A面 第四話 穏やかな雪の日に
早めの夕食を取った後、少年は自分の部屋の勉強机に向かっていた。
最近まで全く使っていなかった勉強机の上には、買ってもらったばかりの個人用の端末が置いてある。
それを起動させてから、少年は大きく伸びをして、窓辺に片腕で頬杖をついて徐に外を見つめた。
時期は冬。時間帯は夕方。
次に少年は携帯端末を取り出して、その画面をじっと見つめる。
端末の画面に、少年宛てのダイレクトメールが表示されたていた。
《「レットが探している人について、自分の選手用のSNSアカウントで投稿をしようか?」って“彼”から何度も聞かれたよ。僕が言うのもなんだけど手伝ってもらった方が良いんじゃないかな?》
少年の脳裏に、仮想世界で普段背負っている盾のことが一瞬チラついた。
しばらく思案してから、少年は”海の向こうの友人“に対して返信を送る。
《遠慮しておくよ。関係ないゲームの投稿をいきなり“あの人“にしてもらったら、“何があったのか怪しまれる”から二人に迷惑がかかっちゃう。時間をかけて、きちんと自分で探してみようと思う。ところで、向こうでの試合のコンディションはどんな感じだって?》
そう返信してから、少年は曇っている窓ガラスに右手を伸ばした。
――手のひらに、外の冷たさが伝わってくる。
外から透き通ってくるかのような寒さが――部屋に置いてある電気ヒーターのじんわりとした暖かさを一層感じさせる。
少年が右手を離すと、窓ガラスに少年の手形が残る。
窓ガラスの曇りが取れて、外の景色がそこからだけはっきりと見えた。
窓の外では薄暗い紫と深いグレーの間のような色合いの空から、しんしんと雪が降っている。
その色合いも、少年の部屋の暖色系の照明と対照的だった。
内と外で隔てられた二つの空間。
部屋の中にいる少年には、窓の外に広がる冬景色が、まるで死と静寂の広がる別世界のように思えた。
『外の冷たい世界から誰かが自分の部屋を見つめたら、きっとこっちが別世界みたいに見えるんだろうな』
少年は小さな隙間から静かな外の銀世界を見つめながら、ふとそんなことを考えて――下の階で母親に淹れてもらったばかりのホットココアを一口啜った。
どろりと甘くて温かい舌触り。胃が暖かくなっていく感触と同時に、少年の心が次第に落ち着いていく。
『どうやったらこんなに美味しく淹れることができるのかな。……後で母さんに聞いてみよう』
そんなことを考えながらほっ――と少年が息を吐く。
目の前の窓に張り付いたままの少年の手形が再び僅かに白く曇ったが、外の景色を覆い隠し切ることはできない。
窓の手形を彩る雪模様をじっと見つめながら、少年はぼうっとした表情で思索する。
『……最後に雪を見たのはいつだっけ?』
それは、去年だったろうか? 一昨年だったろうか?
そんな風に思い返すまでもなく――
『降り積もる雪を今年の最初に見たのは“雪山”だったよな』
『こんな風に降っている雪を見たのはあの島に向かおうと列車に乗った時からで――いや。あれは雪じゃなくて“灰”だったっけ?』
そう――“思い返していた”。
気がつけば、少年は外の景色の雪を見てかつての出来事を思い出していた。
雪――雪山に、“暗い表情のままの少女”。
一方で、“明るい態度の天使のような見た目の少年”。
《心配ないよ。レットの応援もちゃんと本人に伝えておいたし。『ありがとう。今の所、敵なしだ。少なくとも、“自分があの島で戦った相手より遥かに楽”』――だってさ! 彼、新しいチームで頑張っている途中だから、今はとっても忙しい時期みたい。『そろそろ連絡ができなくなるかも』って言ってた。僕も同じ、もうすぐ手術が始まるから》
――灰が降る空と、出来たばかりの“遠くに居る新しい友達”。
そして――
《だけど、レットは気にしなくても大丈夫だよ。“絶対に上手くいくって、信じているもん。二度と落ち込んだりしないから。しばらくの間、こっちから連絡はできなくなるかもしれないけど――“僕はもう大丈夫”》
――皆を勇気付けて、“遠いところに行ってしまった小さな友達”。
少年は再び携帯端末を見つめて、自らのSNSのアカウントをチェックする。
自分の“小さな友達”がかつてそうであったように、“探し人についての手応え”の手がかりを得ることはできないでいた。
『ゲーム内のキャラクターの名前とアカウントの名前が全然違うのが良くないのかな? でも、周りの人からは“ゲーム内のキャラと同じ名前を使うのはやめておけ”って言われているし。似たような名前がたくさんあるから紛らわしいだろうし……』
その探し人から、巡り巡って自分の所有物となっている小さな盾。
盾の裏面に刻まれた紋章が少年の脳内に思い浮かんで、そこから過去のことが芋づる式に思い返される。
大切な友達からあの盾を受け取った時のこと。
辛い局面を二人で一緒に乗り越えた時のこと。
一緒に色んな場所を冒険した時のこと。
一番最初に間違って彼を襲って、装備品を意図せず奪い取ってしまったこと。
それまで過去の経験を反芻していた少年の意識が急激に現実に引き戻される。
気が付けば、窓についた“右手の手形”に少年の視線の焦点がぴたりと合っていた。
『どうして今日は、昔のことばっかり思い返すんだろう。……“あんな事件”は――もう、二度と起きないはずなのに。そうだ……起きるわけがないんだ。…………だけど……だからって――』
相も変わらず、時期は冬のまま。”外の寒さは依然変わりない”。
窓の外からそんな当たり前の事実を再認識すると同時に、少年は根拠のない奇妙な胸騒ぎを感じた。
それは――不安と呼ぶにはあまりにも小さな蟠り。
少年は椅子に座った状態のまま、背もたれに寄りかかって両手を組んで、目を瞑った。
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「…………この塔が“初心者向け”なのに? ちょっと力入りすぎっていうか、キミって“テスト前の予習勉強”みたいなことするね!」
「――先のことを知らない状態で適当に進んでみた方が面白かったりするし。ここでそういう調べ物はな~し!」
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昨日、塔の中で出会った少女との約束が少年の頭の中で再び聞こえてくる。
しばらくしてから、少年はゆっくりと目を開いて、自分を納得させるように軽く頷く。
(……こんなことをやるのはこれで最後しよう――――ごめんね。ルリーカ)
自分でもどうかしていると思いながら、少年は心の中で少女に対して謝って、机に置いてある端末を起動する。
『考えすぎだ』と、『思い過ごしだ』、『何も起きるわけがない』とわかっていながらも、どこか僅かに不安で、しかし大っぴらにそれを払拭できない。
ルリーカの身に何かが起きた時のための、“情報収集”。
――その行為は、今の少年にとっての一種の心の自己防衛だったのかもしれない。
しばらくの間。電子ヒーターの可動音と、キーを叩く音だけが部屋の中に響いた。
【A story for you NWの会者定離の塔に関する詳しい情報を教えてください】
パソコンの中から、少年はAIに対して質問を投げかける。
【“A story for you NW”に関して、申し訳ありませんが、私は学習言語型のAIであり、“未学習”の特定の作品、及びジャンルに対する現在の情報を知ることができないため、ご質問に対する具体的な回答を述べることはできません。具体的な情報や情報収集における必要な手順をご自身で模索することをお勧めします】
満足のいかない回答を受けて、少年は困惑して首を傾げる。
そして、ゲームの中でもWikiを使うときにAIは介入していなかったということを思い出す。
『ゲームがデータ学習の許可をしていないのかな? 自力で検索エンジンを使って情報を集めるしかないか……』
検索をして、最初に少年がアクセスしたのはゲーム上でも参照できるプレイヤーが編集したwikiだった。
単語検索の欄に「会者定離の塔」と入力して再びキーを叩く――――と同時に、少年は困惑する。
『会者定離の塔』に関する項目数は、関連項目も含めて500件近くあった。
これでは、何から情報を集めれば良いのかわからない。
――“こういう時に、果たしてどこから手を出せば良いのか?”。
少年は、かつて必要に迫られて“予習”をした時のことを思い返しながら、今後の指針を立てようと思案する。
『そうだ………………まずはコンテンツの“概要”』
思いついて、少年はコンテンツの概要に関する頁にアクセスする。
しばらくの間、内容を流し読みするが、記載されていた内容は少年にとって既に知っている――概ね、塔の中で少女に教わったことばかり。
加えてどれも情報が古く。コンテンツの概要に関する項目が追記されたのもかなり前だった。
その一方で、関係のないような微妙な関連項目が新たに追加されていたりなど情報に偏りもあり、概要以外の内容が膨れ上がっていた。
『それにしても――』
――このwikiを編集している人間は何が楽しくてこんな情報を追記しているのだろうか。
少年がこのサイトにゲーム内で助けられたのは事実ではあるし感謝もしていたが、一体何が楽しくて過剰な追記・執筆を行なっているのか、少年にはさっぱり理解できなかった。
結局、時間が足りなすぎると判断し少年は他方向からのアプローチを考える。
情報という単語から、少年が次に行き着いたのは公式サイトの“三国情報誌社”の記事だった。
しかし、即座に頓挫する。情報誌社の記事に検閲が入るようになった。
どこかのサーバーの特定の直接的なプレイヤー名を挙げての批判に該当する記事は禁止になったらしい。
それが一体“どこの誰の仕業”なのか、考えると同時に自分の頭が急激に痛くなってくるのを感じて少年はそれ以上の閲覧を辞めた。
『考え方を変えてみるべきかもしれない』
少年はそう呟いてから、情報収集の方針を変えようと思い直す。
今自分が抱えている不安を消したいのなら、まず『会者定離の塔』というコンテンツの周辺で、怪しげな話がどこにも存在していないのかを知るべきだと考えた。
『怪しげな話――“噂話”。そういえばあの人も、プレイヤー間の噂話を集めてくるのが得意だったっけ? “プレイヤーの生の声”が聞こえる場所か……』
そう思い立って、少年は外部掲示板を開いた。
結局、噂話以前に少年には“攻略情報と噂話の違い”がわからなかった。
真っ先に思いついたのは悪人の話である。
会者定離の塔の近くで悪目立ちし、槍玉に挙げられている人物がいれば、事前に警戒することだってできるかもしれない。
悪辣な罵詈雑言などから悪しき噂話が見つかるかもしれないと思ったが、しかしそれすらも不可能だった。
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『このサーバーの晒し行為は機能してねえんだよ。“どっかの誰かさん”のせいでな』
少年の頭の中で、かつてのチームメンバーの声が聞こえてくる。
『え? でも、プレイヤーを晒す行為って“悪意に基づいて行われるもの”でしょ? 掲示板さえあれば誰でもできることだから、晒し行為を機能しないようにするなんて超能力者でも無理なんじゃない?』
『普通はそう考えるよな。実際フルダイブが始まるちょっと前まで、このサーバーの晒し行為はマジで大盛況だったぜ。で――その惨状を見て悪知恵の働くソイツは思いついたんだ。『状況をもっともっともっともっと悪化させれば良い』ってな! イカれてやがるぜ』
『えぇ!? それってもしかして――その人自身が晒し行為に加担したってこと!?』
『そうだよ。晒しを行う連中を煽って煽って煽りまくって、凄まじい勢いで掲示板単位で晒しを加速させたんだ。その結果、何が起きたと思う? 『このサーバーにいるほぼ全てのプレイヤーが晒されちまった』んだよ。想像してみろよ。“こいつは悪人です”って渡されたリストに大作ゲームのスタッフロール並みに名前がずら~っと載っていたらどう思う?』
『――あ、誰が本当に悪いのか、わからなくなっちゃう……』
『マジでわからなくなっちまったんだ。晒し板はただのプレイヤーリストに成り下がった。一つ一つの晒しの価値がだだ下がりになっちまったのさ。結果として、このサーバーの晒し行為はほとんど機能しなくなっちまったんだ。例外はごく一部の“語るも悍ましい超危険人物”ぐらいなんだがそいつらを語る場所は掲示板にはねえ。ヤバすぎて隔離されてるからな』
『ねぇ。もしかして、晒し板をぶっ壊した人って――』
『お前が思っている通りのヤツだよ。全部“アイツ”がやったんだ。こういう時の悪知恵だけは妙に働くからタチが悪い! 近しい仲でよかったぜ。……絶対に敵には回したくねえ』
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そこまで思い返して、少年は頭の中で“自分の師”について思いを馳せる。
少年の心の中で“どこかで憧れている”という気持ちと同時に、絶対にこんな人にならないようにしようという“奇妙な禁忌感”が同居していた。
少年は、他に情報を収集できる場所があったかを思い返す。
『そういえば、このゲームはプレイヤーと運営がやり取りするコミュニティボードもあるんだっけ――』
【A story for you NW Player Community Board】というサイトに少年はアクセスをした。
時間をかけて内容を閲覧していくうちに、再び少年の頭の中で別のチームメンバーとの会話が呼び起こされた。
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『少年。今後のために言っておくけど、あそこを見る辞めた方が良いわよ。むしろ見ない方が良いわね。正直言って時間の無駄だし、罵詈雑言投げてる外部掲示板の方がマシだとさえ思うわ』
『でも、プレイヤーのコミュニティボードですよね? 前向きっていうか――“建設的?”な会話がされていたりするものじゃないんですか?』
『全然違うわ。あそこでやっているのはプレイヤー同士での敬語口調での遠回しな罵り合いだったり、お互いの揚げ足取りってところね。あからさまに頭が逝っちゃってるクレーマー――【ボードバトラー】って呼ばれるような連中もいてね。加えて、運営が仲介に入らないから開発者の気持ちを勝手に汲んで勝手に返信する気持ちの悪いユーザーが湧いてきたりしていて、とにかく散々なの』
『なんか……酷いですね。運営が放置しているってよくわからないな……。なんのために作られたサイトなんだろう……』
『このゲームのコミュニティボードを見ていて私は常々思うんだけどね。ネット上じゃどこまで行ってもまともな議論なんかできっこないんだと思うわ。あれは最早議論というより敬語を使ったタチの悪い、煽り合い以下の掃き溜めみたいなもので、運営に対するプレイヤーのガス抜きの場として使われているだけよ。のめり込んだらイライラするだけなんだから見ない方が良いわ。ここの運営だってどうせ自分達にとって好意的な意見を以外を最初から拾うつもりもないんだから。あんなボード、さっさと無くせば良いのにね』
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げんなりした表情で、少年はコミュニティボードの閲覧が無意味だったことを身をもって理解して頭を掻きむしる。
検索エンジンのトップページにまで戻ってきた少年の目に『居住禁止区域に関するネットニュース』が飛び込んでくる。
『噂じゃ犯罪を犯した人間が住み着いていたり、野生動物が野ざらしになっているって――大丈夫なのかな?』
そんなことをぼうっと頭の隅で考える。
次の瞬間にはニュースのバナーが切り替わり、新しい余分な思考が少年の頭を支配しようとしてくる。
少年は慌てて我に返った。
無意識のうちに、全く関係のない情報に気が逸れていた。このままぼーっとしていては、無駄な時間を浪費することになりかねない。
再度、冷静に自分自身の置かれている状況を省みる。
――片っ端情報を調べてわかったことといえば、『何の指針もわかっていない状態では情報の集めようがない』という点だけ。
少年は自らの認識が甘かったことを理解する。
冷静に考えれば、すぐにわかる話だった。
情報というものは乱雑に、それこそ無限に同時に存在している。
ゲームの経験がまだまだ足りていない自分が、細かく羅列された情報を見ても意味を見出せない。
――“実際に意味があったとしても”。
大量の情報というものはゲームをプレイしながら自然に蓄積していくもので、そこから必要な情報の取捨選択ができるようになる。
しかし、今の自分にはゲームのプレイ時間が単純に足りていない。
『オレのチームにいた人達は、この世界の常識を知っていた。でも、オレには経験の量も質も、思考力も、推理力も何もかもが足りていない。どうすれば良いんだろう……』
“前に調べ物をした時”は目の前のトラブルに対して、コンテンツ、プレイヤー、開発者の事情など、多数の情報を把握した上で、自分に必要なクリティカルな情報を提供してくれる人間が自分の周囲に多数いた。
現状に対して、“何の情報が重要なのか”。それがはっきりしていない限り話が進まない。
加えて、現段階では“何のトラブルも起きてない”。“現状”は平穏無事なのだ。
自分の考えなど杞憂である可能性の方が高い。現段階――具体的に何のトラブルも起きてないような状態で情報を調べてもキリがない。
こんな状態でガムシャラに四方八方から情報を集めても、意味があるような気がしなかった。
情報を精査する目的をはっきりしなければ――
『――目的だ』
少年はぽつりと呟いた。
『そうだ、“塔を登る目的”。大切なのは目的。ルリーカが塔を登ろうとする理由を聞きそびれていたけど、絶対に何か目的があるはずなんだ』
目的という単語から、少年が連想したものは“何らかの報酬”だった。
再びWikiに戻って、塔の踏破報酬の項目を読み直す。
『初回攻略の際にはダンジョン最上階到達の報酬(経験値+ゴールド)が手に入る。
加えて、以下の報酬を選択できる。
→①設置されている宝箱を開ける
称号をゲットし、【プラップシリーズ一式】を入手できる。
また、塔に関連するストーリーの進行フラグを獲得し、塔を攻略が完了した状態で進行状況がリセットされる。
→②設置されている宝箱を開けない
プレイヤーのレベルに応じた量の経験値を獲得できる。また、プールされた大量の“割合経験値”を得て、進行状況が再びリセットされる(塔の攻略を一度も完了していない場合。攻略が未完了のままになるので注意)』
少年はそこまで頁を読んだ後に首を傾げた。
――それは少なくとも自分の師匠ならまず間違いなく、即座に不自然な点を指摘できるはずの違和感。
『何か――何か変だぞ、これ……。いきなり②を選んだら“頂上に行ったのに、未攻略で塔を降りる”ことになるよな?』
少年は、wikiの報酬の説明文に“注釈”が添えてあることに気づく。
注釈の内容は、『開発者のインタビュー記事のURL』だった。
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A.普通に登っても、『塔に関するストーリーと初心者向けの装備を貰うだけだと微妙かな』と。そこで、上級者の方がリプレイして後続の初心者プレイヤーをお手伝いしやすいように、『攻略した扱いにはならないけど上級者であればあるほど大きな報酬をもらえる選択肢』を作ってあげたわけです。
Q.でも、それなら上級者さん用の選択肢を分けた意味があんまりないというか――どちらを選んでも塔をきちんと攻略した扱いにしても良い気がしますけど。
A.そこは流石に『ストーリーを完了したいのなら、一度ちゃんと塔を登ってくださいね』ってことで(笑)。上級者さんにはお手伝いのために何度も登ってもらいたいんですよ。時間をかけて作ったコンテンツですからね。すぐに遊ばれなくなったら、悔しいじゃないですか(笑)。
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『――以上のディレクターのインタビューから、“コンテンツの活性化を行う目的で上級者プレイヤーに何度も塔を登らせようとしているのではないか?” という批判を受け、コンテンツ実装直後にコミュニティボードでは苛烈な議論が行われることとなった』
なるほど、結局ゲームの穴なのだな――と素直に納得してから少年は思索に耽る。
『冷静に考えてみれば、オレはルリーカからただ“塔を登りたい”としか聞いていない』
表面的な目的だけでも聞いておくべきだと少年は考えた。
そして、もしも少女に“隠し事や別の目的”があるのなら、一緒に塔を登って行くうちに綻びが出てくるはずだと少年は考えた。
『明日、ルリーカが塔を踏破する目的を、それとなく本人に聞いてみるか……』
――ようやくそれらしい方針を定めて、少年はふと息を吐いてから窓を見つめる。
自分の体温がよほど高かったのだろうか?
右手の手形は窓にまだ残っていて、そこから未だに外の景色がはっきりと見える。
明日はきっと寒いのだろう。
――だけど、なぜだろうか?
『明日の朝は雪が降っている中を登校するのかな。――ちょっと楽しみかも』
以前の少年は、冬の寒さが嫌で嫌で仕方なかったはずだった。
なのに気がつけば、外に出て感じる寒さも悪くないと思うようになっていた。
『そんなふうに思えるようになったのはどうしてなんだろう?』
今は不思議と外を見ていても寒さを感じないし、恐れはない。
どこか心の奥底に余裕があって――この寒さが体の芯を撃ち抜くようなことがきっとずっと起きていないからで。
少なくとも現段階で何か問題が起きているわけではない。
即ち、今の状況が杞憂かもしれないのなら、その段階で動ける人間が可能な限り動けば良い。
そして同時に、少年はもしも今後、少しでも気になることがあったら、相談をしなければいけないとも思った。
――――少年にとって『“あの世界の中”で、誰よりも信用できず、誰よりも信頼できる男』に。
【プラップ装備シリーズ】
会者定離の塔の塔で手に入る初心者救済用の装備。
一定のレベルになるまで、レベルに応じて専属のバフが付与される。
装備者のレベルが低ければ低いほど付与されるバフの量も高くなる。
上級者プレイヤーは自力でこれよりも性能の良い装備品を調達することができるため、あくまで『この塔を後から挑む初心者にとってありがたい』という位置づけの装備品である。