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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
148/151

A面 第七話 映ずる少女

[こんばんは、ルリーカ]


[おっとっと、これはこれはレット二等兵殿。また逢えて光栄だねぇ!]


ルリーカはそう言ってから、オレに向かって大きく片手を振った。

元気はつらつと言わんばかりのその態度に、オレは思わず苦笑する。


[もう、大袈裟なんだから]


[ちょ~っとだけ、不安だったんだよね。ちゃんと時間通りに来てくれているのかなって。いつまで経っても待っている人がやってこないのって、結構ショックだからさ]


ルリーカの言葉を聞いて、オレは呆れながらため息をついた。


[“待っている人”ってこの場合はオレのことでしょ? 遅刻したのはルリーカの方だよ]


[――ごもっとも!]


ルリーカは頭の後ろで両手を組んで、ちょっぴりばつの悪そうな表情をする。


[ま、ちょっとやそっとの遅刻は許してよ。今日も元気に登って行こう!]


[今日は元気にとはいかないかな]


オレは前傾の姿勢で両肩をがくりと落として、戯けた表情で両手を組んでいるルリーカの顔を見上げた。


[ええっ!? どうしてよ~?]


[――今日は昨日みたいに、ルリーカに振り回されないように冷静に進んでいこうかなって思ってさ]


[おぉっと? クールだねぇ~。冷え冷えだよ~冷えっ冷え……。個人的には冷静って言葉、アタシは好きじゃないけどね~]


歌うように呟いてから、ルリーカは棍棒を取り出してダンジョンの転送光に向かって歩き始めた。


(言った先から独断専行で攻略始めちゃってるし……。ま――“冷静に”っていうのはあながち嘘じゃないんだよな)


ルリーカの背中を追いかけながら、オレは昨日の夜にクリアさんと相談した時の会話を思い返した。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



『一通りお前の話を聞いてみた限り、今の段階では大騒ぎをするようなものではないな。正直に言うと、周囲の出来事に過敏に反応しすぎているだけだと思う』


『……そう――ですよね。やっぱり、そうですよね! オレが……ちょっと異常にビビってるだけなのかな』


『――いや、“お前の今まで”を知っているオレからすれば、不安になるという気持ちもよく理解できる。そしてその不安を払拭するために、お前が組み立てた目論見も、いい線いっていると思うぞ。その、ルリーカっていう女性キャラクターの【ダンジョンを攻略する目的】からアプローチを仕掛けたのは良い判断だったんじゃないかな』


『クリアさんの方で何か思い当たる節とかありませんか? この会者定離の塔に関しての噂話とか、事件とか』


『今のところ何も情報は入っていないな。そして、実のところ――俺自身がそのコンテンツに対してあまり詳しくない』


『え!? ここって初心者向けのコンテンツだって聞いたんですけど』


『厳密にはそこは後から追加された“初心者救済のためのコンテンツ”だ。俺が初心者だった頃に、その塔は存在していないし、周回(リプレイ)の報酬も最近になって追加されたものだと聞く。他の職業のレベルを一から上げるつもりがない俺個人にとっては旨味がない上に、PVEコンテンツだからあまりやる気も起きなくてな。そのコンテンツに存在する部屋のパスワード――だっけか? それを総当たりしたところで、出会うプレイヤーのほとんどが初心者だろ? それじゃあ俺にとって意味がない』


『……つまり、上級者が挑むコンテンツだったら、普通にパスワードを総当たりして攻略中に乱入するつもりでいたってことですか』


『そういうことだ。そのやり方なら、初心者狩りにはならないだろ? ――とはいえ、そんな話は今は関係ないな。“初心者狩り云々はこっちの話”だ』


『え? 初心者狩り関連で、何かトラブルでもあったんですか?』


『いや、お前は気にしなくて良い。言えることがあるとすれば“俺は初心者を絶対に狩ったりはしない”。そこは信用してくれおいてくれよ』


『昔と違って、オレはクリアさんが初心者狩りをするような人だとは思ってないですけどォ……。上級者相手ならパスワードを総当たりしてでも侵入しようとするだなんて――考えつくことが相変わらず破茶滅茶ですよね……。でも、クリアみたいなことをする人がいたら対処できないのか……このダンジョン』


『PKの乱入どころか、プレイヤー同士のトラブルが発生しても“部屋主がパスワードを変えられない”っていうのはよくわからない仕様だな。悪用されることを想定していないとするのなら、そのコンテンツを担当した開発者は無能か、もしくはよほどのお人よしだったのかもしれない。といっても、誰が開発を担当したのかすら俺は知らないし、コンテンツの仕様や実装の経緯すら、詳しい部分は理解していないからなんとも言えないわけだが』


『そうですよね――オレも自分で色々調べてみたんですけど、さっぱりでした。正直、何から手をつけて良いのやらって感じです』


『お前は知識が大事だというということ気づいて自力で情報を集めようとしていたわけだが、それ以上に大切なものがある。――なんだと思う? ヒントは“まさにお前が今やっていること”だ』


『もしかして、“相談”ですか?』


『当たらずとも遠からずだな。正解は“人脈”だ。自分の頭の中に必要な知識がなくとも、知識のある人間を呼び出す方法があれば良い。つまり、お前が俺に相談しているのは正解だし。俺もこれから他人に対してそれをやってみようと思う』


『えっとォ……つまり、クリアさんが会者定離の塔について他の人に聞き込みをして情報を集めてくれるってことですか? でも、クリアさんは他にやることがあるんじゃ……』


『大したことじゃない。こっちはただの野暮用で、きな臭い話とは無関係だ。だから、コンテンツ周りの情報に関しては俺に任せろ。お前が動くよりもよっぽどスムーズに話が進むだろうし。レットは他にやるべきことがあるだろ?』


『え……? オレがやるべきことなんて――ルリーカと一緒に塔を攻略するくらいですけど』


『今度は正解だな。【うまくコミュニケーション取りながら、二人で一緒に塔を登る】。解決するべき問題を提示したり、解決の進行の手順を一緒に考えることはできるが、俺はその場にいるわけじゃないからな。もしも、今後彼女が何かしら良くないトラブルに巻き込まれて、メンタルにダメージを負うようなことがあっても、お前が一緒にいるなら――正直どうにでもなるだろ。そういうのは、俺よりお前の方がずっと得意なはずだからな。“実績もある”』


『オレにそんな実績があるなんて言われても、ピンと来ないなぁ……。クリアさんにだって“実績”はありますよ? 実際にオレ、今不安だからクリアさんにこうやって相談をしているし』


『………………どうだかな? お前自身が今まで抱えていたようなメンタル的な問題については。なんというか――もし、俺がいなかったとしてもお前なら自分で解決できていたような気がするんだよな――思い返してみると』


『――――――何訳のわかないこと言ってるんですか……冗談言ってる場合じゃないでしょ?』


オレの指摘を受けて、クリアさんはほんの少しだけ笑った。

――きっと、揶揄われているオレの反応が面白かったのだろう。




『――とにかくだ。“あまり気負わない方が良い”。物騒な話はもう全て終わったんだからな。もちろん、頼られたからには全力で手伝うが――お前の心配も、どうせ杞憂で済むさ』




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 





こんな感じでクリアさんとの会話を思い返して、冷静さを纏うことでやや深刻になっていたオレの表情は――


[どわああああああああああああああああああ!!]


――塔から転落しそうになって、瞬く間に驚きの表情に切り替わった。


そこでようやく、ダンジョンのデザインが大きく変わってきていることにオレは気づく。

よく見ると壁面や地面にところどころ穴が空いていた。

ゲーム内の時間帯も夜だからか、穴の中は真っ暗だった。


ルリーカはオレの反応がよっぽど面白かったのか、笑いを堪えながらオレに忠告してくる。


[き、気をつけなよ~。この塔は上の階層に行けば行くほど穴が増えていくからね!]


[……もしかして、これって落ちたら一番下の層からやり直し?]


[そうはならないけど、そのフロアの最初の部分から登り直しになるから、落ちたらハグれちゃうかな? いや~、“事前に言わないのって大事”だよね~。今のレットの恐怖の表情“撮れ高”あったよ!」


オレが拗ねて頬を膨らませると、ルリーカは棍棒を首の後ろで背負うような姿勢のまま目を細めてニヨニヨと笑った。


[こらこらそこ、膨れない膨れない! まだ登り始めで、落ちてもすぐに再会できる位置なんだから、そんなに怒らないでよね~」


そう弁解しつつ、ルリーカはフロアの先に進んで行く。

それから眼前の敵の存在に気づいたのか、足を止めて武器を構えた。


[というわけで、今日もめげずに二人で頑張ろうね!]







未だに一本しか使えない剣を(モンスター)に向かって振るいながら、頭の隅で考える。

クリアさんは言っていた――


『俺はその場にいるわけじゃない』


――つまり、当たり前のことだけど、“ルリーカとの直接的なやり取りの全て”はオレにかかっているということだ。

そんなオレの中で一つ、“真っ先に答えを出さないといけない問題”がある。








昨日出会ったゼファーのことを、ルリーカに伝えるべきかどうかという一点だ。

どうするべきか、昨日からずっと考えていたし、クリアさんとも話し合った。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



『“件の男”に関しても、話を聞いただけじゃ、今の段階では何とも――驚異度の測りようがないな。常識的に考えれば、最悪でも“ゲームの範疇のトラブル”だろうけど。現地にいない身としては正直どうすれば良いのか全くわからん。レット、お前はどうするべきだと思うんだ?』


『オレは――』



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 







『……もし彼女と話すような機会があったとしても、俺のことは黙っていてほしい。信じているぞ。これは、彼女自身を“守る”ためだからな』





昨日のゼファーの言葉が頭の中で反響する。


(言うなと言われたら、言わなければ良い)


そう――ルリーカには“何も言わない”。それがオレの出した答えだった。


これがクリアさんが言うところの“ゲームの範疇の問題”なのか、もしくは“それ以上の危ない話”なのか、どちらであったとしてもオレとルリーカはまだ知り合ったばかりだ。

そんな状態で他人の事情に立ち入るようなことはしない方が良い――とオレは判断した。


(もしルリーカに聞くとしても“順番が逆”だ。まず――①ゼファーにきちんと詳しい話を聞いてから ②ルリーカに話を聞く。順番的にはこっちの方が筋が通っている――こういう判断をするのが、今のオレの役目なんだよな)


『もしも今後彼女が何らかの原因でトラブルに巻き込まれそうになってメンタル的に危険なことになったとしても、お前が一緒にいるなら――正直どうにかなるだろ』


(いまいち実感が湧かないけど、クリアさんはオレをすごく信頼してくれている。必要以上に気負わないように――だけど、“些細なことも、見逃さない”ようにしなきゃ)


オレは剣を持って自分の右手を強く握った。

“それを完璧にやり切るということの大切さ”を再認識して――















[――ねぇ!? なんか、“敵がいつもよりタフじゃない!?”]


オレは真っ先に気づいたことをそのまま言葉に出した。


[えぇ? そうかなぁ〜?]


ルリーカは涼しい顔をしながら敵の頭上に向かって両手で鈍器を叩きつける。

その一撃のダメージは変わらないけれど、敵の体力の減り方が明らかに遅い。


――おかしい。道中の敵も倒してきているし順当に戦えているはずなのに。

硬いというよりも、敵の体力だけが妙に多く感じられた。


それに加えてルリーカが無茶な突撃をしたがるから、彼女を守るためにオレの方が積極的に前に出て攻撃することになる。

硬い敵に対して自分のスキルのCD(クールダウン)がうまく回らなくなってきていて、戦闘が起きる度に、剣一本で敵の攻撃を受け流す状態が長時間続いていた。


[ちょ、ちょっと休憩させて……これは、じっくり攻略しないと流石にキツイかも……]


体力と一緒にスキルのCD(クールダウン)が回復するのを待つため、オレはルリーカに休憩を提案する。


[オッケー。じゃ、(アタシ)はちょっと先の様子を見てこよっかな〜? 待っててね。頑張ってくれたレットにお土産として――たくさん敵連れてきてあげっから!]


[いらないってェ! オレを殺す気!?]


[――冗談! 疲れてるのはちゃんとわかってるよ。無茶なことはしないから、レットはそこでゆっくり休んでて]


そういってルリーカは通路の先に進んで、曲がり角を曲がる。

直後に、一瞬。角から顔だけを出して――


[――――ホント、いい反応するよねぇ~。レットと一緒にいたら、そうそう飽きないよ]


――そう、一言だけ添えてから先に進んでいった。


ルリーカにからかわれて、その明るさに振りまわれて。

緊張して損したような気がするな――と肩の力を抜いて地面に座り込む。

座り込んだ場所のすぐ隣には、真っ暗な穴が口を開けていた。


(この穴……危ないなあ。このタイミングで落っこちたら、ホント洒落にならないや)


穴に落ちないように背中側の地面についた左手を軽く動かそうとして――











――その手に白い何かがこびりついていることに気づいた。


最初は、何かの粘着性のある動物だと思った。

ナメクジみたいな――ジャングルにいる――ヒルみたいな。


だけど、それが何なのかを理解した瞬間に――







(これは……手だ! 白い手袋をつけた“人間の手”!!)


――オレの体が真っ暗な穴に向かって引っ張られそうになる。

咄嗟に力を入れて抵抗しようとした矢先に、穴の中から何者かが飛び出した。


同時に自分の両肩に真上から負荷がかかった。

まるで、誰かが手を乗せているような――


直感でわかった。

穴から飛び出したその人物は、オレの頭上をアクロバティックに――“逆立ちするような姿勢で通り過ぎている”。


それまで両肩にかかっていた負荷が抜ける。

頭上の敵と入れ違うかのように、オレは立ち上がり――敵が出てきた穴を低い姿勢で飛び越える。

地面を転がってから剣を抜いて、現れた人物に向き直った。


(なん――だ。“コレ”……)


――わからない。対面に“何者か”が居るのはかろうじてわかる。

わかるのだけれど、空間が微妙に歪んでいて、そのシルエットしか認識できない。

その“見えない状態”そのものには見覚えがあった。




例えるなら――脱衣所から風呂場の中が曇って見えないような。





そんな不思議な状態だった。


同時に、少し安心した。別に空間そのものに穴が開いているわけじゃない。

そこには確実に人がいる。




『 何もない空間 』があるわけじゃない。




それでも、敵の正体がわからないのは驚異だと感じた。

こちらからでは、襲ってきた敵が重装ではないということくらいしかわからない。

後は――その人物の周辺の空間に、“何か”がフワフワと漂っているのだけが確認できる。


そして、その人物はがこちらに向かって呪文を唱え始めた。

詠唱の際に発するエフェクトの音が止まった瞬間に、敵の周りをフワフワと纏わりつくように“飛び回っている何か”から、突然雷撃が走った。


咄嗟に剣を構える。

反応が間に合わない。

剣に雷撃が直撃する。その衝撃で、自分の背中側に剣を落としてしまった。


敵は纏っているモザイクのようなエフェクトごと、地面を滑るように近づいてくる。直感的に理解した。


(ま、まずい……この敵は、“今のオレ”よりもずっと格上だ!)


敵が接近してくる。纏うエフェクトによって、自分の体すら濁って見えるけど、不思議と間合いが測れた。

敵は“漂っている小さな物体”を掴み取ってこちらに差し込むように押し付けてくる。


(速い――――速いけど……“ここはいける気がする”)


頭の中で一瞬、電気よりも早く思考が回ったような気がした。

直感的に手を差し出して、敵の何かを素手で受け流そうとする。


想像していた通り、攻撃の威力が高く。受け流すのではなく弾くことになってしまう。

自分の体が後ろに飛ばされて地面を転がっていく。


起き上がって、どさくさに紛れて拾った剣を再び構える。







頭の隅で、情けないなと思った。

あれだけクリアさんと練習したのに、今の自分ではほとんど全く実力を発揮できない。


結局やることといえばいつも通り――耐え忍ぶだけ。

ルリーカがいつ戻ってきてくれるかにかかっている。


モザイク越しの、敵の表情は伺えない。

ただ黙って突っ立っていたかと思うと、突然そっぽを向いて機械的に離れていく。


そこはルリーカが進んでいった道とは違う。先がまったくわからない小道だった。







[あっちゃ~倒し損ねちゃったね~。敵対した占い師]


振り返るとまさに今戻ってきたばかりなのかルリーカがそこに立っていた。


[え……な、何?]


[あれはNPCだよ。昨日の占い師だね。レアイベントの一種なんだけど。ああやって姿を隠して敵対してくることがあるんだよね]


ルリーカの言葉を聞いて、集中の糸と肩の力が急に抜けるのを感じた。


[えぇーッ!? なんだよそれェ……オレてっきり……]


[てっきり……何? まさか、プレイヤーが入ってきたとでも思ったの?]


ルリーカは呆れ顔でオレの顔を不思議そうに覗いてくる。

その反応を見て“しまった”と思った。

安全な初心者向けのコンテンツの中で、いきなり未知の存在に襲われるなんて“本来は絶対にありえないこと”だ。


[レットってばあ、警戒しすぎだってぇ! 普段から周囲に狙われてて、日頃から警戒しているプロの仕事人みたいじゃん!]


[ち、違うんだ。別に、そういう風に警戒していたわけじゃなくて、ただびっくりしちゃって――]


[なるほど。ビックリして逃げ回って、“遠巻きに武器を構えていた”と]


[え、いや……それはその……そう! そういうことなんだ!]


ルリーカの話に咄嗟に乗っかる。


(良かった。ルリーカはオレの戦闘を見てなかったのか)


オレがさっき行った“咄嗟の襲撃に対しての身のこなし”は、本来絶対に負けられないような“対人戦闘の緊急時”に行うものだ。

だから、オレの表情や仕草は危機迫るものだったに違いない。

そんな真剣な立ち回りをただのNPCにやっているだなんて、ルリーカに見られていたら怪しまれていただろう。


普通じゃない反応をしてしまったことをオレは内心で反省する。


(やっぱりオレ、ちょっと力が入りすぎてるよなあ……)





 気を取り直して、ルリーカの話を聞きながら塔の攻略を再開した。


[ネタバレになっちゃうから、あんまり言いたくなかったんだけどね――]


ルリーカ曰く、さっきの占い師はこの塔の『メインクエスト上での黒幕』らしい。

占いのバフにやたらハズレがあって、ハイリスクハイリターンなのはその伏線なんだとか。


(だからってその設定を生かすためにプレイヤーがハズレを引きやすくなっているっていうのは――めちゃくちゃだな)


ルリーカの話を聞いているうちに、どんどん階段を登って塔の上の階層に進んでいく。

それに併せて、僅かながら地面や壁の穴が増えていった。








『そこのおたくら、ちょっくら“お買い物”でもいかがでございますかい?』


ふと話しかけられて、オレは再び身構えた。

そこに居たのはケパトゥルスの男性キャラクターだった。


ガリガリに痩せ細っていて、頭には縮れた毛が僅かに生えているのみ。

高齢なのか、皮膚はヨボヨボで染みだらけ。

正座をしながらこちらに対して媚を売るかのように両手をもみ合わせている。


[セリフからわかる通り、このNPCも商人だよ」


ルリーカの説明を受けて、オレはNPCの周辺を見つめる。


商人の頭上を飛び回る光る蝶。

古くて蜘蛛の巣が貼っているランプに、そこら辺から拾ってきましたと言わんばかりのガラクタ混じりのアンティーク。

後ろの壁面には蔦のような物が這っていて、蔦の先から七色に光輝く花が咲いている。


絶壁ギリギリの場所に出店を構えているところも含めて、その外観はオレの中での“ファンタジーの商人”のイメージにぴったり当てはまっていた。


[昨日出会った隊商以上に金にガメつくて、高額だけどレアなアイテムを取り扱ってる感じだね〜。品揃えもランダムかな]


ルリーカが説明している間も、NPCはこちらを見つめて胡散臭い笑い声をあげている。


『この塔を登る上で、役に立つお品があるやもしれませんで。いやあ、ありますとも。必ず、ありますとも……』


そう言って下品な笑い方をしてくる。

オレはそれを見てなぜか自然と吹き出してしまった。


[えぇ〜? レットはそこで笑うの? ……笑いどころってあった? アタシのギャグセンスじゃ理解できないかも]


[い、いやごめん。なんか“金にガメついケパトゥルス”ってオレの中のケパトゥルスのイメージとかけ離れすぎててさ――こんな風に守銭奴みたいな考え方をしているのはむしろ――]


[むしろ――何?]


そう呟いてからルリーカは興味津々でオレの話の続きに耳を傾けてくる。

オレは言葉に困って話を打ち切った――








いなくなってしまった人のことを話すのは、気まずい。







ルリーカは一瞬怪訝そうな表情をしたけど、そのまま一人で続きを話し始めた。


[ま、確かにそうかもね〜。ケパトゥルスのプレイヤーってもっと寡黙で実直っていうか、あんまり俗じゃないイメージがあるかも。NPCには結構ガメついキャラもいるんだけど。さぁ〜て、キミは一体何を取り扱ってくれているのかな〜?]


そう言いつつ、後ろの壁に片腕で寄りかかりながら、ルリーカが座り込む商人の真上から商品を覗き込む。


オレはなんというか――単純に“良い絵”だなと思った。


偶然そこに立ち寄った一人の冒険者が、珍品を集めた商人の品揃えを覗き込む。

時間帯も夜で、光輝く装飾品がたくさん飾られているからか本当にファンタジーのワンシーンみたいで――






――無意識にカメラを取り出して、写真を撮ろうと思ったくらいに良い構図だと思った。


[――え? アタシの写真撮ってくれるの?]


そう言って、壁に寄りかかった状態のまま。

ファインダーの中のルリーカがこちらを見つめてくる。


[すごくいい写真が撮れそうだからね。ルリーカさえ良ければだけど]


[それなら――うーん……]


カメラの中にいるルリーカはしばらく考え込んでから、こちらに向かって近づいてくる。

ルリーカが伸ばした手が、オレの視界を覆った。


[私アタシ写真写り悪いんだよね。だから、“アタシがレットに写真を撮ってあげるよ!”]


[いや――でも……]


口籠もっている間、ルリーカはオレの持っているカメラに興味津々だった。


[――うわぁ〜お。これ、かなりいい写真機じゃん! アンティークってやつ? ちょっと、貸して貸して!]


オレは押し切られるような形で、そのままルリーカにカメラを渡してしまう。

中腰になってカメラを構えるルリーカに言われるがままに指示されて、オレは商人の真横に並ぶ。


[――よし! 綺麗に撮れたと思うよ。でも、ここは下とかダンジョンの壁からの光の照り返しがなぁ〜。アタシが写真に映るといっつも光が顔に当たっちゃって、見栄え悪くなっちゃうからね〜。アタシは写真に映るの、遠慮しておこうかな?]


……なんとなく、胸が締め付けられるような感じがした。






あるわけがない。


そんなことがあるわけがないのだけど。

ひょっとしてルリーカは、“自分が撮られることを避けている”んじゃないだろうか。


もし、そうなら――









[――駄目だ]


――駄目だ。


[――え!? やっぱり見栄えが悪くなるのって、写る時の立ち位置が駄目なのかな?]


[そうじゃなくて――ルリーカも一枚だけ、写真を撮ろうよ。今度はオレが撮るからさ]


そう言って、すでに決まったことみたいにオレはファインダーを覗く。


[いや――でもアタシ


嫌だ……駄目だ。









駄目だ。駄目だ。“絶対に撮らなきゃ”。










[――“オレがルリーカを撮りたいんだ”って。せっかくだし、良いでしょ? 一枚くらいさ!]


しまったと思った。

口調を荒げているオレのその提案は、気がつけば“必死のお願い”になっていた。


[――え? え? う――うん。別に良いけどさ……]


ルリーカが口籠る。


[い……『良いけど』――――何?]










[なんかレット――ちょっとヘンタイっぽいよ〜?]


ファインダーの中のルリーカが、前屈みになりながらこちらを見て、悪戯っぽく笑う。


[う、そ、それはその――]


また、揶揄からかわれているのだと思った。

個人的にはここはどうしても譲りたくないけど、でもこのまま写真を撮るのは余計に弄られそうで――。

オレが迷っているのを見て、それまで可笑しそうに笑っていたルリーカは再びオレのカメラに手を伸ばした。


[じゃあ、間を取ってさ――“二人で一緒に撮ろっか?”]


ルリーカがオレの首に手を回して密着する。

カメラを真上に掲げて、オレとのツーショットを撮った。


[はい。これでオッケー!]


[あ、ありがとう。オレ、後で焼き増ししてルリーカに渡すよ]


[私アタシは良いや。少年の貴重な思い出の日ってことで、取っておきなよ。無くしたら、絶対後悔するよ〜?]


[い……いや、オレ別にそういうつもりで写真を撮りたいって言ったわけじゃ――]


[え~? でもレット。写真撮る時に緊張してたじゃん!]


[いや、それは緊張するでしょォ! ルリーカがあんまりにも躊躇なく、くっ付きすぎなんだって!]


しどろもどろになっているオレの様子がよっぽど楽しいのか、言質を取ったとばかりにルリーカは笑った。


[あ、やっぱりそうなんだ〜! ちょ〜っと胸が当たったくらいで。単純だよね〜。単純純情ボーイだよねぇ〜。せっかくだし。触ってみる? ほ〜らほ〜ら!]


向こうが何も言わなければいざ知らず。

こうまで揶揄われると流石にちょっと反撃したくなってしまう。

ペースを握られているというか、どうにも押され気味になっているのが癪で、オレはやぶれかぶれになって叫んだ。







[うぬぬぬ――あのね! そんな挑発みたいなことばっかして。もしオレが悪いヤツで、本当に触るようなヤツだったらルリーカはどうするのさ!? そのまま本当に触らせちゃうの!?]


オレは憤慨して、ルリーカに詰め寄った。


[――え? 『本当に触らせちゃう』ってその――えっ? そ、それは……もちろん……]


[もちろん……何? まさか本当に触られても良いからそういうことをやっているの?]


オレはルリーカにさらに一歩近づいて、その表情をジト目で凝視する。


[それは……その……違うけど、でも――まさかレット……]


[オレから言わせて貰えば、ルリーカは純情な男子学生を舐すぎなんだよ! いくらなんでも無防備すぎなんだって!」


(――一昔前のオレだったら多分。ここまで堂々と……“敢然とした態度”なんて取れなかったんだろうな。もしかしたら、本気で触ろうとしていたかも……。だから尚更、ちゃんと注意しないと――)


なんてことを考えていたけど。そこでルリーカの様子がおかしいことに気づいた。







[い、いや。ちょっと……だ、駄目だよ。そういうのはさ]


[――え?]


[ごめん! アタシ……ほ、本当にそういう流れになっちゃうのは無理なんだってば!]


ルリーカがオレの顔をじっと見つめてくる。少しだけ顔が赤らんでいた。


[そこで本当に触っちゃったらさ。しゃ――洒落にならないって……]







そこでようやく気づいた。

ルリーカは、“オレが本当に触る目的で詰め寄ってきているのだ”と勘違いしていたみたいで――


[――うわうわうわうわ! ちょ、ちょっと待ってよ! 違うって!]


――オレから距離を空けるためか、ルリーカが一方後ろに下がった。

慌てて言い訳をしようとして、オレは――


なぜだろう。

――“変だ”と思った。


ルリーカのこの反応は単純に照れている――というだけではないみたいだった。

だけど、男に言い寄られて単純に怖がっているという反応でもないような気がする。


[……やっぱりさ。“普通じゃない”よ。“そこで、レットが本気で触ろうとするのはアタシ嫌”だし、“変だよ”……そういうのは……]


ルリーカの態度に対して、首を傾げている場合じゃない。

オレはハッとして、飛び退くように身を引いた。


[……昨日までのノリと、ちょっと違っていたから勘違いされたのかもだけど。オレ、そんなつもりで詰め寄ったわけじゃなくて。ただ――『危ないよ』って本気で注意するつもりでいただけなんだ。怖がらせちゃったなら、ごめんね]


[あ、あははは。なんだ。アタシの早とちりっていうか、ただの勘違いか。安心した~……。アタシアタシでいつも通りのノリで接しちゃった。ごめんごめん]


そう言いながらルリーカは自分の顔を冷ますかのように――片手で団扇のように自分の顔を扇いだ。


[いつも通りのノリねぇ……。前々から思っていたけどルリーカって、ちょっと無邪気すぎるっていうか――クラスの男友達相手にここまでやっちゃだめだと思うよ。勘違いを誘発しかねないっていうか“残酷なことしている”っていうか……]


[ええっ! どういうこと? アタシ、なんか非道いことしてる!? ちょっと、目が怖いよレット! ――ていうか、レット自身がまさに勘違いしてない!? アタシ、普段からクラスの男子にここまでフランクに接してなんかいないし。冗談でも『触ってみる?』なんて聞いたりなんかしないって!]


[そ、そうなの?]


[当たり前じゃん? だから、レットに本当に触られると思った時はびっくりしたよ〜!]


[別に良いんだけどさ。じゃあ――ルリーカって一体誰に対してあんなノリで接しているの? 彼氏とか?]


[……恋愛には興味ないって昨日言ったじゃん。アタシには――――――“とにかく先に進もうよ”。もうすぐゴールなんだしさ]


ルリーカは話を打ち切るようにして、オレに対して背を向けてダンジョンの中を進んでいく。


(なんか、適当にはぐらかされちゃったな。でも――それじゃあ……ルリーカのさっきの悪ふざけは“普段誰に対してやっていたこと”なんだ?)


答えなんて出ないまま、オレはルリーカを追いかけるために駆け出した。







(なんだろうな。なんか、オレ。だんだん自信がなくなってきちゃったな)


目の前のルリーカとのやり取りを考えれば考えるほど、段々と不安になってくる。

 間違いなく焦っているっていう自覚がある。


(本当はわかっているんだ。多分、きっとこれは取り越し苦労なんだ)


あのゼファーという怪しい見た目のプレイヤーがルリーカを追いかけていたとしても、多分それは大ごとじゃない。

ルリーカが何かトラブルを起こしたとかで恨みを買っていて、PKのために付き纏われているとか――その程度の話なのかもしれない。


でも、もしも。

そんなこと、何度もあるわけがないに決まっているけれど。

万が一。何か――昔オレが遭遇したような“良くない事件”に巻き込まれているとするのなら。


(やっぱり今のオレじゃ、力不足なんじゃないか?)


オレは“自分自身に課せられたミッション”をこなせる気がしなくなっていた。

クリアさんはオレのことを買い被っているだけだと思った。


(やっぱりオレじゃ――“わかりっこない”んじゃないか? ――結局。大切なことなんていつも何もわからないままで。――気がつけばいつもそうだもんな)


オレは、右の(こぶし)を強く握りしめる。


(いつもそうだった。結局“何も知る機会がないまま終わり”になってしまってばかりなんだ。今の今まで、何度も何度も……)





[――ット。おーい! 聞こえていますかー!!]


ルリーカに突然話しかけられてオレは顔を見上げる。


[そろそろ今日のラストフロアだよ。ここで一回休憩でもしよっか?]


気がつけば、オレはもう29階にいた。


[……なんかさっきからレット、どこ吹く風って感じでずーっとぼーっとしてるじゃん? ……落ち込んできている感じするけど大丈夫?]


(何やっているんだろうオレ――馬鹿だな。オレがルリーカに心配されてどうするんだよ……)


[――大丈夫。こんなの、落ち込んでいるうちに入らないよ]


[強がんなくて良いって! “その表情で落ち込んでいるうちに入らない”って、それじゃまるで、レットが今まで“物凄くしんどい思いをし続けてきた”みたいじゃん]


[いや……それは……まあ、ある意味ではそうなのかもしれないけど……。でも、オレとしてはいつも通りでいたつもりなんだけどォ……]


[……本当に落ち込んでいる時って、他人に言われるまで酷いカオしているだなんて――なかなか気づかないもんだよ?]


思わず言葉に詰まる。

悩んでいることとはまさに目の前のルリーカのことだ。


だけど、オレは何も言わない。

言えなかったし、言うつもりも無かった。

黙り込んだオレを心配そうに見つめてからルリーカはオレの左手を掴んでから、右手で扉の取手を握った。


[とりあえずさ。一緒に先に進も? ――次の30Fのフィールドが、気分転換になってくれると良いね]


そう言って、ルリーカは扉を開けた。












挿絵(By みてみん)







 山々に囲まれた、その湖は綺麗だった。

透き通っていて、まるで上と下に二つの空があるみたいで――


[薄暗いフィールドじゃなくて良かった! ここは【フルーミア湖】だね。レットは見たことある? フォルゲンスの港に繋がってる湖なんだけど]


オレは昔の出来事を思い返した。


(そういえば――フォルゲンスの港で釣竿に引っ張られて落っこちたことがあったな。こうやって自然に囲まれている湖を見るのは初めてかも……)


[す、すごいね! とっても綺麗な湖だ。オレ、感激しちゃって――]


オレの横顔をルリーカがじっと見つめた。


[ダメか〜。“晴れないか〜、その表情(かお)”]


うまく取り繕ったつもりでいたけど、眉間に皺が寄ったままになっていたみたいだった。


[悩みがあるならさ。アタシが聞いてあげよっか?]


[でも、知り合ったばかりの人にそんなこと……]


[逆だよ。逆逆、知り合ったばかりだからこそ、気にせず相談できることがあったりするじゃん?]


オレは妙に納得して、同時にうまく誤魔化さないといけないなと焦り始める。

“ルリーカのことをルリーカに相談する”わけにもいかない。

だから、その時オレがルリーカに話したのは、その時抱えていた別の――もう一つの思い出と悩みだった。










[昔のことを思い出していたんだ。なんというかさ――オレにはわからないことがあまりも多すぎるなって]


気がつけばオレはぼうっとした表情で、自分の右手を無意識に見つめていた。


[今まで冒険していく中で。知り合いとか、友達とか、他の皆が普段抱えているようなことを、理解できないことがあまりにも多すぎたんだなって。だから、オレ個人には他人の気持ちを理解する力なんて、ないんじゃないかって]


ルリーカは急に足を止めて振り返って、オレの表情をまじまじと見つめてから、視線を逸らして動かなくなった。

どうやら、何か考えごとをしているようで、今度はオレの方から声をかけた。


[あの――ルリーカ?]


[あ、ごめん。そういう悩みって、レットの年でするようなことじゃないと思うんだけどなあ。アタシよりも若いのに本当に大丈夫? ――何かあったん〜?]


ルリーカはあっけらかんとした表情でそう言い放った。


[ていうかさ。他人の気持ちとか悩みごとなんて、わかるわけないって。何でもかんでも理解されちゃ嫌でしょ! エスパーじゃないんだしさ]


笑ってからルリーカは湖の彼方を見つめた。


[――でも、そういう風に悩むのって大事なことだよね。他人ひとの気持ちを『わからないなりにわかろうとする』のって、『わからないって割り切っちゃう』よりは、ずっと優しくて、よっぽど前向きだと思うよ]


[ありがとう。そういう風に言ってくれるだけちょっと助かるかも]


[うんうん。良かった良かった。ちゃんと話してくれてありがとね]


ルリーカはそっぽを向いて、何かを考え込むような素振りをする。


[――ちょっと真剣なことを話す雰囲気になっちゃったみたいだし。ねえ、レット。アタシも相談して良い?]


そう言ってから、ルリーカは視線を落として、足元の石を拾う。


[――例えばさ。“ものすご〜く不器用な人”がいたとして。その人が不器用すぎて、普段から一緒に笑ったり泣いたりできない人だったとする。その人に対して『一緒に喜んでくれない。悲しんでくれない』って、ついつい我慢できずに怒っちゃう人がいたとしたら。わからずやなのって、どっちなんだろう?]


ルリーカの相談を受けて、オレは湖の前で両腕を組んでしばらく考え込む。

その間に、ルリーカが持っていた石を湖に向かって投げつける。

回転のかかった石が、湖面で跳ねた。


[ん、ん~。わからないかも。話を聞いただけじゃ、その“不器用な人”が本当に喜んでいるのかわからないから。怒っている人からすれば一緒に喜んでくれているのかもわからないよね。だから、わからずやなのがどっちなのかオレにはわからない。でも、オレがどっちの立場だったとしても、多分やれることがある]


[それって何?]


[“面と向かって、時間をかけてでもきちんと話し合う”――かな]


[そっか、強いんだね。レットは。……ありがとう。気がついたら、アタシの方が話に付き合ってもらっちゃってた]


ルリーカは何かに気づいたようにハッとして、石を投げるのを止めた。


[――ていうか、レット自身の中で答え出てるじゃん。レットの悩みも同じでさ。“面と向かって、時間をかけてでもきちんと話し合う”しか答えはないんじゃない?]


[う、うん。そうだね。他人の気持ちが分からないなんて諦めちゃう前に――オレも“もっと時間をかけて向き合ってみよう”と思う。今までは、それが上手くできていなかったんだろうな]





――そう。まさにこれから、オレは目の前のルリーカに対してそれをやることになるわけで。

オレはなんとなく後ろめたい気持ちになって、視線を下に落とした。


湖には、オレとルリーカの姿が映っていた。

自分のせいで出来上がってしまったしんみりとした雰囲気を変えようとして、オレは咄嗟にルリーカに話を振った。


[この湖って、こんなに綺麗だったんだ。オレ、“見たことない景色”かも]


[フルーミア湖のこの場所って、後から行けるようになったらしいよ? 追加されたのが最近だから、“国の中から見る湖”と“この場所から見る湖”では、美しさっていうか、解像度みたいなのが違うんだって]


[へぇ~、詳しいんだね?]


[ま、アタシにとって思い入れのある場所だからね。でも、この塔の頂上はこんなもんじゃないらしいよ?]


[そんなにすごいの!?]


[地平線の彼方から上がる日の出は、昼の明るさと夜の暗さが混ざって見えてすっごく綺麗なんだって。境がわからなくてどこまでが天国で、どこまでがこの世なのか。わからないくらいに。そうだねぇ……例えるなら――。この湖の景色と空が正反対の色合いで混ざり合っているような感じ?]


[地平線の先が混ざり合っているって――なんか、想像がつかないや]


[『生と死の狭間で争うなかれ、死者を安らぎに還したまえ。眠る死者を決して起こすなかれ。汝、平穏であれ』っていう塔のメインストーリーのテーマに沿ってる景色だからね! “頂上で誰にも争っていて欲しくない”っていうメッセージなんだってさ]


(なるほど。不思議な景色なだけあって、ちゃんとしたゲーム内の設定があるんだな……)


[幻想的っていうか、あんまり現実では見れないような景色なんだね]


[そうだね~もしかしたら、“人生が変わるくらいすごい景色”ってやつかも!]


湖の中のルリーカがそう言ってからオレを見つめて笑いかけてきた。


[レットはある? “そういう経験”]


ルリーカの言葉の意味が理解できず。湖の中のオレが首を傾げた。


[“そういう経験”って言うと?]


[幻想(ファンタジー)的っていうか、現実世界じゃまず起こらないような。感情を揺さぶるような神秘的な体験だよ]


“感情を揺さぶるような神秘的な体験”という言葉を聞いて、オレは今までの冒険を思い返した。


[自分の心の中で、具体的にこの瞬間がそうだった! って言い切ることはできないけど。――感情を揺さぶられることは何度もあったかな。このゲーム、色々凄いから]


[そういう体験をしているとさ。現実でも似たような奇跡が起こるような気がしない? “何もないようで何かが起きそうな”]


ルリーカが目の上に手をかざして、目の前の景色を俯瞰するように見上げた。


[ゲームの世界の中で、幻想的な景色にこうやって浸っていると。“どこにありはしないもの”が、現実世界でも“どこかに本当にありそう”な気がしてくるんだよね]








『どこにもありはしないもの』


オレの場合、それはなんなのだろう?


考えるまでも無いなと思った。それは空想の絵空物だ。

自らがヒーローになって大冒険をして、世界を救うような。そんな空想の絵空事。

オレみたいな子どもがついつい思い描いてしまうようなそんな幻想的な、空想の願望。


『“どこにありはしないもの”が、現実世界でも“どこかに本当にありそう”な気がしてくる』


確かにそうかもなと思った。

こういう景色を見て冒険心が震えるたびに、現実世界のどこかにも、そんな神秘的な出来事が起きるような気がする。

空想な絵空事が現実世界のどこかに本当にあるような――そんな気がしてしまう。


だけど――


[なんとなくわかるけど、でも“どこか本当にありそう”って思っちゃうのは勘違いっていうか――妄想の産物っていうか。やっぱり――頭の中にしか存在しないものなんだと思う]


[そうだろうね〜。だって、“どこにもありはしないもの”だもんね]


――そう。

そんなこと、このゲームを始めた時に本当は頭の中ではわかっていたはずだった。


今までずっと、本当の意味でオレは理解していなかったんだ。

オレにとって都合の良い冒険物語なんて、どこまで行っても――ひたすら現実が転がっている。

今の今になって、ようやくそれを理解できた気がした。


だけど、それでも――


(――馬鹿なんだな。オレ)


あんな目にあっても、まだ心の片隅でどこかに“あるんじゃないか”って思っている自分がいる。

オレは確かに打ちのめされたし、散々怖い目にもあったけれど。


オレ自身が夢見がちで、“ありもしないもの”に憧れてしまうのは、性分というか――ひょっとすると一生治らないのかもしれない。


[――なんかごめんねぇ。難しい話しちゃって。とんちっていうか、禅問答みたいな話になっちゃった]


[ルリーカの言いたいこと。なんとなくわかるかも]


[――え?]


[オレもずっとゲームを遊んでいて、わかっていたつもりなんだけどさ。こうやって冒険の舞台が目の前に広がっていると。どうしても心の中でその――万能感が拭えないっていうか。現実じゃできないようなことが、出来ちゃいそうな気がするんだよね]


[わっかるよ〜その気持ち。背伸びをしたくなるんだよね〜年頃の男子っていうのはさ]


ルリーカがオレを揶揄うようにニヨニヨと笑う。


[そんな顔しなくたって良いじゃん……。オレがルリーカの言うところの“N(ノーマル)レア”なのは頭の中じゃよくわかってるって!]


[そこまでは言ってないけどさ“身の丈に合った自分を知る”っていうのも大事だよね。誰も彼もが――“特別な何か”になれるわけじゃないんだから。でもさ〜――]


ルリーカが再び石を拾って、湖面に向かって投げ始めた。


[――アタシ“あったら良いな”って期待すること自体は悪くないと思うんだよね。レットが望んでいるような物が、本当にこの世界ゲームに存在していなかったとしてもさ。“あるかもしれないって思いながらやっていけたら幸せ”じゃない?]


投げられた平たい石が、何度も水を切って対岸まで跳ねた挙句に湖に沈んでいく。


[……アタシもさ、自分がこの世界(ゲーム)に望んでいるものなんて、本当はどこにもありはしないんだって頭の中ではわかっているつもりなんだと思う。……でも、“どこにもないのに、あるように見える”から――――今が楽しんだよ。きっと]


[――ルリーカは、このゲームに何を求めているの?]


オレがその質問をすると同時に、湖面が穏やかになった。

ルリーカが石を投げるのを止めたからだった。











[――それは、“ヒミツ”]


そう言ってルリーカは首だけ横に傾けて、オレに笑いかける。

何故かオレには、そのルリーカの笑顔が――――“笑っているのに、笑っていないように感じた”。


[ま、まあ。それが何だったとしてもさ――]


聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、オレは慌てて話を戻す。


[ルリーカは――つまり、その“ありもしないもの”が“どこにもないって、本気で気づくまでが楽しい”ってことが言いたいんだよね? じゃあ……もしも、求めている物がないってことに本気で気づいたら時はどうするの?]


[うーん……全部。終わりにしちゃうことかな〜]


湖の中のルリーカがそう言ってからオレに笑いかけてくる。








終わりにする。――“ゲームを引退する”。








思い起こせば、確かにそうかもしれない。

オレが今まで出会ってきた“ありもしないものを求めている”人達は“それが見つからないのだと悟った時”、皆この世界からいなくなっていったような気がする。


[――やっぱり、そっか。そうだよね]


だからオレも、自らがヒーローになって大冒険をして、世界を救うような。

そんな空想の絵空事が“絶対に起こらない”のだと心の底で理解した時――













[――オレも本当の意味で、ゲームを引退する時が来るんだろうな]


[え――何? もしかしてレットは今のアタシとの会話で、引退を決意しちゃった!?]


[そんなこととは関係なく。まだ、ちょっとだけ続けようと思ってるよ。やらなきゃいけないことだってあるし――]


オレは、右手を湖に差し出す。

湖面に映る自分の手の中に、ルリーカの投げた石が跳ねることなく飛び込んだ。






[――もしかしたら、何か“別の物”が手に入るかもしれないし……]








 それから、30Fのボスとの戦闘を何事もなく終えて、オレたちはロビーフロアに無事に帰還した。


[それじゃあ、明日も平日みたいだし。今日と同じ時間で、ここに集合ね!]


[うん。わかった]


[――あ、そうだ。レットさ。一つ“約束して欲しいこと”があるんだ]


そう言ってから、ルリーカは口の前に人差し指を立てて、片目を瞑って軽く笑った。


[これから先、アタシと二人で塔を登っているってことを、他の誰にも言わないで欲しいんだよね〜]


[……別に構わないけど。一体どうして?]


[え? いや……だってさぁ――]


オレの質問を受けて、ルリーカは後ろで手を組んでそわそわと体を左右に揺らした。


[――ああいう人の内側っていうか、ちょっと内面的で深い話をするのは、なんか“秘密っぽい関係”って感じするじゃん? どんな話をしたのかとか、誰にも万が一にも、知られたくないっていうか……]


[オレもまあ、ちょっと恥ずかしいかったっていうか――気持ちはなんとなくわかるけど。でも――“誰と一緒に登ったのか”くらいなら別に喋っても良いんじゃないかな?]


[でもさぁ。なんとなくだけど、レットの知り合いって“女の子と二人で塔に登った”なんて聞いたらあれこれ詮索する人とかいそうじゃない? レットって、弄りやすい性格しているし。隠し事とかもニガテそーだし。詮索されたら、余計なことまで口を滑らせちゃいそうだな〜って思うワケ]


[信用ないなぁ……。でも、そう言われると確かにそうかも]


オレはそう呟いてから軽く笑った。


[わかったよ。約束する。【これからは、ルリーカと一緒に塔を登っていることを誰にも言わない】]


[――アリガト。それじゃあ、また明日ね]


[うん。また明日!]


オレはルリーカに手を振ってからインベントリーから特大剣を取り出して、ロビーフロアから外に出ようと魔法陣に向かって歩き始める。









[――んん? どしたんレット。もう結構な時間だけど、まだ他に何かやることがあるの?]


ルリーカに背後から声を掛けられて、オレは足を止めて返事をした。


[寝る前に、特大剣を振る練習をしておこうと思ったんだ。最近は塔の中で片手剣しか使えてないから、このままだと鈍っちゃいそうでさ]


[だったら、ここで練習していったら? 外はもう真っ暗だし。ここなら武器が消耗することもないしさ]


[――そうだね。じゃあ、そうしようかな]


オレは特大剣を取り出して、ロビーフロアの中央で構えた。

ルリーカはショップの前に置いてある椅子に腰掛けて、前屈みになってオレをじっと見つめていた。


[えっとォ。ルリーカはログアウトしないの?]


[……なんとな〜く。最後まで見てみたいなーと思ってね]


気恥ずかしい気はするけど、隠すようなことでもないなと思い直してオレは特大剣を振り回し始める。


 剣を振りまわす度に、空気を切る重い音が鳴った。

切っている――というより、空間そのものを振り回しているようだった。


ロビーフロアの中の空気が勢いよく混ざり合う。

まるで、温度を下げようとして何度も水を掻き回しているお風呂の中みたいだった。

そうして、巨大な剣を振っている自分の体が振り回されないようにうまく制御する。








『レット――剣を降るときは……集中して』


『この戦い方は……身体に染み込ませて、思うがままに剣を振るのが大事』








頭の中で、懐かしい人の声が聞こえてくる。

教えてもらったことを思い返しながら、ひたすらに剣を振り続けた。


[――ふぅ。こんなところかな]


ひと段落ついて、巨大剣を地面に突き立てる。

ルリーカは椅子の上で前屈みになって、膝の上に頬杖をついた姿勢でこちらを見つめていた。


[途中で何かブツブツ呟いていたけど。その練習方法って誰かから教わったの?]


[うん。この戦い方はオレが前ハイダニアに居た時に、一緒にいた女の子から教わったんだ]


[女の子って――えっ!?  まさか、レットに仲の良いガールフレンドがいたりするの!?]


そう聞かれてオレは言葉に詰まった。

『あの娘』との関係はそういうものじゃないけれど――何と言ったら良いのか、うまい言葉が思い浮かばない。


[う……ま、まあ。そんなところかな? その娘はちょっとした事情があってゲームを遊ばなくなっちゃったんだけどね]


[なるほどね〜。それでその娘を想って、いつも頑張って剣を振ってるんだね。もしも、その娘が見たら感動して泣いちゃうかも。――レット二等兵は、罪な男だねえ]


ルリーカがニヨニヨと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。


[もう。あんまり揶揄からかわないでよォ……]


[うんうん。ちゃんと最後にレットを茶化すことができたし。これで今日はお開きかな!]


そう言ってから、ルリーカは勢い良く椅子から立ち上がって伸びをする。


[うん。じゃあ、また明日。今日と同じ時間に集合ってことで。おつかれさま!]


ルリーカが手を振って、それに答えながらオレは先にログアウト処理をする。


元々フランクな性格をしているからなのかもしれないけれど。

今日一日で、ルリーカとはかなり打ち解けられた気がする。












同時に、その事実に素直に喜べない自分がいた。


ルリーカは今日、素直にオレと話し合っていたんだろうか?

本当に、打ち解けあっていたのだろうか?


(少なくとも、わかったことが一つある。『ルリーカは俺がログアウトするまでここにいるつもりでいた』。理由は“まだ”わからない)


その原因はいったいなんなんだ? ルリーカは一体、何を警戒しているのだろう?









自分に課せられたミッションは、以前変わりなく続いているような気がした。








佐藤(サトウ)(サトシ)


 会者定離の塔の開発担当をしたディレクター。

開発者のインタビューでは「開発チームを引っ張るタイプではなく、開発チームのメンバーの意見を積極的に聞く傾向が強い」とされており、開発者チーム内ではメンバーお墨付きのお人好しかつ善人との評。


 多くのプレイヤーが得をする緩和策を施行し、当時は好評を博したのだが、しかし後に“最もゲーム人口を減らしてしまったディレクター”として語り継がれることとなる。

 理由は単純で、“過剰な緩和”と“ぬるすぎるコンテンツ”を連発してしまった結果、ゲーム全体の緊張感が失われてプレイヤー人口が一時期減少してしまったのである。


 プレイヤー目線で言えば緩和はプラス要素であり、短期的に見れば好評であることが輪をかけて事態を悪化させ、過剰な緩和策の問題点が可視化されたときにはゲームは致命的な状態に陥ってしまっていた。

プレイヤーからは『やりすぎた緩和はゲームの寿命を縮めるような行為であり明日ではなく今日のことしか考えていない』と痛烈に批判された。

 人当たりは良いのだが、プレイヤーからは行き過ぎた緩和策がゲームの寿命を縮めていると称され更迭されたと噂されており、プレイヤーからは『善人ではあるが、日和見の無能』というとても厳しい評価が下っている。

“『ただ優しい・性格が良い』というだけではゲーム開発のディレクターは務まらない”のかもしれない。


彼は初期のハイダニアの国家設定の監修も行なっており、『自国民には徹底して優しいが、世界単位での有事の際にはまるで役に立たずむしろ足を引っ張る』というハイダニアの国家としての性質は彼の性格が無意識に色濃く出ているとも言われている。


プレイヤーからの当時の名称はサトサト。サトサト涙目である。


『サトサトはとってもやさしい人だったと思う。だからこそ、二度とエールゲルムには戻ってこないで欲しい』


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