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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第四章 登る者、降りる者
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A面 第一話 地平線の先。青空の下

 『エールゲルムの辺境には『出会いと別れ』を冠する塔が経っている。

天に届きそうな高さの石造りの塔は、過去と未来、有機と無機、現世と常世、昼と夜といった相反する概念が混ざり合う、不可思議な場所であると噂されている』






――少なくともこの“仮想世界の中での設定”ではそうだった。










 緑豊かな大地の上に、人が通ることで自然に出来た小さな道が見える。

その道の上を、小さな盾を背負った一人の少年がゆっくりと歩いていた。




「大丈夫だ。まだ迷っていないぞ……少なくとも今はまだ……多分……あ、あ~…………」


少年がそう呟いた矢先に道が不意に潰える。

ここら周辺の地図を持たぬ少年は、進むべき道を見失ったことを自覚する。


少年は長い旅路故に焦ってはいなかったが、しかし迷うなら迷うで――前に進むのなら前に進むで――次に目指す場所を決めなければならないと悩んだ。


緑に囲まれた場所でしばし考えに耽りつつ、少年が視線を地面に落とす。

そこには布のような物が落ちていた。


「なんだろう……これ」


手を伸ばして布を摘んで引っ張り上げる。

誰が捨てたのだろうか?

それは、煤けた焦げ茶色のローブだった。


少年は顔をしかめつつ、捨ててしまおうかと思案する。

――少年が好きな色は茶色などではなく赤や黒だった。








『……あなたが欲している物はなんですか?』


突然、死角から話しかけられ、少年は咄嗟に振り返る。

ここが“危険な場所”であるということを知っていたが故か、慌てながらも腰の後ろ側に交差するように装着されている柄から剣を一本だけ取り出して慣れた手つきで構える。


背後の横たわった朽ち木の上に、男が一人で座っていた。

男は、少年が手にしているのと同じような焦げたローブに身を包んでいる。


「あ、あんたは一体……」


少年は、警戒心を剥き出しにして目の前の男に尋ねるも――


『……あなたが欲している物はなんですか?』


そんな少年の質問を無視して男は先ほどと同じ言葉を呟く。

まるで空想の物語の導入のような怪しげな男の呟きに、少年は一瞬眉をひそめたが――


「これって…………イベントか。……よかったぁ……オレの“ビビりすぎ”か……」


――そう安堵しつつ。頭の中で浮かんだ“過去の嫌な記憶”を振り払う。

少年は目の前の人物に対して適当な返事をしようとするも、良い言葉が見つからない。


「えっとォ――具体的に、なんて返せば良いんだろう?」


『――来るべき時が来ました。もしも、あなたの決意が変わりないようならば――この先にある塔を登ると良いでしょう。そうすればあなたに、素晴らしい希望が与えられるはずですよ』




少年は『言うだけ言って、どこかに居なくなりそうな台詞』だなと思った。


そして突然、黒い霧のような物が男を中心に広がっていく。

しばらくして、風が吹いて周囲の霧が晴れると、少年が予想していたとおり――男はその場からいなくなっていた。

北に向かって黒い霧が残り香のように漂っていて、その先には巨大な塔がそびえ立っている。


「あれって――もしかして……」


少年は剣を仕舞って、それから何の気なしに塔に歩み寄っていく。









 『エールゲルムの辺境には『出会いと別れ』を冠する塔が経っている。

天に届きそうな高さの石造りの塔は、過去と未来、有機と無機、現世と常世、昼と夜といった相反する概念が混ざり合う、不可思議な場所であると噂されている』








 その石造りの塔は湾曲しながら天に向かって伸びていた。

天窓がいくつか開いているが、中からは音が全くしなかった。


 少年は巨大な塔の前で考え込んだ。

得られる物は多くはない――それは“事前に知識としてこの塔を知っていた”少年にとってわかりきっていたことだった。


しかし、それでも足が進んで行ったのは――少年が『この世界での冒険を楽もう』という気概が僅かにあったからかもしれない。


「うーん……。面白そうだし、ちょっとだけ覗いてみようかな?」


頭を右手で掻きながら、誰に聞こえるわけでもなく、言い訳するようにそう呟やく。

こうして、少年は扉を調べて――塔の中に足を踏み入れた。












 扉を調べた少年が、塔の中に“転送”された瞬間――


「うわったっ!!」


――何者かが自分の体に激突してきて、少年は情けない声を上げた。


「…………」


それは、一瞬の出来事だった。

少年に対してぶつかってきた人物は、なんの反応も示さない。

そのまま、入れ違いになるように塔の外に出て行ってしまう。


慌てて少年は振り返るが、なぜか開いた扉の外には“既に誰も居なかった”。


(い、一体何だったんだ!? これもイベントの一環なのかな?)


首を傾げながら、少年は周囲を見渡す。


そこは大きな広間だった。中央には青色に輝く魔法陣が一つ置かれている。

そして、その魔法陣を間に背を向けた状態で何者かが立っていた。

気になった少年は、何の気無しに魔法陣に歩み寄る。






「――まだ…………アタシに何か用があるわけ?」


その言葉尻には棘があった。

突如目の前の人物から発せられたその言葉に、少年は威圧され思わずたじろいだ。


「……何よ。言いたいことがあるのなら、きちんと言えば――」


目の前の人物は少年に振り返って、即座に黙り込む。






その“ヒューマンの女性キャラ”は特徴的な外見をしていた。

黄色に近いような金色の長髪。

その前髪には、周囲の光を全く反射しないほど深く黒いメッシュが一本だけ通っている。


灰色のベストのボタンが外れていて内側には何も着込んでおらず。上半身に柔らかな曲線があり、女性らしい優雅さを持っていた。

衣服の代わりに、くすんだ色の襤褸(ボロ)のような包帯を巻いており、腹部があらわになっている。

両手にも同様に包帯が巻かれ、指先だけが穴あきグローブのように露出している。


所々穴が空いた濃い青色のジーンズを履いていて、両足のブーツと形があっていないのか裾の部分にはサイズを合わせるために切れ目が入っているためか端がほつれている。

しかし、白い肌や髪には傷はひとつもない。


キャラクターの年齢は、少年のものよりも2つ、3つ程上だろうか。

背も少年より一回り高く、深い黄色の二つの瞳が訝しげな表情でこちらを見下ろしてきていた。


「――――――――アンタ………………“誰”?」


少年は、その言葉に敵意のようなものを感じ取った。


「え!?  いや、その……えっとォ。オレは……そのぅ………………」


目の前の少女の冷たい目線を受けて、少年は言葉に詰まってしまう。

少女は警戒心を露わにしたまま、少年の全身を見つめていたが――






「あ、ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


――突然何かに気づいたように、顔を上げて大きな声を出して少年に近づいてきた。


「う――うわああああああ! ご、ごめんなさあああああいッ!!」


少年は驚いて、理由もなく反射的に謝ってしまう。

インベントリーに仕舞わないまま、何の気なしに抱えていたローブが地面にふわりと落ちた。








「もしかして――――――――――アンタって、“この塔を登るため”にここに来たわけ!?」


「え!? ………………そ……そうですけどォ………………」


返事をしながら少年は首を傾げる。

少女は目を輝かせながら少年を見つめていた。


(滅茶苦茶な質問だなあ。この場にわざわざやって来ているのに、他に理由なんてあるわけがないじゃないか……)


「そっかそっかぁ! いや〜よかったぁ〜。アタシ、今までひとりぼっちで心細かったんだよね〜! 例えるなら『学年変わってクラス替えの時に、周囲に顔見知りがなかなか見つからない』って気分だったわけ!」


「えっと……。じゃあ今は……お…………『お前も3組だったのかよ〜!!』……って安心した……みたいな感じ――なのかな?」


少女が目をパチクリとさせて少年を見つめてくる。


(やばい……ズレたことを言っちゃったかな?)


少年は、自分の身体に冷や汗が流れていくのを感じていた。










「――そうそう!! 今そんな気分! 何だよ〜。キミ“わかってる”っていうか、結構ノリが良いじゃ〜ん!」


自分の例えに乗ってきたのがよほど嬉しかったのか、少女は少年の肩を片手で軽く叩く。

先ほどまで少女にあった刺々しい雰囲気は、いつの間にか胡散していた。


「あ、アリガトウゴザイマス………………」


「――で、キミさ。良かったらアタシと一緒にこの塔を登らない?」


「えぇ!? でも、そんな急に――」


「そんなに急な話じゃないよ? このフロアは、塔を登る人たちが集まる『待合室ロビー』みたいなものだもん。その気になれば、いつでもここに戻ってこられるし。ガイドもしたげるから。ね――お願い!」


あてのない旅をしている途中である少年には、別段断る理由などあるわけでもない。


「良いのかな? オレ、正直役に立てるかどうか怪しいけど。それでも良いなら」


「言い方悪くなっちゃうけど。正直、数合わせみたいなもんなんだよね。だから、あえてガチャで例えると――アタシの運がいつも通り“ものすごく悪くて”、今出会ったキミの強さがNノーマルだったとしても、塔に登るだけなら関係なしってこと!」


「えっとォ――そのガチャの例えって、一昔前の“ソーシャルゲーム”だったっけ? オンラインゲームで、そういう例えをするのって珍しいね」


アタシ、昔から色んなゲームを広く浅くやってっからね〜。えっと、キミの名前は――。おっと、人に名前を聞く前に自分から名乗らないと失礼だよね!」


少女の頭上に、“プレイヤーとしての名前”が表示される。






『Rureka・Coocin』






「えっとォ……『ルレカ・コオチン』さん?」


「……次、その名前でアタシを呼んだら――――――怒るよぉ?」


 少年は、少女の瞳が冷たく細められ、ジトっとした目つきで自分を見据えていることに気づく。

彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいたが、その笑顔には何か冷ややかなものがあり、言葉に圧を感じずにはいられなかった。


「ひぃッ! えっと、なんて呼ぶのが正解なのかな?」


「ルリーカ・クーシン。キミ、アタシとそんなに“年齢自体”は離れてない感じするし、気軽に呼び捨てにしてくれて構わないから!」


「なんか、独特の響きだよね。“クーシンさん”って――もしかして中国とかの出身の人だったりするの?」


少女――ルリーカは少年の質問を受けてから数秒ほど考え込んだ後、少年から視線を逸らして半笑いの、どこかわざとらしい表情で言い放つ。





「そうアル〜。ルリーカ中国人アルヨ〜〜」


「――絶対嘘でしょ!!」


「あっはは。バレちゃった? そうそう、そんな感じ。気楽にやっていこうよ。“名も無き冒険者さん”!」


その言葉と同時に、少年に対して“パーティの勧誘”が届く。


『次はキミの自己紹介の番だよ』


少女に暗にそう言われているような気がして――


「う、うん。わかった。よろしくね。ルリーカ」


――少年は挨拶をしながらパーティに加入した。


〔よし、無事にパーティが組めたね! 見ての通り、オレの名前――〕


ルリーカは、突然小刻みに震え始めた。


「あ、あのさ――キミのその名前って。なんか――“ワケアリ”だったりする?」


「ワケアリって意味がよくわからないけどォ。普通に呼んでくれて構わないよ?」


「ふ……ふふ、普通にって――ちょっと、その名前をどう普通に――」


少年が首を傾げつつ少女の表情を見つめる。

ルリーカは何かを堪えているかのようで、目に涙をまで浮かべてた。


「――も、もう無理……ご、ごめん……ごめんねえ…………ぶふっ……あっ…………“アッハッハッハッハッハッハッハッハ!”」


突然ルリーカが大きな声で笑い出す。

一方の少年は――


(あー。なるほどな〜)


――まるでそうなるのが当たり前かのように、少女のリアクションを自然と受け入れた。


「だって……だ、だあく。だあくれっとって……ろ、ローマ字打ちって……読みも違うし何もかも違うし……」


何度か深呼吸を繰り返した後、ルリーカはパタパタと自分の顔を仰いだ。


「ア、アタシ。笑いの沸点が低いから。こんなに笑えたのは久しぶりかも」


「――何も涙出すくらい笑わなくっても良いじゃないか!」


「ご、ごめんごめん! 悪かったって! キミの名前に真正面から立ち向かえるように、アタシも必死で努力するからさ!」


「オレの名前は、攻撃魔法か何かなの!?」


「だ……だって……そ、そんくらいの破壊力……あるし……闇の大魔法っていうか……暗黒の黒歴史っていうか……だ……駄目だ……アタシやっぱりまた我慢できない………………“ホントごめん!”」


ルリーカは両手を合わせて頭を下げてから、再び大きな声をあげて笑い始めた。


「あ、アッハッハッハッハッハッハッ――ひ〜! お、おにゃか痛い〜!!」


(ま、謝っているから悪気はないんだろうけど……)


真っ赤になって膨れている少年を尻目に、ルリーカはしばらくの間小刻みに震えていた。

ひとしきり笑い切った後に、ルリーカは平生を取り戻したのか少年の名前について所感を述べる。


「キミがどういう経緯でそんな名前でゲームを始めようとしたのかは謎だけど。名前だけで言えばノーマルどころか、ぶっちゃけハズレかも――なんて、冗談冗談! えっと、結局キミのことはなんて呼べば良いの?」


ルリーカの質問に対して、少年は頭を掻きながらいつも通りの自己紹介をした。












「――オレのことは、普通に――“レット”で良いよ」


「えぇ? レットって――“普通にレット”って呼べば良いの? なんか格好つかなくない? 本来の名前のインパクトに釣り合っていないっていうか、いよいよ持ってN(ノーマル)レアって感じがするけど……」


















「――“それが良いんだ”よ。ただの――普通の“レット”。これから、よろしくね。ルリーカ」



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