“一人で降りていけるコンテンツ”なのもあたくしには納得できません。前にも言いましたけど、MMOでパーティプレイを否定するコンテンツを作るなんて理解の及ばないところです」


そう言ってからミナが再び料理を口に入れる。

先程から食事の仕草が俺と比較して明らかに上品で、中のプレイヤーの育ちの良さが伺える。


「【吉野(よしの)将基(まさき)】――それが、この城を作った男の名前だ。ゲームマニアが転じてゲーム開発者になった、その典型例だな。この城のマップのランダム性がそこまで激しくないのも、『運の要素を極端に嫌う』吉野の思想が入っている」


「そんな個人の極端な思想が、オンラインゲーム開発の現場で許されるとは思えませんけど……」


「我が強くて、PVP要素をゴリ押ししたがるところは嫌われているが――それ以外結構有能でプレイヤーの評判も悪くないからな。何より、この城が他のプレイヤーにとって何の利益も産まないわけじゃない。もし本当にこの城が一部の対人好きのプレイヤーのみに迎合して作られたのなら回復を金で買わせる仕様にはなっていないはずだ。吉野もその辺りは理解しているというか、妥協したんだろう」


俺は皿の上に載っている肉をフォークで刺して持ち上げる。

肉汁が赤いソースと混じって皿の上にしたたった。


「――妥協した上で、実力がないプレイヤーには多大な出血しゅっぴを強いるような作りになっていて、最下層でも結局一度は戦闘に勝たなければ称号がもらえない辺り――対人能力が低い人間は全部嫌いなのかもしれないがな」


「それは――相当性格が悪いですわね」


いつの間にか食事を終えていたのか。

ミナは優雅にティーカップを持ち上げながら、そう呟いて中身を煽った。

……さっさと一人で食事を終わらせた辺り、彼女なりに“俺たちの協調性の無さ”に“合わせてくれている”のかもしれない。


「聞いた話じゃ、吉野はフェアリーという種族が好きらしい。――“体積が小さくて、PVPでアドバンテージが大きいから”だと。つまり、“そういう目線の捻くれた開発者”なのさ」


感想は聞くまでもない。

渋い紅茶というわけでもないのに、ミナはしかめ面をしていた。


「あのぉ……お食事中のところすみません」


その言葉を聞いて、聞いたことのないような平凡すぎる挨拶を聞いて俺は即座に警戒心をマックスにした。

このプレイヤーとプレイヤーの争いが基本のダンジョンの中で、休憩フロアで何の気無しに他のプレイヤーに話しかけてくるどころか、こんなのほほんとした挨拶をしてくるようなプレイヤーは“逆に異常”だ。


話しかけてきた男性プレイヤーはこちらが発した敵意を受けて、気まずそうに首をすくめた後に改めて頭を下げた。

その男の後ろには、取り巻きのような女性キャラクターが二人立っている。


「私は、Plant(プラント)という者でして。普段はゲームの動画配信をやっていたりするんですけど。その……結構有名なプレイヤーの方だと伺ったのですが。Clear・Allさんで合ってますよね?」


俺は自分の耳を疑った。

確かに俺は有名なプレイヤーかもしれないが、こんな丁寧な物腰で接されるようなプレイヤーではない。


「実は、自分。このゲームの配信システムの本実装に合わせて、配信企画の予行練習をしていて。ちょっとした企画を立てているんですけど。有名プレイヤーのクリアさんも、是非参加していただけたらと考えていまして――」


「……どんな企画なんだ?」


俺が興味を示したことが、プラントにとって純粋に嬉しいことだったのか、男は笑顔で説明を始めた。


その企画は単純というか、ありきたりなものだった。


内容としては――プラントが集めた“有名なプレイヤー”や“プラントの(無印の頃の)配信のリスナー達”がこの先のフロアを一斉に降下し、無差別に争う。

最後に生き残ったプレイヤー、及び所属するパーティに企画主のプラントからささやかなプレゼントが渡される――







「――ということなんです」


「なるほど、また配信機能は実装されていないっていうのに予行練習をするだなんて。随分と努力家というか――殊勝なんだな。アンタ」


「配信が始まれば色んな人に見てもらえるかなと。このゲームの無印はあの【Paladin】が愛していたくらいのものですからね。私も実は彼の配信を観て配信者を目指そうと思ったくらいなんですよ。今じゃ、彼は別のゲームをやっているけれど……」


「【Paladin】……今やゲーム配信で世界トップクラスに金稼いでるストリーマーか。俺も彼のことはリスペクトしている。アンタとは気が合いそうだ――乗るよ。その企画」


俺の返答を受けてプラントが嬉しそうに頷く。

それと同時に、ミナが“したり顔でなぜか眼光を怪しく光らせた”のを俺は見逃さなかった。


「お三方全員両目を隠しているから【隠し(マナコ)の三悪人】って影で噂している人もいたので、ぶっちゃけ怖い人なのかな~とか、正直、ご参加いただけるか不安だったのですが。素直に話してみて良かったです。それじゃあ、お伝えした通りの時間に集合してください。お待ちしてますね!」


プラントは俺に軽く会釈をした後。

なぜか少し遠慮気味にミナに向かって手を振ってから、離れていく。

それに追従するかのように、二人の女性キャラ達も離れていった。






「話してみた感じ。特に嫌みっぽい感じはしないが、ゲームの中であんな風に『両手に花』みたいなことをやるヤツが本当にいるとは思わなかった」


「……『外見そとみに騙される(なか)れ』。この世界の中では、プレイヤーの中身など誰にもわからんよ。思い込みは判断を鈍らせるぞ――貴公」


「それもそうだな――」


呑気に雑談している余裕はない。

あの男と話して気づいたことを、一度きっちり整理しなければならないからだ。


「ところで気になったんだが、ミナ。ひょっとしてお前、あの男と顔見知りか――それとも口説かれでもしたのか?」


「その両方です。彼はフォルゲンスにいた頃の知り合いの一人ですわ。さっき一人で買い物をしている途中に、企画に参加してほしいと“個人的に勧誘されました”。おそらく、前々からあたくしに対して下心はあるでしょうね。まあ、フォルゲンスではその――あたくしそれなりに人気者でしたので」


なるほど。

将来有望な配信者すらもひっかけるとは、魔性というかなんというか、恐ろしい女がいたものだ。

得意げになっているミナの前で、俺は立ち上がって呟いた。










「よし、“さっさとバックレて先に進むぞ”」


「はぁ? クリア様があの配信者に嫉妬心を拗らせて、企画に参加してくださるわけではありませんの!?」


(何言ってんだコイツ)


「……リュクスの依頼を達成する上で配信者の企画に巻き込まれること自体が厄介だし。今の俺達じゃ“まともな戦い方をしたら勝てない”。あのプラントとかいう配信者はそれなりに有名でな。“実は俺も知っている”んだ」


「御存じでしたの!?」


「ファンというわけじゃないが。昔、無印の頃の配信を観たことがある。廃人でもなければ、他のゲームでプロをやっているわけでもないが、『どんなゲームもソツなく器用にこなせる』タイプの配信者だ。加えて相手は三人。俺とリュクスが二人であの男に対してきちんと連携を取ってそれでもワンチャンス取れるかどうか。実際、連携は現状取れていないわけで――」


「――他ならぬ貴公が望むのなら。吾輩、善処することもやぶさかではないがね」


リュクスの提案に首を横に振って応じる。


「逆に相手はこっちを知らない。もしも俺のことをきちんと調べていたら、最初から関わろうとしないはずだ。――“企画そのものが台無しになる”可能性があるからな。つまり、連中は俺がまさか“さっきのあの流れから戦闘そのものを放棄するようなノーマナーなプレイヤーだ”とは思っていない。だから、無視してこっそりと下のフロアに降りるのは簡単だろう」


「クリア様がまともなプレイヤーではないということならば――まともじゃない戦い方をすればどうにかできる勝算がお有りということかしら?」


ミナは食い下がるかのように――まるでこちらを焚きつけるかのような質問を飛ばしてくる。


「……できなくはないがな。やるとしても、人の道を外れるような“俺の基準から見ても”汚すぎる戦い方ばかりだ。そこまでエゲツない戦い方を一介の有名配信者相手に本気でやるつもりはない。そんな非道なやり方で勝っても、要らぬ反感を買うだけだ」


「やり方自体は思いつくのにそれを実行できないだなんて、難儀なことですわね~。机上の空論かしら?」


この女、“自分を蔑ろにされている”と感じているのか、相当腹に据えかねているようだ。


「もし実行するとしても、ゲーム内で直接どうこうしたりしない。『フルダイブでの配信機能が実装されると同時にお前の画面に映り込んで、“不安定な情勢の、特定の国家の独立を主張”したり、“特定の宗教の大事な教えを記した書物を燃やしてやる。俺がどれだけ処罰されても無限にアカウントを作り直して続行し続けてやる』とか、上手く第三者を何人か挟んで間接的に脅せば、企画のタイミング自体ズレるだろうし。向こうからいなくなってくれる」


俺のその発言を受けてミナは突然黙り込んだ。


「ああいう有名でクリーンな配信者がどう足掻いても勝てないのが“コンプライアンス”だからな。配信に生活が懸かっている以上。事前に面倒なことになるのがわかっているのなら、俺との約束は必ず守ってくれる。――で、『それを実行するところを見たいと思うのか?』」


「いえ……それは……その……まさか。本当にやったりしませんわよね!」


「やるわけないだろ!」


「で、でも……そんな手段が口から簡単に出てくるってことはつまり――クリア様は、“そこまで手を汚さないといけない状況を普段から考えている”ってことに……一体“何のために”……」


「もしも人命が関わっていたとしても、俺はそこまでゲスなことをしたりしない。例外があるとするのなら――」








俺の脳裏に、苦境に陥って苦しんで、泣いているフレンドの姿が一瞬思い浮んだ。









――突然の咳払いで、俺の言葉がそこで止まった。


顔を上げると、咳払いをするリュクスが帽子の鍔で顔を隠している。

“話しすぎだ”と釘を刺されているような気がした。


「――ま、どうでも良い話だな。そんなことよかミナ、お前は――今後は、俺達なんかよりも、アイツらと一緒にゲームをしていた方が楽しいんじゃないか? ああいう手合いは純粋っていうか、悪い連中じゃない。少なくとも、お前にひたすら気まずい思いをさせている俺なんかよりずっとまともだ」


いなくなってくれるというのなら、是非もない。

そう思って俺が後押しをしてやると――


あたくしは師匠から渡された課題をこなすためについてきているだけです。あの方を一時的にダシにして、フロアを効率よく降りるようなズルをするつもりもありません。さっさと先に進みましょう?」


――ミナは僅かに膨れて断った。

どういう思惑があるかは未だにさっぱりわからないが、この女は俺に対する執着を捨てるつもりは毛頭ないらしい。

俺は諦めの混じったため息を吐き出してから気を取り直して話を戻した。


「よし。それじゃあこれから降下を始めるが。万が一、降下中に“アップデート後のバグが見つかって緊急メンテナンスが入った場合”についても決めておかないといけないな」


「本当にこのゲーム。不安定ですわね……。緊急のメンテナンスなんて然う然うあるようなことではありませんのに……」


「――いや、さっさとバグが見つかってメンテをしてくれた方が安心するまである。致命的な不具合を放置されて、城の攻略中に“突然不具合でサーバーが落ちる”みたいなことが突然起きたら足並みが完全に揃わなくなるからな。それなら緊急メンテナンスを告知してもらって定時にログアウトした方がよっぽどマシだ」


「――それならば、“まことに不本意”ですけれど。クリア様といつでも連絡できるように、フレンド登録を行う必要が出てきてしまうのではありません?」


ミナはチラチラとこちらをみながら両手をもじもじさせている。

……気が付けば、“また俺が誘わないといけない流れ”になってしまっているいる。


「――フム」


そう呟くリュクスも上機嫌というか、妙に乗り気なようだが――


(個人的に、この二人とフレンドになるのは嫌で嫌で仕方ない!)


そう思った矢先に――





《下記日時におきまして、【A story for you NW】のバージョンアップに伴うサーバーメンテナンス作業を実施いたします。メンテナンス時間中、【A story for you NW】をご利用いただくことができません。お客様にはご不便をおかけいたしますが、ご了承いただけますようお願い申し上げます》


――そう言った告知のアナウンスが聞こえてきた。

日時を控えた後に、二人に対して今後の予定を伝える。


「この時間になる前に今日はログアウトして、続きはメンテナンス明けになる。メンテナンス直後はプレイヤーが過密して危険だから。20分ほど時間を遅らせてからログインするぞ」


不服そうに頬を膨らませるミナと、やれやれと肩を竦めるリュクスを無視して、俺は城の攻略を開始するためにフロアのエレベーターに向かって歩いていく。

本当は穴から下のフロアに降りたいが、今いる位置と正反対の場所にしか穴はない――プラントの前で堂々と穴に降りるのは流石に気まずい。








【E le v ater lever】


エレベーターのレバーを調べて出るウィンドウのその文字を見つめて、俺は一瞬ゾっとした。












…………………………それは単なる見間違いだった。




【Paladin】


 世界トップクラスのストリーマー。現在は主にVRFPSゲームをプレイしている。

人気になる前の頃、「無印」のプレイヤーだったことが公言されている。

(ストリーマーとしての名前は、『本作の職業のパラディン』から取っている)


 特定の同じタイトルを遊び続ける心労からか、かつて突然(普段話題にもしない)アスフォー無印を配信したことがあった。

普段彼の配信を見ている視聴者があまりにも多かったため、配信プラットフォームのトレンドが彼一人の手によってアスフォーの無印に塗り替えられたこともある。

アスフォーNWの配信機能の実装を心待ちにしているらしく。その影響力の大きさ故か、これを機にアスフォーNWの配信を目論む彼のフォロワーは多いようだ。


「もちろん、今の環境は好きだし恵まれていると思う。だけど、未だに美しいあの世界に戻りたくなることがある。グラフィックがどうこうって話じゃない。たまに自分の頭の中で、あの時の思い出が色鮮やかに思い起こされることがあるんだ」





【社会人男性(フェアリー:女性)のブログ】


 本日のアップデートを心待ちにしていたとあるユーザーの備忘録。

気が立っているのか、お世辞にもマナーが良いとは言えないようだ。


『今日数えたら。ログインしてから30分の間に250回もマッチングキャンセルを食らっていた。

開発者の頭お花畑じゃん。いつの時代のゲームだよ。いい加減にしろマジで○すぞ。

本当に誰だよ。このサーバーでこんなに長時間マッチングのキャンセル繰り返してるやつ。

今日はアプデだからって、一刻も早く家に帰ってレイドで新素材確保するために。

時間休をもらった上でレンタカーでAIの補助を切って、高速道路走って急いで帰ったのに、これってどういうことだよ』

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