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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
144/151

A面 第五話 Friendship between beginners.

少年が調べ物をした、その翌日――


「“この塔を登る目的”ぃ~?」


時間通りにログインしてきたレットの質問に対して、ルリーカは大きな声を上げて首を傾げた。


「うん。そうだよ。ルリーカがこの塔を登る理由って何なのかなって。確か、以前この塔に登ったって言ったよね? オレ――」


“調べた”と言わないように、一瞬だけ考え込んでからレットは言葉を紡ぐ。


「――他のダンジョンとかもそうだけどさ。2回目を挑戦する意味ってあんまりないんじゃないかなぁと思って。特にこの塔はインスタンスのダンジョンとかと比べると、効率よく経験値を稼ぐのにも向いている感じしないし」


レットの質問に対して、ルリーカは視線を下に落としながら何かを考え込むような素振りを見せる。


「えーっと。あ、あの……別に何か深い理由があるわけじゃないんだ! 何となく気になって聞いてみただけで――」


「――本当のことを言うとさぁ。アタシ、この塔に登ったことはあるんだけど、『最後の最後まで登った』ことが一度もないんだよね~」


「それってどういうこと?」


アタシがこの塔を最初に乗った時。……頂上に行く前にパーティーが解散しちゃったんだ。確か……色々、トラブルがあって――何があったかはちょっと――――思い出せないんだけど」


「でも、それなら――」


レットはルリーカの返事の内容をよくよく吟味しながら、しばらくの間考え込んだ後に答えた。


「――オレなんかじゃなくて、進行状況が同じ人と一緒に行けば、もっと上の階層から再挑戦ができるんじゃない?」


「ところがさ、この塔って今や全然登る人がいなくって。“進行状況が一致している人”どころか“高めの層で攻略が止まっている人”もほとんどいないんだよね。ずーっと最寄りの国の募集掲示板に貼りついていたけど、ちょっとなかなかそれっぽい募集が見当たらないし。やっぱり初心者さんてこういうのってチームメンバーの身内の人に手伝ったりしてもらって挑戦したりすることが多いみたいだから。にっちもさっちもいかなくなって困っちゃってさ~」


(そっか。身内の人か……)


レットは少し前に、チームの中で“自分の身内”と二人で話した時のことを思い出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『……む。“初心者向けのコンテンツ”ですかにゃ? 』


『そうなんですよォ。調べてみたら、結構ストーリーが面白そうな初心者向けのダンジョンがいっぱいあるみたいで、行ってみたいんですよね。でも、意外と人数が必要だったりするんですよね』


『このゲームは結構緩い方ではあるんですけどにゃ。オンラインゲームの他人との体験を重視しているのか、場所によっては二人から入れるような場所もたまにあるんですにゃ』


『なんでそういう仕様なのかなあ。別に良いじゃないですか。一人で入れるようになっていたり、NPCと一緒に挑めるダンジョンとかもいくつかあるんだから。全部のダンジョンをそういう簡単に挑めるようにしてほしいですよォ……』


『そういう緩和はあったけど、一時期だけでゲーム全体を通してほとんどないんですにゃ。基本的にこのゲームで“一人で挑めるダンジョン”っていうのは、“一人で挑んでも楽しい”っていう意味ですにゃ。つまり、“一人で登ったら味気ないダンジョン”ってことなんでしょうにゃあ』


『理屈はわかるんですけど。でも実際問題募集が全然見当たらなくてオレはオレで困っているというか……』


『仕方ないですにゃ。実装されてから時間が経っていると、挑む機会がほとんどないというかー。ダンジョンで手に入るアイテム自体が昔の物だから弱かったりして。ほとんどのプレイヤーにとって挑戦する意味がないことが結構多いんですにゃ。そういう時は大規模な初心者向けのチームに所属したりとか、同じ目的の初心者の人と一緒に行ったりっていうのが一般的ですかにゃ?』


『初心者同士……か、“うちのチームの初心者二人”でなら挑めるだろうけど、戦力的にちょっと不安かも』


『もし行きたいダンジョンがあるようだったら、手伝いますにゃ。――――自分じゃなくて、ワサビさんとかテツヲさんが』


『あの……どうしてその二人の名前が出るんです?』


『うちのチームではその二人がぶっちぎりで何でもお手伝いしてくれるんですにゃ! ワサビさんはわかるけど、テツヲさんが地味にメンバーに優しいのは驚きですよにゃ〜』


『いや、そうじゃなくて。――自分じゃなくてその二人の名前をあげるってことは。――“手伝うのが嫌な理由”とか、あるのかなあと……』


『………………な~ぜかわからないけど。その二人と違って自分がうちのチームメンバーを手伝うと、毎回毎回事故とかトラブルに巻き込まれるし、モンスターにもプレイヤーにもやたら絡まれるし、人間不信になってしまったんですにゃ……。そのせいで、自分の益にならないともう、何も手伝う気になれなくなっちゃったというか……』


(一体、“誰の何を”手伝ったらそんなことになるんだよ……)





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





(待てよ? 一緒に登る人がいない上に、“チームに頼る”っていう選択肢がないってことは――)


「――それじゃあ、ルリーカは今どこのチームにも加入していないってこと?」


「そうなんだよね~。ここに一人でやってきたってことは、レットも同じでしょ?」


「え!? オレは別に一人じゃ――。あー、今はそうか。オレの所属していたチーム。解散しちゃったんだった……」


「ほら、やっぱり! 割と普通に遊んでいても、いろんな理由でチームが解散しちゃったりするでしょ? 私も今はフリーでさぁ~。緒に遊んでいた人も今はログインしてないし! だから、何も知らない初心者さんを現地で捕まえて、一緒に登れないかなって思い立ってここにやって来たわけ!」


(うへぇ。昨日塔を攻略している時から思っていたけど。ルリーカって相当行き当たりばったりな性格してるよなぁ……)


「じゃあ、未経験のオレを誘った理由は“進行度が合う人が他にいなかったから”ってこと? 未経験でも一緒にゼロから上り直せば、進行度がそのうち同じになるし、頂上も目指せると――」


「そういうこと! アタシが手取り足取りレットを訓練して、塔の頂上まで導いてあげようってわけ! “ヒカルゲンジ作戦”ってとこかなぁ? 」


レットが怪訝な表情で首を傾げると、ルリーカは少し焦ったような表情をして弁解をした。


「あれ? この表現って、あんまり良い意味じゃなかったりする? アタシの友達が、年下の男の子を“ヒカルゲンジのようにゼロから育てるのだ!” って、よく言ってたから。アタシいまいち意味がわかってなくて――気を悪くしたらごめん」


「――えっと、一つ聞いていい?」


首を傾げたまま。レットはぽつりと呟いた。













「――“ヒカルゲンジ”って、どこの国の人?」


「…………アタシも大概だけど、レットってやっぱり勉強苦手なんだね」


「う……自覚しているよ。だから、最近は頑張って勉強しているんだけどォ……」


「頑張っているってことは良いことじゃん? あんまり落ち込まないでさ――」


部屋のパスワードである四桁の数字を入力しながらルリーカはレットに笑いかける。


「――今日も気を取り直して進んでいこうよ!」







 かくしてレットとルリーカは昨日と同じように、スキルを解放し、新しいアイテムや装備品を手に入れて、宝箱を開けて、新しく手に入れた階層の地図を見つけつつ、ダンジョンの中を進んでいく。

レットには“ダンジョンに慣れてきている”という実感があったが――


(――まさか、地図を見ながら人を案内するのがこんなに難しいことだったなんて……)


――“行く先への案内”だけが未だに上手くいっていないことに気づき、その理由をレットは熟考する。


(自分が“パーティの先頭を歩けていない”のが原因なんだろうな……)


ルリーカはレベルアップで手に入れたスキルの関係か、攻撃型のビルドを組んでおり、それ故にハイスピードでダンジョンを進んでいく。

対して、レットはソードマスターの主軸である【二刀流】のパッシブスキルがなかなか手に入らないことに対してやきもきしていた。


(今のオレの持っているスキルじゃどうビルドを組んでも、防御面に穴がありすぎる。敵の背後から火力を出すならまだしも、とてもじゃないけど前線は貼れない。防御が低いプレイヤーが先頭に立ってダンジョンを進むのは危ないし……。使い慣れた“二刀流”のパッシブスキルさえあればこのくらいのモンスターの攻撃なんて気にせず前を歩けるのになあ……)


先行するルリーカの背中を視界に入れながら、行われていたそのレットの思索は――




「――うぐっ」




――突如止まったルリーカの背中に顔面をぶつけたことで、瞬く間に停止した。

一体何があったのかとレットは僅かに背伸びして、ルリーカの前方を肩越しに見つめる。


『――そこのお方』


――それは昨日の攻略では起きなかった新しい事象イベント


『私はしがない占い師。“生と死の境目に立つ者”です』


 その人物はレットを塔に誘ったNPCだった。

レットは近づいて覗き込んでみたが、顔部分は黒いエフェクトで覆われていて、その表情を見ることはどうやってもできない。


「……名前は【ノマドフォーチュンテラー】か。十階の隊商と同じような、ランダムで登場するNPCってことなのかな?」


「話を聞いていけばこの塔に関するストーリーとかもよくわかるようになってると思うよ。アタシは以前登ったときに聞いたからパスだけど、気になるのなら聞いてみたら?」


なるほど――と思い立ってレットがNPCの話を聞き始める。

レットが塔に関する話をひとしきり聞いた後に、NPCが一つの提案をしてきた。


『ここで会ったのも何かの運命。よろしければ、占いなどしていきませんか? あなた方の進むべき道が、示されるやもしれませんよ?』


そう言ってNPCが複数枚のカードを裏返しにした状態で差し出してきた。


「えっと――“占いに誘われている”んだけど?」


「そのNPCの職業は占い師フォーチューンテラーだから、タロットでいろんな占いをしてくれるんだ。引いた内容に応じて一定時間バフがつくよ」


説明しながらルリーカは一枚のタロットカードに手を伸ばしたが、ハッとして突然手を引っ込めた。








「……そういえば――バフだけじゃなくてデバフがつくこともあるんだったっけ?」


ルリーカの言葉で、同じタイミングでタロットを引こうとしていたレットの手が止まる。


「え? なんか急に怖くなってきたかも……」


レットの浮かない表情を見て、ルリーカはからかうように笑みを浮かべる。


「――おっとぉ? レットくんは“意外と臆病”なんだね〜。意外とこういう占い、間に受けちゃうタイプだったり?」


「違うよ。デバフがかかるのが嫌なだけだって。ルリーカだって、カード引いてないじゃん。オレは占いなんて信じてないし」


「でも、このサーバーのフォルゲンス共和国には本当に『凄い占い師』がいたらしいよ!? 最初は誰も信じてなかったけど、後から占いが全部百発百中だったってことがわかって、大騒ぎになったって話!」


「や、やめてよこのタイミングで急にそんな話をするの――余計にカードを引くのが怖くなってくるじゃん」


「でも。皆がその占いの凄さに気づいた時には、その人は幻みたいに消えちゃったんだって、だから今――皆血眼になって探しているんだって」


「ど、どうしてその占い師は消えちゃったんだろう……」


「さあ――? ひょっとしたら、お金よりもずっと大事な“恐ろしい占い”でもしたのかも?」


ルリーカはそう言ってから、まるで水晶を使っている占い師のように――手のひらを翳す素振りをレットに見せつけてきた。


(いちいちホラーみたいな話に持って行くのやめて欲しいな……)


「ルリーカはそういう話には詳しいんだね」


「ん、まあサーバーの……最近の情報は大事だからね」


「実は。単に怖がりなだけだったりしない?」


「ち・が・い・ま・す〜。アタシは……くじ運が昔からすっっっっごく悪いから、引くのやめとこうかなって思っただけ。勝てない勝負はしない主義ってことで――大丈夫大丈夫! 確率で言ったらハズレはそんなに高くないはずだから!」


(だったらルリーカも自分でカードを引けば良いのに……。ま、いいや。怖いとも思うけど、同時に面白そうでもあるし。これ以上からかわれるのも恥ずかしいし。一か八か――)


レットが自らの恐怖をかき消すように勢いよくタロットカードを引くと、同時にその体が赤く光った。


「当たりだね〜。ま、ハズレを引くことの方が珍しいんだけど」


レットは引いたカードを掲げて、その絵柄をじっと見つめる。

そこには、『XIXというローマ数字と太陽』が描かれていた。


(これは――見たまんま、【太陽のカード】ってことかな? 手に入れたバフは“攻撃力アップ”――)


レットは前を見るために、掲げたカードをわずかに動かす。

前方では未だに占い師がカードを差し出した状態のままだった。


「このNPC――カードを引き終わったのに、動かないんだけど?」


「ステータス効果はつかないけど、“パーティーメンバーが選択しなかった分のカード”は他のプレイヤーがアイテムとして受け取れるってこと」


ルリーカの言葉を受けて、レットは首を傾げる。


「他の人の分のカードも貰えるなんて、不思議な仕様だね?」


「このNPCがくれるタロットって“プレイヤーが占い師として使えるカード”とは微妙にデザインが違うみたいで、“コレクター目当て”の人向けにそういう仕様になっているみたい。昔はこのタロットカードを揃えたいって言う理由で塔の攻略を手伝うようなマニアな人もいたみたいだよ?」


(なるほど。“後続の人を手伝うプレイヤーを少しでも増やすため”にそういう要素を入れているわけか……)


「――むむ! 曲がり角にモンスターを発見! 出撃の時間だよ“レット二等兵”!」


そう言って、まるで話を打ち切るかのように、ルリーカがモンスターに向かって突撃していく。


「あ――ちょっと待ってよ! 一人で行くと危ないよ!」


レットは迷う暇もなく。咄嗟に、反射的に“ルリーカが引く予定だったカード”を引く。

絵柄を確認する前にカードをインベントリーにしまってから、ルリーカを追いかけるように走り出した。









「最初に登った時よりもだいぶ要領よく登っていくことができたね〜」


「そ、それはただ単に、ルリーカの進み方が無茶っていうか、ペースが、早いだけって言うか……」


「そっかな〜アタシとしてはいつも通りにゲームをエンジョイしているだけなんだけどな〜」


(薄々勘づいていたけど、ルリーカってひょっとしなくてゲームの遊び方がいい加減で大雑把っていうか、もしかして単に下手なだけなのかも……。それが自体が悪いってわけじゃないし。オレのビルドが力不足なのもあるけど、この先のフォローが大変になりそうだなあ……)


「それじゃあ早速“お楽しみの時間”と行きましょうか!」


ルリーカはそう言って二十階に続く扉に手をかける。

再び光に包まれてレットが目を開けると――






挿絵(By みてみん)







(――今度は、どこだ? ひょっとして、“今までに一度も来たことない場所”かも)


レットは周囲を見つめる。

どうやらここは何かの建造物の中のようで、レット達を取り囲むように灰色の無機質な壁と天井が配置されていた。

周囲はやや薄暗く。気温が低いのか、吐く息が白くなった。


(寒いけど――オレが前に登った山とは雰囲気が違うみたいだ)


「オレはこんな場所に来たのは初めてだから。ここは、“ルリーカが長時間いた場所”ってことだよね?」


ルリーカはしばらくの間、レットに対して何の反応も示さなかった。

ただ大きく息を吸いながら周囲を一瞥するように見回して、白い息を吐き出して――そこでようやくレットに対して振り返った。


「またまた珍しいエリアが選ばれたもんだね〜。ここは『エーへームの記念碑』っていうダンジョンで、すっごく高い場所にあるんだ」


「高い場所って――高い雪山みたいな感じかな?」


「山だけど、雪山ってわけじゃないかな。降るのは“雪じゃない”し。とにかく、登り降りするのが結構大変で“珍しいエリア”なんだ」


レットは周囲を見つめて。ルリーカの『珍しいエリア』という言葉の意味を吟味しようとした。


「――そういえばここにはモンスターがいないみたいだけど」


「その通り! 戦闘を避けられるから、このエリアは当たりと言えば当たりだよね。モンスターがいないってことも含めて、この場所はプレイヤーにちょっと特別な使われ方をするエリアなんだ。例えばさ。アタシたちがいるこの階層ってプレイヤーの経験に基づいて中身が変わるじゃん?」


「うん。そうだけど」


「で、この階の元ネタの『本来のエーへームの記念碑』の、あの光から移動した先にも同じような仕掛けがあって。入ったプレイヤーの経験に基づいて変化する特別な空間があって。その特殊な空間をプレイヤーがパスワードかけて占有して自由に使うってわけ」


「……なんか、“お祭りの会場”みたいだね」


「当たらずとも遠からずってところかな? “チームで高難易度のレイドに挑戦”したりとか、“裏アイテムを安全に取引する”ために使ったりとか。“プレイヤー同士の結婚式を開く”とか、“果たし合いとかでプレイヤー同士の宿命の対決をする”ときに使ったりする人もいるみたい。“いんすたんすえりあ?”だっけ、アタシはゲームの用語には疎いから自信ないけど」


レットは頭の中で、自分がかつて調べた知識を思い起こす。


(あの光から飛べる特殊なエリアは、オレが前に挑戦した『インスタンスダンジョン』とか『住宅街』と同じ仕様みたいだ。利用するプレイヤーの数に応じてチャンネルが増えるようなエリアのことをこのゲームでは『インスタンスエリア』って呼ぶのかも……。この『会者定離の塔』の中も似たような物か……)


レットは光に近寄って調べようとする。

しかし、光はただそこに漂っているだけで調べることは叶わず。別のエリアに飛ぶことはできないようだった。


「でも、この光の先のエリアは“会者定離の塔のギミックの選出対象外”なんだね」


「あくまで塔が指定してくるのは“プレイヤーが歩き回れる範囲の普通のダンジョンとかフィールド”だからね。――そりゃあねえ。“プレイヤーのゲーム体験に基づいて飛んだ先が、プレイヤーのゲーム体験に基づいて変化する空間”ってなったら、頭がこんがらがってこない?」


(なるほど。つまり“無条件で全てのエリアから選出がされるわけじゃない”――ってことか)


「えっと、このダンジョンそのものが選出されたってことは。ルリーカは昔、あの光の先で――」


レットはルリーカの言葉を思い返しながら、その“かつての体験”が何なのかを推理する。


『――チームで高難易度レイドに挑戦した』


これは違う――レットはそう思った。

本作をやり込んでいるようなプレイヤーが纏っている“俗世離れしたような独特の雰囲気”をルリーカからは感じられない。


『――裏アイテムを安全に取引するために使った』


これも違うと思った。

ルリーカにはそんな風な悪知恵が働く――“悪辣な金稼ぎができるようなプレイヤー”には見えない。


『――果たし合い目的でプレイヤー同士、宿命の対決をした』


論外だと思った。

眼前の少女に敵意を向けるような人間や競い合うライバルがいるようには到底見えない。


他に選択肢が思い浮かばず。レットは――













「――――――――結婚式でも挙げたの?」


咄嗟にそう発言してしまって、間違った推理をしてしまった――ということを即座に理解する。

そのレットの推測が、あまりにも的外れだったせいか、ルリーカはガクリと前のめりによろけた。


「……あのね。アタシがゲームの中で結婚式を挙げるようなプレイヤーに見える!? もしもアタシにダンナがいるなら。この場に一緒にいてもおかしくないでしょ? レットにはアタシが既婚者に見えるわけ!?」


「み、見えはしないけど……。で、でもそういう人がいてもおかしくはないかなって思うよ! ルリーカ、結構モテそうだし……」


レットは咄嗟に弁解をしたが、返ってきたのはため息だった。


「間接的に褒めてくれてるってわけ? 確かに“モテそう”ってのはリアルでも散々言われてたけど――残念でした。アタシは独り身です。……当たり前でしょ? この年でVRゲームの中で結婚式挙げるような婚約者がいるって、どんだけマセてるんだってえの……」


「そりゃそうだよね。当たり前――」


そこで――レットの中でとある疑念が浮かんだ。

自分にとっての、この世界の中の師であるプレイヤーの言葉が頭の中で思い浮かんだからだった。





『大体可愛い子っていうのはあらかじめ彼氏がいてゲーム茶畑がほとんどぜ』





(もしもそれが正しいのなら、やっぱりおかしい気がする。ルリーカがここに一人で来たのには、やっぱり何か深いワケがあるんじゃないか?)


レットの浮かない表情を見て、ルリーカは呆れた表情でレットに対して弁解を始めた。


「あのさぁ。認識が古いよ? そんじょそこらの女子学生の全員が恋に飢えてるって勘違いしてない? それは偏見ってヤツだよね。少なくともアタシには恋人とかそういうものはいないし、作りたいと思ったこともない。単にゲームをエンジョイしたいって思いでゲームを遊んでいる女の子だっているんだから――決めつけは良くないぞ~?」


ルリーカはしばらく頬を膨らませていたが、ニヤリと笑ってレットの顔を覗き込む。


「レットとしてもさ。アタシにそういう相手はいない方が良いでしょ? 気を遣わないで済むし。もしアタシに“お相手”がいるっていうなら、何よりレットのモチベーションが続かないんじゃない? ――男の子として!」


ルリーカはそう言いながら、冗談っぽくレットに笑ってみせる。


「いや、ルリーカが現実でどうだとか彼氏がいるとかそんなことは、別に関係ないんだ。ただオレが手伝おうって思ったから手伝っているだけだし」


レットは“ほとんど間を置かずに”そう答えた。

即答に近い返事に、ルリーカはレット僅かに動揺した素振りを見せた。


「……むむ。ほ、本当? 下心とか全くないのかな~例えばさ。こうやってアタシの前にレットが立った時に――」


ルリーカはそう言ってレットの前に立つ。






「――レットって、アタシの胸とかたま~にチラ見してたりしてない?」


「見てないよォ!! いや……“見ようとはしていない”んだ。それはキャラクターの身長の高さの関係で、オレが視線をちょっとでもそらすと、嫌でも目線がルリーカの胸元に合っちゃうんだよ……」


レットは必死になって弁解する。

それは嘘偽りもない、紛れもない事実だった。


「目線が合わないように努力はしているんだけど、気になっていたのなら――ごめん」


「気にしないで、からかうつもりで言っただけ! 身長の関係でそうなるのなら仕方ないよ。だけど同時に、誤解されるのも仕方ないかも。不可抗力でも、男子に胸を見られた時って女子は必ず気づいているものだからね~。彼女ができた時のためのアドバイスとして、受け取っておくことだね!」


「いきなり彼女ができた時の心配されても……」


(……でも、ルリーカの言っていることって違ってそうなんだよな。オレ自身が男だからわかるけど、ルリーカは“男子学生をちょっと甘く見すぎている”っていうか……。もしも“毎回毎回必ず視線に気づいていたら”こんな呑気な反応はしていないと思うんだよなあ……)


「でもさ、さっきの弁解が本当なら。レット二等兵殿はその年で相当な紳士ってことだよね!」


「その言い方って、オレのこと褒めてるのかな?」


「褒めてる褒めてる! だって~、言い寄ってくる男子ってなんか目線がいやらしいし、何を考えてるか丸わかりっていうか――全体的にちょっとだけおバカだな~って思うことが結構あるからね~」


(う、一昔前のオレからルリーカの胸を見て、浮かれて馬鹿なことやってたんだろうなぁ……。でも、今は――)


「心配しなくていいよ。オレがルリーカを助けたいのは女の子だからとかそういう理由じゃないから。むしろ――」


レットは満面の笑みをルリーカに浮かべる。













「――そんな下衆な理由で人に近寄ったり、人助けするやつなんてクズだし間違っているし。“異常者”だよ」


その言葉が終わった頃には、レットの目線はルリーカとは全く違うところにあった。

声のトーンも落ちていたし、先ほど浮かべたばかりの笑顔も無くなっていた。


「え……う……なんか……やっぱりレットってちょ~っと“N(ノーマル)じゃない”よね~。ま、まぁ話を戻すけど」


レットの反応で、ルリーカは気勢を削がれたのか、おずおずと話を切り出す。


「とにかく、ここで結婚式をしようとしていたのはアタシじゃないんだ」


「――知り合いの人とか?」


「うん……まぁ――そんなとこかな? その二人さ。現実ではとっくの昔に籍を入れていたんだけどね。結婚した時は貧しかったみたいで、ちゃんと式を挙げられていなかったみたいで。今更だけど、『ゲームの中で式を挙げてみたら面白いかも?』って話になって、アタシがサプライズで。その二人の手伝いを取り纏めていたってワケ!」


「えっと、つまりその式ってルリーカ主導で行ったってことだよね――ちゃんとうまくいったの?」


「おっとぉ? ……どういう意味かなぁ? レット二等兵も結構言いたい放題言うようになったねぇ。アタシ、男女の恋愛には疎いけどこーゆーところの“愛”はものすごく強いから。だから準備は万端だったんだよ? そして二人は無事に式を挙げて、意気揚々と新しいやり直しのハネムーンに――」






ルリーカがそう呟いたところで、急に力が抜けたように突然足を止める。

レットの顔が再びルリーカの背中に激突した。


レットが背中越しに前方を見る。

そこにはフロアのゴール地点である転送装置があった。


「20Fのゴールか、びっくりしちゃった。オレ前見てなくて。今日は昨日より大分早く終わったね」


「…………そうだねぇ。でも、気をつけたほうがいいよ? これからどんどんモンスターも強くなるし、何事もなくすぐに終わったってことは、それだけモンスターとの戦闘の機会が無かったってことでしょ? 明日はレベルが足りなくて苦しくなるかもよ」


(なるほど、そういう考え方もあるのか――楽すれば良いわけじゃないのか)


レットは思案しながらも、昨日のように転送によって休憩地点に移動する。


「それじゃ今日はここで解散ね」


「オッケー。じゃあ、明日も今日と同じ時間に集合で」


ルリーカに別れを告げてログアウトをした直後――


(――あ。そうだ。昨日もだけど、“日課”を忘れてた。ちゃんと今日の分を完了してからログアウトしないと……)


そう思い返して、再び少年はレットとして仮想世界に降り立った。

休憩地点から退出して、塔のエントランス――最初のフロアに戻ってくる。

少年が自分に課していた“とある日課”のために塔の外に出ようとエントランスを歩き始める。


そこでレットは――ふと。

自分の上半身の装備品のポケットが膨らんだままになっていることに気づいた。


(そうだ。今日塔の中で引いたルリーカの分のタロットカード。まだ、確認してなかったんだったっけ?)


レットはポケットの中に手を伸ばして、カードに触れる。
















嫌な感じがした。


『どうして、一人ぼっちのこのタイミングで思い出してしまったのだろう?』


まるで――





“雨の中、読んではいけない手紙を読もうとしているような”鳥肌の立つような感触があった。


(嫌な予感がする――ここで、このカードを引いちゃダメな気がする)


似たような状況に陥ったと自覚してしまった瞬間、緊張からか体が動かない。


(ここでカードを引いちゃダメだ。明日で良いじゃないか。このまま真っすぐ走って、扉を開けて、塔の外に出れば良い。何も“今、こんな場所で一人でカードを見なくたって良いじゃないか”)


体は固まったまま目線だけを右下に下ろす。








ポケットに入っている自分の緑色の右手の装備を見つめた瞬間に――わずかな勇気が湧いたような気がした。

意を決して、レットはカードを取り出した。




そのカードには鎌を持つ髑髏が描かれている。


【XIII:死神】


レットが絵柄の内容を確認したと同時に――


















「なぁ、そこのアンタ……」


まるでそれが予定調和であったかのように、レットは背後から何者かに話しかけられた。







【レットが聞いたNPCの占い師の話】

この塔に登ると同時に、成仏できぬ死者の魂がプレイヤーに宿るという。

生と死の世界の境目である頂上に赴き、その魂を冥界に返せば。

魂に感謝され、プレイヤーの願いが叶うという。




【ジ・エーへームの記念碑】

外宇宙から降り立った宇宙船のような奇妙な遺構。このダンジョンは廃墟となって久しい。

標高的にとても高い位置にあるらしく、ダンジョンは雲の上にあるような場所。

エーヘームというのは古代人の言語でいうところのエールゲルムである。

外宇宙からやってきたという古代人はエールゲルムの未来、過去、あるいは全てを記念として、補完した。


尚、現在発売されている本作の一番新しいDLCに該当するエリアであるため、当該DLCを購入していないとこのダンジョンは会者定離の塔の中で選出されない。


【記念碑からいける特殊エリア】

転送先の特殊エリアは、世界設定的には『空を超えた場所にある』。

会者定離の塔は『来訪者の思い入れのあるエリアを模倣する』ものだが、このダンジョンの特殊エリアの演出はそれとは違っていて『プレイヤーの記憶に基づき「現地」の数々をリアルタイムで映し出す』というものらしい。

どのような演出なのかは、『行けばわかる』と含みを持たせた返答をするプレイヤーが多い。

到達した者にとって、そこは印象深い場所なのかもしれない。


『最初に出会い。最期に戦う』




【死神のカード】

バフ効果と引き換えに消費した太陽のカードと違って、このカードは今後レットのインベントリに残ることになる。


『「一度決まった死の運命は、決して覆らない」占い師はそう呟いた』

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