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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
140/151

A面 第三話 旭日と共に――

 レットはモンスターを倒しながら、やや暴走気味の(少なくともレットはそう感じていた)ルリーカと一緒に塔を登っていく。


「気がつけば――もう10階か。なんか、割とあっという間に登れるんだね」


「【会者定離の塔】は初心者向けのダンジョンだもん。あんまり上に行くのがしんどいと皆途中で辞めちゃうでしょ?」


石造りのダンジョンが続いており、外の様子などを伺うことはできておらず、上の階層への移動も階段などではなく“ワープによる転送”だったため、塔を登っているような実感がレットにはあまり無かった。


「このダンジョンって、こんな感じのフロアがず~っと続く感じなの?」


「どうだか? ――そこは登ってみてのお楽しみってことで!」


ルリーカがニヤリと笑って大きく伸びをしながら、手持ち無沙汰気味に武器を振り回す。

その手に握られているのは、攻略開始時に持っていた木製の棍棒ではなく、道中発見した宝箱の中に入っていた鉄製のポールだった。


「今日は10階を超えたら一区切り着く感じかな。――アタシはちょっと遊び足りないけど。時間が時間だからね〜」


地面にはまさにそのポールで殴りつけられ、血だらけになって倒れているモンスターの死骸が転がっている。

その死骸を流し見しつつ、レットは引き攣った笑みを浮かべた。


「……ルリーカは、とっても元気なんだね」


「“元気”か。長時間ゲームやってても全然疲れないんだよね。普段から運動してるから体力あるしね。アタシ、“こう見えても”体を動かすのは得意だから」


「こう見えても――って。ゲームの中でも体動かすのも、得意そうに見えるけど」


「何言ってんの? アタシはゲーマーだよ? “オンラインゲーマーは基本帰宅部”じゃん?」


自分自身のことを考えてレットはなるほど――と納得する。


「そうだね。“オンラインゲームを普段からがっつり遊ぶ”となると、部活動とかと並行して遊ぶのはきつい――のかも。ルリーカは帰宅部なの?」


「帰宅部だけど部活動の助っ人とかはやっているよ。人手不足の部活が多いから頼まれることが結構あるんだよね〜」









「――今、なんて言ったの?」


「え……“部活動の助っ人”――」


ルリーカの言葉と同時にレットは目を輝かせてルリーカに詰め寄った。










「“部活の助っ人枠の人”って、現実に実在したんだ! オレの学校には全然そういう人が居なくってさ! どこの学校にも一人二人そういう人が居ても良いとは思わない!? ――だって、漫画とかアニメには絶対そういう人いるじゃん! 全く見かけないから、オレずっと落ち込んじゃっていてさ! いや~本当に存在したんだ! うわ〜、嬉しいな~!」


「そ、そーなんだ~。確かに、アタシみたいなのは珍しいのかも……」


ルリーカのやや呆れ気味の笑いを受けて、レットは我に返る。





「う……ごめん。ちょっと取り乱しちゃった。ごめん」


「ア――アハハ。ちょっと暴走気味だったけど、アタシはそんくらい程度なら気にしないかな」


「“そんくらい程度”って?」


ルリーカは何かを思い返すように目を瞑った。


「さっきのレットは“ちょっと暴走しただけ”っぽいから良いんだけど。たまに居るじゃん。もっと“すごい人”。“自分の好きな話題になった瞬間にめっちゃ早口でずーっと話し続ける男子”ってほら――誰でも、ちょっと引いちゃうし……」


(う、確かにオレの学校にも別のクラスにそういう人が居たような気がする……)


アタシの学校にも、そういう人がいてさ。ちょっと色々あって普段から寡黙になっちゃってて、人と話し合う経験を中々得られないままで、普段から話慣れていないからついつい話すと長話になって、それで嫌われてまた誰とも話さなくなっちゃうっていう――負のループに陥ってたりしててねぇ~……」


「そうなんだ――」


「……“不器用”なんだろうね~。きっと」


(オレもそんな風にならないように気をつけなきゃ)


レットは腕を組んで真剣な表情で考え込む。

ルリーカとの会話が自分本位にならないように気をつけながら口を開いた。


「えっと――――――話を戻すと。ルリーカは運動が得意なんだよね?」








「おおっとぉ? 相手が話しやすい話題にうまく流れを戻したね~。“気遣いできる男の子”って感じだねぇ~。“不器用だけど”」


図星をつかれてレットは赤面して顔をそらした。


(うぐぐぐ〜……バレバレだ。オレって考えていることが表情に出やすいのかも……)


ルリーカはニヤリと笑ってレットの表情を下から覗き込んでくる。

レットの焦っている表情をひとしきり見つめて満足したのだろうか? しばらくした後、レットの話に乗った。


「そうだね~。アタシが手伝うのは、走ったり跳んだり泳いだり、シンプルに体動かす系の部活だけだけどね。球技とかになると体動かすのとは別のセンスが要るからてんでダメかな。剣道とか弓道とかも全然ダメ。道具に慣れてないから当たり前といえば当たり前なんだろうけど」


『道具がなぁ〜』と自分の言葉を復唱しながらルリーカは鉄製のポールを掲げてじっと見つめる。


「――このアタシ)の棍棒のセンスを、現実世界で何かに使えないかな?」











「……“部活で暴力事件が起きた時の、助っ人”とか?」


「なるほどなるほど。レット二等兵どのは、ここで殉職扱いということでよろしいかな~?」


ルリーカは持っていたポールを振り下ろさんとばかりに、レットの頭上までさらに高く持ち上げる。


「ヒエッ!」


「なんて――冗談。アタシはゲームでも人を殴ったことなんかないよ。――殴られた側が、痛いもん。外見はゲームでもアウトローっぽいから、結構誤解されるんだけどね」


レットは安堵からため息をつきつつ、ルリーカの外見に対する所感を述べる。


「外見的にはそうかもだけど。ルリーカは別にヤンキーとか不良って感じじゃないよね。ええと――“ギャル”ってところなのかな?」


「まぁ、そういう認識で良いよ。……アタシら的には“ギャル”なんて古い言葉で例えたりしないけど。なんか、例えがおっさん臭いかも」


(うわ……オレ、周囲から“変な影響”を受けてどんどん古い言葉を使うようになってきてるのかも――)










『……うぃ~。最近職場の若い娘にパシられてばっかで散々ですにゃ~。自分はギャルとの相性チョベリバですにゃ……』











(――気をつけなきゃ……!)


「――どうあれ、アタシは平和主義者だから。他のプレイヤーを襲ったり攻撃したりなんかしないってわけ。この場所で他のプレイヤーとの戦闘が許可されているとしても、暴力的なのは好きじゃないし~」


「えぇ? この塔の中って他のプレイヤーをPKできるの!? 初心者向けのダンジョンなんでしょ!?」


「“パーティを組んで同時に入ったプレイヤー同士は基本はできない”はずだけど。このサーバーだとパーティを組んでいなかったり、ダンジョンに入ったタイミングが違うプレイヤー同士だと普通に戦闘ができちゃうみたい――。あ、でも心配しなくても良いよ。予め示し合わせでもしない限り、アタシたちのこの攻略中のダンジョンに他のプレイヤーが入ってくることは絶対ないから」


(なんなんだよその仕様……。もしも“あの人”が、オレがここに居ることを知ったら面白半分で後から乱入して襲ってきそうだな……)


レットは内心で呆れながら、ルリーカに質問する。


「……なんでそんな微妙に荒々しいことができる仕様になっているの?」


「このゲームの開発者の人で『待ち伏せとか、後からの強襲とか、初心者に対して知り合いがサプライズをできたら楽しいかも』っていう遊び心で入れ知恵をした――なんて名前の人だっけ? とにかくそういう人がいたって聞いたんだけど」















「……その“開発者の人”。なんて名前か、わかるかな?」


レットは冷静に質問を飛ばす。

それは好奇心よりも、“警戒心”だった。




『もしもそれが“自分が知っている開発者”だったら、自分にとって何か良くないことが起こるかもしれない』






――そんな、嫌な予感があった。


「うーん。あんまりアタシはそういう事情には詳しくないからね〜。なんか、アタシの知り合いが『プレイヤー同士の対決が大好きなかなり好戦的な人で、どっかにPVP専用のお城を作った』って前に言ってた気がする。――噂じゃ優秀な人らしいけど、名前は知らないかな」


(優秀な人――かぁ。よかった。話を聞く限りでは“あいつ”じゃなさそうだ)


話をしている間に、気がつけばレット達はフロアのゴールの転送地点に到着していた。

フロアのゴール地点には、今までの転送用の魔法陣とは違った大きな鉄製の扉が置かれている。


「今オレ達が居るのは――9階か。このフロアにはモンスターがほとんどいなかったね」


「まあね。“本番は次のフロア”ってことだろうし」


そのルリーカの言葉の意味を理解できずレットは首を傾げる。

ルリーカはニヤリと笑ってから鉄製の扉の取っ手を両手で掴んだ。




「詳しくは――進んでからのお楽しみ! じゃじゃ~ん! 驚きの光景をご覧あれ〜」


レットの抱えている疑問を察したかのようにルリーカが大きな声を上げて扉を開ける。

重量のある鉄製の扉が軋むような音を立てながら開くと同時に光が広がり、眩しさのあまりレットは視界を腕で庇いながら咄嗟に目を瞑った。













「このゲーム、『ちゃんと明るさを調整していても目が眩んじゃう』ことがあるからね〜。焦らなくて良いよ。ゆっくり目を開けてみて」


ルリーカに言われた通りにレットは手を翳した状態のまま、ゆっくりと両目を開けて――同時に仰天した。

目の前の景色は今までの閉鎖的なダンジョンとは全く別の空間になっていた。


そこは、“かつてレットが一番最初に冒険をしたフィールド。














挿絵(By みてみん)


「ここ――――ポルスカ森林じゃないか!」


そこは、フォルゲンス共和国を抜けた直後に行き着くはずの、懐かしのあの森だった。

レット自身の記憶違いではない――ということを証明するかのように、遠景にはフォルゲンス共和国の城壁が確認できる。


「よかった~。その反応から察するに、レットはこのフィールドに来たことがあるんだね? 実は、このダンジョンは登ったプレイヤーの“ゲーム体験”に基づいて十の倍数のフロアの中身が変わる仕組みなんだ」


ルリーカが歩き出し、レットが周囲を見回しながらそれに追従する。


(“形が変わる”ってことは、ここは本当のポルスカ森林じゃないってことか……)


「へ……へぇ〜。ダンジョンに挑戦するプレイヤーによってフロアが別のフィールドと差し変わるだなんて。一体どういう基準で変わるんだろう?」


「それがはっきりしてないんだよね。フィールドが選出される基準は、噂では『何かの数字が影響している』みたいだよ? プレイヤーに関わる数字を細かく記録して、その中からプレイヤーと関係のある場所を選んでいるんだって。このゲーム、たまにユーザー向けのイベントでプレイヤーがつけた色んな記録を見せてくれたりするからね。『あなたは今までNPCに何回話しかけたのか〜』とか。一番長く居たフィールドトップスリーは○○~とか。釣りをしたのは何回か~とか」


(そういえばそうか、このゲームはGM(ゲームマスター)への通報回数とかも全部カウントしてるんだもんな――)


『GMへの通報回数』という言葉で一瞬。レットの中で嫌な記憶がフラッシュバックする。

レットは咄嗟に自分の首を振ってそれを掻き消した。


(……いけないいけない。オレは今、久しぶりに楽しむためにゲームを遊んでいるところなんだ! 昔のことなんて気にしてちゃいけない……いけないんだ)


「懐かしいな。オレも、このフィールドには――――あっ!」


レットがとあるオブジェクトを見つけてルリーカの真横を駆け出した。


「へぇ~。ちゃんと焚き火もあるんだね!」


「……その通り! フィールドに置いてあるような特別なオブジェクトやNPCも再現されるんだよ。ちゃんと置いてあるものは使った方が攻略が楽になるんだよね」


「なるほど。そのフィールドに置いてあるオブジェクトを利用するっていうのもランダム要素のうちなんだね――じゃあ、ここではちゃんと食事を取った方が良いってことなの? ひょっとしてこの先ボス戦だったりとか?」


「おっとぉ? 名推理だね~。本当は直前まで黙っているつもりでいたんだけど。当てられてしまったら仕方ない! その通り。10階ごとにボスとの戦闘があるんだ。よくわかったね?」


「“区切りがある”って言っていたのはルリーカでしょ? 一定フロア進むごとにボスが出てくるのはお約束だしね!」


「なるほどね~。やっぱり、ゲーマーにはわかっちゃうか~。ま、アタシも最初にここに来たときはなんとなく予感がしていたんだけどね。『やっぱりこの先はボスだよね〜』みたいな」


『わかるわかる』と二人は頷いてから、お互いニヤリと笑い合う。


「それじゃあ、焚き火を使って食事を取ろっか? ダンジョン攻略には時間制限があるけれど、ちょっとやそっとで時間切れするようになってないから心配しなくて良いよ〜」


(あ――そっか。このダンジョンはキーアイテム以外は何も持ち込めないから食事なんて基本、誰も持ってこれない。街中以外で調理をするなら焚き火がないとだめなんだ)


「――と言っても、アタシは料理なんかてんで駄目なんだけどね〜。道中で倒したモンスターの素材を使って何か作れるとすれば――なんだろう? 『石の丸焼き』とか? 料理のスキルなんてアタシはノータッチだしギルドでもらえる料理用のキーアイテムすら受け取って居ないから、何も作れないかな」


「……ちょっと、オレに任せてもらって良いかな?」


そう言って、レットは焚き火に火をつけて素材のインベントリーを開く。


挿絵(By みてみん)


「まだ練習中の身だから……あんまり期待しないで欲しいけど。何か作ってみるよ」


「――了解。アタシはもっぱら“食べ専”で文句を言えたもんじゃないから、好きにやって良いよ。前に一回挑戦はしたんだけどな~。このゲームの料理って難しいし。極めたりすると、地味に現実の料理要素も入ってきたりするのがしんどいんだよね」


(調理を始めたばかりの身だけどそれはすごくわかる。料理って本当に難しいよな。あの時、ここで食べた料理は本当に不味くて――)


黙々と作業をしながら、ふとレットは呟いた。


「……オレ、フォルゲンス共和国からゲームを初めて、このフィールドに来たばかりの時。こんな風に、フレンドになった人に焚き火を炊いて料理を作ってもらったんだ」


「へぇ~。その人とは、今もフレンドだったりするわけ?」


「うん。ずっとゲームを遊んでいるよ。その人にゲームで色んなことを教わっていて――前、その人が言ってたんだ。『“最初に冒険を始めるフィールド”は誰にとっても新鮮で“何度も行く場所”だから、皆色んな思い出ができる。ひょんなことから、何の気なしに出会った人とずっと仲良くすることになったり、思い入れのある場所になったりする』って」


「………………へぇ〜。結構、深いことを言うね」


「だよね。振り返ってみると、確かにその人の言う通りでさ。オレも、この場所で“色んな人達と冒険してたんだな”って思い返すことが何度もあって。だから――ポルスカ森林はオレにとっても思い入れのあるフィールドなんだ」


レットは首元のスカーフを撫でる。





“息苦しさは感じない”

長い間、心の中にずっと残っていた。少年を苦しめていたはずのわだかまりは、気がつけば完全に消えて無くなっていた。


(……オレも、“少しは成長した”ってことなのかな? もしも、あの時焚き火についてレクチャーをしてくれた“あの人”が。今ここに居たら、一体どういうことを言うんだろう?)









『感動しているところ申し訳ないんだけどな。ぶっちゃけると“既存のフィールドが再登場する”っていうのは、要はただの“使い回し”なんだよ。ゲームを作っている側からすれば新しいフィールドをゼロからデザインして作るのは手間がかかる。他のゲームでもよくあるけど、“過去の世界”とか“未来の世界”とか“並行世界”とか全部そうだぜ? 少ない手間で利益を生もうとしているだけだ。楽しむのは悪くないけど、必要以上に浮かれるなよ』


(って、言うよな~多分。前にも似たようなこと言ってたし。“ゲームはどこまで行ってもゲーム”だって。こんな風に、オレに身も蓋もないことを言うんだろうな――きっと)


 レットは苦笑しながらも黙々と作業を続ける。

それから時間を置かずして“料理”が成功し、完成したと同時に料理を入れるための木製の窪んだ皿が自動生成される。

レットは皿の中に、鍋の中身を注いでからルリーカに手渡した。


「ねぇレット。これって……豆と牛乳のスープだよね?」


「うん。そうだよ。さっき倒した猪の肉も入ってるんだ」


ルリーカはスープの水面を見つめている状態から、上目遣いでレットを見つめる。

その反応を受けて首をかしげるレットの前で、ほんの少し躊躇した後、覚悟したような素振りを見せてスープを直に飲み干した。










「――あれ? え――――これ……『うんまぁ〜い』よ!? ……おっかしいな。男子が作るご飯にはあんまり期待してなかったから。アタシ、『絶対不味い』って覚悟して我慢してから『美味しいよ!』って誤魔化すつもりでいたのに……な~んか“キャラじゃない”っていうか――レットってどちらかといえばさ。作ったりするんじゃなくて“不味まずいご飯食べさせられて、耐える側のポジション”じゃない?」


(う……“ある意味で当たってる”……。ルリーカって意外と鋭いかも……)


ルリーカはゲームメニューを開く。どうやら自分のステータスを確認しているようだった。


「この料理“美味しい割にはステータスの上がり幅が低い”よね? ってことはゲームの合成スキルとしてじゃなくて“料理としてアレンジが入ったりする”?」


「うん。そうだよ。合成スキルの料理として普通に作っただけじゃなくて、ちゃんと料理をして味の工夫をしてみたんだ」


味の工夫という言葉を聞いて、ルリーカは目を輝かせた。


「うわーお。意外と芸コマなんだね――レットって――現実で家事もできる超絶レアな現代的理想の男子だったり?」


「そ、そんな立派なものじゃないよ。最近になって料理の練習をするようになったんだ。どちらかといえば、現実で得た知識をゲームの中に応用しているだけだから――ステータス的に立派なものはまだ作れないんだけど」


「なる――ほどね――」


よっぽど味が気に入ったのか、すでに食べ切ってしまっていたようで、ルリーカは空になった皿を見つめて首を傾げていた。


「これってフォルゲンスの食材を使った“泥豆のスープ”だよね? アタシ、これ食べたことあるけど。メチャクチャ苦くてすごく変な味だった記憶があるんだけどなぁ?」


「特別な専用のレシピを持っていると、全く別の料理に変えることができるんだ。でも、そのレシピはケパトゥルス族のプレイヤーしか受けられないクエストの報酬だから――」


「“ケパトゥルス族の知り合いにレシピを貰う必要がある”ってことか。アタシにはそんな知り合いいないからな。レアだよね。あの種族選んでいる人」


「すごく料理が上手なフレンドさんがいて、その人にもらったんだ。ま――その時は本気で料理をやってみよう――なんて思ってすらいなかったんだけど」


レットは自分の右手の装備をふと見つめた。


「その人の影響を受けたから――なのかな? そのフレンドさんが作る料理はステータスが上がったりするようなものじゃなかったんだけど。なんていうか、心が暖かくなるっていうか。皆が笑顔になれるっていうか――そういうところ“にも”憧れて、最近になって練習をするようになったんだ」


二人が話す間も、焚き火から煙が上がっていく。


レットは煙の行き先である星空を見上げる。

朝が近づいているのか、空はほんの僅かに白み始めていた。


「…………だから、オレは色々まだまだ“駆け出し”かな。とてもじゃないけど――あの人の領域レベルまでは辿り着けないや」


「なるほどねぇ~。レットも“色々ある”んだねぇ」


ルリーカはレットの開かれた右手をまじまじと見つめる。


「さっきから、オレの思い出の話ばかりだけど。ルリーカも、このフィールドに“誰かとの思い出があるの?“」


「思い出……う~ん……」


ルリーカは手に持っていた空の皿を軽く傾け、指先でその縁をなぞる。


「皆でこのゲームを始めて、いざ集まろうって段階で、アタシ一人だけスタートする国を間違えちゃっててさ。ゲームスタート直後のレベルが低い状態で、他の全員に大陸を渡ってこの付近までやって来てもらっちゃったんだよね。皆が来てくれている間。一人でずっとこの辺りを冒険してたんだ」


「へぇ……ルリーカもフォルゲンスからゲームをスタートしたんだ。キャラクターをゼロから作り直してスタートする国を選び直したりとかしなかったの?」


「――普通はそうするよね。でも、アタシと一緒にゲームを始めた人が『そういうトラブルもオンラインゲームの面白いところだ。だから皆で迎えに行こう』って言ってくれちゃってね~」


ルリーカが森林の空気を味わうかのように、大きく息を吸った。


アタシアタシで、いきなり外見に課金をしちゃったっていうのもあるけど、一人で遊んでいたら作ったばかりのキャラクターに愛着湧いちゃったりしてね。ま、結局この場所で合流はできなかったんだけど……――あれ? “ここで合流できなかった”……ってことは、これってつまりポルスカ森林の思い出じゃないのかな? ――えっと……」


ルリーカは、手のひらに乗せたままの空っぽの皿をぼんやりと見つめる。

しかし、その視線には焦点がなく、どこか遠くを見ているようにも感じられた。


「まぁ…………その思い出の全てが、“楽しい思い出とは限らない"からね――」


「う……そのなんか――ごめん」


聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと、レットは焦って言葉に窮する。

次の瞬間、ルリーカはふっと短く息をついた。


「――ということで!」


そして、ふわりと力を抜くような仕草で、自分が持っていた空の皿をレットの右手の上に乗せる。


「気分が落ち込んだ弁償として、アタシはおかわりを要求します!」


レットは軽く笑って、ルリーカの皿にスープを注いで返す。


「料理ができる男の子は好感度が高いからね。アタシちょっとだけ、グッ――と来ちゃったかも!」


「そ、そうかな。そんなに大したことをやっているわけじゃないんだけど……」


「照れてる照れてる~。レットってば、真っ赤だよ~? スープよりも熱そうな顔しちゃってさ~」


レットは慌てて自分の顔を手で触る。赤面していない確認してから、揶揄われていたのだと気づいて声を上げた。


「て、照れてなんかいないって! 勘弁してよォ……」


レットの反応を見てひとしきり笑ってから、ルリーカは勢いよく立ち上がった。


「はい。二杯目も食べ終わって、ご馳走様でした。 ――こんなにあったかくなれるような料理、久しぶりに食べたよ!」


「嬉しいけど、このゲームどんな料理も温かい状態で食べれるし。体が暖まるような香辛料とか入れてないよ?」


「…………要は、“気持ちの問題”ってこと。さて、気合十分! 片方はあったかい料理で、片方はこそばゆい褒め言葉で、“熱くなっている二人”でちゃっちゃとフロアのボスを倒しちゃおっか?」


「――それ、自分で言ってて恥ずかしくならない?」


「そういう指摘のされ方は、恥ずかしさが増大するので~気にしない気にしない。レッツらゴー!」


再び、ルリーカがレットの左手を握って勢いよく走り始める。

森の中には獣道が通っており、それが進行方向を明らかにするための目印となっているようだった。






 かくしてレット達はついにフロアボスの前に到着する。

黒く霞がかかったような大きな四足歩行の獣で、なぜか羊皮紙――“新聞紙のようなもの”が身体中から飛び出ている。


「オレ、あんなモンスターはポルスカ森林で見たことないや」


「【会者定離の塔】っていうのは、本来絶対に存在しえない“記憶の中のあやふやな存在”と出会うって意味があるらしいよ。だから、没になったモンスターとか、その土地の“曰く”が具現化したような存在が登場するんだって」


「じゃあ、あのモンスターは実際のポルスカ森林には登場し得ないモンスターってことなのか……。お話とかもそうだけど。このゲームなんか、細かい部分が色々無駄に凝っているよね」


「一応この塔にも、ちゃんとシナリオみたいなのがあるらしいよ? ま、国ごとに定められたメインストーリーと違って無理に進める必要はないみたいだし、アタシもレットも今回はただダンジョンとして攻略するだけだから関係ないんだけど」


『気を取り直して――っと』。そう呟きながらルリーカは棍棒ごと大きく腕を振り回しながらモンスターに対して駆け出していく。


「じゃあ、プリーストのアタシが棍棒構えて亡者(アンデッド)みたいに突撃するから、ソードマスターのレットは剣が届かない距離から回復をお願い!」








「――言ってること全部おかしいし、もうめちゃくちゃだよ! オレもう剣とか一切使わないただの“回復薬撒く人”じゃん!」


レットは慌てて道中で手に入れた回復薬を取り出して。

突っ込んでいくルリーカを追いかけるように駆けだした――







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








そうして、しばらく時間が経ち。

日が昇り始めた頃――


「「いよーし! 勝ったどぉ〜!」」


ルリーカが真っ黒な獣の巨大な死骸の上に立って、戦が終わった直後の兵士のように棍棒を天に掲げて大きな声で叫ぶ。


(ひ、ひどい目にあった……。これがプリーストの戦い方かよォ……)


叫ぶルリーカの装備はボロボロで血だらけ、一方のレットは薬品をうまく使いこなせずに奇妙な色の液体まみれになっていた。


「「――喜んでいるところ申し訳ないんだけどォ! もう回復薬は無くなっちゃったよ!?」」


レットは手をラッパのように口に当てて頭上のルリーカに向かって叫ぶ。


「「ご心配なく~! ちょっとここに登って見てみなよ!」」


ルリーカが頭上から右手を伸ばす。

レットは駆け足からジャンプして、ルリーカの手を左手で掴んで巨大な死骸の上に登った。

そこから周囲を見渡すと――


「あそこに見えるのは、NPCの隊商かな?」


「あ~そうだね。ここはNPCプレイヤー問わず。行商人が通るっていう設定だからね。だから、焚き火みたいに使える施設やNPCが湧くってわけ。どのフィールドが選出されるかでどういう施設やNPCが使えるかも変わってくる感じだね」


「そうなんだ……。オレがフォルゲンスで冒険していた時はNPCの隊商どころか、プレイヤーの隊商も“色々あって全く機能してなくて”」


「色々って、具体的には何?」


「あ……えっと、正体を隠したPKに襲われ続けていて――」


そこまで話をして“余計なことを言ってしまった”とレットは自らの口を咄嗟に抑える。


(そういえばオレ。あの時の一連の事件でお尋ね者になっているんだった……『ポルスカ森林で隊商が襲われた一連の事件』についてルリーカが何か知っていた上で、オレのことを思い出されでもしたら、まずい事になるかも……!)








「へぇ~。そんなことがあったんだ。アタシは知らないかな。最近まで、“全然違う他の場所”にいたし……。そんなことよか、ここで見てもらいたのは隊商じゃなくて、あの青い光!」


ルリーカがそう言って指を差す。

内心でほっとしながらレットはルリーカが指差した場所を見つめた。

そのさきにあるのは青色に輝く魔法陣――


「もしかして、あれってゴール?」


「その通り。あそこでひと段落つくからこれ以上の戦闘はないってこと! 隊商が出てきてくれたのはありがたいけど、どうせゴールした先でも攻略に必要なアイテムの売り買いはできるから、ひとまずゴールってことで!」


ルリーカが滑り台のようにボスモンスターの死体を滑り降りて、魔法陣に向かって駆け出そうとする。

レットが後を追うように飛び降りようとしゃがんだ瞬間、それまで乗っていたボスモンスターの死体が時間切れで消滅した。

突然足場が消滅したことで、レットの視界が回転した後、その体が落下し地面に激突した。


「うぇえ。踏んだり蹴ったり――久しぶりにこんな高いところから落下しちゃった……」


戻ってきたルリーカが、呆れた表情でレットに向かって手を差し伸べた。


「久しぶりにって落下って……レットって普段から、何やってんの? ――もしかして、自殺志願者だったり?」


「ち、違うよ! いや、“色々あって”さ。本当に色々あって……詳しくは言えないんだけど……。ま、とにかく、その気になればオレはもうちょっと“カッコ良い落下”ができるんだよ」


レットは頭を掻きながら、ルリーカの手を掴んで立ち上がった。


「“よくわかんないけどわかるわかる”。秘密がある男っていうのはモテるからね~。ありもしない秘密を作ってカッコつけたくなるお年頃ってヤツだよね!」


「――いや、そういうのじゃないんだってぇ!」


レットは弁解しながらも、そのままルリーカに引っ張られるように魔法陣に触れた。










 二人が転送した先は、塔の入り口と似たような外観の広間だった。

しかし、間取りは全く違っており、横長でNPCの商店がずらりと並んでいる。


「この空間は休憩所だよ。10Fごとに塔を踏破する度にここに来れるわけ。ショップがあるから、塔で手に入れたアイテムの販売とか購入がここでできるよ。アイテムを預けたり引き出したりできるチェストもあって――他に並んでいるお店は、郵便屋と、宿屋と酒場かな?」


「もしかして、フロアが進むごとに違う休憩所に辿り着くの?」


「そうだね。アタシたちが占有しているっていう扱いかな。外に出ない限りは、基本的に他のプレイヤーに出会うことはないってこと。ここで、ログアウトしたら、明日は塔の入り口から再スタート。次は11階から攻略ってことで、今日はこれで解散だね!」


「了解。分かったよ。集合時間は、何時が良い?」


レットの質問に、ルリーカは僅かに首を傾げて思案する仕草を見せる。






「――――――明日は平日だっけ? じゃあ、今日攻略を始めた時間より一時間前に集合したいかな!」


「ごめん。その時間は――夕飯を食べているから無理かも」


「へぇ〜。レットって、結構規則正しい生活送ってんだ。偉いね〜」


「べ、別に意識して規則正しくしているわけじゃないけどね。母さんが作ってくれて家族みんなで普通にご飯食べてるから、そうなっているだけだし……」


「あ〜……そっか。そうだよね。そういうのが当たり前だもんね〜。じゃあ、今日塔を登り始めたのと同じ時間にここで集合ね!」


「うん。わかった」


ルリーカに軽く手を振ってから、レットは周囲を軽く見回す。


(念のためにちょっとだけ残って、休憩所の施設を見ておこうかな?)


「おっとぉ? ひょっとして、何か期待していたりするのかな?」


視界に入っていたルリーカに話しかけられてレットは再び彼女を見つめた。


「ログアウトをせず、未練がましくこの場に残ってアタシの周辺をチラチラ見つめているところから察するに。うーんそうだね――」


ルリーカは腰に両手を当てて、前のめりになってレットを見つめた。









「――ひょっとして、レットはアタシとフレンドになりたい……とか?」


「うえぇ!? そ、そんなんじゃないよ! オレはただ――」


慌てて否定するレットを見つめて、ルリーカはくすくすと笑った。


「おっとぉ、図星い? レットくんはひょっとして“出会い厨”ってヤツだったりするのかな〜?」


僅かな悪巧みを感じさせるような、したり顔の笑みを受けて、レットは自分が揶揄われているのだと気づく。


「ち、違うって……オレそんな下心は本当の本当にないんだよォ……」


「でも、どうせお互いの名前も知っているわけだし。断る理由もないでしょ?」 


ルリーカの提案を受けて、レットは自らの経験を思い返した。









「……いや、やっぱり良くないと思うよ? 確かに今日一日楽しかったけど――このゲームでは、知り合ったばかりの人を信用してフレンドになっちゃダメだと思う」


「およ? 本当に断っちゃって良いの~? 連絡先交換しておかないと、“あの時フレンド申請しておけばよかったなぁ”なんて、後で後悔しちゃったりするんじゃない?」


ルリーカの揺さぶりに、レットは動じることなく首を横に振る。

そんなレットの素振りを見て、ルリーカは感心したような表情をした。


「――冗談が過ぎた。ごめんね。レットって反応がいちいちオーバーだから、つい悪ノリしちゃった。でも……年頃の男子っぽいわりに、レットってそういうところはしっかりしてるんだね。ちょっと意外っていうか、見直しちゃったかも!」


「そ、そうかな……確かにそうかも……」


(さっきのやり取り、“昔のオレ”だったら二つ返事でオッケーしてたんだろな……)


「じゃあ要は、“知り合ったばかりじゃなきゃフレンドになっても良い”ってことだよね?」


ルリーカはそう呟いてから、ダンジョンの入り口に向かって走り出しレットに対して振り返る。

そして――


「それなら、“明日も二人で頑張ろうね〜!”」


――そう、大きな声で叫んでからレットに対して手を振った。


これ以上弄られたらたまったものじゃないと、レットは乾いた笑い声を出しながら慌ててログアウトをした。

ログアウトをして、ホーム画面に戻った少年は今日のことを朧げに思い返す。





(今日はなんか……デジャブを感じる一日だったな。……………………“記憶の中のあやふやな存在”か)









【大地のスープ】


煮出し豆と牛の乳と猪の肉が奇跡的に調和した良い匂いのする料理。

飲む人間の味覚に合わせて味が変化するというとても不思議な料理で、美味い。


ケパトゥルス族の民の郷土料理であり、フォルゲンスとハイダニア戦争の中。病人であったり、咀嚼できないほどに弱っていたり、戦時のストレス恐怖から肉を消化できなくなってしまった者達を癒すという目的で提供された料理であったが、フォルゲンス共和国はケパトゥルス族を迫害された挙句に、彼らから食材と製法を強奪した。


フォルゲンスの人々が自分達の国の料理であると主張したため、今では形を変えてフォルゲンスの郷土料理となっている。

(その結果、とても不味い味のスープになってしまったようだ)


レシピ通りに作れば誰でも美味しく作れるのだが、秘伝のレシピはケパトゥルス族の一部のプレイヤーのみしか知り得ない。

また、システム上レシピを閲覧しないと作れない。


「祝福された神々の恵み、大地のスープ」



【ゴシップ・ビースト】


幻影のポルスカ森林のボス。

フォルゲンスのストーリーにおける“事実とは違う、そこに本来存在しないもの”であり、国民の間に噂された『ポルスカにおける凶悪な獣』が具現化したもの。


フォルゲンスのメインストーリーにはこのようなモンスターは登場せず。実際には全く違うものがこのフィールドの獣達の正体であり、これは国民の噂話が具現化した幻影のようなものである。

ストーリー序盤で『ありもしない噂話が錯綜し人々を混乱に陥れた』という意味の“ゴシップ”も含まれているらしく体から新聞紙が飛び出しているのはそれが原因らしい。




「最近聞いた話じゃ。あの城の中には“人間を捨てた奴”がいるって話だぜ?」


「『ゴシップ・ビースト』のプレイヤー版かよ。それこそ存在しないような噂話だろ」

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