第十三話 初めてのPT、『初めてのPK』
「さっきはいきなり殺してしまってスミマセンでした! 次からは気をつけますんで!」
レットはそう叫んで、再度組まれたパーティのメンバーに対して頭を下げる。
(“いきなり殺してしまってスミマセン”ってなんだよ……事実だけど、台詞だけ見ると滅茶苦茶なこと言ってるなオレ……)
「いえいえ。大丈夫です。このような仕打ちには慣れているので、気になさらないでください」
そして、ケパトゥルス族の物理前衛職の男、【タナカマコト】がまさにその前哨基地にリスポーン地点を設定していたのはレットにとって不幸中の幸いであった。
(おかしいな。この人さっきまで装備を一式来ていたのに、リスポーンしたら裸になっているぞ?)
貧相な下着一枚となったタナカを見つめるレットの視界に、奇妙なメッセージが表示される。
《Makoto・Tanaka。プレイヤー殺害数0》
そしてレットの手元にタナカマコトの小さなホログラムフィギュアが出来上がった。
「〔クリアさん。なんか変なフィギュアみたいなものが手に入ったんですけどォ〕」
「〔他プレイヤーを撃破すると、そのプレイヤーのPKを行った人数と、PKを行っていた時の姿を模したデータフィギュア――通称『首級』が手に入るわけだ。その人はまだ誰も殺していないから普段通りの格好だろうけどな〕」
その説明を受けて、自らの手を汚してしまったことを再度実感するレット。
「〔まさか、自分の手でパーティメンバーを殺してしまうなんて……ダークレッドは絶対こんなことしないよォ…………〕」
「〔まあ、いいんじゃあないか? もし殺害したタナカマコトさんのレベルがレットよりも高いのならデスペナルティはあるだろうけど、そのレベル帯なら三、四匹モンスターを倒せばロストした経験値は戻ってくるだろうし、緊張もほぐれたろ?〕」
「〔いや、まだ緊張してますよ。……オレ、今度はパーティのリーダーになっているんですけど……〕」
「〔オートマッチングは自動でパーティのリーダーが決まるからな。大丈夫だって気にするなよ! 戦闘開始直後にパーティを解散して意味も無くメンバー見殺しにしてみようぜ!〕」
「〔やりませんよ! “クリアさんじゃあるまいし”!〕」
「では、改めてよろしくお願いいたします。私、タナカマコトと申します。精一杯、頑張ります」
(緊張してちゃ駄目だ! オレは自分を曲げたりしないぞ!)
タナカマコトの挨拶に、レットが脊髄反射的に叫んだ。
「「オレの名前はレッド! ダーク・レッド! 黒き晴天の騎士の光の剣の達人だ! この世界の宿命を背負う男だ! それが何かは現時点では全くわからないけどよろしくな! 趣味は刃物の収集とゴミの収集! このゲームの他のプレイヤー達とは違ってなんか最強の能力を持つ予定で、神がかった反応速度をもった隠れた天才タイプ――だと思っています! 好きな女性のタイプは胸があっていい匂いがして怒ったりしない感じの人です! 知り合いにいたら紹介してください! よろしくお願いします!」」
少年にとって、これは"いつもの自己紹介"。
しかし、流石に相手の素性が分かっていないからか――気恥ずかしさから後半は失速して敬語が混ざっていた。
[あ……ええと……“レットさん”。よろしくお願いいたしますね。今後はできれば、その――こちらのパーティ専用の会話チャンネルで会話をして欲しいです]
[は、はい。こんな感じで大丈夫かな?]
(名前を非表示にしたはずなのに、レットって呼ばれるなんて。ああ、そうか――パーティメンバーはお互いの名前とかステータスがちゃんとわかるんだ。それにしても、なんで誰もオレの名前がおかしいって“指摘しない”んだろう?)
[……ああ~~はいはいそんな感じなのね。よろしくお願いします]
唖然とした表情のタナカを尻目に三人目のメンバーが合流してきた。
子どものように小さく、羽の生えているその容姿を見て、レットはその種族がフェアリーであることを即座に理解した。
防具には赤いマント付きの装束。頭には黒いフルフェイスのヘルムを被っている。
武器は草刈りに使う物をそのまま巨大化させたような、無骨な大鎌であった。
[システムがメンバーの検索を止めたようです。つまり、これでパーティメンバーは全員揃ったということですね。初めまして――よろしくお願いいたします]
タナカがレットに行ったのと同じように、妖精にお辞儀をする。
[――――――――――――――チッ]
(え!? この人今、いきなり舌打ちをしたような……)
「〔クリアさん。なんか、巨大な鎌を背負っている怖い人がいるんですけど。これ何の職業なんですか?〕」
「〔ああ、それは【ブラッドナイト】だな。なるための敷居が高くて上級者向けの職業だ。近接火力職だな〕」
「〔ブラッドナイトってまた凄い名前ですね〕」
「〔一応これからパーティが始まるからな。詳しいことは後で自分で調べてもらうとして、先に簡単な職業の説明をしておこう。ブラッドナイトは――〕」
ブラッドナイト。HPを様々な手段で攻撃力に変換して、与えたダメージでHPを吸い取り、取り戻すという独特の職業である。
主な使用武器は片手持ちの剣、両手持ちの大剣、両手持ちの鎌、鎖で結ばれた二つで一セットの双頭鎌など。盾は装備できない。
HPを消費してハイリスクハイリターンの攻撃を仕掛けるスタイルが基本だが、攻撃による吸収と被ダメージ吸収を利用した『吸収盾』として活躍することも出来る。その自己完結能力の高さから一人でゲームを遊ぶソロプレイヤーに人気。
公式サイトには以下のように書かれている。
『誇り高き血統と血筋の騎士。その血脈は迫害されて尚、絶えることは決して無い。人の争いに流血が必ず伴うのと同じように』
[それで、狩り場はどこにいたしましょうか?]
[……リーダーにお任せします]
(やばい。リーダーだけどオレ何にもわかんねえ!)
突然意見を求められてレットは動揺する。
「〔クリアさん! これ、どこの敵を倒せば良いんです?〕」
「〔パーティのおすすめ狩り場とモンスターのチェックに関してはメインメニューを開いてくれ、やり方は確か――――ごめん。忘れちゃった〕」
「〔ちょっとおおおおおおおおおおおおおおおおお!〕」
「〔パーティで聞けば誰か教えてくれるんじゃないか?〕」
「〔ええ~。嫌ですよオレェ……なんかメンバーが怖くて。”そんな事も知らないのか!“って怒られそうで……〕」
「〔お前……いつも勢いのあるを自己紹介しておいて、今更何をビビっているんだよ……〕」
「〔あれとこれとは話が別ですよ! 現代文の点数が高い人が数学の点数高いわけないじゃないですか!〕」
「〔何だよその微妙な例えは……〕」
(うーん……困ったなあ……)
頭を抱え始めたレットを見かねたのか、タナカがパーティに提案する。
[ええと――リーダーさん。私、調べてみたのですが。この先の北西のポータルゲートの近くにウサギがいるみたいです。差し出がましい提案かもしれませんが、皆でそれを倒すというのはどうでしょうか]
[あ! マジっすか! じゃあそれ倒しましょう。それに決定!]
渡りに舟。タナカの提案に、レットはあっさり便乗する。
[わかりました。それでは私に着いてきてください]
[はい!]
[…………了解]
こうして三人は移動する。
狩り場はポータルゲート付近。前哨基地の北西で、それほど遠くない位置である。
そこには確かに、ウサギ達が群生していた。
顔は余り可愛くなく、尻尾が不自然に大きい。
[狩りの進め方はどうしましょう。戦闘状態になっていると、周囲に生息する他のウサギも襲ってくるようになるので、移動しながら敵を殲滅するのではなく。拠点狩りをする感じで良いですかね?]
[……お任せします]
[あ、はい。それでお願いします!(よくわかんないけど)]
分からないことだらけのレットが再びクリアに質問する。
「〔クリアさん。拠点狩りってなんです?〕」
「〔一箇所に固まって、“釣り役”が一匹ずつ敵を引っ張る狩り方だ。雛たちに一個ずつ餌をやる親鳥みたいなもんだな〕」
「〔はは~。後、このメンツだと回復役がいない気がするんですけど。それは大丈夫なんですかね?〕」
「〔心配はいらないよ。戦闘後の自動回復があるからね。要するに盾が死なないのならある程度の強さの敵に対処できるから、三人でも問題はないはずさ。“殺られる前に殺れ”だ!〕」
[釣ってきた敵の攻撃に対して、誰がヘイトを集めましょうか? ブラッドナイトさんか自分のどちらかが、盾に適しているんですが]
(やべえ、ゲームの専門用語が全然分からない!)
悩むレットを見て再び何かを察してくれたのか、タナカがレットに説明をした。
[ヘイトとは挑発や敵対行為で貯まるモンスターの怒りのようなものでして。強敵に対してHPや防御の高いプレイヤーが相手のターゲットを固定することで、パーティ全体が受けるダメージを軽減するわけです]
[な、なるほどォ……]
[……………………お任せします]
妖精は再びそっけない返事をする。
(このブラッドナイトのフェアリーの人、さっきから『お任せします』ばっかりだな……)
[了解です。私は盾を持ってきているので盾役は私、タナカが勤めさせて頂きます。釣り役――“敵に攻撃を当ててここまで引っ張ってくる役”はどうしましょうか?]
[…………]
タナカの質問に対して、妖精が無言のまま露骨に嫌そうな顔をした。
[あ! じゃあ自分がやりますんで! ハイ!]
レットが名乗りを上げて、所持品である銅の剣を取り出す。
[わかりました。先ほどの戦闘不能のペナルティ状態も終わったので、戦闘を開始して貰って大丈夫です]
タナカの指示を受けてレットは拠点から移動し、倒すべき獲物を探し始めた。
(ウサギ……ウサギ。とにかくウサギを殴ればいいんだよな?)
レットはまとめて“釣って”しまわないように、群れから離れて草を食べている黒いウサギを切りつける。
――――――――次の瞬間。
黒ウサギが跳ね飛び、レットのHPも吹き飛んだ。
(ダメージが痛え! 本当に倒せるのかこんな敵!)
キャラクターが大きなダメージを受けたものの、運良くパーティメンバーのいる方向に吹き飛ばされたレット。
そのまま、息も絶え絶えに“拠点”まで駆け込む。
[――これはいけない!]
レットのHPの減り方を見て焦るタナカ。
その体から赤い光が迸る。
黒ウサギが狙うターゲットが、レットからタナカに切り替わった。
[……ハァ]
妖精がため息をついて黒ウサギを鎌で切りつける。
慌てて追従して切り付けるレット。
タナカは必死でその猛攻を凌ごうとするが、重い攻撃を受け続けて瞬く間にHPが減っていく。
(そんな! 三人で余裕じゃ無いのかよ!)
[ぐっ……]
そしてついに、タナカが斃れた。
黒ウサギは妖精を蹴り飛ばし瀕死状態にすると、既に死にかけのレットに向き直る!
「「もう駄目だ! いきなり全滅するゥーーーー!」」
しかし、黒ウサギの攻撃を受ける瞬間――どこからともなく回復魔法が飛んで来た。
同時にウサギの攻撃を受けて吹き飛ばされるレット。
辛うじて死亡はしていない。
同時に、蹴り飛ばされていた妖精が戦闘に復帰し、その鎌が振り下ろされる。
大鎌の一撃の威力は凄まじく、ついにウサギのHPを削り切り――絶命させた。
(た……助かった――――のか?)
「――良かった。”今度はちゃんと助けられた“みたいね」
レットは、歓喜と安堵の混ざった声でその名を呼ぶ。
「あ、ああああああ。アリスさん!」
【釣り役は誰がやる?】
敵をパーティに引っ張る。つまり、釣り役に適している者は要するに“ダメージを食らってもその後の戦闘に差し支えない”ポジションの職業である。
基本的には戦闘開始後はダメージを受けない火力職や飛び道具持ちの職業が担当する。
逆に戦闘が開始した後HPを大きく減らすことになる盾や、強化の魔法をメンバーや自分にかけたりする必要のある魔法職はこれに向いていない。
他に有名な狩りの方法としては“移動狩り”がある。
こちらはパーティメンバー全員が移動をしながらその周囲の敵をどんどん倒していく形式である。
この場合は盾が敵を最初に殴る。
「任せろ! 俺が全部の敵を釣ってきてやるぜ!」
「その言葉を聞いて任せられるやつはいねえよ!」
【独特な構成のパーティ】
パーティの戦術の幅は広い――故に定石とはかけ離れた戦術も多数存在する。
ハンターが8人で逃げ回ってノーダメージで足の遅い敵を撃ち続ける戦法『蜂の巣』。
メイジが8人同時に超火力の魔法を詠唱して複数の敵を一気に殺害する『大空襲』。
堅さに自信のあるパラディンに自動反撃を行う魔法を大量に重ねがけして強敵の大群に一人で突っ込ませる『逆無双』。
一番酷い物だとHP重視で防御を完全に無視した超火力のブラッドナイト三人を、五人のプリーストで介護するように回復を繰り返す戦法『血屍霊術』などがある。
何故このような名称が付くかというと殉職率が高く、死亡しても交代で即戦闘に狩り出されてしまうためである。
「は~い。皆、頑張ってね☆」
「――って言われるとさ。なんか、頑張りたくなっちゃうんだよ。なんでなんだろうなあ。男の悲しい性ってヤツなのかねぇ……」
【首級について】
罪の大きいプレイヤーを倒す程、得られる報酬は多くなる。
反対に、倒された側の失う物は大きくなる。
また、PKを行ったプレイヤーの殺害数は普段他人には表示されない。
数字を見せつける自己満足の為に、初心者を倒し続けるプレイヤーが現れてしまうためである。
どちらかといえばプレイヤー同士の自慢に使われるのは“強力なPKプレイヤーの首級”であり、自分の罪を無くす為にはその分ゴールドを支払わないといけないため“PKを行う側”のデメリットが全体的に目立つ仕様となっている。
【プレイヤーの文化軋轢】
余談だが、少年の現実世界の国のプレイヤー達は率先してリーダーをやりたがる者が非常に少なく。オートマッチングでパーティが組まれた際に、“自分がリーダーである”と判明した瞬間にパーティを解散してしまう者が多々いる。
そのため、海外のプレイヤーから批難の対象になっていたりもする。
一方で海外のプレイヤーは『いい加減な統率を行いリーダーとしての責務をこなしてくれない』『適当な用事ですぐにパーティを抜ける』という理由で国内のプレイヤーから批判を受けることが多いようである。
【ウサギ族】
全体定期にファンタジー寄りのデザインをしていて、尻尾が不自然に大きい。
リニューアル前のA story for you.(無印)では現実のウサギと大差ない見た目であったが、調整を受けて今の見た目になったという経緯がある。
理由は――動物愛護団体が愛嬌のあるウサギを攻撃することに対してゲーム内で反対活動を起こしてしまったため。
そこで起きたPK集団と愛護団体と“とあるプレイヤー”とのゲーム内での笑えない抗争に関しての話は長くなるのでここでは割愛させて頂く。
「筋骨隆々な俺らのパーティが、一匹のウサギ相手に全滅したんだが……」